クロニクル ウォール街の暗黒の木曜日
1929(昭和4)年10月24日
82年前のことです。世界恐慌の幕開けだったとされる、有名な株式大暴落の話です。
10月はじめから微妙な値動きを示していたNY株式は、この日の朝は平穏でしたが、
しかし、午後になって金融界が急遽対応策を練っているとの情報が伝わると、急速に持ち直して、この日の取引を終えたのです。しかし、これは1時的な凪に過ぎず、翌週29日には終日売りの嵐が吹き荒れたのです。
「暗黒の木曜日」に続く「悲劇の火曜日」の追い討ちでした。ここに、株価は10月だけで、37.5%も急落、上場株式の時価総額は9月末評価の896億ドルから、12月1日には、なんと635億ドルへと、259億ドル強の減少となりました。
NY株式の工業株平均は、ニュヨークタイムズの発表によれば、1926年末の180ポイントから上昇を始め、28年1月には240ポイント、29年1月には330ポイントと、倍近くに上昇していました。その後も、実態経済の変調、フォード車の売れ行き不振が報じられる中、なお夢見る投資家の参入で上昇を続け、10月には440ポイントの高値を付けていたのです。バブルの崩壊、ユーフォーリア(根拠のない熱狂)の醒めたあとを知る我々には、何かわが身に起こったことのような感じもします。
さて、米国の株価大暴落は、実態経済の変調に目をつぶっての買い漁りの結果でした。それだけに投資家の受けた傷は大きく、資金繰りに窮した投資家は、欧州への投資を回収して、損失の穴埋めをせざるをえなくなったのです。
こうした行動は、米国からの資金流入に頼って、第1次大戦の破局から、経済再建を進めていたドイツ経済を直撃し、そのドイツからの戦争賠償に頼って経済再建を進める仏・英の経済にも大打撃となったのです。
この混乱は植民地経済にまで波及して、ついにはソ連を除く全世界を巻き込む世界大恐慌となったのは、御存知の通りです。
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