ライフキャリア総研★主筆の部屋

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2008年08月28日
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カテゴリ: 労働環境研究

ウルリヒ・ベックの『危険社会』(1986年)には、次のように書かれているそうです。

「人々は伝統的なしがらみからは開放されたが、自分の運命は自分で切り開けと要求されるようになった。そして 労働市場という荒波 に放り出されてしまった」(p138)

「社会の不平等は個人の不平等としてかたづけられ、社会システムに問題があることは隠されてしまう。同様に個人が病気になっても、その病状しか見えず、社会の危機が認識されない」(p140)

「労働市場という荒波」という言葉が胸に迫りますね。何もかも設備が揃った「海に浮かぶホテル」のような大型客船に乗れる人もいれば、「泥舟」と知っていても乗らねばならない人もいる。なけなしの木っ端をかき集めてイカダをつくり、文字通り「板子一枚下は地獄」の覚悟で荒海へ漕ぎ出す人もいる。

いつか帰れる母港があればいいけれど、どこにも行くあてがなく漂流する人もいる。

そんなことを思わされます。キャリアカウンセラーやキャリアコンサルタントは、港で乗船者に情報提供したり、あっせんをする旅行業者なのか、荒海へ漕ぎ出す手前の水先案内人なのか、トラブルが起きたときの海上保安員なのか、船が燃料切れになったときの補給船なのか……。

私の場合はやはり、軸足はジャーナリストにあるのだろうと思いました。「社会の危機」の認識ができ、社会に向けて警告を発することができるかどうかが勝負です。

さて、今日の気になるニュースは、毎日新聞から。

働けど:'08蟹工船/5 日雇い、漂泊10年

厚生労働省が昨年、派遣会社10社を対象に行った調査結果によると、契約が1カ月未満の短期派遣労働者は1日平均約5万3000人、日雇いは同約5万1000人。短期派遣労働者の月平均就業日数は14日、平均月収は13万3000円だった。

厚労省の有識者研究会は、禁止業務への派遣や不正天引き、労災多発など問題が多い日雇い派遣の原則禁止を報告書に盛り込んだ。この報告書をたたき台に労働者派遣法の改正案がまとめられ、秋の臨時国会に提出される予定だ。

NPO「自立生活サポートセンター・もやい」の湯浅誠事務局長は「今日明日を生きるため、人間的な諸権利を放棄するまでに追い込まれるのが派遣労働者。希望を失い、自分を大切に思えなくなるのが問題」と指摘している。また、連合本部は「日雇い労働者は、派遣先が頻繁に変わるため、緊張を強いられストレスをためやすい」として労働相談窓口(0120・154・052)の利用を呼びかけている。

毎日新聞 2008年8月27日 東京朝刊

「人間的な諸権利を放棄するまで」人を追い込む派遣労働。こんなものが存在すること自体、やはり何か社会の危機を表しているのではないかと思います。

日本国憲法第25条の条文が思い起こされます。

「1.すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

2.国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。 」

私の旧知の憲法学者である遠藤美奈さんが、東京弁護士会開催のシンポジウムにおいて、「憲法第25条=生存権に関する今日的意味」について繰り返し強調されていたことが思い出されます。

  • 「憲法に25条がおかれたことの意味-生存権に関する今日的考察」( 季刊社会保障研究41巻4号、2006年
  • 25条は生存権の定義であると同時に、その保障のために国の努力義務を隣に明示していることが注目に値すると思います。

    国は日雇い派遣に代表されるワーキングプアの問題に対し、今後どのような対策を立てて、人々の「社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進」を図ろうとしているのでしょうか。

    この秋の臨時国会に、労働者派遣法の改正案が提出される予定であり、その内容として、日雇い派遣や30日未満の短期派遣の原則廃止と、登録型派遣から常用型派遣への移行を促す努力義務が課せられることについてはすでにこのブログにも書きました。その根拠となったのが、労働者派遣制度の在り方を議論する厚生労働省の研究会(座長・鎌田耕一東洋大教授)の報告書であり、「日雇い派遣の禁止を検討すべきだ」と勧告する内容になっています(7月28日発表)。

    「今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会報告書」について

    豪華客船に乗っている人たちには、泥舟や頼りないイカダに乗っている人の気持ちは分からないかもしれない。けれども、豪華客船だって、港に立ち寄らなければ燃料切れになり、タイタニック号のように氷山に衝突して沈没という危機に見舞われるかもしれない。私たちは皆、労働市場という荒海に放り出されているのです。

    この人生という航路の安全と安楽のために――個人の主体性と幸福追求の権利(憲法13条)、生存権(同25条)、労働権(同27条)、職業選択の自由(同22条)、教育権(同26条)を守るために、国はあらゆる手立てを講ずる義務があるわけです。

    そこで、これらの個人の生活と労働にまつわる諸権利を統合した「キャリア権」という概念が提唱されたことがありましたが、現在はその議論は下火になっていますね。ただ、不平等を個人の問題として片付けないために、社会の不平等を是正するために、重要な根拠となる考え方であると思います。

    関連する情報として、過去に私が調べた内容を貼り付けておきます。

    「キャリア権の議論は、働く人の一生(ライフ・キャリア)に大きな位置を占める職業キャリア(職業経歴)を法的に位置づけ、概念化しようとする試みであり、これを核に労働法全体の意義を見直そうとする流れである。

    キャリア権(職業に関する狭義のもの)は、人が職業キャリアを準備し、開始し、展開し、終了する一連の流れを総体的に把握し、これら全体が円滑に進行するように基礎づける権利である。

    法的根拠としては、個人の主体性と幸福追求の権利(憲法13条を基底とし、生存権(同25条)、労働権(同27条)、職業選択の自由(同22条)、教育権(同26条)などの憲法上の規定を職業キャリアの視点から統合した権利概念である。

    キャリア権は、性格的に、理念の側面と具体的な基準の側面とを合わせ持つ。

    理念の面では、例えば、雇用対策法や職業能力開発促進法等において、労働移動の活発化や求められる職業能力の急激な変化等の新たな事態に対応したキャリア支援策の根拠づけとして議論を深めていく必要がある。

    また、基準の面では、教育訓練、配置転換、出向等の場面での援用やパートタイマーのキャリアアップやキャリアについての男女機会均等を進めていく論拠となることが考えられる。

    もっとも、現状では理念の域を大きく出ていないところであり、就労請求権(具 体的に仕事に就かせるよう請求できる権利)や配置・転換・出向などを律する基準としてただちに効力を持つものではない。

    今後、上記のように、キャリア形成を促進する雇用政策を促進していく根拠づけや、実務上や解釈論において、個人の職業上の諸問題について、キャリアの視点で捉え、法律的に磨かれていくことが望まれる」

    ※厚生労働省「キャリア形成を支援する労働市場政策研究会」報告書(2002年7月31日)






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    最終更新日  2008年08月28日 06時55分02秒
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