祝祭男の恋人

祝祭男の恋人

May 26, 2005
XML
カテゴリ: 小説をめぐる冒険

13

「なに?なんで黙ってつっ立ってんの?」と皐が森田に言った。彼女は緑色のタンクトップを着て膝の上で切れているぴったりとしたハーフパンツをはいていた。とても色が白い。透きとおるような、というのとは一味違い、彼女はありありとそこに存在しているのだけれど、目がチカチカするように眩しい。何年か前に見かけたときには、もっとずんぐりむっくりとした印象があって、僕は春先のミツバチを連想したのだけれど、今ではそんな面影は跡形もなくなっていた。
(なにジロジロみてるわけ?と彼女の目が僕に言った)
「あんたら暇ね」と皐は言った。(――どうしようもなく、と付け立つように彼女は首をコキコキ鳴らした)我々と彼女は十程歳が離れていたけれども、いつもこんなしゃべり方をした。僕が推測する限りでは、恐らく彼女はこの部屋を自分のものにしたかった――のではなかろうか。彼女は一七歳という微妙な年頃だし、そういう年頃は家族から隔離された自分だけの部屋が欲しいのだ。森田に対していつも攻撃的な態度にでるのも、少しばかり愛嬌が足りないのもそのせいなんじゃないか。
「あら、皐ちゃん」とその時、玉の声がした。(パーマを掛けて頭の上に掻き上げている皐の茶色い髪の毛を見て、玉は、まあ可愛いのね、と言い)「――そうそう、今日駅でおじさんにばったり会ったのよ、びっくりしたわ――羊を連れてて」と愛想良く微笑んだ。
「そうそう羊、俺も見た」と僕は言った。(それは可愛いと思う我々の感覚の範疇を少しだけ超えていて、あまりに動物だった)
「最近飼い始めたんだってね」
「ホント、面白い人だよね、君のお父さんって」と僕は皐に言った。(フフフ、と玉は笑ったが、もちろん皐は笑わなかった)

 僕は、玉が奧で樫村さんと戯れている塩野健に目配せしたことに気づいた。(慶子のことなら気にしなくてもいい、とでもいうような寛容な優しい目だった)


 それにしても――何故、この娘はいつもちょっとだけ気に障るもののしゃべり方をするのだろうか?僕はそのことがまた気になり始めた。
「これ全部皐ちゃんが作ったの?――すごい」
玉の素直な感想の通り、料理はまったく驚くべきものだった。バスケットは重箱のように二層になっていて、にわかに活気づいた皐が花から花へと飛び移る蝶のような手つきで中から皿に盛られた美しい料理を次々とテーブルの上に並べていった。――ブロッコリとセロリとレタスのサラダにイカの切り身和えもの、甘い匂いのする味噌とニンニクと豆板醤を絡めた中華風のローストチキン、四種類のパスタ――トマトと春菊には白ごまを振りかけ、バジルソースにアスパラを絡めたものにはちりめんじゃこをかけ、かりかりのベーコンに椎茸とエノキをバターソテーにしたものには粉チーズをまぶし、ほうれん草とクレソンとニンニクで焼いた鶏肉のペンネに梅をすり潰したソースを添えた。それからガーリックトーストに熟した冷たいトマトを載せたブルスケッタ、白身魚と赤タマネギをチーズに包んでホイルで焼いたものが続いて、さやいんげんとれんこんのごま和えと、山芋(?)をベースにしたポテトサラダのあと、最後にバニラエッセンスで風味付けされた生クリームをペーストしたアップルパイが登場し、皐がそれにレモンの絞り汁をかけた。その脇には籠に盛られたフランスパンとイングリッシュマフィンが置かれ、ワインの赤とロゼが一本ずつ、そして一ダースのアルテンミュンスターがどすんと置かれた。これは確かドイツのビールだ。

「すごい」と僕も言った。テレビを見ていた樫村さんと塩野健もテーブルを囲んで、手際のいい皐の動きを文字通り子どものように口を開けてぼんやりと眺めていた。
「――ホントにどうしたの?これ」と玉がうっとりとした声で言った。
「作ったのよ――私が」料理を並べるときの表情とはうって変わって、ひどく面倒臭そうに皐は答えた。
「まあ、ありがとう、でも何か悪いわ」
「父親が見栄張って材料を買ってきただけ――いいの、あの人にはそういうプライドしかないの」と皐は感情の籠もっていない声で言った。「私は素材が目の前にあれば、作るの。そう自分に決めてるの。どれだけ時間が掛かっても、そう決めてるから、そうするの」

 皐のその言い方には何か人を寄せ付けないものがあった。そして少しだけトゲがあった。僕は心の中で皐が放っている雰囲気全体を小さな箱にしまい、「十七歳」とラベルを貼って手際よく棚に並べようとしていることに気がついた。
「食べちゃってくれない?どうせすることないんでしょ?」
皐はそういうと玄関に向かって歩きかけた。

(その時森田が僕の耳元で、誕生日だからね、とぼそっと囁いた)

 慶子はまだ戻ってきていなかったけれど、六人で円卓に向かい合って座ると、僕はなにか昔よく感じたことのある穏やかな気持ちが蘇ってくるのを感じた。テーブルの上には充分すぎるくらいの料理があった。そして五月の午後はまだ始まったばかりで、まだまだそれが終わりを迎えるまでにはゆったりとした長い時間が控えていた。時計の針はゆっくりと進んでいる。窓の外には日に焼けて黒っぽくなったすだれがぶら下がっていて、平穏な五月の風にゆらゆらと揺れていた。

 僕は最初にワインを少しだけ飲み、ローストチキンを丁寧に切り分けて口に運び、パンをちぎって一緒に放り込んだ。味も香りも絶品だった。最初に誰もが口々に料理を褒め称えたあとは、もう誰も何も言わなくなった。時々フォークが皿にぶつかったり、ビールの瓶がグラスの縁で音を立てたりする以外は、みな黙々と料理を口に運んでいるだけで、我々は語り合う必要がなかった。開け放たれた窓の外から、上空を飛んでいるヘリコプターのプロペラの音が聞こえた。それは近づいたり遠ざかったりを繰り返して、次第に僕の耳につき始めた。けれどもそんなことはまあ、僕には関係のないことだった。僕はテーブル全体を見渡し、次に何を口に運び、いつビールの栓を抜き、どのようにして飲むか、そんなことを考えた。僕が積み上げてきた生活のシステムというものは実際そういう細部で作動しているだけだった。そう考えると少しだけうんざりしたけれど、すぐに制御作用が働いて気持ちは再び落ち着いた。僕は六人それぞれの顔を眺めやり、玉の肩越しにテレビへ目を移した。

 それまで放送されていたホームドラマのようなものが終わり、テレビ画面にはスポンサーの企業CMが立て続けに流されていた。塩野健が出演する○○ソースのコマーシャルも二回ほど流された。我々はそれを見て笑った。皐だけは興味がなさそうにサラダを食べていた。CMは、火星探索編、無人島漂着編、古代エジプト編の三種類があるのだけれど、今流れているものは古代エジプト編だった。クレオパトラが毎晩毎晩同じ味のコロッケに飽きて機嫌を損ねてしまい、為す術なくおろおろしている料理人のもとに突然○○ソースを持った塩野健が登場するという陳腐な設定なのだが、彼の少し日本人離れした表情や身軽な身のこなしはCMのイメージにぴったりだった。他の二編も同じくらい馬鹿げたものだったけれど、そのCMは塩野健の知名度を飛躍的に高めることになった。彼は恥ずかしそうに笑い、ちらちらと玄関の方に目をやっていた。多分慶子のことを気に掛けているのだろうと思い、僕は彼のグラスにビールをついでやった。


「あっ」とその時玉が叫んだ。

 テレビ画面にまさに今僕が考えていた、犬瀬の姿が映っていた。僕は一瞬ガツンという打撃をうけたように固まってしまった。彼はいつだってこんな風に心の隙間に入り込むのだ。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  May 26, 2005 01:00:54 AM
コメントを書く
[小説をめぐる冒険] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

Keyword Search

▼キーワード検索

Calendar

Favorite Blog

ブライスの自然の恵… ブライス 007さん
「ビジネス書の編集… ビジネス書の編集者さん
一日一回誰かを笑顔… 広瀬ミオさん
本との関係記 村野孝二(コチ)さん
電脳快感日記 blue-daisy-planetさん
Cosmopolitan Book V… Hemingwayさん
南包の風呂敷 南包さん
記憶の住処 黒川大和さん

Comments

海のくまさん@ チン型取られちゃったw http://onaona.mogmog55.net/inppioa/ 俺…
ボーボー侍@ 脇コキって言うねんな(爆笑) 前に言うてた奥さんな、オレのズボン脱が…
もじゃもじゃ君@ 短小ち○こに興奮しすぎ(ワラ 優子ちゃんたら急に人気無い所で車を停め…
通な俺@ 愛 液ごちそうたまでしたw http://hiru.kamerock.net/w5d9ei9/ フ○…
地蔵@ 驚きのショックプライスw コウちゃんがこないだ教えてくれたやつ、…

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: