仮想通貨、そしてパブリック型ブロックチェーン(分散型台帳)基盤として知られる「イーサリアム」。共同創設者ヴィタリック・ブテリンらが目指す、仮想通貨の枠を超えた「新しい富のかたち」とは─。
「世界では年間2500万人もの人々が誘拐され、人身売買ビジネスの犠牲になっている」──宮口礼子がそう話はじめると、数百名が集まった会場はしんと静まりかえった。
「被害者の多くは、売春組織に売り飛ばされるアフリカやアジアの子供たちだ。現在、診療所などで助けを求めてきた人の身元を証明する手段はない。ブロックチェーン技術を身分証明(ID)に用いることで、被害者を一人でも多く家族の元に返したい」
3月29日、仮想通貨「イーサリアム」のインフラ整備や分散型アプリ(dApp)の普及を目指すファンド「イーサリアム・コミュニティ・ファンド(ECF)」の設立イベントが東京・六本木で開催された。ECFは今後、イーサリアム関連のスタートアップを支援し、幅広い分野での活用を推進する。
ECFのコアメンバーは世界各地に散らばるが、ここで重要な役割を果たす日本人たちが居る。米国の仮想通貨取引所「クラケン」を経て、イーサリアム財団のエグゼクティブディレクターに就任した宮口。そして、タイのバンコクを本拠に決済プラットフォームを展開する「Omise(オミセ)ホールディングス」創業者の長谷川潤だ。
ここ数年で急成長を遂げた仮想通貨市場は「億り人」と呼ばれる人たちを生み出し、一攫千金のツールとして注目を浴びた。しかし、宮口や長谷川は仮想通貨とその基盤であるブロックチェーン技術に、世間の認識とは異なるポテンシャルを見出している──。それは、分散化の力で世界の不均衡を正していくパワーだ。
インターネットが普及した現在も、世界で25億人もの人々が銀行口座すら持てないでいる。紛争地域の難民はIDが持てず、賄賂が横行する国では土地の登記もままならない。長谷川が言う。
「イーサリアムを軸としたコミュニティで、社会の在り方を変えていきたい。政府や特定の集団に権限が集中していた時代が終わり、全ての人が暮らしを支えるインフラにアクセス可能になる。個人の資産よりも、ソーシャルキャピタルが重要な時代がやってくる」
今後の世界経済に最も大きなインパクトを与えるとされるブロックチェーンには、全体を管理する中心が存在しない。世界中に分散された帳簿があらゆる価値を安全に記録し、中央集権型のシステムでは不可能だったイノベーションが可能になる。その実現に最も近いのがイーサリアムだ。
イーサリアムを考案したロシア生まれの24歳
17歳でビットコインを知った24歳
イーサリアムを考案したのは、ロシア生まれでカナダ育ちの現在24歳のヴィタリック・ブテリン。コンピュータサイエンティストの父をもつ彼は幼少の頃から数学に長け、10歳でゲームのプログラムを書き、2011年に17歳でビットコインの概念を知った。
「最初はこんなテクノロジーがうまく行くのかと疑念を持った。でも、気がつくと夢中でビットコインのことを調べていた。様々なフォーラムに通い、専門のブログに記事を書いた。銀行や既存のインフラに頼らずに、コミュニティの力で通貨を生み出すアイデアにわくわくした」
ビットコインの創始者のサトシ・ナカモトは金融危機直後の08年にビットコインを発案した。そこに示された概念は政府の介入なしに発行される既存の通貨を置き換えるトークンだった。
その後、ウォータールー大学のコンピュータサイエンス部門に進んだヴィタリックは、ビットコインを支えるブロックチェーン技術がもっと多様な目的に使えると考え、自身の仮想通貨を作ろうと思った。その研究に専念するため大学をドロップアウトした。
そして、ピーター・ティールが大学中退者向けに設立した財団から10万ドルの助成金を得て、世界の仮想通貨コミュニティを訪ねる旅に出た。
「誰よりも遅くまでオフィスに残って仕事をしてる、あの異様に頭がキレると評判の若者は誰なんだろう」──13年、当時19歳だったヴィタリックにサンフランシスコで出会った時の印象を、宮口はそう語る。
「今にして思えば、彼はその頃イーサリアムのホワイトペーパー(計画書)を仕上げている途中だった。私はその前年、米国で立ちあがった取引所の『クラケン』に務めはじめたばかりだった」
「途上国の子供を救う」テクノロジー
宮口は日本で高校教師を務め、サンフランシスコ州立大学でMBAを取得。2012年に開発途上国の子供の支援組織「TABLE FOR TWO」に務めた後、仮想通貨業界に入った。
「MBAでマイクロファイナンスを学んだ私は、ビットコインのアイデアを聞いた瞬間、このテクノロジーで途上国の子供たちを救えると思った。資金を送る際の障害の一つが高い送金手数料だった」
一方でその頃、タイのバンコクを本拠にOmiseの事業をスタートさせていたのが長谷川だ。13年にEコマースプラットフォームとしてOmiseは始動した。
「当時の自分はビットコインが、単に価値を貯蔵する仕組みとしか思えなかった。投機目的の利用も広がっていて、これは危険だから手を出さないほうがいいと思った」と、苦笑交じりに長谷川は話す。
オンライン決済の煩雑さに直面
その後、Omiseが直面したのがタイ特有のオンライン決済の煩雑さだ。タイではEコマース決済にカードを用いることに抵抗を感じる人も多く、ATMからの振込が主要な決済手段だった。そんな中、フィンテック領域に事業転換したOmiseはモバイルベースで使える新たなソリューションを探していた。そしてヴィタリックとともにイーサリアムを開発したチームに出会った。
「これだけインターネットが広がっているのに、価値交換の分野は分断されたままだ。既存の金融機関に頼らず価値交換ができるプラットフォームを作りたい。そのアイデアを現実にできるのがイーサリアムだった」
その後、15年にOmiseはイーサリアム財団に10万ドルを出資。本格始動したばかりのイーサリアムに初期から関わった。
ヴィタリックによると、イーサリアムのコミュニティは急速に規模を拡大したという。ビットコインとは違い、仮想通貨以外のデータもやり取りできるのがイーサリアムの特徴だ。また、スマートコントラクト(自動実行型の契約)を用いれば、様々な手続きを自動化できる。
「イーサリアムを発案した13年当時、仮想通貨といえばビットコインしか知られていなかった。しかし、その後3年で様々なプロジェクトが始動した。予測市場システムの『オーガー』や経済インセンティブつきの評価システムの『TrustDavis』、さらにはベーシックインカムを扱うものもあった」
100億円消失事件を乗り越えて
一方でその頃、全く別の角度から仮想通貨が抱える課題に取り組んだのが宮口だ。14年2月、東京の取引所「マウントゴックス」から100億円を超える価値のビットコインが消失し、経営破たんした。
「この問題に対処できるのは自分しか居ないと思い、日本の当局に連絡をとった。放っておけば仮想通貨そのものに欠陥があるという誤った認識が広まってしまう。『明日にでも来てほしい』と言われ、サンフランシスコから東京に向かった」
一時は「闇」の烙印を押されそうに─
同年10月、日本初のビットコイン業界団体「日本価値記録事業者協会(JADA)」が発足。宮口はその創立メンバーとして金融当局の仮想通貨に対する理解を促した。
「最初に自分が考えていたビジョンとは全く違う立場から仮想通貨に関わるようになっていた」と宮口は話す。しかし、当時は仮想通貨の匿名性を利用し、違法薬物を密売する「シルクロード」の問題も大きく報じられ、仮想通貨に"闇の世界の通貨"の烙印が押されてしまう瀬戸際だった。
その後、17年には仮想通貨取引に適正な法的基準を設ける「改正資金決済法」も施行された。これにより日本は世界に先がけ、仮想通貨を法の枠組みに取り込むことになった。
法整備が進む中、企業のブロックチェーン技術への期待も高まった。17年2月にはイーサリアム企業連合(EEA)が発足。今ではJPモルガン・チェースやマイクロソフト、トヨタのAI部門や三菱UFJなど約200社が参加している。
一方でOmiseは分散型のモバイル送金サービスの「Omise GO」を発表。17年7月のICO(仮想通貨技術を使った資金調達)で2500万ドルの資金を調達した。
仮想通貨バブルと「コインチェック」流出
しかし、天才と呼ばれるブテリンにも予想できない事態が起きたのが17年だった。仮想通貨バブルの発生で、イーサリアムの価値も1年で約100倍の高騰となった。また、ICOの名を借りた詐欺の横行も問題化した。長谷川が話す。
「Omise GOのICOはあえて調達額の上限を定めて、必要以上の資金を調達しなかった。ICOそのものは次世代の資金調達方法として画期的なものだ。しかし、投機熱の高まりでネガティブなイメージが植えつけられることを危惧していた」
ヴィタリックは言う。「中身が無いプロジェクトがICOで巨額の資金を調達するケースも頻発した。でも、そうやって生まれたコインの90%は今後の数年間で死に絶えるだろう。プロジェクトが停止すれば、それはコインの死を意味する」
その後、2018年に入り仮想通貨市場は急落。取引所「コインチェック」から約580億円分の仮想通貨「NEM」が流出して以降、投機熱はやや静まったように見える。バブルが再燃する可能性もあるが、そんなことは彼らの関心の外だ──。イベントの登壇を数時間後に控えた宮口は言った。
「今はただ、周囲の雑音をシャットアウトして、やるべき仕事にとりかかろうと思っている。ECFの目的の一つは、イーサリアムのインフラを支える人々が仕事に専念できる資金を与えること。また、この技術で何ができるのかを社会に発信していきたい」
ECFのファンドの組成にはイーサリアム財団、OmiseGOのほか、異なるブロックチェーン間で自由にトークンを移動させる「COSMOS」や、日本のベンチャーキャピタルの「グローバル・ブレイン」も参加した。ECFは今後、開発者らに財政支援プログラム「Infrastructure Grant Program」を提供する。
引用元:Forbes JAPAN
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180525-00021190-forbes-sci