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多感な高校生時代をアメリカで過ごした私は、中学の頃からのめりこんだ洋楽には特別な思い入れがあります。特に80’s!9月末、とある知り合いのサイトでロバート・パーマーが急死したことを知り、呆然としてしまいました。まだ54歳という若さで・・・。アメリカに住んでいた頃、"Some Like It Hot"、"Addicted to Love"、"Get It On"などでロバート・パーマーというアーティストの存在を初めて知りました。中学生の頃大ファンだったデュランデュランとのつながりもあり・・・。ああ、一度ライブを聴いてみたかったけれど、もうあのパワフルでセクシーなVoiceを生で聴く事はできないのですね・・・。早速ベスト盤を購入し、今月はロバートパーマー追悼月間ということで、通勤バスの中で彼の音楽に浸っています。http://musicfinder.yahoo.co.jp/shop?d=p&cf=12&id=188471
2003.10.29
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Mr.クデギの仕事柄、日本の観光客を見る機会が多いのですが、最近韓国語を普通に話す日本人が増えていると感じます。昔から、在日の方や留学生など、日常会話程度をこなす人は見かけましたが、最近はまったく韓国と無縁そうな人でも、発音は上手ではありませんが、ペラペラと韓国語を話していて、驚くことがあります。これも日本での日韓合作ドラマの放映や、韓国ブームの影響でしょうか。しかし、最近特に目立つのは、そのような一般観光客の話す韓国語がひどくぞんざいなことです。韓国語には、「尊敬語」と「丁寧語」「ぞんざい語」などが明確に区別されていて、目上の人や初対面の人には無条件に尊敬語を用いなければなりません。ところが、日本の観光客は、初対面の、しかも自分よりはるかに年上である韓国人に向かって、「あのさぁ~」といった感じのぞんざい語、つまり「タメ口」を利くのです。この話をMr.クデギにしたら、「僕も同じことを考えていたよ」と言います。周囲の韓国人も、最近の日本人の崩れた韓国語には閉口しているそうです。私が韓国語を学んだ頃は、個人差はありますが、NHKその他の教材で独学したり、語学学校に通ったりしながら、まずは「尊敬語」の基礎を叩き込まれます。ですから、極端な話、子供に話し掛けるのに「今お家にお帰りになられるのですか?」などと言ってしまうほど、尊敬語が体に染み付いています。しかし、最近の日本の若者(30代くらいの人もいましたが)の話す韓国語は、どこで習ったのか知りませんが、完全にその基礎が崩れた状態で、誰にでも友達のように接するのが良い事だと思っているのではないかと思えるほどです。日韓交流が進むのは良いことですが、相手の文化を尊重し、相手に礼儀を尽くして接してもらいたいものだと思います。どこへ行っても、一歩日本の外に出たら、日本代表なのだから・・・。
2003.10.24
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クデギとは、クドギの訛ったもの(?)で、意味は「うじ虫」。夫の幼馴染からつけられたニックネームです。なぜクデギなのかというと、姓が「具」=グ で、その下に○○と漢字二文字がついているからという、なんともいい加減な理由です。夫の幼馴染は、ユハを見ると「クデギ2(トゥ)!」と呼びます。ユハはいつしかそれを覚えてしまい、私の前で誇らしげに「クデギトゥ!」と言います(涙)。日本語に直したら、「うじ虫2(トゥ)!」と自分を呼んで喜んでる訳ですね・・・(号泣)。最近、Mr.クデギは家事育児にとても熱心です。朝子供を保育園に送っていくのはもちろん、私が仕事を終えて家に帰ると、洗濯物は干してあり、洗い物は済んでおり、部屋も掃除してあってピカピカ。おまけにこの間はレンタルビデオショップで「料理の本」を安く譲ってもらって来たらしく、家で料理の研究までしています。「今度この本の中からおいしいものを作ってあげるからね!」と張り切っています。この際、専業主夫になってもらおうかしら・・・などと思う今日この頃です・・・。
2003.10.23
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9月の一時帰国以来、韓国に馴染めずに苦労しました。道路に痰を吐くおじさんを見てゲー、暴走するバスの運ちゃんに「さっさと乗れ」と叱られてゲゲー、並んでいた列に割り込まれてゲゲゲー、些細なことにいちいち「何でこの国はこうなのよ~」というイライラが湧いてきて、とてつもない拒否反応を示していました。私の友人はこれを「韓国キライキライ病」と呼んでいます。2~3年に一度の割合で襲ってくる病気だそうな。私は留学中には数ヶ月に一度、この病気にかかっていたけれど、結婚してからは、在韓4年目の今回が初めて。それまでは適応しているつもりになっていて、感覚が麻痺していたのかしら・・・。今回は子供もジジババとの滞在を満喫したので、同じく韓国に戻って不適応を起こしました。保育園に行かないと毎朝パパと喧嘩しては、ママに泣いて電話をしてくる始末。こういうとき、側にいてやれないのは何とも胸が痛みます。しかし・・・母親の私がこれではいけないと思い、何か新しいことを始めようと思っていた矢先に、韓国国立国楽院で、外国人対象に伝統音楽や舞踊を無料で指導してくれるという案内を見つけました。「これだ!」と思い、早速申し込みました。カヤグム(琴の一種)やチャンゴ(太鼓の一種)、タルチュム(仮面踊り)、パンソリ(詳しくはこちらhttp://www.koreanavi.com/culture/art/sori/19991125-1.html )などがあり、私は迷わず「カヤグム」を選びました。カヤグムについてhttp://www.asahi-net.or.jp/~nr8y-ktu/kayagumu.htm 国立国楽院http://www.k-plaza.com/seoul/theater_02.html カヤグムは、私がいつか機会があったらぜひ習ってみたいと思っていた楽器でした。国楽院でのレッスンは9月27日にスタート。231名のソウル在住の外国人(3分の2が日本人)が、それぞれのクラス別に分かれて、各楽器や舞踊などを習っています。レッスンは毎週土曜日、10時~12時まで。カヤグムは、思ったよりもはるかに難しく、特に右の指で弾いた弦を、左の手でビブラートさせるテクニックが特徴的な楽器です。ビブラートは、パンソリの歌い手の声のビブラートに合わせるように、様々なスタイルがあります。先生はチョ ユンフェ先生と言い、印象としては、若い頃のアグネスチャンのような感じ。とても親しみ易く、可愛らしい先生です。そんなこんなで、私はどん底の気分から、少しずつ脱出しつつあります。ところで!9月27日はソウル市内を流れる川(漢江=ハンガン)で、日本の秋田県から花火師がやってきて、大曲花火大会を再現するというイベントがありました。私はユハを連れて早速見に行ってきました。場所が良かったので、目の前で花火を鑑賞することができ、最高の思い出となりました。それにしても、二次元ではなく、三次元の立体で迫る花火は、本当に迫力がありました。あの船の上から日本人の花火師が、ソウル市民のために花火を打ち上げているのかと思うと、ついつい涙が出てしまう私でした・・・。10月4日はオーストラリアの花火が見られるとのことで、再びハンガンに行きましたが、先週の噂を聞きつけた人たちがどっと押し寄せ、先週の100倍の人が集まったのではないかと言うくらい、大変な人出でした。しかも、やっとの思いで座った場所からは花火が見えにくく、子供もチラッと見てからすぐに飽きてしまったようでした。飽きてしまって興味を失った子供に、何とか花火を見せようと、肩車をしたりしてみましたが、無駄な努力でした(爆)。花火が終わった後はまた大変でした。何千人という人が、ハンガンの土手を登っていくのですが、まるで真っ黒な絨毯がうごめいているかのような混雑振りで、異様な光景でした。なるべく人の少ない方、少ない方へと目指して歩いていったら、迷子になってしまい、地下鉄の駅も分からない、バスもタクシーも捕まらないという状態で、約1時間もウロウロしました。結局、やっとの思いでタクシーを捕まえましたが・・・。来週もあるという花火大会、もう二度と行かないと心に決めました。花火大会の前後は、ハンガンの最寄駅は封鎖されていました。軍の人たちが30名ほどずらっと並び、地下鉄への階段の入り口を完全に封鎖していましたが・・・ホコリも入らないようにぴっちりガードしていましたが・・・別にロープに張り紙でも良いと思うのだけど・・・。不思議だ。
2003.10.09
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