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4つ葉プロジェクト&とうきょう子育てねっと 新春企画第2弾・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・子育て支援がシャカイをかえる!~4つ葉プロジェクト勉強会Ver.4「子育て予算を学ぼう!~予算説明会of厚生労働省~」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 平成18年度の国の子育て予算はどうなっているんだろう?今回の勉強会では厚生労働省の子育て関係の予算を中心に担当者からお話していただきます。あわせて当日は4つ葉の新年会も計画しています。お時間のある方は一緒に学んで、語ってみませんか? 主催:みんなで子育て推進委員会 共催:とうきょう子育てねっと日 時 1月30日(月) 15時00分~17時30分会 場 あんさんぶる荻窪 4階 第1会議室・第2会議室 杉並区荻窪5-15-13 03―3398-3191 JR中央線「荻窪駅」西口下車徒歩3分 地下鉄丸ノ内線「荻窪」駅西口下車徒歩3分定 員 50名(先着順)内 容(予定) 15:00-15:35 母子保健関係予算説明 厚生労働省母子保健課15:35-16:10 保育関係課予算説明 厚生労働省保育課16:10-16:45 虐待対策関係予算説明 厚生労働省児童虐待対策室16:45-16:55 休憩16:55-17:30 少子化関係予算説明 厚生労働省少子化対策企画室(時間・順番については変更する場合があります)参加費 1000円(資料代として)保 育 1000円(1家庭につき)(保育の申し込み・問い合わせは (有)コマーム 0120-506-092まで 直接お願いします)お申込み・お問い合せメールのタイトルに【4つ葉PJ勉強会申し込み】と書いて、1.お名前、2.ご所属、3.ご連絡先電話番号、4.メールアドレス、5.参加者名簿への掲載の可否(お名前と所属のみ。ご記入がない場合は原則掲載します)、6.保育利用の有無、を書いて、下記までお送りください。保育の申し込みは、0120-506-092(有)コマームまで。お問い合わせについてもメールでお願いいたします。MAIL hikotoyo101@yahoo.co.jpFAX 03-5680-4001(事務局:今井)締 切 平成18年1月27日(金)
December 29, 2005
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今日、福井の実家に帰省します。雪はどうなっているかな??そんなわけで、東京に住んで、「とうきょう子育てねっと」のような活動をしたり、国の情報を紹介したり、提言したりする「4つ葉プロジェクト」の活動をしながら、地方のことが気になって仕方がない。わかることは、同じ手法は使えないということ。待機児ゼロなんて、ごく一部の都会の困りごとなのだ。過疎の進む地域では、施設の統廃合が必須で、幼保一元化の話も、それ抜きには語られないのだ。マメコバチさんや、はりまdeあいあいさん、ナチュラルパーティさん、京都きっずプロジェクトさんなど、各地でそれぞれの動きが芽生え、地域特性を理解し、生かしながら、活発に活動しているのを、わくわくしながら眺めている。青森、兵庫、山口、京都・・・などなどいろいろあるけど、「こういう地域だから、これが必要なんです」というものは何なのか、教えてほしいと思う。そして、活動に興味あるもの同士、みんなが「当事者意識」をもって、シェアできたらいいな。でもそれは、通り一遍の「事例報告」じゃ、あまり意味がないように思う。言って終わり、聞いて終わり・・・じゃ、何も残らない。みんなが「参画」できるしかけづくりも必要ではないか。また、何が、うまくいく秘訣なのか?分析も必要だし、その結果、「これかな?」と思う要素を育てるプログラムも必要だと思う。で、具体的なリソース(人、もの、カネ、情報)のわかちあいも必要だと思う。そんなコーディネートにさらに磨きをかけたい。わたしがみなさんにお渡しできるものは何だろう?それは、つまりは、「これがわたしです」というものでもあるような気がする。最優先課題として、わたしは「とうきょう子育てねっと」を来年はもっとガンバルつもりだけど、「とうきょう」でしか通用しないものは、ちょっとね。当分は「子育て支援」「次世代育成支援」に励むけれど、「子育て支援」でしか通用しないのも、ちょっとね。いやはやまったく、欲張りだ。でもそれは、(活動の、自分自身の)質をキープする、あげる努力次第だ、きっと。
December 29, 2005
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12月26日、内閣府において、「女性の再チャレンジ支援プラン」が決定された。詳細はそのうち内閣府のサイトにアップすると思うし、またおいおいお知らせしたいと思う。平成元年に、妊娠を機に「ついうっかり」仕事を辞めて、そのあと、バブル期ではあったものの、仕事を再開するのは、結構大変だったわたしは、「働き続けるための、仕事と家庭の両立支援だけでは、ダメだ。いったん仕事を辞めて家庭に入った女性たちの再就業支援が必要だ!!」と、繰り返し述べてきた。(これについては、再三このブログでも、年金制度や配偶者特別控除などをからめて語ってきたことだ)わたしの印象だと、霞ヶ関のキャリアの人たち(特に女性)にとっては専業主婦っていうのは、「まったく関係ない人」って感じがして、ちっとも眼中に入っていなくて、これまでは、言っても全然聞く耳をもとうとしなかったので、こうしたプランができたこと自体、「大きな進歩だよ~」と、本当にうれしい。・・・・・・・・・・・・・・・気になるのは、プランはできたけど、ほんとに使う気あるチャレンジャーな女性がどれぐらいいるか?ということだ。わたしの人生、結婚や出産で終わりじゃない。○○ちゃんママで終わりたくない。一番下の子どもが中学生ぐらいになってから、突如「わたしの人生って何だったの?」なんてあわてて「自分探し」始めるような、のんきな生き方はしたくない。と思って、子育て中でも、コツコツ準備を進めている女性が、実はたくさんいるのだと信じたい一方で、「どうなんだろーなー」とも思う。「今のお母さんたち、本当は働きたくないんですよ」「家でのんびりしているほうが楽じゃないですか」「独身時代、散々働いて、『もういいでしょ』って気分が蔓延しているみたいです(で、だんなさんだけに、散々、散々働いてもらうってこと??)」って何人かの「分析家」から、話を聞いた。その人の人生だから、別に何をしたっていいけれど、まだまだ体力も気力も十分備わっているはずなのに、個人的理由で家庭にいる人の分まで、なんであたしらが支えなくちゃいけないのよう。。。とは思います。(早く税制と保険の優遇制度をなくしてほしい。そしたら、こんな不平はクチにしなくなるから。その方の「家庭にいたい」という、自己責任の選択を尊重します)繰り返します。わたしが専業主婦をしていたときには、誰一人考えてもくれなかった「専業主婦の女性の再チャレンジ支援プラン」が国で決定されたのです。これをどう使うか。「チャンス!」と感じ、「何かしらの行動に移しちゃる!」と、意欲を見せる人を、わたしは応援したいと思う。
December 28, 2005
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今年も充実した一年であったことよ。本当にわたしは幸せ者だ、と、いろいろなものに、感謝する。特に、「ああ、よかったなー」と思うのは、『子育て支援でシャカイが変わる』を出したことと、4つ葉プロジェクトをたちあげたことと、4つ葉プロジェクトのブログを始めたことと、とうきょう子育てねっとのフォーラムを実施したことと、たくさんの新しい出会いと、たくさんの再会を果たしたことだろうか。昔、ライターだったころ、ミーハー心も手伝って、お医者さんとか学者さんとか有名人とか、出版社の人の名刺をもらうと、「なんとかごいっしょできる仕事がないだろうか?」と、必死に企画を考えたものだ(青!)。が、そういうの、ほんとうにどうでもよくなってしまった。わたしがやらなければならないことをしよう、と、ハラが決まったからだと思う。そして、それだけをしている実感(「なんで?」と思うお仕事もなかにはポツポツありますが、それもきっと意味があるんだろう・・・と思って、いうこと聞いてやっています)。・・・・・・・・・・・・・昨日、藤原さんの『公教育の未来』を読み終えた。最後の1行。「評論家はもういらない。参戦せよ!」つまり、わたしは“参戦”したんだな。自分を安全なところにおいて「ああでもないこうでもない」と、お説を論じることはやめたんだと思う。へなちょこでもいい、笑われてもいい、自分の「これだ」と思ったこと、できることをやろうと思い、ひたすらにやっているんだと思う。おかげで決断が早くなり、効率的に動けるようになった。来年はもっともっと精度を上げよう。自分自身を忘れしかも 自分の根源を忘れることなく人間の成長する自我が宇宙の万象に 語りかける。「個我の呪縛から私を解放するお前の中でこそ私は みずからの真実をきわめたい。」(『魂のこよみ』ルドルフ・シュタイナー ちくま文庫)
December 27, 2005
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とうきょう子育てねっと 新春企画第1弾として、以下のような勉強会を新宿・ゆったりーので開催します。託児もついていますので、ご興味のある方ならどなたでも、ふるってご参加ください!!・・・・・・・・・・・・・・・・・・全国各地の先進事例から学ぼう!!子育て支援の居場所づくりと、NPOのマネジメントについて・・・・・・・・・・・・・・・・・・東京都内でも子育て中の親子のための「つどいの広場」づくりの動きが活発になってきました。今回は全国に先駆けて、つどいの広場事業を実施中の名古屋市のNPO法人まめっこの代表丸山さんと、金沢市のNPO子育て生活応援団の団長橘薫さんに「ひろばづくり」と「NPOのマネジメント」についてうかがいます。こうした機会はなかなかありませんので、ひろばを始めてみたい方、日ごろのNPOの運営どうしたらいいの?というみなさん、ふるってご参加ください。 主催: 新宿区民会議 第1分科会 とうきょう子育てねっと 協力: つどいの広場全国協議会 *日 時 1月21日(土) 10時00分~12時00分*会 場 ゆったりーのhttp://www.geocities.jp/yuttari_no/ 新宿区北山伏町2-17 北山伏児童館1階 (東京メトロ 東西線神楽坂駅・大江戸線牛込柳町駅 徒歩10分)*定 員 30名(先着順)*講 師 丸山政子さん(NPO法人まめっこ代表・名古屋市) 橘薫さん(子育て生活応援団団長・金沢市) コーディネーター 杉山千佳さん(子育て環境研究所・新宿区民会議 第1分科会学識委員)*内 容 10:00~10:45 主に「ひろばづくり」についてディスカッション10:45~11:15 主に「子育て支援NPOのマネジメントや行政 との協働」についてディスカッション11:15~11:45 会場を交えてのディスカッション*参加費 500 円(講演料・資料代として) *保 育 あり 1人 500円(保育の申し込み・問い合わせは 1月17日までに(有)コマーム 0120-506-092まで 直接お願いします)*お申込み・お問い合せメールのタイトルに【新宿区民会議勉強会申し込み】と書いて、1.お名前、2.ご所属、3.ご連絡先電話番号、4.メールアドレス、5.参加者名簿への掲載の可否(お名前と所属のみ。ご記入がない場合は原則掲載します)、6.保育利用の有無をご記入のうえ、下記までお送りください。お問い合わせについてもメールでお願いいたします。MAIL yuttari_no@green.ocn.ne.jpFAX 03-5228-4377保育については、申し込みは 0120-509-092まで。締 切 平成18年1月19日(付)
December 26, 2005
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自慢ではないが、掃除がたいへん苦手だ。今、自宅の一室を職場にしているが、あまりの書類のヤマに、家族から「このままでは火事になるから、片付けるまでストーブは禁止」と、厳命されている。寒い。今日、思い切って、机の山、机の下の山、イスの周辺の山を切り崩し、整理してみた。一番多いのが、行政関係の資料だ。社会保険庁の委員会資料、中教審委員会資料、健やか親子委員会資料、少子化と男女共同参画委員会資料、横浜市都市計画資料、埼玉県住宅政策資料、新宿区民会議資料、杉並区バウチャー検討会資料・・・・それに、議事録や報告書がおまけでついてくる。まったく、行政マンの書類処理能力はほんとうにすごいと、つくづく思う。「わたしは一年、こういうことをしてきたのか・・・」と、思わず振り返ってしまい、読んでいるだけでヘトヘトになってしまった。結構大事な会議にも出させてもらっているのに、全然たいしたことできてない・・・ということも思い知り、ぐったりだ。そして、自分自身が始めた事業の資料もワンサカだ。4つ葉プロジェクト関連の資料、とうきょう子育てねっとの資料、子育てバリアフリーの資料。こっちは、もともと整理されていないので、行政資料以上に手ごわい(エーン!)。そして、各地に出かけていった先でいただいてきたパンフレットや報告書など。原稿を書かせてもらった、さまざまな雑誌のバックナンバーも、封筒に入ったままの状態で、顔をのぞかせたりしている。(とほほ)整理しながら思った。全部に100%全力投球していたら、死んでしまう。優先順位をつけなければ!(今頃かい~)行政関連についていえば、言ってみればわたしは、意見を言う人であり、それ以上は期待されていないし、実際に「やる人」は行政なのだから、過度な責任は感じなくてもいいんだよ。他の人からもらったり、自分で取り寄せたたくさんの資料も、そのときは必要だったが、今は必要ない。「あとで使うかもしれない」としまっておいて、「あとで使った」ためしがない。記念にとっておく・・・なんていうのは、性に合わないので、やめておこう(記憶に残っている情報で十分さ)。自分自身のプロジェクトだけは、自分で料理しないといけないから、当面、全部保管だ。・・・・・・・・・・・・それでもわたしは、ぐったりしながら、思いをめぐらせる。あのとき、「はっ」とひらめいてメモしたこと、「これだ」と思った資料・・・結局もう一度読み返すことなく、捨てたんだけど、だとしたら、あのときのあのひらめきは、いったいどこへ行ってしまうんだろう??たぶん、消えたんだろう。消えたってことは、最初からなかったって、ことなんだろう。膨大な活字もまた、そうやって、捨てられていく。情報が多すぎだ。わたしの処理能力をとうに越えている。大江健三郎さんのいうところの「知る」と「わかる」ってことか?「知る」レベルの1週間後には忘れてしまうような情報と、「わかる」まで、自分のなかに留めおかれる情報と。「わかる」レベルの情報ってなんだろう?これは個人の価値観がたぶんに作用しているように思う。わたしの場合は、アタマもよくないし、容量、能力ともに、たいしたことはできないと思っているので、生きることの何にでも応用できるような「深い」情報に、軍配をあげる。そういう情報の入手方法は、我流だが、なんとなくわかってきた(よかった)。では、そういう情報を提供するには?「こうやりましょう」と懇切丁寧なマニュアルや、ありがちな成功体験の事例報告じゃダメなんですって。そんなの手に入れても、「わかる」まで消化して、自分のものにまでしようと思えないもの。もちろん、「多少の参考になれば」と思って必要に応じてわたしも書くし、人にもお願いするんだけれど、「ああ、年末の大掃除で、わたしがつくった、あの報告書や、わたしが書いたあの原稿の入っている雑誌、捨てられちゃうんだろーなー(涙)」って気がする。藤原さんが『公教育の未来』のなかで書いていた、「情報編集能力」のみせどころなんだろうなあ。この本、ところどころにヒントが隠されている。わたしがこれまで読んできた、北欧の教科書とも通じるところがある。明治維新以降、長く長く続いてきた学校制度のなかで、日本中の人が「当たり前」と思ってきた情報の受け取り方、情報の提供の仕方とは違う、最近では、意識して探して、足で稼いだり、きちんとお金を払わないと入手できないような、「別の情報」があるんじゃないだろうか。(「情報」のほうが、相手を選ぶ?)それは何だろう。あるのは、わかってきたし、たぶんこういうことだろうなーとは思うものの、まだ「自分のもの」にしていない。「自分のもの」にできてないので、人に伝えられない。「そう簡単にできるわけがない」と、小林秀雄に笑われそうだ。そもそも、アタマでわかることではなくて、あれこれやって、うんうん考えて、それでもわからなくて、で、いつもいつもやって、そのうち、たぶん死ぬ直前ぐらいに、「あれは、こういうことだったんだなー」と、わかれば御の字なんじゃないだろうか。
December 25, 2005
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皆様、メリークリスマス。世田谷村から松田妙子です。ゴリエで盛り上がるこのブログで果たして私は何を語れば良いものか。世の中、夢中になったモン勝ちなんであります。(笑)さて、おらが村、世田谷では、「地域別懇談会」と称して、年に数回、子どもや親子に関わるいろいろな立場の方々とあーだ、こーだ、と語り合う会を開いています。人口80万人を越える大きな「区」なので、5つの地域に分かれて話し合うのですが、これがなかなかおもしろいのです。今回は年末の忙しい最中に開いたのですが20名強の少数精鋭メンバーが集まりました。大学の研究者から、子育てサロンリーダー、プレーパークの世話人さん、シニアの子育て支援者の方まで、幅広い年齢層と様々な活動分野からの参加でした。話し合いに先立って、NPO法人せたがや子育てネットの理事でもある大正大学の西郷先生に、基調講演をお願いしていたのですが、なんと大学の緊急会議でいらっしゃれないことになり、主催者一同腕組みして困っていたところに、世田谷区こども部長の田中さんと担当係長の亀谷さんがのぞきにきてくださったのです。そこでひらめいた私たちは、田中部長に先日のフォーラムのことや行政の動向などをお話下さるようお願いしたのでした。快く引き受けてくださって大助かりでした。部長さんともなると、芸能人みたいなもんで、(笑)とにかく最前線を語ってもらうわけで、おもしろいし、勉強になります。ただ、例えば子育てサロンをはじめたばかりの現役お母さんなどにとっては目が点、といった業界用語も多いので、(私もそうでした、というか今でも・・・)少しずつでも情報の共有をしていけたらいいな、と思っています。「親を支援の受け手にしないためには」というお題目も、一つ投げさせていただきました。こういう場を続けてきて思うことは、ここで聞き上手の方は、きっと子育て支援の場においても、自分がハンドルを握りすぎることなく、上手にサポートされるのだろうなぁ。ということです。私なんて、まだまだダメで、「自分が、自分が」と語りたがってしまいます。反省。様々な取り組みがあって、誰がエライとかどっちがスゴイとか、そういうのはナイ、と思っています。絶対正しい、という答えもないでしょうし、絶対正しくない、という答えもないでしょう。お互いの活動にエールを送りつつ、ネットワークしていく良さ、というものが、顔をつきあわせて話し込んでいくうちに見えてきた気がします。最初のうちは「うちの団体がいかにすごいか自慢」になりがちだったのですが、さすがにしつこく続けていると、それもなくなり、シンプルに「世田谷の子育て」の底上げを一緒に考えられるようになってきます。「次回はいつですか?」そんな風に声をかけて下さる方が多くなってきたこの取り組み。大事に、今後も続けていきたいと思っています。ちなみに次回は3月14日(火)、三軒茶屋のキャロットタワーで、「世田谷子育てミニメッセ」の一環で行えるかな?と思っています。世田谷の「おらが村」パワー、お楽しみに。
December 24, 2005
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ゴリエダンサーズに入れてもらえそうで、ホッ。息子に、ゴリエの入手を依頼。今、藤原さんの『公教育の未来』(ベネッセ)を読んでいますが、本当におもしろい。学校とは「人生を生きる技術」を教える場であり、教師は「人生を生きる技術」を教える人という彼の定義について、「どこに出しても不足はない、これのみでもう自己完結的な論考」と塩野七生さんが評する。「学校っていったいなんだろう?」なんて、わたしのぬるい疑問符の表現を、自己反省した。甘い、まだまだ甘い。もっと突き詰め、自らの「納得解」を持ち、行動しないと先には進めない。そんな藤原さんと参加した、先の中教審会議「ニートについて」を振り返ってみた。「聞き方」には2種類あるなあ・・・・と思った。「チャンスがあれば、自分のこれまで持っていた価値観、思考パターン、行動パターンを変えたい」という聞き方と、「自分の価値観、思考パターン、行動パターンは絶対変えずに、すべて自分に引き寄せ、自分の価値観などを確認・補完する」ために聞くという聞き方だ。ぶっちゃけ、エライ人も結構入っていた会議だったけど、エライ人ほど、後者だったような気がする。話題提供者の報告を前段の引き合いには出すものの、後は自分の(いつもの)お説だったりで。自分を絶対変えない聞き方。「今の子育てはこうこうこうなんですよ」とお話しても、「そうそう、十○年前のわたしが子育てしていたときもそうだったのぉ」って言われたりして、「あーもーこの人、変わる気ゼロねー」ってわかると、ばかばかしいので話をしたくなくなってしまう。(いま、すっごい転換期なんだって。わかっている人はわかっているけど、認めなくない人は、ずっとそうだよね)そして、そこで「わかって」も、変わんなきゃ意味ないじゃんってことなんだと思う。いつもいつも「わかって」、「変わる」必要はないけど、「今がそのチャンスだ!!」ってことが、100%了解できて、何を変えるのかが「わかって」恐れずに「自分を変える」のって、「人生を生きる技術」のかなり上位ランクの技術のように思う。・・・・・・・・・・そうやって、コンセプトがはっきりしたら、次はプレゼンの技術ということになる。ゴリエに関しては、準備が必要だなー(踊りの練習もそうなんだけど、場の設定とか、周囲の人たちの理解とか)。バン!と出して、オッ!ってときもありますが、バン!と出したら、古くからやっている人が、みんな引いちゃって・・・とか、反発くらっちゃってということもあります(「わかる」「変わる」は、やすやすとやってのける人と、なっかなかできなくて努力しても袋小路に入り込んでいる人、まったくダメな人がいるように思います。見ていると、年齢によるところも大きい感じ)。それは、非常にモッタイナイので、こちらにも、アタマをひねりましょう。これぞまさしく「技術」です。・・・・・・・・・・・先般、シニアの人に、はっきり「シニアの子育て支援を考えてほしいんです」と申し上げた。その人は「わかって」いて、実際現場を持って「やっている」人なので、たぶん、わたしの気持ちと意図はくみとってくれたと思う。でも、多くのシニアは、自分がシニアであることすら認めたがらない。特にわたしのような若造に言われると、カチンとくるようだ。「わたしだってまだまだ若いのよ」「若い人には負けられないわ」っていうときの「若さ」ってなんだろう?若い人とはりあって、同じコトをシニアがやっても、それは、「シニアであることの証明」にしかならず、むしろ、シニアの役割をきちんと承知し、それをやってのけてこそ、「若い」といえるのではないだろうか?そんな手厳しいことを言っていると、「じゃあ、お前はどうなんだ?」と返す刀で聞かれてしまう。シニアと若い親世代の中間地点に立つ、40歳。しかも子どもは高校生。「中途半端」なポジション。ゴリエ・・・むむ
December 24, 2005
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マコさんが、ゴリエを踊るダンサーを募集しているらしい・・・。何を隠そう、数年前に3年ほどフラメンコのレッスンにも通っていたわたし。本当は明日にでも再開したいところなのだが、フルートとフラメンコでは、「いつ仕事をするんじゃい~」ということと、お金がもたないので、唇をかみしめ我慢している(フラメンコ、衣装代がバカにならんのです)。踊りは好きだが、はっきりいって全然うまくない。10歳近く若い人たちに混じって踊れるだろうか・・・。しかも、どうも衣装を手作りするみたいじゃないか。そんなの、(息子のお遊戯会もなかったし)やったことないよ~。香川に講演で呼んでもらったときも、わははネットの面々がチアリーディングのクラブを作って、日夜練習に励み、発表までした話を聞き、しかも、「ゴリエ」の中国地区大会に貸切バスで繰り出す話を聞き、「ちっ、うらやましいぜ」と、本気で思ったものだ。(全国大会に進出したら、絶対応援に行くからね!)・・・・・・・・・・中学・高校と制服で、しかも校則が無茶苦茶厳しく、赤いネクタイはダメとか、ソックスは三つ折とか、「どうしてですか?」と聞かれても「校則だから」と答えるしかないような、ばかばかしい縛りを受けてきたものだから、本当に、「ばかばかしいお約束」が嫌いだ(私立の学校なら選んで入ったからまだわかる。公立の「地域」の学校だったんだよ。「地域」の。ひどい「地域」!)。でも、今思うと、そんな女子中学生、女子高校生以上に、「お母さん」像の縛りは強いように思う。古くは「肝っ玉母さん」に始まって、ちゃぶ台をひっくり返して怒る頑固親父に、反発する息子。それをオロオロ眺めるか、「お母さんはあんたたちの味方だよう」と、包容力満点、化粧ッ気ゼロ、色気ゼロの「母」。最近は、とってつけたような子役の子どもたちにごはんつくったり、「ほら、朝よ!起きなさい」とか言っているかと思えば、夫にはなぜか不満で、偶然であった若いおにーちゃんに心ときめかしたり(ヤツに慰謝料を払い、子どもを養っていけるだけの、経済力はあるのか?古くなった男から新しい男に乗り換えるだけで、生き方は 本当に変わるのか?)、息子のクラブチームのコーチと不倫したりしている「お母さん」。かと思えば、ママのあったかいおひざの上で、手遊びしたり、童謡うたったり、絵本を読んであげるのって、子どもたちにとってもいいよねーみたいなの。根本は同じところから出てきているにおいを感じる。手遊びも、童謡も、絵本も「子どもの心の栄養」なんだと思うし、やったほうがいいのは間違いないけど、なんか、プレゼンが違うというか、押し付けないでほしいというか。(わたしはやるけど、人に「積極的にやりましょうよ!」っては言えないなー・・・って感じ)「あったかいママのぬくもりが、子どもたちにとってなによりよねー」って言っている人たちが、ゴリエを踊る母親を見て、言葉を失うのが、目に見える。何も言えなくなる、その「許容範囲の狭さ」が、許せない。・・・・勝手なパターン認識でしか、モノが見れなくて、ゴリエを踊る「一般の」母が、理解できない、そんなレベルで、なんか、「子育て支援」とか「母親の孤立」とか「産後のうつが問題」とか、あまり言ってほしくないなー。(ゴリエを踊る母を「元気なお母さん」とひとくくりにするセンス!) 「好きな服を着てるだけ悪いことしてないよ」「ねむたくっても、年をとってもやめられない」「つまらない大人には、なりたくない」って歌いながら、40になりました。で、マコさん、こんなわたしですが、踊れます??
December 23, 2005
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人口減少があきらかになったということで、今日の朝日新聞の夕刊のトップにも少子化の文字が躍っていた。そんな、わかりきっていることを、何も大々的に騒いでもしょうがないじゃない・・・と、ちょっと思ったりもする。少子化への対応を考える有識者会議の提言に始まって、少子化対策プラス1、少子化社会大綱と、対応策についての提言は出されている。今年は自治体の行動計画も出揃ったし、昨年末には、「子ども子育て応援プラン」も登場した。マスコミは「真新しい対策はない」と、行政批判を繰り返すが、行政だけで何とかなる問題じゃないし、真新しい対策ではなく、男性も含めた働き方の見直しとか、すべての子どもたちへの子育て支援とか、専業主婦の再就職の支援とか、子育てしていない世代の人たちの子育て世代や子どもへの理解と支援とか、そういう素朴で、地道なひとりひとりの意識変容、行動変容が、対策につながるのだと思う。そして、かねてから繰り返しているのが、「少子社会の中で生きる子どもたちを、どう育てるか」ということだ。膨らむ高齢者世代を支えなければならない子どもたちなのだ。それがわかっていたら、従来の子育てとは違う、もうちょっと考えた子育てを、本当はしなくてはならないんじゃないか?と思う。それは、どんな子育てだろう?親の技量が問われる。そして、社会も、もっとそのことに目を向けるべきだろう。親のニーズにばかり合わせて、サービスメニューを増やすと、結果、子どもはどうなるか? ぐらいは大人の責任として一度じっくり考えてから、子育て支援をしてほしい。かといって、現状ではだめだ(少子化という現象が、答えを出している)。社会保障給付費の話とか、確かに4つ葉でもやっているけど、それだけやってても、ダメなんです。現場を知らずに制度の話するの、けっこう、ダサイので、やめたほうがいい。現場の実践を制度にしていく。それは、子どもたちの、「今」のため、「今」から続く、「未来」のため、に、ほかならない。
December 22, 2005
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今日は、かねてから行ってみたかった、藤原和博さんが校長先生をしている杉並区立和田中学校の「よのなか科」の授業に参加してきました。私立高校に通い、もう冬休みの息子を連れ、朝8時半出発。月に1回行われる「よのなか科」は3年生の必須授業で、事前申し込みなしで誰でも参加できます。マスコミの取材もひっきりなしで、今日はTBSが撮影に来ていました。お題は「ホームレスはゴミか?」で、生徒たちがディベートを行うというもの。わたしたち大人は後ろで聞いていればよいのかと思いきや、「ここでは“参観”という態度は許されません。大人もみな参加してもらいます」と、藤原さん。配られたワークシートは、わたしたちも記入しました。まず、驚いたのは、テンポのよさです。飽きさせない授業。ゲストティーチャーは、実際にホームレスだった人と、ホームレスの炊き出しをしている藤原さんのお友達でした。最後にぎゅっとエッセンスだけ詰まったゲストの話は、冗長な90分の講演を聴くよりも、印象に残りました(時間の使い方・構成について、考えさせられました)。「よのなか科全体を通して、また学校の環境もすべて計算して、それらが有機的につながって、効果を出そうとしていますから、単元、単元の“ねらい”なんてのはありません」というのも、教師っぽっくなくていいなーと思いました。あっという間の1時間でした。本当におもしろかった。1月31日に埼玉県で藤原さんと対談させてもらうのですが、あんな感じの展開にしたいなー。しかし、1分刻みで計算されつくした授業だったので、やっぱ、行き当たりばったりじゃ、いかんな、答えを最初から決め付けてしまうような、きちきちした準備ではなく、本番でイメージを何重にも膨らませられるように、準備をしたおきたいな、と思いました。母としては、あの授業を息子に見せることができたのは、そして、彼を藤原さんに紹介できたのは、何にもましてうれしいことでした。高校生時代から和田中に関心を持って通い続け、今大学生となってボランティアで授業に参加している学生さんや、いっときはニートだったけれど、今は土曜日寺子屋のとりまとめもやっている、通信教育で教職を取ろうとしている女性など紹介してもらい、そうしたモデルがあることを彼が知れたというのも、たまんなくうれしかったです。・・・・・・・・・・・・・そんなうれしい日だったのですが、帰宅すると、キャー!という連絡が入っていて、もう七転八倒でした。関係各位のみなさん、お騒がせしました。しかし、こーゆーのは、なんだかなあ・・・。いや、グチは言うまい。藤原さんだって、自分ペースの和田中を築くために、相当ご苦労もあったろう。一流は、それを口にしないのだ。こんなことで、怒ったり、悩んだりするだけ時間の無駄だ。「感情」にはお出ましいただかず、淡々とやるべきことを整理して片付けていけるぐらいには、わたしは大人になった。めざす先はちっともぶれていないから。気を取り直そう。そして、今日はお風呂に入って、早く寝よう。
December 21, 2005
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ohanaさんが子育て支援施設にマドレ活動の営業に行った顛末を読ませてもらいました。昨日、すっごく近くに住んでいるのに、なかなか会えないマコさんと、駅前のドトールで久々に話をして、「もう、名刺出して、わたしはこれこれこういうもので・・みたいな説明をしなくても、『あーこの前テレビ出てたあの人ね』みたいにわかるようにしたいんです。だから来年はメジャーになるんです」と、マコさんがおっしゃってたのは、こういうことなんだな、と思いました。(マドレの活動がなぜ必要なのか、4つ葉も説明できるよう理論武装の準備しておきますね)マコさんがメジャーになれば、マドレのみんなの活動が今よりずっとやりやすくなると思います。ohanaさん、もうちょっとのしんぼうです!4月から4つ葉プロジェクトの活動を始めて、いろんな成果があったのだけど、その一番はたぶん、「今の(行政が中心で進めている)子育て支援事業は、なんかずれてると感じていた、そのわたしの直感は間違ってはいなかった。そして、そのずれが何なのか、具体的にわかるようになったこと」だと思っています。結果、「こうしたほうがいい」という方向性もわかるし、どうしたらその方向に向かえるか、具体的なイメージも持てるようになりました。来年は、それをいろいろな場を使って、モデル的に行えるようにしたいと考えています。ところで、昨日マコさんといろんな話をして、4つ葉の活動の方向性も再確認できました。周囲のテンポもあるし、お金が動くので、さまざまな思惑も錯綜しているので(!)、作戦は練ったほうがよさそうだと思いました。例えば、わたしたちが参考にしている介護保険制度ですが、制度ができて、いいことばかりではないと、わたしは思っていて、なんとか一人でトイレに行こうとする高齢者のお手伝いをしても点数にはならないが、いっそ寝たきりになっておむつ交換したほうが点数になるんですよね。介護業者は点数が高いほうが収益があがりますし、よほど心あるヘルパーさんじゃないと、「ひとりでトイレにいけるうちは、ひとりで行きましょう。わたしが必要なときに、手を添えますから」とは、言いませんから(そのほうが時間もかかるし、労力もかかる)、当然ながら介護業者と当事者のニーズはずれているわけです。これが、子育てにそのまま導入されたらどうなるか。「お母さんのニーズにお答えして」という、最近民間企業や社会福祉法人などが、打ち出しているとっても美しい言葉の裏側には、「子どもの健全な育ちの保障」や「親が親として自立していくプロセスの支援や、一人の責任ある社会人として接し、包括的に支援する」ということは(実はあまり)含まれては、いません。だから、そういうところにも効いてくるしくみを入れておけば問題は解決するわけだけの話だ・・・と、思っている次第です。「それは、付加価値で制度に組み込むものじゃない」という意見ももちろんありますが、そこは、大きな議論のポイントになるだろうし、すっとばすんじゃなくて、きちんと議論しないといけないとも思っています。・・・・・・・・・・ドトールでは、マコさんのお子さんが小さくて、「まだしょぼかったころ」の話を聞いて、社会のお世話になってちんまり生きる選択肢もないわけではなかったけれど、「それを選んでしまっては、そこを越える発想も、生き方もできないと思った」と、生き方の転換をした話を聞いて、「同じ“ひとり親”でも、全然違う」と思いました。これはいろんなところにいえることで、「同じ“専業主婦”でも、全然違う」「同じ“ワーキングマザー”でも、全然違う」なんてことは、ざらで。「がんばっている人」のことを「あの人は特別だから」と「普通」から「除外」して、悦に入る、それはおかしい!と思いました。行政のお世話にずーっとなっているひとり親よりも、がんばっているひとり親のほうが、行政だって「投資」のしがいがあるわけだし、「扶養の範囲でぇー」と社会のお世話にずーっとなっている専業主婦よりも、「なんとか自立したい」とがんばっている専業主婦のほうが、「投資」のしがいがあるわけだし、多額の保育料を社会に拠出してもらいながら、「家と保育園と会社の往復で終わっちゃってます」と、しれっと言ってる女性よりも、「地域のことでできることがあるなら、わたしにもさせてください」と、自発的に動きたがるワーキングマザーのほうが、社会も「投資」のしがいがあると思います。それって、ぜんぶわたしたちの税金ですからね。投資するかしないかの判断をしている行政機関だってわたしたちの税金で成り立っているわけです。何に使うかを判断しているのは、結局はわたしたち、ってことなんですね。「要は、(個人的にがんばるだけでなく、公益的にみても)がんばっている人が、きちんと報われる社会ってことだな・・・」と、思いました。
December 20, 2005
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真代マヨネーズさんの、「今の子育て家庭は、絶対評価になれすぎていて、相対評価をしなさすぎではないか」をもっと詳しくという質問に答えて、書いてみます。これは先般のニートに関する報告で、ニートの若者に就労支援を行っているNPO法人の代表の方がおっしゃられたことなのですが、ニートになってしまった本人と家族の様子を見ていると、親が理解がありすぎで、あんまりやさしく、自由すぎなのも問題なのかな?と思うということでした。(詳細は、そのうち議事録が出ると思いますので、読んでみてください。文部科学省の中央教育審議会生涯学習分科会第5回 国民の学習活動の促進に関する特別委員会です)。わたしの解釈ですが、例えば、幼稚園や小学校などで、あまりに競争を避けすぎて、かけっこでもみんなでいっせいにゴールするとか、学芸会などで、親が我が子に主役をやらせたがり、劇が成り立たないとか、「誰もが特別なオンリーワン」と言い過ぎるとか、そういうことかな?と思います。「誰もが特別なオンリーワン」なのは、当たり前すぎる話で、「家庭」ってのは、それが当たり前に在る場なんだろうと思うけれど、学校や会社など組織に入ると、どうしたっていろいろあって、つらいこととか、自分の思いがそのまま通用しなかったりするわけで、価値観も多様だし、いろんな球が、いろんなタイミングで飛んでくるわけで、そんな世の中で自分たちなりに生きていくってのが、「生きる」ってことなんだと思うのですが、そのときに、子に親ができることは何なんだろう?ってことなのかもなーと、思います。社会性もまた、伝える機能が家庭には必要なんだろうと思います。・・・・・・・・・・・・・・・ところで、セレーノは今年から、日本子ども家庭福祉学会の事務局も引き受けていて、今、今年度の機関誌の編集に追われているのですが、昨年度の機関誌に、福岡でひだまりの会という子育て支援の活動をしている高山静子さんの実践報告が出ていて、「相変わらずいいこと書いているなー」と思ったので、ちょっと抜粋してみます。「(高山さんたちが実践している)サロンでは、応答性が高く、周囲の子どもや大人とのやりとりが必要となる遊びの素材を選んで置いている。また、親と子どもに適切な距離感が生まれて、子どもの遊びを落ち着いて見守ることができる場の設定を行っている。 すると、親からは、「子どもがはじめて自分から離れて遊んでくれた」という感想がでる。子どもが自分でつくりだす遊びでは、子どもは自分から親と離れていく。そのため親は、子どもと距離を置き、客観的に我が子をながめる。・・・・」(高山静子「子育ちの支援で親の育児負担と不安感を軽減する」子ども家庭福祉学 第4号より)こういうサロンじゃないと、居場所の意味がなかろう・・・と思うんだけど、だいぶ前に高山さんたちと子育て支援の環境作りの本をつくったとき、「ノンプログラムは、プログラムを提供するよりも難しい」ってことが、なかなか認知されてないよねーという話をしました。遊具の選び方、その配置、スタッフのかかわり、すべてに意味があるという場づくりのうえの「いつ来てもいいし、いつ帰ってもいい」ノンプログラムの居場所。それは、「専門性」と言っても過言ではないと思っています。「社会性」をキーワードに、2つの情報提供でした。
December 18, 2005
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昨晩、わたしが習っているフルートの先生のライブがあったので、友人と二人でさっそくでかけた。渋谷の小さくておしゃれなライブハウス。ボサノバのバンドは、ボーカルとギターとフルートの3人構成で、パーカッションがゲストで参加してくれ、明るく、心地よく、うっとりの時間だった。食事もお酒もおいしく、これで5000円は安い!と思った。フルートは個人レッスンなので、それなりにかかる。小中学生時代にやっていたので、吹けることは吹けるけれど、昨日みたいな演奏を間近で聴くと、「絶対プロにはなれない」と、はっきりわかる。つまり、フルートはわたしの楽しみなだけだ。でも、ここには、惜しみなくお金を払うつもりだ。・・・・・・・・・・・・・・・・4つ葉のブログを始めたとき、知り合いのライターに「あなた、ただなのによく書くわね」と、言われた。その人は、つまりは、お金をもらわないと、文章は書かないというスタンスのようだった。その代わり、お金をもらうんだったら、何でも書くのだろう。でも、ちょっと思った。その発想は「お金をいかにして稼ぐか」の発想でしかなく、「稼いだお金をいかに使うか」の発想が抜け落ちていると。稼いだお金で、食べ歩きしたり、高価な宝石や洋服でも買っているのかな?・・・・わたしは、杉山千佳ということで、個人的に報酬をもらうのと同時に、セレーノというわたしが社長をしている会社からも報酬を受け取っている。(当然ながら、そんなにもうかってはいないが、赤字は出していない)ここで文章を書く、あるいは、4つ葉プロジェクトとしてあちこちに出かけたり、勉強会を催したりってことでは直接的にはどこからもお金は出ていない。そんなわたしの時間、労力について、セレーノというわたしが、報酬を支払っているんだと思う。「お前のやっていること、お前の文章には価値がある」と。わたし(セレーノ)は、そこに、お金を使っている。当然ながら、「投資」だから、いつか、「回収」したいと考えている。もちろん、利益だけを考えてはいない。会社を大きくすることが目的でもない。将来のわたしが納得するかたちの「回収」ができるよう、今のわたしが、セレーノのお金をいただいて、動いている。遅咲きの経営者は、そんな当たり前のことに、今頃気づいた。・・・・・・・・・・ただで心底楽しむなんてことは、たぶん、そんなにないと思う。もちろん、子育て支援のNPOのみんなとおしゃべりしているとき、おなかがよじれるぐらい笑ったりするけれど、その場にいる、つくるってことに、みな、相応に投資していると、思う。だから、楽しい。4つ葉プロジェクトのように、わたしは、わたしの意志で、報酬を受け取らないときもある。でも、そのときは、セレーノが代わりにわたしに対価を払っている。「どうせたいした肩書きもない、主婦なんだろー」と、わたしを、ただばたらきさせようとする人を、わたしは許さないだろう。お金の使い方にこそ、その人のセンスと価値観と、もっと言ってしまえば、すべてが現れる、と思う。
December 17, 2005
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一昨日の濱田さんのお話を聞くにつけ、つくづく、「子育て業界」でちまちまやってても、制度にはつながらないだろう、と、思いました。なぜ、制度が必要なのか、それはどういうしくみなのか、そのしくみができると、何が良くなるのか。そのあたりを、説得できるようにしなければと思いました。そして、濱田さんの「みなさん、(制度ができたときの)準備はできていますか?」の問いかけも、痛いところをつかれたと思いました。2007年の団塊世代の受け皿づくり。仮に制度化したときに、提供できるサービスは?供給できる体制は?質はどのように担保する?わたしは、地域のボランティアの支えあいでできる部分と、それではできない、きちんと仕事として報酬をはらう部分を、わけて考える必要があると思っています。その議論すら、おぼつかないぃ~。「自分は何者であるかを、説明できるようになることがまず最初」って、繰り返す濱田さん。肩書きのない世界から、肩書きをつくり、しごとをつくるところからスタートした濱田さんらしい言葉でした。この業界は狭いから、なんとなく、「あー、杉山さん、お名前見たことあります」って感じで、なーなーなんだけど、それじゃいかん!!と、自分自身にムチを打った次第です。・・・・・ところで、昨日、中教審の会議があり、ニート問題についての専門分野の方の報告をうかがいました。データからは、社会が二極化しているというのをはっきりと示され、経済的要因は、親の職業、親の教育観・価値観、そして、子どもの育ち・生活環境・教育機会に相当影響を及ぼしているというのを実感しました。で、NPO法人でニートの若者たちの就労支援をしている団体の代表者の方は、「ニートの子どもは友達が少ない。その親も友達がいない。家庭全体が孤立している」と指摘してらっしゃいました。これは、わたしにとっては結構、衝撃で、親に「地域」がないと、子どもに「地域」なんかできっこないってことで、それは、幼い時期からこしらえておく必要があり、「仕事」と「家庭」だけやってても、わが子がニートになるのを防ぐことはできず、地域で行う乳幼児期の子育て支援は、ニートの予防にもつながるんじゃないか?と思いました。(エビデンスが必要。きちんと実証できれば、制度かするときに有力材料になる)ところで、現在のニートの若者の母親は専業主婦が多いのだそうです。で、父親は猛烈サラリーマンで、家庭や子どものことがわからない。そんな状況では、子どもにかかりっきりの、母だけでは、子どもに具体的な職業モデルが見せられないのだそうです。父親の苦悩も推して測るべしだなー。気の毒に。特に、女の子のニートが難しいそうです。何とか仕事につきたいとがんばる娘に、「つらくなったら、いつでもやめて、もどっておいで」とか、おかあさんが言っちゃうだって。まだ、女の幸せは好きな人と結婚して家庭に入ることと思っているんでしょうね(母親自身が、多様なモデルをみていないから)。あなたの子どもが、その結果、苦しんでいることに気づいていないのかな?今の若者世代の平均年収を知ったら、「結婚して家庭に入って夫に食べさせてもらいなさい」とは、きっと言えないと思います。扶養家族を何人も持てるような、高所得のだんなさんをみつけることより、自分も稼ぎ手になるほうが、確率的に言っても簡単なんだと、わかると思います。そして、子育て支援を乳幼児や学童期だけではなくもっと拡大する必要があるのではないかというお話もありました。「今の子育て家庭は、絶対評価になれすぎていて、相対評価をしなさすぎではないか」という指摘。おもしろいと思いました。だから、異分野の業界の人たち(特にNPOで現場で活動中の人)のお話を聞くのは、すっごく大事。そのためにも、自分は何者か、わかるようにしないと。ブツブツ・・・
December 16, 2005
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子育てしながらライターの安藤です四つ葉の勉強会はいつも熱くって、120%感化されてしまします「制度がよりどころとなる! 子育ては制度がないから、前に進まない」というような趣旨の話。ウンウンとうなずいてました。熱い心のまま、打ち合わせである企業へ。そこで育児休業の話題になりました。「小学校の男の先生が何ヶ月も育休とって、親たちに大ひんしゅくなんです。不登校の子もいるクラスなのに」「男が長期の休暇をとるなんて迷惑。ゼッタイ男の育休は普及しないね」「女性も、できるだけ早く職場復帰して欲しいよね」仕事よりも家族を大事にするなんて、とんでもない迷惑野郎だということで盛り上がる面々。20代の女性から40代の子持ち男性というメンバーでの話です。私はそれに圧倒されて、ただ口をぽかんと開けるのみ。家族すら大切にできない人の仕事なんて、信用できないなぁと思うのですが育児休業って迷惑なんですか?
December 15, 2005
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今日は、4つ葉プロジェクトの第3回の勉強会でした。きちんと準備もできず、あまりお知らせもできませんでしたが、30人程度の人が集まってくださり、中身の濃い勉強会ができました。ご参加くださったみなさん、ありがとうございました。子育て支援をされながら、介護ヘルパーもされてる方とか、介護関係の仕事をされてる方って、結構いらっしゃるんだなーと、参加者のみなさんのお話をうかがって思いました。社会福祉法人たすけあいゆいの理事長、濱田さんは、もともとは専業主婦で子育てに疲れた仲間たちと10万円の助成金でヨガ講座を開催したのがきっかけで地域で福祉のボランティアを始め、介護保険制度ができるタイミングでNPO法人をたちあげ、組織が拡大するなかで、社会福祉法人になったのだそうです。今では年商5億。従業員は300人。組合もあるそうです。介護の大変さ、せつなさは、ちょっと聞くだけで、胸に迫るものがあります。介護された方のなかには、一人暮らしの老人なども多く、最期を看取ったあと、無縁仏にならないよう、亡くなったあとに身寄りを探して、そこのお墓に入ってもらうよう、「そこまでやります。それがケアマネージャーです」と言い切った濱田さんに、わたしはまだまだまだまだ甘い、と、思いました。・・・・・・・・・・・この前、ちらっと見た瀬戸内寂聴さんの半生を描いたドラマで、寂聴役の宮沢りえちゃんが、少女小説しか仕事のこない自分のありようにもがいて、水をかぶりながら「成長したい、成長したい、成長したい」と叫ぶシーンがありました。これなんだよね、と、思いました。成長したいと思うのは、何も瀬戸内寂聴さんだけではないと思います。わたしも、成長したい、成長したいと思っています。足りないところを補いたい。まだまだ、まだまだ、まだまだだと、思っています。4つ葉のブログを読んだり、わたしの言っていること、書いているものを聞いたり、読んだりして、声をかけてくださる若いお母さんや子育て支援のNPOの人が増えました。「乳幼児を育てながら働いています、でも仕事と家庭だけじゃないとおもうんです」という、彼女たちの声が、聞こえてくるようです。今日も、仕事を休んで受付の手伝いをしに来て下さった子育て中の女性がいらっしゃいました。わたしにできることがあったら、なんでもお手伝いさせてくださいと、メールで伝えてくださった方もいらっしゃいます。いっぺんにたくさんの人に伝わるように、甘いメッセージを送るのは、さんざやって、限界も見えたし、もういいかなーって、ちょっと思っていて、わたしの内側で「成長したい、成長したい」って声が響いていて、その声にしたがって、メッセージがしあがっていくのを、無理やり加工するのは、もうやだと思っていて、そして、その、きれいに加工はしていないけれど、伝わる人には伝わるメッセージを受け取った一定数の人が、何かしら力強いアクションにつなげようとしている姿を見せてくれている。それで、もう十分じゃないんだろうか。これ以上、いったい何を望むんだろう。ああでもない、こうでもないと、やっている人たちを見て、自分は安全な場所にいて(そんな場所ないんだけど)、あれこれ評価だけして、悦に入っている人には、なりたくないのです。
December 14, 2005
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ちょうど昨日、厚生労働省の母子保健課の方に、マドレの話をしていた矢先にマコさんのメジャー宣言が出ていて、「おおっ」と、内心感動していたのでした。マコさんの嘆きは、すっごくよくわかる。雑誌のカタガタ、お勉強してないですから。某育児雑誌の編集部で、打ち合わせしてたとき、わたしの知らない編集者だったけど、ライターに、「去年の記事、データあるから、リライトして使っちゃってください」って言ってるの、聞いたことあります。(去年の妊婦さんは、今年は読者じゃないですから。ここで仕事するの、もうやめよーって思いました)別の編集部で、市販の紙おむつ全メーカー分購入して、1日中スタジオにこもって写真撮ったことあります。で、おむつの幅と厚みと長さを調べて、掲載したけど、あれって、なんだったんだろ?ライターやデザイナーのようなフリーランスは、人にあらず・・・みたいな対応するいぢわるな女性編集者も、おったなー。ま、いいや。今、厚生労働省の母子保健課が主催で行っている「健やか親子21」の検討会に参加して、「これって、ほんと、妊娠・育児雑誌ネタだよなー」と、思っています。例えば、近年、妊婦さんがダイエットを意識するようになって、十分な栄養をとらなくなったために、低体重の赤ちゃんが生まれるようになってしまった。ので、妊娠中の食生活と体重について新たなガイドラインを決めましょうってことで、専門家たちが調査を行い、報告書をまとめました。わたしは検討会の中で、概要版はできるだけわかりやすいものにしてほしいと繰り返しお願いし、妊娠雑誌を出している出版社の編集者を集めた説明会を開いてほしいとも提案しました。でも、なんで、その検討会に、育児雑誌や妊娠雑誌の編集者もライターも来てないんだろう?と、ふと思いました。会議はもちろん公開です(厚生労働省の会議は公開がほとんど)。申し込めば誰でも傍聴できます。ここで会議の流れを把握しておいたほうが、話が早いじゃん。社会保険庁改革の会議なんかは、後ろにびっしりと傍聴者がいます。新聞記者は必ずいるし、業界新聞や雑誌の人も必ずいます。同様に、「健やか親子」検討会には、保健師が読む専門雑誌の編集者など業界誌の記者は来ています。で、わたしに声をかけてくださいます。直接記事ネタにならなくとも、こういう最新情報は、知っておくのが、プロなんだろうなあ、ほんとは。足で稼ぐんだよなあ。そういうとこ、活字記者の「文化」を感じる。育児雑誌の編集者たちに、「国や行政の動きも見ていくことが大事なんです」と、何度言ったかわかりません。が、編集者たちは、「そういう情報、大事だと思うんだけど、お母さんたちの反応が鈍いのよねー」といって、去年の記事のデータをリライトしています。「お母さんたちが読まないから」と言っているんですよ。百歩譲って、そうかもしれないけど、メディアの使命ってあるんじゃない?って思うんだけどなあ。こういうやりとりを、ほんと、繰り返して、ほんとうにほしい情報は、クチを開けていても入ってはこないし、日ごろから感度のよいアンテナを立てておかないと、せっかく良い情報が来ても、気づかないで終わってしまうと痛感するに至ったのです。・・・・・・・・・・・でもって、「情報」はゲットするのが目的ではなく、それを、自分のものにして、じょうずに使いこなしてこそ、なんだよね。使える力量をもってないと、ゲットしても意味ない。準備は大事だなー。来年は、4つ葉をもうちょっと何とかしたい。するする。マドレメジャー進出のために、わたしができることは、なんでもします。
December 13, 2005
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先週、木曜日、金曜日、土曜日と香川に呼んでもらって、善通寺と高松で子育てのお話をさせてもらった。高松では、夜に、4つ葉プロジェクト勉強会まで開催してもらい、子育ての現状や課題、どうしたらよいかについて、熱く語り合った。初めてお目にかかる人たちと、そんなふうに話ができる喜び(うっとり)。地域でつどいの広場をやっているNPOのみなさん、子育てしながら、24時間の保育園を運営している女性社長、環境まで配慮した地域子育て支援活動を展開中の保育園の園長先生などなど。みんなすごい・・・を、お土産に帰宅して、数日過ぎたぐらいになると、化学反応を始めて、どうにも、落ち着かない。「なにやってんだろう? わたし」とか思ったりして。しかし、これがなくっちゃ、変化も進化もしない。たまに、離れて自分を確認するのは、意義があることだ。昼間は、松田さんと「オレ最高」のナカヤマさんと打ち合わせ。大衆割烹味とめで、ゼリーをごちそうになりながら、とりとめのない話をした。夜は、社会保険庁改革の会議。来年早々の、法案の国会提出に向けて、いよいよ議論は大詰めだ。でも新しい組織の名前は、結局どうなるんだろう?会議の途中に、「はっ」と思いついた名前があったんだけど、「ここでそれを言うのは・・・」と思い、躊躇してしまった。師走だなー。。。でも、今夜の月はとってもきれいだった。
December 12, 2005
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耐震強度偽装問題や、登下校の子どもを守る地域の試みなどを見ていると、つくづく、「安全・安心はただではない」ということを感じる。環境問題についても同様だけど、営利目的の「企業」と個人単位の「家庭」しかないと、こういうところがすっぽりと抜けて落ちてしまうのだ。「営利」と「非営利」は拮抗する関係にあるけれど、両方がバランスをとりながら成り立っている状況をつくる努力が今、求められているのではないかと思う。・・・・・・・・・・・・・・・・それには、地域に住んでいる一人一人が、ある程度、その意識を持ち、対価を得る労働とか、そういうんじゃなくて、社会性を持ち、出来ることは自分でやるというスタンスで、アクションを起こすことが大事なんだと思う。そういう話をすると、「自分の子どもの子育てでいっぱいいっぱいの、今の若いお母さん、お父さんたちに、それを望んでも無駄」といわれることがよくある。「それはない」と、わたしは確信している。言ってはなんだが、わたしが子育てしていた平成元年当時より、今のお母さん、お父さんのほうが、意識が高いと思う。要は、考え、アクションを起こせるような、良質の情報を届ければ、若いとか、子どもが小さいとか、そういうことではなく、必ず反応してくれる人が、一定程度はいる、ということだ。その、「一定程度のめざめたい人」に、めざめてもらう情報が必要なんだと思う。・・・・・・・・・・・・・・昨日の毎日新聞のニュース。<秋田県>県民税に上乗せ「子育て新税」を検討 (毎日新聞) 秋田県が、子育て支援や義務教育の拡充など少子化対策を目的とする独自課税を検討していることが分かった。県民税に上乗せして徴収する「超過課税」方式になる見込みで、07年度までに最終判断する。「三位一体の改革」で、地方の自主財源の確保が課題となる中、独自財源を確保し、少子化対策の強化を目指す。 これまでの、中央集権的な国家制度だった日本では、東京都の大きな区と地方の小さな村が同じ行政機構で運営されていた。人口規模に関係なく、国の省庁の出先機関として、役所内に●●課●●室が、置かれていた。そういうの、やめようよ。東京では必要でも、福井では必要ないこと、たくさんあるよね・・・国がすべきことと、地方がすべきことを整理しようよというのが、地方分権だと、わたしは思う。国からの「お仕着せ」制度をやる条件で、国が集めた税金を地方に分配してきた。東京に企業が多く、若い人が多いので、税収は多い。東京などで集めた税金が、地方に交付金という形で分配もされている。 地方分権になると、どうなるんだろう?税収の多いところから、お金を仕送りしてもらっておいて、「権限は地方に」なーんていうのは、まるで仕送りで食べさせてもらいながら、言うことはいっぱしの大学生みたいじゃん・・・。それは、格好が悪いでしょってことで、秋田県などは、独自の財源を確保しようと動き始めているんだと思う。子育てに関係のない高齢者世帯からも、子育てのための税金を集めようってことだ。秋田県の高齢者が、いったいどういう反応を示すのか。次代を担う子どもたちにいったい何を残し、伝えるのか。高齢者の真価が問われる局面だ。また、一方で、せっかくわが子のためにと社会が差し出してくれたお金を、いったい何に使うといいのか。若い親たちが、どう応えるのかも、注視したい。(この緊張感が大事でしょう)こういう動きは今後もあちこちで生まれると思う。子育て支援や教育など、子どものことをいったいどう思っているのかという首長や地方自治体の意識で、取り組みに格差が出てくるだろう。・・・・・・・・・・・・・・わたしたちが育ってきた時代とは、まったく異なる時代になったのだという自覚が、まず必要なんだと思う。だから、自分の無力を誰かのせいにしながら、誰かが何かをやってくれる情報ばかり口をあけて待っているのでは、もうダメなのだと思う。「多様なサービスをチョイスする消費者」っての、いっときはやったけど、それも、90年代で終わっている。「選ぶ」主体のわたしたちが、いったい何を選ぶのか、が問われているんだと思う。(そんな当たり前の根本的なことにも気づかないで、昔ながらのアホな情報を流している媒体も結構あるので、ご用心)そして、この地方分権の流れのなかで、意識転換、行動変容を急がなければならないのは、地方のほうではないか?と思う。東京はなんじゃかんじゃ言って、お金がまだあるから。過疎が進み、若い世帯が少ない、子どもの少ない、税収の見通しがたちづらい地方ほど、急がなければならないと思う。それにすでに気づいて、目の色が変わった行政マンもたくさんいる。首長が変わって、行政マンが激変する姿はあちこちで見た。そんな首長を選ぶのは、その地域の住民なんだよね。「あの人に、自分たちのまちを任せたい」「もちろん、いっしょに汗もかきますよ」ってことなんだろう。それが、地方自治なんだろうと思う。
December 11, 2005
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主婦の働き方、とか主婦のあり方、とかこのブログでいろんな方がハナされたり、、トラックバックしてくださったみなさんがたくさん書いてくださっているのですが、私はこの件に関してどうも口が重たい方です。うーん。ニガテ、というか・・・それは、見て見ぬ振りということでもあるのかな、とこの頃反省しているのですが、正直言うと、私の周りの女性たちにいわゆる「主婦」の枠からはみ出している(失礼)人が多く、「主婦」でくくられると私としてはどこをどのように考えていったらいいのか、検討もつかないのが正直なところです第一、この私も「主婦」なんですから、主婦」というくくりがいかにおかしなものか、わかるようなものです。私の祖母は昭和2年生まれでばりばり現役。先月産まれた私の甥っ子(曾孫)の沐浴もやっています。彼女は東京大空襲で焼け出された世代なのですが、その人生はたくましい。54才で大工の夫を亡くし、それからの30年もの間にぎやかに、たくましく生きてきて、それだけを想像しても、あの人を「主婦」として見ていくのはむずかしいのですが、彼女がこの社会の仕組みのなかでどう保障され、支えられて生活してきたのか、一度調べてみようと思っています。勉強不足の私は、「おじいちゃんは大工で自営だったから国民年金だったはず・・・」とか、「彼女は昔肺結核で片方の肺と8本の肋骨を失っているので、障害者手帳をもっていた・・・」といった断片的な想像しかできません。しかし、彼女からハンデがあることを言い訳にした言葉を聞いたことがありません。そんな彼女に学ぶことはたくさんあります。もう一つ、私がずっと考え続けていることがあります。子どもの友達のお母さんで、私も親しくしてもらっている女性が、パートで働いています。彼女は出産前はホテルの従業員だったそうで、接客はプロです。その彼女が、私にカフェで働いていることを話すときに、「私なんか30過ぎてるし子持ちだし、ハンデがあるからやとってもらえてありがたい」といった主旨のことを発言したのです。なんだかその時、モーレツに腹が立ったのです。だって、彼女は接客のプロだよ!ひいき目かも知れないけれど、明るくて、スタイルも良くて、素敵な女性。そんな人材が、大学生とかと一緒の時給で雇われているわけです。そんな若い元気な子と一緒になってシフトにいれてもらえてありがたい。彼女はそう言うわけです。でも、まって!あなたが思っているそれは、ハンデじゃなくてキャリアなんだよぉー雇っている人は、同じ時給で申し訳ない、ありがたい、と思ってくれー!私は涙がでそうになりました。彼女の価値を、まず自分自身が評価していいんだ、ということを伝えたかった。世の中の自分の立ち位置をかなり低く評価している女性がとても多い。30過ぎて子持ちだから、なんなのよ!とはねとばしていくための励ましが欲しい。そう思いました。多様な働き方をしている女性のモデルを!ずいぶん昔から、吉岡マコさんと話していました。そして、よくよく目を凝らしてみれば、モデルはたくさんいる。あとは、光をあてていけばいい。そんな気がしてきています。あぁ、なんだかまたしてもまとまらない雑感になってしまいましたが、いろんな女性がいろんな人生を背負っていて、「主婦」でくくってしまってはもったいない輝きがそこにはある。それは、今流行の自己啓発的なプログラムで主婦でもハッピーにイキイキしましょう!といったキレイごとではなく、生活者としての輝きなのだということ。この人たちが個々にすっくと立つ、そんな自立支援とはいったいなんぞや。そもそも、支援という発想でいいのか。今日もなけなしの脳味噌で悶々と考える私でした。オチがなくてすんません。
December 10, 2005
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先般、専業主婦かそうでないかで配偶者優遇措置をとるのではなく、子どもが何人いるか、手がかかる年齢かどうかなどで、支援の内容を考えたほうがいいのではないか? という話を書きました。これは、別にわたしが言い出したことではなく、すでにはじめているところがあります。企業です。昨日取材に行った企業をはじめ、いくつかの企業では、いわゆる家族手当みたいなもの(結婚して奥さんが専業主婦だと、いくらかお金がつくってやつ)を廃止して、出産祝い金にあてる動きが出ています。昨日の人事担当者も、「いつまでもそんな時代じゃないでしょ(奥さんが家にいる時代じゃないでしょ)」と、言っていました。企業は、早いなー、ドライだなー・・・と思いました。かさむ経費の、いったいどこをカットできるか?そんな意識でいっぱいなんだなー。でも。セーフティネットがまだ十分はりめぐらされてないんだって。主婦の再就労の場は、確保されているんだろうか。スキルをキープする、磨く、再度身につける場はあるんだろうか。それに、本人の意識は、社会の意識は、企業のこの動きについていっているのだろうか。それにつけても、遅れているのは、国の制度だ。この国の方向性を、ちっとも示していない。企業が利益先行で進めていて、意識と制度と受け皿づくりが遅れている。こんなんでいいんだろうか。
December 8, 2005
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今日は、とある企業のワークライフバランスの取り組みについて、取材に伺った。その企業は、ワークライフバランスを本当によくやっている、最先端の企業だ。厚生労働省などの期待も高い。高いが、「やることは全部やったから、もういいでしょ」的なところも見られる。「企業」だからね。立ち位置はあると思う。それは行政など公益を担うところとは違うと思う。それをすごく意識して制度を考えているし、対外的にも打ち出してるなと、取材をして感じた。それに、「あそこはやってる。すごいすごいっていうのは、もういいっす、、、」っていうぐらい、当たり前になっているのも感じられる。むしろ、キャリア志向の、もっともっと働きたい人向けの取り組みまで始めちゃったぐらい。それも悪くないと思う。働く人はいろいろだからね。こちらがどうこう言うことでもないと思うし。いろいろな選択肢を用意し、どの選択肢も、個人の判断で利用できる環境を整備してくれれば、あとは、従業員の意志次第なんだと思う。でもって、実績や能力で、査定はするわけだから、そこは管理職にも従業員にも、十分な理解を求める配慮は必要なのだと思う。ここまでくると、次に求められるのは、選択に責任を持ち、それを貫く強さを持った従業員だろう。直近の査定の結果で、浮き沈みするのではなく、長い目で自分のキャリアが見られるかどうか、自分の人生をどう生きるのかの決断がくだせるか、だろう。物足りない部分は確かにあったけれど、それはもう、「企業」に望むことではなく、オモテ・ウラの関係であり、NPOなりの「非営利セクター」が力をつけてバランスがとれるようにするしかないのだと思う。ないものねだりは、もうやめようと思う。・・・・・・・・・・・中島みゆきの新しいCDを久々に買った。宮沢りえちゃんが、瀬戸内寂聴役をやっているのをちょこっと見ただけだったけど、バックに流れていた曲が気になって、購入したのだ。「僕の命を 僕は見えないいつのまに走り始め いつまでを走るのだろう星も礫も人も木の葉もひとつだけ運んでゆく 次のスタートへ繋ぐこの一生だけでは辿り着けないとしても命のバトン掴んで 願いを引き継いでゆけ」(「命のリレー」)歌詞を読んだだけで、じわーっと涙が出てきて、CD屋さんで、大変だった。今回のCDは、いつにもまして、そういううたが多かった。「生きて泳げ 涙は後ろで流せ向かい潮の彼方の国で 生まれ直せ」(サーモン・ダンス)人はどうか知らないけれど、勝ち組とか負け組とか、人からどう見られるかとか、損とか、得とか、そんなんじゃなく、わたしはこういうのを、からだの真ん中に入れて、生きていく。で、いいじゃない。
December 7, 2005
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以前ご質問をいただいていた、「専業主婦の優遇制度」について、ようやく時間ができたので、書いてみます。我が国は、「専業主婦」という「家事育児に専念する人」をこしらえて、その人たちに「家事・育児」「地域のボランティア活動」をやってもらい、その代わりに、優遇措置制度を設けています。この制度のよくないところは、専業主婦以外の人たち(特に夫)が、「家事育児地域活動は、専業主婦の仕事でしょ」と当事者意識をまったく持たずに、「カネで解決」したような気になって、平気でいることだと思います。(「家族サービス」なんて言葉が出てくるあたり、そうとしか思えない)専業主婦も、食べさせてもらっているんだから、それが自分たちのやるべきこと・・・みたいに思って、中には苦しんでいる人もいるようです。でも、よく見てみると、専業主婦にもいろいろいます。子育てがとっくに終わって、今は悠々自適、亭主の給料で、お友達グループと昼間からホテルのバイキングでランチして、映画みたり、美術館行ったりしている人もいれば、乳幼児、幼稚園児、小学生をかかえて、自分の時間をほとんど持てていないという人もいます。それが、全部「専業主婦」でくくられるのはおかしいのではないかと思っています。見るべきは、働いているか、働いていないかではなく、子どもを育てているか、いないかではないでしょうか。だから、「おんな」で見るのではなく、「子ども」で制度を見てほしい、と、わたしは思っています。専業主婦優遇制度ではなく、働いている・いないに関わらず、子どもの数と年齢で、何かしらの支援を行う。乳幼児期よりも小学生のほうが手がかからなくなっているわけだから、その分、支援の内容や給付の量を減らしたらよいと思います。また、子どもが大学生ぐらいのほうが教育費の問題は切実だというのは、本当によく聞くし、実感していますが、そこは、果たして親が全額出す日本の習慣がよいのか?という点にてらしあわせ、「奨学金」や成績優秀者は、授業料減額といった支援を考えたらよいと思います。これは、現時点でのわたしの個人的な案であり、4つ葉プロジェクトの総意ではありません。この活動を通じて、いろんな人たちが考えを出し合って、議論を重ね、合意をはかっていけたらと思っています。
December 6, 2005
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今日は、目黒区の子育て情報マップの完成をお祝いして自由が丘の中華料理店でお食事会でした。毎週水曜日、夜6時半からの8回連続講座で、途中何度も迫ってきた危機を乗り越えて、手作りのすばらしいマップが完成しました(わたしがイギリスに行っている間も、みなさんは集まって作業を続けてくださった)。安藤さん、みなさま、ご苦労様でした。「プロ」がカネをかけてつくるのとは全然違う、趣のあるマップ。マスのメディアも必要だけど、こうした地域密着の情報も必要なんだという話をしあいました。これからどんどん、情報を集めて、バージョンアップしていくのだ!と、安藤さんはひそかに燃えていました。目黒のみんなを触発したのが、松田さんたち、せたがや子育てネットのみなさんが作ったマップでした。わら半紙、手書きで切りばり。だけど、すんごく味がある。にくい演出が随所に見られ、「ひー、かなわん~」と、正直思いましたよ。(かつては、出版社刊の「埼玉遊び場ガイド」をつくっていたわたしですが、もうこの仕事は引退しようと思いました)越谷市の公園マップづくりもいよいよ佳境に入っています。みなさん、市内の90件の公園を調べつくし、絶対おすすめの公園だけを載せようと話し合いを重ねていると聞き、これまた、じーんときてしまいました。そして、わたしの手元には、名古屋のまめっこから届いた、できたての人にやさしい街マップがあります。(みんな、すごい~~!)できあがったマップを全部そろえて、1月20日に発表会をやろう!!と決めています。(詳細は近日中にお知らせします)プロの仕事は結果がすべてだけど、こうやって各地域でそれぞれがアイディアを出し合ってつくるしごとは、プロセスが大事。だから、そのプロセスを披露しあって、お互いの健闘を称え合う会になったらいいなーと思っています。いくつかのエリアに呼ばれて、子育てバリアフリーについて説明はしたものの、こちらからの約束は、何ひとつ決めなかった今回のマップづくり。誰かの指示にしたがって、同じフォーマットで、同じように・・・なんてやることに、いったい何の意味がある?日本人はすぐ何でも比べたがって、平均を出したがるけど、東京と山口を比べること自体、無意味。東京の人は、下関でナチュラルパーティのみなさんが作っているマップを利用して、下関のまちを歩くことは、よほどじゃないと、ないのだから。実は、結構冷めていたわたしは、お祭りみたいなイベント、「どうなのよー」と思うたちだったのだけど、それはそれで意味があることもある(意味あるものにできるようにしたい)と、思うようになりました。当日は、百人百様であることを、再確認しあえる、そして、「あたしたちだって、負けないわ~」と、刺激をもらって、地域でまたがんばれる、そんな発表会になったらいいなーと、思っています。
December 4, 2005
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こんにちは。世田谷区で活動する子育て支援グループamigo事務局の市川望美です。amigoスタッフとして一緒に活動してくれている「mikakoさん」が主体となって、世田谷区が実施する「産前・産後サポート事業」について、みんなで考えるプロジェクトをスタートさせることとなりました。自分達が暮らす街には、実は色々な受けられるサービスがあるのですが、それをよく知らないがゆえに利用していなかったり、面倒くさくて利用しなかったりってこと、ありませんか?また、サービスや制度に「ん?これって、、?」とか「もうちょっとこうだったらもっといいのになあ」と思っても、それをつたえることってなかなか難しくて、仲間内の愚痴やひとりごとで終わったり。それとか、「ふーん」で終わらせちゃっていたけれど、疑問を投げかけられてみると、意外に色々な意見が自分の中で思い浮かんだりってこともありますよね。そういったみんなの思いを引き出し、受け取り、みんなでたたいてもんで、とするような場にしたいと思っております。★本題に入る前に、この事業について★この、世田谷区の「さんさんサポート」(通称)は、「世田谷区子ども条例」の推進計画である「世田谷区子ども計画」の一環として進められているものです。「世田谷区子ども条例」とは、現在子育て中の人やこれから子育てをしようとする人たちが、安心して子どもを生み、子育てに夢や喜びを感じることができ、また子どもが心身ともに健やかに成長できる地域社会の実現を目指して制定されたもので、「こども計画」は、その実現に向けた具体的な行動計画です。この計画は、次世代育成支援対策推進法における行動計画とも整合性をとりつつ、平成17年度から平成26年度までの10年間実施されるものです。私は、世田谷区子ども計画策定にあたってNPO法人せたがや子育てネットが開催した"地域の子育て支援者、関心のある当事者による意見交換会"で初めて内容を知りました。計画をみてあらためて、「子育て」がなんと幅広いものであるかを知り、この中で自分ができることは何かなあ、、と考えたいいきっかけでありました。自分が住むまちのこと、自分が関わっている身近な事柄から理解して、積極的に関わっていくのもいいと思うようになったきっかけでもあるし、多くの当事者の声をとても必要としていることでもあります。ご興味のある方、ぜひ一緒にやりましょう!*********世田谷区では、平成17年4月1日以降に生まれた子どものいる人を対象に、10月より、「産前・産後・サポート事業(子育て支援ヘルパー事業)」という事業が実施されることになりました。 ★産前・産後・サポート事業の取り組みについては こちら ★具体的な事業の内容については こちらそこでっ!突然ですが、この事業について、利用者のわたしたちが、あーだこーだ言うブログを設けたいと思います。最終的な目的はもちろん、行政に対し、事業についての意見・評価を表明すること。こんなふうだったらいいのにな~、とか、この点はよくできた制度だわ、とか、いろいろあると思いますが、できたばかりの事業ですから、「こんなふうにしてほしい!」という希望もたくさんあることでしょう。 ふつう、役所の施策について、不満なり、希望なりをいだいても、ひとりの市民がとりあえずできることといったら、役所に電話をかけてそう言ってみる、ぐらい。でも、「検討させていただきます」と言われても、ほんとに役所を動かせる気はまったくしない。といって、議員に頼むとかってでかいハナシはやだし、集団で運動?もどやってやるのか見当もつかないし。いや、そもそも電話をかけるのだって面倒すぎて考えたこともない、という人が多いかな。 役所相手に個人がいきなり意見を表明するのは、実はシンドイことですよね。しかもばらばらにやっても効き目があるのかなって思っちゃう。ならば、みんなで気兼ねなく意見交換できる場をつくって、役所の人にも見てもらったらどうかな?と思ったわけです。もちろん、気持ちはいつも「希望を持って」。気兼ねなく言いたいことは言いつつも、単にたたっ切ったり、~してくださ~いと要望をあげるだけではなく、最終的な目的は「わたしたちの希望をかたちにしていこう!」というところにおきたいと思ってます。これから立ち上げるブログは、「期限付きの単発プロジェクトブログ」にしようかなと、今考えてるところです。ブログを立ち上げたらまたお知らせしますので、世田谷区のこの事業の利用者のみなさんはもちろん、ほかの方もふるってご意見、コメント、ご要望などお寄せください。利用してみた事業者についてでも大歓迎です。mikako******先行して、子育てサロン ふらっとサロンでみなさんの意見を聞いてみたところ、、、◎何をお願いすればいいのかわからない→預かりをしてくれれば、ちょっと息抜きとか銀行に用事とか美容院とかいけるのに~! →検診に同行とか、助かるのに~。特に上の子連れとかは大変! (預かりは不可。在宅での利用が必須条件)→上の子と遊んでくれたら助かるのに~(在宅必須、該当児以外はNG)→2時間を2回までではなく、つづけて4時間にしてくれればいいのに~。 2回分まとめて使ってもいいし、延長料金自腹でもいいから! (延長は不可)→家事援助と育児援助、2時間の間で両方うまくやってほしいのに~ (家事援助と育児補助の同時利用は不可)→2週間前までの申込って実はけっこう困るかも。 産後すぐって事務手続き結構できないのよね。ポストの投函も意外と大変。◎どの業者がいいのかわからない→名前からすると介護業者さんみたいだけど、子育てって大丈夫なのかしら。みたいなご意見が出ました。口コミの利用情報とか、具体的な利用方法があればいいなとか、やっぱり、気の利いたコーディネーターさんは必要だよねとか、そういう意見もでました。あとは「産後3,4ヶ月たった今となっては、一日2時間でお願いすることがみあたらない」(在宅じゃなくてもいいならいろいろある)といった意見もありました。こんな風にして「もし自分が利用するとしたらどうかなあ」「なにが一番助かるかなあ」というような視点で、みなさんの等身大の意見を伺えたらと思います。このブログに対してコメントつけてくださったり、TBも大歓迎です。具体的な質問などあれば、私書箱もしくは子育て支援グループamigo amigo@na-ka-ma.com あてにお願いいたします。
December 4, 2005
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OL時代、R社は、まさにイケイケドンドンの会社だったので(バブルだったし)、「言ったもん勝ち」「やったもん勝ち」でやりたいことを、新人だろうが女性だろうが「やりたい!」って言える雰囲気だったし、「おー、いいじゃん。やってみな」と、周囲も盛り立ててくれた。それを引きずるわたしは、「こんなことやりたいって言ったらどう思われるかな」とか、面倒くさいことを考えずに、やりたいことをやる習慣が体にしみついている。「行動的」だと思う(これは自慢にはならない)。で、かなり運良く、ここまで来たのだけど、四十路にもなると、そうも言っていられなくなる。「これをやったらどうなるか?」みたいなことに、一応、思いを馳せるようになった(遅い?)。ついでに、「これは、わたしのやることか?」と、それも考えるようになった。4つ葉プロジェクトは、始める前に、結構悩んだり考えたりして始めたものなので、おかげさまで、日記も結構マメに更新したりして、「当事者意識」を持ってやれている。10代のころとか、「どうして始めたのですか?」と聞かれて、「やりたかったから」というのがカッコいいと思っていた時期もあったけど、さすがに今、それを言うのはかなり恥ずかしいなあーぐらいはわかるオトナになりました。(しかし、企業とか、オトナのやっていることでも、結構、なんで、そんな大金使って、労力つかって、あなたがたがやってるの?と聞かれても、きちんと納得のいく答えを出してくれないようなことが見受けられる)同レベルで、同業者が時々言っているのを耳にする、「子育て中のお母さんに●●を伝えたいから」みたいなのも、ちょっとなーと思う。伝えてどうするの。受け取ったほう、困るよ、それじゃ。もうちょっと、考えたほうがよいかも、かも。98年に「少子化への対応を考える有識者会議」に出たとき、国で何が議論されているか、読者のお母さんたちに伝えたいそして、子育て中の親たちがどんなことに悩み、どんな子育てをしているのかを、国の人たち、有識者の人たちに伝えたいと思っていたのは、このわたしだけど、言いながら「もうちょっといい言い方ないのかしらん」と、ちょっと忸怩たる思いだった。今は、自分に自信がなかったから、そんな言い方しかできなかったんだと、よくわかる。人が間に入るということは、そんな、スルーのトンネルみたいなことできっこないのです。絶対。思うこと、考えること、言うこと、動くことで、結果が変わってきてしまうということを承知しよう。「意図」ですな。よくよく、よくよく、考えたい。行動に移すのは、そのあとで十分。
December 3, 2005
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サボってばかりですいません。水曜日、渋谷区と中野区の私立幼稚園が合同で防犯研修会を実施しました。少々遅れて、のぞいて来ましたので、そのご報告も兼ねて。研修会には、幼稚園の先生や園長先生など、110人以上が参加してました。不審者が学校に侵入するビデオなどを見ながら、中野警察署の担当者が、一つ一つ対応の仕方を解説してくれるというものでした。さすまたの実践もありました。(長い柄の最後尾を持たなくては意味がない)このような事態に至る前に、学校110番を使って、とにかく早く警察に連絡をとってほしいということが一番のメッセージでした。研修会では、幼稚園安全マニュアルの雛形(幼稚園団体が作ったもの)も配られました。これを参考に、各園が園の事情に応じたマニュアルを整備し、地元の警察と連携し、繰り返し訓練することで、いざという時、確実に対応できることも強調されていました。苦笑したのは、中野区が私立幼稚園に対して防犯用にと配布したスプレーは、目くらましとしては飛散する範囲が狭く、実際にはあまり役に立たないことが警察の方から明らかにされたことでした。(それより、消火器のほうがよいようです)それでも、私立幼稚園側として、区が公私に関係なく子どもの安全に配慮してくれたものとして好意的に受け止めています。今回の研修会は、不審者が幼稚園に入ってきたらどうするかという視点のものでした。女性が多い職場ですから、不審者と対決するということではなく、いかに不審者を見極め、警察に素早く連絡するかが、強調されていました。重要なポイントとして、地域情報に関心を持つことの重要性も指摘されていました。このような研修会の前後に、下校中の小学生女児が連れ去られ、不幸なことに、亡くなって発見されるという事件が続きました。園内での防犯対策も大事ですけれど、地域ぐるみで子どもの安全を守るという意識を高めることも重要ではないかと思いました。そして、以前、子育てをめぐる論議の中で、「母親ばかりに子育ての責任を押し付けることは、社会の子育てに対する責任を放棄することになるのではないか」といった問いかけを何人もの子育て支援実践者から聞いたことを思い出しました。少子化といいながら、社会全体があまりにも子どもに対して無関心なことが、このような事件につながっているように思われてなりません。悲劇を繰り返さないために、私にできることをしなくては。
December 2, 2005
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12月号の「年金時代」というちょっと固い雑誌に寄稿を求められ、以下のような原稿を書きました。企業の方、行政の方などに読んでもらえるといいのですが・・・*************次世代育成支援と企業社会 ご承知のように我が国の合計特殊出生率は、1.3を切ってしまった。これは、若い人たちの「子どもはいらない」「育てられない」という訴えである。「産まない女性がけしからん」とか、「もはや増やすことではなく、少子化を受け入れて、どうするかを考えたらいい」といった論調も見られるが、他の先進国と比べてもこの状況は異常であり、「なぜ産めない、育てられないのか」ということを、社会全体で考えなければならないと思う。 我が国の「少子化対策」は、当初「仕事と家庭の両立支援(保育サービスの充実)」から入ってしまったことからもわかるように、子どもはどのような環境の中で育つのがよいのかといった「子どもの視点」が抜け落ちている。近年の女性の社会進出を受け、男性の働き方は変えず、女性の働き方を「男並み」にできるよう、周辺環境を整えようという発想だ。 朝早く朝食もとらずに眠い目をこすりながら登園する子どもたちを受け入れ、お迎えは夜の7時、8時。くたびれ果てた両親(あるいは母親一人。父親はもっと遅い)が帰宅後、遅い夕食とお風呂を済ませ、寝かしつければ、また昨日と同じ朝・・・という子どもたちを見ながら「果たしてこれでいいのか?(これが子育て支援なのか?)」と戸惑いを隠せない保育者は多い。 共働きが進んでいるスウェーデンなどを見ても、たいがいは両親の仕事は5時には終わり、お迎えに行って7時には家族そろって食卓を囲めるのだ。それが「普通」の子どもの生活のはずだ。彼らに日本の状況(平日父親が午後7時に家族と食卓を囲むことは皆無であり、育児家事の負担は母親に集中している。この状況で、ワーキングマザーは職場では「男並み」の成果を求められている)を説明したら、「これは子どもの人権侵害だ」と目を丸くするだろう。 次世代育成支援の行動計画づくりが義務付けられたこともあり、社会的責任として、あるいは経営戦略として、「ワークライフバランス」を取り入れる企業は増えてきている。しかし、企業格差は大きく、「“仕事と家庭の両立”支援が進んでいる企業に勤めている妻を持つ夫と、夫の勤務先が得をしている」という状況があるのは見逃せない。 地球資源には限りがあることを認識し、持続可能な社会を築くにはどうしたらよいか知恵を絞ろうという世界的な潮流の中で、「自社さえよければそれでよい」という発想は、時代遅れとしか言いようがない。 子育て家庭においては、会社に夫の一日の大半をとられた妻が耐えるとか、会社と家庭の板ばさみにあえぎながら、両方にいい顔をするといった「個人の努力」の限界は、とっくに超えている。この現状を真摯に受け止め、人間らしい生き方ができる働き方の見直しを、企業は本気で考える時期にきているのではないか。
December 1, 2005
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