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今日はこの冬一番の冷え込み室内でストーブをたいていても、フローリングの床からじんじんと冷気が伝わってきます。こんな時は山の相棒、アウトドア用具を引っ張りだしてインドアに流用です。 今日はこれ テントシューズ・・・・・(通称、象足!) これ高校生の時に買ったのだけど、ただでさえ軽量化が必要な冬山なんかではかさばって持って行ったことがない。でも、調べてみれば今は結構おしゃれになってきているのね→なので、こんな寒い冬のインドアグッズとして利用してみました。アウトドアグッズも結構インドアに応用可能なものですね。
2013年01月05日
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皆様あけましておめでとうございますヽ(*´∀`*)今年こそがんがん山に登るぞ~と思いつつも、開業準備で忙しくてなかなか思うように出かけられない日々。そんなさなかではありますが元旦に何とか時間を作って三つ峠にアイスクライミングに行ってきました。若い頃は正月は山、それも晴れ間など見えないような厳しい山で過ごすのが常だったのですが、年々、技術も気力も体力も衰えて、今年は東京近郊の山ですか。そのうち、奥多摩で年越しとかになるのかな?まあともあれ、これからアイスクライミングのシーズンでもありますので結氷情況の報告も兼ねてご報告です。 目的地:三つ峠山西面、四十八滝沢内容:アイスクライミングメンバー:単独コース:宝鉱山~北口登山口~四十八滝沢入渓~三つ峠頂上~北口登山コース下山12月31日前夜に車にて出発。前月に事故のあった笹子トンネルは12/29から対面通行で仮復旧していたが、12/30と31に立て続けに事故があって渋滞している模様。みんな上ばかりみて走ってるんじゃない? 今回のコースは笹子の手前で中央道を河口湖方面に入るのでがらがら。都留市で高速を降りてまっすぐ。自宅からわずか80分で登山口となる宝鉱山に到着。わ~だだっ広い駐車場に誰もいないよ こんな山奥に何故か(というかだからこそ)高齢者の福祉施設があってあかりが漏れている。今日はおじいちゃんもお婆ちゃんも紅白歌合戦の夜だろうか?こちらは今年もひとり宴会で年越しである。 1月1日明けて元旦車の中は結露がそのまま凍って天然の目隠しである。でもテントで寝るよりかははるかに暖かい。駐車場からは目指す三つ峠がよく見える。 久々の重装備をまとい8:15出発登山口までは30分程度だが、雪も凍結もなく四駆なら登山口まで余裕だろう。 登山口にはなぜだか、誰かの忘れ物らしい、カラビナのついたハーネスが残置されている。 登山道しばらくで沢を横切るがこれは八十八大師沢。これもいちおうアイスクライミングのルートだが、今のところ普通の川である。まもなく右下方に四十八滝沢が見えてくるがどうみても結氷しておらず普通の川だ。初滝着9:35通常はこの初滝から登攀開始だが結氷甘いどころか、半分しか凍っていないただの滝である。 これはこれでやっかいなので、登攀は先延ばしにしてさらに沢沿いの登山道を進む。沢を左岸に渡り、まもなく木の間越しに大滝25mがみえる。 これも結氷しておらず、登れそうもない。登山道にそって大きく高巻く大滝上は七福の滝。ここでようやく氷瀑らしく上段2段が凍っている。とはいえ、その段までいくのが大変なのでこれも巻く。なんかただのハイキングになってきた。再び登山道が左岸を大きく高巻き、再度沢に近づく頃には沢すじはきれいに凍り付いた氷床となっていた。 やっほー!喜び勇んで沢床に降り、登攀の準備をする。といってもここは七福の滝のちょっと上。つまりはほとんど核心をすぎて、あとはメインは白竜の滝をはさんで、大小連瀑帯となるところである。 さっそくアックスをふるう。氷の表面は正月らしくないやや高めの気温のせいか、やや柔らかく一撃でアックスがさくっときまるが、心許ない。まもなく白竜の滝。結氷期でなければ急なナメの連瀑となるのだろう。今は緩やかに結氷しているが、滝と滝の間隔があまりないため、一つの巨大な滑り台を形成している。こんな所でも一歩滑ったらただでは済まなさそう。技術的には全く難しくはないのだけど、基本単独のノーザイルなので、少々緊張しつつ登り切った。 白竜の滝上も、小滝が続き、好きなように登れて楽しめる。まもなく二股となるころ、氷瀑も立ち消え、右俣からさらに右手の尾根にあがり、急な尾根筋をアイゼンのまま登り切ると、三つ峠と御巣鷹山を結ぶ稜線に飛び出た。ずっと日陰にいたので、太陽の光が暖かい。目を彼方に転じれば、青空の下、甲斐駒から白根へと続く南アルプスの稜線が真っ白に連なっていた。天候もよいので三つ峠山頂を往復。 頂上には数名の登山者。今日はじめて人と会う。あまりの寒さに15分で下山開始。北口登山道は赤布が要所要所につかられ迷うことはないが、沢筋の急な斜面につけられてところどころ凍って歩きにくい。雪がつもったらさらにやっかいな登山道になりそうだ。そしてそんな道だからこそやはりだれも歩いていない。核心をはずして多少の物足りなさは残るものの正月早々静かな山を歩けてよかったかもしれない。コース宝鉱山8:15~8:40登山口8:45~9:35初滝~9:50七福の滝上10:00~12:30稜線~12:45三つ峠13:00~15:30宝鉱山
2013年01月03日
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ごぶさたしております。最近まったく山にいっていないので書くことがないんですよね。なので日々の出来事など。 昨日は父親の命日であったので秩父までお墓参りにいってきました。やまあいのお寺は紅葉もおちきってすっかり冬の気配です。 墓参りのたびに近くのカフェに立ち寄っでおいしいジェラードをいただきます。いろりのある店内は渓流の眺めも素敵で秋の頃は紅葉がきれいです。 せっかくの遠出なのでレジャーをかねて。ミューズパークに立ち寄り!武甲山がきれいです。 でもあまりの寒さに撤退 ミューズパークのイルミネーションは今年はやらないのか気配なし代わりにマイナーイルミネーション青梅市小曾木のイルミネーションを見てきました。 ここは地元の有志が毎年行っているイルミネーション。規模こそ小さいけど、休憩所で無料のコーヒーや甘酒をいただきながらイルミネーションを堪能することができます。場所をはりつけておきますね
2012年12月10日
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この夏は毎度猛暑だったこともあって結構山に行きました。でもどれも奥多摩のちんけな沢およぎなかりなのであえて日記にかくほどのことでもないですねえ。8月15日に行った峰谷川坊主谷が初めての沢だったので少しレポートします。 前日夜勤で明けで11時に仕事終了。それから奥多摩へ車を走らせる。お盆の頃とも合って川辺はものすごいにぎわいだけど奥多摩湖から峰谷に入ると人の気配がうすくなる。さすが俺!あくまでもマイナーな箇所を攻めるなあ・・12時半に三沢橋に到着ここから橋を渡って右手に林道に入っていくのだけど前日大雨だったせいか林道があれていて、1月前に林道でパンクった自分としては日和見気分で三沢橋に車を止めて林道を歩くことにします。 でも三沢橋から坊主谷出合いまでは30分もかかりません。坊主谷の出合いには車が1台。釣り師でしょうか?沢中でバッティングしないことを祈ります。さて天候は予報に反してくぐもって雨まで降ってまいりました。ものの本によるとここは水量豊富で明るくとても奥多摩とは思えないような素敵な遡行ができるそうですが。前方くらがりにそびえる谷は陰影でよくはみえずなんだか「地獄の門」のような暗い雰囲気です。こんな暗い沢はみたことがりません。 最初のゴルジュは簡単に巻いてしまいます。 でもまあ沢はきれいですよ。 ただ一点。「うわっ!」「やめて~」「ひい~」 と思うような出来事が頻繁に起こります。淡々と遡行して12m大滝です。 右手を簡単に登れますこのうえの7m滝はこの谷最大の難所らしいです。右手を泳いでとりつき、左斜上バンドを細かいホールドを拾って登るのがルート一人では不安だったので高巻いて見ましたがどんどん上に追い上げられ絶悪の高巻を強いられます。最後は2回の懸垂下降で滝の上に落ちたちました。所用30分です。この上はもう難所はなく蛙敵はやつだけになりました。 敵って何だって?それはこいつです! 蛙なんて別に害ないし、熊や蜂に比べれば、かわいいもんやん!なんて、実際そうなんですが、この川はあまりにかえるおおすぎ!ほぼ5分に1匹程度はみかけるし2時間歩けば20匹以上は見かけます。ただいるのだから罪はないのだけど、滝を登っていて目の高さのほどよいホールドに「のそっとかえるが鎮座しているとびっくりして落ちそうになるし、飛び石伝いに歩いていて、急に蛙が視界に入ると、びっくりして避けようとして転ぶこともあるので、蛙さんには悪いけど正直ありがたくない存在なのであります。まあそれも、自然が豊かな証拠かもしれません。上流は水槽のところで巡視道が横切るのでそこで遡行終了としました。 下山は巡視道経由で1時間もかかりません。いつも行きなれた山ではなく、未開拓の沢をさぐってみるのもいいかもしれません。
2012年08月30日
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昨週末は子供連れで避暑をかねて、毎度いつもの秋川盆堀川に水遊びに行ってきました。場所は盆堀林道を八王子方面に南下して左岸から伝名沢が出会うところ盆堀川は都心からもっとも近い沢登りエリアとして東京の沢登り屋さんには有名なところその中の伝名沢は上流に25mの大滝を秘めた知られざる秀渓であります(美渓ではないが)ここは私は25年来に渡って毎年のように訪れてきたところですが2年前からなんだか、山腹で伐採は進むわ、林道は増設されるわ、ずいぶんと自然破壊がすすんできたな~と思っていたのですが原因がわかりました!出会いに着いてみたら、かつて何度もキャンプした沢に「立ち入り禁止!」の看板!しかも、林道を見上げる正面にでかでかと「新宿の森!」と派手な看板調べてみると新宿区が区民のレクリエーションのために、あきる野市が伝名沢両岸のの土地を10年間賃貸する契約を結んだとか。まあ要するに、都心に住んで緑と接する機会の少ない区民のために、あきる野の森を伐採して遊歩道や林道など造って歩きやすくしたよというような意図らしい。ネットで調べて出てきた区議会議員のブログなど読んでへどがでましたね。私は別に都会に対する憎しみはない。実を言うと15歳の時まで私は新宿区民であった。そしてあきる野市民であったこともある。しかし双方の立場から見てもこの出来事はやりきれない。私は別に自然破壊が悪いことだと言っているのではない。自然と人間が共生していく中では、当然自然へのインパクトもさけられないものだし、そのインパクトを認識しながら自然を利用させてもらうのが共生という言葉の意味だと思っている。共生していない人間の自然へのインパクトはなべて「破壊」であると認識すべきなのである。だから自然破壊を否定しない。むしろ「破壊」を「共生」とか「保護」とかいうオブラートで包んむ欺瞞が大嫌いだ。「自然を保護する」とか思い上がりもはなはだしい。むしろ「我々は自然を破壊している。こうやって山に登ったり、自然を観察する行為も自然破壊に他ならない。けれどもこの破壊の中から学ぶものがあるならこの破壊は無意味ではないだろう」なんて吐露してほしい。この流域が東京都民にとってもっとも近い沢登りエリアであるといいうことは、この流域は東京都民にとってももっとも身近に自然を感じられる場所だということだ。だから手軽に自然を体験できる場所として、山屋は沢登りにくるし。ハイカーはハイキングに来るし、ファミリーは水遊びにくるし、ライダーは林道ツーリングに来るのである。もともと自然好きな東京都民にとってそんな場所だったところである。それらは地元民の共生という態度には及ばないものの、自然とのつきあい方を学ぶ端緒にはなっていたはずだ。そこをいきなり、「ここは新宿区民の森です」新宿区の許可がないと立ち入れませんという看板を掲げて、樹木の伐採や林道の伸長が行われているのです。それって自然との共生ですか?むしろ「この土地は新宿区があきる野市から地上権を買い受けました。したがって、この土地を使用収益する権利は新宿区に属します。新宿の許可なく、当該不動産への占有は禁じます」とした方がしっくりきませんか?そんなことをいろいろ考えて多少憤りつつ、でもまあこれも人間だよなとか思いつつ子供を遊ばせました。そんなことをいろいろ考えて多少憤りつつ、でもまあこれも人間だよなとか思いつつ子供を遊ばせました。 いつもの伝名沢出合上部はは何人かの家族連れがいましたが、水がきれいでファミリーでも安全に楽しめます。実は、この伝名沢出合い下部の堰堤下は、ほとんど誰も知らない泳ぎスポットがあるのですが、何と今では樹木が狩り払われ、踏み跡も完璧などできてしまい、学生集団が堰堤上から飛び込むお遊び場になってしまっていました。20年以上通った者の知られざる穴場も、情報化社会の威力の前には無力ですね。でもそれはそれでいいです。簡単にこられる穴場がなくなったのなら、行くのに根性必要な穴場を探せばいいだけ。たかが自然遊びのアプローチに根性求められると世の中の99%くらいの人間は脱落しますから(笑)でも根性を文明で抑圧しようと山奥まで林道やケーブルひかれると、それはそれで否定しないけど山屋はさらに山奥まで逃げ込まねばならんので大変だけどね。なんか愚痴ばかりになって、川遊び報告ではないけれど、いろいろ語ってみました。川遊びする方はくれぐれも水の事故などないように、以前への畏怖と知恵と心構えをもっって遊んでくださいね(^o^)
2012年08月13日
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朝7時もすぎるとこうこうと輝く太陽のあかりで目が覚めます。太陽のあかりで目が覚めるなんてなんという贅沢でしょう。 野宿最高ですヽ(*´▽`)◆ゞ今日は近隣の山をハイキングして午後は水遊びなどする予定です。ここからだと大菩薩かなあ・・・なんて考えつつテントを簡単に撤収して車に乗り込んでいざ出発であります。ゲートまでは100mくらいですが、急坂です。石や木の枝がごろごろしています。しかし今まで20年以上全国各地の劣悪な林道を制覇した自分にはこんなのへでもありませぬ。ゲートをくぐる舗装路に出て、方向転換しようとするとタイヤがぼこっぼこっと変な感触があります。なんかはさんだか?車をおりて右後輪をみると長さ10cmくらい、太さは太巻きくらいの木の枝が張り付いています。車のタイヤは5月に新品に替えたばかりで溝もばっちり残っています。その溝に入り込んでしまったようです。「なんだ枝か」と気楽に抜こうとします「あれ抜けない」( ̄Д ̄;;どうやら深く食い込んでいるようです木の枝にもっと大きな力を加えてみます。すると枝は動く感触がありましたが、なんというか、ぐらぐらした歯に触るようななんだか、このままとってしまうととんでもないことが起こりそうな感触がありました。かといってこのままぼこぼこ言いながら走り続けるわけにもいきません私はひと思いに枝を引っこ抜きました。頑強でトの字型の枝が目にはいると同時に「しゅ~」という情けない音をたてて車のタイヤがぺちゃんこになりました。Σ(T▽T;) そうです木の枝でパンクですそれも釘とかのレベルではない。タイヤには数cmの大きな切れ目が。出先でパンクとか最悪ですが、とにかく修理できるレベルではなくタイヤを丸替えしなければならないようこの多摩川の源流部の奥地で最寄りの大きなGS、もしくはイエ○ーハットなどは40キロ先の青梅市内でありましょう。ともかく、スペアタイヤに交換しないと話になりません。なのでまずは平らな場所へ移動です。この辺で平らな場所はなんと橋の上です。前後から車がくると話にならないが緊急事態なので勘弁してもらいましょう。スペアタイヤへの交換はものの10分程度ですんだけど、なんか頼りないタイヤだよなあ。最中に前後から車がきたけれど事情を話すと快く理解してくれ、「手伝おうか」とも言ってくれた。まったく山に来る人は善人ばかりで心が温まります。無事に修理完了。この状態では山に行くどころではなく青梅市内を目指します。時速40キロののんびり走行奥多摩湖の「水と緑のふれあい館」で休憩。ここは無料の展示場や3Dシアターなどもあって、ちょっと立ち寄ったにしては十分楽しめたでもまだ修理への旅への途中である。ようやく青梅市内の某店舗にて同じタイヤを取り付けてもらって事なきをえた。もう15時です。ふつうならこれで帰宅するのでしょうが、我々は転んでもただでは起きません。今日全然楽しくない子供たちも「山に登りたい」と突然言い出したので、この時間からいくにはあそこと飯能の巾着田を目指しました。巾着田はちょっとしたキャンプ村。ここは格安のキャンプ場としては便利さロケーションともになかなかのところ。つくづく昨夜ここに泊まればよかったと思いますが気を取り直して日和田山の登山口に向かいました。 日和田山はクライミングでは数え切れないほど登ったけれど、ハイキングで登ったのは初めて、途中ちょっとした岩場などもあり、子供たちはアスレチック気分で大満足。 頂上からの眺めは抜群でスカイツリーや横浜ランドマークタワーも見えました。 下山は30分くらい。「ああ今日は楽しかったね」というところですが我が家の遊びはまだ終わりません。こんどは水着に着替えて高麗川で遊びます。 1時間も遊べば子供も満足さあ帰るかというところですが、まだ終わりません。今度は時期も時期の「ホタル」を見に青梅の成木へ成木地区のホタル祭りはたぶん東京では一番ホタルがみられるところですが混雑が嫌いな我々は祭りの会場をスルーして上成木の方へここはホタルがたくさんみられる穴場なのであります。ホタルを鑑賞するのに、たくさんのギャラリーも模擬店もいらないでしょう。しずかな闇の中を飛び交うホタルを鑑賞すると大人も子供も大喜びでした。いくらなんでもこれで今日のレジャーは終わりです。なんだか昨日の土砂崩れからはじまっていろいろあって朝の出来事でさえなつかしいけれど、これはこれでインパクトの強い初めてのファミリー野宿旅行記でありました。
2012年07月01日
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今年は3月から毎月キャンプにでかけていたが、今月はまだどこにも行っていない。別に梅雨のさなかに無理してキャンプする必要もないんだけど、週末の天候が久しぶりに好天となってはどこかに行かないわけにはいかない。いつもは準備だ片づけだと時間に追われるてのんびりできないので、今回はシンプルに「キャンプ」ではない「野宿」で行こうときめたのだ。ファミリー野宿の場合、ネックになるのがトイレの存在だ。ましてや我々のように常に人混みをさけて不便な場所を徘徊するファミリーにとってはトイレ問題はいつも行動を制約するファクターとなる。なのでこんなもの買ってみました! これで、追加でポップアップ式のシェルター購入すれば即席トイレのできあがり!問題は普段の収納場所ですが、先月作成した庭のウッドデッキ下にすっぽり入るサイズなので問題クリア!強力なグッズに嫁さんも気をよくしてどこでもテント張っていいよとのことなので、強気のファミリー野宿に出発です。6月の週末天気はよし金曜日にそれぞれ学校や仕事から帰宅した20時半に出発です時間が遅いので目的地は奥多摩奥多摩で野宿に適したポイントはいくつかありますが、今回は時期的に蛍をみたいと思い水辺を選択。当ブログでもたびたび登場する「入川谷」林道の奥の河原をチョイス。家から快適に1時間で林道に入る。「もう着くよ~」さあ着いたら薪集めて、たき火と花火だ~と気分のりのりの我々に思いがけない障害が現れたのです 「なんだありゃ!」そう叫んだ私の目の前にあったのは崩落した崖と、土砂崩れで通行不能となって林道でした。( ̄▽ ̄;)!!ガーンぼーぜんとする私ショックのあまり写真とれませんでした。仕方なく、相当進んだ林道をバックで戻ります。「もう戻れってことだよ」嫁さんがそういいました。いやいや、私の頭の中では、ここ以外でキャンプに適した場所がものすごい勢いで検索をかけていきます。この近くにも海沢沿いの河原とか、成木のなちゃぎり林道の終点とか、日原川の奥地とか、川海苔谷林道のゲートを開けてちょっと行った先の最高のキャンプ場とか、まあいろいろ選択肢はあるのですが、林道崩落の可能性を考えると、リスクは背負えない。なのでちょっと遠いけど、行きなれた、青梅街道おいらん淵手前の三条新橋麓のサイトをチョイスしました。ここらさらに1時間子供は疲れてすでに車内で眠ってしまった。23時に現地に着くと河原へ降りるゲートが閉まっているが、これは簡単にあけることができたのです。もう遅い時間でしたが、テントを張り、ひとしきりたき火や花火を堪能したあと「ああやっぱり誰もいない場所での野宿は最高だなあ!」なんて思いつつ野宿の夜を堪能したのであります。 でも今にして思えばこのゲートは開けてはいけない禁断の扉この扉を開けたことが翌日の悲劇につながろうとはこのときは思いも寄りませんでした。
2012年07月01日
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時のたつのは早いもので、昨年の入院~手術からはや1年が経過しました。体調の方はすこぶる良好で、まったく健康人とかわりありません。記念というわけではありませんが、梅雨の合間に秋川の沢登りに行ってきました。目指したのは秋川水系の軍刀利沢滝あり、ゴルジュあり、藪なしで頂上まで突き上げていて、秋川の沢にしては沢の魅力がコンパクトに凝縮された沢である。檜原村から南秋川方面には入り矢沢林道へ。ゲートを突破するが途中で伐採作業のため車で入れず、出会いの1.3キロ手前から歩き始める。8:30。軍刀利沢出会い8:50入渓するとすぐにミニゴルジュがあって小さな滝がちらほら天気はいまいちだが新緑の中の遡行は気持ちがよい。 大滝15mは右から巻き気味に この沢は人気があるので踏み後もしっかりしているし、小滝も比較的容易に登れるのだ。 そういえば、15年ほど前に好きな女の子をこの沢につれてきたことがあった(*゚ー゚)> 源流もやぶこぎなしで三国峠につめあげるまだ10:30である。 生藤山は霧の中 頂上から稜線を茅の丸方面に10分ほど歩くと右手に分かれる踏み後があって、そこから矢沢林道に降り立つ。このみちは少し長く感じたが、11:30には無事に車に戻ることができた。こんな箱庭みたいな山も大変満足でも、たまにはでっかい大渓谷でも行きたいなあ。
2012年06月17日
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真っ白な高山をながめつつ、のんびりキャンプをしようというテーマで、しろうま岳の麓、白馬アルプスキャンプ場にやってきました。 →キャンプの様子はこちら最近子育てで元気のない嫁さんをすばらしい眺めでいやしてあげようと思っていたのですが、いざキャンプ場にきてすばらしい眺めを前にすると、突然、彼女は「八方尾根に登りたい」と言い出しました。 実は彼女は、独身時代に八方尾根から唐松岳に登り、ざんざん降りの雨にもかかわらず、そこで山のすばらしさに目覚めたという原点の山だそうです。その後晴れた日の眺めをみたくて再度八方尾根に登ったのにそのときも大雨その後4年前に家族そろってのハイキングを企画したものの、雷雨で中止。もうすっかりあきらめかけていた晴れた日の八方尾根が、今目の前にある!今こそ千載一遇のチャンス!ととらえたみたいです。しかしいくら観光地とはいえ、5月北アルプスをなめたらいかん。ひとたび吹雪けばまったく冬山に逆戻りなのだ。そんな中で最近運動不足の子供をかかえてどこまで登れるというのだろう。でもまあゴンドラリフトを乗り継いで終点で帰るのも悪くないだろう。 というわけで急遽八方尾根ファミリーハイキングとあいなりました。 まずはゴンドラ&リフトで一気に1900mまで リフト終点は混雑なので、まああの高いところに行こうよ。眺め良さそうだし。という感じで、歩き出しました。そう思ったら結構遠かった。雪があると山が近く見えるんですよね 白馬三山が目の前に広がって行きます。気がついたら八方ケルンまで登ってしまった。 ここまで子供たちはばてばてしながらがんばって歩いている。ここまでくると八方池まであと30分。欲が出て歩き出す。第2ケルンの手前で雪田が現れる。雪山ムード満点。 難しい箇所はないけど、大事をとってここで引き返す。嫁さんはこれで満足したようだ。子供は目的地まで残念そう。残念がる子供をみて父ちゃんは「おっこれは少し山の楽しみがわかってきたか?」と若干の喜びを感じつつ、下山につくのであった。
2012年05月29日
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こんにちは。すっかり春ですね。なんかインフルエンザにかかったり、異動があってばたばたしてたりしてすっかり更新怠けてしまいました。なので今更春爛漫な季節にアイスクライミングの話題です。今年の冬は大変寒かったので、昨年のもくろみ同様アイスクライミングには最適と思っていたのですが、そんなにうまくどこもかしこも凍っているというような状況ではなく、まあ堅いところで両神山の金山沢という初心者向けのアイスクライミングルートに行ってきました。 2月20日両神山は埼玉県西部にある日本百名山その西面を流れるナメ滝主体の易しい沢が金山沢登山口となる八丁橋までは雪道。沢筋はことごとく凍り付いてなかなか見応えがある。八丁橋から橋のたもとを降りて沢筋へ最近降った雪で一面銀世界だ。 川底は完全に氷結してアイゼンで快適な氷上ウォーキングだ 基本はアイスウォーキングなのでアックスをふるうところもすくない。ここは唯一アイスクライミングチックな動きができる7m滝 ここを越えると大ナメ滝 源流は雪に埋まっていてラッセルが少し大変 頂上着。快晴無風眺めよし 発売されたばかりのkirinワインスプリッツアーで乾杯してみました。 なんて淡泊ですが、そこそこ楽しめてバリエーションチックな両神山でした。
2012年04月16日
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1月23日 昨夜からひどい下痢が続いているたった4日間の海外旅行だというのにそこで病気になると大変もったいない。せっかくのタイだというのにまったく食欲がなく、ホテルの無料朝食も食べられない始末。最寄りの薬局に寄って下痢止め(imodium)を4錠買った。海外の薬局は最低限の錠数から販売しているから助かる。日本の薬局もみならってほしい。下痢は止まったが、食欲はない。スーパーでおみやげ購入してホテルに戻り、チェックアウト、結局昨夜から何も食べないまま、バンコクを後にする。MRTとエアポートリンクを乗り継ぎ空港へ行きと同様CIPラウンジで、フルーツサラダとスープをいただき、早くも羽田行きに搭乗。食欲がないことと、羽田からの運転を考えて酒はワイン1杯とビール1本のみ。今日は空いているので、後ろにどうぞとアテンダントに声かけられて遠慮なく後ろの空いている方へ行き横になる。話しによると今夜の東京地方は大雪におそれあり果たして車で帰れるのか?車じゃなくたって、電車も止まっているかも。いやそもそも羽田に着陸できんのかよ?代わりに成田とかに着陸とか困るんだよね。ただでさえ体調悪いのに最後の関門が雪とはね。 飛行機がまもなく羽田に着陸しようと東京湾にさしかかったら、急に上昇旋回をし始める。どうも、雪のせいで滑走路の整備が遅れているらしい。まあとにかく羽田に着いてくれればいい。 飛行機は10分遅れて無事羽田到着。下痢はしているが、検疫も無事に突破。23時に外へ出る。うひゃあ~まっしろ~外は一面の銀世界。駐車場を出て、とりあえず首都高へ。首都高はそれなりに交通量があって普通に走れるがそれえも時速50キロが限界。中央道に入るとチェーン規制のため、高井戸で渋滞。スタッドレスにしておいてよかった。っていうか、年末年始の雪山用に新しいスタッドレスタイヤ買ったばかりだけど、肝心の山では雪道ではなかったんだよね。なのでこれがスタッドレスタイや初活躍初めて活躍した場が東南アジア旅行とはね。 高速おりると、一般道は完全に雪道。慎重に運転して羽田から2時間で無事に帰宅しました。いろいろとあわただしかったけど楽しい旅を満喫しました。やっぱりアジアはいつも元気がもらえます。今度はやっぱりよりアジア的なラオスやミャンマーやブータンに行きたいなと想いつつ、今回の旅は終了させていただきます。
2012年02月03日
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1月22日シアヌークビル2日目 といっても今日はプノンペンに帰りさらにバンコクまで移動である。 せっかくのビーチなので午前中はとにかく海に出てまったり。 朝からビーチのロングチェアに横になって、フルーツジュースを飲みながら海を眺めてのんびりする。 海は海できれいだけど、こんなのもあって、カンボジアの人にとっては江ノ島か熱海みたいな観光地みたい。 でも少ない時間でのんびりするならこえで十分。13:10発のバスにてプノンペンへ相変わらず退屈な時間。4時間ほどで空港前を通る。ここから市内までは渋滞なので、空港前でおろしてもらう。20:40発のバンコク行きの飛行機はなんと20:30に離陸した遅れることはあっても早めに出発しちゃうなんて初めてだあわただしく機内食がでるが、どうもなんか食欲がなく腹の調子もよくないので酒も食事もすすまなかった。空港に定刻通り21:45着腹の調子が本格的に悪くなってきたのでタクシーにて市内へところが、タクシーの運ちゃんがホテルの名前を言ってもわからず。ipadまで使って地図まで見せて、「とにかく最寄りの駅まで行ってくれ。あとは俺が道案内するから」と言ったのに、なんだか全く反対方向の繁華街の方につっこみ脱出に時間をくい、 「道がわからない。ホテルに電話してくれ」とか言い出すします。 「反対だよ。あっちだって言ってるだろう。とにかく駅だよstation!」というが国際空港に出入りしているタクシーの割に「station」という単語がわからない様子。もうとにかく適当におろしてもらってあとはGPS使ってホテルまで歩いた。 ホテルに着いたら本格的な下痢である。やっぱ昨日ビーチで食べた貝(はまぐり)に違いない。 わざわざバンコクに寄ったのはとにかくタイ料理を堪能するため。カンボジア料理は正直いってあまりおいしくなかったので、タイ料理で敵をとりたいところ。なのになんとバンコクの夜にホテルのベッドにひとり横になってトイレ通いとはね。 このホテルは繁華街のNANAPLAZAも近くて窓からは魅惑的なネオンが怪しく光っているが、今夜はトイレとお友達である。
2012年02月03日
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1月21日 昨日1日プノンペンを堪能したので、今日はどこかへ移動することにした。シェムリアップに行ってアンコールワットで初詣というのもいいが、あそこは観光客が多いからな。なのでシーフード目的でビーチに行くことにした。カンボジアのビーチといえばシアヌークビルなのである。 ホテル内のwifiにて持参のipadをつなぎ、agodaにてホテルを予約する。今やほとんどのホテルやレストラン、観光スポットで無料のwifiが使えるのだ。なんと便利なことだろうか。通信インフラの整備については日本ももう少し諸外国を見習ってほしいものである。 で移動であるが、実は今日は土曜日でしかも、明日は中国の旧正月だとかで、国内おおがかりな民族大移動が起きているらしい。 バスのチケットもなかなか取れず、何とか12:10発のバスが取れたが、午前中ロスした。バスはバスで市内の渋滞でちっともすすまず、普段なら4時間でつくシアヌークビルに着いたのはもうすでに陽が暮れようとする18時過ぎであった。 移動中はスマホのGPS機能を使って自分の居場所をチェックできてすごく便利。移動中はwifiが使えないのであらかじめwifi使える場所で地図情報をキャッシュしておく必要はありますが。バスおりて市内からビーチまでの距離は約2キロビーチまでは5キロあるから5ドルでいくぜとかなんとか行って来るタクシーの運ちゃんに正確な距離を教えてあげるとだいたい、適正価格で交渉できます。 さてホテルにチェックインしたら、とにかくビーチへすっかり真っ暗ですが、ビーチ沿いにシーフードのレストランがいくつも出ていて、エビでもカニでも、イカでも貝でも好きなものを好きなように調理して、波打ち際にしつらえた席まで運んでくれます。 アジアのビーチの醍醐味です。 エビと貝とイカをシンプルにペッパーで炒めてもらいます。 ちょっと貝の焼きがたりなくて生っぽいけど。いいや。食べちゃえ。バーベキューも追加。 海からの風が大変気持ちよいです。1本60円のアンコールビールですっかりよい気分になった僕は、隣の席にいたアメリカ人のおっちゃんと意気投合して、経済の話やら原発の話などして、旅の夜は更けていくのでした。
2012年02月03日
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1月20日ほとんど眠っていないまま起きたら5:20バンコク到着です。昨夜仕事後飛行機に乗って朝起きたら遠い異国の地とはなんと便利なことでしょう!そんな便利な夜行便が日本で解禁されたのがまだたった2年前。つくづく日本の行政のアンチグローバリゼーションを痛み入ります。 さてお次は7:45発のプノンペン行きの乗り換えです。バンコクスワンナプーム空港は東西に長くて大変不便なんです。今回は東西の真ん中あたりに到着したからさあ大変。到着ゲートから15分くらい歩いて東西のはじっこの搭乗ゲートに移動さらにまんなかあたりのDゲートまでさらに15分くらい歩いて移動。まだ時間があるのでCゲートにあるラウンジでくつろうごうとしたらなんと隣のゲートまで10分の歩行。朝からすでに40分も歩かされました。このへんお不便さがタイらしいといえばそうだけど、でももうちょっと考えて空港作ろうよ。プライオリティパスで入れるCIPラウンジは、まあいまいち。軽食はサンドイッチとスープのみ。アルコールは自由ですが寝てない体に朝からのアルコールは進みません。まもなくプノンペン行きに搭乗です。 水平飛行になるまもなくあっというまにプノンペンです。到着visaの手続きをして9:30頃の入国になりました。 まずは空港の立派さに感動!以前は石垣空港レベル(失礼!)だった空港が、今では那覇国際空港レベルまで近代的になっていました。 空港からタクシーにて町に出ます。 町の活気に圧倒されます。貧乏旅行者御用達のcapitol hotelなんてのも以前はよくお世話になりましたが、今回はトンレサップ川をのぞむリバーサイドの四つ星ホテルに宿泊ですagodaではチェックイン時間は14時で統一ですが、そこはアジア10時頃で問題なくチェックインさせてくれました。メコン川まで一望できるすてきなロケーションです。 昼寝した後で、町をぶらぶら川の向こう側になんか建設中みたい セントラルマーケットで買い物などリバーサイドのにぎやかゾーンを徘徊 ちょっと昔の記憶をたよりに伝説のバー「マティーニ」なんかも行ってみる。 実は20年くらい前のプノンペンは治安がものすごく悪かったけどヒッピーのような旅行者はとても多かったものです。当時、都会化しつつあったバンコクから、貧乏旅行者がプノンペンに流れてきていたものです。プノンペンなら「草(マリファナ)」と「女」が安く手に入るというのが主な理由だったけれど、あのころにプノンペンにはなんかそんな欲望と、そんな麻薬も売春もなにもかも受け入れてしまうような混沌があって、それがどこか居心地のよい空気を醸し出していたものです。でも、町を歩いても、こんな場末のバーにきても、あのころの面影はすっかりなくなっていました。 「untacって知ってる?」 バーで客引きをしていた20代前半くらいの女の子に聞いてみました「知らない」 「じゃあポルポトは?」 「聞いたことあるけど詳しくは知らない・・・」 ポルポトが支配した3年8ヶ月の恐怖政治はすっかり過去の話しになって今は「戦後」世代が新しいカンボジアの未来を作っていくようです。
2012年02月03日
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航空券:ワンパスマイレージプログラム日本~東南アジア往復30000マイル使用※ワンパスは2012年1月1日よりユナイテッド航空マイレージプラスに統合されました。 ※アジア方面は必要マイルは総じて増大傾向にあります。LCCが出てきた今ではマイレージ旅行のうまみは減少傾向にありますが、ただ、会社によっては燃料サーチャージがかからないのが最大のメリットですね。 航空会社:タイ航空 ※ちなみにアメリカ系航空会社は機内の酒類は有料なので論外です。経路: 1/20 羽田0:20→5:20バンコク7:45→9:20プノンペン 1/21 1/22 プノンペン20:40→21:45バンコク 1/23 バンコク14:50→22:30羽田 ホテル1/20 プノンペン 1/22バンコクのみagodaで予約しました。agodaが安いというより現地で直接ホテルをとると驚くほど高いのです。(ネット予約の2倍料金くらいは普通)日記・・・というか感想です1/19仕事が終了後、マイカーで羽田へ。帰国日の時間が終電に間に合うか微妙なので車でのアプローチとする。これが後になって考えればよかったことに。我が家からわずか80分で国際空港ターミナルへ以前成田まで3時間半かけて通っていたのがバカみたい。というかこれが首都圏の国際空港の当然の姿。過去、血みどろの歴史を作ってまで成田を日本の玄関口にしていた航空行政が異常だったのである。ターミナル到着後すぐにチェックインカウンターへ並ぶ。行列に並ぶ。しかし、これだけ旅行をめぐる状況が便利になっているのに、チェックインカウンターの行列には30分も並ばねばらないとはなんと言うことだ。この辺も「スマホでチェックイン!」とかなんとかもっとなんとかしてほしいものである。チェックイン後TIATラウンジへ。ここはゴールドカードユーザーは使えますが、プライオリティパスは使えません。プライオリティパスは日本国内では成田の第1ターミナルでしか使えず、年々不便になってきています。ラウンジサービスはソフトドリンクのみという相変わらずのしょぼさですが、ソファーはプライベート感ありでくつろぐにはなかなかでした。予定より20分遅れてTG661便の出発です。機内はすでに満席状態で、かつ3列シートに男3人という最悪な状況に置かれます。窮屈です。やっぱビジネスクラスがいいです。離陸後すぐに機内食というかおにぎりとサンドイッチが配られました。おにぎりは「鮭」です。冷蔵庫で保管していたのでしょう。かちかちでまずいです。私の過去のフライト履歴ではタイ航空が機内食部門だんとつ1位なのですがこれはどうしたことでしょう。深夜便ということでドリンクサービスも控えめです。こちらも控えめにビール1本とワイン1杯で我慢しておきました。あとは、窮屈な座席でリクライニングをめいっぱい後ろに倒して目をつぶるだけです。
2012年02月01日
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バンコクまで戻って来ました。たった4日間の休みで、プノンペン~シアヌークビル~バンコクとよくまわったなあ。。。おかげで、昨夜からお腹ポンポンでトイレと友達状態です。ああ明日から仕事かあと思うと気が重いですが、アジアのバイタリティーに少し元気をもらえたような気がします。とりあえずはこの下痢下痢状態で羽田空港から家まで運転するのが気が重い。今夜って雪降るんですかヽ(´o`;
2012年01月23日
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チュムリアップスー!ただいまカンボジアのビーチリゾート、シアヌークビルにきています土曜日と中国の旧正月が重なってものすごい人出です。なんだかカンボジアの江ノ島みたい12年前に来た時はなんにもないビーチだったのになあプノンペンもものすごい活気でポルポト時代の暗い面影はもうありません。まさにカンボジアは暗い内戦時代を耐え、今まさに経済成長を歩もうとしています。古き良き時代を愛するバックパッカーには淋しいものがありますが、ようしこうなれば、次の目的地はミャンマーだ!と希望を持てたりしますこうして、ホテルの一室からブログの更新ができるもまだここ数年のことだっし、人々の生活はどこまで便利になるのでしょうなんか今までいった国全部、今どうなっているのかあらためて旅してみたくなるそんな夜です
2012年01月21日
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明後日から遅い正月休みがとれたので、明日の晩からちょっくら海の外に度に出ます。羽田国際空港ができてから深夜便解禁!勤め人の弾丸ツアーは本当に便利になりました。目的地は5年ぶりのタイと9年ぶりのカンボジアテーマは「アジアは今?」です。1993年のuntac1995年の総選挙の時代から通い詰めたカンボジア・・・当時は夜間の外出もままならならず、市場で公然と麻薬が売られていた国も今では経済発展すごそう。なにやら近々イオンモールも出店だとか・・・まあ中国、ベトナム、タイにつぐアジアの市場はカンボジア→ラオス→ミャンマーでしょうからねえ。そんなアジアの今を見つめてまいります。あもちろんそんなところに妻子を連れ出すわけにはいかんので、一人旅です。ハイ。旅のご報告は現地から・・・
2012年01月18日
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1月1日(日)紅白も聞かず(聞けず)酒も飲みきらずに昨夜は21時に寝てしまい、気がつくと新年となっていた。昔は毎年こんな年越しをしていたものだった。 夜は-20度くらいまで冷え込んだようだ。朝まだ陽のあがらないうちに準備をするのはいかにも億劫で出発は7:30と遅くなる。 今日の予定は赤岳の主稜か南峰リッジを登り、横岳まで縦走して大同心稜を下降しようというプラン。 でも昨日の阿弥陀岳が結構シビアだったし、赤岳主稜とはいえどもノーザイルは厳しそう。一応単独登攀用の道具は持ってきているが、主稜みたいな人気ルートでは単独登攀システムは非常に迷惑なのである。 なのでまあとりあえず行ってから考えようと再び行者小屋から、ルートとりつきとなる文三郎道へと歩き出す。今日の気温は-5~-10度以上とややあたたか。文三郎はものすごい渋滞状態。 さすが人気の八ヶ岳。ふとみれば、同方向を目指す登山者の集団は皆、ヘルメットにハーネス(安全ベルト)を身にまとっているのね。ってことはバリエーション?文三郎から登るバリエーションといえば・・・この数十名はいるであろう、皆様方みんな「主稜」が目的ですか? もうこの時点で主稜登るきはすっかり失せて、いいやもう縦走して帰ろうと早くも日和見モード。主稜のとりつき地点でルート観察。 現時点で3パーティー発見!ルートはそんなには混雑していない。 そしてふと気がつくと同方向に向かっていたパーティーの集団は主稜には目もくれず、登山道をさらに登り続ける。 これは一体? なんて思ってみたが、どうも、今時の冬山登山では一般ルートでもヘルメットやハーネスを装着したりするということだろうか?なるほど確かに、一般ルートでも、滑落や落石の危険はバリエーション同様にあるわけだし、安全のためにはきわめて当たり前の装備といていいだろう。だとしたら、そんな常識に取り残されている自分の方がなんか時代遅れのような気がしてしまった。 まあともあれ、頂上に10:30到着。 寒いし、混雑してるし、天気も悪くなってきたので長居は無用。横岳までの縦走もあきらめて、地蔵尾根を下山開始。行者小屋経由で、テントまで戻ったのは12時頃。テントを畳んで下山開始。途中南沢というアイスクライミングエリアで遊んでいこうと、重荷をおいて枝沢に入る。ところがあんまり久しぶりなので、大滝がどこにあるのか忘れてしまう。適当な沢に入ると適当に凍っていたので、ちょっと氷登りを愉しんでみた。 結氷甘く、表面に水が流れていてすぐにずぶぬれである。 そんなこんなで最終下山は16:30久々の冬山年越し。今度はもっと人気のないとこいきたいなあと思いつつ、帰途につくのでした。
2012年01月17日
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早いもので年が変わってはや半月が経過してしまいました今更ながらあけましておめでとうございます。 さて年末年始を久しぶりに冬山で過ごしてきたので遅ればせながらご報告です。目的地はお正月の定番八ヶ岳南部ルートは登れそうなところ適当メンバーは相も変わらず単独でございます。 12/31(土)朝東京の自宅をたって、快晴の空の下南八ヶ岳の登山口美濃戸口へ。さすがに人気の八ヶ岳。いるいる登山者がたくさんいるぞ。 車が4駆ならこのさき1時間ほど歩いた美濃戸までいけるのだが、この先の急な下りがいつもかちんかちんの凍っていて、歩きたくない怠け心と、凍った道を走りたくない小心では後者の方が勝のである。そういうわけで、久々の重い荷物にあえぎながら入山9:45出発美濃戸までたまに背後からくる自動車に腹立ちつつ黙々と登る。気温は-10度前後。川も凍り付く寒さではある。 10:40 美濃戸。ここでいつもお茶と野沢菜をごちそうになる。先はまだまだ長い。ここから南沢へ入り、どうということもない雪道を黙々と歩く。もう以下加減いやになるころ、前方に雪をきれいにまとった赤岳~横岳が見えてくる。途中、小広い雪原がでてその辺でテントを張ることにする。 この先のテント指定地行者小屋は眺めこそよいが、年末年始はテント村ができて騒々しい。せめて山の中ぐらいはひとり静かに過ごし、きたるべき新年を迎えたい。なんていうが本当は重い荷物から一刻も早く開放されたかったこともある。 さてテントを張ってすでになんと14時である。もう日没まで時間がないが、こんな時間からのんびりしても酒を飲むぐらいしかやることがないので、今日は今年のしめということで阿弥陀岳北稜に行くことにする。 まずは行者小屋へ。ここから阿弥陀~中岳のコルに向かうトレースとわかれ北稜をダイレクトに向かう。北稜は八ヶ岳バリエーションの中ではもっとも易しいルートの一つ。つまりは今の自分にはちょうどいい。第1岩稜とかいうただの急な尾根を越えると第2岩峰というちょっとした岩こぶに突き当たる。思ったよりも怖そうだぞ。こんなところあったかな? このルートは9年前に同様に時間余ったので仕方ねえなという感じで単独で登っているのだが、ルート自体まったく印象に残ってない。 岩峰を左手に回り込んで簡単な岩場を越える。難しくはないけど、確保なしだし、高度感もあるので少しびびる。岩場を越えると、やせ尾根が続き、もういっちょ岩場登場。ホールドはガバなんだけど、高度感マックスで怖い。 ココを越えると阿弥陀岳頂上。時すでに16:15 今まさに今年最後の陽が沈もうとしていた。 立ち止まると突然寒さが襲ってくる気温は-15度頂上から嫁さんに電話をして、寒くてろれつのまわらない口調で年越しの挨拶をした。 下山は中岳とのコルまでは慎重にコルからは尻セードで行者小山で一気下山テントに戻ったのは17:30でした。いろいろあった2003年におやすみなさい。
2012年01月17日
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世の中では風邪などたいそうはやっているそうですが、自分は風邪などひかず健康体のまま年を越せそうです。今年はなんの因果か3回も受けた手術ですが、その分日々の健康には気を使っていたいもの。気になる術後の方ですがレーシック手術からすでに4週間たちました。最初の1週間ほどは左目のドライアイがひどくしょっちゅう、目薬をさしていましたが、ドライアイもだいぶ落ち着いて、日常生活にもどりつつります。ただ、眼を強くこすっていけないのは相変わらずで、3ヶ月後の検診でやっと通常通りの生活に戻れるそうです。今はまだ手元もくっきり見えているので、老眼防止のためにも時には、近いものを見る練習も取り入れたりしています。とはいえ、今まで矯正視力で0.9、基本裸眼で20年以上も生活してきた身には裸眼視力1.5は感動の毎日職場の周りの紅葉がこんなにきれいだったなんて初めて知ったし、12/10の月食のときに外で空を見ながら飲んでいたのですが、自分の頭上にこんなきれいな星があったことに初めて気がつきました。反面、今まで見えなくてすんだものが見えてしまうことも。手術以降、部屋の片隅におちている埃や髪の毛などが気になって掃除の頻度がふえたかも。女性の顔の小じわやしみなどもくっきり見えてロマンが減ったかも。そういえば、痔婁摘出手術からもすでになんと半年もたちました。こちらの方は9月の時点で完治宣言をもらい、すっかり過去のことですが、今では患部をさわると多少の違和感があるのですが、日常生活にはなんの問題もありません。つくづく医学の進歩に感謝であります。この1年を振り返れば、父の死からはじまって、受験の失敗、大震災そして手術と入院などなど、ああ厄年だね。厄年だよという感ありありなのですが、自分では厄年だなんてまったく思っていません。悪いことやついてないこと、悲しいことから何かを学ぶことができれば、それはけして無駄なことではないのです。来年はいよいよ本厄ですが、不謹慎ながら今度はいったい何が起こるんだろうなんて期待と不安を込めつつ、あらたな年を迎えたいと思います。とりいそぎ今年の年末年始は妻子とも実家に帰省中なので、8年ぶりの山の中で年をこしてみようと思っております。まずは無事に帰ってくることを念頭におきつつ、皆様方にはよいお年をお過ごしくださいますようお祈り申し上げます
2011年12月28日
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レーシック手術から1日たちました。 手術体験記など読むと術後翌朝の目覚めが一番感動するらしい。寝ぼけまなこで「あれコンタクトつけたまま眠っちゃったんだっけ?あれ?あれ?あ~~~~」 なんて 自分もさすがに昨日は手術当日なんで見えると言ってもぶれがあったから、今日どんな光景が見えるのだろうと楽しみにしていたのだが、実際に朝目覚めてみると、特に感動はなし。「ああそういえばよく見えるね」といった感じ。もともと裸眼が基本だったからなあ。そうはいっても、遠くの光景がくっきりと見えるのは感動ものではあります。 今日は手術後の翌日検診があり、午前一番で西武新宿へ出向く。10:15にクリニックへ行き、すぐに名前を呼ばれ視力検査へ。 「翌日なんで視力が不安定かもしれませんが・・・」と前置きされつつ、視力測定するときっちり1.5が出ていた。 う~んあらためてレーシック恐るべし。 自分の場合年齢的に老眼の可能性があったが、視力1.5あってもまだまだ手元は問題なく見える。新聞から10cmまで顔近づけて見ることも可能だ。まあ老眼はおいおいだろうけどね・・・そんなんで翌日検診はあっというまに終了。次は1週間後検診の予約をして、クリニックを出る。せっかく視力よくなったんだし、新宿御苑あたりで紅葉見物でもしたいが昨日とうってかわっての冷たい冬の雨の中なのでまっすぐに帰宅する。今年も早12月になって、あっというまの1年を振り返りつつ・・・
2011年12月06日
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いよいよ手術の日であります。いやなことはとっとと終わらせたいとなるべく早い時間の施術を希望。11:30の予定に合わせて新宿SBCクリニックへ今日は小春日よりのぽかぽか陽気。いやだなあ。帰りまぶしそうだなあ。ほとんどの体験者の話をきいても手術当日麻酔がきれると、数時間は眼をあけていられないほどの痛みを感じるそうな。昼ご飯を食べてからクリニックに行くべきだったのに時間がなくてあわててクリニックへ。今日は平日なのに結構な混雑。すでに手術が終わって、事後検診のひとは保護眼鏡をかけてすぐわかり、そんな人が多少うらやましい。受付で手続きをすませ、直前の再検診。視力は変わらず0.1以下。10分ほど後でその後8階施術フロアにて会計をすませる。事前にお会計というのも患者には不安になるだろうが、事後だと眼が痛くて大変だし間違いも発生するだろうから仕方なかろう。 待合室(個室リクライニングソファ)で待っていると、看護婦さんが現れ「本日担当させていただきます看護士の○○ともうします」ご挨拶にきた。まるで高級○○店のような待遇だ(失礼しました) 麻酔薬を何回も点眼され最後の医師の診察ここで矯正は1.5ではなく1.2くらいでお願いしてみたのだが、低矯正だと矯正が足りず0.7もでない可能性もあると言われてやはり正視にしてもらう。 12:10頃手術室へ手術台(というかリクライニングチェア)に乗せられるとさすがに緊張する。横たわったまま回転させられると、ちょうど顔面にレーザー照射機が・・・なんかショッカーに今まさに改造手術を施されんとする仮面ライダー本郷猛みたいな緊張感だ(古くてスミマセン)右眼をこじあけられて、なんかわっかみたいなものを眼にはめられて、「はいフラップ作ります。前を見ててください」との声かけとともにレーザー照射。たぶん10数秒くらいでフラップ作成終了。全く痛みはない。つづいて左目も照射! フラップ作成段階では、まだ眼が見えているが視界がぼんやりしたまま隣の部屋へ移動。 ここでも同様に手術台に横になり、瞼を完全にテープでとめられ、開眼器でぱっくりと眼が開けられる。もうどうにでもなれという気分。 目薬を大量にさされ、右目から。何かされた瞬間白い光以外全く何も見えなくなり不安になった。どうもフラップをめくっているらしい。医師の「レーザー12秒」といいうかけ声とともにエキシマレーザー照射!「はい目の前の緑の光をみつめていてください」と医師の声「緑ではなく赤い光しか見えないんですけど」とにかく目の前の光をぼんやりと眺めている。焦げ臭いにおいが広がってレーザー終了。再びどばっと液体をかけられフラップを戻されると視力が戻った。そして目玉をはけかなんかでふかれ、目薬2滴たれされて終了。痛みはないがまぶしいです。 左目も同様の手順であっというまに終了。医師の診察のあと、個室のリクライニングルームで10分ほど待機する。 たまにちらっと眼をあけてみるんだが果たして視力がよくなったのか実感はない。12:40すべて終了施術時間は15分ほどか・・自費診療だから仕方ないけどこんだけあっと言うまで188000円とは・・・6月に入院して8泊9日三食お風呂付きの費用が80000円だったことを考えるとあれれと考えてしまうが・・・・これも高度先進医療だ仕方ない。クリニックから保護眼鏡を借りて外へ出る。外の世界がまぶしい。まだ麻酔が効いているのか眼は痛くない。痛くないうちに昼飯でもと思ったが、逆に痛くなる前に帰宅したほうがいいやと西武線に乗車。遠くの看板など見てみるが右目はなるほどよく見えるが左目がぼんやりしている。あまり見ないで眼を休ませよう。ところが、電車に乗ってる途中から眼がじんじんと痛み出した。なるほどこれは雪盲のような痛みだ。だが雪盲は眼をこすれるからいいが、これは眼をこすっても涙を拭ってもいけないのだからちとつらい。しかもなんで、こんな日に限って日差しまぶしい小春日和なの?目を閉じてもまぶたごしにさしこむ日差しの感覚がつらい。駅から家までバスにて帰ろうとバスを待つ間、マクドナルドでハンバーガーなど買ったんだが、すぐにバスが発車しそう。なんで、交番前のバス停で、立ったまま、涙をぼろぼろ流しながらあわててハンバーガーを食べることとあいなった。まるで不審者だね。 手術当日の帰宅のつらさを考えると日差しが強い時間帯の帰宅はさけたほうがいいだろう。できれば、クリニック近辺のレンタルルームとか○○ホテルとかで休憩スペースを確保し、数時間休んだ後に帰宅するのがベターと思う。また当日のなんにもできない時間帯を考えれば、手術時間は午後遅い時間帯にして、帰宅して夕飯食べて寝ちゃう。っていうのがベストだと思いました。15時前に帰宅このときにはだいぶ眼のいたみも回復。ためしに視力をはかるとおおよそ1.0~1.2くらい。おそるべしレーシック手術。 手術から5~6時間は涙腺確保のため眠らないでくださいと言われていたが、真っ暗闇の中で横になっていると一眠りしてしまった。16時に起きてみると眼の痛みは嘘のようにすっかりなくなっていた。視力はそういわれてみれば今まで見えなかった細かいところがよく見える。ためしに夕闇の中買い物に出かけてみる。心配していた夜間視力は全く問題なく、コントラストもばっちりだが、やはりハログレア、スターバーストがばっちりと出ている。気になるほどではないので快復を祈ろう。今夜は酒だめ、風呂だめ、PCだめ、テレビだめ、読書だめとにかくなにもやることがないので、ノンアルコール飲料を何杯も飲んで21:30に眠ってしまった。
2011年12月05日
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さてレーシック手術の日程も決まり残り少ない近眼の生活をおくっておりました。手術とはいっても、6月の入院手術よりははるかに緊張も不安もありません。 年間40万症例ありながら失明件数ゼロというのは、手術としては恐ろしい安全度ではあるのであるが、でもまあめんたまの手術ですから不安はあります。 私の場合は昔、自分の愛する女性が眼の病気により視覚障害をおったという過去もあります(←この話はこちらに詳しくありますが。まあ過去の話です) そこで不安を払拭しようとgoogleなんかで「レーシック 不安」とか「レーシック 失敗」とか「レーシック 後悔」とか 調べてみるわけですすると身の毛もよだつような体験談がざくざくでてくるわけです。そこで「レーシック難民」なんていう造語も知りました。いわく、レーシック手術を受けて近視は改善されたものの、過矯正による遠視や、暗いところでの視力の低下や、コントラストの低下などの合併症、遠視による眼精疲労、頭痛、吐き気、極度のドライアイなどに悩んでいるのだけど、数値上で異常がなく、診察してくれる場を失った人たちのようである。そこで「レーシック難民」なんて調べてみると関連検索で「レーシック 自殺」「レーシック 死にたい」なんてワードが出てくるわけです。 「おいおいこれやばいんじゃないの?」なんて相当の不安はもたげてくるのです。でもよくよく見てみると不安をあおる体験談のほとんどが、施術内容や具体的な障害がまったくかかれてなく、どこのサイトでも重複してみかけるコピペであることに気がつくのです。youtubeにアップされている失敗談もそのコピペをPC音声に変換しただけの音声コピペ。 たしかに術後も後遺症に悩む人は一定数いるのでしょうが、悪質なコピペはかえって難民さんの地位を低下させて、本当の後遺症に苦しむ人たちの障害となっている見受けられますがいかに。結局のところ、ネットを徘徊したところでレーシック手術の安全性も危険性も真実はわからないという結論に達したのであります。もちろん手術を受ける意志はまったく揺らがないのでありました。
2011年12月05日
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SBC新宿近視クリニックでの適応検査を受けてきました。 11月某日西武新宿駅にて降車。クリニックはどこだ?探してみればなんと駅北口真ん前のビルの7階。エレベータを降りるとすぐに受付。クリニックはこぎれいなオフィスといった感じで、受付も若いお姉さんばかりである。イスをとりかこんで右に検査機器。左手に診察室奥に視力測定のエリアがある。平日午後一のためか他に先客は2名ほど 問診票に記入後、治療の説明をIpadでみせられる。その後、検査開始多角的屈折検査角膜形状解析自覚的屈折検査角膜内皮細胞検査眼圧測定波面収差測定角膜厚測定瞳孔径測定細隙灯顕微鏡検査眼底検査・・・・・なんて書いてもどれがどの検査かさっぱりわかりません。健康診断でよく使う視力検査機みたいなものをのぞいて光や絵を見ているだけの検査です。ちなみにどの検査も全く痛みはありません。検査の途中で瞳孔を開く目薬を点眼されそれが効き始める30分ほどの間、カウンセラーから治療の説明を受けます。そのときにわからないことは何でも聞けるのですが、逆にわからないことばかりで何も聞けません。レーシック手術はまず角膜にフラップと呼ばれる蓋を作り、次にその蓋をあけてレーザーを照射するのですが、そのフラップを作るのにレーザーを使うのがイントラレーシックで、マイクロケラトームといえばかっこいいけど、要するに超小型カンナを使って蓋を作るのがSBKとかいう方法らしく、イントラレーシックはSBKの2倍ほどの費用がかかります。どちらも施術に不安はないが、やっぱカンナは怖いし、再手術の可能性を残すためにはできるだけフラップを薄くする必要があり、そのためにはイントラレーシックの方がよいらしい。そんな話を聞いてるうちに次第に手元が見えにくくなってきました。薬が効き始めてきたのでしょう。その後暗室で網膜の検査を実施。これにてすべての検査終了。その後、すべての検査結果をもとに診断があります。右眼0.08 S-3.5D C-0.75 Ax 90°左眼0.07 S-3.75D C-0.50 Ax 175°角膜厚も平均値に近い503μmあり手術は問題ないことまた暗所瞳孔径が4mm前後と小さく一般的な合併症であるハログレアなどは比較的出にくいことなどを確認しました。 そのうえで手術を受けるかどうかの確認を求められます。善は急げで即承諾施術方法はここではもっとも一般的なプラチナイントラレーシックアドバンスとかいうのに決定しました。費用は188000円也。急げば明日の手術も可能だとかだが、次の休みである1週間後の予約をしました。これにて適応検査は終了。所用2時間くらいです。帰る頃にはクリニックは結構なにぎわいになっておりました。年齢層は圧倒的に20代~30代前半か。外に出ると少しまぶしい。瞳孔が開いているので日中だと相当まぶしいらしいが、まあ夕方でよかった。薬の副作用で手元があんまりよく見えないけど・・・なんとか帰途につきました。あと1週間後にはめがねとおさらばしてるなんて実感わかないけど・・・
2011年12月05日
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さて、前回お伝えの通りレーシック手術を受けることを決心したのですが次に行うべきはまずはクリニック選びです。 そこで、とりあえず情報収集と口コミサイト、ランキングサイトなどをで比較してみました。 でも人気ランキングに連なるクリニックはどこも、施術内容も費用も体験談も大きな差異ないし、施術数なんて60万だろうが3万だろうがそれほど大差なく思えるわけです。まだ100例とかだったら不安だけど・・・ 各クリニックのHPなんてもどこも似たり寄ったりだし、ネットや口コミの情報だけでは何を基準に選んでよいのかわからないのが現実。まあ手術にあたっては、事前に手術が可能かどうか眼球の状態を調べる適応検査がありますので、いろいろなところで適応検査を受けて、クリニックの雰囲気や信頼できるかどうかなどを念入りにチェックしたうえでどこで受けるかを決定すべきでしょう。別に適応検査を受けたからと言って、そこで受けなければならないわけではありません。 私の場合は、西武線沿線の住民だったので、一番家から交通が便利(西武新宿駅北口から徒歩1分)なSBC新宿近視クリニックにで適応検査を受けてみることにしました。←安直 さてそのクリニックにメールで適応検査の予約をしました。するとすぐに折り返し電話がかかってきて、10日後に検査の予約です。受付の対応は非常に丁寧でわからないことなどもその場で質問できました。検査の前はコンタクトをしないようにとの指示がありましたが、コンタクトなんてしたこともないので全く問題ありません。そんな感じで、まあとりあえず検査してみるべえと言った感じで、近眼脱出への一歩を記したのであります。
2011年12月05日
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突然ですがレーシック手術を受けることにしました。レーシックって何?ていう方はググってみてくださいね。レーシックとはレーザーによる視力矯正手術の一般的総称であります。 「おまえアウトドアとかやっているのに眼悪いのかよ?」って感じですが、私の近視は10代の時から進行し、おおむね0.1以下をキープしております。「じゃあ山歩くときはいつもめがねとかしてんのか」と言うと実はうっとうしいのでしておりません。実は車の運転中以外は仕事中も日常も全く裸眼です。 「えっそんな視力で平気なの?」 と思われるかもしれませんがこれが何となくわかるのです。仕事は別に遠くを見る機会も少ないし、普段の家の中ではそもそも遠くを見ないし山は山で、何となく5感がとぎすまされて、十分に見えなくてもどこに何があるかわかるのです。見えない。けどわかるって感じですかね。なので、どうしても裸眼に確信がもてないときだけ、めがねをかけたりして20年も過ごしてきたのです。 「なんだじゃあレーシックなんて受けなくていいじゃん。見えてるんだろ。いやわかるんだろ。」 と言われそうですが、でもやっぱり見えてないよりは見える方がいい。山でう~んちょっと先がわかんないからやっぱめがねかけようと思ったときそこが岩場だったり、吹雪のさなかだったりするとやっぱり不便な訳です。そして山を歩くときも周囲の美しい景色はくっきり見えた方がいい。星もきれいにみえたほうがいい。そんなんでレーシックという施術には大いに関心があったのですが、現状不便ないのになかなかその気にはなりません。 初めてレーシックの存在を知ったのは17年前バンコクの日本人向け病院で日本語のガイドブックを見たときでしたが、「ああ、こんな手術もタイならそこそこ手が届く値段で手術できるんだ・・・」なんて思いつつも、それでもまったくどこか異世界の手術のように気がしていたのです。ところがエキシマレーザーが日本で認可された2000年以降、徐々に日本でも浸透し始め、値段も自費診療で当初は50万円くらいしたのが最近では20万以下があたりまえに・・・すると当然我々庶民が治療を考える範疇に入ってくるし、身の回りでも「レーシック受けたよ」なんて体験談もちらほろ出てくるわけです。 そんな状況下で、まあ自分自身もレーシックを受けるにはぎりぎり上限の年齢だしと3年位前から考えていたのですが。それもやはり2の足。 でも今年は既報のとおり、4月に座骨直腸下膿瘍切開排膿手術を受け、6月に座骨直腸下痔婁摘出手術を受け、あと1回手術を受ければハットトリック!しかも医療費控除対策で高額な医療はまとめてしまったほうがいい。思い立ったが吉日!とばかりに11月の某日7月から勉強していた某国家試験に撃沈した翌日、失望をバネに某クリニックに連絡をしてみたのでした。続く・・・
2011年12月03日
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ごぶさたしております。ついこの間まで猛暑だなんだ騒いでいたのに季節はもう秋を通り越して冬になろうかというところ。アウトドア的には秋は秋で魅力的だけど冬は冬でもまた楽しいんだよねと前向きに日々季節を愉しんでおります。さて今年は、大震災だ入院だとあんまりアウトドアを楽しめなかった私ですが、あと残り少ない日々で存分に楽しみたいところ。ついては今年こそ冬のキャンプならぬ雪上ファミリーキャンプにチャレンジしたいと考えております。さて以前冬キャンプの暖房についていろいろとうんちくを書かせていただきましたが、そこで最強の暖房として一押しした石油ストーブは、今年の大震災の影響もあってそのすばらしさが一般の方々にも見直されているのは周知のとおり。アウトドア的にはさらに軽量小型で燃料タンクと燃焼部が一体化された「Fujika ハイペット」や韓国製パクリ商品の「alpaca ts77」などが最強絶大の人気を誇りますが。前者は販売されていないし、後者は個人輸入など面倒くさい。なんでいいもんないかなあとネットサーフィンしていたら・・・・なんとなんとFujikaのストーブが販売しているじゃないですか!!しかも楽天市場で!しかも10000円を切る格安料金で! 【特価★】★新型★石油ストーブ/ 注文殺到/暖房器具/室内外用 ストーブ/移動式/注文殺到/暖房器具/【ヒーター】【省エネ】【フジカ】【節電】FUJIKA-1680【特価★】★新型★石油ストーブ/ 注文殺到/暖房器具/室内外用 ストーブ/移動式/注文殺到/暖房器具/【ヒーター】【省エネ】【節電】【フジカ】FUJIKA-1680 そういえば例の大震災の直後、「alpaka ts77」が楽天市場で臨時に販売されていたことがありました。今冬の臨時のストーブ需要のおかげでFjikaさんも臨時に格安品を放出してくれたのかもしれないな・・・・なんて思いつつ早速購入の手続きをしようとしたんですが・・・・あれ・・・?なんか違うんだよなFujikaハイペットの品番はKSP-229-21cのはずなんだけど、全然品番違うのFUJIKA-1680だって・・・しかも「日本語説明書付き・・・」ってでその商品の品番を入れてgoogleなんかで検索してみたんです。すると・・・・あらら・・・・みたこともないハングル文字のサイトに飛んでしまいました。さらにgoogle翻訳かんなんかで翻訳すると・・・・ もうあからさまなパクリ商品だって・・・・ まあalpakaもあからさまなパクリだし、パクリ商品で実用に問題なければユーザーとしては問題ないわけで・・・でもこのあからさまなパクリにはちょっと引いて買い物かごに入れたものを削除してしまいました。本家のFujikaは商標登録してないのかな?私的には今一度、冬キャンでのストーブの実用性について再検討してから購入を考えることにします。どなたか先行して購入された方は是非レビューしてくださいね
2011年11月24日
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毎度更新が遅くなっていますが、日曜日に今年の目標だった某国家試験が終わってようやく一段落です。先日、そんな試験勉強の合間に息抜きに金峰山にハイキングに行って来ました。なんで今更ハイキングなのかって?そりゃあ最近技術体力の衰えを感じている自分としては原点に返って尾根歩きから再開しようという意図なのでありますが、あと実はこの金峰山の中腹で水晶がざくざくとれるスポットがあるという話をみつけたので、山歩きをかねてお宝ハンティングを企画してみたわけです。金峰山といえば西面の富士見平からのルート、東面の大弛峠からのルート、そして北面の川上村からのルートがメジャーですが、実は南面にも表参道という由緒正しきルートがあるのです。今回は大弛林道からアコウ沢に下降して表参道を経由するつもりである。前夜職場から山に直行今夜は大弛林道途中にある登山口までいくつもり。9月の台風以降全国的に林道が荒れている状況なので不安はあったんだが、やはり不安的中。峠まで12キロ手前の地点で通行止めにあんっていた。5キロや6キロならなんとか歩くけど12キロはなあ仕方なく方針を変え、今夜は黒平の森林浴広場に泊まり、そこから明日林道を6キロほどあるくことにする。 森林浴広場は、12年前に林道ツーリングをしていたときににわか雨に降られて雨宿りできる場所を探していたときに偶然見つけ、それいらお気に入りのすてきな野宿スポットである。 山奥なのでほとんどだれもこないし、あずまやの下で雨でもたき火ができるし、(水道はあるけど水は出ないので川で汲む)、でも快適なのは自分だけではないみたい。久々にきた広場のあずまやの下にはもろ生活痕ありあり。誰がもちこんだか薪ストーブまである? ともあれ快適な一夜を過ごしてよく朝出発である。 7:50発。森林浴広場のすぐ上の林道をとぼとぼ歩く。 天気は小春日和のすばらしい青空。いうことないが林道は長い。そのうち誰もきやしないと思っていた林道を後ろから自動車が10台くらい連なってきた(この林道は一般車両通行止め)聞けば地元猟友会の一同で、今日は鹿の食害対策で鹿の管理捕殺をするんだと。管理捕殺ということばと猟師のうれしそうな表情に多少の嫌悪感を感じる。 ともあれこちらも流れ弾に当たらないように気をつけなばならん。林道を1時間半で登山口そこから30分で水晶峠。10:20到着。 実は水晶がとれるのはその名もズバリこの付近らしい。あちこちに「水晶採掘禁止」の立て札があって、その下に採掘のあとがあるからわかりやすい。 水晶っていたっって、鉱物としての価値はゼロだろうし、鉱物採集マニアにしか価値のないものだ。いっそ管理エリアを定めて入山料とりつつ、採集を管理した方がスマートなきもするが。まあそれも鹿の管理捕殺と同じ発想かもしれない。 お宝探しはあとにして水晶峠をあとに金峰山を目指す。 あまりメジャーなルートではないがいたるところの赤布(ピンクテープ)があって迷いようはない。 倒壊した御室小屋から金峰山南尾根にとりつく すぐに出てくる鎖場。見た目ほど怖くはない。 稜線からの片手回しの岩 通過はまったく問題ない。 まもなく山頂の五畳岩が見えてくるが見えてからが遠いんだ。頂上着13:15 快晴微風の頂上はだだっ広く人っ子一人いない。なんだか、頂上に執着する気もなかったのですぐに下山開始。走るように下って15時には水晶峠に戻った。ここであらためて周りを見回してみると、実に周囲四方八方石英辺だらけであると気がつく。高校の時の地学で習った記憶があるが石英の中でも特に無色透明なものを水晶を呼んだような。ならばこの石英の鉱脈(ズリというらしい)の中に水晶がある。 専門家ではないので木の枝かなんかで地面を掘り返してみる。すると時折キラキラ光るものがあってそれが水晶の破片であったりする。 でもいわゆる水晶らしい六角柱状はなかなかない。まあこのへんはマニアが相当掘り返しているようだから、素人は先人の堀残したくず水晶を拾うくらいである。 宝探しはなかなか楽しくずっと掘っていたかったが、時間もないので30分できりあげで下山開始。元きた林道をとぼとぼ歩いて日の暮れようとする17時に森林浴広場に帰着でした。なんか山深い気分は楽しめなかったけど、面白い山でした。今度は子どもを連れて水晶探しにでも行ってみたいもんです。
2011年11月15日
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昨日は夜勤明けを利用して無性にどこかに行きたくて、台風直後ではありますが、秋川の小坂志川に行って参りました。 この沢は秋川ではもっとも川旅らしい登りができる沢なのでお気に入りのところ。一昨日の台風のせいかアプローチの林道は結構あれていたが倒木などもなくゲートまでいけた。さて川は結構な水量で、ちょっとした浅瀬でも膝くらいまでの水量があります。滝壺やゴルジュなどは普通に腰くらいまでの水量はあります。先日までの猛暑とはうってかわって今日は涼しいくらいの天候ですが。ここぞとばかりに水につっこんで楽しみます。 そうです。水量のそんなに多くない秋川の沢で、こんなに水と戯れた登りができるのは、台風のあとの増水時くらいのものでしょう。増水はマイナスのイメージですが、プラスにとらえれば、普段水量が少なくてつまらないような沢も、増水すれば水と戯れる楽しい沢に変貌するということでもあり、それはそれで楽しみながら登っていきました。今回はカメラを忘れてしまったので、残念ながら増水した楽しい沢の写真はないのですが・・・・2時間ほどで稜線を走る林道に飛び出て終了。さて稜線を走る林道からは樹々の合間にスカイツリーまで見えたりします。展望や山の雰囲気に気分をよくして歩いていると、林道上に何か生き物が横たわっているの気づきました。近づいてみるとなんとうりぼう(イノシシの赤ちゃん)でした。 母親からはぐれたのか、それとも横たわっているところをみると怪我でもしたのか?近づくと「ブヒブヒ!」と言いながら必至で起きあがろうとしますが、横になった状態から起きあがることはできません。「ほらどうした?」と声かけて、手をかしてやるも四つ足で立つことができません。どうも左前足がきかないみたいです。 うりぼうは体長40センチらいでとてもかわいいのですが、そのうりぼうが横たわってブヒブヒなく様はかわいそうでなんとかしてあげたいのですがなんともしようがありません。仮に家につれて帰って手当しても、そんな動物は二度と野生で生きていけないでしょう。そのまま飼う?「おたく何か動物飼ってるの?」「いやあイノシシをちょっと。これがかわいいんです」なんて。イノシシつれて散歩とか?そもそもうりぼうったって成長すればそれなりにでっかいイノシシになるからねえ・・・後ろ髪を引かれる思いではありますが「がんばれよ」と声かけてその場を去りました。その後もあの泣いているうりぼうことがきにかかったのはいうまでもありません。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーさて話はとんで本日は本日で、我が家での出来事。 庭で草むしりなどしているとハチがブ~ンと1匹 別に珍しいものでもなく放置ですが、いつの間にか子どもにまとわりついていたらしく、7歳の息子の首を一刺し 痛かったことよりも、びっくりしたのか息子は大泣き。しかも息子は普段、勉強大好きでいろんな知識があるだけに、「死んじゃうよ~絶対死んじゃうよ~ショックで死んじゃうよ~」と大騒ぎ。 「1回目は絶対死なないから安心しとけ」と落ち着かせて、とりあえずさされた箇所から毒を吸いだし、冷やしたあとで、フルメタ軟膏を塗布。 実これは2年前に、私がスズメバチに刺されたときに医者から処方してもらったもの。 その後、捕獲(殺した)ハチを調べると「フタモンアシナガバチ」とか言うハチで、スズメバチほどではないがそれなりの毒性とのこと。 幸いなことに、その後はれあがることなく息子も「今日は泣きっ面に蜂」だよ「弱り目に祟り目ともいうよね」とか何とか言いながら、無事に過ごしております。動物に縁がある週末でありました。
2011年09月24日
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あっという間に9月になってしまいました。本当にまあ月日のたつのは早いもんで、つい最近まで自分が入院していたことも懐かしい昔話です。お尻の方はすこぶる好調で9月1日の通院にて完治宣言をいただきました。 なのであとは、闘病生活中になまってしまった体力を取り戻すだけであります。 さてところで、夏休み中の、ファミリーキャンプの記事を別館にアップしました。場所は岐阜県の「カクレハ高原キャンプ場」です。ご関心のある方はごらんになってください。ぼちぼち山にも復活しておりますので、おいおい記事にしていきたいしていきたいし思います(o^∇^o)ノ
2011年09月08日
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お盆で横浜の実家に帰っている妻子を迎えにいくことになりました。でもただ迎えにいくだけじゃもったいないので、夜勤明けで丹沢まで入り、翌日午前中沢登りしてから嫁の実家にむかうことにしました。これは、前回の日記でもお伝えしたSONY NV-U37の初使用でもあります。と同時に、入院手術からちょうど2ヶ月たった自分の本格的な復帰山行でもあります。nav-uには25000分の1地形図日本全国すべて登録することができますが、全部登録するには16Gクラスのメモリースティックが必要です。メモリースティックは高価なので、ここで変換アダプタを購入して費用削減とりあえず、関東地方一帯をダウンロードして準備OK目的地としては、お盆でもあるので人気エリアを避けて、丹沢の西のはずれ世附川流域の「沖ビリ沢」を下降し、「樅の木沢」を遡上することにしました。さて夜勤明けとはいえ、午前中いっぱい準備してたので、登山口となる山伏峠入り口につくのはなんと15時です。今日は山伏峠を越えて沖ビリ沢を下降し、適当な林道上でテントを張る予定。2ヶ月間もブランクのある体には山伏峠までの登りでさえ息絶え絶えです。ここでnav-uの動作チェックをしてみました。 お~ 地図上の現在地とぴたり一致です。ここから沖ビリ沢とおぼしき対岸の沢に下っていきます。実はこの沖ビリ沢について、沢の遡行図はよく見たんですが、そもそも沖ビリ沢という沢がどこにあるのかはよく調べていませんでした。(地図上には沢の名前は書いていない)なので、遡行図をみてたぶんこの沢だろうと、山伏峠から南西の方向にのびる沢をてっきり、沖ビリ沢だと思いこんで下降していきました。山伏峠から南西に尾根を下ったところにご丁寧に立派な踏み跡と赤布まであったのでますます疑いもありません。実は沖ビリ沢は山伏峠から南東にのびる沢だったのです。踏み跡と赤布はやがて途中でなくなります でも下降距離はわずか。まよいなく下降。まもなく沢に到着 あとはこの流域でもっとも美しいナメ沢をとことこ下っていくだけです。それがどうしたことでしょう。ナメどころか、倒木であれた沢筋が果てしなく続きます。まもなく5mほどの滝が出現ルート図によると、虎ロープがフィックスされているそうだけど、そんなものは皆無。あれれ????などと思うまもなくすぐに林道に出た。その林道も、地面が流され地盤が露出。 そうだきっと6月の集中豪雨で沢は埋まり、林道は流されたんだ。沖ビリ沢は埋まったんだ。そうだそうに違いない。そんなことを考えているまもなくだんだん日が暮れていきます。この間、nav-uは適宜正しい現在地を表示してくれています。林道上の表示は全く問題ありません。運動不足の体にこの距離はしんどいけど、お尻の方の違和感は全然ありません。適当なテントサイトを探しながら歩くけれど、広くて水場が近いサイトがなかなか見つからず、ほとんど樅の木沢に近い林道までえんえんと歩いて、ようやく日が暮れようとしている19時頃にだだっ広い広場をみつけて、テントを立てました。今日は歩きすぎました赤線が実際に歩いたルート青い線が本来のルートです(笑)今日は午前中のなるべく早い時間に下山する予定で6:30には出発6:50に樅の木沢に入る。ここはF1ふ~む。なかなか美しい。この先に期待が膨らむが、この先F2までは1時間ほど平凡なゴーロ歩き。7:50頃、通称両門の滝もどきに到着なるほど美しい滝ではあるがいかんせんスケールが小さい。この先、美しいナメ滝がえんえんと続くはずが、2~3きれいな滝があったほかは大部分倒木に埋まっていて、おもしろくもなんともない。がっかりしつつ、黙々と歩く。最後のつめは急峻で、落石の危険もあって、足早に歩きたいところだが、足がばてばてであがらない。 頻繁にnav-uの電源を入れては現在地の確認をする。着実に稜線が近づいてはいるが、この1歩がつらいんだ。なんとかかんとか稜線到着したのは10時。はっきり言ってつまらない沢だった。さてここで終わりじゃない。ここから山伏峠登山口まで1時間半の長い稜線歩きだ。歩く稜線は東海自然歩道に指定されているから歩きやすいし、今日はこの夏一番の猛暑だったらしいけど、標高1000mを常に越えている木陰の道は歩きにくいこともない。とはいえ、脚の疲労はマックスで、登りはもちろんあえぎながら、下りも下りで足の筋肉が悲鳴をあげて足早に下ることもできいない。これが自分の足かと情けなくなった。また一から鍛え直すことが必要だ。へろへろになって下山したのはすでに12時である。嫁の実家に行く前に、汗と泥で汚れた体を流したい。こんな時にもnav-uは便利で、最寄りの日帰り温泉施設を検索してくれる。これは便利。車のナビを普段使っている人は感じないかもしれないが、普段電車やバスなどで山に向かう人にとっては、入山下山の折りの付近の施設情報を得られるのは非常に便利なことだと思う。久々にハードな山になったけど、懸念していた手術の後も問題なく、そろそろ本格的に山復帰の手始めの山行としてはまずまずの手応えでした。nav-uの感想・現在地の確認において補則精度はかなり高く、尾根歩きにおいては完璧に現在地を把握できる・沢筋においても、衛星はきちんと補則できている。ただし、GPSの特質上多少の誤差はある。沢登りの場合は、地図上の数ミリの誤差が全く違う沢を表示することもある。そのため沢登りにおいてはそのへんは経験でカバーすべし・バッテリー駆動時間はカタログ値で9時間程度。なので、常時電源はonにせず、現在地の確認の時だけ電源をオンにするといいでしょう。ただし、その場合は衛星を補則するまで数分の時間がかかることも。・下山後の温泉や食事どころの情報が得られるのは便利・今回みたいに、ナビは正確だったけどそもそも前提条件を間違えていてはもともこもない。どんな便利な道具もそれを生かすのはそれを使う人間次第である。
2011年08月19日
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sonyから新しいナビの機種が発売されたとのこと。もともと車でも徒歩でも(人生でも)地図とコンパスをにらめっこして自分の意志で方向を決める自力主義の私は「てやんでい!ナビのいうことなんてきけっか!おいらはおいらの好きな道を歩むんでい!」とナビなどには無関心だったのでありますが、この機種は違いました。 なんとこの機種には全国の25000分の1地形図が丸ごとダウンロードでき、画面上に地形図と、今自分のいる場所を表示できるというとののことです。つまり登山中に自分のいる場所をわずかな誤差で把握できるということです。 これがどれほど画期的なことかおわかりでしょうか? 登山におけるGPSの使用はgermin社などの非常に高価なものが発売されていましたが、日本ご対応機種が少なく、値段や操作性もあって一般的ではなかったのです。 ↑こんなやつ また最近ではスマートフォンと連携して地図上に自分の位置を表示するサービスはありますが地形図上に位置表示できるサービスは聞いたことがなかったです。 たとえば、登山において、自分の現在地を把握する方法として一般的なのが、地図とコンパスを使った方法です。これは2点以上の目標物の方向を地図上に書き込み、目標からの線が交差するところから現時点を割り出すと言うもの。しかしこれには大前提として、目標物を補足できることが必要で、つまり悪天候下や視界の悪いところでは全く使えない方法であります。 沢登りや雪山などでは、微細な地形や今までの経路から現在地を割り出すことが一般的。(たとえば2本目の支流をすぎて大きな尾根がであう場所とか・・・) でもこれには高度な判断と十分な経験が必要で、しかも、過去の判断の集積のうえに現在の判断があるので、小さな判断ミスが大きな判断ミスにつながりやすいという欠点がある。思い起こせば自分の登山歴を振り返ってみれば、現在地確認をミスしたために、時間をロスしたりしたことは枚挙にいとまがない。 ところが、GPSのような器具を使えば、悪天候や、見通し、経験則に関わらず、誰でも簡単に現在地の確認ができるでしょう。なので重大な関心をもって、カタログを注視してみました。仕様については、カタログ値なのでどうでもいいのです。実際に山で使えるかどうかが問題なのであります。実際に、悪天候下でも使えるのか?樹林帯でも使えるのか?低温下でも使えるのか?精度はどのくらいなのか?これらは実際に使ったものしかわかりません。 なので、よしこれは自分が使ってみるしかない!と発起して購入を決意してみました。 以降、山に登るときには携行して使用感をレポートしてみたいと思います。
2011年08月17日
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7月15日手術後からすでに1ヶ月の月日がたった。 職場復帰してからも2週間がたち、何事もなかったような生活を送るにいたっている。一応まだまだ激しい運動は禁止されているのであるが、そろそろ軽く山にでも行ってよろしいだろうと夜勤明けの寝不足の体で奥多摩に出向いてみた。今年もまたうだるような暑さが続く折りでもあるし、渓流を歩いてみたいとかつて何度も通った川乗谷の本流を目指してみた。 ここならば、ほとんど川歩きなので大きなアップダウンもないから、入院以来圧倒的な運動不足の自分へのリハビリにちょうどよい。 林道入り口には車1台分のスペースがあるがここがあいているのを見たことがない。車は少し下流の白妙の岩場対岸のスペースに停める。11:15ぎらぎらと照りつける太陽の下、入渓する。 ここは出会いの淵からいきなり泳げるのであるが、今回はさすがにパス。すぐ上流のふみあとから川に降りる。さすがに猛暑だけあって川面でさえ暑い。暑いけど気持ちよい。 この川は夏は泳ぎはしゃぎ登るには最高の川なのであるが、今回はまだ患部がふさがっておらず雑菌を避けて、水に濡れるのもさける。とはいえ、患部はの方は全然痛くもない。とにかく暑い。淡々とした川をさかのぼって堰堤のような場をすぎるとなぜかキャンプ場みたいなところにでる。しかも男女がテントを張ろうとしていた。何だこれは?そそくさと退散すぐに聖滝。 この川に始めてきた20年前は聖滝はいかにも手もつけられない険悪な滝だった。淵を泳いで右手のスラブにとりつき、難しいバランスで水からはい上がってあぶみを使っては上段バンドにはい上がったものである・・・が今では川も土砂で大分埋まって迫力がなくなったもんである。 今回はそこを巻いて川乗の岩場の下にでて終了とする。12:45である。13:15頃に車に戻る。手短い山歩きだったが今の自分はちょうどよい。そして久々に吸った山の空気がなんともいえず心地よい。 来週あたりにはもっと体を復活させてでっかい山に行きたいなあ・・・なんて考えつつ炎天下の奥多摩から家路についたのである。
2011年08月07日
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手術後すでに1ヶ月近くが経過し、日常生活はほとんど不便がなくなってきていた。普段はもちろんのこと、排便時にももはや痛みのかけらのもないし、長時間の運動も平気だし、酒も入院前同様に飲んでいる。病気になったおかげで、生活面では食事はよくかんで食べること。早寝早起きを続けていることもあって体調はすこぶるよい。 ただし、まだ座るにはドーナツ座布団が必須だし、ウォシュレットのないところで排便は怖くてできない。携帯用ウォシュレットなんていう優れものが市販されているが、これは、排便前に水を詰めなければいけないので、手洗い場で水をくむという周知に耐えるかさもなくばペットボトルなどに入れて水をも持ち運ぶ必要があるのがネック。 キャンプや登山などでは必須かと。 ドーナツ座布団は座る場所に逐一必要で、主に、自動車用、居間用、自分の部屋用の3つを用意した。 ドーナツクッションは低反発素材が主流ではあるが、ビーズ式のもの もかさばらずに座り心地は悪くない。 あとは入浴時に座る用のスケベイスがほしいのであるヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ ・・・スケベイス('_'?)...ン? 博識深い紳士の方ならご存じであろうが、ご存じのない淑女のかたのために説明しておくと、座面部分の中央部が手が入るくらいの溝になっている浴用のイスである。 なぜそれがいいのかと言うと、中央部が凹部になっているため、痛くて座れない痔の疾患の人にはきわめて有効なのである。 というかもともとこのイスは痔主様が開発したそうな。 加えて言えば、陰部に第三者の手が入るということは、高齢の方や障害のあるかたなどの介護用品としても有用であり、実際のところ介護ショップで売っていたりするのである。 ではなぜスケベイスといういかがわしげなネーミングがついているかと言えば、これはある時、上記、「陰部に第三者の手が出し入れできる」という介護用品としてのメリットを、性的サービス用に転用した業者がおり、それが全国的に伝播定着したからなのである。 なので誤解を恐れず言えば、スケベイスは本来明らかに医療介護用品なのであるが、医療介護業界がその有用性を十分に世間に喧伝しないうちに、風俗業界がちゃかり、「スケベイス」なんていかがわしいネーミングで日本中に広めてしまったのである。もちろん痔疾患用に購入して、別の目的で利用して夫婦仲の向上に使うというのも一石二鳥でありではある。 話が脱線してしまった。生まれて初めて痔疾患となってしまった私に、このスケベイスの座り心地は魅力的なのである。お風呂の時はもちろん、ちょっとした腰かけようにぴったりそう。 が、これを購入してよいか嫁さんに打診したところ、「子どもの情操教育上よろしくない」という理由ですげなく却下されてしまった。 まあ理由もわからなくもない。 当面、座浴用のたらいにけつを沈めながら、お風呂の時間をすごしましょう。
2011年08月04日
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7月7日(木)退院後16日目。手術後23日目。 職場復帰後はいろいろと不便ではあるが何とかという感じで終えて、今日は復帰後初の休みである。 休みにはとにかくやることがある。 先週までいくらでも時間あったんだから、用事などそのときにかたせばよいものを・・でもまあ療養期間だ仕方ない。 前回は嫁さんにつれていってもらったが今回は自分で車を運転していく。 久々に肛門に指をつっこまれる。 それから今日はなんかいつもと違う筒のようなものを打ち込まれる(コンコン・・と)この触診も最初は痛くてたまらなかったが、最近では力の抜きかたを覚えてきて痛くもなんともない。 慣れとは恐ろしい 診察は順調とのことで次回通院は2週間後である。 そしてこれで「普段の生活に戻っていいよ」宣言がでたのである。 それはつまり「お酒飲んでいいよ」 「辛いもんしこたま食っていいよ」 ということか!といってもまだまだ傷はふさがっておらず、常にガーゼもしくはナプキンをあてがっておかねばならないのだが・・・・ とりあえずは復帰にむけて一歩前進である!
2011年08月02日
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6月28日 退院後7日目。手術後14日目手術後2週間経過あいかわらず浸出液はだらだらともれる。女性の生理もこんなもんなのかな?今日は2週間を記念して遠出の散歩にでかけた。ざっと8キロほど歩いただろうか。お尻の方は良好だが、とにかく暑さの方がこたえた(;´Д`A ```まだ6月だというのになんだこの暑さは・・・その夜には職場の歓送迎会があるというので座布団持参で参加した。ビールもまだ飲めないのでつきあい程度。しかも終バス気にして1時間も参加できず。こんなところにも病気からくる生活の不便さを感じてしまう。7月1日 退院後10日目。手術後17日目早いもので今年も折りかえしとなる7月である。そして夏本番でもあるがまだ療養中の身にはなにおかいわんやである。でも日常生活上はほとんど不便を感じない。排便の時の痛みも皆無だし、座るときも痛みよりも違和感程度、でも長時間座っていると後でずんずんと痛むのでなるべくお尻をいたわる。人生でこれほどお尻を大事にしたことがあったろうか?今日は庭のジャガイモをすべて掘り返して、畑に肥料をまいた。しばらく休耕しようと思ったが緑のカーテン代わりにキュウリの苗を植えてみた。はたから見れば悠々自適の生活だよなあ。7月3日 退院後12日目。手術後19日目。3週間悠々と生活していた日々に終わりを告げていよいよ今日から仕事である。早いとこ日常に戻りたい気持ちと、このままだらだらしていたい気持ちが入り交じる。いずれにしてもこの3週間はいろいろな意味でよい時間であった。さて3週間ろくに運動していなかったので久々の仕事に少々不安である。職場は幸いウォシュレットはあるので気が楽だし、生理用ナプキンとガーゼ、鎮痛剤を持って出勤(・・。)ゞ 久々の長距離運転も大丈夫みたい。職場についたとたん子どもたちに取り囲まれる。こうして自分のことを思ってくれるのはありがたいことだ。普段はストレスだらけの職場も3週間も休んだおかげで、利用者にも余裕をもって接することのできる自分がいる。でもまたすぐに元に戻るんだろうけどね。 でも仕事は大変。とにかく座ることができない・・・ということはすっと立っているか歩いているか。できない仕事も多く他の職員に負担をかけてしまうがでも本当ならまだ療養期間中なのだ、仕方がない。そんなこんなで無事に出勤初日も終わり。まっすぐの帰宅で18:45帰宅。夕食は3週間ぶりに嫁さんが作った。そんなこんなで、3週間ぶりに社会復帰の第一歩を記したのである。
2011年07月28日
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6月27日(月) 手術後13日目仕事の方は退院後12日間となる7月2日まで休みを取ってある。なのでそれまでは自宅でじっくりと静養する。患部の方であるが、退院後4日目くらいから排便時の痛みがなくなってきた。それまで排便前に必ず痛み止めを飲んで備えたものであるが、痛み止めも不必要になってきた。かわりにお尻の内部が無性にかゆくなる機会が増えた。これも快復の兆しかもしれない。少し体を動かしたあとでは多少の出血は見られるが気になるほどではない。患部は当然、まだまだふさがっていないので浸出液は結構もれでて、、日中はガーゼ装着、出かけるときは加えて生理用ナプキンが欠かせない(;^_^A ちなみにナプキンはいろいろ試してロリエの羽なし普段の日用を愛用する(。-_-。) 外出先でナプキンを交換したときに困るのは、男性用トイレには汚物入れがないこと。これはポリ袋を持ち歩くしかない。中にはトイレに流せるナプキンもあるらしい。 トイレに流せるナプキン固いイスにはまだ座れす、ドーナツ座布団は必須だが、座る場所ごとに必要なので、いちちいち持ち歩かないといけない。ドーナツ座布団は4月の肛門周囲膿瘍のあと、入院後に備えていくつか用意していたが、イオンで買った1780円のものが一番快適だった。楽天市場でもこんな商品を買った。はぐまむ 円座クッションこれは反発が弱くて快適さに欠けるが見た目のファッション性から車の運転席用として重宝している。日々の生活はすこぶる健康的毎朝5~6時に起きて勉強朝ご飯を作って子どもや嫁さんを送り出す。その後布団の上で寝ながら勉強。昼は買い物がてら近所を散歩。天気が良ければ掃除や洗濯昼ご飯を作って食べて。昼はゆったり過ごし、17時頃から夕食の準備。19時以降は読書などして過ごし21時には寝る。休みの日には家族みんなでイオンモールに出かけたり(嫁さんの運転で)畑のジャガイモ掘りをしたり、庭にプールで子どもを遊ばせたり。考えても見れば、こんなにゆったりと過ごすのは5年前に1ヶ月間の育児休暇を取って以来である。ある意味、貴重な人生の時間かもしれない。 さて今日は退院後初の検診なのである。まだ運転が不安なので嫁さんに病院まで送ってもらう。13時について10分ほど待って診察。今日は4月のいっとう最初の手術の担当だった怖いK先生なのだ。今日はまだ術後2週間だし触診はないだろうとたかをくくっていたら、問診のあとでいきなり肛門に指をつっこまれた。「いてててて・・・・・・・・」まだ傷口が全然ふさがっていない肛門が悲鳴をあげるが、案外入院初日の触診よりは痛くない。これも先生によるのだろうか?まだ何も聞いてないのに先生は「アルコールはまだだめだからね」・・・と念を押した。待合室で入院時同室だったAさんと会ったのでその後の経過報告などしあった。職場復帰まであと5日。あっという間の息抜きであったが、本当に5日後に仕事に復帰できるのか不安ではある。その後久々の運転で近所のシャレーゼにケーキを買いに出かけた。今日は嫁さんの誕生日なのだ。今日は久々にアルコールを飲んで乾杯した。平穏と快復の日々に感謝しつつ・・・
2011年07月21日
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6月22日(水)~手術後8日目~退院後初の朝。久々に周囲に気兼ねすることなくゆっくりぐっすりと眠れた。病院も快適ではあるがやっぱり自分の布団が一番みたい。 昨日まで毎朝5時起床で寝たきりのブロイラーのような生活だったが、これからは自由である。退院後2週間は安静期間ではあるが、そろそろ日常生活へのリハビリを開始したい。そんな思いで今日は朝5時に起きた。そして6時半まで勉強した後で、みんなの朝食を作る。いつも朝食に菓子パンとか食べている子どもたちにいきなり朝からしっかりとしたご飯作ったので子どもたちは食べきれず残してしまったが。今日は久々の快晴。やることやるにはちょうどよい。午前中入院の荷物の整理。洗濯。お金の精算など。またじめじめした布団は病気によくないと、布団やマットなどすべて干した。また庭の方もほったらかしだったので、雑草を抜いたり、3月に植えたジャガイモを試し掘りしたりした。昼頃から買い物がてら散歩に行く。といってもまだ長く歩けないので、近所の郵便局~スーパー程度。子どもたちがみんな帰宅したのは15時頃である。それから夕食の準備を17時から始める。夕食は買ってきたさば丸ごと1匹をさばいて塩焼きにした。料理は楽しいが、ずっと立っているのも実はしんどい。まだ19時であるが、今日は動きすぎたかけつが軽く痛むので19時から布団に横になる。調べものなどしていて22:30就寝である。今日も酒を我慢した。最後に飲んでからすでに10日である。
2011年07月19日
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6月21日(月)祝!退院日手術後7日目 朝6時前起床。早起きもすっかり慣れた。今日は待ちに待った退院日ヾ(=^▽^=)ノ 外は激しい雨で涼しい陽気。陽気がよければ歩いて帰ろうかとも思ったが、これで今日歩いて帰ろうという気はなくなる。退院なので心持ちそわそわでそれでいて名残惜しい。朝食前の時間、同室の皆で3階のラウンジでコーヒーなど飲みながらいろいろと語り合った。7:30から朝食。毎日同じ朝食もこれで最後だと思うと感慨深い。朝食後いつもの排便をすませ(しつこいがまだまだ痛い)8時半から軽く座浴した。9時から最後の診察で。荷物をまとめる。9時半にお会計ができたということで、病室のみんなやナースステーションに挨拶して終了。お会計は入院費、手術費、ガーゼ等、食費すべてで83000円ほど。8泊9日、食事付き、手術付き、24時間看護付きでこの料金は安すぎる。15年前ならこれが1割負担であったわけでそれなら30000円そこそこである。負担割合が増えたとはいえ、日本の公的医療制度は(老高児低の問題点をのぞいて)世界に誇れる制度でもある。これは是非守っていきたいものだ。高額療養費相殺適用となる限度額認定証はをあらかじめ申請して持参したが結局は不要であった。さて、10時頃無事退院。久々の娑婆だ。娑婆の空気はうまい。タクシーで帰るつもりだが、タクシー呼ぶとお金と時間がかかるので、小手指の駅まで歩いてそこでタクシーにのった。隣町の自宅まで所用25分。料金は3050円であった。久しぶりの我が家である。みな仕事に学校に保育園に行っていて誰もいない。一端荷物をおいて近所のコンビニまで買い物。食生活については結構我慢してきたので、よし贅沢しようと思ったが買ってきたのはノンアルコールビールと弁当だった。とりあえず、何だが疲れているようだ。洗濯などやることはたくさんあるが何をする気にもならず、12時にご飯食べた後昼寝する。まだ長時間立っていることも座っていることもできないので横になって過ごす。そのち皆帰ってきてにぎやかになっていた。さてこれから次の出勤までほぼ2週間の療養生活である。目標は・規則正しい生活の継続 ・・・せっかくの早寝早起きの習慣なので・資格の勉強をする ・・・できれば朝4時に起きて勉強したい・料理当番 ・・・子どもの風呂入れができないので、料理を全面的に担当する 早速夕方5時頃から夕食の準備にとりかかる。今日は食材がないので簡単につくった。夕食後横になる。21時半に眠る。もちろん酒は飲んでいない。
2011年07月16日
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6月20日(月)入院8日目 手術後6日目 早くも入院後1週間経ってしまった。明日の退院は朝9時頃だから、実質病院で過ごすのは今日で最後と思うと若干寂しくもある。昨夜は少し患部がぴりぴりと痛んだので深夜1時頃薬を飲んだ。病室の他の人も痛がって夜中にうめき声がこだましていた。(-_-;)月齢のせいかそれとも低気圧のせいか いつものように6時起床。ロビーにて起床後のコーヒー7:40朝食。朝食後排便(痛い。まだ激痛)今日は点滴がないので8:30から入浴朝から大変さっぱりする。でもまだ9時である。点滴がないと大変暇だ。午前中だらだら過ごす。こんなだらだらも今日限りだろう。11:30から最後の昼食(メンチカツ)点滴のない患者の入浴時間は午前なのだがどうせそんなにいないし、午後も入浴しちゃえ!と座浴がてら入浴する。 14時頃、嫁さんと娘が見舞いにきた。明日は嫁さんが仕事なので迎えにこれないので自力で帰らねばならない。そのため不要な荷物はすべてもって帰ってもらう。15時頃から診察。今後の注意点など聞く。いわく退院後2週間は、アルコール絶対禁止!刺激物禁止激しい運動禁止温泉等公衆浴場禁止旅行も禁止車の運転もなるべく禁止自転車は絶対禁止 せんせい・・禁止づくめやんか~痔ろうの手術は基本傷口を縫い合わせず開放創となっているので術後3週間は大出血や二次感染の可能性があるので、安静にとういうことらしい。 夕食はサンマの塩焼きだった。最後の晩餐だ。夕食後同室の人たちとラウンジでコーヒー飲みながらおしゃべりしていた。同室の仲間たちとも同じ病気や痛みを共有しあえる点で、大変に勇気づけられた戦友のようなものである。その戦友とも明日でお別れし自宅に帰って孤独な戦いを続けるのは少々寂しさがあった。夜はのんびりと過ごす。そんなんであっというまの入院生活が終わろうとしていた。
2011年07月15日
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6月19日(日)入院後7日目 手術後5日目早くも手術後5日目となった。手術当日は同室の術後5日目という人をうらやましげに見ていた(゚‐゚*)ものだが、今や自分が病室一番の古株となって、うらやましがられる立場にたっている。痛みは日に日によくなっているという感じはまったくないが、昨日まで悩まされた頭痛と下痢がなくなって精神的には幾分楽ではある。今日は日曜日のせいか心なしか病院もゆったりした雰囲気である。でもこんな日にこそトラブルはある。朝起き抜けにMP3プレイヤーで勉強していたらイヤホンが壊れ片側からしか音がでなくなった。気持ち悪いので修理しようと思って分解したら完全に壊れ音がでなくなった。これではテレビも観れない(昨日テレビカード買ったばかりなのに)音楽も聴けない。それどころか勉強もできない。困ったもんだ仕方なく、1階の自販機でイヤホンを買おうとした。そこで重大なことに気がついた。小銭がないのである。万札しかないのである。すべての自販機は千円札までしか受け入れないから自販機で両替もできない。それに困ったことに今日は日曜日で受け付けもしまっていて、事務で両替もできない。う~ん困った。小銭がないと寝覚めのコーヒーなども買えないし、しかも今日洗濯をするつもりで昨日嫁さんに洗剤をもってきてもらったというのに洗濯機も使えないではないか。う~んこうなったらあれしかない。そう。コンビニに無断外出しかない。朝食後9時から最後の点滴。それから昼ご飯までまで時間があるので11時をすぎて見舞客が出入りするタイミングを見計らって外にでた。ナースステーションの前を通ると見とがめられそうなので、お風呂袋にスニーカーを入れて、3階に行き、そこからエレベーターで1階に降りてという涙ぐましい脱獄である。駅前のサンクスまですり足で5分ほど。久々に外を歩いたので少々体が重くけつも痛い。イヤホンとスティックコーヒーだけ買って、万札を崩したらすぐに戻った。15分くらいか。そして何食わぬ顔で昼飯を食べていた。さて昼食はシュウマイとキノコご飯 昼食後はのんびりと入浴。しかしさっぱりして脱衣場にあがったところで便意が降臨。しかたなく、幸いと浴室のトイレに座っていると本来14時からの診察が今日は13時半から始まるとの放送!降臨中の便意を引っ込め排便前に仕方なく戻る。あわただしい。診察が終わるとまだ14時で圧倒的に暇になる。そこではだらだら。夕食後、同室のみなさんとおしゃべりしていた。この何ひとつ生産的なことをせず、何かするといえば食べることくらいで、昼間からベッドの上でだらだらして、おしゃべりする空気はなんとなく外国貧乏旅行中の日本人宿を思い出すなあ・・・・なんて若い頃の旅を思い出してみるのである。
2011年07月14日
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6月18日(土)手術後4日目今日も朝6時起床。普段深酒夜更かし朝寝坊の自分には、そういう生活からのリハビリの意味も込めて入院生活は快適である。体の方はまだ少し頭痛と腹痛が残って、排便時の苦痛は変わらない今日は同室の2人が朝食後すぐに追い出されるように退院していった。その数分後にはすぐにまた二人入院である。そちらの二人は今日の手術ですと。当日手術だと入院日数が1日少なくてすむ分。精神的プレッシャーが大きそう・・・ しかし病室も手術室も常にいっぱいいっぱいでかなりのヘビーローテーションである。午前中いつもの点滴これで4日目。通常痔ろうの場合は4日で終了だが、僕の場合は深部なので5日必要らしい。今日は土曜日のせいか午後になると見舞客が多くロビーはびぎやかな雰囲気だ。 こちらも昼ご飯の後で嫁さんと子ども2人が見舞いにきてくれた。子どもたちにとっては昨年なんども爺ちゃんの見舞いに行ったが、その父は帰らなかった。なので見舞いについてはあまりよい印象をいだいていないだろう。嫁さんに買い物を頼んで、おやつやノンアルコールビールを買ってきてもらった。少し話し込んで16時頃帰っていった。夕食のメニューは餃子 ラー油がほしい。夜はのんびりと過ごした。このだらだら感がすっかり居心地がよくなってしまったが、少しは自由がほしい。
2011年07月13日
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6月17日(金)手術後3日目手術後3日目。暇な生活も板についてきた。傷口は相変わらず痛みもなく順調である。ただし排便の方はずっと下痢が続いており、回数が多くて困っている。9時からの点滴中も急激に腹痛が襲ってきて困る。痛みはないとはいえ肛門の一部を切り取っているので、便意を我慢するのは大変なのである。終了後トイレに駆け込む。。。゛(ノ><)ゝ 昼食の後の入浴が今は一番の楽しみ。お尻からでているしっぽ(ガーゼ)が今日も少し抜けてきておりびらびらして気持ちが悪い。このガーゼは3日目くらいで抜くものらしく、自然に抜けても問題ないものらしい。なので、その気持ちの悪いガーゼを、湯船の中で一思いに引っこ抜いて見た。思い切って引っ張ったのに、くるくると抜けた包帯は全部抜けきらず、まだお尻に一部入っている。結構長いのにびっくり。このあとどうしようか困る。今更戻すわけにもいかないし。迷いつつ、ひと思いにひっこぬいた。お風呂の中なのに一瞬悪臭が漂った。そりゃそうだ。このガーゼは3日間、傷口からの血液、浸出液、汗、便液、ウォシュレットの水、お風呂のお湯などなど様々な液体を吸い込んでいるである(´Д`|||) 。ガーゼを抜いた後の傷口をおそるおそるさわってみる。思ったほどは大きくはないが、肛門の後ろあたりにぱっくりと割れた傷口がぬるぬるとして指に触れた。そのときに何か折り返しのつかないことをしてしまったような気がしたのであるが、まさにその通りであったと後で気がつくことになる。入浴後、突然頭が痛くなった。麻酔の副作用みたい。立っても座ってもズキズキと頭が痛い。横になると不思議と全く痛みはない。ガーゼを抜いたせいか、けつがヒリヒリと痛い。ズキズキではない。夕食後いつものようにガーゼとナプキンを持ってトイレにこもる。そこでいつものように便座に座り下痢気味の排便を行う。するとその直後に、耐えられない痛みがやってきた。痛えええええええーーーーー やけどの生々しい傷跡にマスタードを塗りこむようなひりひりとした激痛である。あわてて、ウォシュレットの再弱の水流を発射する。シューと弱々しい水流が傷口に当たる。痛えええええええーーーーー 痛い痛い痛い。でるものも出し切れず急いで処理をして、ベッドに戻り横になる。その時に気がついたのであるが、あのガーゼは患部を保護する役割を担っていたのである。今はガーゼがなくなり。患部はむき出し状態。排便が触れればそれは痛い。ウォシュレットの水もピリピリ痛い。排便後痛みが収まるのに30分はかかった。昨日までほとんどお世話になっていない痛み止めをそのたびに飲む羽目になる。そしてさらにその副作用でお腹を下す悪循環である。こんな状態ではあるが、傷口の治りは順調なようで、今日退院日が決まった。来週の火曜か水曜に退院してよいと言われたので月曜がいいと思いつつ火曜にしてもらった。火曜は嫁さんが仕事でこられないので、自分一人で帰らなければならないのだが。入院後半に入って不安の増殖する1日である。
2011年07月11日
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6月16日(木)手術後2日目昨夜も痛みもなくよく眠ることができた。これって実はものすごくラッキーなのかな?今日も午前中の日課6:00 起床。検温7:40 朝食。その後トイレ9:00 点滴そして9時から点滴であるが、今日もうまくささらず、何度も針をさされたあげく右手はあきらめて左腕にさされてようやく決まる。述部の痛みがないだけに、この点滴の痛みの方が実は恐怖であったりする。 11:40 昼食12:50 入浴そう今日から入浴の許可がおりたのだ。いわく、入浴は臀部の血行を促進し、患部を生活に保ち、そして肛門部の筋肉を弛緩させて痛みを軽減するとまこともっていいことづくめらしい。ただし、あまり洗いすぎると治癒に必要な成分まで流してしまうのでほどほどに。 浴室は5つの浴槽と2つの洗い場。そしてキャパの割にやけに広い脱衣場からなる。体をあらったあとで、おそるおそる浴槽につかる。傷口は全然いたくない そしてここぞとばかりに患部をさわってみるのだが、傷口に詰め込まれているガーゼは少しずつ抜けてきているようで、目視でおしりに白いしっぽのようなものが確認できた。まあともあれ久しぶりのお風呂に生き返る。これで風呂上がりのビールでもあればと思うのは僕だけではないだろう。14:00 診察診察は患部を見ただけで1分で終了する。その後はひたすら暇な時間を過ごす。参考書も持ってきたけどこんな時は不思議と勉強するきもおきやしない。17:20 夕食昨日手術を受けた同室のAさんは相当痛いらしく鎮痛剤をもらっていた。今日手術を受けた同室のKさんは麻酔が切れ始める頃から痛い痛いとナースコールをしていた。自分は相当ラッキーかもと心の底から感謝するのである。
2011年07月10日
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6月15日朝目が覚めると静寂と平穏の中にいた昨夜睡眠導入剤を飲んですぐに眠ってしまったらしい。お尻のあたりには血液か浸出液がべとべととした感覚があるが不思議と痛みはない。痔の手術は痛くもかゆくもないが、麻酔がきれたとはどれこそ痔獄の始まりだよと誰かがいった。病院のパンフレットには「手術当日と術後1日目が痛みの峠です」と書いてあった。なのにこの痛みのなさは何だ。あまりの無感覚に不思議さと不気味さを感じる朝である。まもなく看護婦さんがやってきてガーゼを交換してくれた。はずしたガーゼをみせてもらうと薄ピンクの液体で2重のガーゼがびっしょりだ。でも痛くない。7:40から朝食となる。朝食はパンとゆでたまごとサラダと紅茶とヤクルト。丸2日ぶりに食事に感動する。 朝食後急速に便意をもよおしトイレにかけこむ ダッシュ!≡≡≡ヘ(*--)ノ体験記などをよむとたいてい、手術後最初の排便に難儀しているが、僕の場合お腹が痛いので問答無用で通過する。通常は手術後1日目は何も食べていないこともあり排便はないらしいが、前日の浣腸液が腸内に残っていると便意を催したりするそうな。おそるおそる患部をさわってみると、くりぬいた穴の中に固く丸めたガーゼがつっこまれているのがわかる。 気持ち悪い。 そして9時から点滴の時間となる。点滴にはなれていないので痛い。痛さに我慢して1時間。そろそろと回収にきた看護婦さんが「あら全然入ってないじゃない」と驚く。静脈にうまくささらず筋肉に注入し続けてたみたい。そりゃ痛いよ。あらためて静脈にさされて1時間。そんなんであっというまに昼食の時間となる。昼食のメニューはささみカツ、はんぺんフライ、冷奴。 もはや常人と代わりはしないが揚げ物につける辛子はなしだ。昼食後に、同室の人たちと情報交換をする。この病室6人部屋だが現時点で3名が痔ろう2名が痔核1名が脱肛ということで、やはり痔ろうは以外に勢力が強い。というか生活習慣で治療できる痔核に比して手術でしか直らない痔ろうという治療法の差を表しているのだろう。14時から診察で昨日の手術の説明をされる。診断名は座骨直腸窩低位複雑痔ろう通常痔ろうはその深さに応じて浅い順に1型~4まであるが、その3L型とのことだ。でも複雑の割には痛くない。痛くかけりゃなんだっていいよ。その後はぱたっと暇になる。ipadで小説を読む。夕食になる。便意を催しトイレにかけこむ。下痢が続く。無痛分娩はありがたいが、排便が続くとその都度ガーゼをはがし、事後ウォシュレットで洗い、ほどよく乾燥させ、ガーゼを当て直さないといけないので大変な労働なのである。夜は21時に消灯だが、手術後の余裕と、痛さのない余裕からかなかなか寝付けなかった。
2011年07月07日
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6月14日続き 手術は終わった。終わった。何もかも・・・( ゚ ρ ゚ )ボーーーー真っ白に燃え尽きた下半身は自分の思うように動かず、すっぽんぽんのまま看護婦さんにふんどし(T字帯)をはめてもらい、病衣を着させてもらい、点滴をつけたままストレッチャーにて運ばれる。 自分に限らずだが、手術前はまるきり健康体なのに、手術後は重病人のように運ばれるのは不思議な感覚である。 でもたかが痔の手術である。 今まで山で何度も大けがしてそのたびに激痛の体をかばって 自力下山してきた身にはこの程度でストレッチャーで運ばれるのは、何とも贅沢な気分だ。たとえるなら初めてビジネスクラスで飛行機に乗った時のようなかすかな優越感があったりして・・・ヾ(・・ )ォィォィ 看護婦さんにそのままベッドまで運ばれる。これから4時間は頭を起こさないように。枕を使わないように 不要な身動きはしないように 水を飲まないようにそして4時間経過後に、痛み止め(ボルタレン2錠)を飲んで枕をして横になるように。立ち歩かないようにと注意を受ける。 足下の布団を自分の足でなおしたら周りにびっくりされた。 ほとんどの人はこの段階では下半身が完全に麻痺している状態のようだが、僕の場合は手術中からお尻以外は普通の感覚なのである。これはもしかして麻酔が切れるの早いんではないだろうかと内心不安になる。でもまあ考えても仕方ない。なるようになる。 その後、30分おきに看護婦さんが血圧を測りにきてくれる。ほんとに重病人になった気分である。今まで病人の立場で看護婦さんをみたことがなかったが(じゃあどんな立場でみてんだよ・・・とつっこみいれつつ)、なるほど看護婦さんはほんとう天使です。 麻酔後4時間経過後の17:12にボルタレンを服薬し、枕をして再度横になる。17:20になると夕食の時間だがもちろん僕の分はない。カーテン越しに隣からうまそうに食べる音が聞こえてくるんだよなあらかじめ用意しておいた「ウィーダーインゼリー」を飲む。そろそろ下半身のしびれもなくなってきてお尻の周りにじとじととした違和感が伝わってきた。 他の人の闘病記録などによるとこのあたりからジンジンズキズキとした肛門を切るような激痛に悩まされるというらしく、いつくるか、さあ来い、よし来い!と待ちかまえるが不思議と痛みはない。 痛くない・・・ おかしいなこれはボルタレンが効いているのだろうか?21時になって看護婦さんにおしっこに行きましょうと声をかけられ、トイレに付き添われる。8時間ぶりに立ち上がる。ふらつきもなければ痛みもない。トイレといえば、いくらなんでも看護婦さんにそばにいられてはでるものもでない。もともと水分はあまりとっていないので、でる予定もないし、まあ明日の朝にはでるでしょうと気楽に構え、睡眠導入剤をもらって再度横になる。 今のところ痛みは全く。全くといってもいいほどないので、それがかえって不安。22:20に再度ボルタレンを2錠飲んでお休みなさい。
2011年06月30日
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6月14日(入院2日目、手術当日) 手術室は病室の斜め前で、点滴を片手に持ったまま普通に歩いていく。衣類は病衣で、病衣の下はすっぽんぽんだ。 手術室は以外とシンプルでやっぱ緑っぽい色使い。手術台の上ですっぽんぽんになり台の片隅に座らせられる。 まずは肩に筋肉注射。まあ普通の痛みレベル。 それから台の隅でで思いっきり体を丸めるように言われ、その上から看護婦さんに羽交い締めにされる。 腰椎麻酔である。 ちくっとする程度で思っていたほどは痛くないが、背中をぐいぐい押される感覚があって気持ち悪い。 たとえるならスズメバチに刺された感覚から痛みだけとったような・・・ 「そろそろお尻があたたかくなってきたでしょう」先生は言うが自分では麻酔が効いているのかどうかわからない。 そのままうつぶせになって股を開かれ、お尻をガムテープ様のものでがっと開いたまま固定される。 ここで看護婦さんにお尻の剃毛されるが、刃物当てられる感覚ありあり。 両足もぴりぴりしびれた感覚はあるけど、脚も指も普通に動くんですけど。 麻酔が効いていない状態で手術されるのは恐怖だったので、何度も先生に確認するが「大丈夫ですよ」と笑ってまもなく手術に入る。 ・・・・あれ痛くない。 肛門をがっつりと開かれ、なにやらいじくられている感覚はあるのだが、痛みはまったくない。これが麻酔の力か。う~ん麻酔を発明した人偉い!麻酔万歳! 右手には点滴。指先には心電図測定器?がはめられ、よくテレビなどであるピッピッピッ・・・という電子音が手術室にこだまする。 左手には自動血圧測定器がまかれおおよそ5分おきに血圧を測定している。 背中ではなにやら チョキチョキ・・・チョキチョキ・・・ というはさみのような不気味な音が頻繁に聞こえてくる。もしや今まさに、自分のお尻をはさみで無理矢理切り開いているだろうか? 頭の中でトルコのドネルケバブもしくはメキシコのタコスアルパストルを思い浮かべていた。 肉をあぶりながら大きな包丁でチョキチョキを削り取るあれだ そのうち下半身がずんずんと痛み出してきた。まるでひどい下痢の時の痛みのようだ。先生によると「腸を引っ張られる痛み」だそうだ。麻酔も腸には及ばないらしい。 血圧計の計測が3回目くらいになるとさすがに早く終わってほしいと祈る。そんな思いがでたのか足を退屈そうに動かすと看護婦さんがびっくりした。 「はい終わりました」 手術開始後25分くらいだろうか。まもなく先生が手術終了の声をかけ、そして横になったままの僕の横で、切り取った患部を見せてくれた。 病巣部は親指の先から根本くらいの大きさだった。すると、いま自分のお尻には親指大くらいの穴があいているということになるでか~
2011年06月28日
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6月14日(入院2日目、手術当日) 朝6時「検温のお時間です」というアナウンスで起こされる。検温というと看護婦さんがお熱をはかりにきてくれるイメージがあったが、自分ではかれる人は自分ではかって申告するのね。つまんない(・・・って何を期待してんだ?) なんて思っていると、看護婦さんがまたでっかい容器を持ってきて浣腸にやってきた。 これで最終的に腸内からっぽにするそう。すぐにトイレにかけこむがもう水しかでやしない。 7:40から朝食だがもちろん僕の分はない。しかも朝7時から水分接種も禁止である。 両隣で朝食を食べる音を聞きつつ横になって過ごす。のど乾いた。もうこうなればとっとと手術してほしい。 まもなく看護婦さんかた手術の時間をつげられる。なんと本日手術予定6名のうちのしんがり6番目だとたぶん午後1時頃だろうと。 手術を受けると腰椎麻酔をうつので術後8時間は動けない。なので早めに受けて日中横になって過ごし、夕方以降自由になるか・・・それとも夕方遅い時間に受けて、そのまま寝ちゃうかのどちらかがいいのである。 だけど午後1時だと。麻酔が切れて、動き出せるのが21時(消灯時間)というあまり望ましくない時間となる。 でもまあしかたない。ひたすら時間をつぶして待つ。12時頃から点滴が始まった。これも生まれて初めての体験である。針さしっぱなしって痛そう。。。あっでもそんな痛くないや。点滴の中身はブドウ糖らしい。手術時に万一出血した場合の点滴経路を確保するためにさしっぱなしにするようだ。 そして午後1時近くになってようやく出陣のゴーサインまあ不安はあるがとにかく、とっとといやなこと済ませて自由になってしまいましょ~
2011年06月28日
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6月12日(月)その2 浴衣のような病衣に着替えると見苦しさが全身を包みます。この浴衣って上下一緒だから、横になると上半身が引っ張られてきわめて不快なんだよね。すぐに看護婦さんがきて今後の説明をされます。本日の予定は以下の通り 14:00~ 下剤(800cc)服用14:00~ 診察17:20~ 夕食18:00~ 浣腸21:00~ 消灯 14時から早速下剤(正確には腸内洗浄液という。味の素製)を飲む。これは大腸内視鏡検査の時に2リットル飲まされたので800ccなど屁でもない。しかもよく冷えていて、レモンフレーバーでおいしい。 飲み終えると同時に診察なんだが、診察と下剤の同時並行はやめてほしい。幸い腹はまだ平常のまま診察。診察は最新の患部状況の確認であり。久々に肛門に指ぐりぐり、ついでに肛門鏡ぐりぐりされて痛みに悲鳴を上げた。 「明日の手術では肛門がっつり開くから覚悟しておいてね。あでも痛みは全くないけどね」と先生は笑って言った。「手術後もぐりぐりされるんですか?」と痛いけつをさすりながら僕は心配そうに聞いた。「あっもう触診は入院中しないから安心して」と先生は言った。 診察後頻繁にトイレ通い。 17:20になると名前を呼ばれ夕食を取りに行く。牛乳と具なしみそ汁のみ。 昼飯も食っていないというのに空腹がしんどい。18時にとどめの浣腸を看護婦さんに入れられる。よく見なかったがでっかい容器に1リットルくらい入ってるんじゃない?すぐにトイレに直行もう腸内からっぽ。あとは夜まで何もすることなし。21時に消灯だなんて、こんな早い時間に眠れるか?と思いつつも、看護婦さんが「手術の緊張で眠れない方がいますから睡眠導入剤おいていきますね」と薬をおいていった。飲むとすぐに眠ったさあ、健康体最後の夜安らかに眠れ~
2011年06月24日
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