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2021.07.22
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カテゴリ: 学校教育
​  私は国語科の教員をしているのですが、他教科の先生を見てうらやましく思います。

 理由は簡単です。授業でやったことがそのままテストや力となって評価することが簡単だからです。

 国語の授業においては、書道や韻文の作成、ディベートやプレゼンといった創作活動があります。こういった授業をしているときは教員である私も生徒も活き活きとしています。こういった活動こそが、国語の神髄だと考えております。

 しかし、学校のテストにおいて作文やディベートを課すことはありません。理由は簡単です。評価の基準があいまいで点数化する際に、納得のいく回答を用意することが難しいからです。

 これまで、生徒の作文において「いじめ」を扱った内容のものを何度も読んできました。多くの作文が「いじめはだめだ」という趣旨になっていますが、時に「いじめは1つの試練であり、乗り換えるべき壁である」という作文を書く生徒がいます。こういった作文の内容は読んでいて非常に面白く、その生徒の意見がぎっしり詰まっているため、評価を高くつける傾向が私にはありますが、世間にはステキな作文だと公表することはできないと思います。

 上記のような都合から、韻文を作成した際の評価も教師によって変わるでしょうし、時代によっても変化するものだと思います。だからこそ、テストにおいては文法や読解を中心にした答えが納得できるものになってしまいます。

 しかし、授業において本文を読んで内容を理解していくだけの授業は大変面白くありません。テストのためにやっているだけという気持ちをぬぐうことができません。そのため、本文を理解していく際に、脱線して「情景描写で伝わる心情をアニメやドラマで考えよう」ということや「ナスカの地上絵を描いてみよう」といった授業をすることがあります。私は楽しく、生徒の多くが楽しく学んでくれますが、「テストに出ないことを授業でするな」というクレームを保護者だけでなく、生徒がしてくることもあります。

 そうなった場合、テストの点数が取れるようになることだけが授業ではない、創造活動や他作品を読むうえで理解を深めるために必要な作業だと説明しても、その後校長室に呼び出されて𠮟られます。

 結局、日本の教育をダメにしているのは、老人と教育とはテストの点数だという間違った考えがはびこっていることにあると思います。

 10年後の教育がどのように変化していくのか全く分かりませんが、社会全体での意識改革が必要であることは間違いありません。









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最終更新日  2021.07.22 09:40:55
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