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2006年07月01日
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人体の不思議展
もう既に知っている人は知っているであろう『本物の人間の体を使った模型展』だ。
生前に「私が死んだらこの体を使って標本作っていいですよ」との承諾の元に
本物の人間の体を使って標本を作り展示している『標本展』である。
これは未だに賛否両論で倫理的にも問題になっているそうだが、「そりゃそうだろう」
と実際観に行って思った。
何故か?
本物の人間の体を使って展示しているから?
模型だったらいいのか?

展示の仕方が不必要に演出されているせいだった。

筋肉の動きを見せる為に、との名目で弓を引く人体があった。
これって生きてる時に動いてる筋肉なら分かるけど、死体の組織も変化したであろう後に
しかも樹脂を流し込んだ後に動かして本当の筋肉の動きが見えるの?と疑問が拭えない。
樹脂で固まった筋肉を無理やり引っ張って筋肉の動きが見えるとは思えなかった。
実際とても不自然で「?????」て感じがした。
だって筋肉だよ?死後の筋肉なんでしょ?と思ったのだ。
ありとあらゆる手術道具を一人の死体に付けまくっている標本もあった。
それって。。。必要なのか?
『医学での道具ってこんなのなんだよ』『こうやって体に使って手術するんだよ』
と見せてるのであろうか、一体何が目的でそれを見せたいのかも分からなかった。

道具を見せたいならそれなりの展示の仕方が出来るんじゃないか?
何も樹脂で固めた一人の体の全身の皮膚をめくり筋肉をえぐり
ありとあらゆる箇所にその道具を固定して見せなくても良いのではないか?
という嫌悪感を感じたのだ。

そういう我々人間の体をただ純粋に『知って欲しい』とは別の


会場には専門家(研究員)もいて、色々質問する事が出来た。
CTやMRIで見ていた腰椎、頚椎等について質問したくて話し掛けてみた。
その場にあった標本を使って話をしてくれたのだが、その人ですら説明しながら
「うーん。これはかなり不自然な姿勢だし実際にはこういう風に(人間の体の中では)
 動いてないから説明もしずらいのだけど。。。」と困惑しながら説明をしていた。
それがこの標本展の現状なのだ。
人間の内臓を全て見せている全身標本もあった。その標本の手には本人の肝臓が乗っていた。
わざわざ手に乗せる必要がどこにあるのだろう。
全身骨だけの標本で会場の真中に展示されていたものがある。
その骨は椅子に腰掛け机に頬杖も付き机に置いてある頭蓋骨を撫でていた。
あなた達は普段生首を撫でてんのか?!!と驚きを隠せない展示だ。

批判が多いのはよく分かる。いくら本人が提供したとはいえ(それも真相は不明)
あれを見た本人を知る周囲の人はどう感じるだろう。
「医学に役立つなら」と提供したであろう方々への尊敬の念は微塵にも感じさせない展示。

確かに人間の身体の凄さ、は伝わる。
普段見る事の出来ない我々の身体の中身を見る事が出来る。
これら個々の一つ一つが自分達を人間として形成し、生かせようとしている。
そういうのは実際目の前で見て「すごい」と思った。
大事にしなければならないんだと考えさせられた。
恐竜と同じ時期に出てきた哺乳類の祖先からこの体に進歩し繁栄している不思議。
それを実際に目の当たりにした訳だ。

しかし、だ。にしても、なのだ。
帰りに図鑑を手にとってみた。それぞれの項目の表紙を見て目を疑った。
お花畑に置いてある脳みそと縦割りの頭部。散らばる花の中にある内臓たち。
布にくるまりミロのヴィーナスばりの内臓丸見えの胸部。ポーズを取り横たわる白骨。
何なんだこの"演出"は!?
「あんた達さぁ。。。」言葉が続かなくなる。絶句。

だから反対運動されるんじゃないか。されても仕方ないんじゃないか。
純粋に医学的な展示にしたかったのであれば出来たんじゃないか。。。
自分達が本物の人体を使って模型を作る事が出来るようになったのを見せびらかしたいだけ?
と言われても本当に仕方ないよなぁ。。。ほんとに。。。

『朝には紅顔ありて夕べには白骨となりぬ』の言葉は父が死んだ時本当に現実的だった。
火葬場で父の白骨を見てからだ。
その時"死"に直面し、自分もいつか死んで最後には同じく骨となり
最後には何もなくなってしまうんだ、と強く感じた。
今回の標本展の主催者は「人間の死についてうんぬん・・・」とも語っていたが
そういうのは少なくとも私には伝わらなかった。
弓を引く筋肉標本を見て、自分の内臓を持つ標本を見て「人間の死」は伝わらないだろう。

人間の体の不思議を見る、と単純に見に行った展示会。
ああいう演出と知っていたら行かなかったかも知れない。
行った事を後悔もしてないし見に行かない方がいいとも思わない。
確かに得るものは大きい。どんな意味であれ。。。
ただ、子供を連れて行く方には子供にどんな説明をするか気を付けて欲しいと思った。

あれがもし模型だったら?とは私は余り強くは思わなかった。
もし模型だったとしても、その模型を作る時点で「解剖」そのものは行われるのだから
その時点で『それってどうなんだ?』となると思ったからだ。
『じゃあ動物実験はどうなるんだ』となる。その実験があって薬や研究進んでるし
その薬に実際に助けられてるのを考えると『薬って何?』とどんどん話しが大きくなるから。

今回の人体標本は本人達に「こういう風にあなたの死後あなたの体使います」
「こういう展示もするけどいいよね?」とまでは承諾されているのかは疑問。
実際の人間の体を使う事が死体をこんな姿で「さらし者」にしてしまうのか
医学的に得るものが大きい「貢献」になるかは標本を作り世に送り出す
やり方次第でもあり、それを送り出されたものの受け方によるものは大きいと思った。

「人間の体を知りたい」と思って見に行った展示会だったが
正直言ってそこに売られていた図鑑の方が展示会より遥かに勉強になった。
でもその図鑑も展示会に行かないと入手できない事は言うまでもない。





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最終更新日  2006年07月03日 16時03分42秒
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