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2023.12.31
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カテゴリ: 探訪


本社の周囲を半時計回りに巡る とき、左側に本社の外観を眺め、 右側には「信長塀」を背景に、まず奉納された石灯籠が林立 しています。
一つ一つ石灯籠のスタイルが違います。これがおもしろいところ。
この信長塀は天正8年に織田信長が寄進したと伝わる塀 です。瓦と土を幾重にも重ねて作られていて、銃撃や耐火性、耐久力に優れていると言います。 (資料1)




本社には東門がありました。信長塀には 「東総門」 (重文)が設けてあります。
この門の外は裏参道に降りていく石段道です。 現在の東総門は江戸前期に建造された ものです。

東総門の北側に 「摂社と末社」の案内板 が立っています。

摂社は「本社の祭神と縁の深い神を祭った神社」で、末社は「本社に付属した神社。支社」です。 (資料2)
説明内容はご紹介の中に織り込んでいくとして、

摂社と末社の配置図 を切り出しました。全体の配置状況がわかりやすくなることでしょう。


最初に目に止まるのがこの 「水若宮社」 (摂社、重文)です。本社北側の参道の突き当たり、東端に位置します。 御祭神は宇治稚郎子命 。我が地元宇治に縁の深い神です。
江戸時代前期、寛永頃に再興された社 だそうです。

格子戸の内部にはさらに扉があるようです。その前に 金色に輝く一対の狛犬像 が向かい合う形で配されています。
向拝の蟇股

頭貫 には線刻が入り、 木鼻 は象を連想させるシンプルなデザイン。角柱の上部の 木組み には、幾何学模様が極彩色で描かれています。

本殿の蟇股 には、桃の実(たぶん・・・)が彫刻され、あざやかに彩色されています。


水若宮社の北隣りは 「氣比社」 (末社) ​​ です。
この名称から、福井県敦賀の氣比神社から勧請されたものと推測します。


本社東側の参道の北端にこの 「若宮殿社」 (摂社、重文)。 御祭神は応神天皇の皇女
女性の守護神 として信仰されているそうです。

       この社も朱塗りで極彩色に彩られています。


西隣りが 「若宮社」 (摂社、重文)で、 御祭神は仁徳天皇 男性の守護神 だとか。
この若宮社は、 日吉(ヒエ)造という珍しい形式 の建物だと言います。

日吉造は 比叡山麓の日吉大社本殿だけにみられるの形式 だそうです。
母屋(モヤ)は切妻造、平入りが原型で、正面3間、側面2間の母屋が内陣となり、前方と左右にそれぞれ1間の外陣が設けられます。左右の側面は庇がつけられます。そのため外観は正面(桁行)が5間、側面(梁間)3間となり、前面の向拝が付けられます。そして、高欄付きの回縁がめぐらせてあります。 (資料3)

この若宮社と若宮殿社は、本殿創建から70年程後で、平安時代前期には創建されていた そうです。
現在の建物は寛永年間(1624~1644)頃の建造 だそうです。

「御本殿での祈祷ののち、『浄め衣』に願いを書き、男性は若宮社、女性は若宮殿社に奉納します」と案内文に記されています。






​若宮社の向拝の木組と蟇股、木鼻の景色​

南西側から



「北総門」 (重文)とその手前に勧請された 「貴船社/龍田社」 (末社)。
江戸時代末期の建造とか。京都の貴船神社と奈良の龍田大社からの祭神の勧請によるものでしょう。


北総門の屋根の鬼瓦


北総門の西側には 「一童社」 (末社)とその西隣りに 「住吉社」 (重文)があります。
住吉社は江戸時代前期、寛永頃の建築で、再興された社 一童社は江戸末期に建てられ たそうです。

住吉社の社の細部 を眺めてみます。

​一間社流造の社​ です、 向拝の蟇股

木鼻は左右で異なる草花 が彫り込まれています。

   本殿正面の蟇股 。蓮華座の上に宝珠が彫刻されています。

向拝の軒を支える手挟(テハサミ)
側面の蟇股


住吉社の西側、本社境内の 北西隅に「校倉(アゼクラ:宝蔵)」 があります。京都府指定文化財。
この校倉は 江戸時代中期からあり、類例の少ない校倉建築 だそうです。 (案内文より)

西側の参道に回り込みます と、

西総門の近くに この社があります。ここには、 「広田社/生田社/長田社」 (末社)の三社が一棟に勧請されています。三社漣棟です。
広田社は、兵庫県西宮にある廣田神社、生田社は大阪の生田神社、長田社は神戸の長田神社からの勧請だと推測します。


「西総門」 (重文)を通り過ぎ、少し先で 振り返って撮った景色 です。
信長塀の姿がわかいやすいところ です。




信長塀の傍に立つ案内板は、塀の外側に聳えている 御神木「楠」 の案内です。
楠木正成公が建武元年(1334))に必勝を祈願し奉納した楠 と伝えられています。
 樹齢は約700年、京都の天然記念物の指定されています。」 (案内文転記)

これで本社の周辺をほぼ一巡りしてきたことになります。

この後は、裏参道と中参道の探訪をしました。

つづく

2023年も今日が大晦日。 拙ブログをご覧いただきありがとうございます。
2024年へと年を跨がりますが、このシリーズをあと少し続けます。お付き合いください。

参照資料
1) リーフレット「国宝 石清水八幡宮」
2)『新明解国語辞典 第五版』(三省堂)
3)『図説 歴史散歩事典』 監修 井上光貞  山川出版社  p116

補遺
石清水八幡宮 ​  ホームページ
宇治神社 ​  ホームページ
宇治上神社 ​ :ウィキペディア
氣比神社 ​  ホームページ
貴船神社 ​  ホームページ
風神 龍田大社 ​  ホームページ
廣田神社 ​  ホームページ
生田神社 ​  ホームページ
長田神社 ​  ホームページ

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