このブログは、今日で開設2000日目を迎えたそうです。開設したのは2002年4月4日ですから、もう5年半ほど経つわけですね。
「月日は百代の過客にして行き交ふ年もまた旅人なり」と、松尾芭蕉は「おくのほそ道」の序文に書きました。
人生は旅ですね。
この三連休、「2007年の9月22日は二度とやって来ない」「2007年の9月23日は二度とやって来ない」などと繰り返してつぶやいていました。家の近くの遊歩道を散歩して秋の草花を愛でつつ、季節の移り変わりを肌身に感じながら。
何事も積み重ねだなあと思う今日このごろ。一足飛びにやろうと思っても無理です。1日、1日を大切にしたい。
巷ではアンチ・エイジングなる言葉も流行っていますが、エイジングだって悪くない。年輪を重ねれば、人としての厚み、幅、深みが増していくはず。その人、その人で年輪の描かれ方は違う。そこに魅力があるのだと思います。
あるとき、ある人からこんな質問を受けました。
「ボキャブラリーを増やしたいのですが、何か、これ1冊読めばいいという本はありませんか?」
そんなものがあれば、とっくの昔にベストセラーになっているでしょう。しかし、そんな1冊は存在しません。まあ、強いて挙げれば、広辞苑とか大辞林といった大国語辞典でしょう。
広辞苑を隅から隅まで読み、丸暗記すれば、確かに量的なボキャブラリーは増えるかもしれませんが、丸暗記することと、使えるようになることは全く異なります。
実体験の伴わない言葉を使っても空虚であり、多くの類語の中から「なぜ、その言葉を使うのか」という理由が明確でなければ、説得力がありません。
ボキャブラリーを増やすには、地道に読書体験を重ね、同時に人生の質(QOL)を味わい、高める体験を積み重ねていくしかないと思います。
私は子どものころから本が好きでしたが、大学生になったときに、これからは毎日毎日思う存分に本を読もうと決めました。暗記ばかりの、くだらない受験勉強から解放されて、清々しい思いをしていました。読書は、私にとっての最大の遊びであり、最大の快楽でした。
小説家の大江健三郎のあるエッセイに、自分は1日1000ページの読書を課したとあり、とてもかなわないなあと思った記憶があります。難解な哲学書でも、せめて100ページは読まなくちゃと思いました。小説であればひと晩で上下2巻も難なく読めたけれど、それでも1000ページにはならなかった。
当時は、本を読みながら、意味の分からない言葉が出てきたときに、必ず大きな辞書を引き、その言葉と意味をタテ罫の大学ノートに記録しておきました。このノートが、私の新しいボキャブラリーそのものになったのでした。
他に、印象深かったフレーズや、将来、卒論を書くときに引用できそうなフレーズをルーズリーフのノートに書き写しておきました。このノートは、大学や図書館へ行くときは、いつも持参していました。
この習慣を大学卒業後もしばらくは続けていましたが、仕事が忙しくなるにつれ、いつのまにか途絶えてしまいました。
ただ、読書の習慣だけは、細々と続けてきたつもりです。
今年の誕生日を起点にして、来年の誕生日までに100冊の本を読み、その書評を書くことを自分に課しました。できるかなあ。1週間に2冊読まねばならない計算になるので、たぶん、無理だとは思いますが、ぼちぼちその書評もこちらのブログに書いていきたいと思います。
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