祝祭男の恋人

祝祭男の恋人

May 9, 2005
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カテゴリ: 小説をめぐる冒険



 僕は、久しぶりに会った玉に対して、もっと何か別のことを話すべきだったんじゃないだろうかと考えていた。少なくとも、同じ時間を生きている人間として、もっと我々が分かり合うことの出来る何かについて。何事かを語り終えた今、我々は何一つ変わっていないようだった。
「さあ、よくわからないよ」と僕は言った。
「ということは、どちらでもいいことなのよ」と玉は言った。「あ、誤解しないでね、それはどうでもいいってことじゃないのよ」
僕は頷いた。
「私が住んでる街ね、知ってるでしょ?」(僕はまた頷いた、駅名は不意に忘れてしまったけれど、何度か遊びに行ったことがあった)
「すごく、新しく出来た街らしくってね、なんて言うのかしら、人の温かみってものがないのね、だから、名古屋から出てきてすぐは、すっごく嫌だったの。ね、わかるでしょ?」(僕は彼女の言うことがよく解った。彼女の実家はそのあたり近隣では割と名の知れた神社をやっていて、大晦日や正月の頃の賑わいはちょっとしたものだった。そして、僕はその人と人が寄り集まって一年の労苦をねぎらうホカホカした雰囲気が、なんというか、ものすごく好きだった)
「でもね、もうなんだかんだ言って八年も暮らしてるじゃない?(そう、八年、それは決して短い時間ではない)そうすると不思議なことにこんな街にも愛着が湧いてくるもんなのよね」(ここで、玉はすごく可愛らしく、というか、深く微笑んだ)「――もちろん街の景色は全然変わってないのよ、でも最初の頃とは何かが違うの。――銀色にオレンジのラインが入った小さなバスに乗ってね、私の停留所に帰ってくるでしょ。するとそこは完全に誰かの手で設計された人工都市みたいに白いマンションが並んでる。人気がなくって、等間隔に同じ背丈のポプラの街路樹が整列してて、小さな区画にある公園にはキリンの形をした滑り台とか、象のモニュメントがある砂場とか――あ、でも子どもは一人も遊んでないのよ――そしてほんとに迷路みたいに歩行者用の陸橋が入り組んでいて、いろんなところにA区画B区画C区画って矢印が出てて、階段やスロープが続いてるの。で、時計塔のある広場があって、昼間には誰も歩いてないこともあるのよ。ほんと、味気ないわ。でもね、その無人の巨大住居都市(玉はそれを強調して言った)っていうもの、ううん、その言葉の響きね、それがなんだかすうっと心に染みこんできて、なんかおかしいけど、癒してくれるってことがあるの。でね、なんだかいろいろあってすごく疲れちゃったっていうときにね(女が二十六になるっていうのはいろいろあるんだからね、と玉は悪戯っぽく笑った)今言ったいろんなものを見てね、なんだかほっとするの、ううん、正確にはそのものを見てるんじゃなくて、コトバに変換してね、その字面っていうか字体で心の隙間を一杯にするっていうのかな」
「ふうん、そうなのか」と僕は言った。僕は玉の言葉通りの風景を思い浮かべようとした。でも、それはうまくいかなかった。そして玉が言うように彼女の話し声が文字に変換されて浮かんでいた。

「でもね、そういうのってやっぱり中身はなんにもないっていうか、からっぽっていうか、タマネギの皮をむいてなんにもないみたいに、別に意味なんてないのよ(あ、タマネギには芯があるわね、まあ、それはそれとして、と玉はとても早口で言った)だからね、どっちでもいいって言ったの。もちろん、準ちゃんと私とでは違うのかも知れないけど、からっぽのことでも、そうしてるってことは、ちゃんと、そうする必要があるからなのよ」
僕はしばらく考えてから、
「ありがとう」と言った。
「なにいってんの」と玉はまぶしそうに顔をしかめて笑っていた。
「やっぱり玉は――」と僕が何かを言いかけたとき、外階段を上ってくる足音が聞こえ、僕が振り返って見ると、屋上の入り口に丸山慶子が顔を出したところだった。

「や、おふたりさん、ごめんごめん」と慶子はかかとの高いサンダルで音を立てながら三段くらいのステップを下り、すらりとした格好で屋上の上に立った。
「ひーさーしーぶーりー」と玉と慶子が子どものように声を合わせて叫び合いながら、小刻みに体を震わせつつ手を取り合ってはしゃぎだし、慶子の後に階段を上がってきた塩野健は、困ったように僕と顔を見合わせていた。


                       つづく





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Last updated  May 9, 2005 02:23:39 AM
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