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2021.11.24
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カテゴリ: 海老名市歴史散歩
【海老名市歴史散歩】 目次

「浄光寺」を後にして、再び産業道路に出て「運動公園入口」交差点を渡る。







左手前は「稲荷社」で右奥が「山王社」。
海老名市中新田5丁目20−7。



「稲荷社」。



内陣には石祠と狐様の姿が。



そして「山王社」。



内陣。



産業道路の歩道脇にあった「道祖神」。



そして次の目的地の「東林寺」に向かって海老名市今里3丁目の住宅街を東に進む。



道路脇にあった比較的新しい石仏。



県道43号線に合流した角にあった「道祖神」碑。



「昭和四十六年四月吉日 道祖神 今里下講中」と。



「今里」交差点を通過し「東光寺」に向かって更に北に進む。



県道43号線・藤沢厚木線を北上して行くと「禅宗 東林寺」と書かれた案内板が。



左手に入ると「東林寺」の本堂が見えた。



「郷土かるた 「か」」
「唐金の 如来静かに 東林寺」。



「海老名市指定重要文化財 大日如来坐像
東林寺は、臨済宗鎌倉円覚寺末寺で、鎌倉扇ケ谷にありましたが、天正十三年(一五八五)、
禅師の芳菊により、当地に移転再建されたと伝えられています。
本尊の大日如来は、密教の最高位の仏で、宇宙そのものをあらわし、諸仏の王とされています。
仏像は、高さ四六・五センチの銅造、中は空洞で、冥想に人って思惟(心で深く考える)する
法界定印を結んだ像となっています。像容は、鎌倉時代の特徴を伝えますが、天文四年
(一五三五)の銘文があることから、室町時代に製作されたと考えられます。」



二つの御堂があった。



この御堂の名は?



「内陣」。



こちらは地蔵堂か。



地蔵尊が2体。



歴史を感じさせる石碑が並ぶ。



「手水舎」。
「冥加」とは気がつかないうちに授かっている神仏の加護・恩恵。
また、思いがけない幸せの事 と。



「本堂」。
臨済宗円覚寺派寺院の東林寺は、明徳山と号す。
東林寺の創建年代等は不詳ながら、芳菊禅師(元和5年1619年寂)が天正13年(1585)
鎌倉扇ヶ谷から当地へ移転して開山、慶安2年(1649)には寺領7石2斗の御朱印状を受領したと
いいます。
本尊:大日如来像
海老名市今里3-10。



扁額「明徳山」。



「東林寺」を後にして県道43号線・藤沢厚木線を更に北に進む。



神奈中「神社前」バス停の先に石鳥居が見えて来た。



「今里正八幡宮」の石鳥居。



「拝殿」は屋根の塗替え工事中であった。
海老名市今里1-3



「鐘楼」には鐘の姿はなかった。



神楽殿。



「今里正八幡宮」の創建年代等は不詳ながら、相州高座郡渋谷庄の長山本六之蒸吉家が、
延宝9年(1681)に金幣を献上、今里村の鎮守社だったと。



「正八幡宮由緒
所在地 海老名市今里一七四番地
祭神 應仁天皇(誉田別命(ほんだわけのみこと)) 
         (仲哀天皇の第三子、母は神功皇后)」
由緒 古は渋谷庄長山本六之蒸吉家の守護神であったが延宝九年(一六八一)相州
   高座郡渋谷在今里村の総鎮守となる。
宝物 金幣 延宝九年山本六之蒸吉家 献上

   大正十四年八月改築
大祭 四月二十日」



七福神の大黒天と恵比寿天が拝殿横に。



「境内社」は「稲荷社」であろうか。



内陣。



「正八幡宮」を後にして、東に向かって進む。
左手遠くに「海老名プライムタワー」が見えたのでズームで。



海老名市今里1丁目6近くにある「大谷南側」交差点を横断して進む。



そして次のT字路を右折して「地蔵尊」を訪ねたが・・・。



地図の表示場所には石だけが転がっていたが「地蔵尊」の姿は見つからなかった。



そして引き返して、T字路の信号を右折した。



前回の散策時にも、ここまで下って来た「清水坂」を再び上る。



かなり急坂であったが前方に案内柱が。



「清水坂
この坂は,かつての坂の上りぐちの左手から清水が湧き出て、一坪(3.3平方メートル)ほどの
泉が清冽な水を湛えていたのが、坂の名の由来といわれています。」



その奥に石碑群が。



「角柱型道祖神」。



側面には




隣には「山状角柱型 道祖神」。



側面には
「大正九年(1920)十一月建設」と。



その横には
「舟形光背型 双体道祖神像」が辛うじて。
モルタルで補強されたのであろうか。
右「延享三歳」(1746)
左「寅正月惣氏子十八人」と。



更にその先にも「庚申塔」が。
唐破風笠付角柱型 日月 青面金剛像 邪鬼(?) 三猿。



「清水坂」案内柱と「双体道祖神」と「青面金剛像」を見る。



「清水坂」を上って行った。



そして「清水坂」を上りきる。
この道は県道407号線・杉久保座間線。



更にこの道を進んで行くと、正面に東名高速道路が現れ、そのコンクリート壁には
杉久保小学校のみなさんの絵が!!



東名高速の下を潜って行った。



このトンネルも県道407号線の一部。



そしてトンネルを潜り終えると、右手に前回訪ねた「不動明王」が。
更に進み「釜坂川(かまさかがわ)」に架かる橋を渡った。



「釜坂川」。



橋の名は「釜坂橋」。



更に進み「リエイトS・D 海老名杉久保店」を左に見ながら坂を上って行くと
路地の角にあった石碑群。墓地であろうか。「南無妙法蓮華経」と刻まれた石碑が並ぶ。
海老名市杉久保北2丁目16−25近く。



                              ・・・​ もどる ​・・・

                  ・・・​ つづく ​・・・





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Last updated  2022.05.18 19:09:56
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