テレビ番組は放送前に予告や新聞、またはテレビの番組表などで「よし、これは録画しておこう!」ってなると思います。以前は「Gコード」なんてのもあったと思います。
ところが、見てみて初めて「録画しておけば良かった」というのもあると思うんです。
番組によっては再放送されるものも多くあります。
しかし一度きりの番組だっていかに多いものか。
私は二つあります。
ひとつは「奇跡体験アンビリバボー」の、「感動のアンビリバボー」だったと思います。
2次大戦中に東京で多くの人命を救った女性の話。もうそれ以上憶えていません。
もう一つは家電メーカー、「シャープ」のある技術者の話です。
途中から見たので、何の番組だったかもわかりません。
その技術者というのは、シャープがテレビ受像機を開発する際に大きく貢献した人です。
いま、テレビというと、液晶で薄いテレビが一般的です。しかし昔はブラウン管でした。
これをお読みになる方は皆さま、ブラウン管はご存知でしょう。
でもあと何十年かしたら「ブラウン管って何?茶色いの?」とかいう世代にきっと変わりますね。
テレビで使うブラウン管。裏には銅線がぐるぐる巻いてありました。「コイル」です。
その巻き方によって、画像に狂いが出るのを解決したとか、そんな話でした。
国産初のテレビを発売したのは「シャープ」です。
家電メーカーというと、ソニーや松下電器(ナショナル)が一流というイメージを私は持っています。
皆さまはどうでしょうか。
でも、ナメてはいけない「シャープ」は、なかなかのメーカーです。
早川さんが創業した会社で、「早川式操出鉛筆」は有名です。後にシャープペンシルと名を変えて、社名もシャープにしたのだとか。
今では外資傘下の企業になってしまいましたが、液晶といえば「シャープ」でしたし、
電卓。
いまでは100円ショップで買うことが多くなりましたけど、昔は「業務に使う電卓なら『シャープ』」というのを知っている人は知っている。そんな時代でした。
シャープというメーカーは身近で、馴染みが強く、悪く言えば高級感に薄れていましたが、しっかりしたメーカーだというイメージがあります。
そんなシャープの作るテレビです。技術陣だってかなりの腕前だったでしょう。
そのリーダーを取り上げた番組でした。名前を憶えていないのが情けない・・・
と、ここまでは何ということもない話です。
これだけなら録画しておけば、とは思いませんでした。
番組は、
その技術者が会社を離れた後のことを最後に紹介していました。
ブラウン管の開発に人生をかけてきた技術者。
会社を離れ、第二の人生を歩み始めたとき、もう自分には孫ができていました。
当時、最先端の製品を開発した技術者が、最後に作ったものとは、、
孫に与えた、ゴム仕掛けの手作りおもちゃだったという終わりだったのです。
それを聞いたとき、心の中で大きくため息をつきました。
もう一度、初めからじっくり観たくなりました。
贅沢な不満なのだと思います。
昔はテレビを家庭で録画できるようになるなんて思いもしませんでした。
今ではハイビジョンにデジタル録画です。
その昔、
またビデオテープだった時代には、ビデオテープといえ、VHSはなかなかの大きさ。
いつの間にか家にはビデオテープが山になり、これ以上増やしたくない状況。
そんなとき、ビデオテープには空き容量がありません。
すると、家族間で勝手に録画が始まります。
「なに? あの上に録画しちゃったのか?」
って、夫婦間で言い争いになることも、、、
そんなこともなくなりました。
いま過渡期です。
きっと近い将来、録画できなかった番組もオンデマンドで見れるようになるのでしょうね。
2017年12月05日
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