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つるバラのアンジェラちゃんです!
東京新聞夕刊、往復書簡より、伊藤比呂美さんの文章をいただきます。
=アングルスさんへ
=夫の芯だ後の処理がほとんど終わった。気がついたらもうすぐ四十九日。四十九日なんて概念はこっちにないけど、人がいなくなった寂しさが薄れるのや残していったものを片づけるのにそのくらいの時間が必要だってことかもね。夕方、自分のグラスにワインをつぐ。昔はあたしが夕食を作ってると、夫が台所に来て、こうしてあたしにワインをついで自分はスコッチ片手にいろいろ話したなあと思うとまた寂しくなる。無くしてからそれがわかる。
熊本の地震で「無くしたか」と一瞬焦ったのが熊本の文学だった。そもそも熊本の名物はと聞かれたら、くまモンだデコポンだと人は言うだろうけど、あたしに言わせたら文学だ。
漱石旧居がある。熊本バンドの創始者ジェーンズの館は地震で跡形もなく潰れてしまったが、でもまだ石牟礼道子と渡辺京二が生きている。それを若い世代が熱っぽく支えている。こんなに文学がさかんなのは、場があるからで、それがオレンジという小さなカフェ兼雑貨屋。オーナーはTさん。カフェができて十五年。、橙書店という小さな書店が併設されて九年になる。
人が集まる。イベントを企てる。地元の人だけじゃない、余所からの風を運んでくるような流れ者がふらりと立ち寄っていく。それが文学の流れになる。そうやって熊本の文学の「いま」ができてきた。
橙書店には上から下まで本がつまっている。カフェの棚には器がひしめいている。当然割れて壊れて散乱した。立て直したところで本震があり、また割れて壊れて散乱した。Tさんはどうするか、熊本の文学はどうなるかとあたしは途方に暮れた。こんなに大切だった・・・といつも無くしてからわかる。
でもTさんは店を再開した。
人がまた来だした。こんなときだから本を読みたいと、来る客が言うそうだ。Tさんは聞かれれば本を勧める。それが的確ではずしたことがない。あたしも前に「哲学者とオオカミ」という本を勧めてもらった。これがまた、自分もこんなのが書きたいと思えるようないい本だった。=
☆という伊藤比呂美さんの「往復書簡」でした。
熊本の「オレンジ」さん「橙書店」さん、行ってみたいです。熊本の文学を支えて皆さんの拠り所になっているんですね。