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松田さんの日記を読みながら、そういえば・・・と思ったことを一点。子育てバリアフリーの調査で地方に行くと、みなさん、車での移動が中心でまちなかを歩くことはめったにないとおっしゃってました。実は東京のまちなかは、車や自転車よりも徒歩のほうが便利だったりするので、地下鉄など乗り換えたりすると、相当歩かなきゃいけないのです。そこを子どもと歩いたらかなりの運動量になりそうです。思うに地方は、郊外に施設ができ、駅前周辺の空洞化が進んでいるので、まちそのものが車向きの設計になっているのだと思います。そういうつくりになっているなら、やはり、大人が意識して子どもの運動の機会をつくってあげないといけないのかもしれません。その一方、先般、積雪地帯の方の話を聞いたとき、子育て支援施設に行くために、まず、車庫の雪かきをしなければならない。遊んで帰ってくると、また雪が積もっているので、子どもを車のなかに待たせて、雪をかかないと車庫に車を戻せないとおっしゃってました。たぶん、そういう地域のほうが孤立化しやすいだろうし、なおのこと支援が必要だろうなあ・・・・子育てバリアフリー調査で言うと、この調査は「子どもと運動しよう」というのが本来の趣旨ではないので、地方ではまちなかをベビーカーで移動しないんだったら、調査そのものがあまり意味をなさない、むしろ、車での移動に対応して、チャイルドシートの装着について調査するのがいいんじゃないか・・・と思ったりしています。(装着率が下がるなんていうのは、我が国だけなんだそうです。わかりづらいチャイルドシートのほうに問題があるようですが、間違ったつけ方をしている場合も結構あるようだし)
October 31, 2005
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今朝のマコさんの日記を読んで、わたしも「背骨」がしっかりしていないうちに、わんさか仕事をして、それに忙殺されて、「背骨」をつくる余裕をなくしていたなーと、思いました。勉強すればするほどわかってくる社会の仕組みのこと。結構それがわたしたちの日々の暮らしや思考に影響を及ぼしていることに気づき、それが面白くて、「なんとかせねば」と思う一方で、「これを直近のカネにするには・・・」と考える・・・というかなり不自然な脳の働きをしていたんですねー。2年前に乳がんがわかり、心身ともに相当のダメージを受けたとき、この不自然さに気づきました。痛い目に遭わないと気づかないなんて、ほんと、自分のアホさ加減にとほほです。術後半年、からだ第一に考え、仕事はほとんどせずにいたとき、「死」のことばかり考えていました(「死ぬ」ことじゃないですよ、「死」というものについて考えてました)。「わたし、何しに、ここ(今生)にきたんだろう?」って言ったら、「わたしはわかってるわよー。杉山さん、そんなことも知らずに今まで生きてきたの?」と、わたし専属の魔法使いに言われてしまいました。ゲー、わたしって、何のために生きてきたんだろう?もうすぐ死ぬかもしれないのに、そんなこともわかってない!情けない~。つくづく、くだらないヤツ。でも、病気のおかげでそれに気づけて、やり直しができるだけの時間も残されていることには、すごく感謝しなくては・・・と、思いました。今だって、まだよくわかっていないし、ただ、「わたしは何の用があって、今、ここにいるのか?」ということは、常に考えるようになりました。そうすると、他の人でもできそうなことは、別にわたしがやる必要はないだろうと思うし、友人のライターさんが、割りのいい、面白そうな仕事を引き受けたと聞いても、気持ちがさざ波立つようなことも、すっかりなくなりました。「ちゃんと稼いでいる?」なんて、その人にとっては、まったく関係ないであろうことを無神経に聞いてくる人も、適当にあしらえるようになりました。一方で、執着がなくなり、手離れがすごくよくなりました。それも、本当にありがたいこと。いやな場所、ここにいてもわたしにとって何もいいことはない・・・と感じた場からは、こっそり、一目散で逃げるようになりました。●といいながら、考えてみたら、厚生労働省2つに、文部科学省、内閣府の委員のほかに、いくつかの自治体の委員会に参加していて、それだけで、結構、首都圏をぐるぐるまわったりしていて、肉体的というより、精神的にふうふうになってしまうこともあります。・それは、自慢とか、名誉とかというより、「意味があるから、呼ばれたのだ」と思うので、きちんと働こうと思いますから、手は抜かないように心がけてはいます。が、「これまではものすごく時間がかからないとなかなか変わらなかったことが、今は、一瞬で『バン』と変わってしまうから、杉山さんが動いたことでそれが起こることもあるよ。気づかずにそうしてしまうと、こちらも相当ダメージ受けるから、気をつけたほうがいいよ」と、魔法使いに言われ、(確かに、ここのところ、変化が早いな・・・というのは、感じていたので、なるほどなーとも思い)、こちらに準備ができていないときに、むやみに核心に触れることを言ったり、動くのはやめよう、と、心するようになりました。●今やっている仕事には、全然関係ないけど、まだまだ読みたい本もあるし、行きたいところもあるし、知りたいこともたくさんあります。だから、いのちは惜しいです。で、きっと、メリハリなんだろーなー・・・と、ここのところ、思っています。「ここぞ」のときには、120%の力を発揮したいから、無駄吠えはしたくない。そのときのためにこそ、自分を強く、豊かにしておきたい。そのためにも、心から自分が喜ぶことを、時間をさいてやっておきたい。存在感を思いっきりアピールすることも大事なんだけど、わが身を守るためにも、気配を消すことも大事だなー。アピールする以上に、気配を消すほうが、テクニックがいりそうだけど、がんばるわーと思うこのごろです。
October 30, 2005
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amigoの松田です。amigoの大家さんである、世田谷の大きな木保育園の運動会でした。小さな無認可保育園ですが、存在感はヘビー級のこどもたち。大きい子たちの中には冬でもはだしで半ズボン、弁当と着替えを入れたリュックをしょって電車乗り継ぎ、週2回は遠足、という保育園なので、amigoにマタニティヨガで参加するようになった妊婦さんたちに、「あー、私通勤しているときしょっちゅう見ました!ぞうりとかはいていて、キョーレツな子たちですよねー」なんてカンジで言われたりすることも。京王線のOLさんたちにも密かに有名だったりして。子どもって、体中で生きているって表現する生き物だなって思い出させてくれるこどもたちです。きれい好きでうるさいのが嫌いなオトナは、苦虫をかみつぶしたような顔をします。そんな、自分も子どもだったことを忘れちゃっているようなオトナにも容赦なく、「おじさん、こんちはー!見てっ!」と帽子のなかにうじゃうじゃためた蝉の抜け殻なんかをみせちゃったりします。(うへー)今年も6人の年長さん達が最後の運動会。彼らはこの日のために、毎週続けているリズム体操の仕上げに入ります。トンボのリズムは、最後のポーズに側転を入れます。「年長になってから」と待ちこがれたあこがれの側転の練習をたくさんしました。カメのリズムではブリッジを披露します。しやなかなカラダがきれいに弧を描き、かかとまであがる柔らかさにびっくりします。長い鮮やかな色の布を裂いて三つ編みした自分だけの縄跳び。根気と集中力でやりとげました。その縄跳びで大地をけって、グランドを一人ずつ一周。もう、拍手喝采です。3段の跳び箱をおそるおそる飛びはじめ、本番ではとうとう5段飛び。3メートルちかくある竹を手と足の力でよじ登り、てっぺんの鈴をならして誇らしげに降りてきます。成長に合わせて少しずつ、毎日積み重ねながらココロとカラダを準備してきた成果なので、感慨深いものがあります。あんなに小さかったあの子が、と、他の子の親までも涙ぐみながら見守ります。そして、年長さん達のがんばる姿を見て、小さい子たちもあこがれ、はげまされ、自分の課題に挑戦していきます。都会の中でも自然の力をたくさんもらって、たくましく生きる。桑の実が黒くなったきたといえばでかけ、庭の夏みかんとらせてくださいとお願いして近所のおばちゃんと仲良くなり(しかし飛び上がるほどすっぱいみかんをニコニコ食べるこどもたちにぎょっとされる)、1才児でも丸ごともらったビワやみかんを自分で皮をむいて種をよけながら食べます。マテバシイが落ちてきたら集めて炒って、固い殻を歯で割って食べる。自然がくれた甘みは、とても優しくて、ジャンクな食べ物にどっぷりつかっているとそのおいしさがわからない。自然の流れに逆らうことなく育つとは、まさにこの子達のことだと思うのでした。そして、この育ちをこどもたちに保障するために、親はとことん協力します。股関節の動きを良くするために、1才なりたてでも、パンツです。出たら変えます。山のようなおしっこだらけ泥だらけの洗濯物と毎晩風呂場で格闘します。年齢があがるにつれてだんだんその数が少なくなってきて、寂しくなったりするくらいです。親と子のやりとりを後ろで聞いていた園長がぼそり、「今この状態のときにそれを言うかなぁ?」親のほうが怒られてしまう有様です。親もしっかり育てられます。誰々のお母さんが入院したときけば他の親がおかずを差し入れし、帰りの遅いお父さんにかわって、また違う親が送り迎えをかってでます。小さい子を抱えて行事係に走り回る若い親を見て、卒園児の親が手伝いに来てくれてさっと抱き上げ、預かります。誰に言われたことでもなく、やってもらってきたから、次にやってあげられるのだと思います。運動会のリズム体操でも、「オトナの番~!」と呼ばれれば、きゃーきゃー言いながらも側転からギャロップから、とびばこだってなわとびだってこどもに負けじと参加します。父さん VS 母さんの綱引きは両者ホンキで戦うのでいつも負けているのですが、なんと今年は速攻の作戦勝ちで一回だけ母さんチームが勝ちました!体中筋肉痛でも、この充実感!親も、親であることをめいっぱい楽しむことができる、そんな親子の育ちの場を持てたことに感謝の気持ちでいっぱいになりました。そして、その環境は与えられたモノではなく、自分たちで守り、つくりあげていくモノであることも、改めて確認しました。都会は緑が少なくてかわいそう、なんて言わせないのです。都会は人間関係が希薄だ、なんて、ホント?と思います。自分たちで作り上げ、変えていく力を私は信じます。片づけが終わった園舎をぞうきんがけしながら、また明日からがんばろう、と思うのでした。
October 29, 2005
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木曜日、金曜日と島根県の少子化対策フォーラムに呼ばれて行ってきました。島根のみなさん、お世話になりました。講演では、わたしがかねてからこの4つ葉のブログでも言っている、「少子化対策」と「子育て支援」のずれについて指摘しました。何人かの県の方からも、「自分たちは少子化対策としているのだが、実際やっていることとのずれを感じていて、なるほどなと思った」というお話をもらいました。行政としてみたとき、過疎地域の人口減は、ある意味大変な問題だと思います。地方に行けばいくほど、若い人が少ない、子どもが少ないとなれば、若い人たちの出会いの場づくりも大事な要素だと思います。わたしなどは地場産業がないから、地方出身の若い人が地元に帰りたがらない状況があるなら、まずは、産業を興し、そこで経済的にも生きていけるようにするところからはじめないと、少子化は解消できないのではないか?と、思います。いろいろ感じた島根の旅でしたが、つくづく実感したのは、都市部と過疎部の状況の差です。国が東京で考えた施策は、地方では「使えないこと」結構あるんじゃないかしらん。それこそ、「待機児ゼロ作戦」なんて、ごく一部の都会の問題でしょう。だから、「地方分権」なんだと思います。仕組みから見直しちゃう。現場が考えて、住民参画による地方自治で進めるのは理想です。でも、一方で、全国同じサービスは受けられなくなるでしょう。今でも、自治体によってサービスの格差はありますが、国がかなり強い拘束力(補助金による規定など)で、縛っていますので、ある程度、均質なサービスをどこででも受けられるようにはなっています。それが、地方分権が進むと、今後どうなるか。●各地に出かけていろんな話を聞いて感じたのは、「情報の重要さ」でした。よそが何をしているか?に敏感になることは、大事だと思います。ある地域の子育て支援のNPOのリーダーは、すごく積極的に、自腹を切ってでも各地に出向き、国や先進地域の最新情報をゲットしています。が、それを自分たちの地元で紹介しようとすると、「よけいなことはしないでほしい」と、行政担当者に言われたりするんだそうです。「それって、“鎖国”じゃーん」と、笑ったのですが、そんな地域が「地方分権進めてくれ」と言っても、ちょっとねえ。そんな地域で、何も知らずに子育てしている親子がちょっと気の毒になります。マネをするということではなく、自分たちの状況を客観的に評価できるようになる、そして、東京はこうだけど、そこのこの部分は、こちらでも使えそうだから、応用してやってみようという具合に情報を取り寄せ、自分たちのものにする努力はしてほしいものです。●「杉山さんは分権推進派なのか、抵抗勢力なのかどっちですか?」と聞かれたりするのですが、もちろん、最終的には分権したほうがいいに決まっていますが、今、思うのは、地方分権だ、地方自治だと言ったところで、それを地域で担うだけの、住民が育っていないのではないか?ということです。「自分」の利益、あるいは、「自分の家庭」の利益、あるいは、「自分のまちの利益」レベルでしかものが見えない人には、とてもではないけれど、「公益」の議論はできないと思います。●自分の子どもたちの5年後は?10年後は?孫の世代はどうなっている?日本は?アジアは?世界は?だから、今、ここで、わたしは、これをしようという視点が大切なのだと思います。その意味で見れば、気軽に誰でもできる「ホワイトバンド」は、ほっとけない世界の貧しさのために、わたしにしかできないことは何だろう?と思う、その、きっかけなんだろうと思います。
October 29, 2005
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●日記というより質問ですがBy林真未/ファミリーライフエデュケーター/小6、小3、年長の母「保育園」について日頃「聞いてみたいな」と思っていることがあります。ご存知の方いらしたら教えてください。1、地域によって、(1)幼稚園がなくてチビッコは全員自動的に保育園入園というところ(2)待機児がいなくて希望者は全員入園できるところ(3)待機児がいて条件が整わないと入園できないところの3種類があると思うのですが、これはもう、そこに住んだ以上、仕方のないことなのですか? それとも、この3通りの存在状況に対する、何かしらの見解やアクションってあるのですか?(待機児解消の努力をしているとか、そういうことではなく、現状に関する見解や現状に対応した差別化など)2、「保育に欠ける子」という入園条件って今でもあるのですか? たぶん、昔は男が働くのが普通で、貧乏すぎて女も働かざるをえない家庭のためやむをえず保育所を、という発想でこの文言は書かれたと思うのですが、合っていますか? また、まだあるとすれば、現状に対応した文言への変更の予定は?3、よく、専業主婦の場合、ひどい夫婦関係を解消したくても、子どもがいては職探しもできないのに、保育所は働いていないと預けられない。一方、夫婦円満で、片親の稼ぎでも食べていけるけれど、共働きをしている、という人は、そういう人より優先的に入れてしまう、という状況があると言われますが、実際そうなのですか?4、幼保一元化って、その後どうなったのでしょうか? 着々とすすんでいるのですか? 不勉強ですみません。
October 26, 2005
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こんばんわー。杉山です。昨日から金沢に出張に行っていて、今帰ってきました。昨日の読売新聞の「天窓」というコラムに拙文が載ったようです。そこでも、4つ葉プロジェクトのことを紹介させてもらいました。そのうち、全文をこちらにもアップしますね。昨日、ものすごいいい天気のなか、羽田から小松に飛行機で向かったのですが、離陸してしばらくすると、雲の合間から、神々しい富士山が現れ(あまりの堂々たる姿に感動してしまい、思わず涙)、その後日本アルプスの山並みが見え、やがて山頂がうっすらと雪化粧した立山が見えました(いや、白山か?ちょっとわからん)。幸せすぎて~、もう!という瞬間でした。明日一日、がーっと仕事して、あさっては島根です。なんとか出雲大社に行けるといいのだけど。それが無理でもせめて、松江城か小泉八雲のお宅には行きたいものだ・・・。
October 25, 2005
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子育てしながらライター 安藤です久しぶりの投稿です。こんにちはもうすぐ11月というこの時期、幼稚園や保育園の入園、小中高大学への進学といった重大事に悩む親も多いことでしょう。それら施設の中で選抜に不向きなのものが混じっています。さあて、どれでしょうか?答えは保育園。一人で、とてもじゃないけど時間を過ごせない子供が生活する場所で、ある家族にとっては電気ガス水道といったライフラインと同等の生活サービスです。幼稚園がなくても、保育園は離島にもあるしね。だから入園希望しても、どこにもは入れないは、やはり悲劇です。その保育園に摩訶不思議なルールを発見しました。「保育園を利用している親のどちらかが1年以上の育児休業を取得する場合、1年と3月までの最大1年11ヶ月は、既に通園している子供はそのままでよいが、年度をまたぐ場合、退園しなければならない」(都内の公立園でレクチャーされた話)保育所が保育に欠ける親向けのサービスなら、「休業しているなら家庭で保育しなさい。育休1年はおまけですよ」という論もあるだろう。待機児が大行列という地域もまだ多いしね。けれども、そこで生活している当事者=子供にしてみたら迷惑な話。一時退園などしたくないだろうな。これからの保育園って、だれのための施設なんでしょうか? 保育所指針(?)はあるけれど、実態として親や社会は保育所にどう期待しているのかな? 子供にとっては? あいまいだなぁ
October 24, 2005
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先週月曜日の社会保険庁改革会議は、こってりしたステーキを食べたあとのような負担感があった。それがいつになく尾を引き(翌日の朝のみのもんたのワイドショーに「社会保険庁改革の侍たち」ってことで顔写真まで出てしまったというオマケつき。勝手に使わないでほしい)、自分の範疇を超えた規模の話に加わらなければならない以上は、とにかくわが身を守るために、「足元固めましょう週間」だった。一定程度の年齢を超えると、こういう、白黒はっきりできない、言ってもどうにもならないことを、抱えるようになるんだろうなあと、あきらめの気持ちもわいてくる。●なかなか進まない少子化対策も、国や行政や企業のせいにして、高みの見物しているほうが、ずっと楽だろう。親の子どもへの虐待も、若年層の犯罪も、ニートも、「親は何してる」「子どもは何してる」「シャカイは何してる」と、正義の味方チックなことを言っているほうが、ずっと楽だろう。(児童相談所とか自立援助ホームとか、少年院とか、現場により近いところにいる人ほど、なかなか語りたがらない現実の重さ。コトは言うほど簡単ではない)。●いま、東京都内の自治体の子育て支援の担当所管と、子育てNPOやグループをゆるやかにつなぐネットワークができないかと、「とうきょう子育てねっと」というものを立ち上げあちこちにお声をかけている。自治体には、「次世代行動計画について」と、「NPOとの協働について」の調査票を送らせてもらい、都内20件以上の自治体から回答をもらった。東村山市は、次世代育成行動計画をつくるにあたり、70人以上の市民が参加し、26回の会議を行ったそうだ。子育て中の親のための保育も用意したという。通常、委員会は5~6回なので、東村山市がいかに丁寧に情熱を傾けて次世代行動計画の策定を行ったかが、それだけでわかる。それに応じて、26回も議論した70人以上の市民の人たちもすごいと思う。こうして苦労してつくった計画書は、愛する人が多いだろうし、大事にしたいと思う人も多いだろう。参加した市民は、「できるだけ多くの人に知ってもらいたい」と、自ら広報しちゃったりするだろう。そんなふうにしていると、「行動計画?何ソレ? どうせまた、行政が適当に作ってるんでしょ。たいしたことない」なんて、切って捨てることはできなくなるし、子どもの問題も、親の問題も、国や自治体だけのせいには、していられなくなる。●「東村山市はいいなあ。それに比べてうちの市は・・・」って言っても仕方がないと思う。たまに、市の広報もろくすっぽ読んでいないくせに、「行政の宣伝の仕方はださくて、あたしたちのほうを向いていない」なーんて、ふいているおっかさんに遭うことがあるけど、そういう文句はお里が知れるだけだから、言わないほうがよいと思う。(税などを投入して行われる「公益」のサービスと、個人が対価を払って受ける「私益」のサービスの違いを勉強をしてみると、いいと思う)それよりもむしろ、「どうしてうちの市は、こうなんだろう?」と、考えたほうが、話は早いだろう。何かしら「公益」のフィールドでものごとをやりかけている人は、たいがい思考がそっちに向いている。つらつら考えて、ハタとひらめき、「こうしたら、風穴があくかもしれない」というところ、みつけると、コトは、もう一歩前進するかもしれない。
October 23, 2005
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今月号の「マリ・クレール」にコメントが載りました。小泉首相、聞いてください!1000人の女性が語る「産まない理由」「子育ての現実」という特集です。わたしは、「だって、今がまさに、日本の子育て制度の大きな変わり時なんですもの。」といったことになっています(汗)。「ですもの」なんでお上品な言い回しは多分しなかったと思いますが、そこは女性誌。よかったら、ごらんになってみてください。4つ葉についても紹介されています。ブログのURLを載せてほしいと言えばよかったぁー!!(し、しかし、かなり気の抜けたデザインのような気がするのは、わたしだけだろうか? あんなに表組みを大きくしなくったっていいのに・・・)ところで、今月号では冨永愛さんのインタビューがよかったです。「日本、とくに東京は出産と育児に優しい環境じゃない。バギーで入れない店がたくさんある。それに核家族の時代、ダンナさんが産休取れないようじゃダメ! これ、郵政民営化どころじゃない大問題だと思いますよ。欧米は税金は高いけれど子育てのための制度がしっかりあって、街も子育てに優しい。税金が高い安いという問題ではなく、それがどう社会に生かされているかが問われるべきなんじゃないのかな」ワークライフバランスについてのコメントも秀逸でしたが、最後に、「子どもがいることで、きちんとモノを見据え、選び、捨てることができる。なんだかますますわたしらしさが強くなった、って感じかな。ねえみんな、子ども産もうよ。ペットよりベビーだよ!!」で、しめてくれてます。ライターさんのまとめは、「少子化問題を救うのは、難しい議論なんかじゃない。彼女のような魅力的でフレッシュなマザーの出現かもしれない。」ですが、冨永愛さんを「魅力的でフレッシュ」としか表現できないのは、ちょーっと(というか、かなり)もったいない気がします。
October 22, 2005
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少し古いのですが、先週末に目にした運動会の話をひとつ。知り合いの先生の声をかけられ、公立幼稚園の運動会に行ってきました。ずぼらな私は、ちょっと遅れてしまい、半分の競技は終わってました。幼稚園の運動会が午前中で終わることを失念しておりました。その園は3~5歳まで、各2クラスなので、100人を超える園児数です。(公立幼稚園にしては、園児数が多い)それでも、先生は7~8人しかいないので、競技に使う用具をその都度、速やかに揃えるには、大人の人数が足りません。大学生らしき若者も走り回っていましたから、実習生やボランティア、保護者によって支えられているのでしょうね。そんな大勢の大人に支えられて、園児たちは日ごろの成果を精一杯発揮しておりました。面白かったのは、5歳児(?)が丸い布を操ってドームを作って見せてくれたところでした。大きな布のはためきにあわせて、布の内側に入ったり、出たりといった遊びをみたことはありましたが、こんな形でドームを作るのをみたのは初めて。布の端を子どもたち数十人が持ち、布を揺らして中に空気を送り込んで、すばやく端を地面につけると綺麗なドームが出来上がります。観ている大人たちからもどよめきが生まれました。子どもたちには、自分たちが作っている大きなドームは見えていないでしょうね。久しぶりに運動会を観て、よく練られた内容だったとの印象を受けました。保護者が活躍する場面もふんだんに盛り込まれ、親子ともども記念になる会だったと思われます。未就園児や卒園生が参加する場面もあり、地域の園としての存在が意識されていたようです。来賓として招かれていた高齢者も子どもたちの活躍に目を細めていました。何の関係もない私ですが、十分に楽しませてもらいました。運動会は、保護者同士の交流とともに、地域との連携を深めるきっかけとなっていることを再認識。この関係をうまく育ててもらいたいものだと思ったことでした。
October 21, 2005
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このところずーっと考えてきたことなのですが、5万件も超えたし、そろそろ、毎日、日記書くのはやめようかな?と、思っています。理由は、わたしの事情と、この状態は、たぶん、4つ葉プロジェクトにとってもよくないと思ったからです。4つ葉プロジェクトは、個人サイトではないので。あえてメッセージ性の強い内容をめざしていますが、それは、わたしのメッセージだけでは、やっぱダメでしょう。もともと「多様性」を4つ葉の特徴の一つにしたくて、当番制を敷いたわけで。たぶん、お当番の人たちも、了解してくれることと思いますが、今後は、毎週日曜日の担当にさせてもらうことにしました。これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
October 19, 2005
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福祉とか教育の仕事の周辺をウロウロしていると、すごいことにたまに出くわす。「あたしのやってることが一番正しいのよー」と、うっとりしている人。これぐらいならまだ害がないのでいいんだけど、「どうしてあなたやらないの?」と、責めてくる人がいる。違う考えや思想が存在することが許せないみたいで、それで、責めてくる人もいる。うざいので放っておくと、「あなたがおかしい」と、もっと攻撃してくる人もいる。「なんだ?いったい」いいじゃん、それがおかしいとも間違っているとも言っていないんだから、その、あなたの「いいこと」続けたらいいじゃない・・・って思うのだけど、「いいことやっている」と自分にうっとりしているので、他人に容赦がないんですな。あの手、この手、いろんな言い方があるもので・・・きっついです。○「現代のエスプリ 子どものいる場所」をまとめたとき、この本は、編集者冥利に尽きる、こだわりの一冊だったのですが、やっぱうれしかったのは、『ゲド戦記』(岩波書店)の翻訳者である、清水真砂子さんのお話が聞けたことでした。大学を卒業して高校教師をしていたとき、一冊の本に出会って、どうしてもこれを翻訳して日本に紹介したいと、その職を捨てて、翻訳に没頭した。それが、『ゲド戦記』だったのだと。(ぐずぐず迷わなかった昔の清水さんに感謝だわ。ありがとう)と、ゲド戦記ファンのわたしは思いました。そんな彼女に、「児童文学をどう思いますか?」と尋ねても、「そんなにたいしたものではないと思う。ただ、生きていくうえでほんとうにつらいなと思うときに、役に立つときもあるかもしれない。そしてそれは、本でなくてもいいかもしれない。映画かもしれないし、音楽かもしれない」ってなお話だった。最近の子どもの本離れを嘆いているふうもないし、世の中間違っていると憂えているふうもないし。(注意したいのは、だからといって、そういう現状をまったく考えていないわけではないということです。「子ども」や「世の中」相手に、なんか言うのを控えたいと思っているだけなんだと思います)『ゲド戦記』ひっさげて、「ジドウブンガク」をガンガン語られてもね。確かに、それはキッツイわ。清水さんのお仕事のすべてで、答えを出しておられるから、それ以上のことは語りたくない・・・というような印象を受けました。聞かれるまでもなく、わたしは清水さんのスタンスが好き。こういう感性、大事にしたいなと思いました。
October 19, 2005
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いつもぼんやりしている間に、カウンターがあがって、「もう、こんなに!?」って感じだったのですが、おかげさまで、5万件に到達しそうです。今回は、ちょっとしみじみかみしめられそう。4つ葉プロジェクト若手(?)グループのみなさん、バックアップしてくれているみなさん、日記の更新に携わってくれているみなさん、勉強会で講師を引き受けてくださったみなさん、応援してくださっているみなさん、いつも、本当にありがとうございます。4つ葉は、ともかく、やらなきゃいけないことだろうけど、いったいどこから手をつけたらいいんだろう?と、思われるようなプロジェクトであると思います。(賢明な人は、コトの大変さがわかるから、やらないだろうなあ)でも、たぶん、そんなに意識していなくても、子育て支援のNPOの人たちや、子育てしている人たちの日々のアクションや思いは、4つ葉につながっている部分は、たくさんあるのだと思います。思いをかたちに。愛をしくみに。講演で必ずわたしが言うのは親を支援の受け手にしない支援。「子育て支援が親をダメにする」って言うのはそんな支援しかできない支援者が問題なのであって親が悪いわけではない。良質の支援が、親の自尊感情を育てる。今、子育て支援の分野は、圧倒的にカネもリソースも人材も足りません。だから、デキル人がたくさん必要。凝り固まらないで。広い視野で、新しい考え方で、オリジナリティにみちたアクションを。「そうきたかぁ」と、びっくりしたい。「わたしだってー」と、わくわくしたい。そんな人たちの10年後が楽しみだ。ようやく50000件。ありがとうございます。
October 18, 2005
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強力なリーダーシップは、ついていくほうは楽だ。「だって、あの人が『オレが正しい。オレについて来い』って言ったからー」と、あとで言い訳もしやすい。でも、わたしは、右でも、左でも、縦でも、横でも、強引なのは、無理やり「こっちだろ」って仕向けてくるの、とにかく、苦手なんです。それに従うぐらいだったら、ひとりで選ぶリスクをとりたい。結果同じであっても、自分で考えて、自分の意志で右か左か、縦か横かわからないけれど、選びたい。「多様性」ってことばを初めて聞いたとき、世界が広がる気がした。「多様性」を大前提にして、どうコトを決めるか、進めるか。それが、オトナでしょー。「寛容」。いいことばだな。ついでに言うと、4つ葉の目指す姿のありようが、わたしの考える「こうなったらいいなー」の姿と違っても、全然いいと思っています。例えば、わたしはお金より支援の数と質の充実と思っているけど、当事者の親の10人中9人が、児童手当の拡充が必要だと言うんだったら、その願いをかなえるための運動をしようと思っています。正解なんか、たぶんない。一人一人の「正解」が違う。そこは、議論。話し合いだと思っています。それに、おカネは天から降ってくるわけでもないし、児童手当増やしたいんだったら、どこかから持ってこなくちゃいけないわけで、もしかしたら、自分たちの負担も増えるかもしれないし、「拡充してほしい」と言うってことはそれぐらいのこと、知ってて、言っているんだろうな・・と、思っていますから。(乳幼児を拡充しようとしたら、子どもが高校生以上の家庭の負担を増やすことになっちゃうかもねー。高校生の子を持つわたし個人としては、「そんなアホなことがありますかいな」の運動になっちゃうけれど、個人の利害を超えたところで考えたいので、それが、国民全体の合意事項なら、わたしはそれに従いたいと思っています)昨日の、「社会保険新組織の実現に向けた有識者会議」は重かった。久々に、年金部会のときを思い出した。いや、それよりももっと重かったかもしれない。傍聴席は満員で、たぶん、毎回欠かさず聴きに来ている人もおいでになるに違いない。真剣になるってことは、たぶん、そういうことなんだと思うよ。なんにつけても、「国がなんか、またしょーもないことしている・・・」と見えるだろうけれど、それなりに、重いもんなんです。大きく深呼吸~。今日も一日、がんばりましょう。
October 18, 2005
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こんど11月にロンドンに行くことになっていて、初めてのヨーロッパだし、どうなるか??と思い、お姉さんがイギリス人と結婚したというイギリス通のニシモトさんに久々に電話をかけた。中間管理職のワーキングマザーは、「5分刻みのスケジュールで、んもう!」と言いながら、高校生女子を育てつつ、奮闘している。イギリスの話はそこそこに、ベビーカー談義にうつる。彼女はなんてったって、かつて自分の子育て経験から、「トイレに、自分が用を足している間、子どもを座らせるイスが必要だ!」とひらめいて、商品化してしまったすごい女性なのだ。(これが、実は「子育てバリアフリー」の発端なんです)でもって、今は、室内用のベビーチェア&ベッドの商品開発をしている。「歩ける子どもをベビーカーに乗せているのをみると、ちょっとびっくりする」というわたしの問題提起に、「ベビーカーの取扱説明書では、2歳ぐらいまでと書いてあるんだよね。ただ最近のベビーカーは、座面がどんどん広くなる傾向にあり、大きい子でも座れるようにはなっている」とのこと。そして、確かにベビーカーに座らされている子どもの姿勢の悪さは気になるというニシモトさんは、いわゆる「社長すわり」にならないように、座り姿勢サポートクッションなるモノを開発したんだそうだ。NICUに出かけ、超未熟児の子どもたちの姿勢を保ち、運動機能を促す工夫やクッションがあることを知り、その技術を、赤ちゃんに応用できないかと、考えた彼女。最初はねんねの姿勢だから、からだのこの部分にクッションをあてがい、離乳食を食べる時期になったら、腰のあたりをサポートする・・・みたいに、成長発達にあわせて、クッションを変えていくというのだ。ちなみに、この商品はベッドのみならず、ベビーカー、カーシートでも同時に開発されているようです。今年の12月ごろの発売らしいので、商品が出たら、またお知らせします。「ニシモトさんの仕事は、ストーリーがあるからね。ただ漫然と商品作っているんじゃないのねー」と感心するわたしに、「あったりまえじゃないですか!!」と、ニシモトさん。働くって、こういうことなんだよなーと、つくづく思う。わたしもいい仕事したい。*****でも、あれだけの混雑のなかで、子どもの手を引いて歩くのは、相当大変なんじゃないか? とニシモトさんは言う。海外では、結構大きな子どもをベビーカー(車椅子だろう。ベビーじゃないから)に乗せて歩く姿をよく見かけるそうだ。それならそれでいいんじゃないか?と、わたしも思う。人ごみのなかではそうするが、その分、広い場所で思い切り運動させようという意識が、周囲の大人(子育てをしていない、独身者とかシニア世代とかも含めて)のなかで合意事項として、しっかりと持てていれば。見ていて何だなーと思うのは、歩きたくって、もがいている時期の子どもの意欲を、「あなたはベビーカーでおとなしくしていなさい」ということで、奪ってしまって、結局、子どもって「そういうときは、そうするもんか」って順応する生き物だから、ベビーカーで移動するのが普通なんだと思うようになり、3歳近くになっても、ベビーカーに乗ろうとする、それを今度は「どうしてちゃんと歩かないの!」となじる・・・みたいな光景だ。歩く機会をつくってあげないと、急には歩きませんぜ、だんな・・・みたいな。「ドッグランみたいなのがあるといいですよね」と、ニシモトさん。あははー。相変わらず、とっぴだなー!*****「ところで、高校女子は学校どう??」「この前、学祭行ったけど、すごかったよ。女子は化粧してたし、男子はハンケツ出し状態だった」「エー。そうなんだ! 男子校だからかみんな地味でそんなの見たことないよー」「なんだ、誘えばよかったね。恐いもの見たさで見てみたら面白かったと思うよ」「来年は誘ってねー。うちのはバンド始めたよ。ベースだって(ハハ、うれしい。自慢)」「そういう年頃だよねー。なにやってるの?」「スピッツのねー。ロビンソン」「へー。かわいいじゃーん」難しいお年頃ですからね。ってな、子育て談義をして、長電話を切ったのでした。
October 16, 2005
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こんばんは、世田谷区の子育て支援グループamigoの市川望美です。突然ですが、あたらしきことを一つはじめました。3歳半のムスコと1歳9ヶ月のムスメがいる33歳ですが、そんな今時分に、先週からだんなとサーフィンを始めてみたのです!5月に家族4人でオーストラリアへ旅行し、ずっとひそかに抱いていた「サーフィンやりたい」という気持ちに火がつき、絶対はじめるわ!と宣言したのは夏前のこと。秋になり、やっと行くタイミングが来たようです!ふたりともまったくの初心者なので、いきなり二人で始めるのは無理だから、ネットで調べた湘南のスクールに通うことにしました。前の日に実家に泊まり、子どもたちがまだ寝ているうちにおきだして5時台の小田急線に乗り込み、7時からクラスが始まります。初回はあいにくの雨。しとしとどころか結構雨つぶが落ちる中のクラス。そして、寒い。でも、雨の中、かさもささずにはだしで砂の上を歩くことだけでもなんだかわくわく・・・雨は降っているけれど、やはり海はいい!雨だからこそ、なんか余計によかった感もあります。雨のビーチなんて、めったに行かないから。私は海が、っていうか水が大好きなんです。雨も水だし、なんかココロが潤いました。陸トレのあと実際ボードにのって海にでると、海水は外にいるよりも暖かい。暖かくてやわらかい海の水につかり、憧れの?波待ちポーズでボードにまたがってぷかぷか浮いていると、ものすごいくつろいだ気分になりました。腕前としては、初回なのでまだコツもわからずたいしたことできませんでしたが、でも数回はボードに立て、そのうち1回は数秒波に乗ることができ、ほんとーーーに楽しかったです。クラスを終え、冷えた体を温めるべく、コンビニで肉まんとホットコーヒーを買い、小田急線に乗り込み、家に帰り着いてもまだ午前11時。うーん、効率いい。旦那ともどもすっかり楽しくなり、2週間後にまた予約です。日常において私よりも楽しいことがすくない旦那さんは(笑)、私の数倍海に行く日を心待ちにしているようです。小さい子どももいるので、身軽な夫婦二人、独身時代みたいには出来ないこともたくさんあると思うけど、時間をやりくりして二人で海に行こうと思います。夫婦のコミュニケーションを図るとか、子育てもちょっと落ち着いたし(いやいや、まだまだですけど)共通の趣味を持つとか、そういう話ではなく、ただやりたいから、楽しいからやるんですけどね。もちろん、共有するものが子どもだけじゃないほうが、夫婦の歩みはより軽やかです☆世間では子どもが生まれたら自由が失われるように言われますが、私は子どもを産んでからのほうが、やりたいことがやれています。だって、自分の時間がすくないんだもの。つまんないことやってるなんて、もったいない。:::ここでちょっと話は飛びますが・・・杉山さんの「わたしものがたり」を読んで色々考えてみたのです。私だったらどういうかな、、と。何をしてきたか、と聞かれて何が言えるかしら。私はあまりそう思わないけど、結構「自分の話なんてだれもきいても面白くないだろう」みたいなコトってあるかもしれない。だから当たり障りのない事実だけを伝えてさらりと終わるとか。狙ってはずすのもなんだし、変に自分のこと主張するのも気恥ずかしいし、アツイ人と思われたくないとか。「別にそんな、人様に取り立てて言うほどのことしてきてないです」という方も多くいそうだ。謙虚なのか、ぼんやりしているのか。何かの理想モデルがあって、それに比べると「わたしものがたりなんて取るに足らない」ことなのかな。みんなが(というより自分自身が)納得する素敵な人生って、どんなものなんだろうな。で、私だったらなんていうかしら。私は今まで何をしてきたか。なにを体験して、なにを感じて、なにを学んで、いまなにをたずさえているのだろう。高校時代は、素敵な友達に恵まれて、本当の意味で「人を信頼すること」をまなんだなあ。恋愛を通して、友情を通して、はじめて他人との深い人間的なつながりを感じることができた。人と思い出を共有するというすばらしさをココロのそこから感じた。本当にいい仲間たちに出会って楽しかった。そして、素敵な友達のおかげで、自分を信頼することもできた。大学時代は、いちばん自分に正直にわがままにいきていたかな。未熟なままの自分。自分の好奇心、"ワタシ"を一番に優先してきた。おかげで、ずいぶん人を傷つけたと思う。私は鈍感だったので傷つけなかった。本当に思いやりに欠けていたけど、ある意味他人の評価をまったく気にせず自己表現できたのは大きなことだったかも。オトナじゃないぶん、おもうままに出来たなあ。会社員になってからは、達成感とむなしさという、大きな表裏を経験した。仕事を通して、恋愛を通して。一般職で入った会社、ことのほか仕事が面白くて、すごーく一生懸命はたららいた。物事を習得していくこと、新しい仕組みを理解していくこと、幅広い人たちとかかわって仕事をすることが楽しかったし、自分という存在をいかせてそれを認めてもらえる場所があるということは本当にすばらしい、と思えたのはこの時期があったからこそ。会社で第一号で総合職へ転換し(そもそもそんな道自体なかった)、私でもできるのだ、と自信をもてたし、「一生懸命打ち込むこと」を学んだ。知りたいから、必要だから、色々勉強もした。恋愛では、とにかく好きで好きでたまらない彼と5年チョイ付き合ったのだけど、その彼にはなかなか想いが通じなくて、ほんとうにつらい思いをしたもんだ・・・「もっと大事にしてくれる人がぜーーったいいるよ!」「うん、わかってる。そうかもしれない。でも好きなんだよね。」という会話を友人となんどしたことか・・・(若い!甘酸っぱい!)仕事では認めてもらえる喜びを感じ、私生活では完全には受け入れられていない心もとなさを抱えてた。努力してできることの喜び、努力すればいいという問題ではないということがあることをイタイほど学んだなあ。あとは、誰かに大切にされたいのではなく、自分の思いを大切にしたいのだ、ということを明確に感じた。(やさしくて大切にしてくれるいい人と付き合いたかったのではなく、自分が大好きな人と付き合いたかったのです)そして、妊娠、出産、子育て。これはもう、「越えること」を体感している真っ最中。自分のおなかに人がいるという驚くべきこと。心臓が二つあるということに感動した・・・おなかの中から蹴られるという想像を超える出来事・・・予想を越える痛みの出産。子どもを産み落とすという、経験したことのない喜びに満ちた達成感。(実際はヘロヘロなんでそんなキラキラできませんが、こう書いていてもあの感覚はよみがえる。すばらしい。)自分の思い通りになんていくわけがないということを知り、かっこつけてる場合じゃないということを知り、(気取ってると楽しいことを逃してしまいそうだ)過去の自分の縛りから自由になる気楽さを知り、新しいことを経験して、よりふわりと軽やかになる感覚をしる。自分の内側に抱えていた基準が、大きく変わった。そして、地に足が着くと同時に、想いを自由に描くことができつつある、、、のかも。既存の発想の枠から、色々ひらりと超えられるようになって来ました。というより、もともとそんな枠なんてなかったんじゃないかって発想に切り替わった感じ。そういう「わたしものがたり」を通した思いが、今の私を支える体幹部となっていると思う。わたしが幸せなのは、私は自分の人生を肯定できるということ。すべてがパーフェクトという意味ではないし、今思えばもっとやり方があっただろうとか、もっとああやってればああいう道もあったかなあとか、そういう程度には過去を思うことはありますが、それでも自分が選んできた道のりを、好意を持って今肯定できています。時間は、直線方向に流れるのではなく、今の自分の立ち位置から放射状に放たれている、と聞いてすごいピンときたのだけど、そういう意味で、過去の未熟さも今の私は肯定できているのです。縛られるべきずーっと引き継いできた、2次元的な「過去の自分」なんてものは、そもそもいない。今の自分から見たその時の自分はいるけれど。過去のある瞬間の自分のまま、その時の自分の気持ちのままい続けなくちゃいけないってことはない。そういう意味もあり、「今を生きる」ことって、私にとってはとても大切です。なんだかそんなことをつらつら考えたのでした。「わたしものがたり」は、自分こそがその展開を楽しまねば。まとまりませんが、この辺で。。☆ブログやっています☆ ふわり~軽やかに、はればれと~ Rainbow☆Worker Cherryの日記
October 15, 2005
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先日、幼児を持つ母親たちの講座でお話させてもらったとき、最初に自己紹介を提案し、「学生時代でも、就職してからでもいいから、何をしてきたのか、話してください」と、お願いしました。おもしろいなーというか、ちょっとびっくりしたのは、「大学時代は○○が専攻で、このテーマについて研究しました」とか、「就職したのは、○○関係の仕事でわたしがやった業務は、○○に関することで、○○については、だいたいのことはわかっています」ってな話はまったく出ず、部活にあけくれたとか、コンパ続きだったとか、事務の仕事してたとか、営業やってたとかそういう話ばかりだったことでした。時間もなかったし、それになにより、核心に触れる話はよほどじゃないとしたくないものだから、たった1回のあの場では、出なかったんだろうな・・・と思っています。それをするのが今回の目的でもなかったし。○だけれども、みんなほんとに学校の話をしたがらない(勉強嫌いだったのかな?)。やってきた職業の話をしたがらない(仕事嫌いだったのかな?)。その経験が、自分にとってどんな意味をもたらしたのかについて、ほとんど触れていない。でも、冷静に見てみると、それって、「嫌いなこと」にずいぶん大事な時間を費やしてきたことに、なりはしない?人生のかなりの時間を費やして自分が選んでやってきたことに対して、それってちょっと、何じゃないかなあ?過去のあなたが気の毒な気がする。(同じ意味で、自分がつらかった過去を、いつもいつもことばにするのを見るのは、聞くのは、今のその人ではなく、過去のその人が気の毒な気がする)○この前も書いたけれど、わたしは、福井県に生まれ育ったことを、大事にしたいと思っているし、京都で日本史の勉強をしたいと強烈に思った自分のことが、いまでもものすごく好きだ。(今やっている仕事には、直接の関係はほとんどないにもかかわらず。ほかの選択はなかったというぐらいベストな選択だったと、思っている)学生時代、人が「読んでみたら」と薦めてくれた白洲正子ワールドや網野善彦ワールドとは、たぶん、一生のつきあいになるだろう。たった1年半しかいなかったリクルートという会社のこと、そこで経験したことのすべてが、のちに、フリーランスのライターになったときに生きたし、今もきらきらと生きている。(「営業」といってもわたしがやった営業は、求人広告の営業で、青山のマンションオフィスを片っ端からノックして、「求人ありませんか?」と聞いて歩くものだった。毎週何十万、何百万の目標を与えられ、達成できないと、評価が下がるようなものだった。よほどの神経の持ち主じゃないと「落ちこぼれ」感覚を持っちゃうだろうな。おかげで、社会の「単位」というものにこの目で直に触れることができたし、「ああ、世の中ってこういうことで回っているんだなー」と、知ることができたし、「お金を稼ぐって、大変なことなんだなー」と、アタマじゃなく、カラダで知ることができた)。もうやることはないと思うけれど、あの経験を、22歳でやってよかった!!なにより、「言ったもん勝ち」のあの社風が、どれだけわたしと会社を救ってくれたか(今、よくわかる)。初対面の人のところに(考えている暇があったら、体を動かせーってことで)物怖じせずに出かけられるようになったことは、かけがえのない宝物だ。○そんなふうに、むかしの自分のことを、かなり丁寧に、かなり楽しく、思い返している。もちろん、0歳から3歳までの専業主婦時代のことも、すっとばしはしない。(いわゆる「育児不安」も、夫との熾烈なバトルも、もちろん、たくさんありました)その時期がなかったら、今のわたしはなかった。○あいにくだけど、ゲームやパソコンとちがって、人生の「リセット」はできない。いわゆる「やり直し」は何度でもできると思うけれど。でも過去を「なかったこと」にはできない。自分のやってきた勉強、自分のやってきた仕事、自分のやってきたこと、そのつどの選択のすべてが、今のわたしをかたちづくっている、という自覚。もちろん、誰にでも言って回る必要は全然ないし、「杉山さんに聞いてもらいたいんです」って言われても、ぜんぶを受け止める自信はまったくないけれど、「大学卒業して、金融関係の仕事をして、25歳で今の夫と出会って、2人の子どもに恵まれて、今はどっぷり専業主婦です」みたいな自己紹介は、やめましょうよ。少なくとも自分のなかでは、社会で言われるような表現で、自分の人生を片付ける必要はまったくない、と思う。○心の傷を癒すためとか、今の親子関係を解く鍵にするためとか、なんか、そんなもっともらしい(ちょっと病的な)理由のためなんかじゃなく、日常生活を営むための、当たり前の作業として、わたしのものがたりをきちんといまのわたしに入れておく。必要に応じて、引っ張り出せるように、しまっておく。それなしに、今も、未来も生きることはできないという確信。その作業が、唯一無二の「わたし」をクリアに浮かび上がらせ、自尊感情を確固たるものにしてくれる。
October 15, 2005
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以前、ワーキングマザー対象の座談会を行ったとき、おもしろいことがあった。そこに参加していたワーキングマザー全員が「市長への手紙」を書いていた・・・というのだ。復帰にあたって、入れる保育園がない、あるいは、お迎えに間に合わないなどいろいろな困りごとがあったが、それを、育児休業中に懸命に文章にし、切実な手紙を市長宛に出したというのだ。わたしは、その人の言っていることよりも、やっていること、やってきたことで、その人をみようとする人間だ。子育てツライんです。大変なんです。ってことばを、まったく言わない人よりも、言う人のほうが多いと実感している。だから、子育てというのは、その人の感じ方、ニュアンスなどさまざまだろうが、つらかったり、大変だったりすることがあるもんだと、承知している。そこから先だ。つらいからどうしたか?大変だから、どうしたか?「市長への手紙」という今までやったこともないような、結構緊張するアクションを起こし、なんとか現状を変えたいと思うような当事者が、いったい何人いるか。いたか。そして、経験上わかるのは、残念なことに個人が出す「市長への手紙」は市にとっては「苦情」でしかなく、「処理」しかされない、ということだ。「え、出したの?」「わたしも出した」みたいに、それぞれの母親たちが個別に各地で「市長への手紙」を出していたことは、その座談会で、初めてわかった。顔見知りの間柄にもかかわらず、この件に関して、情報の共有がされていなかったこともわかった。「個人」の「苦情」を、「ひとつの声」にする努力をしないことには、しくみや対応を変えるは難しいと思う。ひとつの声にする方法は、みんなでいろいろやってみて、つくりあげていくもののように思う。4つ葉もそのひとつの窓だと思っている。万能ではない。「4つ葉という窓はつくりました。使い方は当事者のみなさん、この活動に賛同してくれるみなさんと考えていきたい」というのが、わたしの考え方だ。声を挙げたいのだったら、個人的経験から、幾通りかの挙げ方、あるいはヒントはお伝えできるかも。4つ葉が代わりに言うこともあるけど、おひとりおひとりのご要望全部にお答えはできないと思う。(ちなみに、昔赤ん坊をかかえたわたしが某市で行ったのは、公園の砂場の犬猫のフン対策をしてくれという要望でした。この要望は寄せる人が多かったにもかかわらず、市がとった対応は、「この砂場でフンをさせないでください」という看板を立てることでした。ちょーびっくりでした。野良猫や野良犬が、看板を読めるんかい?サイコーだね。某市。相変わらずやってる??)○昨日、さいたま市のお母さんたち向けの講座で98年に少子化への対応を考える有識者会議に出た話などをさせてもらった。話のあと、質問がいくつも出て、その一つに、「有識者会議で、杉山さんは何を言ったのですか?」というのがあった。「当時のわたしは、まだ未熟で、『あれが問題』『これもなんとかしてほしい』と、問題点を指摘することしかできませんでした。対案を出していかなければならないことにまだ気づいていなかったんですね」と、正直にお話した。(その代わり、ものすごくたくさんの問題点は指摘した。数値化できない専業主婦の子育ての大変さ、父親の働き方の問題、特に転勤族の家族は大変だということ、それは企業にもサポートしてほしいということ、不妊に関しては、当事者サポートグループにヒアリングして意見をまとめた)それと、「国にやってくれ、行政にやってくれ、企業にやってくれというだけなのはおかしいと思うので、地域もやること、親もやることがあるはずだから、それは提言のなかに明記していいと思うということを提案した」とお答えした。○国が「これをやれ」と鶴の一声をあげたら、全国津々浦々の状況が激変して、話は早いんじゃないか?という期待、よくわかる。(マスコミでもそういう言説を見かけることがある)でも、それは、もし、仮にそうなったら、すごく恐いことでもあると思う。国には国の役割があるんだと思う。だから、時間はかかっても、自分たちの暮らす小学校区だったり、中学校区だったり、市町村から・・・なんだと思う。ひところはやった言い方でいうと、「グローバルに考えて、ローカルに動く」ってことかな?そうした各地の動きなくして、国は絶対変わらないし、変えてはいけないと思う。
October 14, 2005
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ベビーカーの話題はわたしにとっては、「子育てバリアフリー」と密接に関わる問題なので、どうしても力が入ってしまう(なんてったって、電車のなかでは「ベビーカーはたたんでお乗りください」と車内アナウンスされてしまう時代に律儀にベビーカーをいちいちたたんで乗せていたので。ついでに、エスカレーターにベビーカーを乗せたことは一度もなかったです)。先日、八藤後さん(日大)と越谷に子育てバリアフリーのお話をしに行ったとき、八藤後さんが面白い話をしてくれた。高齢者は、道路を横断するとき、「これぐらいの距離ならわたっても大丈夫だろう」と察知する距離が、若い人よりも短めなんだそうだ。つまり、若い人が「ひかれるぞ」と判断する距離でも、「渡れる」と判断し、(若い人より動作が緩慢にもかかわらず)渡ってしまい、事故に遭う確率が高くなってしまう・・・というのだ。「そういう研究が高齢者ではいっぱいある」と、八藤後さんは教えてくれた。ちなみに、子どもでは聞いたことがない。○で、先日の勉強会では、越谷ママは自転車を愛用しているというのもよくわかった。そうそう埼玉は坂があまりないからね。自転車向きなのよねー。「こんなに自転車利用頻度が高いのだったら、子育てバリアフリーに自転車も入れないといけないですね」と、八藤後さん。で、今日、目黒子連れマップのワークショップに行ったときも、自転車の話題が出た。なんでも、目黒区は子どものヘルメット着用率が全国一に違いないらしい。かぶっていない子を見たら、「ごきげん悪いのかしら」と思われるぐらい、珍しいらしい。しかも、みんな、例の流線型のこじゃれたヘルメット。定説には、目黒区にある大使館の子どもたちの間ではやるようになり、それを見た目黒ママたちが、いっせいにかぶらせるようになったとか。それが、全国的に広がっているんだそうだ。とにかく、今年の子育てバリアフリーでは、自転車も視野に入れよう。○わたしは自分のことを「当事者」とは思っていない。そんなわたしが、赤ちゃんのことを話題にブログを書くと、「あなたに、わたしの今のこの苦労をわかってたまるか」といったニュアンスが漂う書き込みをいただいたりする。延長線上に、「子どもがいないと、この感覚は、この気持ちは、この苦労はわからないわよねー」という仲間意識があったりする(子育て支援者でソレを口にする人は多い)。わたしが子育て支援になぜこんなに力を入れているのか、自分ではよくわかっているので(その、仲間意識の範疇でやっているわけではないです)、「経験してないとわからないのよねー」的なことを言われても別に気にしないが、たいがいの人は、たぶん、ソレで引いちゃうと思う。「子育てちゃんとやらなかったあなたに、わたしの苦労がわかるはずない」とか、「お子さんがそんなに大きくなってしまったら、今の母親の気持ちはわからないんじゃないですか?」っていうの、かなりなバリアだと思う。「わかる、わかるぅー」の仲間だけで、どれほどのことができるんだろう。ぜひ、教えていただきたい。わたしは、子育て経験などゼロでもいいから、どこかの研究者に、子どもがどの距離で車を察知し、渡る渡らないの判断を下すのか、高齢者みたくきちんと調査してもらいたいと思う。そのデータをもとに、子どもにとって安全な道路とはどんな道路かの検証がしたい。「あなたにわたしの気持ちなどわからない」のは大前提だ。それをどう説明してわかってもらうかの、たゆまぬ努力だろう。必要なのは。子育てに興味も関心もない人に、どれぐらい味方になってもらうかが、子育てのシャカイ化の鍵だと思う。
October 12, 2005
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今日もまた見てしまった。流暢な日本語をしゃべる子どもが、ベビーカーに踏ん反りかえっている姿を。背もたれのずっと上に、にょきっと頭が出ていた。からだをベビーカーにぎゅうぎゅう押し込まれた感じ。だいじょうぶなんだろうか? スタバでママが友達とおしゃべりしている間、彼女のイスはベビーカーだった。すんごくお行儀のいい子だった。今度、ベビーカーメーカーの人に聞いてみたいと思うんだけど、ベビーカーってイスだったっけ??そんな構造になってたっけ?そして、お願いだから、歩けるようになった子どもは歩かせてやってくれ。大地を踏みしめる喜びを感じさせてやってくれ。走ったり、歩いたり、とまったり、転んだり、スキップしたり、ケンケンしたり、しゃがんだり、階段を上ったり、降りたり、ジャンプしたり。わたしは、ぼくは、いろんなことができるんだ!という喜びを、奪わないでやってくれ。周囲の視線が冷たくて、もたもたしてるって思われてるみたいで、ついベビーカーを利用しちゃうんです。。。。と、わたしに言われてもねえ・・・。「そう?大変だねえ」って、調子を合わせてほしいのかな。それぐらい、言ってあげるよ。うちの子じゃないもの。困るのは、あなたの子どもなんだけどなあ。周囲の視線に負ける?親が負けてどうする。そんな親を誰も助けてはくれないよ。あなたの子育ては、その程度かい?あなたの子どもへの想いは、その程度かい?
October 12, 2005
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わたしが忘れてはならないことは、わたしが、福井県という過疎の、共働き率のやたら高い県で生まれ、18歳まで暮らしたということだと思っている。都会の子じゃないからね。先日、仙台から原ノ町に行く「スーパーひたち」に乗ったとき、奇数の車両にしかトイレがなくて、びっくりした。コーディネーターをさせてもらった子育て支援のシンポジウムのときも、パネラーとして登場してくれたお母さん(横浜から嫁いできた)が、「電車で帰省するとき、おむつも替えられないし、授乳もできないし、本当に困るんです」と、発言し、「本当にそうだなー」と、思った。新幹線には、だれでも利用できる休憩室ができたというので、さっそく写真を撮ろうと、車両をうろうろしたのを覚えている。でも、それは「新幹線」だけなんだよね。スーパーひたちは、4時台を逃すと次は7時にしか来なくて、だから、ろくすっぽあいさつもせずに会場を後にしなければ電車に間に合わなかった。同じ日本なのに。○こだわりのお産をしたいと、都会の妊婦さんたちはいろんな産み方をチェックする。でも、先日わたしに寄せられたメールには、ある田舎のまちで、県立病院が財政難でなくなりそうになり、どうにか署名を集めて存続はできるようになったが、産婦人科医が1名しかいないのだという相談が、書かれていた。そこでは、土日や夜間のお産など、ありえないのだそうだ。日本の中央集権は間違っていた、と思う。一極集中はダメだと思う。遅ればせながら、地方分権が進んでいる。でも。地方を切り捨てていないか?弱い者を切り捨てていないか?格差は広がっていないか?望ましいのは、セーフティネットをはりめぐらした上での健全な競争じゃないのか?どうしたらいいのか、非力なわたしには、きれいなビジョンなど描けない。ただ、どんなかたちだとよいのかを、懸命に考えるだけだ。そして、そのかたちを導くために、自分のなけなしのリソースを利用して、何かよい手立ては打てないか、考えるだけだ。○福井の田舎で、女が働くということは、決して楽ではなかった。母はわたしに、学歴を身につけさせたがった。女というだけで、給料が抑えられていること、昇進など望めないことを、くやしがっていた。それでも、そんな職場で働き続けなければならなかった。わたしと弟を大学に出すために。仕送りするために。母の給料は「そっくりそのままあんたたちの仕送りになったのだ」と、あとから聞いた。わたしはそんな母親を見ながら育った。福井では電車は、30分に1本しか来なかった。車がないとどこにも行けないような町だった。駅前はさびれ、商店街はさびれ、郊外には大型店舗とパチンコ屋と外食産業のどこででも見かけるお店が次々と出店している。こんな現実と、きちんと向き合おうとすると、わたしのちっぽけな意地や、悩みや、グチや、困惑や、悲しみなど「実は、全然たいしたことではないのだろう」と、思う。考えなければならないことは、まだまだたくさんあると思う。
October 10, 2005
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秋は、子育て支援関連の研修会やイベントが目白押しで、事務局スタッフも大忙しのため、なかなか4つ葉の活動に手がつけられていません。まあ、そこが市民活動のよいところで、また時間ができたら「わーっ」とやれるはずだから、今は、それぞれの持ち場で、やるべき仕事をこなしていったらいいんだと思います。「やらねば」とか「ちゃんとしないと」とかは、内心ウンザリ気味で、せっかくやるんだったら、楽しくやんないとねー。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・とりあえず、先日のミーティングでいくつか今後の予定が決まりましたので、お知らせしておきます。1.各自治体予算の調査について4つ葉独自の調査ということで、全国各自治体の予算のうち子どもにいくらぐらいかけているのかを高齢者関連予算と比較してみようという試みです。現在、2市町村で実施されました。随時、サイトのほうでアップしていきたいと思います。やってみたい!という方(特に各地のNPO団体関係者および、若手研究者)、メールください。2.三位一体改革についての対応虐待防止に尽力している市民団体や学会のみなさんが三位一体改革の提案に対しての対応策を議論されています。4つ葉プロジェクトは、虐待対策について、今まで特に何かをやってきたわけではありませんが、放っておけない問題として関心も高いので、何かお手伝いができないか、現在検討中です。動きがありましたら、お知らせいたします。3.当事者からの制度提案吉岡さん、市川さん、松田さん、岡本さんたちを中心に、具体的な政策提案を検討してもらっています。どんな支援のかたちだったら、子にとっても、親にとってもプラスになるか。そんな話をまとめてもらう予定です。4.勉強会について12月上旬に介護保険制度についての勉強会を行う予定です。詳細は決まりましたらお知らせします。そのほか、4つ葉のグッズをつくってはどうかといった話や、政治家のみなさんとの意見交換会などもやってほどうか、ブログと公式サイトをどう活用するか、といった話が出ています。(いずれも、みんな忙しくて、なかなかつめきれていませんが)先日も少子化対策についての意識調査の結果が新聞に紹介されていましたね。郵政民営化が終わったら、次は「少子化対策」だと思います。そのときに、具体的な提案ができるよう、今から少しずつ議論を深めておく必要があるでしょう。京都のKKPのみなさんなどは、先の選挙に行こうキャンペーンを通して、「こうすればいいんだとやり方を知った」と言ってくれました。やってみると、結構デキルものなんですよね。それを見せる、その力を引き出すのも4つ葉プロジェクトなのかな?と思っています。明日は埼玉県越谷市で子育てバリアフリーの勉強会です。「こうすればいいんだとやり方を知った」という意味では、この活動は、格好のテーマだと思います(とっても参加しやすいしね。ハードでわかりやすいから、子育てに直接関係ない人でも問題の共有がしやすいし)。ブログでは、そんなあちこちの動きについても、随時お伝えしていけたらと思っています。
October 10, 2005
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10月7日から福島へ出張。大宮駅で立ち寄った本屋で偶然「陰陽師」(岡野玲子著)の最終巻をみつけてしまう。「わかったわよ。買うわよ」ってことで、道中、ずーっと安倍晴明と一緒に過ごす。おかげで東北新幹線も、スーパーひたちも、ホテルも水浸しよ。うう、岡野さん、罪つくりダワ。とにかく、完結、おめでとうございます。わたしってば、大学時代、船岡山のふもとに住んでいたのよねー。で、「ファンシィダンス」にぞっこんでした。ひとつひとつの過去が別の意味を持ってわたしの前に現れはじめる。小林秀雄も薦めるし、エジプト展には行っておきましたが、もうちょっと、こちらは味わいたいところです。○幾何学 数学 科学 哲学そして 音楽 詩(ことば) 他にも色々 色々それら皆 帰結するところは一つすべて一つそれが根源 それは神それは 一つ皆同じ一つから同時に発生しているその一つの前に 信仰の 違いなど ありえないその一つから発生した高密度の集約によって存在しているこの物質界の美しさ振動の凝縮 光の凝縮それが人体そして人間は どんなに 素晴らしく均整と調和のとれた 表現豊かな世界にその身を 置いていることか*できることなら 永遠(ナイル)を 溯りたいわ洗練された 古き時代の 黒い大地(エジプト)のファラオたちは音楽と詩と香りの波動で肉体を治療したのよそれは治療する者も 治療される者も光に満ちあふれて美しかったことでしょうね (「陰陽師」12巻 天空)○なぜ岡野さんが「陰陽師」を描くのか。それを読むわたしは?ってなことを考えていると、よほど慎重に、ヌケ作にならないように動かねば・・・と、こころ構えてしまう。間違う数はだいぶ減ったと思うのだけどね。最近書いたのは、男女共同参画局に依頼されて、寄稿したものです。セレーノのサイトのほうにアップしました。気にするようになってから、だいぶ時間がかかりましたが、これからは「こっち」なんだと、思います。(理由を問わずに子どもを預かる意義についても、書いています。必要のある方は、関係各位にプリントアウトしてお配りください)そして、埼玉県越谷市でお母さん相手に話をしたとき、福島県原ノ町市のシンポジウムでコーディネーターしたとき、全然違う場面・メンバーだったのに、「わたしたちは、言いたいんです。でもどこに言ったらいいのかわからないんです」と、ふたりの若い母親が、挑むようにこちらを見て、わたしに告げた。その場には、必ず、子育て支援のNPO法人団体のリーダーが居合わせた。おもしろいね。(勘のよい彼女たちは、自分の役割を、即座に理解しただろう)そして、わたしはわたしの役割をもう一度確認する。わたしはなぜ此処にいるのだろう?わたしの「意志」が半分、残りの半分は「結果」だったりする。これがたぶん 絶妙なバランスなのだろう。
October 9, 2005
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こんにちは、東京都世田谷区で活動中の子育て支援グループamigo松田妙子です。産前産後の育児相互支援を地域で、がモットーです。世田谷区内のグループのネットワーク「NPO法人せたがや子育てネット」もやっております。7才5才2才のハハです。さてさて、3連休、みなさんどうお過ごしですか?秋のイベントシーズンであちこちお出かけでしょうか。私たちは、明日、世田谷区にある羽根木公園というところで「雑居祭り」に参加します。今年で30周年を迎える雑居祭り、実にバリアフリーなお祭りです。もともと公園のある梅丘というまちは、かなり昔から福祉が進んでいる地域です。お祭りにも100近い団体が集まってくるのですが、事前の実行委員会からしてどんな方でも参加しやすいように、車椅子OKな会議室で、手話通訳付きの会議です。初めて参加した年、車椅子用のトイレに行列ができているのを初めてみました。もう、めずらしい光景ではなくなりましたが、こういうまちで、一緒に祭りを楽しみ、同じモノを飲み食いして育ったこどもたちは、ココロもバリアフリーだろうな、と思います。雑居祭りのもうひとつスゴイところは、大イベントなのにかかわらず、ゴミの量が驚くほど少ないことです。長年、イベント後のゴミに格闘しつつ、少しでもゴミを減らす工夫をあきらめず、毎年減らし続けています。それは、ゴミは各自で持ち帰る、といったレベルではなく、「ゴミをださない」ことを目指しているのです。参加する方には「食器をもってきてね」と呼びかけます。持ってきていない方にはデポジットで貸し出し、返すと返金する仕組みもあります。買い物も、大きな袋をもっていって、直接マイバックに入れてもらいます。それを、30年、続けているのです。会議は夜遅いから子連れにはキビシイし、(働きながら実行委員をやってくださっている方が大半)テント設営に協力したり、ゴミの分別のパトロールを行ったり、いろんな約束があって正直めんどくさいイベントなのですが(笑)その歴史と真剣さに、ひれ伏すカンジです。もちろん、誇りも感じます。そして、なにより楽しい。やっぱ楽しいが一番です。もし、お近くの方はぜひ足をお運びください。お椀、箸、コップ持参でよろしくデス両手があくように、リュックがおすすめです。どうか、明日、晴れますように!
October 8, 2005
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ようやく登録証を兼ねた活動調査アンケートのフォーマットができました。依頼状・企画書とともにこちらにも貼り付けます。項目にお答えいただき、この私書箱あてにメールいただければ幸いです。順次、とうきょう子育てねっとのブログのほうに登録していきたいと思います。(急ぎなのでリンクは追って・・・)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・次世代育成支援フォーラム開催にあたり、アンケートのご協力のお願い 次世代育成支援フォーラム 第1回とうきょう子育てねっと実行委員会 委員長 田中 茂時下ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。わたしどもは、「次世代育成支援フォーラム 第1回とうきょう子育てねっと実行委員会」(以下、とうきょう子育てねっと)と申します。 子育て支援や次世代育成支援のさらなる展開の必要性については、すでに周知のことですが、近年特に課題となっているのが、行政とNPOや市民団体との協働のあり方です。 そこでわたしたちは、世田谷区・杉並区・三鷹市の行政担当者とNPOの代表者を呼びかけ人に、東京都下の行政と子育てNPOに加わってもらい、「協働のかたちー“子育て”から地域資源を見直そう」というフォーラムを開催することにいたしました(主催はこども未来財団、少子化への対応を推進する国民会議、とうきょう子育てねっと。企画詳細については別紙をご参照ください)。 フォーラム開催にあたり、東京都内の各自治体の次世代育成支援のご担当部署や、関連NPOなどをゆるやかにつなぐネットワークがつくれないかと試行中です。その試みの一環として、当日配布のプログラムや、開設中のとうきょう子育てねっとのブログで、都内の自治体の次世代育成支援の対策についての紹介や、NPOの活動報告ができないかと考えました。同封のアンケートは、東京都内の各自治体の次世代育成支援の担当者のみなさまと、とうきょう子育てねっとに参加希望のNPOや市民団体のみなさんにお配りするもので、いただいたデータはそのまま掲載する予定です。 「とうきょう子育てねっと」は任意の団体ですが、これまでなかなか横つながりのできにくかった自治体間の連携や、NPO間の連携、自治体とNPOの連携などのきっかけになれればと考えています。 ぜひ、同封のアンケートにお答えいただき、とうきょう子育てねっとのネットワークにご参加いただければ幸いです。 お忙しいところ恐縮ですが、同封の封筒にて10月15日までにお戻しいただければ幸いです。 どうぞよろしくお願いいたします。次世代育成支援フォーラム 第1回とうきょう子育てねっと実行委員会企画・運営~子育てするならわがまちで!~『協働のかたち-“子育て”から地域資源を見直そう』[主 催] こども未来財団少子化への対応を推進する国民会議三鷹・世田谷・杉並合同実行委員会[日 時] 平成17年11月25日(金)子育てポスターセッション:10:00 ~ 12:30(予定)シンポジウム:13:00 ~ 18:00[会 場] 三鷹市産業プラザ7F会議室[対象者] 全国の子育て支援の行政担当者・NPO・保育、 児童館・親などの現場担当者[実行委員会]世田谷区、杉並区、三鷹市の行政担当とNPOを呼 びかけ人に、できるだけ広く各地域の担当者、NPO に声をかけて参加を呼びかける。 ゆくゆくは広域の連携(情報交換程度からスター ト)がとれるようになることを期待しつつ、コーディ ネートする。*実行委員会ウエッブサイト(tokyo-kosodate.jp)*実行委員長:田中世田谷区子ども部長 田中茂 [当日進行予定]11月25日 10:00~12:00 子育てポスターセッション 13:00~ 基調講演・シンポジウム・分科会を開催予定 18:00~ 懇親会アンケート項目。参加ご希望の方は、以下にお答えください。「次世代育成支援フォーラム とうきょう子育てねっと アンケート(NPO向け)」・団体名 ・代表者名 ・所在地 ・電話 ・メール ・HP ・みなさんのグループ・団体の活動内容(セールスポイント)を紹介してください・どことどんな協働をしていきたいですか? ・そのために現在どんなことをしていますか?
October 6, 2005
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昨日、どうしてかなさんのところの問題を取り上げたのかというと、「これは、かなさんのところのグループだけの問題ではないな!」と、直感したからです。わたしは日記に書く前に、名古屋のまめっこの代表者丸山さんと、アミーゴの松田さんに、「どう思います?」と、ケーススタディもしました。印象深かったのは、松田さんが、「わたしたちが初めて子育て支援メッセに参加したとき(2001年)、出展ブースのちょうど目の前が練馬の「手をつなご」の千葉さんたちのブースで、みなさん、わたしたちの子どもをずーっとみてくれてたんですよねー。わたしたちも何がなんだかわからないまま、『すいません、自分の子どもが小さいのに』とか言いながら、参加してました」という話でした。千葉さんというのは、長年保育士として働かれ、その後、地域のボランティア、特に子育て支援の必要性を痛感されて、0123吉祥寺の最初の施設長だった森下さんや福川先生たちとカナダのファミリーサポートの視察に行かれたり、それを現場の実践に生かしたりされている方で、ついにはNPO法人まで立ち上げてしまったシニア世代の女性です。千葉さんは主任児童委員もされているので、以前、その取材にうかがったことがありますが、手をつなごに関係している民生委員、主任児童委員のみなさんは本当に熱心で、地域の深刻な子どもの問題に真正面から向き合っています。「地域のおせっかいおばさん」とご自分たちでおっしゃってますが、ただの文句言いのおばさんではなないのです。愛情込めて、「やる」方たちなのです。自分の子どもの手が離れて、こんな動きができるか?と聞かれたら、今もできてないから、たぶんこの先もできないと思います。昨日のコメントは期せずして、品川のはらっぱさんと、元品川の住民のベッキーさんも書き込んでくれましたが、品川のNPO法人おばちゃんちも、千葉さんと似たにおいを感じます。特に、若い方を育てたいという代表者みこさんの思いを感じます。はらっぱのみなさんと合同で、「ニッコリータ」というサロンを開設されたのですね。かわいい名前ですね。異世代の団体が合同で何かをやるって、本当に珍しいのではないかな?千葉さんといい、みこさんといい、こういうシニアの方、実は、まだ多くはないんです。どうして多くないか、ちょっとわかる気がしますが、それは、わざわざ言いたくないな・・とも思います。まめっこの丸山さんも団塊世代の子育て支援者なのですが、「間をつなげる人が必要」とおっしゃってました。気がついたら、わたしもそういうポジションかも・・・。できるだけ多くのシニアの方に、いまの若いお母さんたちの思っていることや、やりたがっていることを伝えていきたいと思います。だから、当事者のお母さんたちにお願いしたいのは、自分たちが気持ちよく動けるように、見えないところで、取り計らってくれている人たちが、実はいるのだということに気づいてほしい、そんな人たちに感謝する気持ちを忘れないでほしいということです。今は当事者として、強烈な問題意識を持ってまい進しているけれど、10年後、20年後、子どもの手が離れたときに、自分はどんなことをしているのだろう?と、思う想像力も大事かと思います。これは、今、わたし自身が直面している課題でもあります。いつもスポットライトの中央で、マイク握りしめて「あたし、あたし」って言っていないと気がすまない、人生の先輩女性もおいでですが、そんなの、格好悪すぎだ。そうならないためには、どうしたらいいのか?ひとつひとつの選択に、重い意味を感じます。我欲との折り合いのつけ方。引き際の美しさ。身の丈にあったふるまい。周囲に何を期待されているかというのも、気にしなければならない世代になってきたと、実感。誕生から老い、死に至る循環。これは誰にも避けられないもの。役割は少しずつ変化する。ブログで知り合った、10歳近く年下の女性たちが、「本読みました。わたしもやってます」と、声をかけてくれるのをまぶしく感じ、彼女らの抱える子どもをみつめ、16歳に成長したわが子をしげしげと見、かつてわたしが、幼児の息子を抱え、「何かやりたいんです」と訴えたとき、わたしにチャンスをくれた女性たちが「孫が生まれたのよ」とおおらかに笑いながら、生き方の模索を始めているのを、静かに見ています。
October 6, 2005
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下関のかなさんから、相談事のメールをもらいました。今、自分たちのグループは地域の子育て支援に目覚め、いろいろなことをやろうとしているのだけど、子育てひと段落した年上の女性たちの団体から、注意を受けている・・・というものです。「子育て支援は、自分たちの子どもが大きくなってからにしたらどう?」ってことのようです。保育ボランティアをしても、かなさんたちのグループのお子さんは預かれない。なぜなら「(他の人の支援をしたいと思うぐらい)元気なお母さん」だから。「わたしたちが支援したいのは、ひとりで閉じこもってなかなか出てこれないお母さんなのよね」ということのようです。駒沢女性短期大の福川先生に教えてもらったカナダのファミリーサポートプログラムの原理原則には、「相互の助け合い、仲間同士の支えあいを価値あるものとし、奨励します」とあり、相互の助け合いが生まれるよう、支援することもとても大切だと認識されているようですが、日本の支援はまだそこまで成熟していないようですね。カナダの支援の内容などを積極的に勉強して、日ごろの自分たちの支援に役立てたいというような意欲を持った支援者が増えているのだったら、かなさんの地域の子育て支援は劇的に変わると思いますが、自分の子育て経験と自分の価値観だけでスキルも磨かず、知識も得ようとせず、「事務の仕事はわたしには無理だけど、子育て支援ぐらいならできると思う」というつもりで、何かやっているような人たちの団体だったら、変わる・変えるには相当時間がかかるだろうなと思います。かといって、「わたしたちはわたしたちでやります!」と、勝手にやってしまうのは得策ではないでしょう。まずは、誤解を解いていくことなのだと思います。それには、実績を積むこと、「やっている」ということを、口だけでなく、態度で示すことかと思います。1.かなさんたちはすでに試みておられますが、まずは グループ内で相互の預かりあいができるよう、みなの 保育の力をアップさせる。(例えば、会議を行うなどの場合、よほどの打ち合わせなら 外部の託児を頼むが、そうではない場合は、持ち回りで託児 しあい、その場にいなかった人にもちゃんと情報が届き、意 見が言えるような配慮をする)2.外からは「元気なお母さんたちが集まって、なんか楽しげな ことをやっている」というふうに見えるのだと思います。 そうではなく、グループ以外のお母さんたちに対しても「支 援」しているんですよ・・・というのを、わかりやすく見せる のも大事だと思います。 例えば、今度つくる子育てバリアフリーのマップなどは、 できるだけたくさんの子育て中の人に配る、やっていることを 途中の段階から情報公開して、「やってます、やってます」と お知らせしておく・・・など。3.ブログなども、メンバー間の情報交換のものだけでなく、 品川区のはらっぱのような、地域在住の 親たちみんなに伝えるような情報発信のブログもあると いいかもしれませんね。で、自分たちの情報だけでなく、 ほかの方の情報なども載せてあげるの。4.異年齢・異性の味方を増やす 全員が全員、反対の立場ということもないと思います。 「まあ、まあ、ここはひとつ、お母さんたちががんばって いるんだから、応援してあげましょうよ」と言って、 つなげてくれるような方を増やしましょう。このときあまり 行政に頼るのは得策ではない。5.グループ内の調整はつねにはかっておく びーのびーのの奥山さんも原さんも、第3子が生まれたば かりだったり、おなかの中にいるという状況のときに、びーの の立ち上げをされてました。 子育て当事者が支援をするのは、いけないことでも、できない ことでもありません。 自分たちが目指しているのは何か、だから何をしているのか など、グループの中で十分意思統一をはかり、外部からの無責 任な物言いで、せっかく集まった仲間同士がもめたり、傷ついた りしないよう、リーダーはその部分は常に押さえながら、やって いくことが大事と思います。 時には、「立ち止まる勇気」が求められることもあります。 NPOには、第1の顧客(会員)、第2の顧客(サービス提供者)、第3の顧客(地域社会)という3つの顧客があると言われています。わたしのNPOの師匠、田中尚輝さんの「リーダーのあなたに贈る実践!NPOマネジメント」(学陽書房)も読みやすくておすすめです。
October 5, 2005
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今日は、東京家政大学の2年生と4年生の将来育児支援を仕事にしていきたいと考えている学生さんを相手にお話をさせてもらいました。子育て支援に関しては、もっともっとお金も人材も投入しないと間に合わないと思っているので、どうしても要求が高くなります。くれぐれも、ぬるい意識と態度でお母さんや子どもの前に現れないでね・・・って感じです。それだけ、若い人たちに期待しています。東京家政大のなかのヒューマンライフ研究所には、子育て広場がありました。学校が地域に開放されていて、学生と近所の親子が触れ合える。大学がこうした試みをするのは、すごくいいことだと思います。久々に江東区の子ども家庭支援センターみずべにも長く関わっておられた新沢誠治先生とお目にかかれて、すごくうれしかったです。コーディネートしてくださった、板橋地域情報交流センターの杉浦さん、今村さん、ありがとうございました。佐々木先生、ありがとうございました。「いつもブログ読ませていただいてます」と言われて、「ぎょ!」。公開しているんだものね、読む人多いほうがいいよねと思いつつ、そう言われると、いたずらをみつかった子どものような心境になります。「杉山さんの本を読んで、わたしにとってはすべてが腑に落ちた」と言われると、こんな風に感じていたのは、やはりわたしだけではなかったんだな・・・と、自信がつきます。●午後は、中教審の会議。地域と学校のかかわりを進めている現場の実践報告を4つ聞きました。どの発表もよかったのですが、そのなかのひとつ、藤原和博さんのよのなか科の話は、聞くだに惚れ惚れして、「あんな授業受けてみたい!」と、大人が思いますね。企業人らしい、最初においしいものをたくさん食べてもらって、次に、学校のために力を発揮していただく・・・という考え方に納得。評判のいい学校になれば、経済効果もある(人が集まる、地価が上がる)。わたしは、三位一体改革の議論も念頭にあったので、少子化で子どもにかけるお金がどんどんと減らされているなかで、それでも必要なお金はあると思う。地域の教育力を向上させるには、これだけは、必要だというお金はどれぐらいだと思いますか?といった質問をしました。200人規模の公立中学を運営するのに、年間何億円。地域に開放して、ボランティアに関わってもらって数百万円。統廃合も進んでいるし、これだけあれば、やっていけると思う。あとは、校長のマネジメント力に対して、ある程度の評価をつける必要はあるのではないか。という藤原さんの解答に、「これよ、わたしが求めていたのは!」と、思いました。国規模で考えるのではなく、一つの単位(学校)で予算を立てる。それを自治体単位、国単位でプラスしていくと、そんなに難しくなくなるなあ。それを実践しているから強いよなあ。コスト意識。今、「福祉」や「教育」に求められているのは、これだと思います。
October 4, 2005
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先週、たいへんな思いをしながら引越しを完了し、ダンボールの山の中ですが新しい生活が始まりました。ま、同じ区内なので周りの環境はそんなに変わんないんですけど。で、昨日は子どもと一緒に地元のお祭りに参加して、子ども神輿を担ぐやら、山車を引っ張ってきました。うちの子はタダのジュースとかお菓子には弱くって(親がか?)子どもたちは各町会の御酒所ごとに、ジュースやお菓子を振る舞ってもらってました。小学校の低学年の子どもが中心かなぁ。それでもなかかな立派にこなしていましたよ。子どもたちにもこういうハレ舞台があるっていいですよね。こんな感じで子どもをきっかけにして、町会にも顔を出すようになりました。でも、年齢層を見ると働き盛りの男の人は少なくて、子ども会は中学校に行ったと同時に卒業って感じですね。なんかもったいないなぁって思いました。町会が本気になったら、地域のいろんな大人や子どもたちを巻き込んで、わいわい楽しくできることって、もっとたくさんあるような気がしてるから。とてもいい地域の資源だと思います。自分も町会では1年生のなので、そろそろと様子を見ながらですが、こんな角度からの地域の交流も実践してみたいと思っています。キーワードは「面白おかしく、自分が楽しく」です。しかし、大地主が実権を握っているような雰囲気もあり、ことは案外難しく、下剋上が必要になるかもしれません。返り討ちにあわぬよう、情報収集と戦略が要求されます。町会戦国日記、またご報告します。
October 3, 2005
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先週、横手と名古屋に講師の仕事で行ってきました。横手では、子育て支援とまちづくりということで、子育て支援の現状や課題、NPOとして何が求められるかについてお話させてもらいました。名古屋では、商店街で「遊モア」というつどいの広場をやっているNPO法人まめっこさんが、商店街とマップをつくるというので、子育てバリアフリーの要素を取り入れたマップになるよう、「子育てバリアフリー」とは何かについて、お話させてもらいました。どんなテーマを話しても、常に念頭にあるのは、「当事者の参画」なんですよね。横手では、支援を受けている人がやがては支援する人になるような支援が必要であるという話をさせてもらいました。そんなよい循環を生み出された先には、行政セクターと市民セクター(NPOセクター)の役割分担と協働があると、思います。市民が、子育て支援やまちづくりに、自分の問題として取り組むってことが大事だと思います。行政は、それを応援するのがしごとであり、何でもかんでも先回りしてやってあげるのは、決してその人のためにはならないと思います。名古屋では、子育てバリアフリーは、つきつめると、子どもと親の人権の問題であるという話をしました。誰もが自分の行きたいところに、自分の意思で行けるというのが、本来、人にやさしいまちなのだと思いますが、「子どもが小さいのに、どうして出歩くのだ」とか、「障がい者が介助もなしに出歩くのは無理だ」とか、「高齢者はおとなしくしているもんだ」とか、いろんなことを言われてしまう、それが、おかしいと思います。先日、有罪判決が出た、六本木ヒルズの回転ドアの事件が起きたときも、「あんなところ(大人が遊ぶところ)に子どもなんか連れて来るからだ」とか、「目を離した親が悪い」といったことを言う人はものすごく多かったようです。でも、公共の施設であれば、どんな人でも利用できるよう設計するのが、常識だと思います。それに、24時間目を離さないで子育てできる人は、まずいないわけで、事故は目を離したすきに起こるのだから、ドアや道などは、目を離しても大丈夫な環境を用意する必要があろうと思います。それが、子どもの参画、親の参画、当事者の参画のための、最低条件、基本の配慮でしょう。それには、一方で、当事者が当事者として、何を言うべきか、するべきかについて、きちんと承知しておくことも大事と思います。たぶんそれは「社会性」ってやつではないかなと思います。親や大人が「社会性」を身に着けないと、たぶん、子どもには無理でしょう。公共の場でのわきまえとか、ふるまいとか、そういうのも伝えないと伝わらない気がします。すべての人の利益を尊重する社会は、たぶん無理で、誰もが少しずつ遠慮することで、お互い様の社会になるのだろうと思います。そうした、遠慮と主張のバランスなんだろうなー。子どもに伝えるべきことも、今、大人がやるべきことも。そんなことを思った先週でした。
October 2, 2005
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世田谷区の子育て支援グループamigo事務局 市川 望美です。今日は子育てバリアフリーのご案内です☆子どもと一緒に街をあるいてみて、子連れに優しいまちってどんなのか。どんなものがやさしくないのか。そんな子育てバリアフリーの検証を行う「ベビーカーツアー」を開催します。ぜひご一緒にまち歩きしませんか。検証といっても難しいことはなんにもなくて、いつものように子どもと一緒にあるいて、子連れ目線でまちをチェックし、それを意見としてまとめるのです。私も去年、世田谷区の梅丘のまち歩きに参加しました。梅丘は福祉施設があるので、まちとしてもバリアフリーに取り組んでいるし、小田急線もどんどん駅が新しくなり、エレベータやユニバーサルデザインのトイレの設置なんかもすすんでいます。(私は京王線ユーザー。京王線はまだまだのところも多くて、、)なので、子連れにだって優しいだろうと思いきや、やっぱりまた違う目線なのだなということもよくわかりました。たて看板だって、ベビーカーの子ども目線だとちょっと怖い。看板をくくりつけている「ワイヤー」が飛び出していることもよくあります。少し前に事件になった、「ガードレールに差し込まれた鋭利な金属片」なんかも、ぞっとしました。ちょうど、こどもの目の高さあたりなのでは・・他にも、ちょっとした段差・ちょっとしたでこぼこだけど、ベビーカー連れにはつらかったり、スーパーの陳列も意外と難関になったりしますよね。普通の光景も、子連れ目線では意外な発見がたくさん。また、視覚障害のある方には絶対必要な点字ブロックも、ベビーカーで歩くとがたがたして赤ちゃんに振動が与えられてしまったり、子ども乗せて自転車のると、雨のときは滑って怖かったり・・・最近は「ユニバーサルデザイン」という言葉も浸透しているけれど、必要なものが上手に「共存」して、みんなが暮らしやすいまちってどんなものか、子育て目線で考えませんか。また、ハードだけじゃなく、ソフトが影響するバリア・バリアフリーもたくさんあると思います。別に子連れに優しいつくりじゃないんだけど、定員さんが子連れに暖かな配慮をしてくれるお店は、「子育てバリアフリー」だろうし、ちょっとした段差もひょいっと手伝ってくれるお店の人がいるところも同じ。京王線千歳烏山の駅は階段しかないのですが、子育て中の人たちの要望で、車椅子用のスロープをベビーカーの方もつかっていいことになったそうです!これもひとつのバリアフリー。(といいつつ、実際使ってみたら、スンゲーーーいやな顔されて、駅員さんに嫌味言われました。すごいバリアです・・)キモチの上での子育てバリアフリーも、当事者ならではの意見がでてくるのだと思います。今回あるく街は、子連れにハードルが高い?下北沢です!かわいいお店もたくさんあるし、すごく行きたい町なのだけど、なにせお店が小さくてわかりづらかったり、駅構内を歩くのが大変です。私も二人目の妊娠後期、1歳の息子をベビーカーに乗せたまま階段を担ぎ、小田急線から井の頭線に乗り継ぐのがほんとーーーに大変でした。(親切なおばさんと、以外にも地味な学生君が助けてくれたことが過去2回だけあります)今は改札の外にはエレベーターができたので多少楽になりましたが、そんなまち「下北沢」を「子育て情報メッセンジャー」が作った子連れのお出かけ情報誌を片手に歩いて子育てバリアフリーを検証し、その後みんなでお茶しながら意見交換です。みなさんのご参加、お待ちしています!子育てバリアフリー in下北沢<内容>○ベビーカーを押して街を点検し、実際にバリアやバリアフリーを体験する○撮ってきた写真を元にマップ上に情報をおとしこみ、街の課題を共有する○情報の提供の仕方を考える(マップ、ウェブ、報告会など)<ベビーカーツアー>日程:10月11日(火) 10月18日(火)時間:1時半~3時半集合:1時半に北沢タウンホール1階のロビー参加費:無料 (ツアー後のカフェでのお茶は各自お支払いください。)持ち物:(できれば) カメラ(デジカメがベストですが画素数の高い携帯もOK)タイムスケジュール:1時半~ 集合、主旨説明、ルートチェック2時半~ カフェ集合、ルート別に報告、20日作戦会議3時半 随時解散<ツアー報告、マップづくり作戦会議>日程:10月20日(木)時間:10時~12時タイムスケジュール:10:00 あいさつ 10:15 ビデオ上映10:20 マップひろげてワーク11:20 ルートごとに発表11:30 今後の予定、11:40 講評12:00 全員退出☆☆ 参加お申し込み ☆☆以下を子育て支援グループamigoまでご連絡ください。TEL&FAX:03-3328-9832メール:amigo@na-ka-ma.comamigoのブログサイト私書箱あてでもOK 【ブログ版amigoはこちら】お名前ご住所お電話TEL&FAX:緊急の連絡(携帯など)お子さんと一緒に参加される場合はお子さんの人数と年齢参加可能日(どれか一日でもOKです)○参考○子育て環境研究所「子育てバリアフリーとは」
October 1, 2005
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