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2007年01月11日
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最近、あまりにも過激で陰惨なニュースばかりが目に付くので、ちょっと気になることを書きます。
どうも最近の日本人は、不合理というものを極端に生活の中から追い出してしまったのではないでしょうか。
そんな社会の風潮の根本は何かと言えば、やはりそれは「金」にあるのでしょうね。
金を追うということは取りも直さず、合理性を追うことであり、人間そのものを合理的な生きものとして扱うことが金を得るための原則になります。

私も昔は多少羽振りの良い生活などをした時代もありました。(笑)
羽振りが良いと必ず人が群れてきます。もちろんそのほとんどが、その金目当てで近づいて来るのですが、まあ、金回りの良い時はそんなことは薄々感じつつも、お山の大将気分で悦に入って調子くれて遊んだりしていました。
当然そんな生活が長続きするはずもなく、そのうち自分自身が行き詰って、その日のメシ代にも四苦八苦するような暮らしに転落していきました。

そこで、昔面倒見たつもりの取り巻き連中、少なくとも金を貸したヤツを訪ねて、いくらかでも回収しようと考えました。情けないとは思いましたが、借金の取立てという大義名分もあるし、昔の恩返しでいくらかは用立ててくれるだろうと思いこんでいました。


一文無しになった私は、トボトボと歩いて半日かけて母親のうちへ行き、みっともない話ですがわずかな借金をしました。ご存知のように、私は母子家庭出身者(笑)ですから、年老いた母だってそんなにゆとりのある暮らしをしているわけではありません。それでも、やはり親子ですから、バカな息子が尋ねてくれば多少なりとも用立ててくれました。
照れ隠しにその日の出来事を母親に話すと、「気の毒にねぇ、その子は大丈夫なの?」などと、貧乏人のクセに自分の息子だけではなく、そんなバカヤロウの心配までしてくれました。

別に人情話をしたかったわけでもないし、母親の自慢をしたかったわけでもありません。
っていうか、今の時代じゃ、こんな話は自慢にもなりませんね。逆にアホかって言われそうです。そんなことしてるからいつまでも貧乏なんだろ、みたいな。(笑)
ただ、私が言いたいことは、昔はたいていの家庭がこんな感じだったと思うし、そんな心意気こそが貧乏人としての最低限のプライドでもあったような気がします。
もちろん、昔は良かったとかいうノスタルジーでもなんでもなくて、それがごく自然な生活だったということを言いたかったのです。

つまり、つきつめていくと情で生きてたというか、動物的というか、不合理極まりない生活がきちんと存在していたんですね。だから、社会の枠から多少ハミ出しても、そこに救いがあった。逆説的ですが、そういう世界が一般社会を支えていたとも言えます。
車の排気ガスみたいなもんですね。ガスは有害なんだけど、車はそういうガスを吐き出さなきゃ進めないみたいな、必要悪なんて言うつもりはありませんよ。もちろん有害なものは排除した方が良いに決まってます。でも、その排除の仕方があまりにも合理的方法だったから、世の中全てが合理的に動かないと収まらなくなっちゃった。

合理性っていうのはある意味、隙間のないシステムです。
無駄を極力排除して効率よく物事を進める。イコール金儲けなんですけど、そうして生産性をどんどん高めていくと、人間の情感を溢れ出させる場所がなくなってしまう。
限られたスペースでしか人間としての情感を発露できない。所詮私たちも動物ですから、必ずどこかで感情のバランスを保つ必要があります。


昔なら、こういう隙間のない家庭の子は外に飛び出して、更なる拠り所として不良グループ(笑)なんぞに所属してバランスを保ったんですけど、近頃では、こういった一番不合理の似合う集団でさえも、合理性の中に埋没してしまっているから救いがありません。

私がそんな不合理性の中で育ってきたから特にそう思うのかもしれませんが、感情は決して理屈で理解はできませんよね。でも、それを無理矢理に理屈でねじ込んでいってしまうと、感情そのものが磨耗していってしまうのでしょう。そうして不合理な感情を喪失していって、合理的な感情だけが残っていくのかもしれません。

そういえば、ちょっと前でしたか、新大久保の駅で線路に落ちた人を助けようとして自らの命を失った青年がいましたが、理屈で合理性を計算していては、決してできる行為ではありませんよね。その青年が韓国人であったというのも、今にして思えば日本人に対する何かの暗示だったのかもしれません。

では最後に、道楽者らしい締めくくりとして、ラーメン名人佐野先生の言葉をご紹介しておきましょう。別に私は佐野さんが好きなわけではありませんが、ちょっとこの言葉が気に入ったものですから書きます。ちなみに佐野さんのラーメンは好きです。(笑)

「スープってのはなぁ、理科の実験じゃねぇんだよ。人が手を加えて味を出すってことはだなぁ、1たす1が必ず2になるとは限らねぇってことなんだ。よく覚えとけ!」







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最終更新日  2007年01月11日 12時27分32秒
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