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2011年03月04日
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カテゴリ: オペラ
 毎々のコンサートやらの事とは別に書きたいことがちと貯まっている今日この頃なのですが、このところ忙しかったりなんたりで、まとまって書く暇がありませんでした。いや、今も無いんだけども、本当は。


 この間、新国立劇場の椿姫を観ながら、藤原歌劇団のニューイヤー椿姫のことを思い出していました。
 最後の公演が5,6年前だったか。オーチャードホールで、開場の年かその翌年からだったか、毎年成人の日を中心に、椿姫を3公演ほどやっていたのですが、まだ記憶に新しいところ、と言えるのでしょうか。
 「若い人達にオペラに足を運んでもらおう」というコンセプトで、毎年成人の日にやっていたのですが、最終的には「役割を終えた」という理由で止めてしまったんですよね。都合15年くらい続いたのではなかったか。
 まぁ、止めた理由も色々あるのだとは思うのですが、確か「役割を終えた」的なコメントに違和感を感じた覚えがあります。

 あのニューイヤー椿姫は、その時々でいろんな歌手を起用していて、マリエッラ・デヴィーアやエヴァ・メイを起用したこともあれば、これ誰ですか的な人もあり、日本人歌手もあり、3日連続公演だったので大抵ダブルキャストを組んでいたので、その点でもバラエティに富んでいたという楽しみがありました。
 と同時に、毎年毎年同じ演目を繰り返し上演する、その中でも何度か演出を変えていたし、歌手も毎回変わるので、決して陳腐化していたわけではないのです。実際、こういう試みは、新国立劇場では今のところ出来てはいません。精々高校生の為のオペラ教室で蝶々夫人をやっているくらいでしょうか。でも、あれとこれとではちょっと違うんですよね。

 日本では、オペラに限らず、演劇でもバレエでも、コンサートだって実はそうなのだけど、舞台を観るということにあまり慣れていない人が多いと思います。というより、舞台を観るということが習慣づいている訳でなく、といって教育を通じて教わっているともいえず、というところではないかと。というより、そもそもああいうのは教わってどうにかなるもんじゃなくて、いわゆる場数を踏むことで、観るべきポイントとか、約束事とか、どうやって事を運んでいくのか、とか、そういうことが分かって来るものではないかと思うのです。
 とはいえ場数にも踏み方というものがあって、闇雲に数を観ればいいというものでもない。いや、良い悪いではないんだけれど、言ってみればこれは料理の盛りつけ方とか皿とか食卓の配置とかを見るようなものであって、それ故にその方向に意識を働かさなければ絶対に気付かない種類のものだと思うのですが、とっかえひっかえ見るだけでは目先の変化にのみ気を取られて、結局料理の味は云々しても、周辺のことは分かりません、みたいなことになる。これはテーブルマナーも同じで、幾らいいもの喰ってても、一体なんであなたはそんな汚い食べ方するの、みたいなことになったりする。

 とはいえ、食事であれば、そういうものにまぁ大抵日に3回は接する機会があり、多くの場合家庭や学校で多かれ少なかれ色々教育されたりする。勿論場数を踏む。それでも尚「なんだろこの人....」という妙な人は居るし、個人差もある。況や舞台芸術に於いてをや。でも、日常的ではない分、舞台芸術の方は分かりにくいんですよね。場数も踏めない。

 毎年決まった時期に同じ「椿姫」を観る。というのは、定期的に反復して経験を積む、という意味では、得難い機会だったと思うのです。新国立劇場があるからそれを果たす必要はもうないんだ、というのは止める理由にはなるんだけれど、若い人というのは毎年毎年現れる訳だし、決して止める必要はなかった、と思うんですけどね。むしろ、今年の椿姫は去年のと違うし、一昨年のとも違う、何が同じで何が違う、といったものの見方、考え方、言わば立体的に観ること、懐を深くする、という点で有意義なものだったろうし、今でも十分有意義だと思うんですが、もうやらないんだろうかなぁ。
 新国だ外来だ海外だと目移りしそうな感じで観るのも悪くないし、決してお勉強の奨めではないんですが、自分の目の前で展開されているものがどうであるか、より複眼的に見る目というのは、ある程度まで行くとどうしても必要だと思うのですね。
 本当は別にそんなもんなくたって困りゃしないんだけど、あんまり薄っぺらいのもどうかと思うんですよね。だからって毎年椿姫見てりゃいいのかっていうと勿論そうではなくて、結局は観る側の意識の問題なんだけど、それでも契機としては十分付加価値があったと思うんですけどね....

 いや、もう一つ付け加えれば、やる方にだって同じことは言えるのでありまして.....






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最終更新日  2011年03月05日 01時26分48秒
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