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2006年03月04日
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確か昔は、学校で有害番組として「見てはいけません」指定が発動されたりしたテレビ番組とかありました。

かなり強い印象がある「三バカ大将」。
もうこれは完璧なドタバタコメディーで、ストーリーも何もあったもんじゃないというか、かなりアナーキーなお笑いモノでした。
学校の先生はこれらを低俗番組という表現で「見てはいけません」風な教育的指導を行っておりました。
しかし、子供ってのはダメと言われると余計にしたくなる子の方が圧倒的に多いわけで、先生や親の言うことをきちんと聞いていたのは1割にも満たなかったのではないでしょうか。
というか、当時の親たちもカルチャーショックという感覚で言えば、子供と同じスタンスで時代と向き合っていたと思うんですね。
だから、学校の先生はダメというものの、親自体がそれを見たがっていたということもあったわけです。
要するに、当時の親たちだってそんな番組見るのは生まれて初めてなわけで、親子が年齢を越えて時代の文化と関わっていたってトコが非常にユニークだったと思うわけです。


だから、その笑いが生み出す感性の予測が、自分達の生きてきた過程とある程度重なるので、子供(若い世代)とはひとつクッションを置いて冷静に見ることができます。
でも当時は戦後のご破算によって、大人も子供もゼロからのスタートを切ったのですから、見るもの聞くもの全てが新しかったというのが事実ではないでしょうか。
そういう意味では「お茶の間」という環境がきちんとそこに存在したわけですね。
プロレスを見て家族全員が白熱したりとか、シャボン玉ホリデーのギャグが全国ネットで普及(笑)したり、とにかくテレビを中心に人が集うという「お茶の間」が間違いなくありました。

さて、では学校で推薦した優良番組とはどんなものだったのでしょうか。
もちろん天下のNHKがご推奨でした。
「ジェスチャー」「私は誰でしょう」「十の扉」「夢で会いましょう」
私は子供心にもこれらのどことなく「知的」な雰囲気と、堅苦しさがちょっと苦手でした。
これらの番組をお茶の間で見ている家庭とは一体どんなところなんだろう、という素朴な疑問が常に頭の中にあったからです。
たぶん学校の先生のお茶の間は、応接間のカウチやソファーにきちんとした姿勢で座ってお紅茶などを啜りながら、これらの番組を見ながら知的な会話をしているのだろうなぁ、などと多少のヒガミ根性なども加味されて想像したものでした。

しかし、この学校の指導を受けて教育テレビしか見させてもらえなかった子供たちは、一体どのような大人になったのか非常に興味がありますね。

私はどちらかというと低俗の極み、有害番組の洗礼を受けた王子様でしたから、当時の優等生からみたら相当にアナーキーな存在だったことは確かで、たぶんPTA評価ワーストチルドレンのトップランキングに属していたのではないかと思います。

「あの子とだけは遊んではいけません」

「お友達を選びなさい」

みたいな親同士の暗黙の了解があったような気がします。(笑)
でも子供は正直ですから親の思惑とは裏腹に、クラスのお調子者が連発するテレビギャグはそういう子たちにこそウケまくって、道楽者の人生はここで大体の道が敷かれることになります。結局そういう子たちも間接的に有害番組のソースを体験していたことになります。(ってことは私は有害ギャグの伝道師にだったのかなぁ)


当時の親たちでも結構アナーキーなギャグは新鮮だったと思うし、クレージーキャッツのネタなんて未だに踏襲されていますから、当時の感性で言えば大人も子供もインパクトはかなりなものだったのではないでしょうか。
後年、ドリフターズによって受け継がれ、志村ケンやビート・たけしによってリメイクされましたが、これらも低俗番組のレッテルを貼られましたね。

私が思うに、世の中の「笑い」に対する物差しみたいなものがあるとすれば、それは「ペーソス」と「ナンセンス」の基準ではないでしょうか。
笑いのルーツで言えば、チャップリンはペーソス、バスター・キートンはナンセンス、こんな分類によって判断されているように思います。
この対比は有機質と無機質みたいな感覚ですね。
どうも「知的」という分類はペーソスが好きなようで、いわゆる人情コメディーみたいなものですか。フーテンの寅さんなんてのが典型的ですね。
下品な笑いでもオチに人情話が入って泣かせれば、それはそれなりに評価されます。
同じギャグでもオチに泣きのないドリフターズはダメで、ドラマの最後に人情劇が入っている寅さんは良いってことです。
どんなにバカなことをして笑っても、必ず最後には人生訓みたいなものが描かれている、というパターンがいわゆる「知的」センスだと思っているのかもしれません。

でも正直言って、生の人生、人の世の中は無機質な笑いの方が多いわけで、ただ可笑しいから笑う、理屈のいらない笑いが救いになっているということが実体ではないでしょうか。ですから私自身も根本的にはペーソスギャグはあまり好きではありません。
子供の頃の有害番組指定のトラウマが残っているのでしょうか(笑)、どうもこの類の「お笑い」は見ていて白々しくなるばかりで、変に理屈をつけて「知的」ぶる感じが幼少の頃味わった劣等感というか、優等生の白々しさといったものを彷彿とさせられ、もっとふざけてごちゃ混ぜにしたくなる衝動にかられたりしてしまいます。(私ってちょっと危ない性格でしょうか・笑)

ということで、私の精神を練磨してくれた昔のクリエーターの皆様に敬意を表したいと思います。
シャボン玉ホリデー
大人の漫画
馬鹿丸出し
ゲバゲバ90分
あっと驚く為五郎~ワッハハ~・・ナニ!?





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最終更新日  2006年03月04日 09時39分28秒
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