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2006年01月14日
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私の新宿の思い出といえばまず頭に浮かぶのが「フジオプロ」です。
フジオプロというのは漫画家の赤塚不二夫先生のプロダクションのことで、場所は当時新宿の淀橋小学校近辺だったと思います。

私が小学校高学年くらいの時で、空前の大ヒット「おそ松君」は全国の小学生を熱狂させた漫画でした。確か少年サンデーに連載されていたと思います。
当時の少年週刊誌は「サンデー」と「マガジン」の二つしかなく、どちらもそれなりの人気連載がありましたが、なんといってもおそ松君はダントツで一位でした。
そんな超売れっ子漫画家の赤塚先生に会いたいという一途な思いから、いつもの調子で私が先導役となって同級生を募り、あつかましくも先生の事務所を訪問したのでした。

4~5人だったかなぁ。
その同級生の中に地元「梅が丘」駅前で食堂をやっていた家の息子がいて、昔彼が新宿に住んでいたということで、うまくそそのかして道案内を頼みました。
まるでおそ松君にでも会えるかのごとく期待に胸弾ませ、一同はそれぞれ親に内緒でかき集めてきた小遣いをはたいて小人切符を買い、小田急線に乗り込んだのです。

「誰々君のお姉さんが連れていってくれる」だの「誰々君の叔父さんが一緒」だのと大嘘コイてきたヤツや、しっかり黙って出てきたヤツなどもいて、悪いことをする背徳感はまた一種独自の快感にも繋がったりしておりました。
それでも子供の思いは純粋で、とにかく人気漫画を描いている作家にひとめ会ってこの胸の思いを伝えたいという、全国漫画ファンの代表のような気分で一杯だったわけです。

さて新宿駅に着いた一同は食堂の倅の道案内で淀橋浄水場を抜け、フジオプロが入っているビルを目指しました。
当時の新宿駅は東口の拡張工事などで、やたら迂回路が多かったために、どうもはっきりした記憶が残っていないのですが、たぶん西口から新大久保方面へ抜ける道の雑居ビルだったのではないかと思います。
駅から随分と歩いた記憶がありますから、住所は新宿でもかなり大久保寄りだったのではないでしょうか。

そして遂に目指すビルを見つけ出した一同は、興奮に打ち震えながらフジオプロめがけて一気に突入したのでした。
そこは小さな雑居ビルの2階か3階だったと思います。
ところが事務所に続く階段にはすでに小中学生のグループが列を成してウダウダしており、子供同士とはいえ多少の殺気の気配も漂います。

「お前等どこから来たの?」

列の先頭にいる頭ひとつ抜きん出たヤツが横柄な態度で尋ねてきます。

「梅が丘」



「世田谷」

「世田谷かよ、随分遠くから来てんだな」

って、聞いてる本人も世田谷がどこにあるかもわからなそうなヤツです。
その他大勢の小学生もどうやらこの年上の中学生らしきヤツに頭をしっかり押さえつけらていたようで、反発精神は暗黙のうちに連帯意識が生まれます。

「そんな遠くないよ。小田急線で10分くらいだぜ」


思わぬ反抗的態度にちょっとひるんだ中学生はアゴを突き出して言います。

「オレらは原宿から来てんだぜ」

中学生の後ろに小学生らしき子供がひとり、どうも弟のようです。
その他更に小さい小学生が食堂の倅に擦り寄るようにして口を挟みます。

「ぼくたちは京王線の笹塚から来たんだ」

こういう時の連帯意識は共通の敵を定めることで深まります。

そんな子供同士の攻防が繰り広げられる中、事務所のドアがガチャッと開いて中からまたも小学生の一団がゾロゾロと出てきました。

「ありがとうございました~!」

小学生の一団は口々に例を言いながら階段を降りて行きます。
しかもなにやら色紙のようなものを小脇に抱えているではありませんか。

-し、しまったぁ~。サイン帳でも持ってくるんだった。

一同がはっと気が付いたところで、事務所の中から小柄な口ひげ叔父さんが現れ、ニコニコしながら「さあ、お待たせ、どうぞ」と言って事務所の中に招き入れてくれました。
中は机に向かって絵を描いている人が数人いるだけの非常に殺風景なオフィスでした。

口ひげおじさんは子供たち一同を見回して「君たちはどこから来たの?」と尋ねました。
それぞれの子供の口から勝手に飛び出す地名におじさんはニコニコして頷き、「えーと、何人かな~」と言いつつ子供たちの頭数を数えます。

「ごめんね。赤塚先生は今この上の書斎で仕事中だから会えないんだよ」

なんだか状況が呑み込めぬまま一同は事務所の中をキョロキョロ見渡して落ち着きません。

「じゃ、ちょっとここで待っててね」

そういって口ひげ叔父さんは事務所の奥に引っ込んでしまいました。
またも子供たちだけの世界になると、攻防戦は復活します。
「こんなに沢山いたんじゃ、赤塚不二夫には会わせてもらえないよな」

件の中学生は私たち小学生グループに向かって、さもあえない原因はお前達のせいだぞ、ぐらいの高飛車な態度で再びアゴをしゃくりあげます。

「おじさんは待ってろって言ったじゃん」

またも食堂の倅が食い下がります。
その後ろの低学年組も暗黙の後押しをします。
緊張が高まったところで、口ひげおじさんの登場です。

「いや~、待たせてごめんね。さあ、一人一枚ずつ取って」

おじさんはおそ松君のキャラクターと赤塚不二夫先生のサインの入った色紙を一同に配り始めました。
なんのことやら意味もわからぬまま一同は色紙を受け取り、描かれたキャラクター漫画に目を凝らしました。

「やったあ、おれのはチビ太だ」

「オレはデカパン」

異常な興奮に盛り上がる一同はおじさんの誘導で事務所から出されます。
とにかくモノを貰ったら納得するのが子供です。

「ありがとうございました」

そう口々に大きな声でお礼を言うと、喉をゴロゴロ言わせた猫のように皆色紙を抱えてさっさと階段を降ります。
ここで少々あざとい私は、さっき中学生が呟いた「なんだオレのはイヤミかよ」の一言に「お前のと取り替えてくれよ」の次のセリフを予感し、小学生軍団全員に「さあ急がないと電車に間に合わないぞ」とかけ声をかけて一目散に走り出しました。
結局何をしに来たのかわからぬ事務所訪問でしたが、子供にとってはもの凄い宝物を手に入れたようなもので、このリスクの高い冒険は十分に満足できるものでした。
この色紙をくれた人が「ダメ親父」でブームに沸いた古谷敏三先生だったと知ったのは、色紙の中のチビ太が色あせて誇りにまみれになった頃でした。
今にして思えば、この絵を描いたのもたぶん古谷先生だったのでしょう。
子供好きの先生らしいファンサービスだったわけですね。





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最終更新日  2006年01月14日 13時59分46秒
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