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一昨日、ウーの保育園が正式に内定しました。もう、本当に嬉しくて母ちゃんは一人でぶり大根をつまみに焼酎で祝杯をあげました。私立の保育園で、なんと制服があるそうな。制服で通園し、園で体操服にお着替えをするらしい。小さな体格のウーが着られるサイズ、あるのかなあ?まだ、どんな制服かも知らないし園の場所すらも未確認なんだけど、それを着たウーの姿を想像して涙がいっぱいこぼれましたわ。4、5歳縦割り保育だとかで、大丈夫かよ~っと心底思うのですが、その不安はウーだけじゃなく母ちゃんも一緒。来月上旬に、体験保育もありドキドキです。保育園に行ったら、療育園の外来訓練でフォローを受け、発達心理の先生が巡回してくれます。加配の先生も付いてくれるということで安心かな。母ちゃんの方も、ウーを養う為に仕事を増やしました。ただいま研修中!いくつになっても、新しい事はワクワクしますね。ウーは私のパワーの源。最近、ウーは殺し文句をおぼえた。「おかあしゃん、だいすきだよ~」私の顔中の筋肉がグタっとゆるむ最強の言葉。でも一方で、【しょーもない男子】デビューも果たしてもうた。「はなくそ」という単語を連発。ちょっと療育園で発してみたら、周りの男子(やはり、ウケるのも男子)から笑いがとれたので、調子にのって、あちこちで言いまくっておる。お母様は最初「ウーちゃん、そういう言葉は言わないの」と注意していたが、200回ぐらい、はなくそを聞かされてキレた母ちゃんは「もう、ええ!おもんないねん!」と真顔でダメだしをしてもうたよ。実家の協力も得て「は~またや」「もう、あきたわ」「おもんな~い」などなど手厳しく指導中。凹みながらも、しぶとい「はなくそ」攻撃を続けているウー。はあ、きっと保育園にいったら、もっと高度な「幼児シモネタ単語」を取得するのであろうなあ。って、心配するトコ、そこかい?私。
2010.02.21
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うげっ、ヤンスカ早くも再婚てか~?なんて早とちりなさらないでね。ウーとですよ、ウーを私の新しい戸籍に入籍させたのです。ここで、子連れ離婚マニュアルっぽくなりますけどご紹介。え~と、私も初めて知ったのですが、夫婦が別れても子どもは婚姻時の戸籍に残るのが基本。つまり世帯主が夫だったから、ウーは私と引っ越しても夫の戸籍にいたわけ。もちろん、その状態で親権だけとってるケースもあるけれど、私はやはり、今後の生活上の利便性も考え私の戸籍に入れることにしたの。そうそう私、苗字は夫との婚姻時のままいってます。旧姓に戻さなかったわけは、ウーがようやく自分のフルネームをおぼえて言えるようになったから。それに、私だけ旧姓になって、周りのお友達に「なんでおばちゃんとウーちゃん名前ちがうん?」と聞かれた時に今の段階では幼児向けのうまい説明が思いつかないもん。氏名変更もめんどくさいし~。まだ日本社会において、親と子どもの氏が異なるっちゅうのは馴染みがないよなあ。もっと、そういうのもありなんだという流れになればいいんだけどな。ま、そんなことで実家の戸籍ではなく新戸籍を作った私。で、家庭裁判所へ出向き、子の氏の変更なる申し立てをした。戸籍謄本やらそろえてウーを連れて、一人じゃ大変なんで実母に付き添ってもらい朝から受付し、即日審理でお昼には書類完成。で、それを持って市役所に行き、入籍という流れ。はじめての家庭裁判所は、みんな親切で、なんちゅうか心の疲労を抱えた者にとっては本当に優しい応対がありがたかったです。ウーは守衛さんに「駅長さん」としつこく呼びかけてじゃれついてましたが嫌な顔ひとつせず、敬礼ポーズをみせてくださったり、ほんますんません。一番大きな事務作業だったんで、無事にすんで力が抜けました。いや、あともうひとつ。公証役場行きが残ってるの。これは元の夫婦がそろって出向くほうがベスト。とはいえ、事情によっては代理を立てざるを得ないこともあるわね。うちは今月末に、元夫が時間を作ってくれるので手続きにいってきます。何をするかって?離婚協議書を作成し、きちんとウーの養育費や面会交渉権の取り決めを公文書として届け出るためです。これがあれば、万が一養育費の滞納があった場合も強制執行できるという効力をもちます。うちは、元夫の方から、こういうことはきちんとしておくからと申し出てくれました。弁護士はたててません。ネットや本で文面の研究をし、自分達でやります。それにしても、手こずってる変更事項もあったりするのね。ああ、もっと色々知っていたら、結婚してた間に名義変更とかやっとけば手続き簡単だったのに~的なこと。まだお子さんが小さい方、もし、もしも離婚することがあったら今はほとんどの場合親権が母親になるんですよ。経済力関係なくね。だから、お子さんの保険や手当てなんかの契約者は母親にしとくと手続き楽だよ~。いったん離婚届だしたら、我が子の手続きでも、自分自身の証明書類なんか用意しなきゃならんかったり大変です。私が、もの知らんだけですけどね。電話なんかも、夫の回線だったから、名義変更は不可という事になり電話会社解約したもん。来月からは電話番号やアドレスも変わるかも。リアル知人の皆様、ご迷惑をおかけしますが、ご連絡は携帯の方にお願いいたします!ちゃっかりインフォメーションでした。
2010.02.18
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私とウーは、お引越しをした。山すその田舎町。もともと山育ちの私にとっては、とても落ち着く環境。とはいえ、大規模な宅地開発も進行中で、数年後には町の表情が変化していると思うけど。小川が流れ、古い祠の前で野良猫や飼い猫の寄り合いがある。さっそくウーも耳の丸い白い猫を自分のお気に入りにした。とっても寒いところなので、時に地面も白くなる。普段帽子が嫌いなウーだが、さすがに黙って毛糸帽を被ってくれる。雪をみるのが、珍しくて嬉しい。今までは駅まで歩いて5分だったけど、ここは駅からバスで20分。食料品や日常品の買い物は近所でできるので、街中へは大きな用事でないと出ない。不便かもしれないが、別に困らない。図書館が近いし(これだけは常に引越しの優先順位かも)申し分ない。さて、新しい市ではウーを取り巻く環境が激変した。まず、引越しを決めて障害児福祉関係の問い合わせ先を友人から教わり連絡したところ一人のコーディネーターさんが窓口を一元化してくださり、必要な手続きの指示や連絡など、その担当者とお話を進めるだけでいいのだ。で、ウーのプランを作成した上で、はじめて具体的に関係者との面談となる。ウーの就学前までのプランは以下のとおり。まずは、療育。デイサービスの「コイコイ園(仮名)」に親子通園週2回。午前のクラスで保育や訓練を受ける。去年はまったくPTを受けていなかったから、先日新しい理学療法の先生と打ち合わせができて安心した。そして新年度まで親子通園しながら、保育園に向けての準備。そう。ウーは保育園に受け入れてもらえるのだ。そんなことで、大喜び!なんて違和感をおぼえる方もあるよね。でも、前の市では、障害児の療育園が充実している分、地域での受け入れがイマイチだったのだ。一応私も仕事を持つ身だし、保育園の申請もした。でも、「お宅のお子さんは保育園に向かない」と却下されて凹んだのだった。おかしなもので、その環境の価値観に慣らされてしまうとそんなものかって感覚にずれていき、気がつけばこちらが施設にあわせた生活を送っていたのね。離婚をした際に、どうして転居したかにも関わるけど、実際これからはひとり親で働いてウーを養っていかなきゃいかんし、市の保育課に相談もしたけど、その時に「じゃあ療育の時間内でお仕事をされたらいかがでしょう」と返されたのだ。はあ?????いったい、どこに朝10時から午後2時くらいまでののんきな仕事があるのか?あったとして、その働き方で親子二人食べていける収入にはならんだろう。この人達は正気でものを発言してるのかと、心の底から怒りをおぼえたのよね。越してきた市は、そもそもどんな子どもも地域で育てようというのが当たり前らしく特に障害を持った子どもは支援保育といって3歳になったらみんな保育園に入れる。そして4歳時に、相談の上幼稚園に変わったり、そのまま保育園に残れるらしい。親の就業状態で選択できる。しかも、その子によって療育との並行通園も可能。例えば、週に3日地域で過ごし、2日は親子で療育という風に。あくまで、個人の要望でプランを作成してくれるので、私には嬉しい驚きだった。ウーは基本保育園で過ごし、必要な訓練のみ、療育園に朝一番か夕方に通うパターンにしてもらった。今までのツチノコ学園にもたくさん良い点はあった。手のかかる子どもとすっと一緒にいると、こちらも疲れてしまう。正直いっぱいいっぱいになって「しんど~い!」と叫びたい事が多々あるし、単独通園で親が自由な時間を持てたことは、ありがたかった。でも。お互いに子供同士でコミュニケーションがとれない集団であること。発信者ばっかり、とか受信者ばっかり、とか、本当に先生方も大変だと思うんだけどウーは、ツチノコ生活の中で、チック症状を出すようになったり叩くお兄ちゃんが怖くてバス乗車拒否したり(最後の方はバスルートを変えて通園していた)とてもしんどかったようだ。あまり感情も出さず、仲良しのクラスメートと教室の隅で二人の世界を作っていると聞いていた。ツチノコ最後の日にも担任に「とうとうウー君が声を出して笑う姿が見られなかった」と言わしめたほど。ところが。新しい場所で、初めての場所・先生だというのにウーは泣かなかった。コーディネーターの先生との面談でも、いきなりなついて遊ぼうとアピール。療育園の体験保育の際に、大きなお兄ちゃんが来てくれた際には一瞬ひるんでかがんだのだけれど、先生がすぐにウーを抱きしめてくださり「ウー君、そっか、今までこわい目にあったんだねえ、このお兄ちゃんは優しいよ」「叩かないから、大丈夫」と声がけをしてくださった。これには私自身もショックでねえ。ウーが防御の体勢を普通にとるような生活をしてたのかと今さらながら複雑な思いで、自分の方が泣きそうになってしまったわ。この時からウーにとって先生は大好きな人になったのだ。新しい園では、肢体不自由児と知的障害児、病児のクラス、発達障害のクラスという風に分かれていてどちらの園も体験した私としては「そうそう、そうやってほしかってん!」という加減の指導がなされている。ツチノコは発達障害児に合わせた療育だから、ダウン症児には適さない部分もあったのだ。ダウン症児向けに合わせると、逆にあちらも大変だろうし。もちろん、ふたつのクラスで一緒にできることや遊びは合同の時間もある。何より、嬉しいのは全館床暖房。トイレも暖かいし、心臓病児には安心だわ。保育園も冷暖房完備だし、前の市とはこういうところも違う。何より、やることに合わせてお部屋が分かれているのでウーにもわかりやすい。遊びは教室で、給食はここ、設定遊びや身体をつかった遊びはこのコーナーという風にね。今までの園ではクラスの教室で目まぐるしくやる事が変わっていくからウーにはついていけなかったんだろうなあ。ウーは私も驚くほど声をたてて大笑いし、よくしゃべり、歌い、踊り積極的に先生の気をひこうとイタズラまでやらかしてくれた。「オカアシャン、オモシロイネ~」と何度も言ってくる。あげくに、お帰りの会が終わったら帰りたくないと駄々をこねだしたのである。う~ん。こういう姿ははじめて。机の下にもぐって抵抗されてしまった。帰りたくないと逃げ回るのだ。ウーの弱点「ポテト」「クリームパン」を買いに行こうと持ち出しておびきよせ捕獲成功。大人はずるくて汚いので、当然二つも買うなんてことはなく、園の隣のパン屋でクリームパンのみ購入。自宅でうっとりとクリームパンを頬張りながら「ア~タノシイネ」という姿にどれだけ私が励まされたことか。今のウーの姿をツチノコの先生方は知らないのだ。おとなしくて引っ込み思案なウーという印象しか。環境を変えてみて今回は良かったのだろうな。チックも出なくなってきたし。まあ保育園は、多少手こずるだろうね。だけど、今まで公園でじっと眺めていた「アッチ側」の世界だよ、ウー。世界はね色んな人の集まりだから、君のことをどうしても理解できなかったり、受け入れられない人もいるだろう。だけど、ウーという子に興味を持って、知りたいと思ったり仲良くしたいと思うお友達もいると思うのね。普通に生きていくってことは、今までのように守ってもらうばかりや優しい笑顔ばかりに包まれるわけじゃない。時には牙をむいて闘ったり、胸がはりさけそうな悲しみに襲われる。辛い事もあるよね、きっと。だけど、そんなことの全てが普通の暮らしなんだよ。君はいつか、お母さんともお別れしないといけない。一人で、生きていってもらわなきゃならないのね。大人になって、たくましく優しく人生を渡れるように、今、荒波に漕ぎ出す母ちゃんの気持ちをわかってほしい。
2010.02.14
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お久しぶりです。立春も過ぎて、時には生ぬるい春の匂いが風に混じるようになりましたね。世間は、今日バレンタイン。別にねらったわけではないんですが、こんな日記になってしまいます。「男はつらいよ」という昭和の国民的娯楽映画がある。本編を観た事がない人でも、あのテーマ曲と、寅さんの風貌は知っているだろう。フーテンっちゅう言葉は、今やセンチメンタルな響きに感じる私。寅さんは、自由人で、つまりそれは根無し草のような暮らしで、旅の中に生きている。寅さんが、おいちゃんの団子屋さんで働いてたら、きっと魅力は半減しただろうと思う。寅さんは、日本の各地や時には外国の街で、キラキラと存在感を増す。寅さんは毎度さまざまなヒロインと出会う。子どものような娘や、母親に近いようなの、派手なの、清楚なの、ヤンチャなの。みんな寅さんに魅かれて寅さんと未来の夢をみようとする。だけど、寅さんは受け入れない。つつがない日常の幸せは、自分には合わないし、相手をも不幸せにしてしまうことをよ~く理解しているからだ。でも、私は、旅に生きる寅さんと恋をして、一歩進めたのだ。私自身も女版寅さん、いや、せっかくなんでシリーズ中でメインのヒロインと位置されるリリーに例えさせてもらおう。リリーも自分自身が自分のボスで、一人で生きる女子である。これが映画だったら、寅さんとリリーが結婚!なんてありえないのだね。二人はよく似たもの同士。わかりあえるのでは?と思えるが、似たもの同士の磁石がはじきあったらどうなるかは簡単。引き合う力の強さが反転するのだから、愛か決別か、極端なのだ。私の寅さんは旅の生活を生業としている。結婚しても、変わりなく旅暮らし。一方の私は旅を辞めて、やがて子も生まれ、ますます二人の世界は離れた。当たり前ながら、子育ての中でどんどん私の精神力も強化され、時間に追われ、自分がリリーだったことも忘れかけている。寅さんは、新しいヒロインを求めた。魅力的だったリリーの輝きが消えたこと、そして何より自分自身が「普通の家庭生活」に向いていない感性の持ち主だったから。寅さんの中で、リリーだった女はいつの間にか家族のさくらになっていた。「お兄ちゃん、大丈夫?」とあれこれ世話をやく身内。私は、去年、夫にふられた。家族愛はあるが、女として好きではないと、そう言われた。夫は一昨年から浮気をしており、私も観察していたが元に戻れなかったのだ。女友達もたくさんいて、彼女たちとの度を越した交流も私を苦しめた。しかし、話せば話すほど互いのモノサシが違いすぎるので、解りあえないのだ。確かに私は度を越して潔癖かも知れない。もしかしたら、許してやり直すという方法もあるのかもしれない。でも、どうしても許せなかった。私にとって、愛は片道切符なんである。変更不可。私は決して、相方を裏切らない。でも裏切られたら、そこで二人の旅は即中止だ。14年。それが私と寅さんの過ごした年月。本当に出会えて良かったし、何よりウーという宝物を授かったことが最大の喜びだった。子どもの障害が別れる理由にならなかったことはきちんと書いておこうと思う。私たちは別れても、ウーのことはどちらも愛してるということも。どうか、「子どもがいるのだから考え直して」的な言葉はかけないでください。私自身が、ウーを盾に結婚生活の継続を要求するなんてこと、できひんし。そこに、愛がないなら、意味がないのですわ。私も彼も、ウーを何かの原因にしたり、言い訳にしたりなんてことはこれまでも一切なかったのです。いつか、ウーが巣立つ時にも、母親が一人だから思うように行動できないなんて考えを抱いてほしくないのと同じです。と、いうことで、先月離婚届も提出し、ウーと私は引越しました。寒中お見舞いをリアル友人・関係者の皆様に出す予定だったのが、まだまだ色んな手続きなどてんこ盛りで、ごめんなさい、まだハガキ出せないです。さくらメール目標ということで、ごかんべんを~!ウーは新しい療育園に移り、予想外に新しい環境になじんでおります。ウーの近況についてはまた次の日記で。夫婦共通の知人の皆様、そんなわけで、ヤンスカ家は解散しましたがどうかお気遣いなく今後とも私たちとお付き合いくださいね。フツーに、色々ツッコんでいただいた方が、嬉しいです。そうそう。そうっすよ。私ったらバツ2ですもんね。まったく。自分でも呆れますが。愛に生きる人間の宿命なのか~?大げさだけど。私は結婚のことを絶対おススメとも辞めときい~とも言わないけど、自分自身の結婚生活はまずまずよかったですよ。同じぐらい今の新生活も好きですがね。ではでは、ビックリさせてごめんなさい。やっと公表できてホッとしております。
2010.02.14
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