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昨日の朝は、「会社に行かなきゃ!」とその直後、「あー、今日は休みだった!良かった!」というかなりぼけぼけの頭で大いなる勘違いをし、その直後、頭がはっきりし、8時からの会議に間に合わないことを認識し、1時間の遅刻。今日は、土曜日。昨夜は23時過ぎに帰り、食事をして、すぐにバタンと寝ての朝。9時過ぎまでゆっくり寝る。以前は、朝寝といえば、昼近くまで寝たものだけれど、最近は、10時まで寝てしまうと大後悔になるので。午前中に、今日のtodoをグーグルに入力。仕事のtodoとプライベートtodoと。仕事todoは3つ書いたけれど、1つ完了。明日の仕事todoは3つだったけれど、5つになった。いつもだいたいこんなものだ。。。夕方、ジムへ。最近は、週3回ペース。まあまあといえばそうだけれど、初年度は5回ペースだった。体重も、体脂肪もなかなか減らない。夜は、1週間早い、誕生日の食事とケーキ。さて、赤ワインを飲もうか、飲むまいか・・・
2020年07月25日
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大学の頃、日記はノートに万年筆で書いていたが、ノートを開き、万年筆を持つと、落ち着いた気持ちになった。そして、書き始めると、色々な思いが溢れ、なかなか筆が止まらなくなった。本を読んでいても、刺激を受けると、すぐにノートを開いた。家族は居ても、会話が全く無かった。大学へ行って、同級生と会話をしても、大学の単位の話、就職の話、理想の女性の話ばかり。。。少しも興味がわかず。かといって、日記に、高尚な事を書いていたわけでもなく、将来が見えない不安をぶつける相手もなく、それをノートに吐き出していただけであるが。公開日記を書き始めたころは、オフ会もあったので、読み手をすごく意識した。エッセイ風になったと思う。自分の胸のうちにしまっておく事柄も増えた。公開日記で、オフ会がなく、読み手知らずの時も、検索によって書き手がわかってしまうこともあり得るので、やはり、しまっておくべき事は蓋をしていた。実際に、何人かが、書き手が自分であることを発見していたようだ。その頃、読み手知らずではあるが、時々コメントの書き込みはあり、その読み手を意識した書いた。今は、それもない。よって公開ではあるが、ほとんどひとりごとである。読み手になんの影響も与えないと思う。じゃあ、公開にする意味はないのかというと、いつか、自分がこの世を去った時、誰か身内が発見するかもしれないと思うから。自分の心の中の真実は書いている。でも、現実世界が満たされていると、日記に書かずにはいられない動機は弱くなるのは確かだ。今は、満たされているんだろうなあ。
2020年07月22日
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よくみる切ない夢ではなく、全く見知らぬ女性だけれど、すごくしっくりきて、癒やされる感じの人と過ごす夢。顔貌はよく思い出せないが、ほっそりして色黒だったような。定かではないが。会話も思い出せないが、親密なやりとりだった。夢は、目覚める直前にみるというか、目覚めで中断された。その目覚めの瞬間は、心が満たされ、心地よい余韻が残っていた。ただ、幼い頃に受けた母性愛的なものではない。もっと成熟した愛情だったと思う。同じ夢は二度とみることができないけれど、似たような夢は時々みることがある。ただ、何年もしてからだ。思うに、大学を卒業するまでは、空想や自分の心を探る時間が非常に長かった。目や耳からの刺激がなくても、長い時間退屈することなく過ごすことができた。今は、隙間なく、なんらかの刺激を求め、朝起きてから、夜寝る直前まで、そして電車内でも何かを見ている。見て、考える。時々、電車ないで、みることをやめ、あえてぼーっと考えようとするが、わずかな時間である。夢とは関係ないようではあるが、寝ているときは、見ていないので、夢想ではないが、似たような状態かもしれない。瞑想まではいかなくても、目と耳の刺激を避ける時間があってもいいなあと思い始めた。
2020年07月21日
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2年くらい前に買ったTUMIのパスケース。 入れているカードはビックカメラ・スイカ、クレジット機能つき、新幹線EXカード、スタバプリペイ、ポイントカードは、楽天、JRE, マツモトキヨシ、ローソン・ポンタそして、ジムの会員カードが2枚。新幹線のコーヒーチケット、クオカードこれを、過去2度落とした。1度目は、東京の自由が丘で、ジム帰りのウォーキング中。なくしたのにジムから出て5分後くらいに気づき、まずはジムに戻って確認。なくて、近くの交番に届け出。その後、別の交番に拾った方が届けてくれたと連絡。「運良く、拾ってくれた人が女性で、謝礼も要求されていません」と。女性だと運がいいんだ。。。以前、スマホを電車内で落とした時は、酔っ払いの男性で、警察も関与してくれず、電話でさんざん脅され、片手を要求された。せめて、渡すのを交番前でと、警察官に電話でお願いし、遠くの交番まで出向いたが、警察官は、約束の時間に不在。ボランティアの私服の男性が居ただけ。謝礼は、1000円札5枚、しっかり封をして、交番前で渡し、引き換え証みたいなのをもらってそくさと立ち去り、後日、証書を持って、警察署へ。データはロックしてあるし、機種変更すればよいから、警察に処分して欲しいとも言ったが、それはだめだと言われる。関与せず、示談でとか、捨てるのもだめとか。。。まあ、今回は、パスケースの話だった。2度目も、ジム帰りのウォーキング中。自由が丘から武蔵小杉までの経路中の交番を探し、多摩川駅近くの交番へ向かう途中、ふと、多摩川駅前のトイレに立ち寄ったことを思い出し、ひょっとしてと、駅の改札の駅員さんに、届けられていないか確認したら、あった! これも1度目以上にラッキー!でも、2度とも、クレジットカードの紛失届けをした後で、カードは再発行することにはなったけれど。。。3度目は、昨日。同じくジム帰りのウォーキングあとの、電車の中。これは、前の2度と状況は違い、武蔵小杉から、茅ヶ崎までグリーン車にのり、サバスプロテインヨーグルトと、ローソンのどらもっちをトレーニングとウォーキングの後で、充実感とともに、食し、茅ヶ崎駅で、降りるとき、ダッシュボックスにこれらを投げ込んで、電車を降り、ポケットに手を突っ込んだら、パスケースがない!車内では確かにあったので、発車間際の電車にまた飛び乗った。席周りや、通路を探したけれど、ない!ダッシュボックスを一度は見た。でもそのときはなかった。電車はもちろん小田原に向かっている。再度、ダッシュボックスから大きなビニール袋を取り出してみたら、発見! 周りに誰も居なくて良かった。。。3度目は、親切な人にも助けようがなく、焼却の運命だったなと。。。不国府津でUターンして、過去の2度以上に幸運に感謝した。何度も再発防止策lを考えるのだけれど、性格というか、落とすのは、避けられず、せめて、被害が少なくなるよう、工夫はしないといけない。
2020年07月15日
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2015年の起業時は、ニーズとシーズのマッチングモデルを考えていた。ビジネスにおけるマッチングは、当時日本ではあまりなかったと思う。単なる紹介業では面白くないし、将来、差別化も難しいと思い、ニーズの分析、掘り下げを行い、そのニーズや期待を満たすシーズを紹介しようとした。ニーズの分析、掘り下げに自分の経験、ノウハウが活かせ、またシーズについては産業界、学界の人脈が活かせると思った。起業当初の契約先は、すべてシーズ側だったので、まずはニーズの分析・掘り下げを期待する顧客と新規に契約する必要があった。しかし、現実は、シーズ側は、「営業」期待が多く、ニーズ側は、自分が営業して回る必要があり、ここで苦戦した。ニーズ側見込み顧客は、講演やセミナー活動で把握していったが、中々契約までたどりつけなかった。講演やセミナーの聴講者は、実務担当者が多く、内容に共感して頂き、持ち帰って検討します、となるのだが、社内での承認、決裁でだいたいは頓挫してしまうのが実態だった。最初に契約できたのは、中国の武漢にある会社。契約に至るまでに、何度も白紙になり、2年近くかかって、ようやく契約。ニーズ分析の仕事は成立。しかし、マッチングは、5年たっても成立せず、そのうち、コロナ騒ぎで完全に消えた。中国の長安にある会社は、ここも2年がかりで、契約成立。ここは、マッチングも成立し、自分自身実務も行った。けれど、顧客満足度はあまり高くなく、ここも、検収時期にコロナ禍で、2,3ヶ月入金を待たされた。国内は、2件。1件は、ニーズ分析、提案までできたが、マッチングは保留。もう1件は、4月開始の予定が、これもコロナ禍により延期。これでも、うまくいっている方かもしれない。中々、いいモデルだとは思うが、宣伝、営業不足かも。さてさてと。
2020年07月13日
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起業前後の浮かれた自分は記憶から消し去りたいと思うこともある。今の感覚とあのころの感覚は、二重人格ではないかとすら思う。だから、いつまた形を変えて現れるかもしれない。消し去りたい自分に変わるスイッチが何か?ほぼわかっている。自信過剰。その自信過剰は、自分の意識ではなく、周りが作る。からにこもって、人との接触を避けていた頃は、自己嫌悪の塊だった。そして、少し外界と接し始めたら、いろいろ人から称された。「変人」「天才」「アイデアマン」「すごい人」そこを自覚したら、だめと自分に言い聞かせ、「どこが?」とは聞かなかったけれど、人慣れしてきたら、だんだん自信に変わり、人まえで、平気で講演やスピーチができるようになって、自信は、傲慢に変わり始めたように思う。起業前後がその状況。そして、5年目。うちのめされ、何日も、不眠が続いた。不眠は、生涯、初めての経験。過去の経験ではもうやっていけない。東海道53次を18日間歩きながら、ずっと新しいやり方を考えてた。歩き終わって冷静になったとき、歩きながらの考えは夢想に過ぎなかったが。。。ただ、新しい分野の勉強をし、先生業を始めた。講演も増えた。中国との契約も成立し、経費削減も思い切ってして、なんとか、税抜きのぎりぎり黒になった。けれど、まだ根本的な構造改革はできていない。気配はあるが、不安定。そこを今、考えている。
2020年07月09日
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自分の在籍した会社では起業は非常に稀だった。2015年当時は、所属した部署では初めてだったかもしれない。みな興味をもち、部長、役員まで色々聞かれた。まるですごい偉業を成し遂げたような言われ方だったけれど、ある条件さえ整っていれば、リスクは非常に少ないと思う。ある条件(新規事業でない場合)とは、1.管理職ではなく、専門職で、専門分野を持っていること2.社外人脈が豊富なこと(人脈にも色々あるが・・・)3.起業後、協力してくれる会社が多くあること4.プレゼン資料作成力5.ビジネスモデルをもっていること以上は、起業当初に考えていたことで、実際には、起業1年ほど前から、起業後に契約を約束してくれた会社が5社ほどあったので、全く不安はなかった。1から3は、賞味期限があるが、当初、3年から5年で会社はたたむつもりでいたので、それも問題ないと考えた。それで、思惑どおり、3年は、大きな黒字が続いた。本当は、間違っているが、先輩社長のとんでもない社長業教育で教わったことを信じ、経費を使いまくった。固定資産は、残り、退職金積立(保険)は残ったが、現金は、ほとんど残らず。4年目は、節税対策をし過ぎて赤字。そして、5年目に賞味期限が次々に切れ、4社から契約を打ち切られた。うち1社は、とんでもない社長の会社が経営が成り立たなくなり、大きな負債を抱えたまま事業売却したためである。他は、在職した会社との橋渡しができなくなったため。米国では、在籍した会社と強い関係をもったまま起業するパターンも多いと聞いていたが、少なくとも自分が在籍した会社は、むしろ、情報のセキリュティーの問題もあり、委託はほとんどしてくれないし、契約した会社を通しての関係も、しだいにシャットアウトされるようになる。5年目にして、自分が在籍していた会社とは縁を切るくらいの覚悟は必要だったと痛感。その会社が「すごい会社」だけに、なかなか踏ん切りがつかないし、今でも、その会社とのコネクション、紹介を期待して声をかけてくる新規の会社はある。しかし、縁は切った。それで、今のビジネスモデルは。。。
2020年07月09日
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株式会社を立ち上げたのは2015年6月。「はてなブログ」への引っ越しは、2012年4月26日。引っ越し先では、2013年5月11日に書いたのを最後に、どこにも書いてなかった。だから、完全ブランクの2013年5月から、2020年6月9日までは「エクセル日記」のみ。だから、起業前後は心境などは残っていない。けれど、エクセル日記は、イベントを毎日書いていたので、起業前後のばたばたぶりは振り返ることができる。2013年5月から、起業までの間、仕事以外のこと。母の逝去大事な人のガン騒ぎ(限りなく黒と言われた。。。)自分自身も内視鏡検査でガン騒ぎ実家跡に新居建築、引っ越しバンドのライブ新車購入博士課程入学、週末の学校通い夜のはしご酒仕事は、講演に海外出張その合間に起業の準備をしていた。準備で最大のことは、起業後の契約を決める面談。事務的手続きは、エクセルでチェックシートを作り、知り合いの公認会計士にも相談し、こつこつと進めることはできた。契約面談は、今から思うと、順調すぎて、それで調子に乗りすぎていた。それで起業4年目に痛い目にあって、猛反省。起業直前の5月に日記を書こうと決心したが、全く書かず。 今のうちに、エクセル日記で思い出しながら、書き残そうと思う。反省と、再発防止のために。。。
2020年07月07日
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大学時代は、将来のことを考えると、気が滅入った、というより、苦しいとすら思った。で、三島由紀夫の影響も受け、45まで生きることを目標にした。そうしたら、気が楽になった。なにかを成し遂げる、というわけではなく、生きることが目標。でも、自堕落ではなく、当時からストイックだった。本を読み、考え、書き、体を鍛えていた。45まで生きて、そこでの到達点は、あくまで、自分のイメージであり、具体的に何かを手にするものではなかった。で、自分史で45の時を見ると。。。生き続けていたが、大きな転機だったんだ。公開日記を始めていた。節目休暇をもらい、奈良の柳生街道や、都のあったところ、大化の改新の舞台をぐるぐる歩き、そして、富士の裾野あたりを100キロ歩き、そして横浜、鎌倉も、目的もなく歩いた。歩きながら、生まれ変わったような新鮮な気持ちが、振り返った時の切なさに勝っているのを感じた。で、今、とことん生きたいと思っている。でも、まずは10年先の自分がなっていたい姿を描く。いつものように、「健康・体力」「お金」「人間関係」そして、「品格・徳」最後のが、どうしても、イメージできないが。。。「品格・徳」は人間関係があってのものだから、関係する人たちから、「あなたは品格がある、徳がある」って言われることだろうか?と、書きながら、せいぜい1ヶ月先のスケジュールを埋めているだけだ。。。
2020年07月07日
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決断の振幅が大きく、そして頻度、すなわち周波数が高い。簡単に言えば、優柔不断で、しかも、選択肢が白黒はっきりしている。食事や、服や、もっと高価な家電や、さらにもっと高価な買い物に対して、周囲が呆れるほど決断が早いと思う。あとで、しまった!と思うこともあるけれど、あまり多くない。あるいは2択を迫られた時は両方買ってしまうこともある。しかし、ビジネスや人間関係については、決断の振幅が大きく、そして、周波数は、一日に何度も振れることもある。ビジネスでも、頼まれ仕事は、決断は早いが、自分が選択しなければならないときは大いに揺れる。もっと、揺れるのが人間関係。自励振動ではなく、思い切り外力の影響を受ける。昔からセールスに弱いのは、相手の出方で、すぐに心が動いてしまうからだろう。特に大学時代、人の誘いを断ることができなかった。「先延ばしをしない技術」を始め、いろいろな本で、人の誘いを断ることについて書かれている。「先延ばし」の中では、「断れないのは、目標が見えていない証拠」とある。それは。。。・愛されたいという欲求と、拒否されることへの恐れが強い・自分を重要な人物だと信じたいという傾向が強い・優柔不断で目標を持たずに生きている可能性が高いまあ、これは、飲み会とか、遊びの誘いに対するものだろう。今の場合は、答えは、本にはなく、自分で判断すべきだろう。自分の判断であれば、後悔しないように思うから。
2020年07月04日
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いろいろなことを先延ばしにせず、目標や夢に向かって、日々すべきことを最優先し、助走しないこと。だけれど、どうしても、朝の始動が遅い。目標や夢が曖昧だから、と先延ばしをしない習慣を身につけた人は言うだろう。「健康」「お金」「人間関係」については、ある程度、具体的な目標があるが、人徳とか、品格とか、達観とか、仏教ではないけれど、ある境地に達したいということを漠然と考えた時、俗的な目標と相容れないかもしれないと思う。やはり、どう死ぬかではなく、どう今を生きるかだと思う。とすると、達観、とかではなく、せめて品格は磨きたいと思うが、目標であるからには、お手本か、関係のある人からの反応が必要だ。 品格本は多く出ていて、国家の品格とか、会社の品格まで一時期は流行ったけれど、少なくとも、男の品格、女の品格の著者は本当に品格があるのか?と思うようではお手本にならない。歴史上の人物は美化されているかもしれないが、でも、実際にその人物が残した実績は事実なのだから、マイナスの部分もあるかもしれないが、差し引きプラスであれば、お手本にできるかもしれない。僕自身は、小学生の頃、親戚のおばさん達から、「あなたは人徳がある」と言われていた。母親も僕を過大評価していたと思う。人徳や人格は、自分で作っていくものだと思っているから、小学生に人徳があるというのはおかしいし、低学年からけっこうませせて、悪さもしていたように思う。まあ、世間一般的な悪さと比べると、かわいいものだけれど。じゃあ、戦国の英傑で、人気がトップクラスの人物は人徳があるかといえば、ないだろう。鬼と言われるような人物が人気がある。まあ、こんなことを考えてもしかたない。。。が、「健康」「お金」「人間関係」だけでなく、なんというか、「いい人」ではなく、「品格のある人」をやっぱり目指したい。
2020年07月02日
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