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はじめまして、木村明子と申します。コドモ=姫一人=現在小学校6年生…が保育園3歳児クラスの時に会社勤めをやめました。24時間営業夜討ち朝駆けシゴトと、彼女(コドモ)との暮らしの両立が立ちゆかず。やれやれ、これでいよいよ社会生活から引退かぁ…と思いきや、縁あって、「子どもの文化研究所」という小さな団体のお手伝いをするようになり、そこの開催講座のひとつである「汐見稔幸保育学ゼミ」の担任(サポート)となり、早何年か…。…と言うような話をしちゃったものだから、「ならば、汐見BOOKの紹介を~」という杉山さんからの声を受けて、「オススメ」の何冊かをご紹介します。続けて紹介ということでしたので、まず最初に、汐見スピリッツが楽しく読める一冊を。お~い父親(part 1(子育て篇))2000年1月~2003年3月までの3年余にわたる毎日新聞・連載コラムがまとめられたもの。一編ごとに添えられた、本文内容にぐぐっと踏み込むような、時に、ぐい~んと加速度アップさせるようなイラストも魅力(byオオエダケイコ)。活字は苦手よ~の向きも、まず、この吹き出し絶妙なイラストから入ったら、本文読まずにいられませんわ、きっと。さて、まじめなハナシ、著者前書きによれば、「社会のキーワードになりつつある“男”と“父親”にさまざまな角度から光をあて、男とは、父親とはいったいなんだろうという問題を考えてみようとした」…1冊。けれど、だからっていきなり、「育児をしないオトコはチチと呼ばない~」「育児なし~」なんて、そんな、オトコたちを責めるような険(けん)はどこにも見受けられません。むしろ、「時代に翻弄されてきた男性、それなのに、そのことを十分に自覚してこなかった男性」に、実に温かいまなざしとエールの言葉が寄せられています。コラム・タイトルのいくつかをご紹介。といったほのぼのコラムがある一方、はたまた、といった、一瞬ぎくっとさせられる一文も。論より証拠(?)、いや、論じるならば実践も~のご家族のみなさんも折々登場していて、読み進むウチに、汐見ファミリーをよく知っているような気になってしまうかも。の章なんて、ちょっと笑えてちょっと泣けます。姉妹編のお~い父親(part 2(夫婦篇))も合わせてオススメ。
July 31, 2005
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こんばんは。amigoのイチカワです。今日は、私もメンバーの「NPO法人せたがや子育てネット」が、日本世代間交流協会、世田谷区、世田谷区教育委員会、世田谷区社会福祉協議会 と共同で開催した「多世代子育てシンポジウム」に家族総出で行ってまいりました。今回のイベントは、基調講演、シンポジウムという午前午後2本立ての講演と、フリーマーケット、地域のこどもたちによるお手玉ショー、団体の活動紹介 ということで、朝から1日のイベント。私は今回、シンポジウムにパネリストとして参加するという大仕事があり、さりげなく緊張しておりました。(旦那さんと子ども達はフリマで店主)なんたって、NPOメンバーとして地域で活動しているとはいえ、こんな大舞台は初めて!いつもなら代表の松田さんがやる内容なのに、今回は色々あって私にお鉢が回ってまいりました。パネリストは、私のほか評論家の樋口恵子さん、初代内閣府男女共同参画局長であり現昭和女子大学女性文化研究所長の坂東眞理子さん、江戸川区にある高齢者福祉施設&保育園という幼老同居の施設「江東園」の事務局長 杉啓以子さん、信州大学教授であり日本世代間交流協会会長の草野篤子さん、そして世田谷区の子ども関連の仕事をとりまとめている「こども部」の部長さん。わわわ、わたしなぞでは、や、役不足でござると逃げ腰になりそうな豪華メンバーです。(★ここらの心の内は、自分の楽天ブログにて"Backstage(笑)"として書いてあります。よかったらどうぞのぞいてみてください。)今回のテーマは「多世代子育て支援が地域を変える」でした。私は普段「子育て相互支援」という活動をしていますが、正直「多世代」という交流はあまり身近に感じたことがないのですが、みなさんは「多世代の交流による子育て支援」は具体的に体験されていますか?amigoの活動の一環で過去に一度、すぐ近くのデイホームに子連れで遊びに行って交流をしたことがある程度でしたが、1回限りの交流だったので「おばあちゃんたちが喜んでくれてよかった~」という感想がある程度。地域ぐるみでの多世代交流が、どんなにいいことがあるのか。どうやったらそういう取り組みが具体的にできるのか。うまく機能するのか。なかなか具体的なイメージがありませんでした。唯一思ったのは、自然な形で地域や多世代に関わっていけるような場所があればいいんじゃなかろうか。ということでした。さあ、世代間交流しようじゃないか!と気負わなくても、足を運びたくなるような場所だったりしたらいいなあ。ひろーい一軒屋を改造した和風カフェで、あがりかまちでちょっと話したり、あっちのお部屋では囲碁だの将棋だのやってたり、こっちではおいしいご飯が食べられたりして、雑貨とかも売ってたりして(それぞれの世代の人の1坪ショップとかでもいいね。店番はお互いやるとか)、もちろん庭では子供達があそべて、目的はひとそれぞれ色々ありなんだけど、結果的に多世代交流ができるとか、時にはもう少し積極的にお互いの存在にふれられるようなイベントがあったり、感性のゆたか(これがポイント)なコーディネーターさんが橋を架けてくれたりして。そういう場所だったら、普通に行きたいかも。そして、自然な形で多世代交流の恩恵を感じることができそう。こどもが大きくなってくれば、学校経由、子ども会経由とかで地域に関わっていったりすることができるんだろうけど、未就園児の在宅子育て中の家庭なんて、なかなかそういう場に出会えないし。在宅子育て支援と、地域の多世代交流を一緒に図れるような場所があればいいなあ。と思ったのでした。4つ葉の視点で考えるとするならば、「こども関係にもっと資源をください!」ということを、直接おじいちゃん、おばあちゃんたちと話せるようになるかもしれないし、4つ葉多世代交流もアリなのかもしれない。お互いの存在を自然な形で理解できる場所であったり、それぞれの思いを引き継ぐことができる場であったり、そういうことが大切なのかもしれないですね。いいことばかりではなく、年を重ねることの意味だったり、人の命がなくなっていくということを目の当たりにして、命を身近に感じるためにも、多世代の交流はいいことなんだろうなと思う。旦那方のおばあちゃんは先日米寿のお祝いをしたのですが、ずいぶん記憶なんかはあいまいになっていて、とても可愛がっていた孫(同居)で親代わりとなって育てていたくらいのうちの旦那さんのことでさえ、もう名前は思い出せず、いつも自分の息子の名前で呼びます。うちのこどもたち、つまりひ孫達も、1~2ヶ月に1回はあっているのですが、その度「この子たちはなんてったっけね?どこの子だい?」と聞かれたりしています。うちの子どもたちはまだ小さいので、この状況がわからないのだけど、もう少し年を取っていったら、おばあちゃんはどうして父ちゃんのことを叔父さんの名前でよぶんだろうとか、どうして何度名前を言っても覚えてくれないんだろうとか、いろいろなことに気がついていくのでしょう。そうやって、色々なことを知っていくんだろうな~もともとは、普通に生活をしていればそういうものにであえるのだろうし、たとえば旦那方の千葉の家では4世代の交流が家の中にあるから、わざわざそんな場所をつくる必要があるんだねえ、、、なんて不思議がられてしまいそうですが、無いところには仕方ないですもんね。樋口先生も、「本来自然にあるべきものをわざわざ用意するのだから、必ずなんらかの仕掛けは必要です」というようなことをおっしゃっていました。不自然なことかもしれないけれど、その中からなるべく日常性をみつけたり、逆にイベント性を強めたりする仕掛けが必要なんですね。それから、多世代交流で必要なこととして、「引き継いでいくこと」「渡していくこと」があるそうです。今の60台後半から80台くらいの人たちは、戦争で上の世代をなくし、西洋化にむけた流れをまともに受けているので、上の世代から受け取る、守ってきた物を渡していくという行為がすくなかったので、下へ渡していく方法がよくわからない、ということもあるそうです。よく政治家とかに「なんでこんなおじいちゃんがいつまでも現役で居座っているのかしら!」なんて怒りを感じたりするのですが、彼らは何もなくなってしまった中から自分達が手探りでやってきた自負のようなものもあるし、引き継いできた経験がないから、渡し方がわからないのですかね。(利権にしがみついているひともいるだろうけど)でも、うまく出会える場所、継続的に触れられる場所が地域の中にあれば、お互いの存在が身近に感じられるようになっていくだろうし、そうすれば下の世代に引き継いでいこう、役割をになっていこう、と思ってもらえるようになるのかも。この子たちのためになんかしてやろうじゃないか、、、と。そして、私たち自身も、もっと回りを見渡して、知りたいことがあれば教えて欲しいというべきだし、自分たちのこともどんどん発信して、社会に関わっていこうと思えるようになるのかもしれないな。なんだか、まだ頭の中でうまく整理が付いていないので、とても書くのに時間が掛かってしまっていて、なおかつなんとなく着地点もみえないのですが、もし、多世代の子育て支援に取り組まれている方、地域、団体なんかの方がいらっしゃれば、例を教えていただけると嬉しいです。最後までお読み頂き、ありがとうございます。
July 30, 2005
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今、下関にいます。PC環境があまりよくなく、長時間ネットの接続ができないので、書き込みへのお返事は、帰ってからになります。2日には帰りますので、すみませんが、ちょっとお待ちくださいね。4つ葉のブログを始めてまもなく、わたしが「子育てバリアフリー」の調査研究をしたことを書き込んだのを読んで、下関のナチュラルパーティーのかなさんから、「その調査を下関でもやりたい」というメールをもらいました。ちょうど、今年の調査先を検討中だったので、じゃあ、下関でやってみようか・・・ということになり、昨日から下関入りしました。昨年は、バリアフリー、ユニバーサルデザインとは何かについて、事前にレクチャーを行い、その後わたしたちも同行してまち調査に出るというプログラムだったのですが、今年は、「説明抜きにまず現地の人たちに調査してきてもらい、それを発表してもらって、いっしょにわいわい話し合おう」と、やり方を変えました。電話でのやり取りは1回だけ。こちらの意図がどれぐらい伝わったかわからないし、NPは、「法人格も持ってない、子育て中のお母さんたちのグループ」(← 行政的発想)。小さい子連れてまちを歩くったって、大変だろうから・・・・と、正直なところ、そんなに発表には期待していませんでした。ところが、かなさんたちは、下関市内の子連れで行きそうな箇所を3箇所、ピックアップし、暑いさなかにベビーカーやだっこで分担して歩いてくれ、同行した日大・八藤後さんも大喜びの写真をたくさん撮ってきてくれたのでした。(フシギな位置に設置してあるベビーベッドとか、使えない授乳室とか、せっかくいい授乳室があっても、そのすぐそばに喫煙所が設けられてあったりとか)当日も、全然打ち合わせなしのぶっつけ本番だったので、会が始まってこそこそと、かなさんに「発表はかなさんのほうでやってもらえる?」と言ったのですが、いやいや、調査してくれたお母さんたちが、堂々と、「ここは、こうで、ここは、ああでした」と、写真を送りながら発表してくれたのでした。聞けば、NPでは人前で話ができるようになろうと、毎回スピーチをしているのだそうです。そういうことをしておくと、マイクを振られて、「エー。あなた言いなさいよ、わたしはいやよー」と、みんなでもじもじしちゃって、大のオトナなのに、(PTAとかによくありがちな)不毛に時間だけ過ぎるという状況は、まずなくなるんですね。 「ひょっとして、わたしたちと歩くよりも、お母さんたちだけで歩いてもらったほうがいい写真が撮れる??」と、八藤後さんと言い合いました。一番役に立ったのは、わたしが持ってきた他の地区の子連れマップだったのでは??(アミーゴの手書きのマップとか、入間市で作ったやつ)昨日は、地元の母親クラブの方や、行政担当者の方も着て下さり、NP以外の人たちとの意見交換もできて、広がりも感じました。NPでは、「自分たちでもマップ作りたいね」と言っており、どんなマップをつくってきてくれるか、とても楽しみです。今日は4つ葉のミニ勉強会です。まだまだどんなプレゼンテーションが当事者ママたちに響くのかは、わたしたちも試行錯誤の状況。いっしょにつくりあげていけたらいいなと思っています。
July 30, 2005
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先日、私立保育園の園長先生方と意見交換する機会がありました。そこで、今の保育園経営者は外部からの要求や批判の目にさらされて、ストレスがたまっているのだと再確認。「子どもの育ちに着目したら、働いていても働いていなくても同じように何らかの支援が行われるべき」「保育園ももっと地域の子育て支援を行うべき」などと話しましたら、「働いてきちんと納税している人と働いていない人を同じように支援するのはおかしいのではないか」「保育園も子育て支援を行っているし、これまでも行ってきた。地域への子育て支援がこれだけ叫ばれる前は、地域への支援なんて余計なことはしなくてよいと、行政から指導を受けてきた」「子どもの保育時間は1日8時間だけれども、開所時間は11時間になり、保育者の勤務時間は週40時間になったので、一時期と比べると保育園の運営は厳しく、保育士の仕事は加重になっている」などの意見を頂きました。保育園を評価していないと受け止められたようです。在宅への子育て支援も大切だけれど、そこばかり充実させることは、現在、保育園に使われている公費を薄くばらまくことにつながるとの危機感もうかがえました。 現在の保育園が忙しく、大変なのは重々承知。でもそれは、全ての事業を保育園、保育園のスタッフだけで受け入れ、対応しようとしているからではないかと私は考えています。地域には暇をもてあましている中高年もいれば、活動の場を求めているNPOやボランティアもいます。財政的な面は今後の検討に委ねられることになりましょうが、地域の人材を活用したり、NPOと連携することで、保育園が大きな負担を感じることなく、多様な事業を行うことは可能だと思います。保育園だけが頑張って、在園児やその親、地域の子育て家庭を支えるのではなく、地域の色々な人々と連携し、あるいは地域に貢献できる人材を育成して、保育園が地域の子育て支援事業や子育てネットワークの拠点となるってことも可能ではないでしょうか。そのような存在になってほしいと思っています。地域のネットワークは、あるときは保育園を支えもするでしょう。保育園には保育士という専門職がいるのですから、期待も大きいのです。 当日、十分に反論できなかったので、ここで少し反論してみました。もちろん、保育園が以前より大変になっている根本的な原因としては、長時間労働が当たり前になって、子どもの在園時間が長時間化しているという点も否定できません。働き方を見直して、親が子どもと過ごす時間をしっかり確保するということこそ、いの一番に解決しなくてはいけない問題です。保育現場にそのしわ寄せが来ているのが現状だとは思いますが、もう一方で、保育園の内部にだけ閉じこもらないで、地域に出てきてほしいとも思うのです。
July 29, 2005
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とびうめさんのトラックバックを読みながら、「こんなふうに書いたらえんやん。わたしの切り返しトークは、あまりにミもフタもない。淡白すぎる」と、反省。(みなさん、あまりまじめに切り返しトークを受け止めないでくださいね・・・)人様の悩みを聞いて、受容して、共感して、癒してあげたいって言う人多いのですが、つくづくえらいと思います。気性ががさつで大雑把なわたしには、ぜったい無理。(周囲の人は知っているので、わたしに人生相談を持ちかける人はいない)そんなわけで、女流作家が書く恋愛モノの小説は、全然読んだことがありません。塩野七生さんが大好きで、彼女の好きなことばを社名にしたぐらい。今、『ローマから日本が見える』を読んでいるのですが、「このどん底から立ち上がることで、ローマは「真のローマ」になっていく。ローマの強さは、失敗はしても、それをかならず次の成功につなげようとするメンタリティにあるのですが、このとき彼らは敗因が自分たち自身にあったことを直視します」といった文章を読みながら、心底わくわくしてしまうのです。で、「一級品の男たち」という小見出しに、ヒー!誰?誰?って、ユリウス・カエサルとかなんだけど。読むと、「ああ、ほんとに、一級品だわー」と、納得。その情緒を押さえた淡々とした書きぶりに「たまらーん」と、声をあげています。で、その「ローマから日本が見える」を片手にしばらく夏休みです。あとは、みんなに任せたっ。
July 28, 2005
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火曜担当のはずが、たびたびウッカリ――の榊原です。杉山さん、ほんとごめんなさい。トホホ・・・今回は、ちょっと自己紹介をさせてもらいます。私は、昼間は読売新聞で解説部の記者をしていて、夜と週末、小学校2年の娘の母親をしています。7年前の出産の後、念願の赤ちゃんと出会えたというのに、半年間の育休中は、孤独とストレスで、生まれて初めて自律神経失調症になりかけました。どうして?なんで子育てがこんなにツライの?!毎日、ベビーカーを押しながら、そう自問自答して悩んでいたのが、子育て支援や少子化問題に関心を強めたきっかけです。当時、政治部記者だったので、政治家や高級官僚と言われる人たちに聞いて回ってよくよくわかったのは、国を動かしている人たちの意識の底流にあるのは、「子育てなんて低位の問題は親がちゃんとやればいいこと」「子育て支援なんて、母親を甘やかせるだけ。票にもならない」ということ。そうかぁ、だから同じ社会的弱者でも、高齢者にはこんなに手厚い福祉サービスがあるのに、子どもにはこんなに貧しいのか――。そう納得するとともに、この「子ども差別」「子育て蔑視」は放置できない、とムラムラと腹が立ってきたのでした。子どもたちの将来のためにも、これから子育てする人たちのためにも、何とかしなくっちゃ、というはやる気持ちが、杉山さんや「4つ葉プロジェクト」との出会いになったのでした。ただ、こういうストレートな思い、新聞の記事なんかではなかなか書きづらくて、むしろ雑誌とかで(八つ当たり気味に)書いたりしてます。(こんなことだから、新聞は読み手が減っちゃうんでしょうねえ)
July 28, 2005
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最近わたしが感動したのは、Chulipさんの「母親には見えない」についての3回にわたる膨大な考察だ。そんなふうに、いろんな人の意見を読みながら自分で考える。考えて、考えて、文字にしていく作業は、ものすごく大事だと思う。「考え方を鍛える」というのは、わたしの好きなことばなんだけど、本を読んだり、調べたりしてひとりで鍛えてもいいし、人と議論して鍛えてもいいし、どんどんとやったらいいと思っている。途中で投げ出さないでやると、どんどんどんどん意識が深いほうまで進んで行くのを感じるし、そういう楽しさを知ると、「どうでもいいこと」は本当に「どうでもいいこと」になっていく。さて、arimama*caoriさんから、「子どもの騒音、杉山さん、どう思います?」と、お題を頂戴した。よし。切り返しトークも考えつつ、考察してみよう!>なぜ、子どもの声が騒音になってしまうのか?うーん、残念ながら、うるさいと思う人には、うるさい。電車の中でギャーギャー泣かれて「うるさいなあ」と思う人も多い。世間は冷たい、だからその意識をなんとか変えていかなければならないというのを大前提に子育てしていかなければならないのは、確かのようだ。切り返しトークとしては、うるさいと言われる前に、「ちょうど元気のいい時期で、なかなか言うことを聞いてくれなくて。お騒がせしてしまうと思うんですが、あんまりひどいようでしたら、遠慮なくお知らせくださいね。とにかくどうぞよろしくお願いします」と、子どもをつれて、菓子折りでも持ってあいさつにいってておくのは、おすすめだろう。>そっちがうるさいというのなら、防音サッシはそっちの家がつけりゃいい話で。ストレスの原因を子どもの声にこじつけているだけで。>その裏の家には一人暮らしのおじいちゃんが住んでいるそうで。。。だったら猶のこと。こういう場合は、「被害者」「加害者」だけで問題を解決しようとしないで、大家さんなり、管理人なり、地区の顔役なり、主任児童委員さんなり、弁護士なり、第三者をたてて、交渉するのがよいのではないかと思う。サッシを取り付けて解決するにしても、そのプロセスを大事にしたい。例えば、「一刻も早くサッシを入れたいのはやまやまだが、夫のボーナスも増えなくて、家計はキュウキュウで、サッシ代を全額負担するのは、本当に厳しい」と、言い、すべての家庭のQOLのために、みんなが負担する。例えば5割はその家、あと、2・5割ずつはご近所で支えあうとか。>子どもが子どもらしくのびのびと育てられるような住宅環境をください!頼みます。(どこへ頼めばいいの?)大ボスは、国土交通省。ユニバーサルデザイン大綱案の意見出した? わたしは出した。こーゆー機会を逃さない。役人は数に弱いから。でも、子育て支援住宅の供給なんて始めては、いる。(それはほめる。「こーゆーの、待ってたんです!」って)「ニーズがあるんだな」ということを、相手にわからせることも大事だ。でも、そういう住宅に引っ越せる人は、ごく一部の幸運な人なんだけど・・・。今は、できることからだから、仕方ないか。>子供達が路地で遊んでいる声が響いていて、その隣におじいちゃん、おばあちゃんが見守っている。そんな、地域を作ってお互いに支えあう社会をつくりましょうよ。本当にそう。少しずつだが、「最近の若い親は」と文句言っている中高年世代のなかには、「そんなダメ親に育ててしまったのはわしら世代であった」ことに気づき始めた(って自明だろ。気づけよ)人が現れ始めてはいる。まずは、そういう人をみつける。味方につける。そういう人に、代わりに言ってもらう(←これはわたしのよくやる手。「先生」にあらかじめ耳打ちしておく。生意気な年下のねーちゃんの言うことは聞かないが、同じことでも「先生」が言うと、聞くんだな、これが)。えー、こんなテクニックを駆使しないと、子どもがのびのび遊べる環境を用意してあげられないの??という声が聞こえてきそうだが、わたしは、楽観はしていなくて、そうなんだと思う。わたしたち世代も「自分でなんとかする」ことばかり考えて、人の手を借りること、周囲に変わってもらうことに励んでこなかった。だから、17年たっても、変わってない。こんなに少子化が進んだのに、むしろひどくなっている。ちょっと歯噛みをしていて、「このままでは終わらんぞ」と思っているわけです。だから、もう、みんなで、あっちこちで風穴をあけていくしかない。切り返しトークは、正解ではないので、みんなでつくっていくといいなと思います。とにかく、怒りをストレートに見せない。正論をぶつ。ちなみに、困っている人が本気で、「なんとかしてください!」と、言わないと、周囲は助けてくれません。誰かが、何かしてくれるだろう・・・では、しかたがないんだよねー。だから、4つ葉プロジェクトは4つの本気を掲げているわけです。
July 27, 2005
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水曜日担当の岡本佳美@フローレンスです。先週は「ママに見えない!」は褒め言葉?の話題が思いがけず盛り上がって、ほんとよかったです。個人的にもっとも印象的だったのは、「ママに見えない!」と言っている側と、その言葉を受け止めた側のあいだに、大きなギャップがあるんだ、ということ。また、世代によっても、その言葉が担う意味合いが変わってくることを再認識しました。20代のママに見えない!と、40代のママに見えない!では、当然、その意味するところも違ってくるわけで、一般化することは難しいですよね。笑ぷくこさんが教えてくださったような、産後のダメージからのリカバリーへのご褒美的なニュアンスや、杉山さんがご指摘くださったような「話題の幅」は、とても示唆的で、このギャップを認識するにいたりました。●「ママに見えない~!」という言葉がどんなシーンで使われるか、というのを改めて見つめてみると、まだ相手をよく知らないうちに、第一印象や見た目の感想として、“便利に”使われるケースが多いように思う。(もちろんすべてのケースではないけれど、象徴的に。)たとえば、笑っていいとも!に登場した一般人に対して、タレントが大げさに驚きながら発言しているようなシーン。こういう使われ方こそがもんだいだと思うから、敢えて、見た目に関連する母イメージに収束したのですが、、、その場合「ママに見えない」と発言している側は、その言葉に、たいして思い入れがないように思う。“便利な”褒め言葉として使われているに過ぎないのではないかと。ここに受け取った側とのギャップがうまれる。で、そのギャップについては、受け取る側には罪はないよな、、、と思った。むしろ、“母”という言葉を用いた慣用句(じゃないけど。笑)が、“便利な”褒め言葉に成り下がってしまっている現実こそが、母ブランディング的に悲しいお知らせだと、広告屋のわたしは、思っています。すべての「ママに見えない!」シーンをこれで代表するのは無理がありますが、少なくとも、産後のリアルや、育児中のママのリアルを知らない、未妊娠世代や、男性からそう言われたら、おそらくそこには、ギャップがあります。●実は、あれからまた、資料を読み進むうちに危機感は募っているんですが、笑最近のママ系雑誌では、「ママに見えない!」ファッションとか、大々的に特集されていて、ほんと終わっているというか、表層的な「ママに見えない!」に踊らされる次世代ママが生産されてしまっている;;;くぅーーーでもまあ、マスというのはそうもので、宿命的に遅いのだ。最新情報があるように見えて、実は、本当の最新は載せられていない。マスコミがマスコミであるがゆえの、宿命です。まさにマドレボニータとか、4つ葉プロジェクトとか、リアルなコミュニティこそ、“本当の最新”を発信できるメディアだと思っています。
July 27, 2005
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NPO法人「子育てネットくすくす」副理事長/子育て支援総合コーディネーターの草薙です。「くすくす」は、香川県善通寺市にて3年前に親子が自由につどえる場「セカンドホーム」として2階建ての民家を賃借し、2年前から「つどいの広場事業」の委託、昨年度から障害児のデイサービスの事業を開始し、地域の中で障害のある子もない子もともに育ちあう場、「子育ち」「親育ち」しあえる場として活動を行っています。また、「くすくす」は地域の子育ての情報をインターネットや子育て支援総合コーディネーターを通じて発信し、地域の中で安心して子どもを産み育てることのできるまちづくり=子育て支援を行っています。私はもともと東京出身で結婚を機に12年前に香川へ嫁ぎました。その当時、コンビ二ひとつない、外に出れば高齢者ばかり…正直、カルチャーショックを受けながら地縁・血縁のない中で妊娠・出産・子育てと奮闘してきました。子育て支援の「し」の字もない環境で、ましてや地域とのつながりもない初めての子育てにとまどい、悩み、社会との閉塞感を感じながら葛藤する中で育児サークルを立ち上げ、7年間代表をつとめた後、現在の「くすくす」の活動に至っています。育児サークルの活動から始まり、NPO法人の立ち上げ活動の継続に至るまで、地道な活動の中で色々と葛藤することも多々あるけど、全国でたくさんの方たちの頑張りを知り、その姿に励まされ、勇気をもらっています。4つ葉プロジェクトとの出会いは、全国で子育て支援活動されている方たちのメーリングリストに参加させていただいたのがきっかけでした。東京と地方=田舎とでは勿論人口も違うし、地方の独特な風土(めちゃ苦手)やいろんな意味で温度差はあるけど、今の社会におかれている子育ての環境(ハードもソフト)をよりよいものにするには、子育ての当事者として大なり小なりのアクションを起こすことが肝心!なのだと痛感し、杉山さんにコンタクトを取った次第です。今の社会全体で子育てを応援します!とういうことが「絵に描いたもち」に終わらないように、この4つ葉プロジェクトの中で様々な視点から子育てを見たり考えたり学んだり、多様性の中でゆるやかにつながりを持ちながら香川の田舎でジリジリと盛り上げていきたいと思っています。最後に、子育ての当事者であるママたちへのメッセージとして、杉山さんの「子育て支援でシャカイが変わる」の中でも書き記してありましたが、女性としての生き方に結婚→妊娠→出産→子育てが人生のゴールではない!という事と、○○さんの奥さんや○○ちゃんのママという存在ではなく、ひとりの女性、ひとりの人間として自分自身を生かしながら輝いて欲しいなぁ~と思っています。
July 27, 2005
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文部科学省中央教育審議会生涯学習分科会「家庭・地域の教育力の向上に関する委員会」に出席しました。「パチンコ屋の託児」でアタマがいっぱいだったので、自由討議の一番に手をあげ、「いままでは、学習を希望する親の学習支援」であったのが、これからは「すべての親の子育て支援施策としての学習支援」になったのだから(詳しくは文部科学省HP)、子どもを預けてパチンコする親の子どもも預かる必要がある。そして、その人の状態に合わせて学習支援をしていくべきである」という発言をしました。その後、隣に座っていたNPO法人わははネットの中橋さんが、キスケさん同様、うちの地域にも託児付のパチンコ屋があり、その必要性を痛感していると強調してくれました。ぶんぶん01さんが日記で「お母さんがちゃんとしないと」について考察されていますが、わたしは、ほとんどのお母さんが、「ちゃんと」していると思います。むしろ、ちゃんとしすぎて、過敏になっているんじゃないか?と思うぐらい。ただ、弱点もいくつかあって、例えば生活体験が希薄な人が多いとか(つまり家事が得意でない。子育ての方法がわからない。しかし、それは本人だけの問題とはいえない。教育と環境がそうだったのだから)、自分とあまり関係ない人(年長者とか、趣味が合わない人とか)との会話が苦手とか(これも、性格がありますからね)、まじめに考えすぎの人がおおいとか。そんなのは、全然気にする必要なくて、自覚して、練習すれば、すぐなんとかなると思っています(子育てを通して、オンザジョブトレーニングですな)。そして、子育て支援、親の学習支援とは、まさしく、その足りない部分を補うためにあるのであって、もともとお母さんが持っている力を引き出してあげる支援ができなくて、何が子育て支援だ、学習支援だっ と思います。「お母さんちゃんとして」という人には、「ちゃんとしてって具体的にどうしろってことですか? わたしがアタマが悪いんだと思うんですが、わかりやすい例を出していただかないと、わからないんですぅ」と、切り返しましょう(切り返しトーク その1)。「わたしが若いころはもっとちゃんとしてた」という人には、「全部うまくひとりでやったとおっしゃいますが、広い空き地もあったんじゃないですか? お友達も多くて、子どもたちで勝手に遊べてたんじゃないですか? 今は、事故も事件も多いですから、目が離せないんです。ずーっとあとを追いかけなくちゃいけないから、家事をする時間が減るんです。夫の帰りも遅いですし。こーゆー場合、どうしたらいいんでしょう?教えてくださいよぅ」と、にっこり笑う(切り返しトーク その2)。もっしかすると、倍返しにあうかもしれませんが(笑)、気にしたら、負けです。で、声を荒げたら、負けです。一番問題なのは、マスコミです。間違いすぎです。その理由ははっきりしています。「子育てを知らなさ過ぎる人」が記事を書き、番組を作っているからです。これについては、絶滅品種に指定されているマスコミで働く母および、その予備軍が、泣きながら孤軍奮闘しています。彼女たちが書く記事や企画書は、たいがい決定権を持つ上司(団塊の世代の男性)に公になる前にひねりつぶされてしまいます。ここについては、戦略が必要でしょう。いま、子育て中のお母さんに言いたいのは、自分ひとりでなんとかしようと思わないで、上手に助けを求めて。わたしのせいで・・・と思わないで。ぶんぶん01さんのように、「おかしい!」と思うことは、こだわって、考えて。「やっぱりおかしい」ということについては怒っていい。そしてその怒りを上手に表現して。ということです。「お母さん」にもいろいろな人がいます。たぶん、パチンコ屋に行きたいお母さんと、マコさんに共感して、マドレボニータになりたいと日々励んでいるお母さんとでは、価値観も生活に対する姿勢も違うと思います。だから、腹をくくって、本名での登場の覚悟を決めた松田妙子さんとか、言える人から、少しずつ、自分のの声にしていったらいいと思います。わたしも言います。(わたしの課題は、どこに何を言ったら一番効果的かを考えてモノを言うことかなー。無駄吠えをなくしたいです)4つ葉PJの課題は、いろいろあるのですが、声を挙げやすい環境をつくっていくことと、声を届けやすくすることだろうなと思っています(切り返しトークも増やさないと)。みんなでがんばりましょっ。
July 26, 2005
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昨日は夜、厚生労働省の社会保険庁改革の会議で、今日は文部科学省の中教審の会議で、さすがにぐったり。この台風のなかを、行くんですね~。。。。 げ、原稿の締め切りだし。なのに、こっちで日記書いてるあたり、ほとんど、試験前の学生と同じです。 昨日から突然スタートした、「飛び入り参加 ワシにも言わせろ」コーナーの第一弾は、北海道で大活躍中の林真未さんの「カナダなーらどうする~」でした。 数年前から、子育て支援業界では、カナダブームが続いており、カナダに学べ!と、勉強会をする人、視察に行く人があとを絶ちません。 手法や技術的にも学ぶべきところは多いのでしょうが、一番学んでほしいのは、林さんが書いていた、来るもの拒まず、全部ウエルカム!の姿勢です。お母さんグループなどがすっごくがんばって公民館などのサロンにたくさんの人を呼んだり、イベントを成功させたりして、それを行政の人たちに報告に行くと、したり顔の行政職員や専門家が、「そういうところに来るお母さんはいいんですよ。問題は、来れないお母さんをなんとかしたい」って、それが、あんたたちの仕事だろ!「なんとかする」ために、なんかしたことあるのか?カナダには、なかなか出て来れない親の家をしつこく訪問する「ドアノッキング」という事業があるそうですが、ちょっと意識の高い子育て支援の人なら、そうやって、「ここでこんなことしてるから、よかったら、来て」と、嫌がられても繰り返しうちを訪ねては、顔見知りになっていくというアプローチがあることを、知っているはずです。(知らない人は、論外)だったら、やれよっ。確かに行政が、「のどから手が出るほど」、来てほしがってる「気になるお母さん」は、たぶん、パチンコ屋にもいそうだね。そこに、上質の子育て支援の拠点があるって、すごくいいと思う。まみさん、パチンコ屋がなぜやらないかって、そんなことしたら、客が減るからよ。そんな施設があれば、お母さんは、パチンコ屋に行かなくてすむと思うよ。また、子育て支援というか、家族支援というかで、ニュアンスが全然違ってくることに、みなさんもお気づきだと思います。子育て支援って言うと、「子育て」しか眼中にない感じ。じゃなくて、「家族」全体を支援するのだとすれば、手に職つけて再就職したいお母さんの支援も、働きすぎで家族と接する機会を持てないお父さんの支援も、子どもの支援とあわせて、当たり前のようにできる。それでもかたくなに「子育て」支援とがんばる背景には、いったい何があるんだ?厚生労働省では「子育て支援」と言うが、文部科学省では「家庭教育」と言う。でもやっていることは同じだったりする。なぜだ?支援を受ける親は同じはずなのに(「気になるお母さん」にはほとんど手をつけないで)、なぜ、違う呼び名で言いたがる?ってなことを、今日の会議では、突っ込んでヤルと、気合を入れているのでした。
July 26, 2005
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林真未です。パチンコ編、続きです。 もう一歩進んで、子どもの死亡例もある、車中置き去りをする親へのアプローチについても考えてみます。ここでの究極の目的は、子どもを死なせない、車の中に待ちぼうけさせないことですから、カナダ的には単純に、親にパチンコを我慢させるより、その間の託児を充実すればいい、と考えるでしょうね。 パチンコが親のレスパイトとして必要なら、我慢させては、その後の家庭生活に支障があるかもしれませんし。「お前のせいでアタシはパチンコにも行けないじゃない!バシッ」なんてね。 パチンコ屋さんはお金持ちですから、その資金力をほんのちょっと投資してもらい、あのどでかい駐車場(田舎では皆、車でパチンコに来るので)の片隅に一時利用専門の託児所を開設してもらえば、全てが解決するのになあ、と私はいつも思います。 自治体行政がパチンコ託児所設置条例みたいなものを制定すれば、それは現実化するのでは?パチンコ屋さんはそれを受けて資金を提供し、運営は既に実績のあるNPOに委託する。できれば無垢材を使った木造の平屋建て、格調高い絵本やおもちゃ、質の高いスタッフやボランティアなど最善の建物、人、ものを揃える。 そして、利用者には子育てワークショップや講座と無料託児をセットで提供する。 この企画が実現すれば、1、行政は、子どもの車中死に対策を講じた実績を作れる。2、パチンコ屋さんは、子どもの死亡事故によるイメージ悪化を防げるほか、車中置き去り派だけでなく、行きたいけど我慢している親、孫を預かっているパチンコ好きの祖父母など、お客さんを増やせる。3、いつも資金繰りに困っている子育て支援NPOの活躍の場を作れる。4、多分プラスティック玩具やTVゲーム、キャラクター絵本で育っているであろう子どもたちに、違った雰囲気のおもちゃや絵本や保育に触れる時間を用意できる。5、子育て支援センターや公民館がのどから手が出るほど来てほしいと思っている「センターや講座に来ないような人々」(=おそらくパチンコ好き)を招ぶことができ、理想的な子育て支援サービスを必要な層に効果的に提供できる。6、子育て支援に関わりたい地域の人材を活用できる。と、いいこと尽くめだと思うのですが、この手の提案をしても、いつも「いいねえそれ!」とは言われずに、「そううまくは行かないでしょう」と反応されます。そうかなあ。【男と逢う編】 カナダは延長保育や長時間保育が充実していないので、男と逢うような時間帯は個別のベビーシッター利用でしょうから、お題のようなシチュエーションはありえないかもしれません。 それ以前に、カナダ的には、パチンコの場合と同じように、シングルマザーの性生活の充実も家族のウエルビーイングに必要と考えますから、「男と逢うこと」が罪悪視されることもないでしょう。むしろ、支援者が男性問題の相談にさえ乗る雰囲気があるかも。母親の精神的安定も、子どもの利益につながりますからね。 カナダでも、時間通りに子どもの受け渡しができない場合、クレームはあるでしょう。が、それは契約不履行に対するもので、男云々という問題ではありません。また、そういう場合、徹底的な話し合いがあるでしょうね。日本は国民性が違いますから、必要なときに自分の意見を丁寧に言葉にして、徹底的に話し合う…という方向になかなか進まないのではないかな…。 子育て支援者、あるいは保育士としては、とりあえず、デートの必要性を理解し、ファミリーサポートセンターやシルバー人材センターなどの格安託児サービスを紹介・アレンジして、デートの日には、二重保育をしてもらうのが現実的な対応なのではないでしょうか。私だったら、その費用は、相手の男に負担させちゃうだろうな(^_-)。林真未(ファミリーライフエデュケーター/小6、小3、年長の母、4人目ケントウ(検討&健闘)中)
July 26, 2005
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みなさんこんにちは! 林です。 子どもが1歳、4歳、7歳の春に一念発起、遥かカナダ・ライアソン大学の家庭支援職資格取得課程(ファミリーライフエデュケーション専攻)を海外から初めて受講、日本で家事育児をしながらの通信教育で3年かけて取得し、現在は、日本で最初&唯一のファミリーライフエデュケーターという「ウリ」で、フリーで子育て支援関連の仕事をしています。 さて、今回は、杉山姐さんから「カナダだったら・・・あるいは、カナダに学んだ林だったら、パチンコ屋に行くためにこどもを預ける親がいたとき、どうする? あるいは、保育園の人からよく嘆き節を聞く、お迎えにこないで、男と逢っていた(シングルマザー)場合、子育て支援者はどう考え、どう対応する?」というお題を頂き、登場させていただきました。 私のアイデアのどこまでがカナダ流で、どこまでが林流なのか、私自身も定かではないのですが、良かったら読んでみてください。*************【カナダ基本編】カナダ的支援は、現状を肯定するところからスタートします。しのごの言ったって、パチンコをしたい親がいるのが現状、あるいは男と逢いたい母親がいるのが現状なら、その現状を全て認めたところから考えていきます。また、カナダは「子育て支援」ではなく「家庭(家族)支援(ファミリーサポート)」。子どもと家族は切っても切れない関係なのだから、家族を包括的に支援しようという姿勢が特徴です。 【パチンコ編】 そもそもパチンコするために子どもを預けること自体、カナダ的には特に問題ではないでしょうね。カナダの子育て支援センターの中には「レスパイトケア」といって無料の一時利用託児サービスを提供しているところがありますが、託児者は預けている間、親がなにをしているかなんて干渉しません。 レスパイトというのは「一時的休息」と訳され、乳幼児、障害者、高齢者など24時間介護が必要な家族のいる人のために必要なサービスと考えられています。 (続きはまた明日)林真未(ファミリーライフエデュケーター/小6、小3、年長の母、4人目ケントウ(検討&健闘)中)
July 25, 2005
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杉山さん、父親代表ってなんか力んじゃいますよ。こう、日の丸を背負って「父でも金」みたいな。たまたま、4つ葉の最初のメンバーに男性が一人だったからで、たまたま、父親だったからだと自分は認識しています。仕事柄よく女の中に男が一人っていうときがあります。周りの女性から「平気ですか~?」って聞かれることもありますが、わりと平気ですし、楽しんでいます。だって、子育ての活動に関しては女性のほうが発想が豊かだし、地に足についているし、エネルギッシュな感じがします。このブログの日記の面々が皆さんそうですよね。杉山さんもいつ寝てんだーっていうくらいブログに書いてますもの。で、そうした4つ葉の個性的な皆さんと一緒に活動するのもいいかなと。こう、陰で支えるように。「巨人の星」の明子姉さんをイメージしてください。自分がこの4つ葉の活動を通して肝に銘じていることのひとつは、「新しい活動には新しい発想で」です。今の社会が男性軸で回っているなら、そこに女性軸の発想も入れてほしいし、トップダウンではなくて、ボトムアップでやれたらいいし、誰かがひっぱってゴーではなくて、一人ひとりがそれぞれで考えたい。そしは僕ら世代として、上の世代のいいところはいただき、正すところは正して次につなげたいという思いもあります。以前、半分冗談で半分本気で、「4つ葉のテーマソングを作りたい」と発言したことがあって、そのときに自分が頭に描いていたのは、小田和正さんか、桑田佳祐さんか、佐野元春さんでした。年齢がわかりますよねー、やっぱ。おやぢさんの書き込みを一生懸命探して見つけました。育児休暇とられるそうで、楽しみですね。あと、ちょっとうらやましいです。ぜひぜひ、4つ葉に育児日記もお願いします。子育てというか、子どもと一緒の生活はおもろいです。どうしたもんかと悩んで迷って、怒って、後悔しています。そんなことの繰り返しですよね。自分は特別なことはしていません。一緒に遊んでいるだけで土日はいつもヘトヘトですけどね。もうちょっと若い時のほうがよかったかなと、時に思いますけど。
July 25, 2005
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月曜日は、4つ葉の父代表・今井さんの登場。今井さん、安藤さんだけじゃなく、もう少し父親に登場してもらわないとなあ・・・と思っていたら。 おやぢも育休さんが、飛んで火にいる夏の虫状態で、うかつにも書き込みをして帰っていった。おやぢさん、バンド組んでたの?! オリジナルCDにライブだと? おやぢのくせに生意気じゃーん。3人目がもうすぐ生まれるんですね。おめでとうございます!(←「男性の育休」に慣れていないわたしは、産休と勘違い。失礼しました。2人目のお嬢さんの育休ですね)育休とるの、確か初めてじゃなかったよねー。ああ、うちの夫につめの垢をせんじて飲ませてやりたい!って、わたしが出産したころは育休制度なかったんですが。。。 そして、彼のブログを読んで感動したのは、ワークライフバランスに対する彼の真摯な姿勢だった。「食育基本法が成立して」なーんて、職業がバレバレですよ、おやぢさん。でも、さりげなーく家事も料理もやるんですね。 みんなはどうか知らないけれど、わたしは女ばっかりでやってると、どうも煮詰まってしまうところがある。 そこに、とぼけた感じで、今井さんや安藤さんやおやぢさんがぬーっと現れる(なんて言っちゃ失礼か・・・)。 もちろん、それ以外のシーンでも、「キー。どうなるべー」という局面で、「まあまあまあ」と出てくる男性や、「わーっとやりましょうよ」と酒持ってくる男性や、ただニコニコ笑って、そこにいるだけで存在感をかもしてしまう男性がいる。正直、「あー、よかった」と、思っている。心やさしき、おとこたちに感謝。世の中、うまくできてるよ。それにしても。えらいね、おやぢさん。論より証拠だよ。言ってることより、やってることがすごい。 こんなふうに新しい父親モデルがたくさん登場するといいね。「とても父親には見えなーい」といわれて、うれしいか、どうかについて、盛り上がるぐらいになると、本当にいいと思う。 ところで、おやぢさんの単身赴任中の知り合いもたくさんいるMLでこのブログ、(本名つきで)紹介しちゃっていい??
July 25, 2005
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これまで生きてきて、一番の挫折は?と聞かれたら、乳がんになったことだと、即答するだろう(島倉千代子さんは、「これまでの苦労に比べたら、乳がんなんかどってことない」とおっしゃっていたので、まだまだわたしの挫折なんぞ・・・ですが)。 電車の中吊りに「乳がん年齢」というのがあったが、まさしく38歳のときに、乳がんがわかった。 術後は浅草橋にある乳がんの患者さん専門のワコールショップに行ってブラジャーを買っていたのだが、「もういいでしょう」と思い、一般のワコールショップで商品を選ぶことにした。 試着されますか? と聞かれ、ちょっとやだなと思い、「ワイヤーのついてないのがほしい」と言ったものだから(圧倒的に品数が減る)、あれこれ言われ、もういいやと思い、「実は乳がんになって」と、言った。 温存手術で、かなりいい感じで残っているわたしのおっぱいは、パットなど何も入れなくても、そのまま普通のブラジャーが装着できる。 幸い転移がなかったので、抗がん剤治療もしなくてすんだ。 それでも、精神的ダメージは大きかった。これで、全摘で抗がん剤治療だったら・・・と思うと、へなちょこがん患者のわたしは、めまいがしてしまう。 浅草橋の店員さんは、それこそいろーんなお客さんの傷ついたおっぱいを見ているので、わたしのおっぱいを見て、「よかったですね」と、しみじみ言ってくださった。 そして、今日、ブラを選んだあと、店員さんになぜ早期発見できたのか?と聞かれた。わたしは、35歳過ぎから毎年自費で人間ドックに行っていた。自営だもの、自分の健康は自分で守らなきゃと思っていたし。そこで、しこりがみつかり、その後、知り合いの女性外来の主治医にかかり、持ってた人脈のすべてを使って、そのつど最良の医療を選んできた。シャツの上からは左右ほとんど変わりのない胸をしげしげ見て、店員さんは、「よかったですね。やっぱり早期発見って大事なんですね」と、言った。 正直、病気の話はあまりしたくない。 まだ、傷は癒えていないし、他人事だと思っている人には聞いてほしくはないからだ。ワコールの店員さんだったから、話す気になったのは間違いない。 意地悪のようだけど、早期発見できるかどうかは、自己責任だと思っている。 日ごろから気をつけている人は、乳がん検診が婦人科ではできないことを知っているし、触診だけではなく、定期的にマンモやエコーを受けたほうが絶対いいことを知っている。授乳中でも乳がんになることも知っている。知らないで、「まさかわたしがかかるはずない」とタカをくくって、おっくうがって検診にも行かず、手遅れになっても、それは、その人の責任だと思う。それよりもむしろ、闘病しながら、子育てをしている人たちのために何かできることがないかと、思っている。闘病しながら、いつか、妊娠もしたいし、出産もしたいと、時期を待って、希望を捨てずに生きている人たちに思いを馳せる。 気が変わって、日記に書く気になったのは、たぶん、ワコールと、店員さんの接客がよかったからだろう。以前、新幹線で京都駅を過ぎたとき、ピンクリボンの大きな看板(?)が目に飛び込んできた。ワコールの社屋に掲げられたものだった。 接客してくれた店員さんも、胸にピンクリボンをつけていた。「うちは男性社員も全員ピンクリボンをつけています」と言っていた。いいなあと思った。社をあげて、乳がんの早期発見を呼びかける。その一端に、確実に触れた。ワコールに免じて、わたしのしょぼい乳がん体験の一端もちょっと披露しちゃえー。そうだった。ピンクリボンの運動には、わたしのお世話になった先生方もたくさん参加されているんだった。すねたこと言ってちゃいかんね。予防法がわからないから、なるときはなるんだと思うけれど、早くみつかったほうが、ほんと、いいよ。ピンクリボン活動は4つ葉プロジェクトを始めるにあたって、参考にさせてもらった運動だ。4つ葉もいつか、ピンクリボンみたいに大きくなったらいいなあと、思いつつ。
July 24, 2005
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金曜日は新宿区民会議でした。これは公募の370人もの市民のみなさんと10年後の新宿の姿を議論するものです。わたしは汐見先生の丁稚として、第1分科会のお手伝いをさせてもらっています。さる22日に第2回目の分科会が行われたのですが、まずは新宿区の子育ての実態を知ろうということで、NPO法人ゆったりーのと、戸山あそび場の方に事例報告をしてもらいました。大都会新宿の片隅に、こんなところがあったなんて!と感心することしきり。ゆったりーのは、廃園になる保育所の跡をなんとか子どものための施設として再利用できないかと、親たちが働きかけ、地域の人たちも応じ、みんなでワークショップを重ねて、コンセプトを練りあげ、運営も自分たちで行っているということです(今年からつどいの広場事業として補助をもらうことに)。代表の方も、子育て中のお母さん。それまではその園に子どもを預けて働くWMでしたが、思い切って、仕事を辞め、この活動にかけてみることにされたのだそうです。戸山あそび場では、乳幼児から思春期の子どもまで、異年齢の子どもたちが、思い切り外遊びをしている様子が報告されました。わたしもいくつかのプレーパークに遊びに行ったことがありますが、プレーリーダーの若者がいると、なんか、いいんですよね。これは子どもたちに必要だと思い、プレリーダーを迎え、彼らの人件費を払い、楽しく遊び、つどえるコミュニティをつくるべく、奔走する親・地域の人がいればこそ、公園はコミュニティとしてよみがえるのだなと思いました。汐見先生からは、「どうして戸山公園だけあんないいプレーパークがあるの?じゃなくて、あちこちにあんな公園をつくるにはどうしたらいいか、みんなで考えることが大事です。こんな大都会なのに、新宿にプレーパークが一番たくさんあるんですよねとなったらすばらしいですね」といったお話がありました。夜になると歌舞伎町にどーっと押し寄せてくる他地域の子どもたちの問題、浮浪者の問題なと、ううーん!とうなる課題も多いのですが、まずは、できることから、少しずつ。そんなお手伝いをしていけたらいいなと思っています。
July 24, 2005
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前回の続き。(3)所属機関における業務の改善努力・保育を行うにあたっては、保育士間および他の職員とのチームワークを確立し、尊重します。・常に、子どもの立場に立って自らの保育の適正な評価に努め、その結果に基づき保育所における保育の向上に努めます。・他の機関へのあっせんまたは連携して援助に当たる場合などにおいては、原則として、保護者などの同意を得るなどプライバシーの保護に配慮します。(4)行政や社会との関係に関する倫理・子どもや子育て家庭が置かれている社会的状況について幅広い視点から理解を深め、保育所保育並びに保護者に対する相談・助言の社会的意義について理解を深めます。・子どもの保育や保護者に対する相談・助言を通じて得た知見を、行政や政策、計画などに反映させるよう努めます。また、社会に対して積極的に提言を行います。(5)専門職としての責務・常に実践を通して自己の専門的知識や技術の水準の維持・向上に努めます。・子どもと保護者の福祉のために、その業務内容が広く社会一般に周知されるよう努めます。・保育の科学化に努め、その進展に貢献します。柏女霊峰著 『子育て支援と保護者の役割』フレーベル館 より(コメント) 保育園関係者向けの研修や講演会などに引っ張りだこで、行政においても厚生労働省の児童部会などで保育・地域子育て支援・要保護児童対策などについて、総合的に、かつ具体的に発言されている柏女先生。 この基本姿勢と倫理は、「保育士資格が法定化するにあたり、新しい保育士像」としてまとめられたものでした。 民営化問題をはじめ、地域の子育て支援の拠点の役割など、保育園は、従来の園に来ている子どもだけ、預かっていればいいという発想から、新しい保育園への変化を求められています。 社会がそれを望んでいるのに、それすらピンとこない保育園も中にはあるようで、そういう園の関係者は、ぜひとも先生の著書を読んで、期待される新しい保育士像を理解し、そうなるよう、日々、研鑽に励んでほしいと思います。(杉山)
July 24, 2005
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はじめまして、初めて日記を登場しました、子育て支援グループamigoの松田妙子です。世田谷区の無認可保育園の2階をお借りして、産前・産後の母子のケアを中心とした地域子育て支援を行っています。助産師さんとamigoを立ち上げたのが5年前。あっというまに5年たちました。楽天では日記もやっているのですが、本名を名乗って出てくるのは初めてです。ちょっと勇気がいりました。(笑)amigoは子育ては地域で支え合いながら、というのが持論で、だから「子育て相互支援」という視点を大切にしています。産前産後のことって、通り過ぎたらすっかり忘れてしまうようなことがとても多くって、だからこそ、次の人にバトンを渡すことが大事だと思っています。ですから、来てくれるお母さん達にお伝えしているのは、「参加ではなく、参画を!」というメッセージです。発信する側に立つと、いろんなことが変わってくるような気がします。3ヶ月の赤ちゃんを抱いて来てくれるお母さんの持っている情報は、もしかしたら20年前に出産したベテラン先輩ママの情報より最新で生きているかもしれないのです。子育て支援という名を借りながら、私たちはまちづくりをしています。子どもをつれてでていける安心できるまちにしたい、とバリアフリーについて調べてみたり、(夕方地震がありましたが!)幼い子のいる家庭の防災について勉強してみたり。商店街と協力して、イベント時の授乳室をつくってみたり。子育て中の人がたくさん子どものいる立場でまちに関わっていく、ということをはじめたら、まちはかなり変わると思います。もちろん、素敵な方向に!夢中でやってきたら、5年たってしまいました。この節目のときに、4つ葉プロジェクトに関わらせていただくことになり、色んな意味で転換期なのかな、と感じています。さまざまな地域でいろんな人たちがそれぞれにこつこつと、息の長い活動を続ける大切さと同時に、もっと大きく、具体的に声をあげていくこと。その時期が来たのですね。なんだかわくわくします。正直いって、こうして名を名乗って声をだしていくことは、勇気がいります。不安もあります。でも、よく考えたら、やましいことは一つもないし、失うモノもないのです。堂々と、高らかに、一緒に声を挙げていきましょう。だれか一部の人が覚悟しただけでは物事動きません。ぜひ、今日からでも、「発信」する側になっていただけると嬉しいです。参加から、参画へ。「4つ葉プロジェクト」を語るのは、簡単なようでむずかしい。自分の言葉で、隣の誰かに手渡していくには、どっかハラをくくらないとできないな、と私は感じました。あなたはいかがですか?1年生の息子がはじめての夏休み、宿題をもらってきました。今年、私の宿題は、4つ葉プロジェクトなのかな。自由研究の大テーマです。さて、どこから取りかかろうかしら。お互い、実りのある夏になりますように!
July 23, 2005
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岡本さんが「お母さんに見えない」について考察してくれて、マコさんはじめ、たくさんの方が意見を出してくれて、「へー。そうなんだー」と、考えること、しきりでした。「お母さんに見えない」というのを、ほめ言葉と思うかどうかは、別にして、「なぜお母さんに見えない」と言ってしまうのか、そのときに「お母さん」とはどんなイメージなんだろう?というのをちょっと考えてみました。岡本さんは、>母=生活感漂うイメージ、ダサい、三段腹(笑)、とあるのだけど、どうも、わたしの周辺だとそれだけとも言えないようです。例えば、ライター仲間のそんなに年齢の離れていない独身女性が「杉山さんってとても高校生のお子さんがいるようには見えませんね」とか言うときは、たぶん、髪の毛振り乱して・・・のイメージでものを言っているとは思えないんです。なぜなら、彼女らの周辺には子持ちの友達は数人はいるはずで、いまどきの母親は髪の毛は振り乱していないし、×点でおんぶとか絶対しないし、おしゃれには十分気を配っていて、そういう友人を知っていながら、それでも、そう言う。なんでかな?と思って、気づいたのは、たぶん、「会話」ではないか。話題といえば、子どものことか、自分のこと。亭主か亭主の実家の愚痴しか出てこない・・・っていうのを聞かされて、「母」になると、こーなるのかーって思っちゃって、そういうコメントが出てしまうのではないでしょうか。じゃあ、あんたは何話題にしてんのよって、当然突っ込みたくはなりますが、まあ、それは置いといて、よそんちの子どもの話と、「わたしはこうでー」みたいな話と、愚痴を聞かされたのでは、困惑するのもわかります。我が家は、いろいろ考えて中学受験をしたのですが、2年ばかりNという塾に通わせていて、このときほど「働いていてよかった!」と思ったことはありませんでした。わが子の成績に一喜一憂する母、母、母。成績で教室の入れ替えがあるから、結果は一目瞭然で、もう大変。「あの子の代わりに受験したい」と言い出す母までいるんだから。風評もすごく、受験番号1番だと合格になるとか信じて、受験受付日の前日から徹夜で並ぶ親とか、学校説明会に親がちゃんと出席しておくと、合否に多少なりとも影響が出る(受験するのは子どもだっつーの)とか、ばかばかしい話がまことしやかに流れるのです(塾の先生もちょっと呆れ顔)。幸い仕事を隠れ蓑(?)に「お受験ママ」はさぼりがちだったのですが、ずーっと、そばにいて、そんな「真性お受験ママ」と情報交換していたら、わたしも今頃どうなっていたかわかりません。最近思うのは、子離れできていない母親と同時に、内向きの関心が高すぎる母も増えているんじゃないかということです。「わがこと」の関心しかない。世事に疎すぎるとか。自分の意見を言えないとか。30も過ぎたのに、選挙もろくすっぽいかないとか。社会に対しても、大人の対応ができなくて、子どもみたいな態度に出るとか。「誰も教えてくれなかったもん」とすべてを「学校教育」のせいにするとか(本を読めばたいていのことは書かれている。自分の無知を人のせいにするのはよくない)。そんな、何もない自分の穴埋めを、結局子どもの学歴と、夫の出世にかけるとか。そーゆー人を、ひっくるめて「母」とイメージしているのかもしれません。そうじゃない文化、つくりたいですね。これからの親は、内向きだけじゃなく、外向きの関心も、バランスよく持つ、ってこと必要だろうなあと思います。ところで、父親をほめる言葉も、なんか少ないなあと、思いました。世事に疎い、仕事のことしかアタマにない、自分の考えのないような父も、なんとかしたいものです。
July 23, 2005
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連日、猛暑が続き、ついに、わたしも二の腕を露出する腹が決まりました。ところが、「ちょっと見て!おれたちより太い!!」と、腕を突き出す夫と子ども。確かに、ぶよぶよで彼らより太い。「やばいよ、これ」と口々に言われ、かなり、しょぼくれる。「おかしいなー。毎週泳ぎに行ってるのに」という母に、「上腕にとう筋を鍛えるんだったら、平泳ぎ。こうやるの」と、息子高1はわざわざ手のかき方まで教えてくれました。「じょうわんにとうきん??」ああ、二の腕のことか。ち。ついこの間まで、その、じょうわんにとうきんに赤い浮き袋つけて、おなかつきだして、あひるのひなみたいに、チャプチャプ泳いでいたくせに、生意気。2歳のころから12歳までスイミングに行っていたおかげで、キミのじょうわんにとうきんは、筋肉になったのだぞ。逆三角形の背中になれたのは、父と母のおかげと思え。と思いながら、息子に泳ぎ方を教えてもらう日が来るなんてー。感無量。なんか、こそばゆい感じ。そ、それにしても・・・わかったよ、平泳ぎで泳ぐよ。
July 23, 2005
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父親でライターで4つ葉仲間でもある安藤さんの、とあるメーリングリストでのメールがとても面白かったので、ご本人の了解を得てご披露します。そういえば誰かが言ってました。「恋愛にはヒマがいる。昔から有名な恋人たちは皆ヒマ人だ」って。みんな~恋をしようよ!安藤さん、今度は日記もよろしく~!以下、安藤さんwrote:育児しながらライターの安藤です先日、山田さんが四つ葉の日記で紹介されていた少子化対策はどうしたらよいかというアンケートに「恋愛する心のゆとりを若者に!」と回答しました。自分のためにもがき苦しんだり、挑戦する心の豊かさが下がっているのでは。恋愛もその中の一つとかな。恋愛できない人たちが増えているような気がするので、少子化対策に恋愛強化プロジェクトだーー! と思った安藤です>小泉内閣のメールマガジンで少子化のアンケートを実施していました。>是非、回答くださいませ。>http://www.mmz.kantei.go.jp/inq/inq_top.pl?INQCD=OA050714spで、これが僕の回答です●若者を遊学させる奨学金制度、手厚い失業保険、若者雇用企業への助成、自立用住宅提供など。●リストラで効率化した企業に若手育成の余裕がなく、20代の職務上の負担が増大。国や企業の先行きが不透明で、暮らしに自信が持てない。●そのため男女の出会いを楽しむ心のゆとりが狭まっている。子ども何人ではなく、「恋人いますか」調査も! 恋愛強化の施策も少子化対策だ。●若者が立ち止まり、脱線することを見守り、アドバイスしながら、彼らが腰を据えて働き暮らすのを待つゆとりを、国や企業、そして社会が持つことが大切だ。
July 22, 2005
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山田@遊育です。昨日、杉山さんや榊原さんとお茶して、杉山さんに噛み付いていたのは私でした。先週末、関係する機関が主催するセミナーがありました。そこで、福島の幼稚園長が地域の子育ての現状を憂えて「(未就園児の母親たちが)神経質に子育てをしている」と評していた言葉が耳に残りました。(だからこそ、この園では親子登園事業などに取り組んでおられます)その翌日、高校の同窓会の集まりがあり、新卒2年目の後輩と話をする機会がありました。小学校1年生の担任をしているという彼女は、私がする前日の話などをうなずきながら熱心に聞いてくれ、「小学校1年生の親も同じ。家庭訪問のときに子どものことで泣き出された方がいました。私にはそこまで理解できなくて……」と神経質な子育てが小学校1年生まで続いている現状を教えてくれました。う~~~ん。「女は弱し、されど母は強し」って言葉がありましたよね。時代は変わってしまったのかしら。実際の母親たちは上の事例ばかりではないでしょうけれども、父親がまったく子育てにノータッチで、子育ての責任を母親1人で負わされていたら、おたおた、うろうろしてしまうことでしょう。周囲に批判されないように、神経質にもなりそうです。母親があまりに神経質になりすぎると子どもにも影響を与えかねないと心配になりました。「母親だけで子育てをしてはいけない」という法律でも作ってもらいたいと思った次第です。
July 22, 2005
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本当は今年の3月末までに提出しなければならなかった、次世代育成計画。諸事情をかかえ、締め切りを過ぎても検討することを選んだ杉並区は、ようやく今月21日に素案が出来上がり、現在区民対象にパブリックコメントを募集中です。計画では、1.すべての子育て家庭を支援する2.子どもの自立と社会性をはぐくむ3.子ども・子育てを支えあう地域をつくるの視点から、5つの推進プランを掲げました。そのなかの重点事業には、4つ葉プロジェクトでも再三提案していた、親が自分たちがほしい支援を選ぶというしくみも取り入れています(「(仮称)杉並子育て応援券」(いわゆるバウチャー制度)を導入するための基盤整備を始める)。杉並で実験してみて、うまくいくようだったら、ほかでも広げていくってこともできますよね。果たしてどうなるか、今から楽しみです。がんばりやの担当者Yさんに「意見を聞かせて」と言われて、ああでもない、こうでもないと、ブレストしたこともあり、区長と議会を乗り切って、よくぞここまでこぎつけたと、感無量です。詳細はこちらこの行動計画は、全国のすべての自治体で、つくることが義務づけられています。すでに実施に入っているのですが、どんな内容だったかは、住民なら誰でも気軽に聞くことができます(冊子にまとめられている。サイトでアップしているところもある)。こわいのは、かっこいい計画はつくったものの、全然やる気なしで放っておかれてしまうこと(実際、いい加減な行政マンはやるから。計画つくるのが自分たちの仕事と勘違いしている人もいますから)。市民の側が、「ちゃんとやれよ」と目を光らせていないと、絵に描いた餅。仏つくって魂入れず。に、なってしまうのです。ただ、市民側もめくらめっぽうに、思いつきで、「こうしてほしい」「あれをしてはどうか」と、提案してもなかなか実現は難しいわけで、こうした行動計画を手にいれ、きちんと読んで、自分たちが住んでいる自治体が何を考え、何をしようとしているのか、現状把握してから、「ここはこうしてはどうか?」「この事業なら行政が主体になるより、NPOやわたしたち市民団体でやるほうがうまくいくよ」という話をしたほうが、はるかに建設的だと思います。文書を読んだだけじゃよくわからない場合は、自分たちで勉強会をひらいて、行政担当者を呼び、話をしてもらったらよいと思います。実際に、わたしたちはかなり前から、国の担当者をお呼びして、施策の内容を聞く勉強会を折に触れ行ってきました。ちなみに、杉並区では、区のほうが「意見交換会」を下記の日程で開催する予定です。7月30日(土) 午後2時半から4時 西荻地域区民センター8月2日(火) 午後6時半から8時 あんさんぶる荻窪こうした、官と民双方のアクションが、市民と行政の関係をよくし、実りある「協働」の一歩になるに違いないと、思っています。
July 22, 2005
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今日は午前中に、榊原さん(火曜日担当)、山田さん(金曜日担当)と久々にあって、4つ葉ミーティングを行いました。「スギヤマさん、日記、力入れすぎ」「あれじゃあ、ほかの人がかきづらいわよー」。(あ、やっぱり?? なんか力はいっちゃうんだよねー。。でも、息切れしちゃうから、ぼつぼつでいいよねー)「それに、児童福祉法ではまだ措置からサービスに移行したなんて、きちんとはかかれてないし。保育所と保育園がごっちゃになってて、まぎらわしい」と、激しく、鋭い突っ込み。わかったわよー。虎の巻ではちゃんとみんなに確認とってから公開するわよー。。。みんな、マニアックなんだから。 でも、顔あわせて話ができたおかげで、これから必要なこと、先々にやるべきことが見えてきて、有意義な話し合いができました。 たぶん、この子育て系のブログの中でも、4つ葉プロジェクトは、一風変わっていると思います。固いし、難しいこと言うし。でも、それは、そのつもりでつくったんだから、しょうがないなとも思っていて、それよりもむしろ、今まであまり知られていなかった、でも大事な情報を、きちんと届けることが、一番の目的かもしれないと、再確認したのでした。で、午後は、こども未来財団というところに財団が実施中の子育て家庭の経済状況に関する調査研究の検討委員会に参加してきました。こども未来財団というのは、育児および児童の健全な育成等を支援する事業及び、これらに関する調査研究などを行い、児童の健全な育成に寄与し、活力ある社会の維持・発展に資することを目的として、平成6年に厚生大臣の認可を受けて設立された法人です。お気に入りに入れておきますので、ぜひ、サイトチェックしてみてください。中のi子育てネットには、保育所情報なども載っていますので、結構使えると思います。また、イベント託児の助成なども行っています。条件が整えば、みなさんたちのイベントでも利用できるかもしれません。ほかに、財団が主催する子育て支援者対象の研修の案内も出ていますので、興味のある方は参加してみてください。さて、この財団では、過去に何回か子育て家庭の経済的な負担の現状を知るための調査を行ってきました。今年も実施するということで、その内容についてあれこれ意見を言わせていただいたのですが、やはり気になるのは、若い世代の暮らし向きです。2年前、厚生労働省の子育て施策のあり方研究会で、20代の世帯の給与の実態調査結果を見ましたが、世帯収入がほとんど上がっていないんです。それよりもむしろ下がっているぐらい。50代とのひらきも大きかったし。「これでは、2人目、3人目に踏み切れないよなあ・・・」と、切なくなってしまいました。今年は、少しは改善したんだろうか??確かに、子育て支援=児童手当引き上げというのは、芸がない気がするし、仮に支援策として児童手当を引き上げるのなら、その前に子育て支援のメニューを今よりももっとたくさんにして親が選べるようにしてから、引き上げてほしいと、わたしは思っていますが、必要ないとは、言い切れない現状があるように思うのです。そのあたりが、この調査で明らかになるのではないでしょうか。未来財団のサイトには、過去の調査の概要版もアップしてありますので、関心のある人はぜひチェックしてみてください。(おっと、今日も、つい長くなってしまいました。失礼しました)
July 21, 2005
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私たちのひろばの一つは、一昔前の雰囲気の漂う商店街にある。ご多分にもれず、シャッターが降りている店も多く、駅に近いということもあって、夜はネオン輝くまちになる。えっ!そんなところで子育てひろばを開いているの?と思われるかもしれませんが、これが結構、心地よいのです。夏中、ひろばの玄関にはビニールプールが出現。かわいい水着を着た子どもらでぎゅーぎゅー。オムツのとれていない子どもたちの水遊びってなかなかできないですよね。ちょっと飽きれば、じょーろに水を入れて、お向かいのレストランの素敵なお花に水やり開始。車の通らない商店街の通路は自転車さえ気をつけていれば、あとは子どもの車乗り放題。時々放置しては、怒られもしますが、だいたい、レストランの隣の薬屋さんのおばちゃんがかたづけてくれる。この子どもの車、この4月以降、増える増える、何となく1ヶ月に1台は増えていくような。。。ひろばの備品も、棚、テーブル、おもちゃ、本、金魚、かたつむり、いろいろご近所さんがもってくる。昨日は、レストランのマスターが近所の神社でとった大きなかぶと虫に、子どもたちは群がっておりました。そこへ車いすの大家さんも散歩がてら登場。夕方になれば、おばあちゃんに抱っこされた子ども、自転車を練習する子ども、商店街の通路が一番にぎわう時間。スタッフの子どもたちも学校や学童から帰ってくる。ひろばの終了4時以降は、スタッフは打合せ。学校帰りの子どもたちは、通路でキャッチボールやおにごっこ。学校前の子どもたちもお兄ちゃん、お姉ちゃんに遊んでもらおうと繰り出す。学校や年が違う子どもたち同士、本当にけんかしながらもよく遊ぶ。これで銭湯があったら極楽なのに。。。5年前に閉店。私たちがやってきてからも、だんごやさん、豆腐屋さん、魚屋さん、花屋さんが閉店。そしてとっても気の良かったカメラ屋さんまでがつい先週亡くなってしまいました。聞けば、商店街がにぎわった昭和40年代。店の子どもたちは親の仕事を手伝いながら、わんさかこの商店街で大きくなったという。こんな運命共同体のような商店街は日本特有なものらしい。子育ての場に、商店街の人たちの面倒見の良さが本当に良く効いている。子育て支援とはいうものの、庶民的なまちでの、かざらない子育て、イベントではない生活する場としての機能が必要だと感じている。
July 21, 2005
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岡本佳美@NPOフローレンスです。いろいろと順序だててお話したいことを書いていく予定でしたが、日常はめまぐるしく、かつおもしろいことが連続して起こっているので、その都度、起こったことに合わせて、書きたかったテーマを小出しにしていくことに、しました☆●フローレンスとは別に数年来やっている個人事務所の仕事で、会議がありました。わたしの専門は、マーケティング・コミュニケーションで、新商品の開発をしたり、広告戦略を考えたりしているのですが、資料を読んでいたら、 「お子さんがいるようには見えないですね」 と言われると嬉しい、っていうけど、 それはどうなんだろう?という文脈で語られている一説があり、わたしはこれに、激しく同意しているのです。笑ママに見えない!が褒め言葉になってしまうのは、母=生活感漂うイメージ、ダサい、三段腹(笑)、、、、などの、マイナスなイメージが想起されるからなのであって、(あくまで世論としてのイメージの問題ですので、あしからず;)母という言葉の先に、こういった連想ゲームがつくられてしまったことこそ、残念極まりない“過去”なわけで、21世紀の母たちは、いつまでもそんな文脈の中にいてはいけない、と思うんです。笑早速、素敵なママを見て、「えーっ!お子さんがいるようには見えないですねー」なんてうっかり言うのは、絶対にやめようと思います。そして、出来ればみなさまにも、こんな時代錯誤な言葉で喜ばないで欲しいと思います。笑●マドレボニータの吉岡マコさんが、「美しい母実践会」の参加者を募集されていたとき、ぜひ参加しようと思ったわたしは、自分のブログにこんなことを書いたんですが、とてもリンクしているので、よろしかったら見てみてください☆end---
July 20, 2005
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女優の薬師丸ひろ子は、わたしと同学年なので、デビュー時期からウォッチングしていたのですが、ちょっと前、いいことを言っていました。「おなかがいっぱいなのに、すいているふりはもうやめようと思います」この感覚、すっごくよくわかります。「もう十分、満たされています。OKです」ってわかっているのに、「まだまだ」と耳打ちされて、なんかあせったり、せかされたり。24歳で子ども産んで(当然ながら友達のなかで1番で)、「やっばー。わたしの人生どうなる??」と、あせり、ようやくライターになれてからも、仕事断ったら次がなくなるんじゃないかとあせり、ライティングマッシーンと化し、ガンガン働き、じゃらじゃらお金が入ってきて、会社までつくって、今度は、売り上げ伸ばさなきゃってあせり、あせり、まるで、車輪をクルクルさせながら、どんどんスピードを上げて走っているリスかハムスター状態でした。数年前は。もう十分、おなかいっぱいなのに。なんでまだ口の中にモノを入れなきゃいけないの?って感じ。とまって考えるヒマもありませんでした。そういえば、「もっともっと!」ってキョンキョンが言ってるCM見て「もっともっと!」って思ってたなー。恥ずかしい。この前、テレビで竹中平蔵に向かって高田まゆこが、「もう十分満たされています。これ以上競争しなくていいんじゃないですか」みたいなことを言ったら、「いや。まだほしいものはあるんじゃないですか?テレビだって大型の薄型がほしいでしょ? 日本は世界に誇る技術を持っているんです。自信を持たなきゃだめなんです。プロジェクトX再びなんです」と、平蔵は言っていた。いかにも団塊の世代らしいコメントに、もーなんか、ゲンナリしてしまい、「あおるな、平蔵! マユコ違うって教えてやれっ!」と、声に出して叫んでいました。競争はあったほうがいいことも、たくさんあると思います。でも、それには、競争の前に、持続可能な循環型社会のしくみをつくってからじゃないと、地球が持たないと思います。ずーっと右肩上がりなんて、ありえないって。どこかの誰かの持っているものを、黙って失敬して、わたしらは経済成長を遂げていることぐらい、ちょっと考えればわかります。必要な分だけでいいじゃない。おなかいっぱいなのに、「もっともっと」って言うの、ちっともかっこよくない。モノで豊かさをはかる時代は、とっくに終わり、アパートから出発して、賃貸マンション、やがて戸建購入みたいな住宅すごろくも、「アホか」って話になり、年功序列賃金もたぶん、終わりと思います。そのときに、自分はいったい何を手にしているか?が、これから、厳しく問われる時代になるんだと思います。そのとき手にしていたものしか、子どもらに伝えられないし、残せないと、思います。そして、わたしはあまりやさしくないので、わたしより年上の人たちが、わたしたちに何を残してくれるのか、何を伝えてくれるのか、黙ってみてみたいと思っています。
July 20, 2005
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昨日、29日にうかがう山口県のカナさんのところに打ち合わせの電話をかけたところ、「託児の助成金が打ち切られそうになったので、4つ葉の日記をコピーして市の担当者に見せたんです」と、話してくれました。 あれですね、7月14日の「託児はプラスの相乗効果で」ですね。「勉強不足!!」とか、ビシバシ書いちゃってるやつね。これを見せるって、すごいよ。「すごくどきどきしたけど、言わなきゃ変わらないってマコさんも書いてらしたし、思い切って言ったんです」と、かなさん。えらいなー。即、アクションを起こすなんて。普通できないよ。でも、4つ葉はそのためにあるんだものね。お役にたってうれしいです~。 感度の悪い行政がどんなにヒドイかも知っているので、「話のわかる人がひとりでもいる担当課だといいなー」と、思いました。 でも、考えてみたら、ここのサイトで日記連載中のびーのびーのにしても、アミーゴにしても、最初から順風満帆では全然なくて、すごく悔しい思いも、つらい思いもしながら、でも、あきらめずに続けてきて、それがたくさんの人に認められて、今に至っているんですよね。 悔しさがばねになることは多いので。 で、こうして4つ葉でつながれば、「似たようなことを考え、似たようなことをやっている人が、実はあちこちにいるんだ」ということもわかるから、確かに腹は立つけれど、「わたしたちは間違っていない」と、自信が持てる。「おかしいのはそっちでしょ」と思える。 4つ葉プロジェクトが掲げている4つの本気も、めざすものも別に行政にたてつくような話ではありません。 いくつかの市町村の担当者からは、「いつごろ財源確保ができる見通しですか?(って運動してみないとわからないって)」って聞かれたり、「いいですね。せっかく行動計画つくっても、お金がないからやりたいことができないんです。市民のみなさんがこういう声をあげてくれると、助かります。がんばってください」と、激励されています。(担当課が、財務課と予算の交渉をするときに、「これは住民のみなさんの要望が多くて」と言えるのと、いえないのとでは、お金を確保できるかどうかが、大きく違うから) もっと、子ども施策にお金を! というのは、立場が違っても、「子育て」に関わるみんなの願いなんですよね。 そして、十分なお金が確保できた子ども・子育て施策は、親や子どもや市民の声も聞きながら、彼らの力も借りながら進めてほしいと、思っています。(このことは、平成15年に策定された、次世代育成支援対策推進法にも明記されています) フリーページのなかで、フランスとスウェーデンの家族政策については、アップしました。日本の施策の流れについてもできるだけ早い時期にアップし、みなさんが行政に対してモノ申すときのよりどころを準備したいと思っています(あ、虎の巻もね)。
July 20, 2005
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にこももさん、熱いコメントをありがとうございます。わたしたちがめざしていることって、こんなことなのかもしれません。みなさんに読んでほしいので、日記のほうでも紹介させていただきます。************行政のせいにしてばかりでは、何も変わらないというのを、近所の子育て世代のみなさんに教わりました。田んぼを拠点に、生物のビオト-プづくり、手作りの遊び基地づくりの活動に参加してみて、感じました。目を開いて、足を運んでみると、自分の身近にも、コツコツと夢に向かって動いている活動があることを。子どもも大人も土に触れ、ナイフや、ノコギリ片手に、木と格闘。共生する生態系を肌で感じ、同じ日に、場所を室内に移し、勉強会。行政、地域住民、専門家、大学生、親、子、商店主、さまざまな人が集い、子どもを取り巻く環境のことについて、話し合います。虫の取り方も知らない父親に、おじいちゃん世代の方が超裏技を伝授したり、親のほうがいきいきしてたりしますが、そこには、各子育てサ-クルもコラボして、あるときは食を考え、塩結びを炊き出し、青空でたべてみたり、老人会とコラボして、畑の収穫。田植えに井戸掘り。意識ひとつで車は走り出す。暴走しないよう、話し合いながら。10代から80代まで、この地域に生きる、めざすものが同じ人たち。想いだけでなく、たくさん勉強し、シェアすることを学んでいます。
July 19, 2005
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今朝の朝日新聞の生活面に「介護の先輩国から」ということで、オランダとドイツの事例報告がされていました。タイトルが、「かみあう家族・地域・制度」。 いまさらながら、「そうなんだよなー。家族と地域と制度がうまくかみ合わないと、居心地いい暮らしはできないんだよなー」と、思いました。 記事によると、オランダでは「家族は精神的な支え、それを物理的にサポートするのが介護保険制度」と、位置づけているそう(オランダは、働き方の見直しについても先駆的な国として有名です。この話はまたいずれ)。 子どもの世話(チャイルドケア)のすべてを「母の愛」で、片付けるのではなく、「ここは家族の愛」でも「ここはサポートしてもらおう」というふうに、きちんと分けて合理的に対処していくのって、大事だと思います。 で、やっぱり大事なのが、「家族のありよう」だと思いました。こんな家族のありようがいいよね・・・と、現状に流されないで、あきらめないで、みんなが願う。 それを少しでもかたちにするために、地域があり、NPOが機能するんだと思います。 それを、できるだけ、やりやすく動かすために、制度があるんだと思います。 「制度」ありきで、それに個人や家族が合わせるんじゃないんです。 それにしても、海外の話を聞くと、みな会って会話すること、食事をすることを、すごく大事にしているなーと、感じます。別にとりたてて用がなくなって、「やあ」と会い、「まあ、お茶でも」と席をつくる。 日本って、なんか、用事をつくらないとなかなか会えない感じで。「つどいの広場? そこで何するんですか?」って行政マンに聞かれちゃうから、「えっとー。情報交換とか、子育てのアドバイスとか」って、なんか、わけわかんないこと言うしかない。 コミュニティって、大事なんだって。 みんなでマツケンサンバ踊るのに、「これに何か意味があるんですか」って聞くほど野暮なことはないだろうに。 この前、住宅施策に関する会議に出席したとき、住宅供給会社のおじさんが、「われわれは、戦後60年、罪深いことをし続けてきた。自然を破壊し、コミュニティを破壊してきた」と、認めていました。「いまさら、遅いよー」って、ちょっとくやしかった。 確かに、地縁がめんどいと思うことはたくさんある。でも、ここまで個人化・孤立化を促進しなくなってよかったんじゃない?とも思う。 昔の公団は、建物に囲まれるように中庭があって、そこに遊具が置いてあって、子どもの声が必ず聞こえるようになっていて、誰かの目が届くようになっていた。階段の踊り場で立ち話ができるよう、広く取ってあったよね。 ほんとうにほしいものはいったい何なのか? 「豊かさ」って何なのか? ひとり一人がもう1回考えてみる。そこから始めないと、よい循環は生まれないのではないか?と、思い始めています。
July 19, 2005
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上の子が小学生になったことをきっかけにして、地域の子ども会の活動にも参加するようになりました。昨日は駅前の公園で納涼大会があり、妙齢の女性の方々がマツケンサンバを乱舞するなか、子ども会の出店のお手伝いをしてきました。やきもろこし、フランク、くじ、カキ氷などなどが出ていました。あ、生ビールや焼き鳥などアダルト系もあったっけ。ヨーヨーつりのお手伝いをしたのだけど、40歳にして新人というのもなかなか新鮮でしたが、とても楽しい経験でした。そういえば、うちの田舎では売ってんだよなーとか、自分も欲しがってたよなーなんて、自分の子どもの頃のお祭りを思い出していました。で、子どもたちの表情がみんな真剣、真剣。つりあげたときの嬉しそうな顔。落っことしたときの残念そうな顔。明日になったらきっと家のどこかに置き忘れられちゃうんだろうけど、子どもたちの一生懸命な姿はとてもとてもステキでした。そのあたりは下町で、代々っていう地の方も多く、顔と名前がわかるっていうか、金髪のやんちゃ坊主にも、「おう!お前いつの間に大きうなってのー」、みたいな雰囲気もいいなぁ何て思ってました。で、我が身を振りかえってみると、自分は新潟の佐渡産でして、人口が減り、子どもが減っています。以前、夏祭りに帰省した際に、地元のおばちゃんが、「子どもが少なくなって、お祭りが淋しくなった」って言ってまして、その言葉が今でも忘れられません。確かに人もぼちぼちで、昔はあんなに楽しくて、たくさんの子どもたちが昼も夜も街中駆け回っていたのになぁって、自分も淋しくなりました。子どもって街の元気の源かもしれない、そんなことを、たくさんの子どもたちを目の前にしながら、大音量のマツケンサンバを聞きながら感じていました。
July 18, 2005
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今年40歳になったわたしは、介護保険の保険料まで払わなくちゃいけなくなったのですが、この制度ができるまでも、いろんなものがたりがあったようです。 それまで、親の介護は嫁か娘の役目とされていて、施設に預けたり、よその人にみてもらうなんて、とんでもない!と、言われていました。 夜中に徘徊する、「うちの嫁はひどい嫁で」と、あちこちで言いふらす、おむつ替えで転倒しそうになった親を支えて、ぎっくり腰になる・・・などの果て、つらくてどうにもならなくなって、電車に飛び込んで亡くなるお嫁さんまで現れたそうです。「なんとかしなければ!」と、立ち上がったのは、これから介護をすることになる嫁世代の女性たちでした。子育てで家庭に入ることを余儀なくされ「それも、ひと段落。これからわたしの人生よ・・・と思ったら、今度は、介護だなんて」ということで、「介護の社会化」を強く訴え、運動を起こし、国全体で高齢者を支える仕組みをつくったのでした。 それが、介護保険制度。40歳以上のすべての国民が保険料を納め、それを必要な人が利用しています。 介護が必要な人と家族が届出をすれば、ケアマネージャーがやってきて、どんな介護が必要か、アドバイスに応じてくれ、介護のプランをたててくれます。 そのプランにあわせて、デイサービス(つどいの広場のような感じ?)、ヘルパー派遣(ベビーシッターのようなもの)、ショートステイ(一時預かり?)を組み合わせて利用します。 料金は、利用者は1割負担のみ。 これによって、心理的にも経済的にも気兼ねなく利用できるようになり、介護はマーケットとなり、公的な機関だけでなく、企業やNPO法人などさまざまな機関が参入し、競争し、よりよいサービスを提供しようとしています。 利用者にとって何がよかったかって、サービスのメニューが増え、選べるようになったんです。 わたしたちはこの仕組みを、子育てにも導入できないかと、考えています(詳しくは、勉強会報告の柏女先生のページを参照してください)。 しかし、介護保険導入までも、いろんな意見が出ました。「親の介護を他人に任すなんて・・・」「親の介護は、嫁のつとめ」「嫁や娘が親の介護をするという日本古来の家族の美風が損なわれる」(これ国会議員の某氏が言った言葉) 子育ても同じだなあと思います。「わたしがこの子を母子カプセルの中で大事に大事に育てます!」「母親が家庭で、愛情込めて、しっかり育てるべき」という人がたくさんいる限り、「子育ての社会化」は進まないでしょう。 介護では、サービスではなく、介護をしている家族に現金給付をしてはどうかという案が出ましたが、それを女性たちは断固拒否しました。 現金を受け取って嫁・娘が介護をしては、密室介護は、解決できないままだからです。 「子育て」も同じだと思います。 まずは、「親だけでなく、地域・社会みんなで子どもの育ちを支えていこうというしくみが、子どもにとっても、自分にとっても必要なんだ、大事なんだ」ということを、親が認めなければ、制度づくりなんてできっこない。 サービスの中身の議論は、その次でしょう。 少子化がこんなに進んで、行政が有効な施策をなかなか出せなくて、子どももずいぶん人権侵害されてて、何とかしなくちゃと、みんな思っているんだけど、「でも、わたしは、この居心地のいい母子カプセルにずーっと子どもといたいんですぅ。つらいけど、外に出れないんですぅ(つらいのか、つらくないのか、どっちやねん!)」っていう人が多かったら、そりゃ、制度はつくれないなーと、思います。 こんなとき、子どもに「あなたはどう思う? 何がしたい?」って聞けたらどんなにいいかと思います。父親にもきちんと意見をもってもらいたいと思います。 お母さんと同じ答えではないかもしれませんものね。
July 18, 2005
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・・・私の考えも入れながら保育士が保持すべき基本的姿勢と倫理を列挙すると、以下の事項があげられます。(1)専門職としての行動原理・児童福祉法の理念に基づき、常に子どもの最善の利益を考慮して業務を行います。・人間としての平等と尊前を大切にする、一人ひとりの自己実現の権利を尊重するといった福祉専門職に共通する原理を尊重します。・子どもの保護者との協力関係、パートナーシップの形成を重視します。(2)利用者、子どもの関係に関する倫理・一人ひとりの子どもの置かれている状況および家庭、地域社会における生活実態を把握するとともに、子どもを温かく受容し、適切な保護、世話を行い、子どもが安定感と信頼感をもって行動できるようにします。・子どもの発達について理解し、子ども一人ひとりの特性に応じ、生きる喜びと困難な状況に対処する力を育てることを基本とし、発達の課題に配慮して保育を行います。・子どもの生活リズムを大切にし、自己活動を重視しながら、生活の流れを安定したものにし、かつ、調和のとれたものにします。・子どもが自発的、意欲的に関われるような環境の構成と、そこにおける子どもの主体的な活動を大切にし、乳幼児期にふさわしい体験が得られるように遊びを通して総合的に保育を行います。・一人ひとりの子どもの活動を大切にしながら、子どもの相互の関係づくりや集団活動を効果あるものにするように援助します。・子どもの人権に十分配慮するとともに、文化の違いを認め、互いに尊重する心を育てるようにします。・子どもの性差や個人差にも配慮しつつ、性別による固定的な役割分業意識を植え付けることのないように配慮します。・子どもに身体的苦痛を与え、人格を辱めることはしません。・保育にあたり知りえた子どもなどに関する秘密は、正当な理由なく漏らすことはしません。・保護者などに対する援助を行うにあたっては、その意向、意見を十分に聴き、配慮、尊重しながら進めます。 (続きは 次回の日曜日に )柏女霊峰著『子育て支援と保育者の役割』フレーベル館より
July 17, 2005
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わが子(今日で16歳。おめでとう!だが、部活に行っちゃって、もういない。ケーキぐらいは買っておくか・・・)を育てているときは、保育所は働いているお母さんの子どもを預かる場ぐらいにしか思っていませんでした。 その後、育児雑誌のライターとしてちょくちょく取材に行くようになり、子育て支援の施策を知るにつけ、保育園がいかに大事か、ということを知るようになりました。 子育ての相談といえば、なんとなく保健師や小児科医にしているかもしれないけれど、それは間違い。彼らは「健康」「病気」の専門家であって、「子ども」の全般のことを知っているわけではありません。小児科医に「しつけ」を聞いてどうすんの?って感じ(育児雑誌はよくやってたけど)。 子どもには何が必要か、どんな遊びが子どもの育ちにいい作用を及ぼすか、どんなふるまいで子どもと接するのがよいか、どんな語りかけが子どもを落ち着かせ、安定させるか、この時期の子どもはどんなことをするか、その次の時期になると何をしようとするか・・・などなど子どもにかかわるいろーんなことを、知っており、それをマニュアルなんかなしに、その場で実践しているのが、保育士であり、保育園なのです。 みんな、知らないだけだと思う。保育園は宝の山です。(参照:Nluluさんのブログ) で、わたしが提案したいのは「妊娠期の母親と子育て期の父親は、必ず保育所で研修を受ける」というものです。 それも最低3日はやってほしい。0歳の部屋から5歳の部屋まで全部一通り担当してほしい。 保育所には本来テレビはないし、電池じかけのおもちゃはほとんどないです。いい園に行けば行くほど、シンプルな木のおもちゃを置くようになります(手作りの布おもちゃなども乳幼児期にはいいですね)。 ダイナミックな遊びのできる空間と、集中して遊べるように配慮された空間が分かれており、その年の子どもたちの成長に合わせて、自分で自分のことができるように、着替えや遊具を取り出しやすい位置に置いたり、考え抜かれた配置がされています。 わたしが訪問するのは、なぜか夏が多いのですが、たいがい午前中は思い切りプールで遊んでいます。小さな人たちはビニールプールだったりで、パシャパシャやりながら、大きなおにいちゃん、おねえちゃんの歓声を横で聞いて、楽しそうです。 遠くから、ピーっと笛を吹いたり(そんなこと、大人にはしないでしょ。なんで子どもにするのかな?)、「こらー!!」なんて怒鳴り声をあげる人はおらず、注意したいことがあれば、子どものそばにより、同じ目線で、「こうこうこうでしょ」と、お話すれば、子どもは納得するんです。 けんかの仲裁だって同じです。無理無理引き離して、なんか理由も言わずに「ごめんなさいねー。ホラ、○○ちゃんに、あやまんなさい」なーんて、世間体を気にしたやりとりの渦中に放りこまれることもありません。 そうした保育の日常を、親が早い時期に体験するんです。 そして、保育士さんの日報を見せてもらう。 今日、この子はこんなだった、あの子はこうだった、申し送り事項はこれ、親にはこんなことを伝えてあるなどなど、子どもを見るポイント、子育てのポイントがぎっしり詰まっています。(← これについてはNluluさんのコメント参照。個人情報保護法がありました。失礼しました) 子育て講座など、聴くばっかりで、子育ての実践を見る機会って本当に限られています。見たらわかること、みようみまねでやってみることって、大切だと思います。 それをしっかりやっておいて、家庭で子育てをしてみると、相当違うんじゃないかな?と、思います。 保育士は、親を「お客さん扱い」しないで、補助スタッフとして扱う。きちんと仕事をお願いする。 保育士にとっても、地域や外部の刺激を受けるいいチャンスだと思います。 今、中高校生を保育園で迎える授業はあちこちでやっているようですが、それができるんだったら、親も受け入れられるはず!と、思います。 で、家に帰って、「保育園ではああしてた。でも、わたしはできない、できない! 1日中預けられる人がうらやましい」って、なるのではなく、そこは、「集団保育」と、「家庭育児」の違いですから、我が家流の「子育て文化」を、子どもと一緒に家族でつくりあげていくことが大事でしょう(働いていて日中離れていても、家庭育児の文化づくりは必要)。 3日もいっしょにいた保育園なら、その後もいろいろアドバイスにのってくれると思うし、つどいの広場や子育て支援センター、子育てサロンが、家ではできない別の遊びを提供してくれる場になっているはずです(親の癒しの場だけではだめです)。 最近、つくづく子育ては「文化」なんだと思うようになりました。 21世紀の新しい「子育て文化」を、みんなでつくっていけたらいいのに。 4つ葉プロジェクトは、確かに、制度やお金からアプローチしていますが、結局は、「文化づくり」の基礎整備をやってるんだ!と思っています。追記:そんな思いを一冊の本にしました。「現代のエスプリ 457号 子どものいる場所 編集 杉山千佳」です。ちょっと固いですが、もしよかったら読んでみてください。
July 17, 2005
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マコさんの「自分できめたこと、なのか、子どもを理由にしているのか」を、読みながら、「○○ちゃんのタメに」って、いい訳には最適かもと思いました。一見、誰も迷惑こうむってない感じするし、やってる本人は、自分で自分を支えてなくて、全体重を○○ちゃんなり、彼なりに預けちゃってるから、楽だし。 だいぶ古いマンガになってしまうのですが、岡崎京子さんの不朽の名作『Pink』のなかに、登場人物の男の子のガールフレンドが、彼の部屋に勝手に合鍵使って入って、料理作って待っているというシーンがあって、「女ってこーゆーフリルつきの暴力を、どうして平気で使かねー」みたいなことを男の子が思うシーンがあって、ひとりでうけてしまったことがありました。 フリルつきの暴力されて、ちょっと痛いと思っているけど、別に文句言う必要もないかー。いないときに、掃除しておいてもらったら、便利だしー料理も結構うまいしーみたいな男の人は、結構いるでしょう。 だけど、たいがいの男の人は、言わないだけで、「フリルついてるけど暴力」って気づいていると思う。うちの息子は見抜けるヤツになってほしい。 でも、赤の他人の男と女の話なら、どうでもいいです。フリルつきの暴力を見抜けず、「愛」と勘違いして(あるいは、だまされたふりをして)つきあったって、結婚したって、そりゃ、自己責任だから。 問題は、子どもには、それはしないでね・・・ってことです。 子どもは、それが「愛」ってものかと、勘違いしてしまうから。 子育てってのは、ちょっとずつ、ちょっとずつ、手を離すんだって、自分にも言い聞かせていますが、そのさじかげんが難しい。 小学校5年生の娘が帰ってきたら、「お帰り。何か飲む?ジュース?牛乳?」って立ち上がって聞いて、娘「ジュース」。母、やおら食器棚からコップを出して、冷蔵庫からジュースを取り出し、注いであげていた。 小5でしょ。 聞かれなくたって、のどが渇いているんだったら、自分で冷蔵庫あけて見れば、何が入っているか、わかるってば。 自分で戸棚からちょうどいい大きさのコップをとって、自分で注げるってば。 そんな一連の動作が、無意識のうちに、ひとりでできるようになるように手を貸すのが、親の愛だろう。 そんなこと、やったこともない娘は、かなり威張って「ジュース」って言ってて、「お母さんはわたしのために、全部やってくれるのが当たり前」って感じで、それを目撃してしまって、かなり(!)ショックでした。 あなたのお母さんは、メイドさんなんだね。 お父さんにもそうしてあげているんだね。 ごめん、その場で注意できなかった。そんなに親しい間柄のお母さんでもなかったので。 お母さんが、小さい時期から、「フリルつきの暴力」をふるいまくったために、きっと、娘は、それが当たり前になっちゃったんでしょうね。 自己満足の子育て支援もそうだけど、自己満足の子育てほど、コワイものはないですから。
July 16, 2005
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「出産したら、仕事をやめて子育てに専念」とか、「仕事と家庭の両立」とか、90年代には、はやったけれど、最近は「そうじゃないよね」という考え方が、主流になりつつあります。 そもそも、人間なんて、何かひとつのことにずーっと「専念」なんて、できないです。 日々の生活というのは、働いて対価を得る時間もあれば、それ以外の、直接お金は得られないけれど、大切な「しごと」もあり、食べていくためにご飯をつくったり、まだ自立できていない子どもの面倒を見て、少しずつ自分のことは自分でできるように手助けしたり(それを「子育て」という)、誰から言われたわけでもないけど、ついつい思いたって、からだが自然に動いて、地域の活動をしたり・・・・まあ、いろんなことを流動的に(カチッと枠をはめるんじゃなく)その時々のバランスでやりながら、年とっていくもんだと、わたしは思っています。 「両立」っていうのも、いったい誰が言い出したんでしょうね。「(カネを得る)仕事」も「家庭」も両方とも完璧にするんだというニュアンスが漂ってきて、聞くだけで、プレッシャー。気分が悪くなります。たぶん、財界とか政界とか教育関係者とか、なんかそーゆーところから出てきた言葉なんだろうなあと、思ってしまいます。 日本ほど、人(他人も自分も)を追い詰める語彙を使う国はそうそうないでしょう。 例えば、国際比較の調査で、「仕事が人間にとってもっとも重要な活動であると考えるか」という設問に対して、日本では70%が「思う」と答えたのに対して(「思わない」が14.4%)、アメリカは29%が「思う」、「思わない」が49.2%。アメリカでは、「仕事なんて、ぼくの人生のなかでは、たいした位置をしめてはいないのさ。生活の一部なのさ」って、言えちゃうのでしょう。 確かに「勤勉な国民性」を利用したい政治家とか、経済界とかにしてみれば、「仕事がなくなったらお前の人生は終わりだぞー」って耳元でささやきながら働かせたほうがいいのだろうけど、それがその人にとって、本当に幸せなことかどうかは、近年の中高年の男性の自殺率の高さなどを思うと、どうしても、疑問に感じてしまいます。 日本の常識は、世界の非常識・・・ってこと、結構あるから。 0歳児を保育園で預かるとき、一人の赤ちゃんあたり、月平均約15万円程度のコストがかかると言われています。日本のすべての女性が、「出産後も保育園に預けて働き続けたい」と、思ったら、膨大な、膨大な税金が必要になります。「それよりは、家庭で子育てしてもらったほうが、安上がりだ」って、考えてるよ。上のほうのおじさまたちは。 そんなおじさまたちが「子どもは、家庭で、母親が愛情こめて」って、言っているよ。 誰が、何の目的で、何を言っているのか、よーく、目を凝らし、耳をすまして聴いてみるといいと思います。 今、4つ葉プロジェクトに賛同してくれる各地の子育てNPOの人たちに、自分の住んでいる自治体に行って、総予算のうち子どもにどれだけ予算をとっているか、その内訳も含めて調べてみてと、お願いしています。 それを調べれば、その市町村が「子ども・子育て施策」をいったいどれぐらい大事に思っているのかが、一目瞭然でわかります。 ところが、そーゆー市民として、知る権利のある当たり前の情報が、なかなか手に入らないんです(もちろん、HPからすぐにダウンロードできる自治体もあります)。 本当にほしいもの、知りたいことは、そうそうたやすくは、手に入らないのだと、つくづく思う、今日この頃です。
July 16, 2005
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昨日は、なんか勢いあまってガーッと書いたら反響がすごくて、「やっぱ、これだったんだ」と、ふむふむしているところです。 うむ。虎の巻、作ろう。ちょっとずつアップしていきますね。 これまで、どちらかというと、子育て支援者や保育士さんの前でお話することのほうが多く、そのときは、・母親を「お母さん」と見るだけではなく、一人の大人の女性としてみてください(見てくれる人が少ないから声を大にして言わなきゃいけないんです)・子育ての運転席には、親。助手席に支援者が乗るんです。支援する側とされる側をつくるような支援はやめましょうというようなことをお願いしてきたのですが、バラしちゃうと、そんな支援ができないどころか、何を言っているのか、全然ピンとこない保育士・子育て支援者も実際はたくさんいるのです。 これは、もう、わたしがわーわー言ったり、書いたりするよりも、お母さん、お父さんにも知ってもらって、支援者に直接伝えてもらわないと、時間がかかりすぎると、思い始めていた矢先の昨日だったので、反応には勇気づけられました。ありがとうございます。 ますみっちさんが預ける側の罪悪感についてコメントを寄せてくれましたが、育児の現場を離れて、数年たっているわたしは、「まだ罪悪感を感じて預ける人がいたのか!」というのが正直な気持ちです。 そんなものは、感じる必要は、まったくないです。 お別れのせつなさはあっても、それは罪悪感なんかであってはならないんです。 ではなぜ罪悪感を感じるのか。 託児者が、親が罪悪感を感じてしまうような、預かり方をしているのではないか。そんな未熟な子育て支援者に預けてはだめだ。大事な大事な子どもを預ける人だ。選ぼう。 これから子どもを預けて自分がやろうとしていることは、子どもに申し訳ないと思うようなことなのか? そもそも、そんなくだらないことだったら、預けてまでやらなきゃいい。罪悪感を感じるということは、自分がやりたくて、「よし、これを託児を頼んでやろう」と思って申し込んだ、自分自身のその気持ち、行為すら否定することになるってことに気づいてほしい。 行政がやっている託児付講座だったらよくて、自分たちがやりたいリフレッシュヨガだったりは、抵抗があるっていうのは、良し悪しの価値基準を自分が持つのではなく、行政(お上?)にゆだねてしまっている自分がいることに気づいてほしい。 それでも泣いて泣いてこの子に悪い・・・という場合、きちんと子どもにお話したのかな?と、思います。「あしたね、ママはだれだれさんのお話を聴こうと思っているの。誰々さんは、遠くからママたちにお話をしてくれるために来てくれるんだよ。どんなお話かっていうとね・・・」っていうふうに、あしたどんなことが起きるのか、きちんと子どもに伝えることが大事でしょう。「保育のお部屋が別にあって、○○ちゃんの来るのを待ってくれている人が大勢いるよ。ママとはちょっとお別れだけど、ここで、いろんな遊びをして楽しむことができるよ」と、お話する。 預けるときも、会場を見せて、「ママはここで大人のお話を聴くの。子どもたちは聴いてもつまらないから、こっちの部屋で遊んでいるの」と、具体的に会場を見せる。 保育士さんともきちんと顔をあわせて、あいさつする。 荷物を手渡すみたいに、手続きだけちゃっちゃと済ませたり、子どもがおもちゃに気を取られているうちに、こっそり逃げるように、その場を立ち去るんじゃなくて、「じゃあ、行ってくるね」と、子どもにもあいさつし、「よろしくお願いします」と、託児者にもお願いして、その場を去る。 以前Tさんたちが、保育された子どもたちを講座の終了前に紹介して、どんな保育を行ったか報告するという話を書きましたが、それは、「この時間を、ありがとう」という、子どもたちへの感謝の気持ちを伝えるセレモニーでもあるそうです。 ママとのお別れがつらい子もいたと思うけれど、本当によくがんばってくれたね。ありがとうと、会場の人みんなでほめる。 報告できるような内容の保育をしているというのも大事ですよね。 託児付の講座は、普通の講座と違って、主催者、参加者だけではなく、子どもたち、託児をしてくれた人たちみんなの力でつくりあげるものであるということを、再確認するんですね。 そして、「すっごくいいお話を聴けたよ。○○ちゃんのおかげだよ。本当にありがとう」といってぎゅっと抱きしめ、がんばった子に、感謝の気持ちを伝える。こうした丁寧なやりとりを、一度、やってみてほしいと思います。「ごめんね、ごめんね」と言いながら、預けるのだけはやめましょう(子どもにごめんねといわなきゃいけないような内容のものを、託児して受講したらダメだって。子どもだって、「なんだよー。これは悪いことなのかよー」って思っちゃうよ)。コストの問題については、また別の機会に。
July 15, 2005
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幼稚園や保育所の園長先生向け専門誌の編集長をしている山田麗子です。前回の日記に早速、返事が寄せられ、大変感激しました。その回答にも書きましたが、私自身は結婚もしておりませんし、子どももいません。嫌なことや暗い話題が多い最近の世の中ですが、子どもは未来を体現していますから、4つ葉を通して明るい夢を見たいと参加しております。というと、ちょっと格好つけすぎかな。 昨日の届いた小泉内閣のメールマガジンで少子化のアンケートを実施していました。是非、回答くださいませ。 http://www.mmz.kantei.go.jp/inq/inq_top.pl?INQCD=OA050714sp 最近、親戚の70過ぎのおばさんのために、おしゃべりするお人形「プリモプエル」を贈りました。現在、たまたま独り暮らしとなっているおばさんに、さびしさを紛らわせるために選んだのです。特に趣味もないようなので、失礼だけれども、ボケ防止の意味も込めて。かなりかわいがってくれているようで、一安心でした。 おもちゃ屋でこの人形を見て遅ればせながら気づいたのですが、年配の方を中心に大人気なのですね(このおもちゃ屋では、買主との記念撮影を残していたのです)。自分も買っておきながら何ですが、この流行方を見ると、生身の人間との付き合いより、こうしたふれあいのほうがいいのだろうかとさびしく感じました。そして、人形より人間の子どもたちにももっと関心を寄せてもよとも。 生身の人間同士がもっと素直に接する場があればいいのに。昔の縁側や、路地裏のベンチのような、ちょっとしたたまり場が地域のあちこちにあって、いろんな世代が触れ合うことができると、子育て中の世帯にとっても暮らしやすいまちになるだろうなと。だからこそ、このPJのメンバーでもあるびーのびーの奥山さんをはじめ、地域でのサロン活動を応援していかなくてはと改めて思った次第です。
July 15, 2005
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マドレボニータのマコさんの託児についてのコメントはさまざまな人たちの琴線に触れ、いろんな意見が出ているのを拝読させていただきました。 今回は、今思っていることを整理してみたいと思います。*子どもを預かる側に言いたいこと「仕事なら預けてもいいけど、お母さんの美容院や買い物は違うと思う」という保育士さん、子育て支援者の人がいるようですが、その人たちは、もうちょっと子育て支援について勉強してほしいと思います。 そもそも保育は、だいぶ前に「措置」から「サービス」に変わり、保育園は、園に来る子どもだけではなく、地域の子育て支援もになっていかなければならないということは、児童福祉法、子ども・子育て応援プランでもはっきり書かれています。理由のいかんを問わず、家庭で子育てしている親子にも一時預かりが必要であるということも、この業界では常識です(知らない人は勉強不足)。 また、カナダで行われている子育て支援でも、支援者が預かる子どもや親を選ぶなんて、ばかげたことはいっさいありません。すべてのニーズに応えましょうというスタンスです。たとえボランティアであっても、質はプロのものであってほしい(そういう託児者・保育者を主催者は選んでほしい)、で、プロなら、プロらしい仕事をしてほしいものです。 子どもを預ける側に言いたいこと 子どもの人権という言葉も出ていましたが、4つ葉プロジェクトが言う「当事者主体」の当事者には、親と子どもがいると考えています。 親だけが当事者ではない。最終的な目的は、子どものウエルビーイングですから、そのためには、親にも支援が必要だよねと、考えています。 一緒にいるのに子どもがシカトされている状態って、 今、虐待のなかでも、一番問題になっているネグレクトの 状態ですよね・・・。 歩ける子どもを面倒だからとベビーカーに乗せるのも、 手っ取り早くビデオに子守させるのも、 「こりゃ、ある種の子育て放棄だよ」 と、心ある識者たちは心配しています。 となると、ニーズに合わせて託児を用意するのは、親だけでなく、子どもにも必要な支援であり、社会は早急にそうした受け皿を整えていく必要があるでしょう。 整備が進まない理由は、みなさんが指摘されているように、親側の誤解や勘違い、社会的理解が進んでいないせいもありますが、最大の理由はコストがかかるからです。 ちゃんとした専門性を持った保育士さんやベビーシッターほど、一時保育が一番大変だと口をそろえて言っています。それぐらい大変なのだということを、預ける側も認識しておく必要があると思います。 たくさんの人たちが事前準備をし、子どもにとって最良の時間になるよう環境を整え、遊具をそろえ、人の手配をしてその日を迎えます。もしかして無料であっても、それだけの人とものが動くのだから、無料のはずがありません。どこかの誰かが負担しているから格安の託児料で子どもを預け、一人の時間を手にすることができた・・それについては、子どもをはじめたくさんの人たちに感謝するということは、押さえてほしいと思います。「子どものあやし方はプロだが、支援者としては、素人」って人はまだまだたくさんいて、「いいわねえ、今のお母さんは。自分の用事で子どもを預けることができるんだから」と、どうしても一言言い添えないと気がすまない人は、まだまだいます。 そんな人たちには、「ほうっておいてください」と怒るとか、「次から口きかない」と決心するとかではなく、ぜひ、最先端の子育て支援とは何なのかを、具体的に教えてさしあげてほしいと思います。「おかしいですね。児童福祉法では、保育所に預けられている子どもだけでなく、すべての子どもに子育て支援が必要だという文言が入っているはずですが・・・」「次世代育成支援対策推進法の特定14事業の中には一時保育の推進も確か入っていたはずで、うちの市の目標にも上がっていたと思いますが、ご存じないですか?」と聞くなど。。。こっちが、大人になって、相手に変わっていただくことは大事だと思います。(ご要望があれば、4つ葉プロジェクトの叡智を結集して(?)切り返しトーク集虎の巻作ります)********まきーマキーさんが保育士さんから「もうちょっと一緒にいる時間を増やしてあげて」といわれたというけれど、そんなときは、「具体的にどうしたら増えると思いますか? 3人の子育ては初めてのことばかりで、わたし、時間の組み立て方があまり上手じゃないと思うんです。保育士さんは子育てのプロなんだから、ぜひ、コツを教えてください」と、聞いてみたらいいと思います。 ほんまもんのプロは、決して親を責めたりはしない。 土曜日も休めない働きすぎの父親の問題、働かせすぎの企業の問題、「仕方がないよねー」と黙認している社会の問題・・・。 それが解決しないから、母親にどっと負担がきていることぐらいちょっと考えれば、誰だってわかります。そんな状態の母親に「しっかりみてあげて」なんて、具体性のかけらもない注意をしても、まったく意味がないのです。 モノ申すべきは、一個人の母親ではないのです。 保育士や子育て支援者は、親と子どもの代弁者となり、子どもの育つ環境を保障するために、そして、親(特に父親)の育児時間を保障するために、社会に向かって、建設的に声を挙げなければならないはずなんです。 間違っても、「あたしの労働時間が長くなるのは困るのよー」って発想ではなく。 子育て支援者、保育士に、せめてカナダ並みになっていただくために、親側からできることは、結構あるんじゃないかな?と、最近思うようになりました。
July 14, 2005
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びーのびーの@横浜の奥山千鶴子です。 主に、0~3歳頃までの子どもとその養育者のための「ひろば」を運営しています。 この7月の時期には、夏休みの学生ボランティアさんの募集や研修を毎年行っています。 特に今年は、学生ボランティアの家庭訪問事業「わくわく子育てサポーター」が3年目となり、横浜市との協働事業となったために、例年より規模を拡大し、さらに近隣の中学生・高校生を巻き込んだ活動となっています。というのも、広域範囲からお手伝いに来る大学生だけでなく、より地域に根ざした中学生・高校生に関わってもらいたかったからです。 10代のベビーシッターは、欧米では当たり前。カナダでは、13歳頃になるとYMCAのようなところで研修を受け、修了証をもらうと、いよいよ地域にデビュー。これまでは面倒を見られる立場だったのが、面倒を見る立場にかわるのです。決して安上がりなベビーシッターのシステムではなく、1)子どもの縦の関係づくり、2)10代の地域参画の第一歩、3)多様な子育て家庭を体験する場、4)おこずかい稼ぎ、となるようです。これ自体が次世代育成といった感じでしょうか? 日本では、まだまだ中・高校生にここまで期待するには無理がありそうですが、大学生と組み合わせ、子どもの預かりではなく、遊び相手として家庭にはいってもらうことで活躍してもらいたいと思っています。 そんなことで、スタッフは近隣の中学校に行って、ランチ時間に生放送で出演したり、高校の授業で説明したりして募集しています。 ある日、スタッフ、大学生、お母さんと数人のこどもとぞろぞろと高校に繰り出した際には、茶髪、腰ずぼんのお兄さん達、「超かわいい~~」と声を上げる女子高生と出会い、ドキドキでした。 日頃接する機会がないだけにスタッフも緊張!でも、やっぱり優しいお兄ちゃん、お姉ちゃんたちでした。大学生も保育系の学生だけでなく、昨日は医学生が、先日は工学部の学生が来てくれ、ひろばは、いろんなキャラの学生達との出会いの場にもなってきています。 何が助かるって私も助けられています。小学5年の息子は、しっかり男子中学生と仲良くなってましたし、5歳の娘は私より大学生のお姉さんにまとわりついています! 自分たちの子育てもすっかり助けられているのでした。 7月末から本格的に家庭訪問事業がはじまります。 こうご期待!
July 14, 2005
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「育児な手帖」さんがトラックバックをつけてくださったおかげで、ユニバーサルデザイン政策大綱が決定されたことがわかりました。 4つ葉プロジェクトの呼びかけに答えて、いくつかの子育てNPOのネットワークや子育て中のママなどがパブコメを出してくれたようで、それが効いたか、「子ども」「子連れ」などの文字が大綱の中に少しは盛り込まれたようでした。(何度も言うけど、高齢者も障がい者も、自分たちの移動しやすい公共空間をつくるために、声を挙げてきたんですよね。きちんと声を届ければ、周りは動くんです。口をあけて待っていても、わからない人にはわからない。だから、言っていくことが大事なんだと思います) この大綱づくりにも少なからず関与したと思われる先生方が何人か知り合いにいるのだけど、パブコメ締め切り後に会う機会があって、「どうして子どもとか子連れとかいう単語すら入ってなかったんですか?」と聞いたら、「官僚はみんな男性だったから、気がつかなかったんでしょうね」と、言われました。 どうして、子ども=女なんだよっ!! 男性だって、「子ども」のことについて、モノをいおうと思えば言えるだろうに・・・と、ちょっと思いました。 でも、某横浜市は、副市長が子育てにとても理解のある人になったおかげで、都市整備に関する委員会などにも「子どものことがわかる人」を入れようと、職員が配慮するようになったようです。 大きな声の出せるポジションに、子ども政策の重要性をわかる人に就いてもらうのは大事なことなんですよね。・・・・・・・・・ ところで今朝の朝日新聞に学校におけるアスベスト対策についての文部科学省の報告に関しての記事が載っていました。87年に調査したとき、公立の小中高1337校で吹きつけアスベストが使用されていたことがわかり、その後、1001校については、除去したことがわかったが、残り330校については、どうなったか把握していない。調査予定もない。 ツメが甘すぎる。ゆとり教育だ、いやいや学力向上教育だと、そんなことの前に、安心して学べる学びやを用意することだろう!!と、そんな大事なことすらできない人たちに、「生きる力」だの「国を愛するココロ」だの言われたくないワ。 聞くところによると、学校の設備が問題で、けがをしたり、事故にあったりする子どもが、相当数にのぼっているということです。外からの侵入者に対しての対策もさりながら、学校そのものが危険では、まったく意味がありません。 また、最後の最後までバリアフリーが進まなかったのは、学校です。 文部科学省だけではないです。国が国民のいのちを守るというのは、最優先課題のはずなのに、なんだか、経済効率だとか、企業の利益だとか、誰かの利権だとかのために、後回しにされているような気がするのはわたしだけでしょうか??
July 13, 2005
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皆さん、こんにちは! 火曜日の日記を担当することになりました、榊原智子です。 小学2年の娘に手を焼きつつ、新聞記者もしている母親です。初登場なので本当は自己紹介から――なのですが、 今日の新聞に掲載させていただいた汐見稔幸先生のインタビューがとってもいい内容だったので、今日はまず、これを皆さんにお伝えしたいと思います。「子育て支援」の議論では、つい、親の視点に終始しやすいけれど、「子供たちが未来に夢を持てない社会になっている」という先生の指摘には、ドキンとしました。 子供たちが未来に夢を持てる社会にしていく―― そんな“世直し”も、4つ葉プロジェクトの目指すゴールの一つかもしれないと思いました。◎汐見稔幸・東大大学院教授のインタビュー ――15歳の少年が家族を殺害する衝撃的事件が相次いだ。汐見 一連のことが偶然起きたとは思わない。子供たちが内部に抱えた憤懣、絶望といったネガティブな感情をうまく処理できず、家族や反社会的なことにぶつけた。もともと土壌があるところにモデルが与えられたためで、しばらく続くと思う。事件が起きる土壌を分析しなければ、本質に行き着かない。――事件を生む土壌とは何か。汐見 文明史的な視点が必要だ。日本では高度経済成長期まで、子供を近隣社会や家族の中で育て、「世間」に出していった。世間では未知の人に出会うし、厳しい競争も待っている。だから、丁寧な準備をして送り出してきた。 農業社会で子供に手伝いをさせ、野山の遊びで体を鍛えさせたのも、世間に出すための準備だった。子供は地域社会に「放牧」されて育ち、「厩舎」である家に戻ってしつけを受けた。放牧でいろいろな大人と接し、他人に優しくすることも覚えた。この子育てのシステムが近年、大きく変化した。 第一に、グローバルな時代になり「世間」が膨大に広がった。国際競争にもさらされ、不透明感が著しく高まった。第二に、放牧ができる地域社会が消滅した。家族が核家族化して厩舎も小さくなった。従来型の準備ができなくなり、子供をうまく世間に出せるか否かは親次第というプレッシャーが高まった。その中で、少年事件や引きこもり、ニートも起きている。――子育て環境の変化は、日本だけではないはずだ。汐見 先進国はどこも同じ変化に直面した。放牧ができなくなり、核家族で子供を育てなければならなくなった。小さな厩舎の中でどう育てるか、これまで以上の知恵が必要になった。母親一人だけの知恵でなく、父親も加われるよう、職場は生産性を高めて働く時間を減らした。個別企業だけでは無理だから、欧米では社会システムの改革として取り組んだ。 各国が1980年代に労働時間短縮を進めたのはこうした背景があった。だが、日本だけが同じ時期に労働時間を伸ばした。育児の変化を、バブルの虚構の活気が見えなくした。日本ではシステムの転換が15年以上遅れた。――子供の突然の暴発はどう理解すればいいか。汐見 不安を越え世間に出ていけるのは、社会への期待や夢があるからだ。戦後日本には、「明日はもっと豊かになる」という夢があった。だが、明治以来の近代化の目標が達成された後、新たな夢を育むべき時にバブルにうかれて次の夢を描けなかった。 人類は、人口問題や環境問題など未曽有の難題と向き合っている。子供たちは「人類に未来はない」と思っている。その不安を、すでに世間に出ている大人には理解できていない。――我々は何をすべきか。汐見 教育が、世間に出るためのパスポートを見つける手助けになっていない。親はまず、子供が世間に出るための試行錯誤を援助してやることだ。また、放牧のシステムに代わる現代版の子育てシステムを作ることが急務だ。それは、戦後型の教育、労働、家族のシステムを再構築することに他ならない。 (05年7月12日付読売新聞朝刊より)
July 13, 2005
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今日は、金沢市主催「金沢ママさんカレッジ」の開校特別講座ということで、講演をさせていただきました。テーマは「子育てを通していろんなことを見てみよう!」。 子どもが生まれたことで、生活が変わること、価値観が変わること、夫婦関係、家族関係が微妙に変わることから始まって、赤ちゃんを抱えてシャカイに繰り出そう!!と、なんとか4つ葉プロジェクトの話まで持っていこうというひそかな野心のもと、パワーポイントを使いながらお話させていただきました。 なんとか、4つ葉の話までこぎつけたのに、4つ葉サイトのURLをレジュメに載せていなかったり(ううう)、チラシをご紹介できなかったり、いろいろトホホなこともありましたが、言いたいことは、まあ伝わったかなーと、思っております。 今日、本当にうれしかったのは、申し込みが殺到して、託児が100人近くになったということでした。 1歳児が一番多かったそうで、0歳児の赤ちゃんも引き受けてくれたそうです。 部屋は4室になったそうです。「よし、受けよう」と英断してくださった金沢市に、感謝。 また、初めてお子さんを預ける方もいらっしゃるので、中には、泣いて泣いてどうにもならなくて、お母さんを呼び出しせざるを得なくなるかもしれませんというお話を聞いていましたが、そうした呼び出しもなく、みな最後まで立ったり座ったりもなく、話を聞いてくださいました。 各保育所の保育士さんやボランティアさんなどたくさんの方たちが支えてくれて、開催できた講座なんですよねえ・・・。 ママさんカレッジは、この後さまざまなテーマで学習したあと、今度はお母さんたち自身が企画した内容の講座を開いていく予定だそうです。 お母さんたちには、せっかくのチャンスだから、遠慮せずにどんどん企画を出してくださいという話をし、金沢市の担当の方には、市がこれはいい、あれはいいというのは、先に言わずにお母さんたちに考えてもらって、やりたいというものだったら、ぜひ、開催できるように応援してほしいという話をしました。 帰ってきたら、さっそく4つ葉サイトを検索して探してくださった今日の参加者のママからメールが届いていました。感想のメールを直接いただくなんて、あまりないので、うれしかった~。 最後に、「杉山さんが来るんだったら・・・」と、あちこちに告知のちらしをまいてくれた金沢市の子育て応援団の橘さん、心強い応援、ありがとうございました。
July 12, 2005
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先週の土曜日、「地域子育て支援における支援者のコンピテンシーに関する研究報告会」(タイトルが長い…)を主催しました。内容についてはアミーゴの市川さんが書いてくれているので、自分はなぜこの研究に関わろうと思ったかを書きたいと思います。今は保育園やNPO法人などいろんなところで子育て支援が行われていますよね。そのときに、そうした親子を支援する方々の専門性や必要なコンピテンシー(力量)ってなんなんだろう?それを形にできないかというところから始まっています。一方、自分のお仕事は保育園関係ですから、今の保育園はたいへんなことは知っています。国の規制緩和や経費の節減などから、保育士さんの仕事に余裕がなくなっていて、今では保育士さんは3K職場って言われています。給料は安いし、人手は少ないし。保育園だけが栄えればいいとは思いませんが、そこには子どもがいて親がいるわけですから、なるだけいい環境で保育してほしいなーと思います。そのためにも、私たち保育士はこんなに社会のためになってるの!っていうことを形として社会に示したいと思っています。そうして、子育てに対する世の中の認識が少しでもよくなって、子育ての環境が良くなって、待遇も良くなったらいいなと思います。子育て中の親御さん、子育て支援者、幼稚園の先生、学校の先生、子どもに関わる人はみんな一緒です。だって、子どもを育てるって、とってもいいことですもん。しかも面白いし。自分も親ですからよくわかります。子育ての価値っていうと、なんか違う気もするんですけど、とにかくそう思っています。そのあたりが4つ葉にもつながっているんですよね。
July 11, 2005
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呼びかけ人の先生方にメッセージを書いてもらう時間がなかったため、日曜日は、それぞれの先生方のご著書から「ここ、いいな」と思う箇所を抜粋して掲載させてもらうことにしました。 第一弾はわたしたちが「4つ葉の精神的支柱」と思っている大日向先生の一番新しい本から抜粋させてもらいました。 何十年にもわたって、地道にお母さんたちに調査を行い、母性の研究を続けてこられた大日向先生。わたしもそしてたぶん、今まさに子育て中のお母さんたちも、うまく表現できない心の葛藤を大日向先生にうまく言葉にしてもらって、「そうそう、そうなんです。わたしの悩みは変じゃないですよね」と、すとんと心のうちに落とす経験をされているのではないでしょうか。 さて、今日はびーのびーのの奥山さんが代表をしているつどいの広場全国協議会の公開セミナーがありました。 4つ葉プロジェクトの面々にも何人かお目にかかり、「ブログにちゃんとお返事書いてね」と業務打ち合わせ。 ご存知のように、今、あちこちでつどいの広場や子育てサロンを作ろうという動きが出始めています。 もちろん、やろうとする人もさまざまで当事者のお母さんもいらっしゃれば、子育て経験豊富な年配の方が、必要性を痛感し、いろいろな研修に出かけて、つどいの広場のような事業があることを知り、行政を説得し、こつこつと作られたといったケースもあります。 規模もさまざま。協働のパートナーとなる行政の「体温」「やる気」もさまざま。 このなかで、現場を持たない、継続性もないわたしたち「4つ葉プロジェクト」の役割って何なんだろう?と、思いました。 先日の、柏女先生のお話で、子育て支援が必要なんだということを社会的に認知してもらうための、世論づくりが4つ葉プロジェクトの役割ではないかと、アドバイスもらいました。 誰に言われたわけでもない、「これが必要だ」と気づき、自分たちのやり方で始めてみようと思った人たちが、お互い顔も名前も知らない人がほとんどだけど、全国にたくさんいる。 ひとりだと、めげそうになるけれど、あっちにもこっちにもいると知れば、勇気が湧いてくる。それが、力になり、世論をつくりあげるのではないか?と思います。 まずは、「子どもを育てる環境をもっとよくしたいと、わたしたちは思っているんだよね」ということを、確認する。それだって、実はすっごく大事なんじゃないかと思います。 そして、それを、わたしたちなりのことばで、表明していく、提案していく。その過程で、自分の考え方を鍛えていくのがいいんじゃないのかな?と、思っています。 一個の巨大組織ではなく、それぞれが持ち場を持った、多様性のあるゆるやかなネットワーク。 4つ葉プロジェクトはそのつながりをつくるきっかけになるのではないか?と、思います。
July 10, 2005
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・・・とりわけここ十数年の不況下では男性の働き方はいっそう厳しさを増しています。どの企業も余剰人員を抱える余裕はなく、倒産やリストラの恐怖におびえずに働ける男性のほうが、むしろ少数だと言われています。育児介護休業法はあっても、現実には取得の申請がしにくい職場が大半なのです。 妻たちも、夫の職場の状況はよく理解しています。とくに専業主婦の場合には必ずしも夫に具体的な育児参加を求めようとはしていません。それでもなお苦しむのは、育児は母親の仕事だとみなす夫の態度なのです。「育児は母親の喜びのはず」「乳飲み子の世話は母親が最適任だ」という母性観にとらわれて、子育てに孤軍奮闘する妻の労苦を理解しないことが、夫に対する苛立ちとなっているのです。 子育てをめぐる男女の意識のギャップは、その根源をたどると「子育て母親の仕事」と考える子育て観にあります。仕事か子育てかという二者択一的な生き方を性別によって強いている現状は、女性にとっては社会からの疎外を意味し、一方、男性にとっては育児や家庭生活からの疎外を意味します。いずれも人としてのトータルな生活を奪い、子育てを通して夫婦の礎を築くことを難しくしているのです。それは単に子育ての問題に影響を及ぼしているだけではなく、男女間の就労形態の相違を生み、経済力の格差を生じる原因となっています。 この格差を埋めること、そして、それが可能となる社会づくり、「男も女も、仕事も家庭も」という生活が可能となるような働き方、暮らし方の実現に注力することこそが、真の子育て支援ではないでしょうか。(大日向雅美著『「子育て支援が親をダメにする」なんて言わせない』岩波書店 より)
July 10, 2005
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★こんばんは。amigoです!土曜日担当、子育て支援グループamigoのスタッフ、ノゾミと申します。代表のまつださんと一緒に事務局をやらせていただいています。私達amigoは、世田谷区を拠点に産前産後の支援(主にお母さんの支援)をしている民間のグループです。スタッフ一同、乳幼児の子育て中という当事者性の高いグループでして、だからこそ「子育て相互支援」と言っております。(つまり、一緒に子育て楽しくしようよ、ということですね) ★amigoと、4つ葉プロジェクト私達amigoの4つ葉プロジェクトにおける役割は、「ひろげる」担当です。私達の活動や、私達という人間を媒体として出会う地域の方たちに「4つ葉プロジェクトって言うのがあるんだけど・・・」と広げていったり、地域の子育て支援仲間に「なんか一緒にやらない?」と広げていったり、そういうことです。当事者であり、子育て支援者である「現場の人間」ですから、それだからこそ出来ることはあるとおもうし、特に私は「イチ利用者からスタッフになったふつうの人(笑)」なので、子育て支援者としての経験もまだまだだし、子育て業界の社会的な見方、捉え方などもわかりません。社会的な制度や仕組みについても知識がないです。でも、そんな私でも4つ葉を通して色々勉強できるだろうし、そういうリアルな体験を発信していくことによって、「ふつうのお母さんたち」に4つ葉がやろうとしていることが伝えていけるかなあと思っています。土曜日は、私やまつださん、もしくは他のスタッフなどなどが交代で書いていくこととなりますし、時には二人が書いていくことになるかも。今後とも、宜しくお願い致します。 ★子育て支援者のコンピテンシーさて、今日の話題を少しだけ。今日は、4つ葉の呼びかけ人であり、「社会保障の4つ葉のクローバー」の提唱者である 淑徳大学教授 柏女霊峰先生もコメンテーターとして登場された「地域子育て支援における支援者のコンピテンシーに関する研究」報告会に、スタッフ一同(4名)参加してまいりました。コンピテンシーとは、ある目的を適切に達成・遂行する「力量」のことで、今回の研究内容はつまり、子育て支援者に望まれるものとは具体的にどういうものなのか、子育て支援者は支援のためにいったい何を身につければいいのか、その「コンピテンシー要素」を具体化して明らかにし、支援者の質を向上させる、というようなものでした。amigoスタッフとして活動して2年半。だいぶセタガヤの子育て事情や自分の住む地域の事情はわかってきたものの、もともと体系だって子育て支援というものを勉強したこともないし、「自分の体験を通して」得た物ばかりで、正直すこし心もとないトコロもあります。区の支援者向け講座に参加したり、まつださんを通して学んでいることもたくさんありますが、今回みたいに「どういう"力量"が具体的に必要なのか」を勉強する機会は、本当に望んでいたこと。そして、とてもとても参考になりました。細かい内容はまた別の機会に書きたいと思いますが、一番私が安心感を得られた言葉は 「完璧な支援者が1人いるだけよりも、多様な支援者の組み合わせによって、有機的なコミュニティが形成されているほうが現実的であり大切」ということでした。支援者として必要なこと、力量は具体的に色々あるけれど、一人一人が全て獲得しなければいけないわけではなく、それぞれの個性や特長を活かして、その「場」を支える人たちがチームとして補い合い、引き出しあい、学び会えばいいんだー・・・と、とても前向きに安心ができました。今回のコンピテンシーは、子育て支援者を専門職化するために具体化したのではなく、あくまでも支援者の質を向上させるために行っていることで、どれも必要な要素だけど、それがすべて揃っていればいいというようなものでもないということですね(いや、もちろん揃っているほうがいいのですが。コンピテンシーの獲得はしていきたいけれど、その獲得に大変な労力をさくよりも、その前に伸ばせるコンピテンシーもあるわけだし、スタッフみんなでそのコンピテンシーを分け合えれば、その方がいいのですね・・・これからamigoのスタッフとして何か出来ることあるかも、と思って今日参加していたIさんも、今回のお話はとても勇気を与えてもらったようでした。それから、わかってはいても今一度肝にめいじたことは、柏女先生のお言葉で 「対人援助職として陥りがちなこと」です。 相手にのめりこむ、相手が合わないときに攻撃などをしてしまう、自分が癒されたいがために援助を行う などです。そして、なによりも大切なのは、こういった状態におちいってしまったことに自ら気がつくこと、なのです。産業カウンセラーの養成講座を受講していたときにも、カウンセラーとしての注意もこのようなことを勉強しました。最近、私生活でも「自分が人を変えられる、助けてあげられると思うのはごう慢なこと」という教訓を得たところでしたので、あわせてしっかり胸に刻んでおこうと思います。他にもたくさんたくさん、シェアしたいことがあるのですが、今日はこの辺で。**By イチカワノゾミ**02年4月生まれの男の子と03年12月生まれの女の子の母親。2歳年下の旦那さんとの4人暮らし。長男の育児休業中にたまたまamigoのベビーマッサージクラスを友人に誘われて受講し、「こういう世界があったのかあ」と驚き。どうせ育児休業終わったら会社に戻るし、地域に仲間なんて特にいらないかも、と思っていたけれど、amigoの活動を知れば知るほど(まつださんを知れば知るほど?)、こういうことって必要だよなあ、私もなにか出来ないかなあ、と思うように。もともと会社での今後のキャリアに悩んでいたことや、感覚的に自分の生活に近いところで仕事がしたいと思っていたこともあり、子育て中の今出来ることを今出来るやり方でやりたいと思い退職を決意。退職と同時にamigoのスタッフとしてお手伝いを開始、今に至っています。03年秋からは、カラーセラピスト(オーラソーマ)としての活動も開始。子育て、親育ちの真っ最中です。
July 9, 2005
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もう昨日になってしまいましたが、厚生労働省の社会保険庁改革の新たな組織の実現に向けた会議に行ってきました。 04年の年金制度改正のときに行われた年金部会の委員をやっていたとき、社会保障制度を子どものときから学ぶ機会をもっと増やしてほしいとか、若い人が面倒がらずに年金を払いたくなるような手続きの簡略化を要望したりしていたので、今回もまたやることになったのだろうと、思っています。 座長が決まるまで、尾辻大臣自らが議事進行をされたりして、ちょっとびっくり。でも、くれゆく霞ヶ関の夜景をバックにサンドイッチをほおばりながら会議するあたり、なんかわびしい・・・。 ほかの委員の方たちは財政の専門家だったり、ITの専門家だったりするなかで、専門を持たずにいるわたしは、まさに「国民の目線」の担当のようです。 で、お願いしたことは、・社会保険庁長官に寄せられた国民からのメール、手紙にはどんな意見が書かれていたのか、公開してほしい・社会保険庁改革にあたってすでに行っている80の緊急対応プログラムの進捗状況を報告してほしいということでした。 これについては、次回の委員会までに報告してくれるとのこと。 また、確かに社会保険庁もひどいけれども、そんなになるまで放っておいた責任は国民の側にもあるということも言いました。 自分たちが納めた保険料がどんなふうに使われているのか、どうなっているのかについてあまりに無頓着すぎたのではないか。 社会保障制度のことを知らなさすぎなんじゃないか。 ついでに、マスコミの報道のしかたも、理解を深めるためのものにはなっておらず、あらさがしだったり、間違っていたり、小さなことを大げさに騒ぎすぎていたりするっていうのも言いました(会議は公開なので傍聴席にマスコミ関係者もいると思ったので)。 マスコミにあおられて、くだらない不平不満を言って、建設的な意見や、対案が出せない国民にだけはなりたくない。 社会保険庁は変わると言っている。国民への説明責任を果たし、透明性を維持すると言っている。そうなったとき、それをきちんと受け止め、良いか悪いかの判断が下せる国民になっておきたい。と、別に社会保障制度の通になるつもりはないけれど、良識ある一国民として、わたしは思っています。 もちろん、今まで社会保障制度について学校の授業で勉強したことなんか一度もないわけだから、教育にも問題があるのは間違いないけれど(それについても、せっかくのチャンスだから、きっちり言っていくつもり)、「誰も教えてくれなかったもん。だからわたしが何も知らなくても、わからなくても、わたしのせいじゃないもーん」なーんて、格好悪い言い訳が通用するのは、20代前半まででしょ、やっぱり。 ついによそじになっちゃって、子どもも高校生で、もはや「若さ」も「子ども」も言い訳にできなくなってきたとき、いったい何を手にしているのか、ってことでしょう。うー・・・たいへんだワ。 鋭く自由研究中のテキパキ女さんに、「おいおい、」って言われないよう、「コレよ、コレ」ってものが見せられるよう、腕とアタマを磨きまーす。
July 8, 2005
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新聞の切抜きを見ていて面白い報告書を見つけました。4つ葉に関連と思うのでご紹介します。毎日新聞朝刊7月7日厚労省:子育て中の母と高齢者、育児支援に意識格差--社会保障に関する公私分担調査 ◇子育て中の母63%「充実を」/高齢者の2割「現行で十分」 厚生労働省が初めて実施した「社会保障に関する公私機能分担調査」で、「負担を(増やさないよう)考慮して育児支援サービスを一層充実すべきだ」との答えが30代の59・9%に達し、小学生以下の子供を持つ母親では63・0%に上った。70歳以上は43・8%で、「現行で十分」(20・6%)などの答えも少なくなく、子育て支援に対する世代間の意識格差をうかがわせた。 全体では53・4%の人が負担増を伴わない育児支援の充実を求めた。小学生以下の子供を持つ母親では21・3%が「育児にかかわらない人の負担が増えても社会保障でまかなうべきだ」と回答したが、70歳以上では14・4%だった。政府は少子化対策で「高齢者給付に偏る社会保障制度の是正」をしようとしているが、容易ではなさそうだ。調査は03年7月、約1万3000人を対象に実施した。社会保障に関する公私機能分担調査報告書http://wwwdbtk.mhlw.go.jp/toukei/kouhyo/indexkk_13_5.html**コメント**** 子育て中の世代と、そうでない世代で、意識格差があるんだなあということは、わかりましたが、「だから高齢者は、自分たちのことしか考えてない」というふうに思ってしまっては、世代の断絶を生むばかりで、ちっともよいことにはならないと思います。 支援が必要なのだということを、理解してもらうためにはどうしたらいいのか、データなのか、現状の具体的な説明なのか・・・。対立を生まない方向を、考えていきたいと思います。
July 8, 2005
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