【不眠症カフェ】 Insomnia Cafe

【不眠症カフェ】 Insomnia Cafe

2005.01.29
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私はその魅力的なバーのマダムに、思い切って、「私は、あなたが欲しい」と直裁に言ってみた。
そうしたら、「I’m not for sale 私は売り物じゃないのよ」と言って、プイと横を向いた。

その時、「どうしても彼女をものにしたい!」、という、強い男の意気が、私の心の中に芽ばえた。
昔から、私はシャイなくせに、難攻不落な、日露戦争における陥落不能な旅順203高地のような女性を見ると、攻撃本能がうずき出す。
相手にとっては迷惑な話だが。
年上の女性が好きという、私の弱点も作用したのかも知れない。

「私のこの純な想いをぶつければ、必ず彼女は私を受け入れる。」
そういう、不条理な確信があった。
日本人の女性には極めて臆病な私だが、不思議なことに、外人の女性には、恥を知らないのだ。
日本人の女性の好意には極めて鈍感な私だが、外人女性の好意は鋭敏に感じ取るアンテナも持っているのだ。
日本では、恋人も満足に出来なかった私だが、海外では、女性とは、ほとんど、いいことばっかりだったし。
(オイオイ)

それから私の口から、「私はいつまでもここに座って待っているから」とか、「今夜、私はあなたのフラットに泊まりたい!」などと言う、普段の紳士的な?いや、臆病な私からは考えられない、大胆不敵というか、馬鹿というか、そういう言葉がなめらかに出て来た。
これはアラブでの修行僧のような生活からの環境の激変と、旅の恥はかき捨て、という健全な思想がベースになっていたと思う。

しかし・・・、せっかくそういう言葉をかけても、彼女は顔色も変えず私を無視し続ける。
私は店のママが、店の女性の邪魔をしたとなると、店の女性に対して、しめしがつかない・・・ということだろう・・・と、都合のいいように考えた。
だから、普段から女性にマメでない私だから、そんな屈辱的な状況なら席を立つはずなのに、その時はなぜか、いつまでもグズグズとカウンターに座っていた。

一方、私の後輩の方はバーガール達と、不自由な英語同士で、楽しげに歓談していたが、そのうちに、その一人についに陥落して、シャンペンをおごった。
バケツに入った氷の中にナプキンにくるまれたシャンペンが出て来て、私も少し頂戴した。
このシャンペンは、結局、両性の合意を示すものらしいが、もちろん「男性は女性を、女性は男性を、永遠に愛します」というものではなく、一期一会の合意で、まもなく、彼はどこかに消えて、それからしばらくして、どこからか、あらわれた。
末代までのちぎりを交わすことはなかったようだ。
そうして満足そうにビールを飲んでいる。
以心伝心、魚心あれば水心。
私は何も言わず、彼の健闘を祝した。

ところが、そういう私の好意にもかかわらず彼は、「alexさん 私、もうそろそろ失礼します」と、冷たいことを言うではないか。
仕方がない。
いつまでもここで、私のお供をさせるわけにもゆかない。
一期一会のちぎりはすんでしまったらしいし、自由な空に飛び立たせてやらなければいけない。

「そうか。 私は今晩はホテルに帰らないつもりだ 私のスーツケースよろしくね」と言ったら、こころよく、「わかりました 私はこれから自分でいろいろ廻ってみます」と、買ったばかりのパリの地図をかざした。

残った私も、そのうちに空腹になったので、店の外に出て、食事をしてまたバーにもどった。

店にはジュークボックスがあって、客やバーガールがコインを入れて、当時のヒット曲を聴いている。
ときどき、バーガールが私に「ジュークボックス用のコインちょうだい」と言うので、あげる。
彼女たちも、ママにお熱の私のことは、商売的にはすっかりあきらめているのだ。

そのうち私は、ジュークボックスで、昔好きだったプラターズの「Only You オンリー・ユー」と言う曲をかけて聴いていた。
そうすると、それまでずっと仏頂面だったマダムが私を見て、一瞬、ほほえみを浮かべた。
私の彼女への「想いの曲」だと思ったようだ。
これはラッキー。
これで、なんとなく、このブロンドの旅順要塞攻撃の戦勝が見えてきた気がした。
彼女も、もう私に「帰れ」とは言わなくなったし・・・。

ついに夜も深くふけて、ていうか、丑三つ時の二時近くになった。
女性達はもうみんな帰宅してしまっていて、店にいるのは私とマダムと、もうひとり、店の女性の中ではチーフ格らしい女性との、三人だけとなっていた。

マダムは店を閉めて、灯りをほとんど消して、今日の売り上げを彼女と数えだした。
難しい顔をして、電卓を片手に計算を繰り返している。
外人はこういう計算は苦手だと聞いている。
私は数学(代数・幾何)は苦手だが、足し算は得意だ。
「計算を手伝おうか?」と親切で言ったが、「必要なし」とピシャリと言われてしまった。
それもそうだ。

そのうちにマダムとチーママ?が、私に「シー!」と、静かにしろと言う。
「ポリスが巡回して来たから」と言う。
しばらく、私も物陰に身を潜めた。
どうも深夜二時頃以降は、営業をしてはいけないらしい。
すっかり店の人間のような気持ちになっている私は、「もしポリスが踏み込んできたら、私は客じゃない・・・と言えばいいよ!」とマダムに提案したが、あっさり無視された。
私が客じゃないって、それ、私だけが思っているだけじゃない? 確かに。
思いこみはいけない。

計算を終えたマダムは、わくわくしている私と、チーママとの三人でタクシーを拾い、モンマルトルの高台のアパルトマンに帰った。
エレベーターはあの古いフランス映画に出てくるスケルトン・タイプのもの。
つまり動物園の動物の檻(おり)のような鉄製の黒いエレベーターで、ドアは手動。
動き出すと「ウォ~~ン」と言うモーターのうなりが聞こえ、檻は上昇して行く。
目的の階に着くと「ゴトン」と止まる。
折りたたみ式のドアを、ガシャンと手動で開く。

チーママはここまで着いてくる。
おじゃま虫なのに、わからないかな~。

部屋で、三人でしばらく酒を飲んだ。
その時やっと気がついたが、マダムは英語を流ちょうに話す。
おかげで、会話を通じて私が何者かも、徐々に理解したらしい。

そのうちに、マダムは私を、さして危険ではない男と判断したらしく、チーママに「帰ってもいい」と言い、「彼女にチップを上げて」と、私にささやいた。
タクシー代、それに時間外勤務と納得して、かなりの額のチップをわたした。
ケチだと思われてはいけない。
・・・というわけで、警護役を兼ねていた憎いチーママは、とうとう帰宅していった。
これはうれしかった。
喜んで送り出した。

~~~~~~~~~

マダムが引き詰めた髪を解いたら、髪は腰まであった。
それに、2人になってはじめて気がついたが、彼女はスカートじゃなくて、スラックスをはいていた。
ていうか、アフリカ探検隊のようなサファリ的な服装だった。

典型的なフランス女性は丸い体型をしているが、彼女はラテンよりゲルマン系の血が濃いらしくて、脚の長い、ヒップの位置が高い、引き締まった肉体美だったので、その方が似合っている気がした。
最後にもう一度ウィスキーを飲んでから、彼女はキングサイズのベッドのシーツをめくり、2人でベッドに入った。

ブロンドの旅順203高地要塞に砲撃を加えていたら、とつぜん、私の身体の下にいた彼女が、まるで獣のような大きな叫び声をあげて、あわてて、自分の手の平で自分の口をふさいだ。
その瞬間、私は、彼女の声はあのエレベーターの空間を伝って、このアパルトマンの全館にひびいるのかな? 明日帰って行く時に、このアパルトマンの他の住人と出会うと、恥ずかしいな~などと、場違いな、日本人的なつまらないことを一瞬考えた。

ブロンドの203高地が陥落してしばらくして、彼女がシーツをめくると、一部が大きく濡れている。

「ラメール(海)」と彼女がつぶやいた。
・・・と、私は思ったのだが。
後に知ったのだが、これは「メルドゥ」というフランス語で、英語で言えば「shit ! シット!」、つまり「クソッ!」とか、「最低!」という言葉だった。
シーツを替えて眠りについた。

私はずぶといところもあって・・・というか、冒険的な状況がすきなので、でも、アルコールのせいもあったかな? こういう状況でも、不安感も無く、ぐっすり深く眠ってしまった。


翌朝、彼女はチーママに少し遅れて行くと電話して、私の隣で寝ていた。

シーツをそっとあげて、彼女の肉体を眺めてみた。
部屋に溢れる陽光がシーツを透して差し込んで、彼女の身体がバラ色に輝いていて、長いブロンドが背中を覆っていた。
窓のカーテンが微風にひるがえって、鳥のさえずりもパティオから聞こえる。
これで、やっと芸術の都、花の都を征服したような気分になって、またウトウトとした。
文化・文明の違いを乗り越えるには、やはり女性を乗り越えなければいけない。

昼すぎに、ホテルに帰って、後輩の部屋をノックした。
「あれからどうしたのか?」と聞いてみたら、パリ見物はそこそこに、名画?を見たらしい。
「セックス・エアラインズ」という題名のポルノ映画で、その機内では、スチュワーデス達が半裸の制服で(半裸の制服という前例のない、イレギュラーなものを、なかなか想像できないのだが)、機内の通路を歩きながら、各乗客にそれぞれ、非常なセクシー・サービスをしてまわるのだという。
「いいな~! その映画を見に行こうか? セクシー・サービスって、具体的にはどんなものなんだ?」
「alexさん、私はもう見に行きませんよ それより、あの鬼瓦(おにがわら)どうでした?」
この後輩は、私のガールフレンドをかならず「鬼瓦」と呼ぶ、先輩思いで、礼儀正しい後輩だ。

「君も女性と消えたじゃないか? どうだった?」
そう聞いてみたら、
「混血らしいですよ パパ・エジプト、ママ・スペインと言っていました」


私は翌日も、あのバーへ行き、前夜と同じようにマダムのアパルトマンに泊まった。
昼間は体力を温存するために、賢明にも観光は敢えて避けて、ホテルで安静に?過ごした。

その夜、マダムに、「あの女性はエジプト+スペインの混血らしいね」、と聞いたら、「彼女はアルジェリアよ」と軽蔑したように言い放った。
パリではアルジェリア人が溢れていて、しかも昔植民地だったアルジェリアから流入してきたアラブ人ということで、ヨーロッパ人より格下に見られる傾向があるようだ。
勉強になった。

その日もホテルにもどったら、後輩が、「alexさん、私はスーツケースの一時預かり係りじゃありませんよ いい加減にして下さい! それに、まだパリで一度も、ホテルに泊まっていないじゃありませんか?」とズケズケ言って来る。
と言っても、この後輩とは同じ大学の先輩後輩でもあり、いつも冗談ばかり言い合っている仲なので、彼が私に対して怒っているわけでは無くて、じゃれ合いのようなものだ。

せっかくなので? 昼間は彼とパリをちょっと見物した。
それにオフィスにも顔を出したが、こちらは出張者でパリ店と直接関係のある商売を担当しているわけでもないので中東の話題などの雑談をして、それから日本レストランで駐在員と夕食を共にした。
駐在員は後輩から私のご乱行を聞いていて、「alexさんのような出張者は、初めてですよ」とあきれている。
しょうれいの地(厳しい生活の土地)での、苦難に対する同情が不足しているようだ。

とは言え、彼の情報によると、最近ある出張者がナイトクラブへ入ったら、睡眠薬入りの飲み物を飲まされて、気がついたらリュクサンブール公園に裸で寝ていたという。
もちろん、金品などめぼしいものも全部盗られていたという。
「alexさんも、そういう目に会わないように気をつけて下さいよ」と、親切?におどかしてくれる。

冷ためで、私に愛情を示さないが、肉体的には私に愛情?をしめしてくれる(?)マダムが、そういう恐ろしい女性だとは思わなかったから、余裕で笑っておいた。

== 続く ==








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最終更新日  2005.02.03 10:30:04
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