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崎谷さん初の、一般向け作品。人生に躓きトラウマに苛まれながら、自分自身を模索する主人公と、彼女をさりげなく守る周囲と、彼女の扉を開く男の物語。鎌倉という街の情緒、綺麗で気の利いた小物たち、独りで憩えるレストラン、自分の仕事、自分を思い遣ってくれる人、自分の話を聞いてくれる人、そして、自分を振り回してくれる人…些か美女と美男揃い過ぎるけれども、確かに働く女の夢の世界には違いない。年相応の、様々な変化に対応できた女には、主人公の頑なな未熟さが鼻につくだろうし、一々ぶつかり続け、屈託を感じ、歪なものを抱えたまま年を重ねた女には、主人公の縮こまる心に共感があるだろう。読み手によって、評価や、もっと言ってしまえば好悪が、はっきり分かれるのも、ジャンルは変れどやっぱり崎谷さんらしいところ。個人的には、昨今の崎谷さんのBL作品より、すっきりと読み終える事が出来た。まずはこれが試金石で、おそらくこれ切りにはならないだろう。次に、どういう傾向でくるか、先の楽しみも貰ったと思う。まぁこういうジャンルだから、需要も実現も無かろうけど、つい脳内変換するのはお約束。国内海外問わず旅へ出る男は、海辺のカフェレストランに似たようなシェフがいたし、謎めいた美貌の人は、海辺のカフェレストランの店長に似ている気がするし、才能を持ちながら控えめな青年は、海辺のカフェレストランのフロアスタッフに似ているし、相手を萎縮させトラウマを植えつける男は、例の弟が似たような未熟者だったし…これもまた、崎谷作品の愉しみ♪肝心な主人公はというと…女声は降ってこない体質なモノで(笑)。 『トオチカ』 2013年4月 角川書店 崎谷 はるひ * 佐原 ミズ
May 16, 2013
祝!!! 『100冊刊行記念』巻末の100冊リストを見ると、個人的「初めまして」は15冊目、2002年の『ねじれたEDGE』。個人的に加えて、初黒ラキ、初サイバーフェイズ、初野島弟な作品だった。さすがのタフネスも、ここ数年はいろいろ大変であられた…どうかくれぐれもご自愛下さり、ますますの充実と発展をお祈り申し上げます!!!さて、と…記念の小冊子の為にも、積読山脈から発掘して、とっとと本編読まねばな…
January 28, 2012
初恋の相手との一夜が明けてみたら、修羅場だった…呆然とする姫は成す術もなく、身も心も傷付けられるばかり。そこへ、見ず知らずの王子サマが飛び込んできて、悪者を殴る蹴る。助け出された姫は、王子サマとお試しのお付き合いをするコトになり、やがて…‘信号機シリーズ’のスピンオフ。主人公は、シリーズの舞台だった専門学校の生徒で、‘ヒマワリ’の二人が登場するものの、これ単独で読んでも差し支えない程度。キャラクター的にも、物語的にも、込み入った事のない、素直な作品。可愛い男の子がステキな青年と出逢って、軽いミント味なアレコレはあるものの、甘やかでおしゃれな雰囲気に、ふんわりくるまれたイメージ。ま、そこは崎谷さんだから、そーゆー系統もサービスたっぷり。本性を現した王子サマの、攻めっぷりというか、耽溺具合がまた濃厚。甘い蜜にあっぷあっぷしてる姫より、むしろ王子サマの方が喘いでるカンジがする。そのあたり、流石ねこ田さん♪と言うべきイラストが描かれているのも、美味しい。この作品が書かれた事情は、崎谷さんがTwitter等で早くから語ってらした。実際、私自身、痛いとか暗いとか重いとか、そういう系統の作品を気分的に避けているので、素直に嬉しい配慮だと思う。本来の順番では、主役だったはずの二人も登場しており、彼らの物語は秋に予定されている。その頃には、シリアスでスパイシーな物語を堪能できる状況になっていると良い…ねこ田さんによる表紙の、甘ったるい恋人たちにあしらわれたミントグリーンがとても綺麗。そういえばミントチョコって、‘アフターエイト’だったっけ… 『ミントのクチビル‐ハシレ‐』 2011年5月 ルチル文庫 崎谷 はるひ * ねこ田 米蔵
June 6, 2011
『インクルージョン』は、その物語自体というより、秀島照映に興味があって。あの秀島慈英が、従兄弟という極近い血筋に居る事の葛藤が、やっぱりあったんだと判っただけでも読んで良かった。お相手となる大学生が、可愛くて内面的に普通の若者というあたり、照映にとってほっとする存在なんだろう。まぁ、一般人として、天才を身内に持ちたく無いのが、やっぱり本音には違いない。ましてや、己の才能を自覚しながら、でも、天才ではない事も痛感していたら。来月、臣と慈英に再会出来るのは、読者だからこその愉しみ。『純愛ポートレイト』は、年上のおっとり美人と、美大写真学科に通う美大生のお話。自分に自信が無くて仕事で悩んでいたサラリーマンが、写真に撮られる事で知らなかった自分を知り、年下に振り回されるようにして恋に落ちていく。元々の美人に磨きがかかり、実も心も解放されていった時、カメラに収められたポートレイトは特別なものになる。秘かに惹かれていた美人と恋仲になって、それに浮かれて暴走するのは年下の愚かさ。自分の居る環境では当然の事でも、一般社会では非常識だとは思いもしなかった事が、恋人からキッパリと別離という結末を突きつけられる。可愛くてならない年下に、ただ絆され流されるだけではない年上の矜持は、でもその内心のダメージは年上の方が余程深い。もちろん、幸福なハッピーエンドになるのだけど、ただ恋をして浮かれてるだけではない物語が好もしかった。年上のしっかり者が、年下ワンコをちゃんと躾けるだろうし、でも、ワンコのヤンチャは完全には治らないだろうけど、そんなところもまた可愛くてならないのだろうし。『不機嫌で甘い爪痕』『不条理で甘い囁き』は、年上ツンデレ美人な宝飾デザイナーと大手時計宝飾会社に勤める年下ワンコ系サラリーマンのお話。仕事も恋も一生懸命な二人だから、時々トラブルもあるけど、甘々~な恋人同士。この年下ワンコがまたよく出来たコで、こういう可愛いワンコが身近に居たら、日々の生活にさぞや潤いがあろうかと。でも、そんなワンコも時にナーバスな事に陥ったりするけど、そこは二人してちゃんと乗り越える。崎谷さんらしく、仕事に関するアレコレにもページを割き、極甘なシーンもふんだんに、そして絡みはこってりと大増量。このシリーズは更に続くそうで、何となく、根拠のない勝手な想像だけど、AtisさんあたりでドラマCDにもなりそうな気がする。崎谷さんが描く、家事も仕事もさりげなく出来るワンコ系というと、つい羽多野サンの声がしてくるのだけど…さすがに、もう、無いかなぁ… 『インクルージョン』 2009年6月 ルチル文庫 崎谷 はるひ * 蓮川 愛 『純愛ポートレイト』 2009年8月 ダリア文庫 崎谷 はるひ * タカツキ ノボル 『不機嫌で甘い爪痕』『不条理で甘い囁き』 2009年7月、9月 ルチル文庫 崎谷 はるひ * 小椋 ムク
November 25, 2009
‘ブルーサウンド’短編集。同人誌や全サ小冊子、サイト掲載や送信の改稿が中心なので、初読みは1作だけなものの、やっぱり嬉しいこのシリーズ。何といっても、美人さんに磨きがかかった藤木と、嘉悦さんの殿様振りに、にやり♪おおや和美さんのイラスト入りなのが、尚一層…お馴染みの面々の様々な様子を読めるのも、短編集だからこその愉しみ。彼らの世界は、まだまだ展開しているのだもの。このシリーズの今後を、更に期待したいんだけど!実のところ、ドラマCDの続きもまだ諦め切れないし… 『ただ青くひかる音』 『波光より、はるか』 2009年11月 ルビー文庫 崎谷 はるひ * おおや 和美
November 1, 2009
崎谷はるひさんの、『オレンジのココロ-トマレ-』を読みました。前作で、史鶴を懸命に励ましていた、誰よりも元気で強気だった相馬朗が、実は常に必死で孤軍奮闘していた事を知りました…美術系専門学校のデザイン科に通う相馬は、優れたイラストの才能を持っており、講師の栢野志宏からキャラクター・イラストのコンペに作品を出すよう、強く勧められていました。誰もが認める才能を、ただ一人相馬自身は目を瞑り、ただ堅実で平凡な生き方を自分に言い聞かせていたのです。誕生する以前から強い想いを託され、周囲の大人たちからこの上なく大切に育てられながらも、誰一人として相馬を最優先に思い遣れない状況を納得し、自分自身を処理し続けてきた彼にしてみれば、自分本位の将来などあり得ない事でした。でも、栢野は決して諦めず、相馬の決心を促します…‘信号機シリーズ’の2作目です。前作で、ピリッとした魅力を発散させていた相馬なので、タイトルの「トマレ」は、何事にも強気に突っかかって行く猪突猛進ボウヤを、例えばオトナがちょいと懲らしめて止まる事を教えるという意味だろうか…と、そんな想像をしていました。ところが、相馬のはねっかえりは、誰に心配させずとも何事も自分一人で解決出来、周囲に元気で明るい様子を当然と思わせ、必死で自分自身に「大丈夫!大丈夫!」と言い続けている表れだったのです。物語を読み終えた時、「トマレ」は相馬自身への言葉ではなく、相馬の真実に気付き常に見守れる存在となるべき人物への呼びかけだったと感じました…相馬の友人たちは、クリエイター揃いな分、実に個性的です。今回、誰よりキョーレツだったのは、ぽちゃこくんコト田中連の彼女の浅丘みやこでした。何とゆーか、おそらくハタチそこそこの小娘(笑)なのでしょうが…このまま順調に人生を驀進した、30台のミヤに会ってみたいような、勘弁して欲しいような…そんなキョーレツな彼女に捕まったままで居られるぽちゃこくんの、底知れぬ大物振りも窺えるよーな気がして、この最強カップルが日本のメディア界でどういう存在になっていくのか、あっさり牛耳ってしまうのか、知りたいよーな怖いよーな…史鶴も我が道を進んでいるようで、その傍らには冲村がべったりくっついていて、お互いの創作活動にも良い影響をし合う関係となっているのが判ります。専門学校の様子や、皆で参加したデザインのイベントの様子や、耳慣れぬ専門的な用語の数々など、本筋の周囲に関する描写が些か多過ぎるという感想も少なくなかったようですが、私にはそれらの描写が楽しく、また本筋の息苦しさを緩和させてくれたように思います。むしろ、本筋の相馬自身の物語だけでは、彼のあまりにも特異な境遇に、途中で音を上げてしまったかもしれません…この相馬の物語は、彼の身内を肯定出来るかどうかによって、感想が変るだろうと思います。何といっても、彼の母親を、母親と認められるかどうか… 正直、私には理解が遠く及ばない人物なので、解釈は放棄してしまいました。彼の父親も理解し辛い処があり、そもそも、入籍して父親となる決心を出来たのかどうか… むしろ、現実的な伴侶が存在している事の方が、瑣末だと思えます。もし、この父親が真の意味で父性の持ち主であり、懸命に我が子を男手一つで育て上げたのであれば、あの母親の在り様も好意的な理解がし易かったでしょう。でも、父親はまるで死の恐怖から逃げるように仕事に縋っていると思えてしまい、だから、母親に似た息子からも逃げ、彼を義理の弟(相馬の叔父)に押し付けているとすら感じてしまうのです。相馬の叔父が、自分の姉に対する想いが深過ぎて、いざとなると甥である相馬を失念してしまうのは年長者として無責任とも言えますが、でも、実の父親ですらああなのだから決して責められないと思います…あれこれ考えてしまうと物語の本筋が読めなくなってしまうので、相馬を取り巻く状況を容認できる世界なんだと思う事にしたのですが…母親の運命の苛酷さを、相馬は物心つく以前から実感して育ったであろうと思うと、周囲に対する想いは当然深くなるだろうし、自分自身の存在する意味も痛感せざるを得ないでしょう。そうであっても、自分が生まれた理由は母親の身代わりだと感じていただろうし、自分自身をを常に二の次に置く事を肯定するように育ってしまったのは、やはり痛ましくてなりません。相馬が望む事すら出来なかったのは、彼自身の存在を認識して、大きな愛情で受けとめ続ける、普通の子供が当り前に持ち得る普通の両親という存在だったのですから…そして、栢野志宏が登場します。最初は、相馬の才能に気付き、相馬自身が気になるようになり、そして相馬の様子を心配し思い遣るようになります。その、人が想う相手に当り前に寄せる気持ちが、自分に対する他者からのストレートな想いを知らずに育った相馬には、理解できません。また、栢野自身にも、乗り越えねばならないものがあり、だから最初はなかなかもどかしいのですが、栢野の覚悟が決まってからは真っ直ぐに想いを寄せる事の表現を躊躇しない人なので、相馬にとって本当に良い存在であるのを実感できました。相馬は生まれて初めて、ただ相馬という存在を見つめ、相馬にだけの愛情を注ぎ、そして相馬自身を抱き止め、相馬の想いを受け止める人を得られたのです。その事が、本当に嬉しくてなりませんでした…信号機シリーズの前作は、声を想像しながら愉しんでしまいましたが、今回も同様でした。相馬は、前回の時に近藤隆さんが良いなぁ~と思ったのですが、それは今回の物語を読んでも揺らぎませんでした。お相手の栢野ですが…鳥海浩輔さんの声がするんですけど……崎谷作品での教師な鳥さんって既にあるから、ダメかしら? でも、表面優しげでちょっと訳ありな、その内面は甘やかで熱っぽいオトナの男って、鳥さんにピッタリなんだけどなぁ。そして、次回作の主人公である昭生と伊勢ですけど、羽多野渉さんと千葉一伸さん…ヘタレ受の美人攻…なんてどうかしら。ねこ田米蔵さんの描く伊勢が、すっきりした美人タイプ(Sっ気あり?)なので… 『オレンジのココロ-トマレ-』 2009年2月 ルチル文庫 崎谷 はるひ * ねこ田 米蔵
March 3, 2009
崎谷はるひさんの、『アオゾラのキモチ-ススメ-』を読みました。タイトルを、『アオゾラのキモチイーススメ』と読み間違えてたのは、ヒミツです…美術系専門学校のアニメ科に通う北史鶴は、学生食堂でいきなりファッション科の生徒から悪意の篭った揶揄を投げつけられます。実際のところ、それは史鶴にではなく、他者に向けられた侮蔑だったのですが、ファッション科の冲村功がアニメ科の生徒に対し些か強硬な態度をとってしまう事には理由がありました。一人の人間が引き起こした事件によって史鶴と冲村は親しくなり、それが恋になるまで時間は掛りませんでした。冲村に求められて、でも史鶴は罪悪感に苛まれてしまいます…シリーズものの新刊や過去作品の新装版ではない、久し振りの崎谷さんの新作です。史鶴は、心に深い瑕を抱え世間から少し身を引き気味に生きている、崎谷作品では馴染みのタイプの主人公です。でも、自分の才能を伸ばし独自の世界を確立しようとしており、悪意に対してもきっちり対峙できる意思があり、決して鬱々としたキャラクターではない事がまず提示されています。史鶴が創り出すアニメーションや、ちょっと特殊な世界の技術的な事や専門用語も興味深く、そして史鶴の周囲にいる友人たちも魅力的で、なかなか分厚い382頁…崎谷さんだから、そのテのシーンもアレコレと…愉しく読み耽りました…史鶴の躓きは、過去の恋が些か受動的だった事に原因があります。史鶴は嫌われたくないという想いから、些か相手のなすがままになってしまい、それは愚かな人間を増長させてしまったのです。まるで使い棄てられるように終った恋に、史鶴は深く傷付き過ぎて、初めて真正面から向かってきた恋に、むしろ戸惑いや不安ばかりが増してしまいます。まだ人間的に未熟な時に過度な経験をしてしまった為に、相手の純粋さが怖くなってしまうのです…本当に、今度は嫌われたくないから…冲村は、その登場が派手派手しいので、最初どれくらい外したヤツなんだろうと思いました。でも、真っ直ぐで真面目で、先に怒りがあっても相手の真実にはちゃんと気付けるし、自分の非はきっちり詫びる事ができるし、内面はちゃんと躾けられた好青年なのです。まだ未成年で、でもその純真さが最大の武器となって、史鶴の窮地を救い、過去を過去とさせ、そして改めて将来へ向かって進めさせるのですから、実にカッコいい!無邪気で子供っぽいところと、懐の深い大人な部分と、優しい細やかさと、気取らない大雑把さと、猛々しい表情と、甘やかな気持ちと、様々併せ持っています。その上、すらりとした長身の端整な美青年で、根は甘ったれのひっつき虫なんて…年上にとって可愛くないわけがありません…冲村のあの頃の状況では、事実は異なるとはいえ、史鶴に対し最悪なものも感じていたはずです。でも、冲村は史鶴の作品から、その心の奥底に潜む孤独に気付きました。そして、その孤独を見守ってやりたいとまで想う冲村の気持ちに、史鶴も早く気付けば良いのになぁと思います。自分に厳しい面をもち、他人に甘える事にどこか怖がってるような史鶴が、肩の力を抜いて、もっとふんわり生きていかれるようになれば、それが二人にとってシアワセだと思います。ただ、そうなると誰もが史鶴の魅力に気付いてしまい、今でさえ独占したくてウズウズしてる冲村にとっては、別の意味で堪らない事でしょうけど…グラフィックデザイン科の相馬朗は、史鶴の過去を知っていて、その傍らで時に慰め時に叱咤して、史鶴の沈み切りそうな心を支えてきました。アニメーション科の田中連は、史鶴の才能を尊敬し、自分自身も既にプロとしてイラストや作画デザインをしています。この二人が、史鶴の良き友であり理解者であり、史鶴だけでは暗く深刻に落ち込みそうになる物語を、明るく元気に彩っています。『アオゾラのキモチ』は、今回の「ススメ」に「トマレ」そして「チュウイ」と続く‘信号機シリーズ’だそうで、次の主人公の相馬にはどんな物語があるのでしょう。キャラ的には、ぽちゃこくん(崎谷さん命名)こと連くんが可愛くてならないんですが…彼女持ちだそうですけど、可愛いオタク・カップルのお話、是非読んでみたいです。で、個人的には、相馬の叔父サマと弁護士サンが気になるんですけど…他にも専門学校の個性的な面々やら、若いコたちが元気な物語なので、読んでいて賑やかで愉しかったです。当然のように、つい脳内変換していたのですけど…史鶴は、個人的な願望もあって立花くんで変換してました。崎谷作品の、一人ぐるぐるしてるヒロイン、演じさせてみたくて…熱血っぽい相馬は近藤くん、可愛いぽちゃこくんは平川くんで。肝心の冲村ですけど…日頃、敬愛する ひろサン に倣って、中村悠一で…ところで…やっぱり、「冲村」は「中村」には視えないんですけど…愛が足りないんでしょうかねぇ… 『アオゾラのキモチ-ススメ-』 2008年11月 ルチル文庫 崎谷 はるひ * ねこ田 米蔵
November 28, 2008
崎谷はるひさんの、『大人は愛を語れない』を読みました。主人公に感情移入するか、居酒屋の亭主に感情移入するかで、その味わいが変ってくると思います。主人公の大学生は、役者志望の為に勘当同然の身です。安アパートから叩き出された主人公を、ゴミ捨て場から拾い上げて仮の住処をくれたのは、くたびれた居酒屋の亭主でした。生活の為のアルバイトや、疎かにしたくない学業や、そして劇団の新人オーディションに、一生懸命なあまり身も心もすり減らしていく主人公にとって、居酒屋の亭主は唯一息をつかしてくれる存在になっていきます…主人公の、「逃げない」という意志を、眩しく青臭く痛々しく感じるのは、傍観者だからです。そして、もう己自身ではそういう意志を持ち得ないと知っている、既に若さを失った人間だからです。その痛みは、彼を思い遣って感じるのではなく、己自身の後悔や後ろめたさゆえです。だから、まるで敵前逃亡のように、いきなり主人公の前から遁走してみせた居酒屋の亭主を、私は正直だなぁと感じました。私は、居酒屋の亭主の方に年齢が遠からず、主人公の若々しい意志の強さは、遥か彼方のものになってしまいました。ある程度年齢を重ねてしまうと、過去ばかりが増える一方で、未来は他人事だし。現状に、潜り込めるねぐらがあれば、そこで蹲っているのが楽だし。だから、居酒屋の亭主のあの万事逃げ腰な様子は、理解できるものなのです。ところが亭主は、一所で留まって居れない人間で、ふらりと放浪の旅に出てしまいます。店は、アルバイトに放り出して。それは、「蒸発」ではなく「放浪」で、「店を廃業」ではなく「店を存続」させている亭主は、自分の帰る場所をちゃんと確保しています。つまり、帰ってくる事が前提の、「遁走」という事です。主人公の恋心を承知しておきながらの遁走なので、居酒屋の亭主は卑怯者というのが大方の感想だろうと思います。でも私は、そこに亭主の本音を感じてしまいました。まずその最初に、亭主の主人公に対する想いがあったと。でも、過去の一件から臆病になってしまった中年男には、主人公の若さが最も怖かったと。たとえば、大人の鉄面皮を発揮して、主人公の恋をのらりくらりとかわして、全てを嘘にしてしまう方が狡猾だと思います。泣いて縋った翌朝に、常に変らぬ様子であしらわれてしまった方が主人公には落胆が大きく、自分がそういう対象には見てもらえない事を痛感したかもしれません。ところが、亭主の方が居た堪れなくて遁走してしまったという事は、つまり亭主自身が己の想いをはっきり実感しているのです。そして遁走中、その想いを決意に変えていったのでしょう。帰国して、自分の店へ歩きながら、中年男はどんな事を考えていたんでしょう?店の前で待ち構えていた主人公の涙を見て、成就を確信したかもしれません…そのあたりは、やっぱりズルイ大人ですから。その後も多少の波風はあるようですが、どうやら二人は寄り添っていくようです。亭主は相変わらず放浪癖が抜けないようですが、それも主人公の処へ戻ってくる為の放浪で、もしかしたら甘えているのかもしれません。主人公も、必ず帰って来る事を知っているせいか、結局は幸せそうなので、あれはあれで良いのでしょう。主人公が役者志望の為、劇団内部の様子が様々描かれ楽しかったです。ただ、演劇界の厳しさや、役者の経済的には決して恵まれていない状況を少々耳齧っている分、何だか現実的な事をつい考えながら読んでしまいました。ちょうど最近、以前から観てきた劇団のある役者さんが、奥様が御懐妊されておめでたい話な反面これで役者引退かもと聞かされて、余計若者より年長者に感情移入してしまったのかもしれません。やっぱり、「若さ」とは何ものにも勝る!というのが、既に無くしてしまった者の実感なので… 『大人は愛を語れない』 2008年6月 ルチル文庫 崎谷 はるひ * ヤマダ サクラコ
July 8, 2008
待望の、臣と慈英のシリーズ三作品購入特典の、崎谷はるひさん書下ろし『空にみる倖い』、ドラマCD『papillon de chocolat』を、愉しみました。どちらも、‘小冊子’とか‘ミニドラマ’というような程度ではなく、実にたっぷりと堪能させて戴きました…『空にみる倖い』カラリと晴れた休日に、臣と慈英が洗濯物を干しているという、とても所帯じみたシーンで物語は始まります。そんな極日常的な、当り前に普通の風景が、この二人にとってどんなに幸せな事かと思い、ちょっとしみじみしてしまいました。気持ち良い五月晴れの元、真っ白いシーツがハタハタとひらめいて、そんな明るい太陽の下で晴れ晴れと笑ってる二人を見られる喜びをこちらも感じているのに…まぁ、当然のコトながら、お邪魔虫がやってきます。これが臣と照映の初対面…というか、直接対決で、ところが最大の味方なはずの慈英が照映を大歓迎してしまうので、臣が少々可哀想でした。本当は、明るいうちから思う存分イチャコラしたかっただろうに…照映としてみれば、嫁いびりと嘯きつつ、やっぱり自分の目で臣を確かめたかったんでしょう。慈英という特殊な人間を、誰よりも知っていた照映だから、それは様々な思いがあったでしょう。そして、臣という人間を見て、臣と共にいる慈英を目の当たりにして、己の役割は終ったな…と、思ったかもしれません。だから、あっさり引き上げて行ったんでしょう…まぁ、それまでに、結構やりたい放題し尽くしていったあたり、さすが照映というべきですけど。慈英のヒミツがまた暴かれちゃって…でもこれは、慈英が可哀想だと思いましたけど…良いじゃん、それくらい。愛情表現だもの。見逃してあげなさいよ、臣…そして、後半殆どが、臣と慈英の激しくも甘やかにめくるめくシーンと相成ります…さすが崎谷さん、しっかりたっぷり惜しみなく、当然の事ながら‘崎谷作品名物’もふんだんにサービスして下さっています。ご馳走様でございました…この後の二人は『あざやかな恋情』を経て、そして、更に新たな展開となっていくのでしょう。どんなふうに二人の物語は紡がれていくのか…そこには新たな試練が待っているのか、もしかしたら過去が蘇ってくるのか…愉しみでもあり、気掛かりな事でもあります。でも、最後には必ず、晴れやかに穏やかに愛情を育んでいる、臣と慈英の幸せな姿が見られる事でしょう…『papillon de chocolat』崎谷さんをして「悶絶した…」と言わしめた、ミニドラマ…そもそもは2006年に、崎谷さんのサイトで好きなカップルのアンケートをとって、その上位5組のショートショートをバレンタイン配信するというご趣向から生まれた作品でした。当時の私は、『ひめやかな殉情』を読んで、この二人にはちょっと挫折していた時だったので、むしろアンケート結果が2位だった事に驚いていました(因みに、この時の1位は藤木と嘉悦さん、3位は瀬里ちゃんと大智でした)。その後、『あざやかな恋情』の文庫に収録され、何度となく読み返したよく知っていたはずの物語だったのですが…音声化されて得たこの破壊力に、すっかり撃沈しました…何回か聴いて、そして今度は文字を追いながら聴いてみて…あぁ、このセリフはこういう抑揚で言われるのか、こういう間合いで、こういう意味を含んで、こんな風に表現をされるのかと、ひとつひとつに感じ入りました。そして、この微妙なテンポや、息継ぎや、音の上げ下げや、息遣いの強弱や、思いも寄らぬ雄弁さをもって鮮やかに濃やかに臣と慈英が具現化され、なまじ映像を持たない分かえって深い存在感でした。これやはやり、神谷浩史であり、三木眞一郎であったからこそと、このシリーズでもう何度思ったか知れない感慨を、また新たにしました。このお二方であったからこその到達点で、個人的にはこのお二方だったからこそ一度挫折した物語に最後まで着いていく事が出来たのだと、改めて思いました…最後に収録されているフリートークは、本来ならば『あざやかな恋情』の巻末に入るべきものでした。つまり、あの三木眞さんのアドリブの、慈英の笑い声の後に入っていたはずのものです。そう思うと、またちょっと違う印象があるなぁと感じました。特典のCDも聴き終えて、そして聴いたフリートークには、全てが終った開放感と、少し疲労と放心が感じられて、ちょっと独特な空気が漂っていると思いました。全てをやり遂げた神谷さんと三木眞さんに、てらそまさんの柔らかな音色で、この物語に対する想いを告げられて、やはりここまで聴いてきた身には嬉しい事でした。原作は更に続くと言われていますし、神谷さんも「一旦終了」と仰っています。もちろん、キャスト変更などあり得るわけがなく、だから神谷さんの臣と三木眞さんの慈英との再会も、約束された事だと信じています… 『空にみる倖い』 2008年6月 崎谷はるひ 『papillon de chocolat』 2008年6月 Atis collection
June 21, 2008
崎谷はるひさんの、『花がふってくる』を読みました。しっとりとして仄暗く、しんとした哀しみの底に悦びが垣間見え、そこはかなとない閉塞感に彼らの幸福を感じました。一般的な人としての生活能力に欠けていると思われている主人公は、本家の次男で何事にも優秀な従兄弟との同居を条件に、大学に残り昆虫学の助手を勤めています。二人は幼い頃から共に育ち、常に近しい存在だったのですが、高校卒業の冬、主人公は秘めていた性癖を従兄弟に知られてしまいます。しばらくは疎遠でいたのですが、親に同居を強いられた為、お互いが微妙な距離とバランスをとりつつ4年間を過ごしてきました。そんなある日、主人公は、従兄弟が交際相手を実家に連れて行こうとしているのを知ります…秘かに想う相手の結婚が具体的になった時、でもそれは今まで曖昧にしてきた事にけじめをつける事であり、だから主人公は報われる事のない想いを封じる覚悟を固めていました。主人公は自分が他者と違うという事に根深い劣等感をもっていて、それが彼を息苦しくさせていると従兄弟も知っていたのですが、でもそれが自分に向ける想いがあるからだという事には、一切気付いていませんでした。そして、その従兄弟こそが、肝心な事の全てに無自覚なまま、主人公を甘やかし庇護していたのです。従兄弟の、主人公からしてみれば残酷なほどの無自覚さに、読んでいて恐ろしく現実味を感じてしまいました。だから普通、物語の主人公に思い入れて読めば読むほど、主人公に同情して相手を憎く思うものであるのに、私にはこの従兄弟の鈍感さを憎めませんでした。むしろ、この対主人公限定の無神経なまでの鈍感さで、全てに気付く事なく結婚していれば、それはそれでエリートらしい人生を全うしたに違いないと思うのです。人としての一般的な常識からすれば、間違いなく「幸福」という判子を押されるサンプルであり、でも、当事者が後から振り返って、どういう感慨を抱くのかは別問題として。幼い頃から、何事に対しても優秀過ぎた事が、この男の足枷でした。旧家の長男である兄の立場を慮る神経を培い、それは自ずと何事に対しても適切な距離を保てるようになり、理性と知性が何事にも勝る冷静な人格を形成しました。そんな男は、自分自身の根底にある情の矛先が誰であるのかに、全く気付けていませんでした。己の感情が、何によって揺らぎ乱れるのか、見事なまでに無知でした。そんな男が、全てを明らかにされ、その事によって激しい混乱を味わわされる様子に、それまでの鈍感が招いた自業自得だと思いつつ、哀れだとも感じていました。男にしてみれば、全ての真実を、何ひとつ知らなかったのだから。主人公の、自らの想いを蛍に託し、全てを明らかにした上で葬ろうとした想いの意志に、激しさを感じました。一切を、秘めたままで終らせるという事を、彼は選択しなかったのです。丹精こめて育て羽化させた蛍の、その命を全て犠牲にしてまでも告げたかった想いが、哀しくてなりませんでした。そして同時に、彼の心の強かさも感じられました。全てを明らかにされた従兄弟は、混乱の後、自らを冷静に判断し、そして初めて己の情動が希求するままの結果を得るべく行動します。このあたりが、実に万事に優秀な男らしく、一旦決意した後の行動に揺るぎはなく、成就という事に全くの躊躇もなく、罪も全て承知した上で一切逃げる事なく受け止め毅然としています。それがこの男の見事さであり、でも、そんなところにある種、小面憎くも感じてしまいました。主人公が常に男に感じている尊大さには、可愛気が全くないのです。そのあたりが、恋人に「どこか偉そう…」と感じさせながらも、年月と経験に洗練され、人間味を増した‘ブルーサウンド・シリーズ’のあの嘉悦さんとは、キャラクターの味わいが違います。秘かに唯一人の男を恋焦がれながら、身体だけの関係という存在も持っていたのは、主人公も‘ブルーサウンド・シリーズ’のあの藤木も同じです。でも主人公が藤木とはあきらかに違うのは、そこに強かな情念がある事だと思います。主人公には、止むぬ止まれぬ想いがあって、その熱は治まる事なく燻つづけ、傷付きながらも恋心は失せる事がなかったのです。そのあたり、都会的に洗練された、万事そつなく綺麗に振舞える藤木とは、全く違います。やはり、二人が地方の旧家の出身である事が、この物語に閉塞感を漂わせています。従兄弟どうしの関係について、たとえ二人の恋が終り別れたとしても、その関係の全ては切れない事を殊更意識しているのも、そういう出身だからこそでしょう。そのあたりの関係性が希薄になっている都会では、あまり意識されにくい部分だと思います。血縁ゆえの閉塞感は、強い結びつきにもつながり、また息苦しさは執着にもつながり、そのどこか仄暗い粘着質な情動に、他の崎谷作品とは異なる味わいを感じました。そのあたりが、またイラストの今市子さんの持ち味と相まって、むしろ美しくもなっていました。表題作を読んでいて、‘花’とは何なのだろうと思っていました。続く「夏花の歌」の、旧家に咲く百日紅の描写で、なるほどと思いました。猛暑の盛りに、咲いては散り、でも散りながらまた新たに咲き続けるあの夏の花の逞しさが、あの主人公の抱き続けた恋心の芯の強さだったのかと… 『花がふってくる』 2008年5月 ダリア文庫 崎谷 はるひ * 今 市子
May 23, 2008
崎谷はるひさんの、『ねじれたEDGE』を読みました。2002年発行のノベルズ版が初読みですが、今回改めて読み返して個人的にいろいろ思い入れのある作品だなぁと感じました。私立の女子高で数学教師である咲坂暁彦は、ある夜ゆきずりの相手に薬を盛られ窮地に陥っていたところを鴻島斎に助けられます。そして薬に煽られるまま咲坂は斎と一夜を過ごしますが、明け方逃げるようにして去ってしまいます。もう二度と合う事はないと思っていた斎と、片や教師、片や教育実習生という状況で再会し、動揺のあまり咲坂は斎を疑い、激昂のあまり斎は咲坂の身体を蹂躙します。二人とも、あの一夜の相手を、忘れ難く想っていたのに…2002年のノベルズ版は、私の初崎谷作品でした。おそらく‘黒ラキ’作品としても初めてだったのではないかと思うのですが、かつての記憶にそれほど濃厚な感覚を残してはいません。それから様々な崎谷作品を読み、‘崎谷名物’もいろいろ実感した後に読み直して、なるほど絡みは濃厚であるし‘名物’もふんだんに描かれていると思いました。それと同時に、やはり絡みの折に吐かれる言葉には意味がある事を改めて感じました。どうやら私は‘初対面’の時から、崎谷はるひさんの作風の面白さに囚われていたようです。この作品は2004年にドラマCD化されて、主役の野島健児さんと小西克幸さんはこれがメインでの初競演です。私個人にとって、初めてのサイバーフェイズ制作作品であり、野島健児さんの初聴きでした。今回改めてCDも聴き直してみて、やはりドラマCDとしても名作である事を実感しました。おそらく、今後も私にとってこの作品は三指に入り続けると思います。ノベルズ1冊分を1枚のCDに収めた為、もちろんカット部分があるわけですが、それによって斎というキャラクターは得をしていると思っていました。つまり、咲坂を苛むシーンがカットされた為に、斎の好青年度がUPしていると。今回、原作を読み直した上でCDを聴き直したところ、もちろんカットはあるものの巧く整理されており、むしろ一番損をしていたのは安元洋貴さん演ずるところの山岡だったなぁと、少々笑ってしまいました。以前は、どうやら私は、咲坂の方により思い入れて読んでいたようです。確かに咲坂の保身に凝り固まる様子は、矮小で愚かで醜くすらあります。でも、その程度の差はあれ、社会人として円滑に生きていく為に、誰しもが似たような事を身に備えていると思うのです。咲坂は決して褒められるような人格ではありませんが、私には彼を簡単に間違っているとか卑怯だとか言い切れるほどの矜持を持ち得ていません。咲坂に対する苦い共感と同情は、今回読み返してみてもやはり感じてしまいました。今回の文庫化で、ノベルズ分に加えて雑誌掲載分と同人誌分の後日譚が収録されました。その短編で、なかなか自分自身を変え切れない臆病な咲坂と、そして本来の若さゆえに馬脚を露わしている斎が、二人なりに幸せを掴み続けようとしている様子を読む事が出来ました。特に、斎の‘若造っぷり’を読む事が出来てホッとするものを感じたのは、咲坂の存在ゆえに年齢以上に男として急激に成長せねばならなかった事に、多少の痛々しさを感じていたからでした。それが、無駄に力んでみたり、無駄に嫉妬してみたり、まだ学生らしい未熟な部分を知る事が出来ました。斎という年齢よりずっと良く出来た青年の稚気は、咲坂にとっては救いでしょう。あまり一人で大人になってしまったら、残された方は淋しくてならないと思うのです。お互いが相手を深く疵つけてしまって、その事は自分自身も深く苛むけれど、それでも二人で在る事を選んだのだから、今度は二人してゆっくりと成長していってくれたらと思います。やっぱり私は、咲坂に幸せになって欲しいので…久しぶりに、以前思い入れて読み耽った作品と再会して、その当時との考え方や好みの相違を感じるのは面白いなぁと思いつつ読み返しました。そして、やっぱり好きな作品との再会というのは、嬉しいものなのです。だから、つい初出版を持っていても、文庫版やリニューアル版も欲しくなってしまいます。たいてい、書き下しか同人誌か後日譚も収録されるし…罠だなぁと思いつつ… 『ねじれたEDGE』 2008年3月 ルチル文庫 崎谷 はるひ * やまね あやの
March 19, 2008
崎谷はるひさんのサイトで、「夏も終わりの夏休み企画」という事で、短編の配信をされています。その第二弾は、‘ブルーサウンド・シリーズ’から山下と一葡のお話です…アークティックブルーの店長として多忙な日々を過ごしている山下が、久しぶりに一葡と一緒に海とライブを楽しむ、ささやかな夏休みの一日が描かれています。一葡は、どうやらますます健気で一途で控えめな恋人のようで、それがちょっと山下には気掛かりな様子…もっと、甘えて欲しいし、我が侭も言って欲しくてなりません。でも、やっぱり一葡にはそんなコトができなくて…山下も、ついつい熱心なあまり、仕事優先になってしまう事があって…でも山下は、ちゃんといろいろな事に気付いています。感情面が少々クールだった男が、一葡を幸せにする為にいろいろ考えています。一葡の‘幸せのハードル’が低い事を気に掛けている山下は、一葡の為にハードルをいくらでも上げる事が出来るようになっているのです。山下も変ったし、一葡もささやかではあるけど変化しています。二人でちゃんと幸せになろうと、努力しているのですから…山下は、一葡の健気さが切なくて、愛おしくて、だから約束をしようとしています。ちゃんと家族にも紹介しているし、その約束の為の下準備も徐々に始めています。その時が来た時、どんなに一葡はビックリするだろう…きっと狼狽えるだろう…蒼白になって、必死に否定するかもしれない…山下の為に、身を引こうとするかもしれない…そんな想像をして、つい切なくなってしまいましたけど、でも、きっとこの二人だからその結果は幸せに違いないと思えて、勝手な想像に嬉しくなってしまいました…そんな二人とは対照的に、大智と瀬里ちゃんはケンカ中なのだそうです。まったく、今度は瀬里ちゃんに対して何をやらかしたんだ、大智!?…と、この二人に限っては、確実に瀬里ちゃんが被害者で、大智が加害者と決め付けてしまってます。まぁ…日頃の行いというか…過去の所業の報いというか…大智も因果な男です。結局、瀬里ちゃんの忍耐強さに今回も折れてもらって、そして大智はまた瀬里ちゃんを篭絡して、なし崩しに仲直りになっちゃうんだろうなぁ…それがいつまでも通用すると思ったら間違いだからね、大智…ささやかだけど、ふつうに幸せな毎日が、どんなにかけがえのないものか…山下と一葡の二人に、普段は忘れてしまっている事を教えられて、ちょっとしみじみしてしまいました…そうそう!もちろん‘崎谷作品名物’は健在で、お話の1/3を占めています… 『無条件幸福』 2007年9月 Solid Oxygen
September 3, 2007
崎谷はるひさんの『しじまの夜に浮かぶ月』を読みました。変る為には、王子様が必要だった…というお伽噺でした。主人公は、優秀なプログラマーで、なかなかの美貌の持ち主なのですが、対人関係が些か不得手で、自意識過剰な分いろいろ気付き過ぎ気にし過ぎ、その挙句の行動が得てして自虐的な方向に奔る傾向にあり、しかも己の行動に反省も嫌悪も感じているのに、どうかすると更に自虐の上塗りをするような人間です。過去の消し難い体験は、ある種自業自得なのですが、友人に対する秘めた想いや、自分を救ってくれた人物への複雑な想いなどが相まって、主人公にとって癒えない傷になっています。ある日主人公は、友人の紹介で商社のシステム開発に関る事になり、派遣期間に提供された社宅へ引っ越したところ、隣人は金髪碧眼のアメリカ人でした。彼は、大叔父の妻であった日本女性から日本の美しさを聞かされて育った、美しい日本語を話す‘日本かぶれの外国人’でした。主人公は、毎日殺人的な仕事に追われながらも、隣人と休日の一時を過ごすようになり、そしてある日交際を申し込まれるのですが、彼の節度ある態度や時間の掛け方は、それまで即物的な関係しか経験の無い主人公を戸惑わせ、困惑と、ささやかな畏怖を抱かせます。そんな時、友人が勤める店の忘年会に誘われ、渋ったものの、隣人に少し強引に連れ出されます。そこで過去の体験に関る人間と再会した事から、それまで抑えていたものが一気に最悪な形で噴出し、その場の空気を凍らせ、他者を傷つけ、そして何より自分自身を貶め傷付ける事となったのでした…崎谷さんが、『ねじれたEDGE』の咲坂以来の根暗主役と仰っていますけど、実際そのネガティブ具合の酷さは、むしろ醜さという言葉の方が相応しいかもしれません。現実にこういう人間が目の前に居たら、嫌悪感しか抱けないとも思うのですが、実はこの主人公、私とはすこぶる近しいものがある、つまり同族だというのが本音です。だから、これが一般的な小説の男女間での物語であったら、同族嫌悪に苛まれ不快感ばかり募って、破棄していただろうと思います。そのあたりがBLというものの面白さで、ファンタジーだからむしろ素直に読んでしまって、かえって身につまされるという事になるのですが…そのあたり、崎谷さんは実に周到でいらっしゃいます。だって主人公に配されたのは、金髪碧眼の美しい王子様だったのですから。自分自身に隠したい部分があって、度の過ぎた自意識過剰は己を不必要に誤魔化して、その為にかえって全てを台無しにしてしまう事があります。その最悪の結果に対して己の落ち度を嫌というほど自覚して、激しい反省と自己嫌悪はやがて自虐に凝り固まって、そしてまたその繰り返し…と、程度に差はあるでしょうけど、いずれにしても愚かしい事です。自覚してるならやらなきゃ良いのに、どうしても自虐的な方向へ陥ってしまうので、こういう人種は世間から引き篭もる事を選択します。もちろん、丸っ切り引き篭もれる人間はそうそういなくて、ある種自分で自分を外界に対して防衛しつつ、世間と何とか塩梅して普通の社会人と見られるように、そこそこ生きていく事を選択する事になります。世間に対して、それなりに神経は使ってるわけで、実は密かに使い過ぎて訳分からなくなってるって事もしばしばなんですが…変われるものなら変わってみたい…でも、そのきっかけがなかなか掴めなくて、その踏ん切りがなかなかつかなくて、内心途方に暮れてたりもするのです…主人公に用意されたきっかけは、王子様でした。美しくて賢くて情熱的な、でも、完璧な御伽噺の王子様とはちょっと違って、実はアメリカ人でした。つまり、勝利は自分で勝ち取ってこそ!な人種です。人交わりが不得手な主人公が、レストランバーの忘年会に引っ張り出されて、ところが店に着くなり王子様から放置されてしまうのですが、そんな時の居たたまれない辛さは、誰とでも如才無く立ち振る舞える人には到底理解できないでしょう。まぁ、これも自意識過剰なんだけど。そこから、主人公は最悪な逃避行動…つまり酒に頼って、全てぶっちゃけ!という始末になるのですが…やっぱり私は、どうして王子様は放ったらかしにしたのかなぁ?と思ってしまいましたけど…そのあたりが、つまりBLで、男と男という事なんでしょう。実は王子様、嫉妬してたりするんですが、そのせいもあってか、その場の納め方が実に荒っぽく、他者によるスマートな幕切れが必要となり、更に主人公に対する心遣いを諭されたりして、そのあたり日本人とアメリカ人の違いが仄見えたりして面白く思いました。全てを自覚して自己嫌悪に陥った上、相手の怒りをまともに感じて萎縮する主人公に対して、王子様は癒えない傷をあえてもう一抉りする荒療治に出るのですが、その後お互いが空回ってすれ違っている状況での、崎谷さんらしいたっぷりとしたシーンに雪崩れ込む事になります。その後、主人公は仕事に没頭し…仕事の進捗から否応無く…相手から徹底して逃げ捲くるのですが、その逃避は主人公に本当の孤独を味わわせます。そしてそれは、自分の本当の気持ちを思い知らせるのです…王子様を返上したアメリカ人は、じっくり待つ事のできる男で、主人公が自ら浮上してくるまで徹底して沈黙し続けます。でもこの結果、主人公は全てを諦め、更に孤独に凝り固まり、誰からも身を潜めてしまう事だってあったかもしれません。でも、ちゃんと救いの主が現れます…自分自身の苦い経験をさらりと話して、さりげなく主人公の背中を押してくれる大人が…決して押し付けがましくなく、暖かい気持ちに包まれて、主人公も素直になる事が出来ました。そして、本当の幸せを掴む為に思い切って行動に出るきっかけとなったこの場面が、私は大好きで、そして羨ましくも思いました…‘ブルーサウンド・シリーズ’のお馴染みのメンバーが脇を固めるこのお伽噺は、もちろん大団円を迎えます。何といっても、嘉悦さんの素敵なコト! そして、藤木と本当に幸せでいる事が判って、とっても嬉しかったです(あの時の指輪はちゃんと二人の指にあって、それでは新居のプランは、具体的になったんでしょうか…?)。で…若気の至りのツケを払うべく、この物語のヒールを仰せつかってしまった大智……キミの人生に於ける最低最悪な過去の事実は、絶対腹に仕舞っておくように!これ以上、瀬里ちゃんを泣かせちゃ駄目だからね!そうそう人間は、容易くは変われません。変われる為には、やっぱり魔法が必要でした。主人公には王子様と優しい大人が遣わされて、変わる為の一歩を踏み出す事が出来ました。隅っこで小さく縮こまってじっと息を潜めていた主人公の心は、これからは常に光を投げ掛けてくれる人と共に、徐々に明るい方へ向って歩いて行く事でしょう。この物語は、BLが現代のある種のお伽噺である事を、改めて教えてくれたと思います。お伽噺だから、美しくて甘やかで優しいところに助けられて、嫌な現実も醜い事実もかえって目の当たりにする事が出来るのです… 『しじまの夜に浮かぶ月』 2007年4月 角川ルビー文庫 崎谷 はるひ * おおや 和美
April 10, 2007
崎谷はるひさんの『振り返ればかなたの海』を読みました。‘ブルーサウンド・シリーズ’の新刊で、粗筋を読んだ時、ご他聞に漏れず私も思いました。山下、キミもそっちのヒトなのか……死んでも治らないらしい放浪癖の大智に成り代り、厨房を担当する代打シェフの山下は、これまで名前は登場していたのですが、具体的には「実家も料理店で、普段はそちらを手伝っている」くらいしか描写がなかったように思います。大智の不在期間のヘルプができるくらいなので、自由気ままな生活をしてるのかと思っていたところ、実家はマスコミにも紹介されるくらいのリストランテで、実力者で頑固者の兄との確執があり、恵まれた資質があるのに貪欲さに欠け、身に付いた躾や如才なさに加え少々事勿れで、外見と内面にギャップがある事を自覚している、ちょっと意外なキャラクターでした。何事に対しても些か温度の低い山下なので‘いきなり告白されて困惑して、いつしか情が移って、気が付けば相思相愛’というよくある物語のくせに、随分と味わいが違います。それは、接客業的な躾が身に染み付いている為、自分の感情を抑える事がむしろ自然になってしまっている事や、なまじ器用でたいていの事を無難にこなしてしまうものの、自分の限界も判断してしまっていたり、実にラブストーリーの主人公らしくないのです。でもそれは、山下に突然告白して、断られても店に通い続ける一葡のちょっと不明確なキャラクターなせいでもあります。いきなり男同士の痴話喧嘩というシーンで登場し、唐突に告白していきなり玉砕しても店に通い続ける一葡は、物語が山下視点で固定されている為、なかなか真実が伝わってきません。リハビリ療法士の卵で、夜学に通いつつアルバイトで経験も積んでいたり、その性癖の故か実家とは疎遠になっており、それも義務教育の終了以前から経済的な支援も不十分だったような憶測ができたり、これまでの恋愛は何れも良い経験とは言い難いものであったらしい様子などは、だいぶ後になって判明します。一葡も、その境遇の為、素顔を隠してしまうキャラクターだったのです。このように、本音も素顔も曝したがらない二人によるラブストーリーなので、どこかちぐはぐでどうも妙な空気が流れています。でもそれは、本音や素顔を隠し過ぎて、自分自身が無自覚だったモノに気付き出すと、一気に変化していきます。山下は‘実戦’を体験して、己の性癖のあれやこれやの扉を開けてしまい、困惑してしまいます。一葡は、それまでの経験とは全く異なる山下の反応に戸惑い、かえって怖くなってしまいます。つまり、二人とも‘初めての相思相愛’だった為に、喜びや幸せを感じる以前に、困惑や戸惑いや不可解や不安に陥ってしまったのです。で、無自覚な二人が自覚して、晴れてバカップル誕生…強烈な個性を発揮する大智や真雪の前には、山下はフツーのオトコでした。藤木の美人っぷり、瀬里ちゃんの意外な天然っぷりの前には、一葡はフツーのオトコノコでした。フツーの二人によるラブストーリーが、フツーの味わいでなかったところが、面白かったです。物語としては『手を伸ばせばはるかな海』と『耳をすませばかすかな海』の間に位置するそうで、藤木に関する「少し長めの昼休みをとっている」とか「先だっての疲れた様子」という描写に、『目を閉じればいつかの海』のアレやコレやを思い出したり(でも、嘉悦さんは名前すら出てこなくて、ちょっと淋しい…)、瀬里ちゃんが山下の次男的性格を和輝との共通点や相違点を思い浮かべながら表現したり、海千山千らしい真雪が「好きって、あれはなんだろうね?」と何かを垣間見せてみたり、‘ブルーサウンド・シリーズ’ファンには愉しい描写も点在しています。今後シリーズとしては、新店‘アークティックブルー’に舞台を移していくようです。今回、新たに登場したキャラクターの中では、何といってもバーテンダー氏が気になります。30代後半で、かなりな強面の男前で、すさまじい重圧感をお持ちだそうで…高い頬骨のあたりの古い疵のわけを、是非お教え戴きたいものです 『振り返ればかなたの海』 2006年6月 角川ルビー文庫 崎谷 はるひ * おおや 和美
June 5, 2006
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