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こんにちは、高校生の母です。恭子さんの記事を読んでいて、思い出したのが「地域や集団から受け入れられる、愛される経験から 自尊感情や自己肯定感が生まれてくる」という誰から聞いたのか忘れてしまった言葉。同時にこんな思い出も……。小学3年生に進級する春、家庭の都合で生まれてからずっと住み慣れた街から、電車で1時間半ほど離れた他県へ引っ越しました。それまで住んでいたところは、新しい家が建ち並ぶ一方で、昔から続いて来た商店や市場もあり、辺り一帯顔なじみ。外出するときは、バス停まで歩く間に、必ず近所の誰かに声をかけられるほどでした。それが完全な住宅街への転居で、学校にもご近所にも知り合いがいなくて子ども心にも、かなり心細かった。ちょっぴり親のことを恨めしく思ったりしました。小学5年になった頃、週に1回図書館へ通うようになりました。受付の方とすっかり顔なじみになって、毎回、ちょっとしたおしゃべりをすることも楽しみの一つになっていました。さすがに中学生になってからは、社会科の研究発表でもない限り図書館へは足が向かなくなっていきました。必需品だった本の貸し出しカードもいつの間にか、どこかへ行ってしまいました。どういう用件でだったかは覚えていませんが、高校生になって、久しぶりに友人と一緒に図書館へ向かいました。お目当ての本を探し出し、借りる手続きのために受付へ出向いたら、もちろん貸し出しカードは持っていないし、新規に作るために必要な学生証も忘れているじゃありませんか。取り敢えず、貸し出しカードを作るための書類に必要事項を書き込んで受付に差し出したものの、本人確認に必要なものはないし、「どうしよう」とかなり焦ってうつむいていた私に、書類に目を通していた受付の方が、こうおっしゃったんです。「このお名前ならよく覚えているから、 学生証がなくても大丈夫。 貸し出しカードを作ってあげますよ」声の主のほうを見ると、そこには懐かしい顔がありました。小学生のときに、毎週お世話になっていたあの方。高校生の頃は、かなりひねくれていて、とても小学生の頃のような真面目な生徒じゃなかったのですけれど、当時の私を見ていてくださった方が、昔と変わらぬ笑顔で手を差し伸べてくださったんです。心の底から「ありがとうございます」と頭を下げて、なんだか温かい気持ちになって図書館を出ました。地域のおとなから温かい言葉をかけてもらったのは、何年ぶりだったでしょう。たくさんのご近所に声をかけられて過ごした、幼かった頃のことを思い出していました。高校生の娘は、小さいときから誰彼構わず挨拶をして回る子で、住んでいるマンションはもとより、ご近所にたくさん顔見知りのおとながいます。街を歩くと、たまに小さな頃からの顔見知りから声をかけられて、照れながらも、嬉しそうに挨拶しています。ちょっと遠くの高校へ進学した今は、駅までの道中で、卒業した中学の先生とすれ違い様にご挨拶が出来るのも、楽しみな様子。留守がちな我が家は、こうやって娘を見守ってくださる地域の方々に支えられて今日まで来れたような気がしています。* * * * * * *いくつになっても変わらず、声をかけてもらえることが、子どもにとって(おとなになっても)心強い支えになることがある。地域のどこかで、ずっとその子どものことを見守ってくださっている存在ってとても大切なんじゃないかな。学校や幼稚園、保育園の行き帰りに、必ず子どもたちに声をかけてくださる商店のおじさんやおばさん。交番や児童館、図書館などの公的機関も、その役割を担っている。監視じゃなくてね、見守り。* * * * * * *12月15日の次世代育成支援恊働フォーラムinとうきょうでは、第一分科会でお手伝いをさせていただいています。テーマは児童虐待。なかなかデリケートなテーマではありますが、地域で活動する人たちに熱いエールを送る専門機関の方があれば、常に行政をリードする形で活動を行っているNPOの人たちがいて、手をつなげば、よい連帯が生まれそうな予感。日々の地道な積み重ねあってのことで、機能していくには時間もかかりそうだけれど、じわじわと効いてくるような支援のあり方を来場くださる方々と一緒に考えていければと準備を進めています。
November 28, 2007
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amigoの石山です、こんにちは。最近頭の中によく浮かんでくることばは美意識とか、自尊感情とか、自己肯定感とかそういう言葉です。他者と比べて美しいとか優れてるとかはどうでもよくて、、、。自分自身や家庭、暮らす町、ひいては国(要はミクロからマクロまで!)に自分がどんな気持ちを持っているかって実は「肝」かも、と思うのです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・先日伺った「全国子育てひろば実践交流セミナー@金沢」でもずっとそんなことを考えておりました。マツダさんも書いているように膝を打ちたくなるような面白い講演があったことはもちろんですが、分科会の会場やその移動中に目にする風景、何気なく会話する地元の人の言葉のなかに「美意識」や「おもてなしの気持ち」を感じることが多かったです。この街には自分の街の美しさ、連綿とつづく色んな“美しさ”を大切に思っている人が多いんだろうな~と思いました。愛する街だからこそ、客人をあたたかく受け入れる度量。美しいっていうのは、もちろん表面的なものだけじゃなくて様式的な美しさみたいなものだったり心意気だったり・・・。何百人もの参加者、何十人ものスタッフが関わるセミナーを仕切る実行委員長の橘さんの佇まいだったり、腹からでる声や言葉も私の深いところに響くものがありました。2日間の取りでもあった子どもたちによる和太鼓の演奏はほんとうに圧倒的だった。思わず涙がでてくる世田谷チームであった。(少なくともノゾミさんと私は泣いた!)全身で演奏する子どもたち、いくつもの太鼓の音の重なり合い。世界って実はシンプルなものなんだよね。言葉がなくたって、年齢が若くたって、カラダとリズムと音があれば、人の心は震える。それを表現できる「人間」ってすばらしい。日本文化は美しいんだよ、ね、と思うのです。肯定感に支えられる動きや言葉は達成度とか完成度とかにかかわらずエネルギーやメッセージがある、心に響くものになる。入り口はなんだっていい。酒造りからも太鼓からも子育てからも子育て支援からも本を読むことなんかからも・・・人は世界を知り、自分自身を好きになったり、自信がもてるようになるといいなと思う。児童精神科医の佐々木正美先生の話にもあったけど母校に誇りが持つかどうかは「卒業後の働き方」にも関係するのだそうだ。自分の親に対する気持ちは「自分」への気持ちに繋がるそうだ。ルールを守り、他者を思いながら生きる力、人を犯罪から思いとどまらせるのは「自尊心」だそうです。拠ってたつところへの気持ちが自分自身への気持ちに繋がる。自分には、自分が住む国には「誇るべきものがない」と思う若者のその根っこはどこにあるのでしょう。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・比べたり、競ったりするんじゃなくて自分のいいところも不安も痛みとかもひっくるめて「まぁそういうことで」と自分で風呂敷に包めれば、少しは元気みたいなものが湧いてくるでしょうかね・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・想いだけじゃ生きていけないから、さてさて、頭を使い、手を動かし、足を動かさねば。あー、一日があっという間に終わってしまう・・・泣もう一つ金沢で美しいなと思ったものがあります。子育てコンビニ小林さんのアイシャドウ。すごく惹かれました。
November 27, 2007
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今井さんは福井に行っているんだな、わたしは今日まで秋田に行っていました。道中、いろいろな話を聞き、いろいろなことを思いました。わたしたちのやっていることは、本当に間違っていないのだろうか?最初に立てた目的に沿っているのだろうか?まずは、自分に問い直したくなる、そんな感じです。・・・・・・・・・わたしが子育てしていた平成元年当時、子育て情報が皆無だった。そもそも行政の支援はほとんどなかったから、子育て支援の情報もないようなものだった。ネットもなかった。ファックスもなかった。自分で探して、確認していくしかなかった。だから、わたしはライターになって、育児情報をバンバン提供した。いわゆる「マニュアル育児」の風潮に加担した。読者の母親達にとても感謝された。やりがいのある仕事だった。でも、わからないことがあったら、自分で考えたり、ほかのお母さんや知り合いに相談するのではなく、雑誌や本を開いて、文章のとおりにする母親がたぶん確実に増えたと思う。「おばあちゃんの知恵」の話を聞くよりも、東京のえらい小児科医や専門家のコメントの文章のほうを信用する母親が増えたと思う。子どもが子どもを殺すとか、母親がよその子を殺すとか、当時起きたいろいろな事件を取り上げて、識者に話を聞いてみたり、お母さん達に座談会してもらったり、そこから「子育てについて考える」ような記事も何度か書いたけれど、やがて、「今のお母さんは考えるのあまり好きじゃないから」ということで、そういう記事は書けなくなった。まあ、ニーズに合わせるってやつなんだろう。そうやって、育児雑誌は発行部数を伸ばしていった。でも、本当に、今のお母さんは考えることをしなくなったんだろうか?考えるのがキライなんだろうか?それはよくわからない。秋田で、母親達の不安感が増しているという話を聞いた。ネグレクトが増えているというのが現場の実感なんだという話だった。なんというか、手ごたえのなさ?深いあきらめ?その不安は、いったいどうしたら、ぬぐうことができるのだろう?親子ビクスをしたら、ぬぐえるのか?ママ友と他愛のないおしゃべりをしたらぬぐえるのか?人に話を聞いてもらったら、ぬぐえるのか?誰かが肩代わりしてくれるのか?そんな話を夫にしたら、「不安のない人なんていないんじゃないの?」と言われた。一寸先なんて誰にもわからない。だから不安だ。誰だってそう。個人的に思うのは、その不安を受け止めて初めて、自分の足で歩き出そうって思えるんじゃないんだろうか?本人がそれに気づくことを、支援するのは、「子育て支援」ではないんだろうか?不安や孤独を抱え、それと対峙しながら歩き出そうとする、あなたのそばにいるからね、そんなあなたを、誇りに思うよという接し方をすることは、「子育て支援」ではないんだろうか?
November 27, 2007
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今井です。今、仕事で福井の芦原温泉にいます。明日から保育士さんたちの研修会です。おそらく杉山さんが多感な青春時代を送ったであろう、鯖江市を通過しつつ芦原温泉に到着しました。話は唐突に変わりますが、今、保育園に保育されている就学前のお子さんは、全国で200万人います。これは就学前のお子さんの1/3にあたります。全国で認可保育所は2万3千か所、そこで働く保育士さんは30万人です。そんな保育士さんも、最近では3K職場と言われています。子どもたちには人気あるんですけどね。とっても大切な仕事ですけれど、まだまだ給料が安かったり、きちんとした専門職として社会から認知されているのか、そのあたりは微妙なところです。このへんは社会の子育て観ともちょっとつながってます。どっちが先、というわけではなくて、さらに保育士さんの専門性を高めて、給料やそのほかの処遇もあがったらいいのになー。などと願いつつ、日々働いています。あわせて、日本中でいい保育が実践されて、その保育がたくさんの子どもの日々の幸せにつながるようにと、仕事を通して願っているというわけです。なんといっても数が多いですからね。そうなったら日本の未来も明るいと思いますよ。
November 26, 2007
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これを読んでる方がどのくらいのお子さんと一緒にいる方なのかわかりませんけど、私の子どもも今年高校3年生で、あっという間に受験が終了しました・・。本当に健康だけがとりえで頭がついていきませんの・・。自慢は小学校1年生から高校3年生の今まで学校を一日たりともお休みしたことがないことだけ・・・。お恥ずかしいですわん。スギヤマセンセイのHくんとは違い、頭もいまいちの上、まったく予備校にもいかず働いて欲しい・・と思ってましたが・・どうにかひっかかりました。底ですけど・・。もう子どもも、高校まで出したら親の義務って無いでしょってカンジでしたけど運くもらってくれる大学もあったから、運良くもらってくれるカイシャもあって運良くもらってくれるだんなもいて欲しいものだわ。きわめてジェンダーに反する発言で恐縮ですけど・・・。子どもも早く作って、今でもいいわよって・・腐女子だからむずかしそう・・。まじめに語ると一番身近な大人をみて、子どもはたぶん育つんだから、なんでも希望がもてるように、不肖わたくしお手本にならなきゃ!まあ、今とのことゼンゼンなってませんけど・・。がんばろうっと。
November 25, 2007
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世田谷の松田です。24日・25日と、石川県金沢市へ、全国子育てひろば実践交流セミナーにいってきました。全国から子育てひろばの実践者がつどい、学ぶ2日間でした。そのタイトルもずばり、「発酵から熟成へ」。酒どころの石川で、初日の夕方いただいたあいさつは、株式会社福光屋社長、福光松太郎さんがめっちゃいいハナシをしてくださいました。かなりヒットしまくり、一同うなりまくりでした。(しかも話し方がとても上手で、勉強になりました)メモよりちょっとご紹介。・・・・酒造りと育児は似ている・・・・育てると育つの違いお酒は、つくっている、と思ったとたんうまくいかない。主役は酵母、微生物。自ら育つ、その「いかに育ちたいか」を感じ取って環境をつくる。育つのを手伝うのだ、ということ。発酵と腐敗の違い発酵と腐敗は現象としては同じ。人間にプラスなのが発酵、人間にマイナスなのが腐敗。(一生懸命育てているつもりが仇になっている・・・ということかな)しかし、いくらプラスのものでも、必要なものはある程度シェアがないと消えていってしまう。(やっぱ量も必要なのよ・・・)成熟と熟成の違い成熟というのは単なる経年変化。放っておいても年はとる。酒造りにおいて単なる経年変化はすなわち「ヒネた」という。(ここで爆笑)熟成を誘うためにはそれなりのプランがいる。最初から、生まれそのものを設計しているのだ。酒になるまでは発酵。そしてできてから始まるのが熟成。発酵がちゃんとできていないと、熟成しない。自然の力の潜在能力はすごいぞ!というわけで・・・ひとつ前の杉山さんのブログが、まるで石川にいたかのようなナイスタイミングの内容で、びっくりしているところです。これをシンクロというのねん。いろいろがっくりくることも多い今日この頃だけどなんだか励まされるお話でした。石川のみなさん。ありがとう!お疲れ様でした。
November 25, 2007
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いま、次世代育成支援協働フォーラムの開催準備と同時に、協働に関する調査を行っています。何箇所か協働のヒアリングに行こうとしているのですが、いくつかお話を聞くなかで実感しているのは「NPOは進化している!!」ということです。大きな視点で見ると、繰り返していることも結構多いので、「進化」という言葉は実はあまり使いたくないのだけど、同じところをぐるぐる回っているわけではなく、らせんを描きながら、少しずつ高みに上がっているような、そんな感覚をわたしは持っています。時代とともに向き合う課題のレベルは確かに高くなっている。そりゃそうだ。男女差別が当たり前の時代から、男女雇用機会均等の時代になり、機会は同じになったからといって、オンナだから得するはずもなく、ぬきんでて優秀な個人が突出して、やがて環境が整備され、普通の人でも歩ける道になる。で、総体としてのレベルアップをはかろうとするのが、組織の常。NPOとて、それは同じで、ひところは「NPO」というだけでもてはやされたり、リーダーのカリスマ性でめだったりしていたけれど、最近では、「力量形成」できないNPOと、できているNPOの格差が広がっている。当事者だから信用できるかどうかも、アヤシイ。「当事者性」を使いこなす「専門性」ってとこか(何言ってるかわかる?)。で、ヒアリングしながら、「みんなの悩み(課題)が変わったね~」と、わたしはうれしい声をあげています。わたしたち、こーんなにがんばってるに、どうして行政は気づいてくれないのぅ??みたいな(不満ブツブツの)NPOが減って、自分たちのやりたい事業を行うために、銀行からお金を借りる子育て系のNPOも当たり前にあるわけです。「こーんなにがんばってる」という「情緒」ではなく、実績を見せ、事業計画書を提示するNPOも増えました。企業チックな手法だけ使った計画書や組織の見せ方でなく、きちんとNPOであることを学び、理解し、そのうえで企業とは違う、NPOとしてのたたずまいで、組織体のすがたを見せる、ほんまもんのNPOね。その流れで見えてきたのは、次を育てる現役リーダーの姿です。団塊世代ぐらいの女性たちのなかに、それをしている人が、ちらほらいらっしゃる。いわゆる「おばちゃん世代」なのだけど、とにかく、現場仕事がたくみ~。年季が違う、年季が。PTAやって児童館の職員やって、ボランティア団体のリーダーやって・・・等々。もちろん、そこで、その地域の「名士」扱いにうっとりで終わってしまう普通の「おばちゃん」もそりゃ多いのですが、そうではない、次を見据えるリーダーのおばちゃんも、おいでなのです。スポットライトの晴れ舞台にママたちを立たせ、ママたちが泣けば、背中をさすり、怖気づけば背中を押し、2階に登らせ、上手にはしごをはずす。(杉山持論:タイミングがきたら、はしごは、 はずすべき)「彼女達が育つまで、わたしが責任を持つ」なんていわないけれど、存在がそう語ってくれている。だから、周囲はその「おばちゃん」に対する信頼で、ママたちのおっかなびっくりな活動をあたたかく見守ってくれるのだ。ここでママたちがアホだと、この事業は一回ぽっきりのママたちの自己満足で終わってしまうのだけど、近年のママたちはかなり優秀なので、上手に力をつけ、自分たちの仲良しサークルからたとえ始めたとしても、社会的な活動へとその視野を広げてゆくのです。わたしは、その、「おばちゃん」の存在にいま着目しているのだけど、「魔法」を使っているとしか言いようがない、その技に、たまんない~と身もだえしちゃうのだ。中長期的視点にたって、目的を掲げ、戦略を持ち、戦術を使うなんてこと、聞いたこともないだろうに、できちゃうんだよね。(そのほうがビジネス本を何回読んでもできない サラリーマンより全然素敵)ドラッガー好きの経営者よりもすごいところは、「おばちゃん」たちは、まず、(いやみな)横文字は使いません!!「能ある鷹は爪を隠す」そのものです!!(やたらに「オレはすごいんだぜー」なんて、ふかさない)だから、よほど注意深く状態を見ないと、その巧みな技を見逃してしまうので、ご用心。うっかりなプレーヤーが多い協働の場合だと、実は彼女の魔法にかけられていたことを、行政もママたちも気づかずに、自分たちがやった気分できゃあきゃあ言っている場合もアル。(いいのよー、それで。言わぬが花ね。あ、でも、 みんな「わかって」動くほうが全然効率がいいし、 チームによる協働が進むってことだけは、間違いないです)そこまでできれば、協働コーディネーター冥利につきるってものだけど、まだ「おばちゃん」の域まで達せてないわたしは、「魔法使いの弟子」といったところです。早く、魔法の杖を上手に使いこなせるようになりたいな。でも実はそんな魔法を使う人は、男女を問わず、うまくいっているコミュニティには必ずいるのではないでしょうか。そこを大事に思うようになったのは、たぶん、わたしがちょっこし成長したからだと思います。奥行きをみるようになったというか。魔法の使える「おばちゃん」になるための、コンピテンシーが知りたいんだけど、こればかりは、勉強して身につくものではなさそうです。それに、40代のわたしたちが、今の「おばちゃん」達の年齢に達するとき、彼女たちと同じでは、意味がないわけで、もうちょっと進化して、その年齢を迎えたいと、じゃなきゃ、意味ないもんね・・・と、思っているところです。わたしたち世代がやらなくちゃいけないこと。それは、感じています。龍の鱗がちらっと光るみたいに。たぶん、コレだろうな、と。ともあれ、当面は、おばちゃんのノウハウを真似て、魔法を盗むところから・・・(ぶつぶつ)
November 24, 2007
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先日の年金部会でわたしの隣に座ってらした慶応大学の権丈先生から、メールが届いた。権丈先生がご自身のサイトで書き溜めてらっしゃるコラムに年金部会のことを書いたから・・・という報告だった。http://www.kenjoh.com/korunakare118.pdfわたしはそこに、研究者であり教育者である人のプロの誇りとあるべき姿を見る。そこから一文引用してみよう。「政治的・突発的には何が起こるか分からないが、理論的には――ゆえに研究者としては――現行の制度には租税方式への退路はない。ならば、研究者としては現行の保険方式のもとで問題解決をはかる方法を考えぬく――それしか途はないと思う。これまでは、パート労働の厚生年金適用問題、第3号被保険者問題、未納未加入問題を等しく問題視する人たちが、違った方向に解決策を見出そうとして力が分散されすぎていた。だけど、基礎年金の財源を100%租税にするという逃げ道は、この国には実はないんだ。だから2004年年金改革時に計画が立てられた制度のもとで、パート労働の厚生年金適用問題、第3号被保険者問題、未納未加入問題を問題視する人たちがひとつになって解決に突き進む。そうすれば、いままで不可能だったことが可能になるかもしれない」そういうことなんだ。そもそも第3号問題もパート労働問題も解決できないこの国で基礎年金の税方式化ができるわけがないでしょう。04年の年金制度改革のとき、その年金部会のときもわたしはそこにいたんだ。パート労働者を大量に雇用する事業主団体と対峙もしたんだ。「子育て中の主婦に、彼女らの夫と、夫の雇用先と、 彼女らを雇う事業主にとってだけ都合のいい働き方 をさせないでほしい」と、そのときわたしは言った。何度も何度も、重い扉を押して押して押して、まだ押す。労にも使にも入れてもらえない、専業主婦やパートの女と、フリーターの若者と、子どもたちが、ほらほら、あふれかえっているよ。放っておいていいの?最終的に、そこに行き着く。権丈先生のような高い知見もなく、かといって振りかざす現場もなく、「杉山さんの発言は重いから」と言われてうろたえ、懸命に自分の言葉を探す。そして、わたしにできることは、たぶん、言うこととやることを連動させること、なのではないかな?と、思う。経験してみて、また言葉にする。自分が発したその言葉を誰よりも自分が受けとめて、また、やってみる。その繰り返し。
November 23, 2007
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うっかりお知らせするのを忘れていたのですが、昨日の読売新聞生活情報面にコメントが載りました。松田さんともどもです。中年男性に「じゃまなんだよ!」とけられたという話は、かなりきてますね。常々思うのは、電車のホームでベビーカーを押している母子を見ても、周囲の人はほんと、道も譲らないし、知らんぷりだし、かなり危険な感じです。そういうメにいとしの妻とかわいいわが子が、もしあっているとしたら・・・。そういう想像したことないのかしらん、世のお父さんたち。「ウチの妻は、外出はしないので。我が家から 半径500メートル圏内でしか過ごしません」とか、もし胸をはっているとしたら、それはそれでまずい。妻を引きこもりにさせてるのかもかも。それに、「うちの妻と子さえよければいい」みたいなセンスでいるとするなら、かなりきていると思う。ハハはもうちょっと“社会性”あるから。よその子のこともわが子におきかえて想像する感性はある。ベビーカー利用の母親のマナーの悪さも時々指摘されますが、「それは当然です。だって、初めて使うんですもん」と読売記者さんにも言いました。子育てがはじめてだったら、ベビーカーを使うのも初めて。だからどんなふうに使っていいのか、わからないまま、おろおろ押してるんだって!!ようやくなれた頃には、子どもも元気いっぱい歩くようになるから、必要なくなるわけで。ベテランユーザーなんてのは、いません(でしょ?)。ワタシが若い頃は、ベビーカーはたたむものだったけどだからと言って、今の若い母親にそうしろとは言わない。ベビーカーの流行も変わったの、知ってるし。昔のベビーカーは、簡単にたためて、軽かったけど今のベビーカーは安定性重視してるからね。それら全部含めて、初めてのユーザー向けに使い方を伝えるほうがはるかに建設的だと思うよ。・・・・・・・・・・・締め切り迫って忙しいのに、また芦澤とぐだぐだおしゃべりしてしまった。聞くところによると、大学には環境系のNPOや学生ネットワーク活動がさかんらしい。遅れているぞ。子育て系。なんでだ?芦澤「そりゃーそうですよー。環境系はおしゃれ ですもん。キャンドルナイトにエコでロハス」杉「じゃあ、子育て系も負けずにおしゃれにいけば いいじゃーん」芦澤「それでいいのかって気もしますけどね」そうだった。そんな会話のちょっと前まで、虐待予防の原稿を書いていたわし。子育てには、光と影がある。影の部分があることも認めて、そこから逃げない子育てが大事・・・みたいなこと、書いてました。 赤羽のベビーホテルのすさまじい話を聞いちゃったり(昔、赤羽に事務所出してました)、息子を預けたこともある川口の某無認可園で子どもが死んだ話を聞いてしまったら、お約束チックなおしゃれでキャッチーだけではやってられないよね。まじで。なんとなくだけど、同じ「おしゃれ」でも、違う「おしゃれ」だったら、表現できるんじゃないか?という気がしてきた。地に足のついた「おしゃれ」感。某女性誌が1年に1回ルーティンで取り上げる「セレブの子育て」みたいな、ハリウッド女優の子育ての写真をバーン!!みたいな「おしゃれ」とか使い勝手の悪そうなブランドバッグをマザーズバックにして、かなり違和感のあるファッションに身を包んで、「おしゃれママ」風とかの「おしゃれ」ではなく。例えば、昨日大学に来てくださった3人のママは明らかに、いつも公民館で受講しているときよりも化粧もしてたし、服も気を遣ってた(笑)。そうした配慮も含め、学生を前にマイクを持ち目のはじっこでわが子を追いながら、自分のことを話す、その存在こそが、「おしゃれ」だった。学生さん、圧倒されませんでした?わたしは、「うわああ」と思ってました。(子どもたちの面倒をみてくれた学生さん、ほんと 感謝。ありがとう)若い子に「おばさん」なんて軽々しく呼ばせない、わたしたちはそれぐらいの生を生きてきたと、存在そのものが、言ってました。次世代育成支援の協働フォーラムに実行委員長として最初のあいさつをした、秋田の佐々木さんや山口の井出崎さんを見たときも、「うわああ」と思ったんだけど、そういう「おしゃれ」。マニュアルを真似た、表面上だけ「おしゃれ」ではなく、誰でもない自分を表現した、全体でつくりあげた「おしゃれ」。その人らしさがそのまま出てくる「おしゃれ」。それならできるかもしれない。日本中、そういう母親でいっぱいにすることはそんなに難しいことではないかもしれない。酸いも甘いも噛み分けて。影を引き受けるから、光はよりホンモノの光を放つ。オトナにならないとわからない、そんな感じ。うん。めざしてこう。
November 22, 2007
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こんにちは、高校生の母です。12月15、16日に行われる次世代育成支援協働フォーラムinとうきょう。HPでの受付も始まりましたのでみなさま、どうかご参加くださいね。とうきょう子育てねっとのサイトはこちら。申し込みもこちらからできます。15日の第二分科会は、杉山さんのコーディネートによる「とうきょう子育て情報誌をつくろう! ~東京の子育て支援の全体像を把握する~」です。東京中から、子育てマップや情報誌を携えてお集りいただけると盛り上がるのではないでしょうか。どういうものがあるのか、見てみたい!という方も、どうぞ気軽にご参加を。* * * * * * * *さて、子ども関連施設の広報誌を、地域限定の子育て情報誌を兼ねる形で立ち上げた頃に、「初めてのお出かけ」と題して子どものお出かけを特集しました。初代メンバー2人のうち1人が欠け、新たに6人が参加、新体制で臨んだ初めての号でした。区内の駅のバリアフリー状況を編集メンバー全員で手分けして調べたり、乳児期から始まる子連れのお出かけの苦労話などを編集会議で披露し合い、座談会形式でまとめたり。内容的には乳児期から学齢期までをカバー、コラム用に区内の小学校や航空会社へも取材を行いました。区内の小学校では遠足=校外学習のときに、グループで電車を利用して出かけるプログラムが盛り組まれています。初めは歩いて行ける場所、次は乗り換えなし。徐々に距離が伸びて乗り換えも複雑化。切符はその都度自分たちで購入し、電車内では、他の乗客に混じって過ごします。先生方の見守りはあるけれど、徐々にハードルの上がる電車利用の遠足は、小学生にとって、ちょっとした冒険旅行です。航空会社への取材については、羽田空港が近いという地理的なこともありますが、妊婦さんから赤ちゃん連れ、車椅子での利用など、最もバリアフリー度が高い交通機関であることが表立った理由。本当の狙いは、お子さま1人旅のサービスにありました。国際的には5歳児から1人旅が可能です。国内ではご存知のように6歳。ちょうど学齢期に当たります。航空会社にお話をお聞きした後に発達心理学者にも取材をしました。すると、次のようなコメントが返ってきました。「6歳前後になると、 自分が感じたことなどを言葉だけで、 相手に理解出来るように説明出来るようになる。 相手の言わんとすることや気持ちも理解出来るから、 必要な指示に従うことが出来るようになる」そうか、だから学校という環境で学習出来るんだ。先に取材した航空会社からは、「就学年齢ともなれば、自分で食事も排泄も出来るし、 酸素マスクや救命具の装着も出来る。 自分で自分の面倒がみられない場合は、 おとなといえども付添人がいなければ搭乗出来ない」とお聞きしていました。6歳って、なんだかすごいぞ。もうお分かりのように、特集タイトルの「初めてのお出かけ」には二重の意味が込められていたんです。一つは赤ちゃんを連れての、もうひとつは子ども1人もしくは子どもたちだけでの「初めてのお出かけ」。航空会社への取材のあと、担当の方から思いがけないことを教えていただきました。子育て関連施設に関わる前に、区の広報誌の編集委員をしていました。そのときの区の担当職員と航空会社の担当者が学生時代からの親しい友人同士だったそうです。「取材依頼書を拝見したときに、 彼(区の担当職員)のことを思い出し、 問い合わせてみたんです」知名度も全くなく地域限定の手作り情報誌の取材依頼にもかかわらず、一般誌の取材と同じ対応をしてくださったのは、私のことを保証してくださる存在があったから。ちょっと身の程知らずなお願いだったのかも。ただ、地域限定情報誌であってもベースとなるのは普遍的な知識であったり世の中全般で起きていることだったりします。その道のプロフェッショナルにお話をお聞きしつつ、そこに地域限定情報を添えて行くことで、単なる手作り情報誌以上のことを伝えて行きたい。生意気だけれど、そんなことを編集方針に掲げて、頑張っていました。現在ではメンバーがすべて交代し、子ども関連施設の広報誌として発行が継続されています。
November 21, 2007
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今日は大正大学の講義に、西東京市のお母さん向け講座に参加してくださっている女性たち3人にゲストティーチャーとして出席してもらった。お子さん連れで来ていただきたいと無理を言い、みなさん1時間近くかけて、電車を乗り継いで大学まで来てくださった。結婚、出産するまでの仕事のこと、出産育児のこと、どんな子育て支援を受けたかや、遊びのこと、父親の子育てについてお話してもらった。先日のK塾での大学生チューターの受験経験談を受験生の親達が聴くという場面でも感じたことなのだけど、普通の人たちの、ごまかしのない話は、ほんと、すっと伝わるなと、思った。40代がいて、30代がいて、20代がいて、高校3年生の子どもの母親がいて、中学生の母親がいて、小学生の母親がいて、乳幼児の母親がいて、大学生がいて、乳幼児がいて。いろんな世代の人がいる教室。みんなが自分の言葉で語る教室。「わたしが講義で話をすることは、教科書には載って いないことだから。だって、今、起こっていること、 これから変わることを話しているのだから。 消費税の上がる議論しているの、知ってるよね?」と今日も学生達に話をした。本音と建前の仕切りがだいぶゆるくなってきているな・・と、つくづく思う。少子化問題も、子育て支援も、ワークライフバランスもNPOも、子どもの遊びも、教科書で学ぶことではないし、ブラウン管の向こうのできごとでもない。全部つながっているんだ。ってことを、肌で感じてもらえたら、たぶん、それが何よりなのかもしれない、と思う。学生さんたちに話すのだからと、メモ書きして準備してきてくださったみなさん、本当にありがとうございました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・昨日は、「子どもと家族を応援する日本」の会議で、今日は、社会保障審議会年金部会だった。1階部分の基礎年金部分の国庫負担(つまり税金分)を3分の1から2分の1にするだけで、2兆5千億円=消費税1%分必要で、それは、引き上げると法律でも決まっているにもかかわらず、今年は増税の議論は見送られた。そんな国で、基礎年金部分を全額税(さらに消費税6%必要)にするなんてことが、果たしてできると思っているんだろうか??専業主婦に年金保険料をお願いするわけにはいかないと、びくびくしている国に、消費税6%アップができるのだろうか?そのときは、子どものお菓子やおもちゃからも6%負担を求めるのだろうか??子どもを囲んで、母親と学生達が、ほんと自分たち目線で地続きの議論をしてきた直後に、こんな話だったので、なんだかもう。いったい、どっちがまともなんだか、よくわからなくなってきてしまった。・・・・・・・・・・・・・・・・・昨日の会議では、児童手当(現金給付)と一時保育のような子育て支援サービス(現物給付)の議論が起こり、よくわからないけど、どういうわけか、子育ての現場から遠ければ遠い人ほど児童手当を増やしたほうがいいといい、現場に近い人ほど、お金をばらまく前にやるべきことがあるだろうと、発言したように感じた。そもそも、今の状況で児童手当を増やして、子どもに使うかね?だって、一時保育のサービスも担い手不足で、十分に行き渡っていないのに。どっちがいいとか悪いとかの問題ではなく、大事なのはバランスなんだと思う。と思っていたら、今日の年金問題も、結局は老後の暮らしの現金給付と現物給付のバランスの問題であることに気づいた。慶応大学の権丈先生が言っておられたのだけど、介護保険や医療保険の問題とあわせて年金の問題もみていかないといけないというのは、本当にそうだと思う。年金だけうまくいったって、介護保険制度や医療保険制度が問題山積では、決して安心した老後にはならない。かつ、子どもは減っているし、高齢者は増えるし、長寿化しているわけだから、パイの大きさは小さくなる一方。ないそではふれない。知恵を絞れよ、知恵を。おりしも、今日、厚生労働省の出した調査結果で、友達がいない5歳児の割合や、ゲームで一人遊びが多いという結果が出ていた。詳しくはこちら。新聞記事からの引用よりも、データに直接あたって、自分の目で数値を確かめよう!あーあ、わたしたちは、いったい何をしてきちゃったんだろう?そんな環境を子どもに与えたかったんだろうか?とほほだよ。そうだねよね。友達は、お金では買えないね。現物給付もできないね。公共にできることなんて、そんなもんなんだってことは肝に銘じておく必要があると思う。子どもも、子育て中の母親も、高齢者も、労働から一定距離をおいている人たちは、お金では買えないものを、そして、現物給付もできないものを、実は欲しているんじゃないのかな?と、思った。そこは、当然、自助努力の範囲だけど、そこに手を伸ばすための、安全網(セーフティネット)をいかにはり巡らせるかが、おおやけの課題なんじゃないだろうか。
November 21, 2007
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amigoの石山です、こんばんは。先日、杉並でひらいているサロンにて某新聞の取材をうける機会があり・・・。記者(男性)の方、時間が経つにつれなんだか楽しそうでした。支援者代表の私のハナシ、参加者(子育て当事者)のハナシ、講師のハナシ。全体的に、彼は楽しかったらしい。いったいどんな記事になるやら、ドキドキします。私「子育て支援って、立派な産業、経済や社会の営みだと思いませんか?立派な専門職という意味でですよ、モノが売れるとかだけじゃなくて」記者「そうですね、今まで拾い上げてこなかったけど・・・なんででしょうね・・・」私「ということでこれからはよろしくどうぞ。」かの新聞社では「あまり拾い上げられてないこと」なのでしょうが、私はこの分野ではしっかり第2?第3世代?みたいな存在でありまして、「そもそもなぜ始められたのですか?」という、いつも必ず聞かれる問いに答えるときはなぜか“語り部”口調になりますから~このラグを埋める作業が私たち世代がすることなのでしょうか。一般化、間違わずにやりたいものです。記者さん「石山さんのお話はゆっくり聞いたほうがよさそうなので、また改めてお電話させていただきます。」と先日はお開きになったが、私がどこまで話して、届いて、どんな風に解釈されるのかドキドキしますー。人にお話をする時、やっぱり思うことは全体を知ってないと、その部分についてちゃんと語れないな、と。4つ葉は、私個人のよき学びと経験の場なのでした。
November 20, 2007
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次世代育成支援協働フォーラムinとうきょうのおおよその流れが決まってきました。サブテーマは、「チームによる協働-プレーヤーのひろがりと つながり-」これまでは、NPOと行政の協働に終始していましたが、今回はもうちょっと広げて「チーム」の協働について考えたいな!!と、思っています。例えば・・・・現場における、保育士や保健師などプロと当事者(アマチュア、あるいはセミプロ)の子育て支援者はどうも相性があまりよろしくないようだけど・・・どうなの?みたいな分科会を、あえて(!)やってみたり、当事者から支援者に移行するってどんな感じ??みたいなところをきめ細かく拾う分科会を開催したり。結構、きめまくってますので。ぜーったいおもしろいと思います。詳しくは近日中に公開しますので、ご期待ください。日程だけは、12月15日、16日をあけておいてくださいね。場所は西巣鴨の大正大学です。あ、それから、とうきょう子育てねっとのプレーヤーも続々増えてきましたそれも、とってもうれしいんです。・・・・・・・・・・・・・・・今日は結局一日出ずっぱりで、事務所に立ち寄ることができませんでした。電話で明日の仕事、あさっての仕事等々の打ち合わせをしながら、アッシーは「わたしがここまでやっておくので、フィニッシュは 杉山さんに確認してほしい」と言い、わたしは「では、何の件について、いつまでにやってバトンタッチ なのか、仕事別に分担スケジュールを出しておいてほしい」と言いました。芦澤とに限らず、ここのところそういう仕事が増えてきたなーと、思う昨今。これって結構高等技術を要するように思っていて、みんなが全体を見て意識して動かないとダメなんだよね。パーツしかできない、指示待ちの人には絶対無理な仕事の進め方だと思う。また、各地で求められるものも、かなり高度化しているのを感じます。当たり前なのですが、「協働が必要です」と言いに行くと、次に行くときは「ではどうやったら協働できますか?」と聞かれます。具体的なファシリテートが要求されるわけで、それも、過去の協働フォーラムでは、やる気のあまりない行政とNPOに向き合ってもらって、ソノ気になっていただくのが作業でしたが、今度行く秋田では、「やる気マンマン」の市民を前に、「さあ、やるぜ」というのを促進しなければなりません。(まあ、それをするために、わたしはいるのですから、 ファシリ冥利につきますが、ひとつとして同じかたち はありませんから、みんなで初体験(子育てみたい?))。で、先駆事例も、「いいなーあそこは進んでて」レベルの評価ではなく、成功のカギは何かを分析して解説して、新しいケースにあてはめてゆくってな作業が必要となるわけです。そして。山田さんが言っていた、「面的な支援が広がること(ひろばのような拠点の支援)と、 縦的な支援が広がること(情報伝達系の子育て支援)の 両方が必要なんでしょうね」っていうのも、もっともだなあと感じる昨今。言っちゃあなんだけど、わたしたち、ほんと、よくやってるよ(自画自賛)。いまはもう、必死になってあちこちから飛んできた球を上手に打ち返しているのだけど、「そろそろ(打ち返す球を)選びたいよねー」と言っているところです。
November 20, 2007
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朝起きてブログを開いたら、いくつもの日記が書き込まれていて、びっくりしました。お当番のみなさん、ありがとう。で。土曜日にわたしが書いた「その、どちらでもない。」の続き。我が家の最近の会話は、息子の「これ知ってる?」ではじまる。「う。受験生の『これ知ってる?』にはついていけない ってば・・・」と思いつつ、とりあえず聞く。うっかりなことを言ってしまうと、それを記憶して受験でヘマをするかもしれないと思うと、うっかりも言えない。どきどき。昨日の夕食時。参考書を持ってきた息子が唐突に「アウフヘーベン」と言った。訳せよってことらしい。「ドイツ語でしょう?」大学の語学でドイツ語をとった夫が答える。が、意味はわからないようだ。フランス語を一応とったわたしは、黙っていた。「そう。ドイツ語。 2つの対立・矛盾している概念を合わせて、 より高い概念に統合、発展させること」とテキストを読む息子。「えええ!!それよそれ!」日本語では「止揚」という。「勉強になるよ!!」と、感動する母。ドイツの哲学者ヘーゲルが示した論理的思考方法のひとつなんだそうだ。わたしが言いたかったことは「アウフヘーベン」ってことなんだ。わたしは、それを「やりたい」んだけどね。できるかな?とにかく、偶然は必然というし、あれは息子の口を借りたメッセージだと思うので(笑)、いろいろ試行錯誤してみます。
November 19, 2007
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今日は終日、編集のお手伝いをしている、保育者さん向けの研究会機関誌、「エデュカーレ」の対談のテープおこしをしてました。すでに締め切りは過ぎてましたが、なんとか自分の役目は終わって、1日、正確には2日遅れてますが、今、こうしてブログに向かっています。対談は森の幼稚園のお話しでした。では森の幼稚園って?例えば依田さんの「くじら雲」とか。(依田さん、お元気ですか?)森など野外を中心に活動する園舎のない(くじら雲は民家を借りてますけど)幼稚園&保育園で、スウェーデンとかデンマークなどの北欧が発祥のようです。で、印象に残ったいくつかを。「森って、森っていうものがあるんじゃなくて、一つ一つの命の集まりなんですね。もう一つ、一つ一つの個性の集まりで、まさしく多様だなっていう気がするんです」「(子どもは)小さければ小さいほど、森と対話をしているような気がします。すごく発声するんですね」続きが気になる方は本編を。年間購読、隔月刊で3,200円です。(ちょっと営業です)自分はすぐ目の前を海に、背中を緑に囲まれたところで育って、中学時代にはよく一人で海へ行きました。小さな港を囲む防波堤の一番先から、海の音を聞きながら碧い海と小さな町と、木々の緑と青い空を眺めてると、なんだか気持がよくて、とても落ちついたように記憶しています。森もそうだけど、海もそうですね。自然って自分から話しかけてこないし、ただ静かに受けとめるだけなんですよね。そのままで、そこにいていいよって。それが心地よかったのかもしれません。そんなわけで、テープをおこしながら、親としてもそんなあり方ができないかなって、最近のいくつかのシーンを頭の中で反芻しながら、ついがみがみ言ってしまう自分を反省したのでした。
November 19, 2007
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スギヤマセンセイのお話が興味深く読ませていただきました・・。二つほど興味深いことが。一つはクレームの件、切り口が違うとは思いますけど。わたくし何のオシゴトしてるかと申しますと雑多ですがもっとも得意とすることはクレーム処理でございます。まあ、クレーム対応に携わって、20年以上になるわけで・・。企業のクレームっていうのは、とどのつまりは解決はどんな種類も、お客様がおっしゃる誠意は「お金」でございますの・・。こういうと、身もふたもないんですけど。ちゃんと、筋の通る説明を申し上げてもお客様への解決方法は誠意=お金ですの。例えば今問題になっている英会話教室N○○Aだって、契約そのものが問題なんだけどそれをなくして行こう!っていうのは国の仕事ってカンジですものね。そこへ行くと学校へのクレームは「お金」で解決できないでしょ・・?。そこが難しいところだと思いますわ。唯一教育でお金を使って解決できることそれが塾などへの投資であり、私立などへ行かせるなどの対策ですものね・・それだけに問題が深いのね。解決の糸口をみつけるのも大変だよね・・もう一つは次回に・・。
November 18, 2007
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世田谷の松田です。なかなか4つ葉のブログに心から向かい合うことができない。文字はニガテなのもあるけれど何より、正直に向かい合おうとすると、根気がいる。めっちゃ体力がいる。集中力がいる。大げさだね、って笑われそうだけど、少なくとも言葉をつづるのは、私にとってはとてもパワーを要することなのだ。どこで息継ぎしたらいいかわかんなくなってきていっそのこと息とめて走っちゃえ!なんてことをやると、ゴールはまだまだ先で、だから、スピードはどんどんあがっていくのだけれど実は持久走なのがしんどい理由か。たとえば4速でスマートにかけぬけていく人もいるんだろうけど私はスピードがどうしてもあがらなくって、まずはシフトダウンするんだよね。エンジンの回転数を上げて、上げて、上げて!!!うへー。それじゃぁ疲れるべ。誰かについていこう、追いつこうとすると、それはキツイ。でも、あなた自身の旅だよ。そんな風にジョーゼフキャンベルが教えてくれた。自分自身を縛っている「竜」をやっつけに、旅にでているんだ。内なる声に耳をすますと、今はスキップの気分。最速のマシンで走り抜ける人がいたって平気。スキップしながら、道端の石をひろおう。時には花を眺めるために立ち止まって。負け惜しみじゃないよ。数字以外の新しいものさしを、やっと今、手に入れようとしているだけさ。もうとっくに、気づいていたかもしれなかったのに。
November 18, 2007
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sereno葦澤です。今日は「家族の日」なのだそうですね。ニュースでこんな記事やこんな記事を読んで、初めて知りました。でも、この記事やこの記事では「家族の日」という言葉には一言も触れていない。いろんな発信元からの、いろんなフィルターを通したあとの記事をネットで読み比べることができる。便利な時代だ。元はと言えばこういう運動なのですね。アンケートの結果全部を見てみたかったけど、それは見つからなかったのが残念。* * *先々週のことですが、父が他界してちょうど10年経ちました。そんなわけで、自分が子どもの頃のこととか、思い出したりしています。毎週日曜日には、朝必ず散歩に出掛けていたこととか(母親が朝ご飯を支度する時間を作っていたんだな、きっと)選挙の日にはその散歩コースに必ず投票所が組み込まれることとか(誰に入れたの~?と訊いても「それは一人一人が決めることで、人に教えることではない」と言われて、けっして教えてもらえなかった)アニメが見たくてもニュースが優先、ニュースを見ながらよく社会に怒っていたこととか。とは言っても、けっしてマジメ一辺倒な人だったわけでもなく、パチンコ、競馬、酒、タバコ、切手収集、野球観戦、油絵、家庭菜園での野菜作り、などなど。適度に(?)不マジメで、多趣味な人でした。普通の営業職のサラリーマンでした。で、しみじみ思う。当時は普通に働いていても普通に自分や家庭のことを顧みるだけの「時間」があったのだなー、と。* * *今の子どもたちには、「父親」の姿はどれくらい届いているんだろう?大人になったときに「ウチのとーちゃんってさー」と友達に面白可笑しく話せるだけのエピソードをみんな持っているんだろうか?今から10年後くらいの20代の子たちが、家族を振り返ったとき、「親なんて、忙しくってほとんど顔会わさなかったし、 話さなかったよねー」「そうそう、ウチもー^^」なんて話ばっかりになったら、ホントにつまらないだろうなー。などと、思ってしまった「家族の日」です。
November 18, 2007
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「ものをいう市民」というのは、行政や企業から見るとかなり脅威になっているらしい。「弊社はお客様の声を大事にしております」というのは、よく聞くフレーズだけど、何をしているかと言えば、「お客様の声相談室」みたいな部屋を設けて電話を置き、クレームの処理にあたるぐらいだ。つまり、「やってます」という「アリバイ」だ。もちろん、できのいい企業であれば、クレームからヒントを得て、業務や商品の見直しを行うだろう。企業は、最終目的が「営利」なので、これはこれでしょうがないんだろうな、と思う。一方行政はというと、企業よりもっと遅れていて、近年小学1年生の親の「クレーマー」騒ぎが問題になっている。正直なところ、どっちもどっち・・・という気がしている。だって、今まで「ものを言わぬ親」が当たり前だと思って、学校運営やってきてたわけでしょう?PTAなんて組織つくって、一応かたちばかりは親と学校とで子どものナントカって言ってはきてたけど、一部を除いて、PTAの形骸化は、どこの親だって知っているよ。だから、PTAを通さずに、既存のルールを無視して直接モノを言ってきているのだと思う。それにきちんと対応するのも、運営者の重要な仕事の一環だろう。教育委員会は「保護者相談室」なんてのを設けて(子どもの教育に関する相談ではないよ)、学校運営に関するクレーム処理にあたったらいい。まずは、「アリバイづくり」からとか(笑)。ないよりはましだ。そこからできのいい教育委員会だったら、業務の見直しなど、現場目線の改善を図ることだってするだろう。以上は、初歩的な「ものを言う市民」のスタイルだと、わたしは思う。その昔は、個人では力がないので、同じような思いを持った仲間が集まり、自分達の権利主張を訴える、あるいは、振りかざす「労使」の構図があった。・・・もっと昔だったら、フランス革命や一揆などもそういうところから発生したのだと思うけれど、その、「ものを言う団体」は、すでに形骸化し、「一部の声のでかい人たちの団体」でしかない・・・と、その団体にも入れない、もっと立場の弱いわたしたちは、看破している。(ごめんね、わたし、歴史の勉強はしたけど、マルクス主義 は全然勉強していないので、そのあたりのこと、ちっとも わかっていないんだ。せいぜい、「ベルバラ」と「オルフェ」 ぐらい)で、無学のわたしが思ったこと。「ああは、なりたくないわ」「あんな利益団体といっしょにされたくないわ」。要求や訴えや、クレームや、文句ばっかり言って、「わたしたちは弱者でかわいそうなんだから、 お前が変わるべき」と、そればかり言っている活動のだささと精神衛生上の悪さに、げんなりしているのだ。もはや、そんなことでは変わらないでしょう?いったい何年やってんの?そんなことを。そっちで、適当にやっていてくれ。わたしたちは、相対的にみれば確かに弱者で気の毒で、かわいそうで、施しが必要かもしれないけれど、絶対評価では、そんなことは、これっぽっちも思っていない。支援の受け手に甘んじる気はない。ただ黙ってカネさえ払ってくれていればいい消費者と目されるだけで終わる気はない。誰かに全部やってちょうだい・・とは思っていない。わたしたちはわたしたちで、新しい、別の手法で、自分達に必要なことを創生するから。の気分。行政は「親の声」を行動計画に反映させるという。でも、その「親の声」はたいがいが保育園保護者であったり、元気元気育児サークルの代表ママの声だ。サークルにも入れないような専業主婦の母親や、ひきこもってなかなかサロンに出てこれない母親や、虐待をしてしまうかもしれない親の声は、そこには反映されていない。4つ葉プロジェクトは、既存の運動団体や圧力団体とは、たぶん、違うと思う。もちろん、子ども・子育てのための財源確保を要求はするけど、過剰にはいらない。必要なところに、必要なだけ、適切なかたちで割り当ててくれたらそれでいい。「財源確保ができましたー!!わーい」みたいなことを最終目的に、お手柄にする幼稚さはない。だって、支援が過剰すぎると、その人本来の持っている力が目に見えて腐っていくのを、目の当たりにしているから。元気元気子どもと、元気元気家庭には、自信を持って子育てできるような、その人たちの潜在能力を上手に引き出す、「自立」のための支援を。(過剰な甘やかしや不適切な指導は無意味)そして、元気のない子どもや家庭に対しては適切な援助を。ヒト、モノ、カネ、情報・・・あらゆるツールをコーディネートして提供してほしい。つまり。4つ葉プロジェクトは、一部の人の利益のための団体にはならない。「すべての子育て家庭」の「すべての」にこだわり続けたい。余談だけど、わたしがそんなふうに言うと、「みんながみんなそんな親ではないですからねー。 結局は自分本位で、うちの子のことしか眼中にない 人が多いですからねー」と、わざわざ教えてくれる人がいる。ごめん、そんなこと、わかってる。でも、そう思って、言葉にしてしまっているあなたが、まず、そうなんじゃないですか?自分本位の親の意識を少しでも変えるために、あなたは何をしていますか?その「意識を変えるやり方」まで自分の頭で考えることをせず、わたしに聞きますか? マニュアルにしてほしいですか?マニュアルにした時点で、終わってる・・・って思うわたしは、贅沢ですか?自ら学び、自ら調べ、自ら考え、自ら行動するってのは、「生きる力」の基本力であったと(文部科学省もいいこと言うなー)と思っているんだけどね。
November 18, 2007
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ちまたではAO試験で合格が決まったという話も出ているというのに、「AO試験って???」という状況で、気がついたら11月。息子が通うK塾が、保護者のための受験対策講習を開設してくれ、興味津々参加した。チューターという学生アルバイトがいて、受験生の面倒を何かとみてくれるというのも、初めて知った。今日はそのチューターが3人登場して、自分達が受験生のときどうだったか、何がよかったか、どんな言葉がけが嫌だったかなど、かなり具体的に話をしてくれた。「もともとこういう仕事に興味があったので、この 大学の何学部を選びました。今は、K大学でこんな 勉強をしています・・・」といった話は、数年後のうちの子の姿かしら(だといいが・・・)という感じでとてもよかった(と同時に、大学で会う学生達が、スーツ着て保護者 を相手にこういう仕事もするわけねーと、それも なんだかおもしろかった)。いままでさっぱり受験というものがイメージできなかった身としても、「受験生の親」なのだという自覚がちょっとできた気がした。わたしは、息子達の世代の子のことを、それなりに信頼していて、もちろん物足りない部分もあるけれど、わたしたちにはなかったよさをたくさんもっていると思っている。(そうじゃなきゃ、子育てなんてできないし、学校で 何かを教えるなんてことはもっとできないと思う)だから、君の人生なのだから、君が納得のゆく決断をしなさいね・・というところは、違わずもっていて、それをどのようにフォローするか・・・だけなんだよね。でも、今日の話を聞いてかなりのことがわかり、チューターやら塾やら学校やら、野球部のOBやらがいるから、本当に困ったことがあったら、そういう人が適切な助言をしてくれるだろうな、と、安心している。親は、その外枠かな?その、彼のコミュニティを支える係りというか。・・・・・・・・・・・・・・受験生用の雑誌を読んでいて、ちょっとびっくりしたのが、わが母校の学部の再編だった。福祉社会学部の募集を停止し、公共政策学部と生命環境学部を誕生させる予定だそうだ。わたしは、福祉学部ではなかったが、友人や先輩にその学部出身の人も多かった。なくなるのかー。代わりに「公共政策学部かぁ」。あの大学から京都府や京都市の行政職に就職する人はものすごく!!多かったので(大阪市、大阪府も多かった)、「公共政策学部」はかなり当たっていると思った。大事だよ。こういう傾向は面白い。「公共政策」はいまはやりだ。おそらく「協働」や「公共」や「公益性」も大学で勉強する人が増えるジャンルのように思う。が、それはいつまでだろう?わたしたちが入学した当時はマスコミ、国際経済などが登場した。その後、介護保険制度の登場などで福祉が充実した時期が多かったと聞く。ベンチャーばやりもあったけど、それも打ち止めか・・・子ども分野では、幼児教育と保育を統合して「こども科」とかいう学科をつくっているところも増えている。いまはそうだけど、4年後はどうなっているだろう?当分「公共政策」はイケルかしら・・・・4年後のわたしの仕事はイケテるかしらん?某大学が新しく学科をつくり、そこで政策立案などのできる学生を育てると書いてあったので、思わず受験を進めてしまった。母の志を受け継いで、4つ葉の政策立案を助けてくれ~みたいな。「日本はそう変わらないよ」とは息子の弁。「福祉ならぬ副詞が、日本人をだめにしている」のだそうだ。(言いたいことをはっきり言わなくても、会話が成立する のは、副詞が発達したからなんだそうだ。う。息子に 「結局何が言いたいの?」って突っ込まれないように 気をつけなくっちゃね)
November 17, 2007
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このところ、お目にかかる人が、重量級の方たちばかりで、その方たちが抱えている問題の大きさを垣間見て、ただただ絶句するばかりだ。明日は久々の休日。ゆっくり休もう。それにしても。コトはそう簡単には解決できないんだ、と、へなへなと思う。だからといって、「わたしひとりでがんばったって、しょうがないんだよ」と、思考停止はしたくないじゃん・・・。もっと単純な世の中だったらよかったのに。複雑怪奇にして、面倒くさいお仕事を増やして、それで事業拡大している部分ってあるでしょう?それで食っている人もいるんでしょう?いったいわたしたち、何にお金払っているんだろう???それを止めたら?って言うんだけど、それは無理なのだと諭される。それでも。さまざまなところで、なんとかしなくちゃと、それぞれのポジションで、変えようとしている人たちがいる。ものすごい軋轢を生む。それでも、あきらめてないね、みんな。ファイト 闘う君の歌を闘わないやつらが笑うだろうファイト 冷たい水のなかを凍えながら 登ってゆけって感じかなあ。今の世の中、かなりキテルと、やっぱり思っていて、なんでこうなんだろう?と、暗澹たる気持ちになるわけだけど、それでも、そんな世の中で、わかっているけど、がんばっている人がいるから、わたし、この人に、出会えてよかったなと神様に感謝して、やっぱりわたしもあきらめずに、やれることをやろうと再認識する。思いっきりいい方向に向けるための確実な一歩にはなってないかもしれないけれど、せめて、今よりは悪くならないようにするための精一杯の努力をしていたいと、思う。
November 16, 2007
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こんにちは、高校生の母です。住んでいる街にあまり思い入れのない私ですが、そこで働いていたり、住んでいる人には、かなり思い入れが強いです。少し前に、子育て関連施設の広報誌の特集で、区内の児童館すべてを取材しました。小学校区に1カ所とまではいかないけれど、児童館の数は区内に51カ所。いずれも放課後児童健全育成事業(学童保育)を行っており、午前は乳幼児中心、午後は小学生中心に利用されています。取材の前に、児童館事業の沿革について知りたいと区の担当職員の方にお願いをしたら、担当部署でまとめた資料を提供してくださいました。ご参考までに概略を書いてみますね。昭和30年代後半に、まずは放課後の児童の保護を目的として子どもの家第一号が設置され、その数年後に児童館が開設されました。以降、児童館が次々と開設され、学童保育事業も児童館が担うようになります。施設(ハード)が増えていくとともにプログラム(ソフト)にも工夫が凝らされていきます。児童館に付随した母親クラブが誕生したのが昭和50年代。幼児の母親向け母親教室や小中学生の父母対象の父母学級なども開設されました。これらを整理し直して乳幼児親子を意識した子育て支援事業へと本格的に流れを変えたのは平成10年代に入ってからでした。児童館と学童保育の歴史は、そのまま私が生きて来た時間と重なる部分が多く、時代の流れを直に知る者としては、大変興味深いものでした。児童館の歴史を頭に入れて地図を片手に各児童館を訪ね、区内を歩いて見ると……。もともと起伏に富んだ地域が多い区内ではありますが、地域によって街の造りそのものが違うことにかなり面食らってしまいます。区画整理がきちんとなされたところもあれば、まだまだ未整備なところもある。そこに、その地域の歴史、住む人々の意識などが垣間見えてきます。それらをより具体的に知らしめてくれるのが児童館での取材。直にお話をお聞きしていくと、地域ごとの問題点がさらに具体的に見えてきます。同じ自治体内で、日本の縮図と言っていいほどに、地区ごとに地域性や文化が違うことはあらかじめ想像していましたが、実際に目の当たりにすると、抱える問題点などを考えただけで一つの区に収まっていることに無理があるんじゃないかと、思ってしまうことも。取材への道すがら、編集メンバーのNさんと区の分割案について討議していたこともありました。取材が進むにつれ、児童館の建物自体にも変遷があることがわかります。保育園併設が続いた時期があれば、高齢者施設併設の時期がある。これもまた、その時代を反映してのことでしょう。取材先ではNさんとともに、館長さんや職員さんと、どうしたらもっと地域の人々の協力が得られるようになるのかなどなど、児童館の未来について語り合ったり、乳幼児プログラムで来館者とともに体操や工作をしたり……。全館回って頭の中にリアルな地図が出来上がったところで、思い入れがなかったはずの街に、親しみを感じていることに気づきました。冒頭で書いたように、街に、というよりは、そこで働く、あるいは住む人々に対して、共感と好感を持っている、と言ったほうが近いかな。51館すべて回るような物好きは私たちくらいだろうって?いいえ、先に“偉業”を成し遂げた人がいたんです。児童館の図書室に置かれている漫画の種類が少しずつ違うことに気づいたある小学生が、漫画を求めて児童館行脚、全館制覇してしまったとのこと。取材の間に会えるといいなと思っていましたが、手がかりすら得られず、残念。何かと問題の多いところではありますが、縄文時代から人が住み続けて来ただけあって、暮らしやすいという点ではお勧め出来ると思います。どうです、ここで一緒に何かやりませんか?
November 14, 2007
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今日大学で、3年生の女子2名、男子2名に「将来、どんな仕事がしたいの?」と聞いたら、女子2名が、「高齢者施設で働きたい」と言い、男子1名が「公務員」と言い、もうひとりが「ボクは企業」と言った。そのときは、へー・・・なんて、適当に周波数をあわせて聞いていたけど、あとで振り返ると、結構おもしろいなと思った。女子は、NPOなのか、社会福祉法人なのか、行政施設なのか事業体のカタチは何も言わずに、「高齢者施設」でケアの仕事がしたいと言い、男子は、どういう事業なのかをまったく言わずに、公務員、企業と自分が納まる組織のカタチを言った。いいとか、悪いとか別にして、なりたいものを聞かれたときも、アプローチの仕方が全然違っているんだろうな。わたしは、なりたかったのが、「ライター」だったので、大学4年生の時点で、たまたま知り合った地域情報紙をつくっている女性が見せてくれた「フリーランスの本」を読んで、「これしかないのではないか?」と思っていたような気がする。で、てんで就職活動に身が入らなくって。お給料のいい会社、男女差別がない会社、やる気を認めてくれる会社ってことで、R社を選んだ気がする。(あいた時間に文章修行をしようと思っていたのだ)・・・ライターにはなれたけれど、雇用の不安定さに結構困ったし、組織とかマネジメンととかはあとづけになってしまい、いま、苦労している。ハコに納まった人もまた、「本当にやりたいことは何か」と自問しているんだろうと思う。たぶん、どっちも必要なんだと思う。ところで。ワークライフといえば、ワークライフバランスなんだけど、ライフワークといえば、「一生の仕事」となる。わたしのライフワークってなんだろう?雲間からちらっと見える月みたい。(昨日のテレビで「地球の出」と「地球の入り」が 映っていて、ちょっと感動したけど)そんなことを思った。PS.泰葉さんの離婚会見を見た。小朝さんとか弟たちは戸惑っているのがありありだったけれど、彼女の気持ちはなんだか、わかるような気がした。「大好きだけど、離婚します」。切ないけど、ある、と思う。お手伝いさんを雇えばいいとか、そういうことではないの。もう、十分やったから、もう、いいでしょう?わたしを「わたし」でいさせて。泰葉さんは賢い人だなあと思った。そんな彼女の願いを聞き入れた小朝さんも大した人だと思った。こういう離婚が、これから増えるような気がした。
November 14, 2007
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amigoの石山です。インフルエンザがすでに流行っていたり、お腹の風邪が・・・という声が耳に入ります。我が家ではムスコの調子が微妙・・・。体調が悪いときは如実に「べったり」モード。昨夜4つ葉の日記までたどり着けず、今朝もこっそり起きたのにはっと気付いて背中にべっとりしてます。・・・ここで大泣き(私が見てくれないから)・・・リンゴを剥いて食べ始め、つかの間の時間が生まれました。今日は登園できるかな?とか、こういう場合は誰にお願いしようかな?とか、色んなことが頭をよぎります。夫は単身赴任中につき、こういう場合は登場せず。以上、リアルな実況中継でした。最近、本当に目につく「子どもを産むのは楽しい!」という女性雑誌。一般的な女性雑誌でも何誌もが特集してますよね。取り扱いは様々で個人的には????て思ったりすることもありますが、最近発売され某女性雑誌の特集はどことなくソリが合うものでした。出産、育児を取り巻く施設(東京において)やモノなど消費に結びつく部分は4年前に生んだ私の頃よりも、ずいぶん充実している印象。たった4年でも、そう感じます。でも、子育てを4年してみて思うことは施設やグッズの質量の充実だけでは足りないものなんですよね。昨日の川越在住、双子のワーキングマザーさんが書いていた「地域ネットワーク」なんかもその類。母親のメンタリティのあり方とか。それらは「お金=消費」では解決しきれないものだったりする。母親も育児も「お洒落」なだけでは、やっぱりちょっと寂しい。消費のその奥、お洒落な育児のその奥にあるものが気になります。「リンゴを食べたら寒くなった」とムスコに呼ばれました。そのとおり。本日はこの辺で失礼いたします。
November 14, 2007
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今日は担当日じゃ泣けど、昨日が埋まっているし、もうすぐ12時だから勘弁してね!日曜日はチビたちはガールスカウト長女は受験、で、アタクシはひとりで渋谷に試写会に・・とても楽しいイチニチでした。帰りは、ビビンバ食べて、おなかも一杯。ちょっとグロッキーでしたけどこれで救われたカンジ。先週は本当にみんなに助けてもらって乗り越えました~。月曜日、火曜日は12時帰宅。水曜日は朝、6時半から会社入り夜11時まで仕事して、翌日から朝7時の新幹線で研修場所へ。1泊して・・・。その間は子どもはお友達のお家に預けてました。我が家のチビ助1年生の癖に、たしざん、ひきざんが今ひとつなんです。預かってくれたお友達はチビさんたちの出来に気づいてくれて、来月から、学童に迎えに行って家庭教師までしてくれることに・・・。持つべきは友達ですわん・・。地域のつながりってホント大切。みなさん、大切にしてます?働いていれば、働くほど重要ヨ。そういえば、スギヤマセンセイは、昔から地域に強いけど今もS区でがんばっているし、ここのブログにいる方は地域の活動に皆熱心。ネットワークが広がりますよ~。お勧めでございます。
November 13, 2007
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杉山です。金曜日、西東京市の講座を終えて、ひとつ内閣府の会議に出席して、一路山口へ!湯田温泉の温泉につかるヒマもなく、とうきょう子育てねっとメンバーは、山口ハッシュの井出崎さん、宇部市の課長さん、厚生労働省少子化対策企画室の室長さんと10日の打ち合わせ。10日の次世代育成協働フォーラムin山口は、すばらしかったです。行事が重なったこともあり、申し込みがなかなか増えず大丈夫かしら・・・・と心配したのですが、立ち見が出るほど盛況で、県や市町村の方たちも話を聞きに来てくださっていたご様子。午前中のパネルも、県の部長さん、宇部市の課長さん、世田谷の松田さん、山口の井出崎さんが登壇することで、県のやるべきこと、市町村のやるべきこと、NPOのやるべきこと、協働の姿が見えてきてかなり内容の濃い話ができたんじゃなかったかしら・・・と、コーディネートしながら、楽しませてもらいました。午後の分科会も盛り上がった様子で、やっぱり「思い」のある人たちが成功させたいと思って作り上げたきたものは、伝わるんだなーという気がしました。かなり無理をお願いしたと思いますが、どうにかこうにかNPOと行政の協働のかたちはつくれたのではないでしょうか。山口のみなさん、本当にご苦労様でした。反省会、行きたいです。・・10日の夜は、新山口の駅前の白木屋で、わははの中橋さんと中橋さんのお知り合いの女性社長さんと密会(って書いちゃったら、密会じゃないし)。柄ものワンピに柄ものコートを羽織るわたしを見るや「柄オン柄ですね!!スギヤマさん・・・・素敵です」「ほんとか! 悪かったワネ。柄オン柄で」と、またしても本題から外れたトークをしたかったのだけど、忙しいわたし達にそんな時間はナイ。40前後のいい女が3人。なぜ新山口? なぜ白木屋?ようわからん。で、「時間だわ」と2時間程度の打ち合わせを終え、中橋さんは香川へ、社長さんは長崎へと帰って行かれた。(まったく不思議な新山口の夜なのだ)・・・・・・・・・・・・・・・不思議は続く。翌日曜日は、なぜか、広島からフェリーに乗って呉に行った。海とか船に乗るのが好きなわたしは、かなりご機嫌。島も好きだ。呉を案内してくださったKさん、わたしに会いたいと山口のフォーラムにまで来てくださった宮崎さん、どうもありがとうございました。そして、夜は、昨年の広島での協働フォーラムの実行委員のみなさんと合流し、おいしい食事とお酒の宴。実行委員長を務めてくださった県庁のYさんが、みんなに声をかけてくださったそう。県のその後の協働の取り組みなどを話してくださり、つながったこと、みんなそれぞれの場所でがんばってくださっている様子をみて、パワーをいただいた。こうしたネットワークのお仲間に入れていただけたことに、しみじみと幸せを感じる山口も、今は一休みして、また復活したら、引き続き、がんばってほしいな。広島に続けっって感じで。・・・・・・・・・・・今日は、出張最後の日。午前中は、呉の「ひろひろば」を視察させてもらい、センター長のNさんのこれまでの子育て支援のかかわりをうかがう。呉とは、ご縁があるわたしは、7,8年前に実は呉に取材に来て、Nさんにお目にかかっていたんだよねー。それから、ここまでに呉の子育て支援の環境が整備されていくなんて・・・。すごいことだー。Nさんのすごいところは、色んな人たちをつなげたり、市内の育児サークルのネットワークづくりを応援したり、若いお母さん達を子育て支援に巻き込んでいったりといったことができるシニア女性であることだ。「わたしのような動きをしちょる人は、まだまだたくさん おるはずじゃ」と、おっしゃってた。縁の下の力持ち的な方だけに、なかなかオモテに出てこないのだけど、そうした人たちの支えがあって子育て支援のかたちが整っていくのだと、改めて思う。午後は、東広島市の子育て支援ネットワークで講演。広島大学のN先生が「学者っていうのは、どうもうさんくさいもので」と、おっしゃったのが、かなり印象に残っていて、「学者ってのは、うさんくさいんだ。なるほど」と、納得させてもらいました(笑)。「元気元気ママをダメダメママにしないでね」という相変わらずのフレーズを繰り返したのですが、「そういう癒しやもてなしのほうが、お母さん達は 喜ぶんですよね」という質問が出された。そうだと思うよ。わたしも。子どもをみていてくれて、お茶出してくれて、相談事すれば、全部親身になって答えてくれて、遊んでくれて、なんかそこにいたら、「ママらしいことした気分」になるし、時間もつぶれるし、やった感もあるしね。でも、それって、国民の税金使って、ただでやること?ってこったな。加減の問題。際限なく与え続けて、どうするよ。虐待予防の意味もあるんだったら、無料で提供するのをそこそこでセーブするのも、支援者のセンス。日本はそんなに余裕はないし。下手すると、母親のニーズも聞かないで、おしつけのプログラムをして支援者の一芸発表会になっているひろばもあると聞く。お母さんだって、ある程度落ち着いたら癒しは卒業したほうがいいし、次の人たちにその恩恵をゆずるべきだ。帰りがけわたしを空港まで送ってくださった保育士さんは、保育士資格をとって、しばらく専業主婦で子育てしてそれからまた保育士として復帰したと話してくださった。「子育て経験が、キャリアになりますね」と言ったら、とても喜んでくれた。子育てに専念していた時期のことや、もう一回保育士の仕事をしようと思ったんよという話が、きっと今の母親のキャリアプランやライフプランの参考になると思う。子どもの人生と、あなたの人生は別物よと、ちゃんと教えてあげないと、本当の意味で母親の孤独は解決されない。あなたはあなたの荷を背負うのだと、ひとりひとつ。誰も代わりに背負ってはくれないのよと。それをわからないで、いったい、どんな子育てができるだろうか。何を子どもに伝えることができるのだろう?宮崎さん、わたしみたいになりたいと言ってくださって、ありがとう。光栄です。励みになります。専業主婦で何もなくて、キーボードも打てなかったわたしでも、がんばればこういうことができるんだよと、やっぱりわたしのすべてで伝えたくて、「あなたたちだって、本当はできるはずだよ」と、言うときは、やっぱりマイク持つ手が震える。全員には、たぶん、伝わらないだろう。10人中1人に伝わればいいほうだ。まあ、残りの9人は癒しが好きで、「税金使ってでもわたしを癒して」と、言うとしても。(最近、10分の1の確率が、もう少し高まってきてい るのを実感するけど)でも、その1~2人には、確実に伝えたい。そのためには、何でもする。それって、N先生では、たぶん、言えんことなんだろうなーと飛行機のなかで、ちょっと思った。
November 12, 2007
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昨日ですが、オランダのイエナプラン教育のお話を聞きに、法政大学の富士見キャンパスまで行ってきました。今年の2月のユニセフの報告によると、先進国の中で子どもの幸福度が最も高い国が、オランダだそうです。イエナプラン教育についてはご案内文を抜粋。「イエナプラン教育は、1920年代にドイツでペーター・ペーターセンという教育学者が創始した、個別の子どもの発達に主眼を置いたマルチエイジグループを基本とした学校教育です。60年代にオランダに紹介され、「教育の自由」が豊かに保障されたオランダで、本国ドイツでよりも急速に普及し、オランダ人教育者によってさらに広く深く発展していきました。過去40年間に渡ってオランダの学校教育の変革に多大な影響を及ぼし、現在、人口わずか1600万人のオランダに、200校以上のイエナプラン校が存在しています」まず、和やかで家庭的な環境づくりを目指していることが、日本の学校とは違うなぁと感じました。その他にもたくさんのヒントがありました。教育というと大げさだけど、自分も小学生父なので、学校についてはとても興味があります。父としては毎日楽しく通ってくれれば、それだけで充分なんですけど。そういえばゆとり教育の見直しがされ、総合的な学習の時間が減って、国語、算数などの授業時間が増えるようですね。自分たち大人は今の子どもたちに、どんな大人になってほしいんでしょうか。教育をとおして、何を伝えたいんでしょうか。もちろん子どもも入れて、そんなところからみんなで話しても、いいような気がしています。
November 11, 2007
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sereno葦澤です。先日、フランス在住の同い年の友人から「明日出産の予定」という知らせが舞い込みました。どうだったかな~?と気になっているのですが、フランスでの出産エピソードや、子育て環境についてもいろいろ聞いてみたいな。その後の連絡を楽しみに待っているところです。それにしても今年は、私の周りで同い年くらいの友人の超出産ラッシュ。6月のタウンミーティングの日に出産した友人を皮切りに夏にも、今月、来月にも、と立て続け。新生児フェチの私としては、微笑ましいやら羨ましいやら。…なのですが、同時に「初出産年齢がこんなにもあがってきているのね…」と複雑な気持ちでもあります。* * *その原因の分析は、厚労省はじめ至る所でされているだろうと思うのですが、「産んだあとの環境に不安がある」というのとは別に、男女の“子どもを持つことが可能な年齢”の差というものの大きさも感じます。同い年くらいの友人が男女取り混ぜて集まっても、女性陣は「今を逃したら子どもを産めるか不安」と思っているのに対し、男性陣は「子どもはいてもいいかもしれないけど今じゃなくてもなぁ」と、いたって呑気。そりゃ、あんたら(男性)はあと20年くらい可能性があるのかもしれないが、こっち(女性)にはそんな余裕はないんだよ!!という話になったりします。↑これ、友人同士だから“人ごと”として和やかに話せるけど、恋人間・夫婦間の話になると、かなりシビアですよね。「この歳になると必ず相手が“結婚”を考えてると思わなきゃならないから」と、恋をすることにさえ消極的になっている話も聞こえてきたり。それって、やっぱり“男の俺が家族を全員養わなければならない”と思ってるから、なのだろうか。本当はそんなところも突っ込んで聞いてみたいと思いつつも、そして「そんなふうに気負わなくても大丈夫なんじゃないの?」と言ってあげたいと思いつつも、現実問題としてその人にとって難しい環境なのだろう…と思うと、強くも言えない。* * *そんなことをつらつらと考えたりするなかで、友人たちの妊娠・出産の話を聞くのは本当に嬉しい。たくさんの子どもたちが、幸せにこの世に産まれて来れますように。そして、元気に育ちますように。心からの願いです。* * *そうそう。願わくば私も息子が欲しいです。これから相手を探して~、という状況なのですが……間に合いますかね?(笑)
November 10, 2007
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杉山です。今日は久々に新宿区民会議でお世話になった区職員のKさんと、早稲田大学の卯月先生と再会の宴でした。えー、先生、新宿区の公園をワークショップで見直すお仕事されてるんですか?「公園づくりは地域づくり」なーんちゃって~。いま、西東京市で講座をさせてもらっていて、例の公園の噴水が止まってしまった件は、参加者のお母さん達にとっても大問題だったようなんです。現場見てみないとなんとも言えないな。あ、そうか!現場みないとですね!・・・・・・・・・・今、シュタイナーの勉強していてね、今度シュタイナーの幼稚園をつくるんだ。ミニミュンヘンの活動も確実に広がっているとのこと。聞くだにわくわくするワード。・・・・・・・ユニバーサルデザインのほうでお世話になっているN先生、A先生「うわ、よく知ってる」「え。先生のお知り合いだったんですか?」そういえばお昼もナカハシさんからの電話で、H先生、Y先生のお名前があがり、ひー。世の中狭すぎ~~の感あり。・・・・・・・・・・・・・全然違う分野なのに、共通のテーマに取り組もうとしているわたしたち。様子うかがい。互いの見方の探りあい。このおもしろさ。ものの見方の違いと、そこからわかることの多さ。形而上の世界も確かにおもしろいけれど、誰もが、一定わかり、そして一定評価ができる、かたちあるものをつくる魅力。そのプロセスこそ、重視すると卯月先生。いずれは一緒に何かできるといいな。子育て支援のネットワークとまちづくりの人たちとで。どっちが上とか下とかではなく、互いを尊重する気持ちさえあれば、きっとうまくいく。明日はいよいよ山口入りです。井出崎さんはじめ、山口の実行委員会のみなさんが本当にがんばってくださって、集客を呼びかけてくれています。子育て支援のNPOでは「動員」なんて手、ないもんね(笑)。誰かに指示されて、とにかく行かなくちゃいけないのよ・・みたいな人はいない。ただただ、説得するしかない。「行こう」と思う人しか来ない。みんなと一緒に、山口のこれからのことを考えたいと思っています。あ、そして、12日は呉と東広島市での講演です。午前中は子育て支援センターを運営中の当事者のお母さん達との座談会、午後はは専門家や職員さん向けの講演。1年ぶりの広島です。どうぞよろしくお願いします。
November 8, 2007
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こんにちは、高校生の母です。恭子さんがご案内を書いていらした「健やかの産褥期のためにできること」、私も受講しています。16年前のたった一度の経験だけに、個人的にもいろいろと振り返ることがあり、なかなか刺激的です。最終日もとても楽しみにしています。利用したい人が施設に出向く形でしか利用する術がない行政サービスが多いなかで、育児・子育てにも、かつては当たり前のように利用していた往診のように、必要に応じて訪問してくれるサービスが欲しいなとずっと考えてきました。「こんにちは赤ちゃん事業」のように、国が方針を打ち出してくださると、それを後押しに一気に広がっていきそうで、とても期待しているんです。地元の公的子ども関連施設と関わり始めて5年。関わり始めた当初は、公設公営でありながら、区民の意見をも反映しようと行政担当職員と区民による運営委員会が設置されていました。区内で初めての子育てに関わる総合的な施設だったので、作業部会では、事業内容などによっては、担当職員と担当委員が一緒に協議する場面もありました。(現在は、立ち上げ当初の役割を終え、 新たな役割を担うべく陣容を変えて活動しています)あるとき、行政担当職員から、東北の大学から取材にみえる学生さんに向け、施設の立ち上げ理念などについて、区と一緒に子育て支援に携わる区民の立場から話をして欲しいと依頼がありました。社会学を学ぶ学生さん3人は、みんな女性でした。対応したのは、一緒にカナダに行った仲間と私の区民委員2人。マスコミなどでは子育て困難な現状が報道されているけれど、現場ではどのような対策なり対応をしているんだろう。大まかに言えば、取材の目的はそのようなことでしたが、施設の立ち上げ趣旨や事業概要などをお話ししていくうちに、なぜ、相談やファミリー・サポート・センター機能を備えた子育て関連施設が必要なのか、今ひとつ、腑に落ちないように感じられました。「みなさんは、今現在お住まいのところで、 生まれ育ったのですか? 」そう尋ねると、3人とも頷きます。なるほど、と納得したところで、次にこう質問してみました。「結婚して、知らない土地に引っ越し、 そこで赤ちゃんを生み育てることになったら、 どうしますか? 」一人の学生さんの顔が上がり、「地縁も何もないところでは、確かに不安です。 きっと、この施設のようなところに、 いろんなことを教えてもらいに行くだろうと思います」微笑みながら答えてくれました。もしかしたら、慣れ親しんだ土地で、ご近所で子どもを生み、育てていらっしゃる様子を間近に見て、育ってきた方々だったかも知れません。「私も、同じように地域の知り合いに囲まれて、 子どもを育てていくのだ」というイメージを持っているなら、確かに、子どもを育てるにあたって、相談相手にも子どもの預け先にも困らないはずなのに、「なぜ? 」と考えても不思議はありません。けれども、将来どんな仕事に就いて、どのような人生を歩むか、実のところは、まったくわからない。これから社会に出て、いずれは子どもを生み育てることになる彼女たち。どのような人生を歩もうとも、そして、どこに住むことになろうとも、安心して子どもを生み育てられる環境であって欲しいな。取材はそんな思いを共有したところで終了しました。杉山さんや奥山さんたちが参加し協議を進めている「子どもと家族を応援する日本」重点戦略検討会議は、まさしく、こうした願いを実現させるのが目的の、大切な会議だと受け止めています。もちろん、仕事と子育ての両立は働き方の見直しという労働や雇用の問題、ひいては産業や経済の問題とも密接に関わっています。労働問題の歴史一つ振り返ってみても、とんでもなく困難な道かもしれない、と思います。ただ、全国どこに住んでいても、医療機関に行きさえすれば、誰もが医療を受けられる制度があるように、誰もが安心して子どもを生み育てるのに充分なサポートが受けられる制度があるといいな、と、強く願っています。そのためのメニューが、残念ながら足りないというのが、地元の現状です。メニューを整えていくことが、この先の私たちの課題。運営委員会を離れた後も、こだわり続けていきたい宿題です。
November 7, 2007
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amigoの石山です。先日世田谷南ロータリークラブ主催の“あの”佐々木正美先生の講演会がありました。児童精神科医であり、「子どもへのまなざし」の著者でもあるあの佐々木正美先生です。子どもの世界から見る社会、子どもの心を見つめる時間になりました。内容もさることながら、お話のトーンやペース、抑揚といいウィットといい「講演」ってこういうものよね、とフムフムしていた私。講演の始まりのつかみはこんな風に・・・。・・・総じていいますと・・・日本は今、世界で一番次世代を育てない国になっています。というフレーズが。男女とも平均寿命が世界トップレベルでありながら、合計特殊出生率は世界で最も低い、この状態。個々人の事情が様々であることは承知しておりますが(とセンセイは前置きされていました)でも、総じて言うと世界で一番次世代を育てない国民であり、子どもを育てる力を失った国、意欲、気力、活力のない人、子どもが多いのだ、と。だ、な。高校生への調査ではQ、自分のことをダメだと思うか?にYESが73%。Q、自分には何一つ誇るべきものがないと思うか?にYESが53%という結果が出るそうです。中学生の「うつ」の発症率は10%にも及ぶそうです。「うつ」はかつて壮年期の病であったそうです。自分が誇りに思うこと。これは「自分」に主導権があるもので、「自分が」誇りに思えるかどうかにかかってきます。少し前に、実は私も少し前にチョット惑っていた時期があり(笑)(ちょうどいた)夫に聞いてみました「私のいいところってなんだったっけ?」シンプルな、心の叫びでした。自分の誇るべきものが見つからないのは子どもたちだけでしょうか。どれくらいの世代から、自分の中に「誇るもの」を見つけられない人が増えているのか、知りたい。子どもを育てる力を失った国民に意欲、気力のない人々に何が必要なのでしょう?一つの答えは見つからないのかも・・・。どうぞ意欲をあおらないで、焦らせないでと個人的に思います。エンジンかけようと思ってアクセル踏んでもブルルンン!と火花が飛ばない状態の若い世代。意欲、気力は与えられるものではなく湧き出るもの。それは母性も然り。「今の母親は・・・」と思うこともありますが(思われてることもあるだろうな・・・)、じゃぁ、何でこうなっちゃったんだろう。言葉や知識で解決できるようなことは限られている。気力が、意欲が、母性、父性が自然に湧き出るような環境を整えること。支援者としてできることはそれかな、と思います。いろんなレベルの環境を整える。これって4つ葉だ効果の見えやすい作業、長い年月が必要な作業があると思う。支援者自身も、湧き出てないと(笑)いけませんね。自身の環境を整えることも大事☆--------------------------------------------最後に宣伝を・・・子ども未来財団主催、amigo企画の「健やかな産褥期のためにできること」最終回の講演会はまだ少し空席がございます。(保育に関してはちょっと厳しいです)子どもを授かった女性の人生において大きなポイントになる「産褥期」。繊細な時期であるからこそ、関わる価値というか関わり甲斐といいましょうか(英語にしてみるとworth to be withという感じのこと)は大きいです。先日、講師をお願いしているウェルネスライフ研究所の神藤多喜子先生と打ち合わせをしてまいりました。きっと、絶対、関わる人に大事にしていただきたいことを沢山お伝えできるいい講演会になると思います。支援者の方、産後ヘルパーとして活動中のかたお待ちしております。以下、講演会詳細です。【日時】11月14日(水)13:30~15:30【場所】北沢区民会館 北沢タウンホール 3階 第3集会室 (京王井の頭線・小田急線「下北沢」駅より徒歩4分) 【タイトル】産後の女性のウェルネスライフ【講師】神藤多喜子先生(助産師・ウェルネスライフ研究所所長)【参加費】¥2000お申し込みはamigoまでお願いします。定員になり次第、締め切らせていただきます。
November 6, 2007
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杉山です。うちの会社のサイトからリンクするかたちで、serenoな日々というブログを始めました。よかったらこちらも遊びに来てください。こっちは、「子育て支援」のことというより、そこからやや距離をおいて、わたしの仕事について、つらつら書いてみたいかなと思っています。これからのために、足元を固めたいって感じかなあ。やがて、大きくジャンプするときのために。
November 6, 2007
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今井です。子どもが生まれてから、あまり自分のための映画とかにも行かなくなったのですが、この前誘われて、墨田区立文花中学校の夜間学級を舞台にした、ドキュメンタリー映画「こんばんは」を観てきました。「こんばんは」のHPへjump!→お年寄りのクラスで、先生が一つ質問すると、みんなでああでもないこうでもないって、勝手に話しあったり、教えあったり。だから授業はなかなか進まないし、静かな教室じゃないけど、みんなわいわい授業をしてるのが。とても楽しそう。昼の中学生との交流授業のあと、フツーの中学生が「夜間のほうがなんか楽しい」って言ってたのが、とっても納得できた。そうだった、ほんとは学ぶことって楽しいことだった。それと、自分はフツーに字が読めて、簡単な(ホントに簡単な)計算はできるけど、戦争だったり、外国籍だったり、昼の学校にいられなかったりで、義務教育を受けたくても受けられない人が、この日本にもたくさんいるんだなってことも、改めて考えさせられました。教育は権利じゃないの?あとは自分の目でぜひ。みんなにとってたいせつな居場所で、とても温かい場所である学校。そうそう、不登校の「しんちゃん」の姿には、中学のときのクラスメートの姿が重なり、その笑顔に涙を止めることができませんでした。うちは教育界では有名なあの足立区ですが、小学校は地域に大事にされている、とても下町チックな学校です。今日も自治会連合の運動会を学校でやりましたしね。そう遠くない先に、小学校の体育館で生徒、先生、親、地域の人とこの映画を観て、「やっぱり学校って、教育って、スバラシイです!」って、エンドロールを観ながらみんなで泣きたい。
November 3, 2007
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子育て支援グループamigoを立ち上げるとき、仲間で想いをつらつら語りあい、最後に文章にまとめて「設立趣意書」にした。その2ヶ月後、イベントに遊びにいらっしゃいませんか?とお誘いのFAXをいただいたのに、そのイベントに無理やり出展させてもらい、(今思うと厚顔無恥)その設立趣意書をブースに意気揚々と掲げていたら、みずべの新澤拓治さんに「君たちこれ自分で考えたの?だったらぜひこの本をよみなさい」と小出真美さんのドロップインの本を紹介された。「うわ、もうカナダではやっていることなんだ」と正直思った。(まじめな私たちはちゃんと本を買って読んだ。それは偉かったと思う。当時長男が2歳次男が0歳だった私には本一冊読み終えるのも大変な作業だったが、なにより知りたい気持ちでいっぱいだった)でも、先駆者がいるのだ、方向性は間違っていなかったと喜びに震えたのだった。そして私たちが誇りに思ったのは、自分たちで構築した考えや想いを実践する場を持つことができたということだった。(amigoはH13年設立当初から、家賃をはらって電話をひいて、常設の拠点を持って活動をはじめた。)遠回りしてでも、自分でたどりついたものへの手ごたえ。自信。それが私たちを支えた。それが普遍の法則であろうとも、時代が繰り返していることであろうとも、自分たちにとっては、新しい「解」であるということ。賢い人は学んで近道を知って先をいくかもしれないが、多くの人はそうではない。なにより自分の手でつかみとったというプロセスは、そのまんまその人の財産になる。「解」以外の大切なものがそこにたくさんくっついているから。今、何かを成し遂げようと向かっていく人はそれだけで尊い。そう思うんだ。4つ葉プロジェクトってそういう人があつまる場所なんだと思う。あのとき、新澤さんは、わたしたちのつたない設立趣意書を笑い飛ばさず、やけにマジな顔をして真剣に読んでくれた。正直言うと「なんか怒られるのだろうか」とドキドキしていたのだけれど、おだやかに丁寧に、先駆者や先進事例を押し付けではなく教えてくれた。(これぞ子育て支援!)私たちも、「なあんだ、もう誰かがやっていることなんだ」とハスに構えず、素直に受け止め、勉強するチャンスが増えた。自分でコタエにたどり着くまでが大事。誰よりも速く答えにたどり着くことではなく、自分自身でその答えにたどり着くこと自体が尊い。だから、だれかが解いてくれたからもう解かなくとも良い、ということではないのだ。誰かがだしてくれてしまっている「解」を、自分のものとしてもう一度出しなおす作業はきっとしんどいだろうなと思う。前任の担当者が進めてきた、予算がついていてやることだけは決まっている事業とか(笑)方程式で答えはすぐわかるけど、つるかめ算で図をかいてもう一度答えをだすようなイメージかな。そのプロセスを、手を動かして体で感じる作業が必要なのかなと思う。世の中、「速さ」と「便利さ」ばかりが求められてきたけれど、速さと便利さが私たちから奪ったものはなんだったか?手間隙かけてやってきたこと。遠回りしてでも、手で紡いでいく。私が求めている世界は、きっとそうやって手に入るのだと思う。今までも、そしてこれからも。やっぱり自分で確かめながら、たどりついていきたい。
November 3, 2007
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こんばんは。また日付が変わってしまいましたが、金曜日担当、葦澤です。ネットでニュースを見ていたらこんな記事を見つけました。先々週の大正大学での講義のとき(↑記録係として杉山さんに同行してます)、学生さんからの質問コーナーがあったのですが、そのときに「産科医・小児科医が減っている」ことについて話題になっていたのです。なので、ちょっとタイムリーな記事だったのでした。授業の様子を見ていると、学生さんたちが子どもと大人のちょうど真ん中あたりでいろいろ考えて、希望を持ったり、不安になったりしていることが窺えます。赤ちゃんポストや最近の遊びの傾向などから、「子どもはちゃんとすくすく育てる環境なのだろうか」と、かつての自分と重ねて“子ども側の視点”で世の中を心配していたり。「私たちはこの先、本当に安心して 子どもが産めるのだろうか」とこれからの自分の将来を見据えて“大人として生きる視点”で社会のことを心配していたり。まだまだスポンジみたいに柔らかくて不安定だけど、これから何にでもなれるんだね、キミタチは!……なんて、眩しく見ながら応援している私です。それにしても、自分は、こんなにもふわふわしていたころにハハになったのだねー。きっと、いっぱいいっぱい支援が必要だったに違いないね。なんて、たまにしみじみもしてみたりして。* * *子育て支援を離れた仕事先でも、学生アルバイトさんと接する機会があります。でも、どちらの場にいる彼ら・彼女らも、今すぐ子どもを持つなんて思ってはいないだろうし、まだまだ時間はたっぷりあるって思っているんだろうな。上記のニュース記事だって、25歳以上限定の人をターゲットにしたフリーペーパーで「あなたもいずれは子を持つ身」ってしめてますよ。それってどーなの?…と首をひねってしまいました。「今どき子どもを産むのは30過ぎてからでしょ?」「お金があるから子どもを産む(産める)んだよね」「少子化が進む一方で、子どものことは金にならないしね」なんていう価値観は、スタンダードにしてしまわないでほしい。たとえ20代前半であっても、望めば不安なく子どもを産めるような環境になってほしいなあ。「もしかして子どもができたかも…」という事態が起きたときに、将来が真っ暗に思えてしまうような社会ではあってほしくない。「新しい命が産まれること」を誰かから押し付けられるものではなく、心から喜べるようになるにはどうしたらいいんでしょうね?新しい命を授かった人に、「おめでとう!よかったね。 働き続けながら、子どもも育てながら 自分の人生をこれからも思い切り楽しんでね! 支援のメニューもたくさんあるし、大丈夫」と、まわりみんなが素直に(空虚な励ましとかでなく)お祝いを言えるような社会がいいなぁ~。(なんだかリブラの台詞みたいですがw)昼間働いていても、夜に小児科に駆け込まなくていいように、「医者が閉まる前に、ちゃんと連れて行ってみてもらいなさい」って、早退を進めてくれるような同僚や上司がいいなぁ~♪なんて、つらつらと考えてしまった週末です。
November 2, 2007
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杉山です。お知らせです。「子育て応援とうきょう会議」のメンバーになったこともあって、普段以上に「東京」を意識しています。今回は、はじめて「とうきょう子育てねっと」の肩書きで参加させてもらいました(喜)。で、とうきょう子育てねっと実行委員会では、こども未来財団さんと協働で、12月15日、16日の連日、西巣鴨の大正大学をお借りして、次世代育成支援協働フォーラム東京版を開催します。15日が「東京の課題」、16日が「全国の課題」というイメージで考えております。詳細は決まり次第お知らせしますが、秋田、群馬、山口のフォーラム実行委員会の方々をお招きしての報告会も予定していますので、乞うご期待。・・・・・・・・・で、昨日、とうきょう子育てねっとが、まちづくり三鷹さんと協働で運営しています、杉並子育てサイトがリニューアルしました。杉並子育てサイトなみすけに、ぐっっときているわたしですが、ナミーもかわいい杉山は、特集記事を書かせてもらっています。次号は虐待防止に関する記事です。(昨日、杉並の子ども家庭支援センターに取材に 行ってきました。)杉並区在住の方はもちろん、他地域のみなさんもぜひチェックしてみてくださいね!まちたか&とうきょう子育てチームは、全国各地の子育てサイトづくりの応援をしますので、お問い合わせもお待ちしています今日たまたま東京駅を歩いていたら、大丸デパートのオープンに先駆けての内覧会が行われていて、駅中の大きな柱に掲げられていたポスター。ちょっとグッときました。東京が元気じゃないとね。東京に魅力がないとね。東京が地域のエネルギーを全部吸い取るイメージではなく、東京の良いエネルギーを、全国に流していくイメージだといいんじゃないのかな?と思っています。で、午後は、ホテルにてタケカワユキヒデさんとの対談。記事が出たらまたお知らせしますが、タレントさんだからとか、そういうこと抜きに、本当におもしろかったです。さすが「ガンダーラ」の人だ~。(「999」映画館で観たよ~)このところ、本当にあわただしくて、ぜいぜいだったので、これはきっとご褒美だと思いました。
November 2, 2007
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月並みなタイトルですが、おっ、もう11月か!11月の割には気温が高めっていうこともあるのかもしれないけれど、夏が来るなぁ~と感じ出してから、すごい拍車でダッシュしつづけて、ハっと気付いたら、年賀状を売ってる、みたいなカンジです。子育て支援のジャンルに飛び込んで一年半足らず。加速度がついてきたのはいいが、走り続けることも意識しないとなぁ~。こないだも、お互いそう若くはないんだしね~と、杉山さんと労わりあってしまった時間に追いまくられる仕事が続いていたから、ちょっと点検すべき時期だなぁ~と、ふと、そんな気も。40を過ぎて、本気で挑戦できるのはあと十年かな?って思いつつ、来春には中間地点に。そういう意味でも点検時期。時間は誰にも平等にあって、どう使うかは自分次第。一見、外部からの不可抗力のように見える要因もあるけど、その時々にどう選択して、どう行動するかは自分次第。常に最善の選択をしているか?それができる心の余裕も必要。(今ちょっとない?それとも、逆に冴えてる??どっちだ?)立て込む仕事の合間に、研修サービスをさせていただくと、自分の口から言う言葉が自分に跳ね返ってくるなぁ。全て己に向けている言葉なのかもしれない。だからこそ伝わるのかもしれないけれど。
November 1, 2007
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