非生産活動推進委員会

非生産活動推進委員会

PR

×

プロフィール

RONNYジイ

RONNYジイ

コメント新着

バンドマン@ Re:昔の歌舞伎町スケッチ・フォーカス(笑)(03/29) 懐かしすぎる会話に感激しております、 こ…
沖縄県宮古島出身です、@ Re[21]:赤坂シンデレラの最後(08/18) 樋口 和彦さんへ 本当に、次郎さんと五郎…
アミちゃん@ ジョイの訃報😢 nikumaruさんへ 連絡有難う御座います。ジ…
マチャアキ@ 想い出 岸本さんですね 懐かしく読ませて貰いまし…
マチャアキ@ 岸本さんだよね このブログを読んで昔の記憶が蘇って来ま…

お気に入りブログ

まだ登録されていません
2005年10月16日
XML
新宿のジュリー・ファミリーは着々と勢力を拡大しつつ、組織化にも手を付け始めていきました。ジュリーが地方にまで手を広げると同時に、東京も新宿ばかりで騒いでいたのでは進歩がないことに気付いたからでした。
特に、ディスコ協会に対抗していくということならば、六本木のディスコも視野に入れなくてはそれこそ井の中の蛙となってしまいます。
勢力を拡大していく上で必要なことは、自分達のテリトリーであるディスコ、店を増やすことでした。自分達の勢力圏内にいくつのハコを抱えているかが、大型チェーン店に対抗するプロテクションでもあったからです。
そこで思いついたのが他のグループとの提携というか合併でした。

これは委員長にとってみれば、何だか昔の暴走族や愚連隊の縄張り争いみたいな感じでスリリングな行動でありました。
ジュリーも東京は下町の生まれですから結構勝気でイケイケな性格してましたし、委員長も元々は不良少年でしたから、こうなってくると二人とも俄然目の色が変わってきます。
またひとつ道楽者が新しい遊びを見つけてしまったわけです。
ということで連合を組む相手に選んだのは、新宿派でも六本木派でもなく、当時異色のメンバーを抱えていたH君のグループでした。
彼らのテリトリーとするハコはディスコばかりでなく、「おしゃべり稼業」と名の付く仕事であれば業種に拘ることなく何でもこなしていた所が二人の目を引きました。


そこで、そんなテリトリーとは外れたグループとのジョイントはマーケットの拡大にも繋がるし、くだらないプライドで争うこともないので双方ともに興味ある合体でありました。
別にそこまで計算ずくで行動を起こしたわけではありませんが、ジュリーにしても今更新宿の誰かと手を組んだところで、今の自分以上の仕事の幅が広がるとは思っていませんでしたから、ここらで新しい刺激が欲しかったというところが本音でした。

H君のグループは、ジュリーや委員長が今まで関わってきたタイプのDJ達ではなく、お互いがクールにビジネスとして割り切った付き合い方をしており、学ぶ面も数多くありました。別段H君を頭として徒党を組んでいるわけでもなく、各自がそれぞれ独立した仕事として各店舗とDJ契約で結ばれており、あくまでも個人ベースでの収入を上げるための共同体のような雰囲気でした。

これはいわゆるバンドマンの生態に酷似したスタイルで、全ては横の繋がりだけが基本となっており、仕事を世話したら手数料を払い、休暇等の場合はそれなりのトラ代(エキストラ料)を払って穴を埋めてもらい、数人のチームの仕事になるような場合は仕事を取って来た人間が仕切ってギャラの割り振りをする、といった具合に非常に合理的なプロ意識の高い集団でもありました。

必然的に仕事を多く取ってくる人間がリーダー的な存在となり、あとはお互いの信頼関係で成り立つビジネスライクな付き合いでしかないため、多少の好き嫌いはあるにせよ、仕事が感情で左右されるようなグループではなく、お互いのルールさえ守れるならば誰とでも繋がっていくという、己の生活と収入を中心とした非常に主体性のある生き方でした。

実際に彼らと会って話してみるとその合理性は非常に洗練された考え方で、委員長の目には随分と大人に見えました。
実はこのH君のグループの核になっていたY君は、実家が小さなプロダクションを経営しており、本人も大手某プロダクションで仕事をしていた経験などもあり、グループを形成しているコンセプトの中核は彼が担っているような印象を受けました。

彼らは非常にビジネスセンスに長けており、ジュリーの提案を新たなチャンスとポジティブに捉えてくれました。
この第一回セッションではジュリーも委員長もタジタジといった感じで、全ての主導権はH君とY君に取られたも同然でした。
もちろん彼らは年上でもありましたのでリーダーシップはH君に譲り、次のミーティング・セッションで具体的な統合の話をすることになっていきました。
Y君も、これだけの人数で行動するならば将来的に労働大臣の認可を取り、正式な事務所として立ち上げることを前提にすべきだと言い、そのノウハウを語ってくれました。

なんだかこれからスゲーことが始まるんじゃなかろうか、という道楽者特有の漠然とした期待感ですね。

もちろんH君のグループのメンバーにしても、今やディスコ業界ではその先端を突っ走っているジュリーのグループとの合体ですから、これはまず都内でも一大勢力になるだろうことは簡単に想像がついたと思います。
その夜は合同飲み会とでも言いますか、親睦会のような雰囲気で各自の自己紹介が行われました。
ジュリー・ファミリーに比べてH君のグループはみなインテリに見えました。
Y君のビジネス理論で圧倒された後ですから、殊更メンバー全員がかしこそうに見えても不思議はありませんでした。



この時立ち会った誰もがきっとそんな夢を見ていたのでしょう。
特に今まで接点のなかった異人種との交流みたいなものですから、なんだか自分たちはとてつもなくデカイ夢を実現できるような幻想の世界を漂っていました。
一般社会と決別した道楽者が、自分達の心の支えとなる「音楽」の道で身を立てるという、ちょっとしたアウトロー気取りで立身出世、サクセス・ストーリーを夢見た夜でした。
今風に言えばビル・ゲイツとかホリエモンみたいなヒーロー像を、その夜集ったそれぞれが胸に描いていたのです。
確かに実現できたらそうなったことでしょう。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2005年10月22日 22時49分59秒
コメント(0) | コメントを書く
[1979年頃のディスコのお話] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: