木の芽どきといえば、心身とくにココロに変調をきたす人が増える時期だ。なにやら「ざわざわ」とするものを感じるらしい。人間は発情期を失った生き物であると言われるが、尻尾の名残の尾てい骨のような部分が、木の芽どきに反応するのかもしれない。原始の叫びが蘇ってくるのだろうか。
木の芽といえば、料理の世界では山椒の若葉である。山椒と聞けば、旬のタケノコを思いつく。醤油を含んで淡く染まった筍ご飯の頂上に載せられた山椒の葉を見ると、心の底からうれしさが込み上げて来る。鮮やかなあの色、そして独特の香り。
なぜ、筍に木の芽なのか?と問われても、よく分からない。栄養のバランスがいいとか、後付けの知識があるのかもしれないが、組み合わせの起源は、偶然の出会いであろう。たまたま合わせてみたら旨かった、多くの人を魅了した、やがて習慣になり、ひとつの料理文化にまで洗練されたということだろう。
山椒は葉だけでなく、実も人間の役に立ってくれる。山椒の実を砕いた粉は、鰻の蒲焼にかけるものと、なぜか昔から決まっている。
こと食べ物に関してだけは、「昔から決まっている」ことに従うのは、中々気分がよろしい。反逆してもろくなことがない。味覚に、身体になじまないのだ。
「ローマに行けばローマ人に従え」ではないが、外国の食文化についても同じことが言える。昔からの決まりに従ってみると納得がいくのだ。
外国にも日本の木の芽に似たものがある。英語圏で「ハーブ」と呼ばれるもので、種類は日本以上に豊富であり、歴史も古い。料理ばかりでなく、薬物として、あるいは染料、香料としても活用される。可憐な花を愛でる園芸の愉しみもある。
西洋から取り入れられた食品は多いが、本来、その食品とセットで愉しむべきハーブのほうは、未だにそれほど浸透していない。なぜだろう。
やはり、日本人は生活を楽しむことが下手なのだろうか。あるいは、ハーブの強烈過ぎる個性の先制パンチに恐れをなしたか。
たとえば、スモークサーモンなどはいまどき田舎のスーパーでも売っているが、サーモン料理につきもののハーブである「ディル」は、都会のデパートや高級スーパーでなければ入手が難しい。
「木の芽と筍」「山椒の粉と鰻の蒲焼」みたいに、なぜだかよくわからないが、「サーモンにはディル」と決まっているし、実際、よく合う。
語源を調べてみたら、「ディル」という名称は、古代スカンジナビア語の「dilla」に由来するという。その意味は「鎮める」であり、鎮静作用が古くから知られていたらしい。媚薬にもなるという。
薬用として生活の中に持ち込まれ、それが料理にも転用されるようになったのだろう。スカンジナビアといえば、ノルウェー・サーモンのブランド名で知られるように、サーモンが名物であり、昔の人も食べていたに違いない。寒い地方とはいえ、冷蔵庫がなければ食品の保存法には苦労したであろうから、最初はやはり臭み消しに使われたのだろう。
機能が味になるということか。臭み消しという機能のために用いられた食品が、長い歴史を経て食べる快楽と密接なつながりをもつようになっていったのかもしれない。
「昔から決まっている」組み合わせで食べる瞬間、私たちは大昔の祖先と同じよろこびを味わい、時空を超えて一体化するのだ。官能の先祖還りである。
なーんて大げさなことを言うまでもなく、うまいものはうまい。
というわけで、一度、お試しを。
次回、スモークサーモンを召し上がるときには、ディルの葉と、できればタマネギ、サワークリームも一緒にお買い求めください。
タマネギはスライスにして、辛みが気になるときは水にさらし、ザルにあげてしばらく放置しておきます。
皿にスモークサーモン、タマネギのスライス、サワークリームを体裁よく並べ、枝から外したディルの葉を全体に散らします。
食べる時はこの4点を一緒に口の中に放り込んでみて。
サーモンの生臭さがタマネギの辛みとディルの香りで消されて、サワークリームのまろやかさに包まれて、口の中に幸せが広がります。
サーモンをサラダにするときも、ディルの刺激が加われば、味に深みが出てきます。材料は、スモークサーモン、トマト、アボカド、タマネギのみじん切り、茹でたジャガイモ。サーモン以外の材料を混ぜ合わせ(トマトなどは食べやすい大きさに切ります)、ドレッシングはオリーヴオイル、レモン汁、塩、マスタード。器に盛り付けてからスモークサーモンをトッピングし、ディルの葉を散らします。
もう一つ、和風料理にもディルの葉を合わせちゃいましょう。ちりめんじゃことも相性がいいの。
きゅうりを薄い輪切りにして塩をもみこみ、きゅうりもみにし、ザルに上げて水気を切ります。これにじゃこを混ぜ、細かく刻んだディルの葉も混ぜ、最後に塩、白胡椒で味を調えます。
洋食というと、サラダにも油が使われているので、日本人にとってはイマイチ、口の中がさっぱりしないのですが、この「ディル風味のじゃこきゅうり」があれば、実にすっきりします。ディルがうまくつないでくれるので、じゃこの生臭さが緩和され、白ワインと合わせてもさほど抵抗がないはずです。
もろもろお試しあれ。
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