売り場に学ぼう by 太田伸之

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Nobuyuki Ota

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2025.09.26
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カテゴリ: ファッション
​​ ​1990年代後半セリーヌはクリエイティブディレクターにマイケル・コースを、プレタポルテに進出するルイヴィトンはマーク・ジェイコブスを、ロエベはナルシソ・ロドリゲスをそれぞれ抜擢し、パリコレに花を添えました。

3ブランドともLVMHグループ、抜擢されたデザイナーはマイケルがFIT、マークとナルシソはPARSONS出身ニューヨークデザイナー。どうしてフランス最大手ブランド企業はヨーロッパではなくわざわざ米国デザイナーを抜擢したのか。おそらく米国のファッション大学はデザインコンセプトの確立とそれをどう広げてコレクションを作り上げるかを重視するからかな、と私は思いました。




マークジェイコブス時代のルイヴィトンコラボ

PARSONSで長年指導してきたフランク・リゾー学部長は学生たちに「デザイン画を美しく描け」とは決して言わず、1つの素となるアイディアを拡大展開して「たくさん描け」と指導する、とご本人から伺いました。

一方、PARSONS出身のダナ・キャランの下でニットデザイナーの経験があるロンドンSAINT MARTINSの学部長と会ったとき、彼女はPARSONSの教育方針に批判的で驚きました。コンセプトよりもクリエーション重視という意味かな、と私は解釈しましたが、批判の言葉がかなり強烈だったのでびっくりでした。

マイケルがセリーヌをパリコレブランドとしてポジショニングしたあとフィービー・ファイロ(SAINT MARTINS出身)はさらにセリーヌを進化させ、パリコレになくてはならないブランドに位置づけしました。ロエベはその後抜擢されたJ.W.アンダーソンが飛躍的にブランドを伸ばしたのは記憶に新しいし、マークは村上隆やスティーブン・スプラウスとのコラボでルイヴィトンに新生面を拓きました。

LVMHグループに抜擢されたマイケル、マーク、ナルシソはそれぞれブランドに多大な貢献をし、米国デザイナーを起用した経営陣の判断は正しかったと思います。が、近年のトップブランドの外部デザイナー抜擢はどうでしょう、必ずしもうまくいっているとは言えません。

思い出すのは 2012年9月のちょうどいま頃開催されたパリコレ。百貨店として各ブランドのコレクションを視察する側だった私、知名度の高いラフ・シモンズがディオール、エディ・スリマンがサンローランを手がける最初のシーズンだったので出張は非常に楽しみでした。


2013年春夏ディオール


2013年春夏サンローラン

このときR・シモンズはメゾンの伝統的エレガンスを素直に表現して無難なスタートを切ったように感じました。H・スリマンはウエスタンハットにフリンジのドレス、ブランド創始者の過去をしっかり調べてまとめたかなとは思いましたが、「パリのエスプリ」と形容されたサンローランにしてはちょっと雰囲気違うかな、でした。

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​​​2シーズン目の2013年秋冬物、ディオールは会場内にところ狭しと大量の生花を飾って(写真上)エレガンス路線をさらに強調、これに対してサンローランは映画「プリティウーマン」を彷彿させるセクシー西海岸グランジで観客の多くはびっくり仰天。主演女優ジュリア・ロバーツが身につけていたミニ丈にピチピチタイトシルエットそのものでしたから。

ステージを挟んでちょうど私の目の前に座っていた米国百貨店ニーマンマーカスCEOはショーが始まってすぐスマホいじりで下を向いたまま、「見てられない」という表情で顔を上げることはありませんでした。本支店でサンローランをショップ展開をしている高級百貨店、各都市の富裕層に支持されてきたブランドがいきなり西海岸グランジですからCEOはショックだったでしょう。

このとき会場で見かけた故イブ・サンローランの長年の友人カトリーヌ・ドヌーブは現地新聞の取材に答えて「もう次からここには来ないでしょう」と冷たいコメント、相当腹を立てて帰ったんだと思います。このディレクションでは長年のサンローランのお客様が離反するのは明白、サンローラン社とデザイナーはブランドの方向性を契約時にしっかり話し合っていたんだろうか、と私は疑問を持ちました。




上2枚とも2013年秋冬サンローラン

もしもこのままプリティウーマン路線を続けたらスリマンの契約は長くないだろうと思いましたが、シモンズのディオールはそう違和感を感じなかったので長く継続されるものと信じていました。しかしながら、サンローラン社もディオール社も早々と人気デザイナーとの契約打ち切ってしまったのです。

その後ラフ・シモンズはカルバンクラインと契約してブランドイメージの刷新を図りましたがうまく行かずブランドそのものが一旦中止、大改装したニューヨークマジソン街の旗艦店は閉鎖されました。

一方のエディ・スリマンはフィービー・ファイロがイメージを確立したセリーヌと契約。が、セリーヌのコレクションはまたまた西海岸グランジ調、彼が手掛けたサンローランとあまり違いはありません。結局エディはセリーヌとも長く続かず、すでにブランドから離れています。

この二人の退任(あるいは解任)以降、有名ブランドとデザイナー(あるいはクリエイティブ・ディレクター)の契約解除は急増、デザイナー交代は日常茶飯事になったように感じます。まるで一般企業の人事異動のようにコロコロ交代し、どのブランドはいま誰が担当しているのか全部覚えられない状況です。

ルイヴィトンに移籍したニコラ・ジェスキエールからバレンシアガを引き継ぎブランドイメージを下げることなくその存在感を十分示してきたデムナ・ヴァザリア、同じ企業グループのグッチに移籍しました。また、ロエベの顧客の裾野を広げたJ.W.アンダーソン、こちらも同じLVMHグループのディオールに。彼らがどんなコレクションを見せてくれるのか、ミラノ、パリコレに集まった業界関係者はみな注目していることでしょう。

セミナーで最近よくお話していることですが、歴史あるブランド企業が外部からデザイナーを採用する場合、一番重要なことは経営陣とデザイナーがブランドの世界観をどうするかしっかり議論することです。デザイナーはせっかく自分が担当するので新生面を打ち出したい、従来の路線とは違う革新ディレクションに突き進みたくなるでしょう。

経営サイドはブランドが長年培ってきたいくつかのオリジナルデザイン(素材、色彩、シルエット、十八番アイテムなど)、世界観をどこまで守るのかをデザイナーに説明する、それとも過去を忘れて新しいブランド世界観を確立して欲しいと要請するのか、コレクション制作に入る前にはっきりさせるべきです。

話し合いが不十分だとブランド世界観は方向を失い、デザイナー早期解任という悲劇がまた訪れます。抜擢されたデザイナーは経営陣に対してどこまで革新可能なのかを確認したうえでクリエーションを始めるべき。プロとしてブランド戦略とクリエーションのディレクションを話し合う、ブランドビジネスには最も重要なことではないでしょうか。

新体制のディオール、グッチがどんなコレクションを発表するのか、アンダーソンの抜けたあとのロエベ、ヴァザリアの抜けたあとのバレンシアガがどういうクリエーションを見せるのか、そしてまた最近デザイナー交代が発表されたいくつかのブランドがどういう路線を歩むのか、しばらくコレクション情報から目が離せませんね。





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Last updated  2025.10.04 14:18:39
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