ライフキャリア総研★主筆の部屋

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2007年12月02日
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世の中、不思議なことがあるものです。

理系の人であれば、不思議なことを解明しようとする。文系の人は、不思議さを文章で表現し、賞賛、称揚したりする。

でも、もう1つ、不思議との関わり方があると思います。

 それは、「不思議にすがること」。言い方を替えれば、頼みとすること、御蔭を被ること。

不思議な出会いがありますね。それは、人だったり、人間以外の生き物だったり、ものごとだったり、情報だったり。

私はその中に「啓示」を見つけます。

啓示っていう言葉は、あまり使われなくなりました。むしろ外来語のチャンスやヒント、サイン、メッセージのほうがよく使われるかも。

啓示は、何気なく見ていたテレビのニュース番組でアナウンサーが語る言葉の中に含まれていることもあれば、ドラマの登場人物のセリフに現れることもあります。電車で乗り合わせた人が広げて読んでいる新聞の見出しや、週刊誌の中吊り広告のタイトルに現れることもあります。

 うっかりしていると見逃してしまうけれども、たまたま目に留まり、耳に残る言葉がある。「たまたま」ということが重要ですね。

たまたま見つける。それは、「感応する」ということでないか。こちらの精神状態に大きく左右されますね。

こういうことが知りたいとか、いま、こういう言葉を求めているといった、求心力というか吸引力のようなものが関係しているでしょう。

私はカウンセラーとしてはキャリア、スピリチュアリティ、個人と社会の関係といったことをつねに考えています。また、ジャーナリストとしては、どうしても人権問題に過敏に反応してしまう。

そうした私なりの求心力によって、私は日々、色々な啓示に感応します。ヒントやチャンスをつかみます。

たとえば、NHKの朝のドラマ「ちりとてちん」を見ていたとき、こんな言葉に啓示を感じ取りました。

ヒロインは落語家を目指して修行中です。彼女はひどく不器用で、それまでの人生では「何をやっても中途半端で投げ出してしまった」「私は何のとりえもない」といった思いをひきずっていて、ようやく見つけた落語家への道も、思い通りに行かなくて投げ出す寸前。そこへ、郷里からおばあちゃんが訪ねてきて、彼女に語って聞かせた言葉が、

「好きなことをやり抜こうと思ったら、エライことや苦手なことを乗り越えていかなければあきまへん」

福井弁を正しく再現していないかもしれないけど、こんな感じでした。

まさにそのとおりだと思いませんか。仕事であれ何であれ、世の中に「好きなこと100%」のパッケージがある日突然送り届けられるなんてことはあり得ません。

好きなことに集中するためには、集中できる環境をつくっていかないといけない。そのためには、周囲の人との協調や、すでにある環境への適応が不可欠です。そこを忘れてはいけない。

「いまの会社では、自分のやりたいことができない」、「周囲の人間関係が悪過ぎる」といったことを理由に、会社を辞める人が多いようですが、そういうことを理由にし続ける限り、何度も転職を繰り返すのではないかな。人材紹介ビジネスの思うツボですね。

自分に合う仕事を見つけることも大切かもしれませんが、それ以上に、「合わせる能力」を身につけるほうが重要ではないかと思います。

私たちは、生まれたときから「すでに存在しているもの」に囲まれています。その中には選べるものもあれば、選べないものもあるし、変えられるものもあれば、変えられないものもある。どちらかというと、自分の思うままにならないもののほうが多い。

そんな世の中で生きていくには、「合わせる能力」が非常に重要ではないでしょうか。

「合わせる」というと、何やら消極的、依存的、妥協的、後ろ向きに聞こえるかもしれませんが、実は自分というものをしっかり持っているからこそ、合わせられる。だから積極的、自立的、主張的であり、前向きなのです。

自分のなかに、合わせられる部分と、絶対に譲れない部分の両方をバランスよく持っていることが重要なのでは。

そういうふうに考えていくと、若いときに簡単に転職してしまうのは、人間の生理というか、キャリア発達過程を考えると自然なことなのかもしれませんね。自分ができていないので、転職によって自分を創ろうとしているのかな。

でも、自分のなかに「ぶれない軸」を作るには、どこかひとつのところにとどまって、一所懸命に取り組む時間が必要ではないかとも思います。

一生懸命つまり一生がんばるのでは疲れてしまう。どこかひとつのところにとどまって一所懸命にがんばるだけでいい。その期間は四六時中じゃなくていい。栄養、休息、睡眠をとりながらでいいわけさ。

たったひとつのドラマのセリフをきっかけに、こんなふうに考えが発展していくのって、おもしろい。だから、毎日が楽しい。出会いが楽しい。なんと不思議なことか。

不思議という言葉の語源が気になり、調べてみました。もとは仏教用語だというのは知っていましたが、その先がわからなかったので。

東本願寺のHPには、さすがに詳しく書かれていました。興味のある方は、読んでみてください。知恵があふれ、感動的で、心に沁みる名文です。

http://www.tomo-net.or.jp/book/word/63_01.html

不思議っていうのは、つまりは神や仏の恩寵なんですね。神や仏はいったい、何のために私たち衆生を救ってくれるのか。そんな愚かな詮索は全く無用で、救いは自明のことなのだ。だから不可思議。あれこれ思ったり議論するには及ばないと、そういうことなんだろうなあ。

だからやっぱり、不思議なことには「すがる」のが正しいようです。






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最終更新日  2007年12月02日 12時09分17秒
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