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柳原 弘幸
滋賀県でパソコン設定・修理/ホームページ製作「イマジネットパソコンスクール」を運営しております。
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2016年04月22日

やりまわしとは? −岸和田だんじり祭り−

やりまわしについて

「やりまわし」とは、だんじりが勢いよく、街角を直角に曲がる事を言います。

danjiri16042301.jpg

一見、下品な言葉に響く方もおられると思いますが、

京都の祇園祭、鉾の「辻まわし」や飛騨高山祭、山車の「戻し車」と同じ意味です。

祇園祭や飛騨高山祭、現在僕が住んでいる大津祭りなど全国各地の祭りでは、曲がり角でゆっくり方向転換する様子は一つの見所になっています。

岸和田のだんじりはゆっくり角を曲がるのではなく、勢いよく走りながら直角に向きをかえます。

重さ約4トンを超えるだんじりが、勢い良く曲がる様子は、他の祭りにない、迫力とスピードを生んでいます。

そこが、岸和田祭りの醍醐味であり、全国で有名になった由縁です。

danjiri16042302.jpg


岸和田祭りの間、だんじりは決められた曳行コースを何周も行き来して、曲がり角ごとに「やりまわし」を行います。

やりまわしは、だんじりを前へ曳く青年団、
きっかけをつくる前梃子、
舵取り役の後梃子、
後梃子に合図を送る大工方、

それぞれのタイミングが合って、はじめてきれいな「やりまわし」が出来ます。

走りながらだんじりを操作するのは難しく腕の見せどころでもあります。

速く、正確できれいな「やりまわし」を行うに為には、
それぞれの持ち場を担当する各団体の息が合うことがもっとも重要となり、
各町の腕の見せどころであります。

そのため、町ごとの仲間意識が非常に高く強いのも岸和田だんじり祭の大きな特長でもあり、時には朝まで「やりまわし」について語り合う事もしばしばあります。



時々、「やりまわし」に失敗し、
だんじりが曲がり角でぶつかったり、
倒れたりする派手なところばかりが、
クローズアップされる事がありますが、
決してパフォーマンスではなく、

どこの町も事故のない、安全な曳行を最優先にしているのです。

岸和田だんじり祭り 通称 貝源(かいげん)でのやりまわしです。
2014年9月12日 大手町






タグ: 岸和田市 祭り

2016年02月21日

だんじり囃子について −岸和田だんじり祭り−

だんじり囃子

鳴り物 と呼ばれ、 青年団が担当 します。

使用する楽器は、 篠笛×2、小太鼓、鉦(かね)、大太鼓からなります。

昔から、基本的には七・五・三というたたき方があったといわれていますが、

現代そのたたき方を正確に伝えている町は数少なくなりました。

このあたりが「 岸和田だんじり祭」の面白い点で、時代とともに変化しています。
現在は、大きく分けて次の4つのリズムがあります。

  1. 「きざみ」と呼ばれる、一直線になったときに一番速く走るときのリズム
  2. 「半きざみ」と呼ばれる、次に速く、駆け足程度のリズム。やりまわしをするときに足並みがそろいます
  3. 歩いて曳くときのリズム
  4. 休憩中のようにだんじりがとまっているときなどの最も遅いリズム


だんじり囃



2015年11月01日

だんじり祭りの日程

岸和田の旧市の祭り(9月の祭りの場合)の日程

試験曳き2日、宵宮、本宮の4日間行われます。


試験曳きの日程

9月初めの日曜日及び宵宮前日
※1日が日曜日の場合は次週

14:00〜16:00

(平成27年は、9月6日、9月18日)

※わたしの参加している「大手町」は、この日の朝、
岸城神社(キシキジンジャ)の神主さんに来ていただいて
「清祓式(キヨハライシキ)」を行い、祭りの安全曳行を祈願します。

大手町だんじり
岸和田祭り大手町

    ↑
清祓式の様子です。
近くの「浜幼稚園」の園児たちも浜七町のだんじりを順番に見学です(^.^)
ちなみにわたしも浜幼稚園出身です!約50年前ですが、、、

浜七町とは
岸和田市の海に近い「浜小学校」校区の7つの町の事を言います。
大北町・中北町・大手町・紙屋町・中之浜町・中町・大工町

宵宮(よいみや)の日程

通常は、 敬老の日の直前の土曜日に行われます。
(平成27年は、9月19日)

<当日の日程>

曳出し 6:00〜7:30
午前  9:30〜11:30
午後  13:00〜17:00
     (パレード 13:30〜)
夜   19:00〜22:00

本宮(ほんみや) の日程

敬老の日の直前の日曜日に行われます。

<当日の日程>

午前  9:00〜12:30
     (宮入り 9:30〜)
午後/13:00〜17:00
夜間/19:00〜22:00

各曳行の特色

曳行とは、その名のとおりだんじりを曳くことを言います。


試験曳き

 祭り本番前のテスト曳きのことを言いますが、ほとんど本番そのものです。
通常9月初めの日曜日と祭前日の2回行われ、9月1日が日曜日の場合は次週となります。

曳き出し


 祭初日の早朝、午前6時から一斉に各町のだんじりが繰り出します。各町気合が入り、当店のあるカンカン場でのやりまわしは、迫力があり、一番の見所となっています。約50年前までは午前3時から5時の暗いうちから曳いていたとも言われています。

パレード


岸和田駅前通商店街を一気に駆け抜けます、各町の青年団や組による趣向やパフォーマンスが毎年見られます。

宮入り


 祭りの最大の神事。岸城神社・岸和田天神宮・弥栄神社で行われます。江戸時代、だんじりを曳いて三の丸稲荷社に参詣し、五穀豊穣を祈願したのが始まりで、現在は各々の鎮守の神様(神社)にお参りします。
  宮入りの中でも、特に岸城神社に向かう際のコナカラ坂は、祭り最大の見せ場で各町が競い合います。ここが成功するしないで、今年一年の祭りが決まると言っても過言ではありません。

灯入れ曳行

 祭の2日間、午後7時から10時までの間、約200個の提灯で飾られただんじりを、ゆっくりと歩いて曳きます。昼にだんじりを曳けないよちよち歩きの小さい子どもが、「そーりゃー、そーりゃー」とかわいく曳く姿は、ほほえましい限りです。昼間のだんじりの「動」に対し、雅やかな「静」を演出しいます。

<その他の曳行>


入魂式


新調・大修理しただんじりを神社に向かい魂を入れる日の行事で、お披露目としての役割もあります。

昇魂式

新調や大修理する際に、氏神にお参り、もしくは宮司さんを招いて宿っている魂を祓う儀式です。新調の場合、今まで曳いていた、だんじりのお別れ曳行する事もあります。


2015年10月06日

岸和田祭りの運営組織・団体について

町会が運営組織

岸和田だんじり祭りの運営は、町会が運営組織となっています。
各町で「だんじり」をそれぞれ所有して曳行しています。


町会は年齢別に 「世話人」「若頭」「組」「青年団」「少年団」などのいわゆる 「祭礼団体」を組織し、 世話人の責任者が「曳行責任者」を担当します。町会長は、全体の責任者たる「総括責任者」となります。「曳行責任者」は、現場の最高責任者として「総括責任者」(町会長)とともに、2日間のだんじり曳行の重責を担う事となり、不幸にして事故が起きたり死傷者が出た際、刑事責任を問われるのはこの「総括責任者」と「曳行責任者」となります。

少年団・子供会:中学生まで

15歳くらいまでの少年少女で構成されています。前方の安全な場所でだんじりを曳く、町によっては綱先(つなさき:一番先頭)を少年団が担当しているところもあります。

婦人会

直接曳行にはかかわらず、だんじり曳行の携る者の各種サポートを行ったりします。

青年団:16〜27歳くらい

綱を曳く「綱先」「綱中」「綱元」と、だんじりに乗って太鼓や鉦、笛を鳴らす「鳴物」または「囃子方」に大別できる。綱を持つのを卒業すると「追い役」となり、曳き手を統率したり前方の安全確認などを行う。青年団長も「追い役」のひとりである。

組:28〜37歳くらい


青年団を卒業した27,8歳以降の者で構成され、後梃子(うしろてこ)を担当する。拾五人組、参拾人組など町によって名称が異なります。

若頭:38歳〜47歳くらい
青年団・組のまとめ役として事実上、祭を取り仕切ります。だんじりの足回りの管理も行い、曳行の際は前梃子(まえてこ)を担当しています。

世話人:48歳くらいから

祭り全体の運営を行う、町全体のまとめ役となります。

相談役・賛助員・参与

町によって名称は異なりますが、世話人を終えた年配者の組織です。町の長老として祭りのしきたりなどを後進に指導します。

岸和田祭りでは各組織が一体となり、気が合った時に一番良い「やりまわし」が出来ます(^'^)

岸和田だんじり祭り 2014年9月12日 大手町貝源 やりまわし
       ↓


2015年10月03日

岸和田だんじり祭りの歴史の勉強!!

泉州・泉南一円、10月の秋祭りがはじまった!



9月の岸和田祭りが終わり、泉州地域では、
岸和田の山手地域に始まり、貝塚市、泉大津市、忠岡町、高石市、泉佐野市、泉南や泉州地域各地で
10月の祭礼が始まりました。

先週から今週の日曜日に各地で「試験曳き」という、練習のようなものが、始まりました(^'^)
練習と言っても、ほとんど本番と変わらない迫力で、単純に曳行時間が短いだけです!

これからしばらく9月に終わった岸和田祭りについて記事をアップしていきます。
あくまで個人的な記事ですので祭り関係者の皆さま、間違いなどあればお許し下さい(^_^;)

大手町だんじり



約300年の歴史と伝統を誇る「岸和田だんじり祭」


元禄16年(1703年)、時の岸和田藩主岡部長泰(おかべながやす)公が、京都伏見稲荷を城内三の丸に勧請し、米や麦、豆、あわやひえなどの5つの穀物がたくさん取れるように(五穀豊穣)祈願し、行った稲荷祭がその始まりと伝えられています。昔は、穀物がたくさん取れるよう祈願したお祭りでしたが、今は社会の構造も様子も変わってきました。収穫をともに願い、祝うといったことからはじまった一年に一度の祭りは時代がかわり、社会が変わる中にあっても、人々の気持ちの根本に流れる「地域」を結びつける精神は、ずっとつながってきています。

岸和田城天守閣から見ただんじり
     ↓
岸和田城から
岸和田祭り


「だんじり」とは、もともとお祭りのときに曳く出車(だし)や屋台(やたい)のことで、この車にいろいろなものを飾って、中に人が乗り、囃子(はやし)をします。
一般的に「だんじり」と表記します。

 だんじりの大きさは、高さ約3.8m、長さ約4m、幅約2.5m、重さ約4トンで 「けやき」で作られています。なんとすべて釘を使わずに組み立てられています。

だんじりには、 住吉型の「上(かみ)だんじり」に対し、 岸和田型の「下(しも)だんじり」と大きく二つに分かれています。江戸時代は「三つ屋根だんじり」や「四つ屋根だんじり」があり、城門をくぐるために、屋根を上下にずらせる「からくりだんじり」などもありました。岸和田以南(岸和田、貝塚、熊取、泉佐野、田尻)では岸和田型となり、和泉市、高石市、泉大津市、堺市は上だんじり・下だんじりが混在していますが最近は下だんじりが増えつつあります。
なお、堺より北は下だんじりはほとんどありません。

周囲の 彫り物は、 源平合戦、大坂夏の陣など戦記物語の名場面を彫り上げた力作で、人馬とも精巧かつ力強く、すばらしいものです。

彫り物だけでなく、だんじりを飾る金綱、前旗、後旗、すべて金系・銀系で豪華絢爛です。江戸時代の文化が、現在も引き継がれてきました。

大手町だんじり清払い式
     ↓
大手町だんじり

町によって違いますが、 2本の綱の長さは、100m〜200m ひき手は500〜1000人です。

日中は地車(だんじり)が勇壮、豪快に町中を駆け回り、特に勢いよく街角を直角に曲がる「やりまわし」は一番のみどころです。夜に入ると、地車は約200個の提灯に飾られて華麗な姿に変身します。提灯を揺らしながら夜の町を行く姿には情緒があり、ゆっくりと祭りの風情が楽しめます。

次回はだんじり祭りに関わる、団体や組織についてアップします!

2014年 岸和田だんじり祭り かんかん場 やりまわし 大手町の動画です。
            ↓



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