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ようこそ、お越し下さました。前回のブログで、今生の生を終了した後の生は、今の物質世界でのステイタスである業績や数字といった「形」はあまり意味をなさないと書きました。私がこういう考えに至るには、島に移住する前の生活で「形」に拘って生きてきたからに他なりません。「形」に散々拘ってきて、そして今になって「実は実績とか数字とかは何の魂の浄化には関係ないのだ。」ということにようやく気付いたのです。関係ないというよりも、むしろ結果として邪魔なものと思っていいのかな。しかしそれが、その時は悪いことでは全くないという事なんですね。その時、その年齢においては、お金や数字に拘ることが大切な経験だったのです。発展途上人というか、人間の成熟度が低い段階で、学んでおくべき重要なテーマなのでしょう。一家を構えることは、必然的にお金が大きく絡んできます。だから、そこで経済力という事に執着することは、至極自然なことなのですね。そういう生き方にたっぷりと頭の先まで浸かった後、第二の人生が近づいてきて、「待てよ」と一歩立ち止まります。「俺の人生、これでいいのかよ」とね。人間的に熟成期を迎えるその頃の年齢になると、余命、残りの人生はどのくらいあるのか、そしてその先の「肉体の死」も頭の隅っこには意識し始めます。体も徐々に無理のきかない状態になり、老いを感じます。あとどのくらい生きられるのか、残りの人生をどんな生き方をすればいいのか、死ぬまでにお金はどのくらいかかるのか・・・・・そんなネガティブな考えに苛まされ、辛い日々が続きます。当然、この肉体が滅んだ先に、どんな世界があるのだろうかと考えるのも自然の成り行きです。私の場合は、島に移り住む前の30歳代後半からこういう形而上的な問いかけにかなりの時間を掛けました。どういうわけか、私は20代中頃から仕事の上での師の影響で、精神世界に大変興味を覚え、いろいろな宗教本を読み漁りました。そして、1999年の世紀末思想、あるいは2012年のマヤ歴にも大変興味を覚え、思想的に随分と突っ込んだ覚えがあります。そんな私の中の結論的な考えが、このブログでチマチマと書いている所です。そう、このブログの開設が2006年3月ですから、10年過ぎました。この10年間の記事が929回で、その中の半数近くは「どう生きるか」という事に関係する記事です。そして、3次元の制限のある肉体という服を脱いだ後、新しい服を着る===新しい次元で生きるのに、より良く生まれ変わりたい、そうするためには今、どうしたらいいのか、その事に生きる意義を見つけたのであります。今までの60年間の私の人生が、いろいろな紆余曲折を通して、その事があって今日に至りました。その事は、すべてが必然で引かれたレールに沿って生き、霊的進化を遂げたいと意図するに至ったのです。無駄な時期を過ごしたと思えた時期も、全く無駄な経験は一切なかったのです。老いという不安、お金が減って行く不安、「死」が近づくという恐れ、自分の居場所や存在理由が解らない恐れ、そんな不安や恐れを心に抱いて「肉体の死」を迎えるのは、あまりにも虚しいと思いませんか。「肉体の死」に直面した時、次の「生」に期待と希望を抱きながら、残される人たちに「世話になった」と、そして笑顔で「じゃあ、行ってくる」と言える末路を迎えたいと思いませんか。私が常々言っている「肉体の死は終わりではなくスタートだ」の所以です。もし仮に、今辛い中で生きているとしたら、その経験が大切なお宝だと思える時期がきっと来るでしょう。だって、そのつらい経験って、あなたの霊的進化にとって必要だから「天」が愛をもって与えて下さった恵みですもの。自分を許し、相手をも許しましょう。どこまでも、どこまでも許しましょう。(これ、私自身に言っています)
2016.06.13
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ようこそ、お越し下さました。今流で言うと、超忙しい?数日が過ぎ、少しのんびりとした時間を楽しんでいます。根っからのさぼり人を自称する私としては、ちょっと働き過ぎか?と思わせる5月でした。その反面、とっても有難いことと、いつも家族にの中では感謝し続けてはいます。口から出る言葉は「ありがたいね」私もこの10月で66歳になろうかと・・・カミさんは12月で63歳・・・46年に渡る結婚生活。随分と、年を重ねたもんですね。昔で言えば隠居の年、今で言えば定年後の現役リタイヤをしている年ですね。よく言われている、第2の人生に入っています。第1の人生は、はっきりとした生きる目的もなく、ただ目の前のことをこなしていくために突っ走ってきた方は多いのではないか。子供や家族の幸せを第一に考え、自分はどう生きたいのかという事に目をつぶって、ただひたすら周りの人の為に生きてきた。目をつぶるというよりも、それしか選択肢がなかったと言えましょう。そんな生から、長すぎる定年後の生に考えたり迷ったりしている私と同年代の方も多いのではないか。でも、子供の為やローンの為とかの義務感から解放され、自分と妻の二人だけのことを中心に生きられる時が来たのですね。これが、第2の青春と言われる所以ですね。青春とは、思慮や分別を度外視して思ったことをすぐに実行しちゃう、そんな年頃です。やっと65歳を過ぎ、長い間持ち続けてきた夢に向かって、やっと歩き出せるのですね。日本地図を歩いて作った江戸時代の商人、伊能忠敬さんはこれを第2の山と言っています。第1の山はお店の為にすべてを犠牲にしてきたが、隠居してからの第2の山は自分の好きな山を登りたいと思い、17年をかけて私財を投じて日本中を歩いて地図を作りましたね。私は、42歳で都会の生活に見切りをつけ、島に移住して第2の山に登り始めました。離島に移住した理由の第一は、やりたいことがやれる可能性を秘めていたのが島でした。私のやりたかった事、持ち続けてきた夢は、心の修行をしたかった、と言えばかっこいいかな。本来の人としての在り方とでも言いましょうか、日輪に向かって歩けるような、そんな心を持ちたかった。修行と言っても、比叡山の代表的修行の千日回峰行のような荒行とは意を異にします。出家して、世間から隔離された中で、お金とは縁のない世界に身を置くことよりも、日々の生活の中で行う行です。そして、この肉体が死んだ後の私のイメージする世界観が、残りの人生を賭して追求するに値する素晴らしい次元であるという事。そして、私はそこの住民になりたいと大それた願いを切望したのです。それから今では20年を重ね、今ではこの島はその私の大それた願いを成就させるにはうってつけであったと確信しております。目指すその世界に移行できるため、私の第2の山である島での生活は、「何をしているか」「何をしたか」はあまり意味を成しません。もちろん、「何をしたか」も大切ですが、それよりも重要なのは「何を思ったか」、そして「何を思っているか」だと考えます。意義ある業績を残すことは、とても素晴らしいことですが、そういう「業績」というか「足跡」という「形」は、3次元を超えた世界ではあまり意味がないように考えます。他人から見た目は、その人が生きた「形」しか見えません。何を思っていようと、第三者から見た目の実績の形や数字は、物質の世界である「この世」しか通用しません。私の目指している次の次元は、「光一つ上がる」世界ですから、形なんて何ら意味を成しません。だって、その世界は想念、想いで何でも形づけられるから。「形」や「物」の世界である3次元と、その次元を超えた世界ではその人の発する想念が重要なのだと考えます。「形」を大切にすることを卒業して、「形」は後からついてくるものに囚われてはいけませんね。こんなことを書きながら、私の背中には汗が・・・まったく汗顔の至りなのですが、修行?がまったく足りていない自分に気付きます。この「想い」って、修行すれば何とかなるというような代物ではありません。生き方そのものを変革しない限り、難しいのかもしれません。何を思っているかなんてどうでもよく、「形」や「結果」を大切にする今の世界の価値観をすっぱりと捨て去る勇気と決断が左右します。どんな思いが、3次元を超えた世界に通用するか、私なりに考え続けています。次回に続く
2016.06.03
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