今年3月4日からのブログをまとめました。
「私の神道感」
写真の本、昨日届いたので朝までに読んでしまいました。歴史 (太平洋戦争) の出来事に、神道(天皇家)が、どう関わったか。ということが、明かされています。
初めて神道に触れる方や、幾らか知ってはいるものの、形だけ真似ていただけ。というかたには、何の事だ・・・そんな馬鹿なことが・・・
と思われても不思議ではありませんし、神道に親しんでいない方は半信半疑・・・でも無理はありません。
神道系の教派神道の信徒さんでも、何だコリャ・・・となっても不思議ではありません。
私に言わせると、あり得ることです。となります。
四国の剣山に「失われたアーク」があるのではないか?これは古くから伝えられていたようです。何人かは掘っています。宇野正美氏も剣山に関する講演を何回も続けました。この本では、日本を占領したGHQが真っ先に地方に行ったのは剣山だった。とあります。こういう事も、私が「さもありなん」とした根底にあります。
下記の写真は、私の家の最も神聖な場所です。何せ定年退職してしまった、年金で暮らす庶民の家のことですから、ご容赦いただきたい。
私の今のテーマは、神道の研究と実践です。研究といっても、若いころ仕入れてあった本を、今になって読み返しています。読んだだけでは、それだけで終わってしまうので、書き写したノートが10冊になっています。
きちんと潜在意識に浸透させたいがために、書き写しました。今では、それが終わり、少しまた少しと実践です。大したことはできませんし、こういうことは審神者やその道の方が居ないと邪神の餌食になりかねません。私のできることなど、大したことではありません。祈りが主です。
それでも、何年と続けていると分かってくるものですね。宇宙ができて、地球が生まれる。天地・大自然が形成される。そして神の子として、人間に神様の御魂が分けられました。日本という国は、世界に1つしかない独特な発展をしてきたようですね。
日本列島に暮らしたのは、私たちの見える範囲で推測すると縄文人が始まりでしょうね。三内丸山遺跡があります。その頃の人々は、既に自然崇拝をしていたのでないかと推測しています。
自然と共に、しかも自然を大事にして共存することが、私たちの役目だと・・・それだけではなくて「霊魂という・人間の持つ見えない体」まで認識していたのではないかと・・・これは私の推測です。
ですが、神道という「道」を辿ると、見えてくるものがたくさん出てくるのです。
私は昭和生まれです。学校で教わった宇宙の始まりは「ビックバン」からというものでした。神道では、ある一点に「気が集まって、一気にはじけた」とあります。同じことです。
人間は、サルの進化した者ではありません。5つの肌色にして、神様の御霊を分けた。とあります。日本列島に居ついた縄文の人々は、自然崇拝の生活の中で、天地の間に働く「力」の存在を認めたのでしょう。同時にその力に「法則」がある事も認めます。人間は肉体の体と霊魂で出来ていることも認めます。
そして、法則に逆らわず、法則と共に生活することを選択します。さらに、日本人独特の「感覚」を研ぎ澄ませて、法則に名前を付けました。それが、神様の名前です。神名にして、後世に伝えます。
それが、現代に「古事記」として伝わっています。人間の記録を加えて日本書紀になっています。古事記を神道の神典として扱います。古代にも文字はありました。神代文字です。
法則に神様の名前を付けた日本人は、お社を建てて神様をお迎えして、神社として崇めてきました。神道として、形ができてきます。
庶民に距離の近い神様が、氏神様です。時代を遡ると鎮守様・産土様と分けられてお祭り(ご鎮座)していたといいます。この神様は、御3神とも土地を守る、ということで共通しているので、今は、氏神様にまとめられているところが多いようです。
ユーチューブの動画に、神道を当時の政府に説明している画像がUPされているので、リンクを張っておきます。ゆっくりご覧ください。石原慎太郎氏の見事な見識です。およそ次のことです。
「神道は日本人の情念の結晶です。宗教ではありませんよ。そのクリストキング・大祭司が天皇陛下です」
というものです。そして、靖国神社へと移っていきます。
この靖国神社についても素晴らしい画像がUPされているので、リンクを張っておきます。ローマ法王が来日した時に、白百合学園の生徒さんの質問に答えた内容と、生徒さんの姿です。是非ともご覧になって頂きたいので、私は何も言いません。どうかご覧になって頂きたい。
下記ジャンプします。
【永久保存】 2013.02.12 衆議院予算委員会 石原慎太郎日本維新の会 2013/02/12
長い動画ですが、始まって14分過ぎからです。
下記ジャンプします。
【感動】靖国神社に一礼して通学するJK ミッション系の学校でなぜ?
石原慎太郎氏の委員会の発言の中で「神道は普通の宗教ではありませんよ」という発言がありました。それは、次の意味を含んでいます。神社神道という在り方に限っています。
私たちの周りに多くの神社があります。その神社に親しんで私たちは育ってきました。大概お祭りで神社に親しんできたわけです。その神道に限って宗教ではありませんよ。ということなのです。
宗教である神道もあります。それは神社神道と分けて「教派神道」と表現します。神道系の団体で、教祖がおりますし、経典もあります。大きな団体では大本・天理・金光・黒住などがあります。
神社神道は、教祖はおりませんし経典はありません。神典古事記はあります。古事記は、伝承時系が長く、その間に「神話」の世界に置かれがちですが、神々の譜系として捉えると格別なものです。と同時に、地球に働いた天地創造の力(法則)の時系列とも言えます。これ所以で宗教ではないということです。石原慎太郎氏の見識にお見事という他ありません。
今年、日本列島にとって「大事な大事なお祭りが行われます」
このお祭りがあることで、地形的に見る日本列島が鎮まっています。
古代の人々は、ここに神様をお祀りしなければならない。「分かっていたのです」だから、神社を創りました。しかも、4社です。それは、諏訪湖を囲むようになっています。
諏訪湖は、日本の大断層が2つ交差しています。
静岡から諏訪・糸魚川を通るフォッサマグナ。それと、九州・四国・紀伊半島・愛知・静岡・秋葉街道を通って諏訪でフォッサマグナと交差して、太平洋に抜ける中央構造線です。
この2つの断層が動くと、日本列島は無くなってしまうかもしれない。分かっていたのですね。それで、断層の交差点を囲むように、諏訪大社を4社お祀りしたのでしょう。
上社「前宮・本宮」下社「春宮・秋宮」
そして、各宮にはそれぞれ4本の柱を建てます。合計16本。4社の配列といい、16本の御柱といい、見事な配列です。
私がこの配列を見ると、天地の間に16本の「楔(くさび)」を打ち込んだ形に見えます。それには、どうか断層が動きませんように、という想念が籠っている形に思えてならない。
諏訪大社は、お諏訪様と親しみを込めて呼ぶ方もいます。日本を代表する古いお宮です。これが古すぎて、いつの発祥なのか不明です。御柱祭の発祥年も不明です。記録として文献に残されてはいます。だが、その年が発祥年と、限れない要素があるのです。
古すぎて分からない事の多い諏訪大社です。ですが、日本にとって大事な神社とお祭りです。ということは、日本の神道は、私たち日本国民にとって、決して疎かにしてはならない、歴史と伝統であると。どう思いを巡らしても私には思えます。
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