ライフキャリア総研★主筆の部屋

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2002年07月04日
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 スポーツクラブで顔見知りの女性と、何とはなしにいつもの雑談。お互いに相手の住んでいる場所はなんとなく知っていて、「ところで、あなたはいまのお家にいつから住んでいるの?」と彼女。

「生まれたときからずーっとです(合計6年間ぐらい近所のアパートでひとり暮らししたけど省略)」
「ということは、中学は富士中?」
「そうです」
「何年生まれか訊いてもいい?」
「はい。昭和三十ン年です」
「ヤダー!うちの弟と同じじゃない。世の中って狭いわね」

 なんとその人はコヤタくんのお姉さまだったのです(富士中同期の皆さん、読んでますか?)。

 コヤタくんと同じクラスになったことは多分、一度もなかったと記憶していますが、彼のことはよく覚えています。片思いの彼?じゃあないんだけど。向こうも成績が良かったので、ライバル意識のような感じで、さりげなく動静を探っていたとでも言いましょうか。やだねー。



 とにかくビートルズに夢中で、学校から帰ると制服を着替えるヒマも惜しいくらいで、ラジカセをオン!ノーカットで流してくれたFM放送から録音した赤盤、青盤で大声で一緒に歌ったっけ。

 ラジオといえば、いちばん好きだったのが、ラジオ関東(!)の「アメリカントップ40」。アメリカの人気DJ番組を再編集したもので、日本版DJは湯川れい子さん。聞き始めたころ、アルバムチャートのナンバーワンでピンクフロイドの「狂気」が記録更新中でした。

 当時、私は英語が得意だったので(何せ、6歳の6月6日から習っていたからネ。ネイティブ並みの発音と言われたものサ。しかし今は錆びついちゃった)、ヒヤリングして辞書を引き引きスペルを調べ、ヒットチャートをルーズリーフのノート(表紙が半透明で写真などを入れられるようになっているバインダーで、ホワイトアルバムのオマケのジョンの写真を入れていたっけ)にカラーサインペンで書きとったものです。ああ、懐かしいなあ。

「デルタ・ドーン」「モーニング・アフター」「幸せの黄色いリボン」「ショー・マスト・ゴー・オン」「ダニエル」「サタディ・ナイト」「迷信」「イエスタディ・ワンス・モア」「シング」「ミッドナイト・トレイン・トゥ・ジョージア」「ファンタジー」「メタルグルー」「フィーリング・ストロンガー・エブリデイ」(ほらね、全部、カタカナと邦題だったりする)。

 FM fanって雑誌の表紙が、いつもポップスのアルバムジャケットで、コレクションしていました。勉強机の脇の戸棚に貼っていたっけ。いまでもよく覚えているのは、ポールが薔薇をくわえた「レッド・ローズ・スピードウェイ」、エルトン・ジョンのイラスト画の「グッバイ・イエロー・ブリックロード」とかね。

 あれこれ色々懐かしいぞ。当時はディスコ・ブームでアース・ウインド・アンド・ファイヤーなんかが出始めだったかしらん。ベイシティ・ローラーズは、ガチャガチャとうるさいので嫌だなあと思った記憶が。カーペンターズは頂点を極めた時期でしたね。アバもようやくメジャーになったころで、「ウォータールー」って曲が私は気に入っていた。

 プロモーション・ビデオなんてものはまだほとんど見る機会がなく、愛川欣也が司会をして、真野響子のダンナがアシスタントしていたCX系「リブヤング」とかいう番組で、ストーンズの「ゴート・ヘッズ・スープ」の「アンジー」のビデオを見たような記憶があります。ミックってなんであんなに口が馬鹿デカイんだろうと。

 ジョンは、「マインド・ゲームズ」や「ロックン・ロール」を出した頃だったか。放送委員をしていた私は、勝手にお昼の放送で流しちゃったんだっけなあ(小学校から高校までずっと放送室占拠者でした)。

 うー、懐かしいゾ。まさに気分は「イエスタディ・ワンス・モア」な夜です。コヤタくんのお姉さまのおかげです。









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最終更新日  2002年07月04日 00時13分59秒


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