非生産活動推進委員会

非生産活動推進委員会

PR

×

プロフィール

RONNYジイ

RONNYジイ

コメント新着

バンドマン@ Re:昔の歌舞伎町スケッチ・フォーカス(笑)(03/29) 懐かしすぎる会話に感激しております、 こ…
沖縄県宮古島出身です、@ Re[21]:赤坂シンデレラの最後(08/18) 樋口 和彦さんへ 本当に、次郎さんと五郎…
アミちゃん@ ジョイの訃報😢 nikumaruさんへ 連絡有難う御座います。ジ…
マチャアキ@ 想い出 岸本さんですね 懐かしく読ませて貰いまし…
マチャアキ@ 岸本さんだよね このブログを読んで昔の記憶が蘇って来ま…

お気に入りブログ

まだ登録されていません
2007年04月16日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類


私は昭和30年生まれで、いわゆる団塊の世代の人たちの背中を見て育ってきた世代です。ベトナム戦争、学生運動、フォークブーム、ドラッグ、サイケ、アングラ、ハレンチ、東映やくざ映画、ETC.。。。。そんなポップカルチャーを憧れを持って背伸びしていたのが私らの時代ですね。

今、巷で「団塊の世代」がちょっとしたブームになっているようですが、私なりにこの先輩方の時代を振り返ったときに、まず頭に浮かぶのが「戦争」なんですね。
とにかく、みんな何かに向かって戦っていたっていう印象が強くて、それは情熱とも言えるのでしょうか、古いものをぶち壊していく「力」みたいなものを感じていました。

対して自分の時代はどうだったかというと、そういう先輩たちが切り開いて行った道に要領よく乗っかっていったみたいな感じです。
ベトナム戦争も終わり、学生運動も収束し、フォークと反戦運動はその行き場を失って、毒の抜けたニューミュージックへと変貌し、破壊のROCKはダンスミュージックへと移行し、要するに「戦い終わって」中味のない浮かれた時代の始まりだったような気がします。
合っているかどうかわかりませんが、第二次世界大戦で敗北したツケを負った子供たちがこの団塊の世代で、その世代の燃えカスが私らの時代だったと思います(笑)

そんな人畜無害の時代で開花した私の青春ですが(笑)、私らが憧れの眼差しで見ていた団塊世代と呼ばれる先輩方から受け継いだものといえば、やはりそれは「アメリカ」だと思うのです。もちろん、その歴史は第二次大戦後の進駐軍に端を発しているわけですが、私らの時代はベトナム戦争にそのすべてのルーツがあると思います。

それは、横須賀、横浜、立川、福生など、米軍が駐留していた基地から流れ出てきた、大きな意味でのアメリカでした。そんな目の前に現れたアメリカ文化、それはテレビや雑誌で見ていた憧れのアメリカが、まさに自分の前に突如として現れ、生活の中に入り込んできたそんな衝撃でもありました。


せっかくですからご紹介しときますね。



石畳の坂を登れば海の見える丘に出た
防波堤にあたる波間に俺を呼ぶ声が聞こえた
どんなに離れてもけして忘れなかったよ
朽ち果てた俺の家と鉄のフェンス

AREA ONEの角を曲がればおふくろのいた店があった
白いハローの子に追われて逃げてきたPXから
今はもう聞こえないおふくろの下手なブルース
俺には高すぎた鉄のフェンス

あばよのひとこともなく 消えうせたあの頃 帰りたいHOME TOEN SUITE

ネオンライトの空に飛び交う黒い懺悔のハーモニー
ドラとジープの吼える声は昨日と今日の道しるべ
今はもう流れない潮風と赤いキャンディー
高いフェンス越えて見たアメリカ

せめて肩の重荷 降ろすことができたら 帰りたいHOME TOWN SUITE
高いフェンス越えて見たアメリカ


どうですか。詩だけだと感傷的かもしれませんが、曲は中々ポップで軽やか、ノスタルジックな爽やかさみたいな感じです。
でもって、この詩のテーマである、米軍キャンプのフェンスを隔てたアメリカと日本、これこそまさに私らの時代そのものだったような気がするんですね。
鉄のフェンス越しに垣間見たアメリカ文化。
未だに私の中にくすぶっているアメリカ文化は、このフェンスを越えてはいませんね。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2007年04月16日 15時33分18秒
コメント(2) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: