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ようこそ、お越し下さました。旅から帰って1か月。毎日、結構忙しい日々を送っています。まずは、毎年のことですけど確定申告。そして、桜並木の剪定やらのメンテ。本業の料理人としても、少し忙しい感じ。そして、旅の間おろそかになっていた運動不足の解消。まあ、それらも何とかなりそうな今日この頃です。数日前、変わった夢を見ました。大変リアルで、時計を見たらAM1時。このまま目を閉じて、その続きが見たいという思いと、メモしなければ忘れてしまうという思い。迷ったが、メモを取ることにした。どうしても、覚えていたい夢だから。夜空に大きな渦が現れ、グルグルと回っていて何もかも吸い込み、そしてそれはどこかに繋がっている。それは3重の円で、中心の円は立体的に内側に向かってうねりながら回り込んでいる。色はオレンジ色から茜色だ。その外側2つは、それぞれ違った青色だったと思うが、夜空のせいではっきりとしない。青色の中に、何隻もの飛行物体が中心のオレンジの渦の中に入って行く。そこには選ばれた人々が乗っている。UFOは地上に立つ私達の傍に降り立ち、まるで重力が無いように地上30cm位の所に浮いている。長さ5m位の小さなUFOは、徐々に近づいてきて私の脇に停まる。いつの間にか、指導員のような男が傍にいてUFOの乗り方を教えてくれる。それは、大変妙な乗り方だ。乗るという事を心の中で決意すると、UFOはまるでその意思が解るかのようにゆっくりの上下逆に引っくり返る。UFOのお腹を見せる格好になり、私はその上に仰向けになって横になる。すると、徐々に開口部が現れ、その中に私は吸い込まれていく。と同時にUFOは通常の飛行体制の上下を正常に戻し、私はUFOの右側の助手席に座っている。コックピットの運転席には赤と白でデザインされた宇宙服を着た異星人らしき男が座っている。一見して欧米人のようなイケメンの30代くらいの紳士の男だ。男はUFOを水平状態のままゆっくりと上昇させ、数十メートル上昇すると船首を立て、垂直にする。すると、そのまま垂直に上昇すると思いきや、真後ろに猛スピードで飛び立った。行先は、勿論オレンジの渦の中だ。次々とたくさんのUFOが同じようにして渦の中に飲み込まれていく。そんな中で私はというと、意識のみが地上に戻っている。地上は昼間になっていた。真っ青な青空に、オレンジ色だった中心の渦は、美しい青色になっていた。その周りの2つの大きな輪も青色だ。その中に、白い線のようなものが光りながら中心に向かっている。渦は、おそらく地上から5000mくらい離れているか。富士山のふもとから富士の山頂を眺めた時、それよりも少し高かったくらいの高さか。渦と二重の円の大きさは、きっと数kmはあろうかと思われる。私の意識は、準備の整った人々をサポートするために地球に残っている。準備が整った人々は、一目見ただけで解る。こういう状況になることを解っていたというか、高次元の存在から知らされていたか。落ち着き払って、笑顔と喜びに溢れている。私の家族の番になり、私がUFOに乗るよう促すと、「○月の初めころ(○日???)、それに間に合うように出発します。」との事。(都合上、日付は出てきたけどここには書きません)私は「解った」と言って、UFOなしで単独で青い渦に吸い込まれるように一人で向かう。この時の私は、すでに第一次アセンション(次元上昇)を完了していたようだ。渦に向かった人たちは、渦の先は地球とは違う異次元に繋がっているという事をしっかりと認識しているようだ。京都高山寺の中興開山の人、明恵上人(1173~1232)は、19歳から始まり40年に渡って夢の記録を書き留めた方ですね。夢記(ゆめのき)として記録されたものが、今も高山寺の残されておりますが、きっと明恵さんも眠気を押して書き綴ったのでしょうね。当ブログでアセンションについて書いたのは、久しぶりです。今までも、夢で何かのメッセージを残して下さった例はいくつもありました。今回の夢は、どんなメッセージが隠されているのでしょうか。私が見たこの夢、誰か他にこんな感じの夢を見た人いないかな。
2016.02.29
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ようこそ、お越し下さました。旅からいつもの日常に戻ってみると、待ってましたと言わんばかりに電話が鳴りっぱなし。旅でお金を使い果たした私の懐具合を心配してくれたのか、宿泊予約や料理の注文が届きました。この時期は、1年で最もお客様の少ない時期。ありがたいことですね。旅から帰ると、いつも旅の日々に想いを巡らせます。「遠くへ行きたい」という旅番組がありますね。その番組の主題歌を「ジェリー藤尾」が歌っています。最近は、新しい人が歌ったっているのかな。♪ 知らない街を歩いてみ~た~ぁい ♪このフレーズって、私好きなんです。子供の頃からですかね、これって。知らない道を歩くの。学校の行き帰りも、いくつかの登下校のコースを毎日変えてた気がします。新たな発見を期待していたのか、好奇心旺盛な子供だったのかな。こんな気持ちって、きっと誰でもあるよね。その思いは大人になって歳を重ねた今でも変わることなく、心に宿している。長期の旅ができそうだとなると、「遠くへ行きたい」となる。「こうだから行きたい」という理由はあまりないような気がする。何も神社仏閣や絶景を訪ねる事のみが旅ではないと思う。勿論、それもいいけどね。知らない街なら、どこでもいいって感じ。旅先で、他愛もないことをするのがいい。それは、普段と同じようなこと、スーパーや市場でどんなものが売られているのか、どんな食べ方があるのか、店員としゃべったり、床屋に行ってさっぱりしたり、暖かい日だまりで本を読んだり、歩いたり自転車で散歩したり、・・・昼寝したり、ブルーレイで映画を見たり、近頃は自転車で散歩が多いかな。自転車だと、結構な距離を移動出来たり、歩きと同じ目線で自転車を転がしてみたり、それでもっていろんな所を覗いて歩く。これがけっこう楽しい。九州別府からフェリーで大阪着。大阪から向かったのは、毎年滞在している奈良県明日香村。滞在地は、甘樫丘(あまかしのおか)の無料駐車場。大和三山の一つ、畝傍山。その向こうに見える双子の山が大津皇子が眠る二上山奥が耳成山、手前右が天の香久山奥の右が葛城山、その左が金剛山この三枚の画像は、甘樫丘展望台からの画像です。甘樫丘は、曽我蝦夷や曽我入鹿の屋敷跡とされています。蘇我入鹿(そがのいるか)は645年の大化の改新で藤原鎌足(かまたり)らによって殺害されてしまいましたね。そんな、仏教の力を借りて日本を統一しようとしていた、飛鳥時代の舞台となった所。このあたりの田んぼや畑は、どこを掘っても遺跡が出てくるといった、歴史好きにはたまらない所です。この辺りは、観光客向けの無料のトイレ併設の駐車場がいくつかあります。そこに陣取って、明日香村や橿原あたりを自転車でうろうろと4日くらいいたかな。一カ所に数日滞在していると、ずっと前からそこに住んでいたような錯覚に陥ります。九州でも、数日滞在していたところがいくつかあります。宗像、湯布院、高千穂、佐伯、臼杵、別府・・・その地で地の野菜や魚をいただき、キャンカーで自炊する、歩くって、その地の空気を感じてエネルギーに変換する作業なのかなって思っちゃう。だから、つまらない地などどこにもない。どこも素敵な所。また行ってみたいな。甘樫丘の近くで発見した、青みがかった白梅。普通の白梅の花は、額が赤っぽいよね。
2016.02.21
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ようこそ、お越し下さました。先日、約1カ月の旅から島に戻りました。前回のブログのアップは別府滞在時でしたよね。なんだかんだで別府には1週間くらい滞在したのかな。その毎日が温泉三昧。特に印象に残った温泉は、初めに通った別府八湯の竹瓦温泉と、最後の柴石温泉 かな。柴石温泉は、別府市内から車で5分位離れた所にある市営温泉だ。料金は210円。湯温も結構熱い。私好みだ。入湯料の券売機はなく、番台?のおばちゃんにお金を払いおしゃべりし、・・・この温泉は、895年に醍醐天皇が、1044年には後冷泉天皇が病気療養に湯治されたと伝えられている歴史のある温泉。どちらも近代的とは逆の、レトロ感あふれる素朴な温泉です。そろそろ温泉から別のチャンネルに切り替えるかなと思い、別府発大阪行きのフェリー、サンフラワーに乗りました。クルマを転がして帰路に就くのもいいけど、フェリーは楽ですね。私のキャンカーは車高が高く、3メートル弱。室内で私が立っても更に天井まで余裕がある。(私の身長は178cm)だから、走行車線を走っていて、追い越し車線をトラックが追い越していく時なんか、風圧に影響されて左右に揺れることもある。横風に煽られるのと同じだ。だから、高速道は緊張の連続。フェリーは夕方乗せれば、よく早朝には大阪に着いている。料金も、車と比較してけっして高くはない。お風呂もあるし、食事はバイキング。旅は、非日常のサプライズを楽しむもの。どんな風呂もバイキングも、上出来、上出来。ある本を読んでいたら、こんな言葉に出くわしました。「おなごは我儘を言うからこそ可愛ゆきもの、その我儘を聞くのが男の幸せにございます」ふふ~~ん、そんなもんですかね。私の場合は我儘を聞くというよりも、カミさんの希望や願いを受け入れると言った方がいいのかな。そう言えば、今回の九州行も大阪行きのフェリーに乗ったのも、カミさんの希望。カミさんがなるべく行きたい所に行き、やりたい事をやらせてやりたいと願うのは、結婚45年を過ぎてこなれた証拠なのでしょうね。???
2016.02.13
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ようこそ、お越し下さました。別府に雪が積もりました。積雪3~5cm位。別府でP泊している場所は、別府市内の南立石公園の駐車場で無料です。平日は22時に施錠に来ますが、P泊は禁止という事ではありません。公園を散歩したり運動をしたりする人に解放されています。私もP泊中は毎日公園内をジョギングしたりしています。緑多く、その昔に黒田官兵衛軍と大友宗麟軍の合戦地でした。大友軍はこれに敗れ、大友家400年の歴史は閉じられました。以後別府の地は明治維新まで黒田家が所領したとされています。そこそこの巨木も多く見られ、「兵どもが夢のあと」を全く連想させない、静かな公園です。そこに降った雪が、遊歩道をこのような文様を見せてくれました。これって、志野焼 にこんな文様が見られませんか?別府市内を歩きながら、これと同じ文様はないかと探しましたが、残念ながらこの公園のみでした。何の加減でしょうか。
2016.02.01
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