今回は特捜最前線の前期ドラマのなかでも傑作の一つと言われる「子供の消えた十字路」を紹介します。 おやっさんこと船村刑事(大滝秀治)の葛藤を描いたスリリングな展開のドラマです。
交通事故に遭った少年が行方不明
船村刑事は、自転車に乗った少年が車とぶつかる交通事故を目撃します。運転していた男(秋元羊介)は少年を抱えて車に乗せて走り去ります。船村ら目撃者たちは「病院に連れて行ったんだな」と安堵したのです。
ところが、どの病院にも少年が担ぎ込まれたという報告はありません。少年を連れ去った車と男の目撃証言を取ろうとしますが、証言はまちまちで犯人像が絞れません。船村ですら思い出せなかったのです。
少年はいったん、救急病院に運ばれましたが、病院が準備を整える前に男は少年を抱えて立ち去っていました。ケガの状態を見た医師から命が助かる タイムリミットを聞いた特命課は、全力で消息を追います。
一方、少年が助からないと勝手に判断した男は、少年を廃車の中に隠してしまいます。男は、家族の悲願だった一戸建て住宅の契約をするため急いでおり、そのために救急救命措置を怠ったのでした。
特命課の懸命な捜査の結果、容疑者として男が浮かび上がります。否定する男に対し、事故現場で祈る母親の姿を見せながら、船村は「どうか坊やを死なせないでくれ」と懇願します。
男の自供で少年の行方が判明。工場でスクラップされる寸前の車の中から少年を救出することに成功します。船村は安堵するとともに、怒りを込めて男を一発殴りつけたのでした。
「何も思い出せない」苦悶のおやっさん
このドラマは、おやっさん(船村)が事故を目撃していながら、何も思い出せないという 葛藤がテーマです。そこに少年の命というタイムリミットを重ね合わせ、いらだち、焦る船村の姿を描いています。
目撃者は「少年が病院に運ばれた」と思って安心してしまい、事故を起こした車や運転手の男のことを思い出せなくなります。21人の目撃者・・・いや船村を入れれば22人全員が同じでした。
刑事であるにもかかわらず、一般市民と同じく目撃証言ができない船村。少年の母親からは「どうして覚えてないんですか」と詰め寄られ、「何も思い出せないんだよ」と苦悶の表情を浮かべます。
「練馬ナンバーだった」という少年の証言を得て、該当する800台の車の持ち主に片っ端から電話をかけまくる特命課。だが時間は過ぎ去っていくばかり。船村は耐えきれず、部屋を飛び出してしまいます。
神代課長は、ムダな作業だということは百も承知でした。そのうえで「一番苦しいのはおやっさんだ。おやっさんに記憶を取り戻してもらうしかない」と、刑事たちに真意を語ったのです。
現場に戻ったおやっさんが、あるきっかけを得て車のナンバーの一部をついに思い出します。それから捜査は一気に進展し、容疑者の特定、そして少年の救出へとつながっていくのです。
長坂脚本と大滝秀治さんの名演技
ドラマは、 長坂秀佳脚本の真骨頂とも言えるような非常にメリハリがあるスピーディーな展開。少年の命というタイムリミット、そしてスクラップ工場でのピンチと、スリリングなままエンディングまで突き進みます。
ドラマの中盤からは事故を起こした男と、その家族にもスポットを当てています。男は根っからの悪人ではなく、予期しなかったアクシデントに右往左往する小心者として描かれています。
マイホームという自分と家族の夢を裏切れない・・・男にも葛藤がありました。だからといって、ケガを負った少年を連れまわし、挙句の果てに放置した行為は絶対に許されるものではありません。
救出された少年は桜井刑事(藤岡弘、)らが病院へと運びます。ドラマでは少年の命が救われたのか、手遅れだったのか、そこまでは描いていません。それが船村のラストのセリフにも表れています。
「生きてくれ、生きてくれと念じつつ、私は噴き上げる怒りを鎮めることなどできなかった」。その怒りの大部分は男に対してでしょうが、思い出すのに時間がかかった自分への怒りも含まれていたと思います。
人間ドラマも散りばめた長坂脚本は見事の一言に尽きますが、60分のストーリーの中で喜怒哀楽を縦横に演じ切った 大滝秀治さんは、やはり名優だなと思わずにはいられませんね。
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