売り場に学ぼう by 太田伸之

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Nobuyuki Ota

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2025.09.21
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カテゴリ: ファッション
私は丸7年間繊維業界紙の繊研新聞社と正社員の特派員ではなく特約ニューヨーク通信員として契約、たくさん記事を送りました。加えて、営業部が企画した米国研修ツアーの参加者向けに、あるいはニューヨークコレクション終了後帰国して米国ファッションビジネスの動向を伝えるセミナーを担当しました。

セミナー帰国した際、繊研新聞社長だった石川一成さんが八丁堀の社屋裏の焼き鳥屋さんに誘ってくれました。長いカウンターを抜けて奥のテーブル席に着くなり、石川さんは「カウンターの客のほとんどはうちの社員だよ。いずれ接待交際費の伝票が上がってくるんだけど俺は細かいこと言わないよ」、社員にはありがたい社長でした。

飲み始めたら「この前〇〇大臣の秘書から電話があってね、キミを首にしろって言うんだよ。申し訳ないけど俺が社長なんで、あんたに人事介入させないって返してやった」と衝撃的な話。原因は私が書いた記事でした。

日本の紳士服関連団体がニューヨークの見本市に出展したものの、商品はイマイチ、値段はあまりに高すぎる、これでは米国市場で売れるはずないと指摘しました。この記事に腹を立てた団体代表が彼の地元選出の大臣に直訴、秘書官が大臣のご意向として電話してきたようです。そんなことはつゆ知らず、私にもありがたい社長でした。

日本の新興ファッションブランドが初めてニューヨークコレクションに参加したときもクレームがありました。コレクション速報では「良かった」と書き、別のコラムではフィナーレに登場したデザイナー本人の態度は褒められたものではないと指摘。ブランドを運営するアパレルメーカー役員から広告部門に「もう繊研には広告出さないぞ」と怒りの電話。このとき責任者が「記事は事実と違っていますか」と返したら、「事実は事実なんだけど....」、ここで話は終わりました。


もうひとつ、日本ではすでに知名度が高いベテランデザイナーが 米国アパレルメーカーと提携した 初コレクションでも厳しい記事を書きました。するとブランド企業の社長さんからクレーム。私は次回行われたショーの取材はパスしました。

1年後デザイナーご本人とお会いしたとき、私はこう切り出しました。素材見本市プルミエールヴィジョンに米国人MDと出張したとき、あなたが手に取った1ヤード15ドルの生地を「それは値段が高い、10ドルのものを探して欲しい」と MDが 言ったでしょ、と。「そうなの。ショーを見てそんなことがわかるんですか」。「はい、私はプロのつもりです。提携事業であろうがものづくりに妥協してはあなたの良さは出ませんよ」と申し上げました。

また、某大手アパレルメーカーの社長さんとニューヨークで遭遇したときは、「若手デザイナーばかり書いていないでうちが契約しているベテランのこともちゃんと書けよ」、命令調で言われました。私はまだ20代の若造だったからこういう言い方なのでしょう。「ニュース性があるならいくらでも書きますよ」と返しました。

繊研新聞に送稿した記事がボツになったことが一度だけあります。婦人服組合がニューヨークでJFFジャパン・ファッション・フェアを開催したとき、会場ブースの顔見知り業界人に声をかけられました。「バイヤーの入場が少ない事実をちゃんと書いてよ。注文が入らないと帰国して上層部からおまえたちニューヨークまで行って何やってたんだと叱られる」と言うので、実際には期待したほど来場者はではなく、米国ではまだ無名ブランドなのに価格が高すぎる、その原因はどこにあるのかを書きました。

ところが、組合各社は一生懸命やっているのにこの記事はちょっと厳しすぎる、と私の良き理解者だった松尾武幸編集局長が判断、記事は掲載されませんでした。そこで私はほかの月刊誌編集長にこの原稿「JFFは本当に成功だったのか」を送り、翌月雑誌掲載されました。

当時米国トップデザイナーだったカルバンクラインの日本製シルク100%無地スカートの店頭上代が220ドル前後、これに対して無名に等しい日本アパレルのポリエステルプリントスカートがなんと下代400ドル(上代なら約1千ドル)、いくらプリント技術が優れ生地が上質と言ってもカルバンクラインの4倍もしては話になりません。こんな商品を合同展示会で並べていてはバイヤー入場は望めない、と問題提起しました。

案の定、組合理事長さんから松尾さんにクレーム、「ニューヨーク通信員は仲間意識がないのかね」、と。以降、理事長さんはパーティー会場ですれ違っても私と目を合わせることはありませんでした。

​ファッションビジネスで仕事する以上誰だってデザイナーやアパレルメーカーと険悪な関係にはなりたくありません。しかし取材する側がコレクションや展示会の商品を無条件で褒め称えるようではブランド側は自分たちの課題に気が付かず、ビジネスは成功しません。ときには腹をくくって厳しい指摘もする、これが記者の矜持と松尾さんら先輩たちから教わりました。


1990年代の カルバンクライン 



カルバンクラインが従来の大きな貸しホールでのショーを止め、自社内に小型常設会場を作って入場者をこれまでの半数以下に絞ったシーズンでした。いつも通りショー招待状が届いたので私は開演前に国際部門の幹部にお礼の挨拶をしました。

私たちは(提携する)伊勢丹が翻訳してくれるあなたの記事を読んでいます。あなたは時々私たちには厳しい記事も書いていますよね。でも、ニューヨークタイムズやWWDとは違う独自の意見、だから取材して欲しいんです、と言われました。このときは万歳したいほど嬉しかったですね。

かつて紙媒体しかなかった時代、デザイナーに愛情を持ちながらときには厳しい論調のコレクション評を書く記者が何人もいました。米国ではニューヨークタイムズのバーナディン・モリスさん、その後継者エミー・スピンドラーさん、ワシントンポストのニナ・ハイドさん、メンズ専門紙DNR(WWDと同じ出版社)のリタ・ハミルトンさん、同紙コラムニストのクララ・ハンコックスさん(個人的に私が尊敬していた方)らは鋭く課題を指摘するファッション記者のお手本でした。

コレクション発表翌日、彼らがどのように評価してくれるのか、デザイナーたちは緊張しながら新聞を開いたものです。しかしネット記事とSNS全盛のいま、​デザイナーとエディターのこうした緊張関係はかなり変化しました。以前に比べるとちょっと両者の関係が希薄になったような気がします。





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Last updated  2025.09.21 17:51:18
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