20年1月の箱根駅伝、「謎の白いシューズ」で10区で区間賞を獲得した創価大の嶋津選手
2020/10/1日経デジタル
ミズノは薄底でナイキたおす 自前で超高反発素材
厚底革命(4)シューズにかける2020年9月27日 2:03 (2020年10月1日 2:00 更新) 日経 [有料会員限定記事]
「あの謎の白い靴はどこのだ?」。2020年1月、箱根駅伝後のSNS(交流サイト)でこんな投稿が相次いだ。9区間で区間賞を獲得した選手のシューズがナイキだったなか、最終10区で区間新記録を出した創価大の嶋津雄大選手のシューズは真っ白だった。
「あつぞこ絶対たおす」
仕掛けたのはミズノ。「すべて狙い通りだった」(コンペティションスポーツ事業部の河野光裕陸上・ランニング課長)。従来のミズノでは「絶対にNG」という真っ白なプロトタイプを投入した。
「あつぞこ絶対たおす」——。箱根駅伝の直前の19年12月、ミズノは「本気の反撃」とホームページで打ち出した。横書きで書かれた文章の左端を縦に読むと、ナイキへの挑戦状のように読める。ミズの社内でも賛否はあったが「競合がシェアを奪っていくなか、従来の手法では通用しない」(河野氏)と掲載を決断した。
「あつぞこ絶対たおす」と縦読みできるメッセージを発信した(ミズノのホームページ画面の一部、20年1月の箱根駅伝の前後の期間に公開)
ミズノは箱根駅伝のオフィシャルスポンサーだ。過去には5割以上の選手が同社製のシューズを履いた時期もあり、4年前までは箱根駅伝出場選手が着用したシューズメーカーとして、シェア1位だった。だがナイキの厚底シューズが市場を席巻し、17年には25%、20年には「1桁台」(同社)と大きくシェアを落とした。
「ナイキに先を越されたのは悔しい」。グローバル研究開発部の佐藤夏樹次長は正直に話す。実は「本気の反撃」と意気込むシューズの開発はナイキの厚底シューズが席巻する前から始まっていた。
異例の合宿、膝詰め議論
16年10月。大阪・南港のミズノ本社から車で1時間ほどの生駒山でシューズの開発担当者らが集まり、合宿が開かれた。ミズノの技術をどのようにシューズに生かすか。大きな模造紙を前に、担当者らが新シューズの方向性を膝詰めで議論した。
ミズノは1997年に「ミズノウエーブ」という安定性とクッション性を両立させるソールのコア技術を開発した。様々なシューズに活用してきたが、それ以降は水平展開できる革新的な技術が生まれなかった。「革新的なシューズを作りたい」。シューズ開発を率いる佐藤氏の熱い思いで同社では異例の合宿開催となった。
シューズ開発課では工場との共同開発や定番品の次モデルの開発など多くの工程を担っており、「当時14人いた担当者は常に掛け持ちしている状態だった」(佐藤氏)。革新的なシューズには選択と集中が欠かせない。業務を切り分けて、同課はシューズの根幹になるコアの技術に注力することに決めた。人の能力を拡張させる「オーグメンテーション技術」を開発しシューズに搭載するという方向性を固めた。
野球やゴルフの蓄積技術
転機は18年1月。野球やアパレルなどの素材研究担当の森田彰氏がシューズ開発の部隊にやってきた。持ち込んだのが、従来素材よりも格段に高く、何回も跳ね返るという超高反発素材だ。後にミズノとして最大の反発性を実現する「ミズノエナジーコア」の原型となる素材だ。同社はこれまでにも軽量高反発素材のシューズを多くだしてきたが「20年以上開発に携わってきたが見たことがない」(佐藤氏)。森田氏が提案した素材の反発度合いは「常識外れだった」(同)。反発が強く、シューズの素材というよりは金属のバネに近い動きだったという。実験装置で反発力を計測すると跳ね返ってきたおもりを見誤るほどだった。
森田氏は「詳細は言えないが、用具開発の知見を生かした」と語る。シューズ業界は狭い業界でミッドソールにはEVA系素材(合成樹脂素材)か、ポリウレタンを使うことがほとんどで基本的にはその中でどう作ろうか考えるという。ミズノは用具発祥の企業で、1世紀以上蓄積されてきた野球バットやゴルフクラブなど他の競技の用具開発の知見が常識に縛られない新素材の開発に生きた。かつてボールが飛びすぎて問題になったミズノ製のバット「ビヨンドマックス」のシューズ版を作りたい、とこの高反発素材をつかったシューズを作る方針が定まった。
「暴れ馬のような素材」
スポーツ用品メーカーが素材段階からシューズをつくるのは珍しい。通常は「工場が作った素材をどう使うかをメーカーが考え商品化するのがほとんどだ」(グローバルフットウエアプロダクト本部の八幡健太郎氏)。広いようで実は狭い業界で、工場が提案した素材を各社が取捨選択して新商品を開発しているという。
常識はずれの素材なだけに一筋縄ではいかない。反発の高いものはもろい。新素材は「暴れ馬のような素材」(森田氏)で、反発が強すぎて成型しようとしても元に戻ってしまう課題もあった。
自社で素材開発をして蓄積してきた知見が生きた。ミズノ本社の地下1階の研究室で「パンをこねるように毎日のように素材を練っている」(佐藤氏)。サプライヤーに無理と言われれば、「この失敗はこうしたらうまくいった」と自分たちの知見を共有した。量産するために森田氏と八幡氏はベトナムの工場への出張を繰り返し、サプライヤーと試行錯誤を重ねた。頼む側、頼まれる側という冷たい関係ではなく、同じ立場で目線をそろえることで信頼関係が生まれてきたという。
こうして自社でつくった柔らかく高反発な素材「ミズノエナジーコア」をベースに、協力工場との協議を重ね、より軽量な「ミズノエナジーライト」と、幅広い用途で使える「ミズノエナジー」が誕生した。
箱根10区の区間賞は白い靴
20年の箱根駅伝に向けて、ミズノがサポートする大学を中心に駅伝選手の夏合宿先をまわった。新シューズの試作品を持ち込み説明し、着用してくれる選手を地道に探した。厚底が席巻するが「走らされる感覚が嫌」などといった理由でナイキの厚底シューズが合わないという選手もいた。「最終的に7人の選手が箱根で着用した」(グローバルフットウエアプロダクト本部企画部の竹下豪ランニング・トレーニング企画課長)。特に気に入っていたのが創価大の嶋津選手で、箱根駅伝10区での区間賞につながった。
箱根駅伝から半年後の20年7月、謎の白い靴のベールがはがされた。発表したのは「ウエーブデュエルネオ」。従来シューズに比べ約35%反発の高い新素材「ミズノエナジーライト」を使ったトップ選手向けのシューズだ。27.5ミリの「薄底」で競合に挑む。2万5300円という従来製品より高めの価格設定ながら7月1日の発売後、公式通販サイトでは1時間半で売り切れた。
コロナ下でのスポーツとして密にならないランニングは注目されるが、足元の各社の業績には外出自粛や臨時休業が響く。ミズノの20年4〜6月期の連結最終損益は10億円の赤字(前年同期は13億円の黒字)だった。アシックスも1〜6月期の連結決最終損益が62億円の赤字(前年同期は55億円の黒字)となった。米ナイキも例外ではない。3〜5月期決算は最終損益が7億9000万ドル(約850億円)と赤字だった。ただネット通販などデジタルに強い同社は、6〜8月で、純利益が前年同期比11%増の15億1800万ドル(約1593億円)とコロナ下でも伸ばしている。
ナイキを倒すのは容易ではない。ただ日本勢には膝詰めで議論し一からシューズを作りあげる力がある。本気の反撃は始まったばかりだ。
(斎藤毬子)
=つづく
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