うそ 0
人類の将来 0
ものがたり 0
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白いバラ(新雪)数日前の新聞にアメリカの思想家エマソン(1803/5月生まれ)の言葉が載っていた。8歳の時に父に死なれ、長じて結婚したら1年半で妻が結核で亡くなってしまった。二人の弟も亡くなり、再婚して子供が生まれたが5歳の長男も亡くなってしまった。しかし彼は不幸に嘆いてばかりいないで、多くの著作を著わし、講演も行っていった。彼の言葉に「苦役、災難、重病、貧窮、全て雄弁と知恵を与えてくれる教師です」や「世界中で価値あるものはただ一つ、活動的な魂です。この魂は誰でも持つ資格があります。この魂は誰もが自分の内側に持っているものです」等がある。災難や苦痛に打ち負かされないでむしろそれをテコにして魂を活動させていくべきだと訴えていたのである。また「今の境遇がどうであろうと、夢や希望を手放すことなく、挑戦の歩みを一日一日と続ければよい。自分を取るに足らない存在と卑下する必要は全くない。自分でなければ果たせない使命がこの世にあることを信じ、前進することが大切だ」と述べている。78歳でこの世を去ったが,約200年前、自分の不幸な境遇をばねにして魂の躍動を説いて、若者たちを鼓舞してきた偉大な人物がいたのだなと思った。私にも夢や希望があったが、日に日に衰えていく体力から、もう無理だという気持ちになっていたが、エマソンの言葉に啓発されて、一日一日挑戦の歩みを継続していこうと思った。
2024.05.09
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ダッチアイリス・シンフォニー幸福とは才能に恵まれ、お金があって、健康にも恵まれ、願い事が叶い、周りからちやほやされている状態と仮に定義すると、不幸とは才能がなく、お金もなく、色々病気を持っていて、願い事が全く叶わず、周りから虐められたり、悪口を言われている状態と考えることも出来る。しかし本当にそうだろうか?才能に恵まれ、お金があって、健康にも恵まれ、願い事が叶い、周りからちやほやされているのに少しも幸福ではなく、不幸だ、死にたいと思っている人もいる。反対にお金がなく食べるものにも事欠き、周りから「乞食がきた、汚い、追い払え」と言われているのに幸福感に満たされている人もいる。幸福とか不幸というのは金があるとかないとか、容姿が美しいとか醜いとか周りの状況で決まるものではなく、自分がどう感ずるかで決まるのだと思う。京アニ放火殺人事件では犯人は絶対の自信作のアニメを応募したが採用されず、自分の作品と殆ど同じものが自社作品アニメとして制作され、世に出された。盗作に違いないと怒り狂ってガソリンを撒いて恨みを晴らそうとした。アニメ会社に投稿するくらいだからアニメの才能はあったと思われる。金はなかったかも知れないが体は健康であった。作品を採用してもらいたい願いをずっと持っていたのだと思う。その願いが叶わず、自分を不運な不幸な人間と思い、破れかぶれで火をつけて多くの人を殺してしまった。これを地獄と言わず何と表現できようか。ほとんどの犯罪は自分を不幸な人間だと思った人によって起こされている。願いが叶うことについては願いというものはめったに叶うものではない。叶わないことを数えていったらきりがない。叶わない事ばかりで失望し、自分は不幸だと思い込み、凶悪犯罪を起こして地獄に墜落する。まず願いは簡単に叶うものではないことを認識すべきである。その上で冷静に見てみると叶った願いも必ずあるはずである。直接願ったことでなくてもそれを願っていく過程で技術を向上させ生活が豊かになっていることもある。幸福か不幸かは物事の判断の仕方だと思う。叶った願いをみつめ感謝するところに幸福はあるのだと思う。叶わなかった願いばかり、数えていたら惨めで不幸になる。よくよく考えてみると直接願って叶ったこともあるし間接的に願いが満たされていることも必ずあるものである。自分は不幸だと思っている人は、願いがかなえられたことを探してみるべきである。必ずどこかにそれはあるもので、本当は幸せだったのだと気づくものである。
2024.04.16
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ムスカリ 前日の寒さで葉が枯れていた多くの同級生や周りの年配者も亡くなり、自分もいつ死ぬか分からない年齢になった。だからと言って死ぬのをじっと待っている訳にもいかない。昨日家で膝を曲げての座り姿勢でちょっとした作業をした。作業が終わって立ち上がろうとしたが立てない。周りにつかまってやっと立ち上がったが衰えはどうすることもできないと思った。すこし体力をつけようと思ってリポビタンDを飲もうとしたが、力がなくてキャップをあけることができなかった。いよいよ何もできない高齢者になってしまったかと思ったが、今日勤めにでたらシャキッとした。今の職場は重いものを持ったり、瓶のキャップをねじり取るような力作業はない。回診して多くの患者さんに声をかけて激励するだけで軽労働である。廊下の先の方を見ると若い看護師さんが軽快に颯爽と歩いていた。私は?と振り返るとよたよた歩きで颯爽とは程遠かった。彼女らとは年齢が違うのだから仕方ない面もあるが、もっとスタスタ歩いて患者さんを激励してやらなくてはと思った。背が曲がり、よたよた歩きでは患者さん達は逆に私の方を心配してくれるかもしれない。一瞬一瞬、毎日が勝負である。若者のようにはふるまえないが、他人の姿をみて発奮していこうと思った。せめて廊下を歩く時だけでも背筋を伸ばし、腕を振って軽やかに歩こうと思った。
2024.03.28
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寒さにしぼみかけていた木蓮がここ数日暖かかったので花開いた。この木蓮は今から40年前に「肝機能検査の軽微異常値の評価」という論文で医学博士号を頂いた時に記念に植えた樹である。樹皮が破れてかなり老木化している。毎週日曜日6時35分から教育テレビでNHK俳句という番組があり、楽しみに観ている。本日の選者は村上 鞆彦さんでゲストは南杏子さんだった。南さんは1961年生まれで62歳、内科医で小説家とのことである。司会の柴田英嗣さんが南さんに色々質問して明らかになったがその経歴はかなり特殊であった。日本女子大家政学部卒で「主婦の友」の編集者をしていたが夫の仕事の関係でイギリスに渡りそこで子供を産んだ。そこでは小さい子供がいても女性が様々な仕事を楽しそうにしているのをみて、子供が2歳の時帰国し、医者になろうと思って東海大学医学部に入り医師になった。医師になってからは大変忙しい毎日だったが高齢患者さんばかりの病院に勤めるようになってから少し余裕が出来て、ヨガ教室やコーラス会、陶芸教室、小説を書く会等に参加する中で小説を書くようになったとのことである。医師としてお年寄りの患者さん達の臨終に立ち会ったり、リハビリしてやりながら小説を書き、ヨガに行きコーラスにも参加したりして有意義な生活を送っているとのことだった。南さんの小説は今の高齢化社会とか介護とかリハビリとか人生の終末期に関するものが多いが、それは職場で実際に見聞きした内容が土台になっているとのことだった。波乱万丈の人生をよく乗り切ってこられたと思う。二刀流でこれからも元気で頑張って頂きたいと思う。
2024.03.17
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クリスマスローズ紫クリスマスローズ白人生いよいよ終局を迎えようとしている時、食べられなくなったり、呼吸困難になったり、心臓が止まった時どのように対応したらよいかについて、医師はあらかじめ家族と話し合って方針を決めている。食べられなくなったら鼻管栄養や胃ろう栄養を行うか、呼吸が止まったら人工呼吸器を装着するか、心臓が止まったらカウンターショックで刺激を与え、人工呼吸しながら少しでも延命するように努力するのか、或いは何もしないで静かに見守るか?等について家族の意向にそって対応している。医師国家試験にもそのような時にどう対応したらよいかの問題もよく出題される。実際に出題された問題に沿って考えてみたい。89歳女性、71歳でパーキンソン病発病、86歳でヤールの分類で5度となり、ベッド上の生活になった。87歳で家族とのコミュニケーションが困難になり、3か月前から食事量が減り、誤嚥性肺炎を2度おこしており、意思表示は困難で家族の声掛けでわずかに表情が緩むことがある状態で本人から希望を聞くことはできない。そこで家族の意向を聞くことになるが、胃ろうを造りますか?、人工呼吸器を装着しますかなどを家族に聞いても、家族もどのように答えていいか決めかねることが多い。そこで国試では家族の方針決定に際して助言してやるとしたらどのような助言が適切かで5つの選択肢があり、最も適切なものを選べと設問している。1はいったん方針を決定すると途中で変更できない。2は患者さんに判断力があったとすればどのようにしてもらいたいか、患者さんに沿って決めてやる。3は食べられなくなったら鼻管や胃ろうなどで栄養補給してやらないと安楽死させたとみなされます。4は最終的方針決定には病院の倫理委員会の許可が必要。5はいずれ死亡するので無駄な人工的栄養補給は行うべきではありません。皆さんが国試受験者だとしたらどれを選びますか?正解は2で患者さんに答える力があったら恐らく答えるであろう答えを探してやるのが正解とのことで、今までの患者さんの生き様や価値観を想像しながら決めてやるのが良いとのことである。日ごろから自分の最期の希望について家族に話しておくことが大切だが、それを話しておく前に認知症や急病などになってしまったら、それまでの自分の生き方を家族に判断してもらって、対応を決めてもらうことになるのだなと思った。
2024.03.05
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今朝6時35分から7時までのNHK俳句を観た。本日のゲストはテリー伊藤さん(74歳)だった。テーマは「老い」で司会者がテリーさんに「老い」につい感想を求めた。それに対してテリーさんは「老いにはいいことは一つもない」と声を大にして言っていた。「老いることにはいいことは何もない。そのマイナス状態に自分を置いて無心に頑張れば、どんなことでもプラスになる」とのことだった。老いに関係する飯島春子さんの句「蛍の夜 老い放題に 老いんとす」が紹介されて、テリーさんは老いを見事に明るく表現しており素晴らしい句だと絶賛していた。テリーさんは60歳過ぎてから慶応義塾大学政策・メディア研究科の大学院に入学し、修士号を取得している。このことについてテリーさんは「齢をとればとるほどいいことは無くなっていくので若さへの挑戦のつもりで大学院に入った」と述べていた。老いは誰もが忌み嫌う、しかし何かをこじつけて「老いてもこんないいことがあるよ」と言っている人もいる。テリーさんは忖度しないで「齢とることは何もいいことはない」と述べていたが、それだからこそ大学院に行ったり、旅行したり、テレビの企画を考えてみたりして喜びを見出しているのだと思った。老いには何一ついいことはないので、若さに挑戦するつもりで、勉強や仕事、体力造りに取り組んで心身を鍛えてもらいたいと思う。
2024.02.18
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ペルソナ 脳に潜む闇 (講談社現代新書) [ 中野 信子 ]価格:968円(税込、送料無料) (2024/2/12時点)楽天で購入ベストセラーになっている「科学がつきとめた運のいい人」を書いた中野信子さんとはどんな人なのかと思い「初の自伝」とサブタイトルがついていた「ペルソナ」を読んでみた。衛星放送で毎週水曜日にしている「英雄たちの選択」に時々コメンテーターで出演しており、「科学がつきとめた運のいい人」以外にも実に多くの本を出版しており、幸福な人生でここまで来たんだろうなと思っていたが、この本を読んでみたら事実は随分違っていた。ご両親は夫婦仲が悪く、母親は離婚して彼女が高校生の時家を出て行ってしまった。母親にかわいがってもらった記憶はなく、ピアノの調律用に祖母が母親にそのお金を渡しても彼女のピアノは調律してもらえなかった。生活が苦しく経済的なこともあったのかも知れないが彼女が欲しいと思うものは何も買ってもらえず、叱られるばかりで、毒親と思っていたようだ。また肉体的には常に頭痛に悩まされており、恵まれない少女時代だったみたいだ。学業成績は良かったので東大工学部に合格してから運が開けて現在の生活につながっているように思われるが、工学部卒業後、東大医学部大学院でも学び医学博士にもなっている。勉強について本書の中で「いい歳になってからいまさら勉強するなんて遅いという人がいる。けれど学ぶことに年齢は関係ない。いつでも思い立った時に始めればいいのだ。勉強したいと思った時が適齢期だと私は思う。むしろ、ある程度の年齢になってからの方が学習効率もよく、有機的な学びができる可能性さえある。若い学生の持っていない材料も持っている」と述べており、不幸な生い立ちだったがそれをばねにして勉強を続け、自ら運を切り開いてきた人だと思った。よくぞ、この本に書かれているような悲惨な家庭環境の中から今のような境涯を勝ち得たものだと讃嘆する。当に運のいい人だと思った。
2024.02.12
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ダウンタウンの松本人志氏(60歳)が週刊誌で話題になっている。松本氏と言えばお笑い界の天皇で番組をいくつも仕切ってきて本を書けばミリオンセラー、映画監督もした超大物である。発言は高圧的、傲慢である。芸能界で頭角を現すのは並大抵ではない。何年も下積みの努力を重ねても売れなくて消えていった人は数知れない。その中でこのように売れに売れたのは才能もあったのかもしれないが運もよかったのだと思う。才能と強運で自分は偉いと思い込み、今度の性加害行動も当然のことをしてきたまでで訴えられるようなことをしていないと思いこみ、文春は悪事として報道し名誉を傷つけられたとして5億円の損害賠償を求める裁判を起こしている。裁判の結果はどうなるか分からないが、とんとん拍子に出世し、瞬く間に売れっ子芸人になったので、心が尊大になり、後輩芸人や女性を蔑視する態度になっていたものと思われる。下積みでの苦労があまりなかったのかもしれない。今は裁判で明らかにすると言っているが、それよりも後輩芸人、女性、一般人に対する思いやりの心を育ててもらいたいと思う。
2024.02.08
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テッポウユリとツバキの蕾中村元さんが書かれた「ブツダ伝 生涯と思想」を今読み終えた。お釈迦さんである大偉人、ブツダの生涯と思想について書くのは大変だったと思われるが、サンスクリット語に堪能なのを生かして、当時の文献を出来るだけ紹介して下さり、後は読者の判断に任せるという感じで締めくくっておられた。ブツダも80歳になり、体力的に衰えてきていたが故郷に帰るつもりで順次各所で説法を続けていたが途中で鍛冶工の子チェンダの供養を受けて赤い血を吐き激しい苦痛の末にお亡くなりになられた。古来ブツダは何を食べて食中毒になったか議論されてきたが、きのこ、野豚の生肉、タケノコ、一種の薬草などが論じられてきたが、色々な理由から毒きのこだったのではないかと推察されている。チェンダの出してくれた食事で重体になり、死がみえてきた時、お付きのアーナンダに「チェンダは後悔と申し訳なさで狂ってしまうかもしれない。悪意があったわけではないので、苦しめないでもらいたい。チェンダには『チェンダさんのご供養食を食べてブツダは涅槃に入るのだから大いに功徳があるのですよ』とブツダ自身が言っていたと伝えなさい」と指示した。チェンダのおかげで死ぬことになっても慈悲の心は変わらず、恐らく苦しんでいるであろうチェンダを救ってやりたいというお気持ちだけだったのだと思う。チェンダのご供養を受ける前のある時、何度も訪れていた懐かしのヴェーサーリー市に托鉢に出かけた時サンスクリット語の文章にによるとアーナンダに、「世界は美しいもので人間の命は甘美なものだ」と讃嘆している。自分の死を何となく予感してこの世の自然風土に美しさと喜びを感じ、有縁の人々に感謝して自分の一生は楽しかったと言って去っていく心境だったのかもしれない。それより少し前、ビンギャという人がブツダに質問した。「私は年を取ったし力もなく、容貌も衰えています。目もはっきりしませんし、耳もよく聞こえません。迷ったまま途中で死にたくありません。どうしたらこの世において生と老衰とを捨て去ることができるか教えて下さい」と。ブツダは「ビンギャよ人々は妄執に陥って苦悩を生じ、老いに襲われているのを見ているのだから、そなたは怠ることなく励み、妄執を捨てて再び迷いの生存にもどらないようにせよ」と指導している。人々は我欲にょって様々な妄執にとらわれている。自分さえ満足すればよいと考え、食欲、性欲、名誉欲、権力欲、有名になりたい欲、容貌欲、睡眠欲、金持ちになりたい欲、楽をしたい欲など様々な欲望に振り回されている。ブツダはそれらを修業によって打ち払って安心立命の境地になれば老衰や死なども恐怖ではなくなると指導している。人類の進化、成長を願って、教えを求めてきた全ての人達を教化、指導してきたブツダも毒キノコであっさり亡くなってしまったが、その教えは何千年たった今でも生き続けている。でもお釈迦さんは尊い方だと思い、神のように崇め、奉ってもその本当の姿を知らない人が多いと思う。私もその一人だったが、この本を読んでブツダの教えのほんの一部が分かりかけてきたような気がする。もっと勉強していきたいという気持ちを起こさせてくれた好著だった。
2024.02.02
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今朝西の空で見かけた満月、今夜も東の空で満月が見れるそうですブッダは29歳で出家して修行に入り、食事は半月に1回、猛獣がいる森の中で裸で夜を過ごす、髪の毛を次々に抜いたり息を止めたりする苦行など、ありとあらゆる苦行を行ったが悟れず菩提樹の下で瞑想に入った。瞑想中、病気や死に対する恐怖、有名、尊敬、名誉を得たい欲望、脅迫、艶めかしい女性等、様々な恐怖や欲望、誘惑が襲ってきたが、ブツダはその誘惑をことごとく退けて7年目に遂に悟りを開いた。まず人間は必ず死ぬということを源にして十二因縁を明らかにした。十二因縁というのは(1)無明(2)行(3)識(4)名色(5)六処(6)触(7)受(8)愛(9)取(10)有(11)生(12)老死 で、12個の人の苦しみについて12番目の老死から順番に原因を考えて行った。12番目の死は11の生まれるから生じており、生まれるのは10の有があるからという風に順番に考え最後は1番目の無明にたどり着いた。この無明を無くせば苦しみが無くなる。無明とは自分の欲望が生み出している煩悩でそれを無くせば苦しみがなくなる。と悟った。逆に1の無明は2の行があるからで行は3の識があるからでと順に考察し、11の生は12の老死があるから生があるのだと逐次原因結果を考察し、苦悩を取り除くにはその原因を取り除けばよいということを悟った。また人間についてはバラモンであれ、センダラであれその価値は生まれや育ちには全く関係ない。金持ちや貧乏、鼻が高い低い、容姿の良い悪い、声の良し悪しすべて関係なく平等であり、人間の価値は利他の行動で決まるということを高らかに宣言した。当時は階級差別が厳密でバラモンからみたらセンダラ階級は虫けら以下とみなされていたのでブッダの革命的な宣言は修行者以外からは奇異な言動として受け止められていた。自ら真理に到達したと自称して語る論者は種々の偏見に基づいて、我が説は真理であると主張しているが、「他の何ぴとを愚者であると見なすことが出来ようぞ。他の説を愚かであると説くならば自ら確執をもたらすであろう」と増上慢(思い上がり)を戒めている。また「私に死の恐怖はない、また生への愛着もない、しっかり気をつけて落ち着いている。死の時の至るのを待つ」偉大な人物ブッダの悟りの境地を平易な文章でまとめるのは容易なことではなく、昨夕帰宅後から取り掛かったがまとめきれず翌日になってしまった。もとよりブッダのほんの一面の紹介に過ぎないので今後この本を読み進めながら思索を深めていきたい。
2024.01.27
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難行苦行をしていたブッダは難行苦行では全智の悟りには到達できないと感知して瞑想に入った。瞑想していると様々な想念が浮かんできた。悪魔が現れ、「清らかな行いをして聖火に供物を捧げてこそ多くの功徳を積むことができる」と言ってきた。それに対してブツダは「汝は一般世間の善行を押し付けようとやってきたのだと思うが、私には世間の善行を求める必要はない。私には信念があり、努力があり、知恵がある。私は諸処の欲望に惹かれることはない。汝の第一の軍隊は欲望であり、第二は嫌悪、第三は飢渇、第四妄執、第五ものうさ、睡眠、第六恐怖、第七疑惑、第八はみせかけと強情、第九は誤って得られた利得と名声と尊敬と名誉、第十は自己を褒めたたえて他人を軽蔑することである。これらは黒き魔の攻撃群だが勇者でなければこれに打ち勝つことはできない。私は知恵の力で汝の軍勢を打ち破る」と答えた。バラモン教では世俗的な習慣や祭祀を尊重したのに対し、ブツダはそれらを否定して人間の内面的、精神的面に心を向けていた。別の仏伝では肉感的美女の誘惑や悪魔軍団の脅迫もあったみたいだが、ブツダの知恵の力によっていずれも打ち破っていった。そして遂に6年とも7年ともいわれている修業の末にさとりを開くがその内容は次回以後のブログで紹介する。
2024.01.25
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ブッダ伝 生涯と思想価格:1,100円(税込、送料別) (2024/1/22時点)楽天で購入昨日から1995年にNHKから出版された「こころの時代 ブッダの人と思想 上下」を角川文庫が文庫化して「ブッダ伝 生涯と思想」として出版された本を読み始めた。今から2500年程前ネパール南部のインド国境の近くにあるルンビニー園でゴータマ・ブッダは生まれた。父は釈迦族の王族で母親はマーヤー夫人だったがブッダ誕生後7日で亡くなってしまい、その妹に育てられた。それでも王族の長男として大事、大事に育てられた。王にしてみれば何不自由なく育てたつもりだが王子は心に悩みを持っており、29歳の時出家してしまう。その悩みについて「アンダッタラ・ニカーヤ」の中に外出時老人を見て、自分が老いゆくものでありそれは免れないものなのに、他人が老衰したのを見ると、考え込み、悩み、恥じ、嫌悪している自分に気づいた。別の日には病人を見て、自分も病は避けられないのに他人が病んでいるのを見ると、考え込み、悩み、恥じ、嫌悪している自分がいた。他人が死んだのを見た時も、考え込み、悩み、恥じ、嫌悪している自分がいた。やがて自分だって死ぬ存在なのに、こんな風に考えるとは、自分がいかに浅はかな人間で、健康で溌溂と生きているという誇りは消え失せてしまった。王室ということで特別に育てられ、思いあがっていた面もあったかもしれないが、感受性の強い少年だったのだなと思った。現在でもこのような感じ方をする少年もおり、何千年経っても人間の感じ方は変らないものだと思った。ブツダは80歳の最後の旅にあって、臨終の間際にスパッダという弟子に向かって「スパッダよ、私は29歳で何かしら善を求めて出家した。スパッダよ、私は出家してから50年余となった」と述べており、この世において何が善であるかに悩み、その解決のために出家したと述べていたが、少年時代に老人、病人、死人に対して自らが感じたことに対してもよく考えてみたいという気持ちがあったのではないかと思われる。最初からかなり興味深い内容だが、今後は出家後の修行の様子等を時々掲載させて頂く予定である。
2024.01.22
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自宅二階から6日午後4時撮影した富士「ほんとうの法華経」を読んでいてやっと授記品第六まできた。法華経は全部で第二十八まであるのでまだ先は長い。しかし興味あることが書いてあったので紹介する。この第六で、お釈迦さんは「私は久遠において成仏していたが菩薩としての実践は終わっていない」と告げる。ということはこれからも菩薩行を行っていくとのことである。そのことは如来寿量品第十六に「我成仏してよりこのかた無量無辺千万億那由他劫なり」と「我本菩薩の道を行じて成ぜし所の寿命、今猶、未だ尽きず。復、上の数に倍せり」の所にも記されており、ブツダは永遠に菩薩道を実践しているのだということが書いてあるとのことだ。要するにお釈迦さんとかブツダとか言って祭り上げて神格化していることが多いが、実際は四衆と同じで成仏した後も永遠に菩薩道を実践しているのだ。お釈迦さんは神格化されるべきものでなく、皆さんと同じ人間で共にがんばっていきましょうと述べているとのことだった。当時のインド人は物事を権威づけるために天空で講義があったとか、時間は想像もできない過去から何万何千光年先の話だとか、広さはとても計算できない広さなどと記載してあるが、計算できない程過去の話ですよ、それ程広いものですよと強調して言っているとのことだった。仏教とか法華経とかお釈迦さんとかはとても難しい教えのように思っていたが、実際は日常生活に密着したそれ程難しい話ではなく、人のために尽くす菩薩行が肝要で、それを死後も含めて永遠に実践していくことが重要だとのことで、心していきたいと思った。
2024.01.07
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妻が活けた新年の華昨日の大晦日には初嵐(椿)が寒風の中で咲いていたのを見て昨年1年間の反省と今年度の抱負を花に託して書いた。今日は元日である。郵便箱を見に行ったらまだ年賀状は来ていなかったが、大学の同窓会誌が配達されていた。同期生は入学時は94名いたが卒業時86名、その中から26名亡くなって今は60名になってしまった。残った人々の文章も「長年続けてきたクリニックを閉鎖した」とか「脳卒中になり車いす生活です」といった具合でいよいよ人生の黄昏時を迎えているのだなということを実感した。本日頂いた年賀状をみていたら当「今が生死」のブログを読んで下さっているというありがたい賀状があった。黄昏時を迎えているが黄昏を見たくてこのブログを読んで下さっているのではないと思う。「今が生死」の今をどのように生きているかを見て下さっているのだと思う。年寄りは年寄りなりに、今にどのように向き合っているかを書いて行こうと思う。今年もよろしくお願い申し上げます。
2024.01.01
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ラムズイアー(子羊の耳)法華経薬草喩本第5に法華七譬の一つ「薬草の譬え」が出てくる。インドでは雨季になるとたっぷり水を含んだ雨雲が雨を降らせてくれて千差万別の植物が潤され同一の大地に生い茂る。その中に人々が病気になった時にそれを癒すための薬草も含まれている。薬草にも色々ある(声聞、独覚、菩薩)が、自然界の雨がなければ生育しない。その雨は仏であり、それがあって初めて薬草も生かされ、他の植物も潤い、成熟するのと同じように、仏は全ての人に慈雨を注いでくれているのであると説いている。その続きとして陶工が同じ粘土で種々の容器を作る場合に、あるものは黒糖の容器になり、あるものはバターの容器、あるものは牛乳やヨーグルトの容器(2000年も前にこれらのものがあったのか分からないが)、あるものは不浄なものの容器となる。粘土は同じなのに中に何をいれるかで多様性が出てくる。元になる粘土が仏で、用途によってさまざまな形になっているのが衆生で、衆生の基本は粘土という一仏乗であると説明している。姿、形が違い、王宮に飾られるものもあれば、トイレで便を垂らす容器になることもある。どちらが高貴でどちらが下品ということはなく、元をただせば同じ粘土なのである。前日ブログに書いた譬え(長者窮子の譬え)は全ての人は皆、最高に尊い宝(仏性)を持っているがそれに気づいている人は少ない。ということだったが、本日のブログに書いた譬えは、全ての人には平等に雨(仏)という恵みが注がれている。それなのにそれに気づいていない人が多いということだった。私は殺人事件などの犯罪報道を見聞きする度にこのような事件が起きないようにするにはどうしたら良いかそのために自分のできることはないかと考えてきた。上記二つの譬え話を拝読して感じたのは犯罪を犯す人は自分が仏の心を持っていることを知らないで卑下しており、自分は不幸な星のもとに生まれて呪われているのだから悪いことでも何でもしてしまうのだと思っているのではないかと思った。ハマスとイスラエルの戦争、ウクライナとロシアの戦争で殺人を犯している指導者も同じような精神状態ではないかと思った。それを防ぐために私のできることは、仏陀の教え「あなた方の本性は仏なのですよ」ということを繰り返し述べ、普及していくことではないかと思った。
2023.12.28
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八つ手の花、秋ごろも載せたがこの寒いい冬にも咲いていたので再掲法華経では誰でもが仏になれる宝物を持っているのに自分を卑下している人が多いので各所にたとえ話をいれて「あなたは本当は大変尊い人なのですよ」と説明している。全部で7つの譬え話があるがそのうちの一つ「長者窮子の譬え」が有名である。その話はある資産家の家に生まれた息子が子供の時に何者かにさらわれて行方不明になってしまう。息子は50年もの間他国を流浪して困窮した挙句、実父の邸宅とは知らずふらふらとその門に近づいた時、たまたまその家の主に見つかってしまった。捕まえられてひどい目に合うと思って急いで逃げ出す。しかしその主人は50年前いなくなった息子ではないかと直感で感じ、従者に命じて捕まえてくるように命じるがその息子は恐怖のあまり気絶してしまう。そこで「あんたは私の子供だよ」と話してもとても信じてもらえないと思い水をぶっかけて逃がしてやる。そこで二人の従者に命じてその息子にいい仕事があるので一緒に働かないかと誘わせる。仕事内容は肥溜めの汚物処理とのことで、その二人と一緒にその息子は資産家の邸宅で汚物処理の仕事をすることになる。息子はまじめに働き徐々に資産家の身の回りの世話をするようになる。やがて晩年を迎えた資産家は息子に財産の管理を任せる。臨終間際になって王様、親戚、近所の人々を集めて「この人は何十年も前にいなくなった私の実の息子です。財産のすべてを贈与いたします」と宣言した。この話は資産家の財産を息子が引き継ぐのは当たり前のことだったけれど、幼い時に家を離れ、こんな立派な邸宅の跡取り息子とは夢にも思っていなかった。どの人間も無限の可能性を秘めているのに結構自分を卑下している人がいる。「実はあなたは(誰もが)尊い存在なんですよ」ということを手を尽くして分からせようとしている説話とのことだった。法華経というと難しいことばかり述べているのかと思っていたが、この話を読むとわかりやすくて、案外法華経は簡単なのかなと思った。
2023.12.26
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ほんとうの法華経 (ちくま新書) [ 橋爪 大三郎 ]価格:1,210円(税込、送料無料) (2023/12/25時点)楽天で購入今、橋爪大三郎さんと植木雅俊さんの対談形式で書かれている「ほんとうの法華経」を読んでいる。釈迦滅後500年位して編纂された法華経には鳩摩羅什による漢訳版と植木雅俊さんらによるサンスクリット訳版がある。植木さんには「サンスクリット語・漢語・日本語対照 現代語訳 法華経」の著書がある。基本的には漢訳もサンスクリット訳も大きな違いはないが、微妙なところで違いがあり、これを読むと法華経に対する理解が一層深まると思われた。一般に過去、現在、、未来があり、法華経の中では過去の行いが現在の結果となり、現在の結果が未来につながっていくというように解釈されているが、それでは過去世で悪いことをしたら現在にその報いをうけて不幸な宿命を背負ったままになってしまう。だから宿命転換のため発心しなければならないという風に指導されることが多いが、「本当の法華経」では現在の在り方の中に過去も未来も含まれていると説いているとのことである。現在の自分は遥かな過去からの総決算として今がある。仏教の時間論から言うと過去がこうだったから現在こうなったといういい方はしないで、現在こうだから過去はこうだっただろうと現在から過去を眺め、未来についても現在こうだからこのような未来になるだろうと全て現在から過去、未来を決めていくとのことである。過ぎ去ってしまった過去を変えることはできない。しかし現在ある人が幸せな境涯を築いているとすれば、その人の過去は苦労ばかりだったのかもしれないが、苦労したから幸せになったのだとその苦労が輝いてくる。未来についても現在の自分の所業から来世はこうだろうなと推測することができる。法華経とは誰でもが仏になれる教えで、過去世に殺人を犯した人間だから仏になれないということは絶対になく、仏の教えをよく理解してくれれば誰でも過去世も来世も含めて菩薩になり、仏になれるという教えだと述べていた。なるほど法華経とはそういう深い教えなのかと改めて認識した。
2023.12.25
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馬酔木(アセビ)今朝、日曜日朝6時35分からのNHK俳句を観た。昨日の土曜日は6時35分から「基礎英語を学んでみたら世界とつながった」を観た。私は子供の頃から連続ラジオ小説「白鳥の騎士」「笛吹童子」「鞍馬天狗」等に夢中になる質で、友達と遊んでいてもその時間になると夢中で飛んで帰っていた。大人になっても同じで7時15分からの朝ドラの再放送は必ず観ている。今は「まんぷく」を観ているがその前の「あまちゃん」もずっと見ていた。再放送なので一度観たドラマなのにはまってしまうのである。今観ている「まんぷく」は本当に素晴らしいドラマだと思い一喜一憂しながら感動して観ている。ラジオっ子であり、テレビっ子である。人生の大半をテレビに楽しませて頂いている。今日の俳句の番組を観ながらしみじみそう思った。テレビは受け身なので活動的な人はスポーツとか旅行の方を好み、テレビを敢えて観ないようにしている人も多い。テレビ以外では私はブログを書くのも楽しみである。SNSにはユーチューブやフェイスブックなどもあるが、私にはブログが合っていると思っている。ユーチューブでは有益な記事の投稿が多く、利用させて頂くことはあるが自分から投稿することはない。ユーチューブもフェイスブックも外向きで情報を発信させてそれを共有したり自分の紹介に使ったりしている。ブログは半分外向きで半分内向きだと思う。電子日記とのことだが、日々の自分の日常や考えを発信してそれにコメントをもらえたりするとかなり嬉しい。テレビやブログに慰められてきた令和5年であったが、来年も同じ傾向が続くと思う。しかしそれらは受け身なのでもう少し、能動的、積極的な方面にも関心を持ち、切り開いて行こうと思う。
2023.12.24
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ガーデンシクラメン今日91歳の女性患者Iさんが退院した。多くの看護師に見送られ、惜しまれながらの退院であった。Iさんはサ高住(サービス付き高齢者住宅)に入っていたが、9/20に転倒して右大腿骨頚部骨折して同日に県立中央病院で骨接合術を受けてリハビリ目的で10/6に当院に転院してきた方である。私が回診する時はいつも椅子に座っているが、声をかけるといつもニコニコと応答してくれる。例えば「いつもリハビリ頑張っていますね」と言えば「それほどでもないですが」とニコニコしながら答える。それは誰に対しても同じで、看護師などはそのIさんにいつも癒されていると言っていた。そのIさんが今日退院してしまうので「癒し系の患者さんがいなくなる」と言って悲しんでいたのは一人や二人ではなかった。またサ高住に戻っていったが、サ高住でも皆様に好かれているのだろうなと思った。高齢化した我が国では認知症の方が何百万といる。放送で「○○さんがいなくなりました」と放送されるような方はかなり周囲に迷惑をかけている人だと思うが、Iさんは用事のない時には静かに椅子に座っており、迷惑はかけていないと思う。それどころか周囲にほのぼのとしたものを発散してくれて多くの人が救われていた。どうしたらこのようなボケ方ができるのだろうか?と考えてみるに、認知症になる前の元々の性格が関係しているのではないかと思われた。皆がIさんのようなボケ方だと世の中が明るくなるが実際はその逆で大声で騒いだり常識外れの行動をして周囲を困らせていることが多い。本日から認知症の薬がエイザイから売り出されるが、それを服用すればIさんのようになれるなら最高だが実際は認知症の症状が軽くなるだけらしい。Iさんのようになりたかったら、病気になる前から、常に人の為を思い、人を喜ばせる行動をしてきた人でないとIさんのようにはなれないのではないかと思った。Iさんを見習い、残りの人生を人が喜ぶ行動に徹していこうと思った。
2023.12.22
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県立美術館に第51回山梨県書道展を見に行ってきた。妻が書いた調和体「憂愁の阿修羅の像や秋の月」が特選に入っていた。毎晩床一面に習字紙を広げて書いていたが報われてよかったなと思った。この同じ文章だけでも80枚や90枚は書いたとのことである。沢山書けばいいというものではないだろうが多い人は200枚、300枚位書くとのことである。でもこうして特選とか秀作とか佳作とかに入る人はいいが、どんなに書いても報われない人もいるみたいだ。それは書道に限ったことではないが、スポーツでも音楽でも絵画でも小説でも一生懸命練習しても才能の問題や修練の方法、運など様々な要因で報われない人と報われる人がいる。報われない人が圧倒的に多いと思うが、私たちは報われるために生まれてきたのでもないし生活している訳でもない。報われる報われないに関係なく情熱を注げることがあることに感謝したらいいのだと思う。私も報われない努力を結構しているが、報われることだけを願う考えを改めようと思っている。
2023.12.16
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ドウダンツツジ、もう少し前は真っ赤で綺麗だったが撮影が少しおくれてしまった雅子妃殿下が本日誕生日で還暦を迎えられ「信じられないような気持です」と感想を述べられた。アメリカトップのハーバード大学を卒業して日本トップの東大に3年時への編入をして外交官試験に合格した才媛である。英語、ドイツ語、フランス語が堪能で、キャリアウーマンとしてその能力を遺憾なく発揮していたかもしれないが、天皇陛下に見染められ、皇室に入ったが故に苦難が重なり適応障害という病気になり、さぞかしお苦しいこれまでの人生だったと思われる。第一子愛子様をご出産後3年位して帯状疱疹という病気になり、以来長らく公務に満足に出れない状況が続いてきた。民間人として自由気ままに生きてきたけれど、皇室に入ってからは想像を絶するしきたりや締め付けがあり、それに適応できなくて悩んでこられたことと思われる。今度、60歳という節目を迎え「新たな気持ちで第一歩を踏み出す」ともおっしゃっておられた。今までは皇室という束縛の中で自由はなかったと思われるが、今度は自分が皇室の環境を変えていく立場になった。天皇陛下や愛子様に支えられ、新しい皇后陛下の歴史を作ってもらいたいと思う。苦難を乗り越えた人は強い、今までは様々なストレスの中で生活してこられたが、これからは新たな気持ちで遠慮しないで思う存分生きて頂きたいと思う。
2023.12.09
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新版 科学がつきとめた「運のいい人」 [ 中野信子 ]価格:1,650円(税込、送料無料) (2023/11/25時点)楽天で購入自分にはツキがない、それなのにあの人は運がいい。うらやましいなどの言葉をしばしば耳にする。この世は実力の世界と言われるが、その差はほとんどなく、選ばれて脚光を浴びる人は必ずしもトップの成績の人とは限らず、運がよいか悪いかで決まるような気がする。運のよい人が最高の栄冠を手にして幸せな人生を送れると信じられている。しかしその運とは天とか神が与えてくれるもので自分ではどうすることもできないと思っている人が大多数だと思う。そこに脳科学者の中野信子さんが「運とは100%自分次第」という革命的なキャッチフレーズを引っ提げて登場してきた。発売直後17万部売れてベストセラーになっているとのことである。恐らく自分には運がないと思っている人たちに大きな可能性を提示してくれたからではないかと思う。その本の内容を見てみよう。内容紹介(「BOOK」データベースより)運は100%自分次第。「運がずっといい人」には科学的根拠があります!日本・最注目の脳科学者がつきとめた、運のいい人だけがやっている思考と行動。目次(「BOOK」データベースより)第1章 運のいい人は世界の中心に自分をすえる(運のいい人はいまの自分を生かす/運のいい人は自分を大切に扱う ほか)第2章 運のいい人は「自分は運がいい」と決め込む(運のいい人は「自分は運がいい」と思い込む/運のいい人はプラスの自己イメージをもつ ほか)第3章 運のいい人は他人と「共に生きること」をめざす(運のいい人は他者を思いやる/運のいい人はひとり勝ちしようとしない ほか)第4章 運のいい人は目標や夢を「自分なりのしあわせのものさし」で決める(運のいい人は具体的な目的をもつ/運のいい人は目的や目標を自分なりの「しあわせのものさし」で測る ほか)第5章 運のいい人は祈る(運のいい人はポジティブな祈りをする/運のいい人はより多くの人のために祈る/運のいい人は敵のしあわせを祈る/運のいい人は病んでいる人のために祈る)上記の各章を成功している芸能人や宗教指導者に当てはめてみた。なるほど成功している人は上記の各章を自分のものとしてほぼこのような感性で成功を収めてきたのだなと思えた。運の悪い人は上記と反対の思い込みをしていて、自ら運を取り逃がしてきたと思えた。第5章では祈ることはよい運につながるとのことで、運がいい人はポジティブな祈りをしているとのことだ。願いはするがその目標はかなわないだろうとネガテブの祈りをしている人には永遠に喜びは来ない。運のいい人は敵の幸せを祈り、病気で病んでいる人のために祈るとのことだ。そうすれば運が回ってくるとのことだが、多くの人は自分のことばかり考えており、他人の幸せを祈る余裕はない。他人のために祈れば運が回ってくるとのことなので、ガザ地区で被爆を受けている人たちや病気で苦しんでいる人たちのために祈ろうと思った。
2023.11.25
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明治9年(1876)50歳 W.S.クラーク博士私は学部3年時への編入試験に合格して医学部に進学したがその時北海道大学と東北大学の両方に合格した。両大学とも国立の由緒ある大学だが私は北海道大学を選んだ。それは北大の前身、札幌農学校の初代教頭として赴任したクラーク先生が札幌を去るにあたって、生徒一人一人を激励した後、馬上からBoys be ambitious!と訓導して去って行った。それが農学校から北大になってからも校訓として続いており、その言葉に引き付けられていたのでその大学を選んだ次第である。その言葉は有形無形にその後の学生たちに刺激を与え、私も大きな目標を持って学び、卒業してからもその心意気をもって生きてきた。少年よ 大志を抱け!という言葉にはインパクトがあり、何度も挫けそうな心を立て直してもらった。ところがである。81歳を超えた頃から目標がなくなってしまった。クラーク博士も60歳で亡くなった。死を待つだけである。大志どころではなくなってしまった。周りを見回しても同級生の半数近くが亡くなり、たまに会うと「俺たちもいよいよ終わりだな」とか「これから何かをやろうという気は起きないよな」などの会話になる。長命の人が増えているがそれは自分で長生きしたくてではなく、自然に長く生きることになっただけで「こんなに長く生きて申し訳ない、早くお迎えに来てもらいたい」などと言っている高齢者が多い。最近ある人がブログに「長生きするには頭と体を鍛えないと損すると言いたい」と書いていて長生きを望んでおり、そのためには頭と体を鍛えなくてはいけないと言っていた。その方は今何歳なのか知らないが80歳過ぎなら、長生きを積極的に望んでおり、素晴らしいと思った。ご高齢の入院患者さんや周りのご高齢の方々と話をすると具体的な目標を持っている人は少なく、「自然の流れで枯れていくだけです」と思っている人が多い。頭と体を鍛えていこうと明確な目標を持って生きているのは老人の鏡だと思った。私はすでに少年(boy)ではなくなった。「少年よ 大志を抱け!」ではピンとこなくなった。まぎれもなく老人である。しかし老人が大志を抱いてはいけないという法律はない。私は今後、挫けそうになった時は、Older people be ambitious! を唱えて生きていこうと思った。
2023.10.27
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朝顔の上にかぶさって咲いていたコスモスプロ野球は昨年セリーグ優勝のヤクルトは中日と最下位争いをしており、18年間優勝から遠ざかっていた阪神が優勝した。常勝を義務ずけられており、金も優秀な選手にも恵まれている巨人はAクラス3位に入れるかどうかの瀬戸際にいる。パリーグは万年最下位争いで低迷していたオリックスが中嶋監督になってから3年連続優勝で、セリーグで18年ぶり優勝の阪神と日本シリーズで対決することになると思う(クライマックスシリーズがあるが両チームは勝ち抜いてくると思われる)。今年良かったチームと悪かったチームに分かれたのは、選手にけが人が出たり、調子の悪い選手がいたり、トレードで主力選手が抜けたりした事情もあったかもしれないが、最終的には監督の采配だと思う。優勝した阪神の岡田監督、オリックスの中嶋監督は立派だったと思う。大相撲ではカド番大関の貴景勝が4度目の優勝を飾った。先場所優勝の豊昇龍は前半負けが込んで負け越してカド番大関になる瀬戸際の昨日の千秋楽で勝利してそれを免れた。ワールドカップ女子バレーでは日本は第5戦までは圧倒的に強くて1セットも落とさず五連勝してきたが、一昨日ののトルコ、昨日のブラジル戦では大熱戦の末、惜しくも連敗してしまった。栄枯盛衰は世の習いと言うが、栄えっぱなし、衰えっぱなしということはないと思う。18年間も優勝から遠ざかっていたチームでも優勝することがある。大相撲のカド番で負け越したら大関から陥落する力士が優勝してしまうこともある。世の中は不思議だと思う。栄華を極めていても没落することもある。今栄えていてもちょっとした油断で没落することもあり、今どん底でも栄冠をいただくこともあるのでおごり高ぶることなく、どん底でも今に見ていろと頑張っていきたいと思う。
2023.09.25
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ペンタス神戸市の甲南医療センターの研修医(専攻医)Tさんが過労のために自殺したとして労災が認められ、家族が病院を相手取って訴訟を起こしている事例が話題になっている。自殺前の2/7~5/17は100日以上休みがなく、極度の長時間労働で精神的に追い詰められて自殺の道を選んでしまった。父母や病院上司に当てた遺書があり、「誰も悪くない。自分が至らないためにこのようなことになってしまった」と書いてあった。来年4月から働き方改革で医師も決められた時間以上の残業(超過勤務)をしてはならないと規制されるが、今まで100日以上とか200日以上休みがないなどということはざらにあった。これは医師に限らずその仕事の新人はその仕事を身に着けるために住み込みで働いたり、厳しいい訓練を課せられ何日間も休みをもらえなかった人も多かったと思う。どんな仕事でも一人前になるためには寝食を犠牲にして数年間は夢中で修業しなければならないという暗黙の決まりがあった。しかし時代が変わり、今では誰もが過労にならないように働き、平等に幸せを享受できる社会を目指すことになった。こんどのTさんの件では休みも全く与えないで働き詰めで働かせたとして病院側に非難が集中しているが、昔では当たり前のことで、Tさん以上の激務をこなして一人前になってきた人は多い。自殺という不幸な結末になってしまったが、そのような激務をこなして一人前の医師になっていたなら、非難が集中しているその病院の立場も少しは違ったかもしれない。時代は変わっている。青年たちの考えも変わってきている。病院側も先輩医師も若者に過酷なことを求めないで貰いたい。来年4月から始まる「働き方改革」の範囲内で、若者を一人前の立派な医師に育ててもらいたいと思う。Tさんの死を無駄にしてはならない。
2023.08.22
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以前から咲いて咲き終わったと思っていたらまた白いバラが咲いていたので思わずまた写真を撮ってしまった。先週の日曜日に孫が山梨に来た時の写真である孫は滋賀県の大学の工学部を卒業して大手家具製造メーカーに就職が決まり、千葉県で研修期間を終了してこれから任地の北九州市に赴任する直前に甲府に寄ってくれたので昇仙峡の仙娥滝に行ってきた時の写真である。方やこれから伸びていく若芽、方やこれから萎びていく老体、好対照と思って載せた。若者にはこれから可能性がいっぱいある。ご老体はそれまでなんらか頑張ってきたのかもしれないがこれからの可能性はほとんどない。今は年老いて役目は終わったように思う。これからの生き方が大切だと思うが明確な羅針盤はない。年老いた先輩達は気力も亡くなり、役目が終わった後の記録はあまり残していない。道なき道を切り開いていくのは記録が残っていない今が一番大変かもしれない。高齢になる直前までの人生は多くの人がその生き方をいっぱい書いていたので参考になったが、高齢になってからの記録は少なく、迫力もない。しかし残された人生、明確な羅針盤はないが、日ごろの勤行、唱題に励み、高齢者としての生き方を確立していきたいと思っている。
2023.08.15
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マンデブラ昔と比べ最近皆さん長命になったが平均寿命を超える頃にはいよいよ自分もこの世から消える時が近づいてきたと思うようだ。それがいつかは分からないのでその日がいつ来るのか不安を抱えながら生きていることが多い。現在私は103歳女性、脳梗塞の患者さんを受け持っている。女性の平均寿命からすると16年くらい長く生きていることになる。何にも考えないで100歳を超えるまでのんびり生きてきたとは考えられずその1年1年は辛いことも多かったのではなかろうか?脳梗塞を起こすまでは普通に元気に暮らしていたというので歳のことなど考えずにのんびり暮らしていたのかもしれず、それだから長生きができたのかもしれない。脳梗塞後は意識がなくなり、目を閉じていることが多く、考えたり悩んだりすることはなくなったと思われるが、動かない手足のことやしゃべれないことに対するいら立ちはあるかもしれない。しかし表情は平穏でそれほど苦痛があるようには思えない。最近では声をかけると目をぱっちり開けてこちらを見てくれるようになった。セラピストは車いすに乗せて院内を歩いてくれている。周りの景色がどのように見えているのかわからない。栄養は鼻から管をいれて入れているので肉体的にはほぼ健康状態である。こちらに入院してからほぼ半年が経過したが、これからいつまで生きられるかは分からない。命ある限りは褥瘡など作らないで安らかに暮らしていただければと思ってお世話していきたいと思う。
2023.08.10
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紫御殿この頃不眠とか食欲不振とか体調すこぶるよくないが今朝病院にきて患者さんの回診を始めた時に思った。確かに自分の体調管理も大切だが、自分が何のために存在しているのかの原点は何かと思いを巡らせた。自分の体調も悪いが、患者さん達はもっと悪くて苦しんでいるかもしれない。私たちの仕事はリハビリテーションといって失われた機能を元通りにしたり、元通りにならない場合は障害肢と反対側の手足で障害されている手足の代わりをするように訓練しているが、動いてくれない手足のことを思うと、どれほど辛い思いをしているかと思った。言葉が出ない人は、私が挨拶しても返答できないつらさをどれほど味わっているかと思った。自分の体調がいい時はいいが、悪い時でも患者さんを励まし、看護師やセラピスト達にも患者さんのために全力で尽くしてくれるよう行動で示していかなくてはならない。体調にこだわっている場合ではないことに気が付いた朝であった。
2023.07.25
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白薔薇感ずるところあって57歳でそれまでの工学系のキャリアを捨てて60歳で金沢大医学部に合格して医師を目指して医師になった人がいる。その動機は何だったのか聞いてみないと分からないが、工学系の知識を使って、難病を治してやりたいとの熱情があったのかもしれない。それにしても医学部卒業後医師国家試験に4度も不合格になったとは納得できない。私もその試験を受けたが、成績優秀でも何でもなくむしろ頭の良さは平均以下と思われる私でも楽々受かった試験なので、恐らく試験官が年齢を考慮して不合格にしたのではないかと思うが合格基準については過去4回の試験委員会に聞いてみないと分からない。それでもめげずに挑戦して5回目で合格を勝ち取ったことに拍手を送り、五回目の試験官に敬意を表したい。合格基準は各年度で異なり、爆弾問題と言われる問題では医師としての常識から外れた回答をした者は総点数が合格点以上でも不合格になることがあり、年齢制限で何歳以上は合格にしないという内規があったのかもしれない。いずれにしても5回目では合格した。57歳でそれまでの仕事を辞めて医師を目指した目標に向かって猛進して貰いたいと思う。年齢なんか気にしないで頑張ってもらいたい。
2023.07.08
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沖縄のゴリラ岩が見える海岸。見る方向でゴリラのように見える。ハートロックハートが二つ並んでいて縁起がいいとのことでかなりの坂道で往復は大変だがウェディングドレスを着た花嫁さんが支えられながら降りていくところも見かけた。ハート型というが一つはY字型に近くもう一つはスペードのようにも見えるが、💛ロックということで観光客を集めていた。沖縄の旅は異国を旅しているような美しい海岸や、ハイビスカスやガジュマルなど南国の花や樹木に接して英気を養うことができて良かったが、帰宅4日後の7/2(昨日の日曜日)がピアノの発表会だったので旅行中も床の中とか机をピアノに仮想して練習していたが、昨日の本番ではコチコチに緊張してしまいミスが多くて沖縄での練習を生かすことができなかった。モーツァルトのトルコ行進曲を弾いたがテンポの速い曲でつかえ、つかえにポロン、ポロンと弾いていたのでは感じをだすことができなかった。出演者は全部で16人で小学生、中学生までで高校生以上の大人は私だけで私が最終の16番目の出場であった。沖縄での練習だけでなく、家でもかなり練習したのでそれなりのレベルで弾けると思っていたが、結果は上記のとうりで不本意の演奏であった。いっぱしに蝶ネクタイをしてかっこをつけて子供たちの見本になるように弾こうと思ったが、体が固まってしまい、残念な結果になってしまって落ち込んでしまったが、時間を置いたら、結果はともかく、目いっぱい準備して本番でも硬くなりすぎたがそれなりに真剣に対応したのだから、よかったと思いなおすことにした。結果でなくその努力をしたことで良しにしようと思った。今は高齢になり体力面、精神面でずいぶん落ちてしまったと自覚している。これからぐんぐん伸びようとしている中学生などと張り合うつもりはないが、あと何年生きられるかわからない人生、今までの生き方のままで我が人生を終わりたいと考えている。今まで挑戦の人生だったので死ぬまでその生き方を貫こうと思う。
2023.07.03
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ハクチョウソウ(白蝶草)毎年地域医療などに貢献した人が5人ずつ赤ひげ大賞として表彰されており、今年選ばれた5人は何れも素晴らしい方々だが最高齢で選ばれた大久保直義さん(89歳)を紹介したいと思う。大久保さんは旧満州生まれで復員後祖父が住んでいた鹿児島市に住み、鹿児島大医学部を卒業して第一内科に入った。そこの教授から「体を診るだけでなく、精神的、社会的な面からも患者を診ないといけない」との教えを受けて地域社会に目を向けて医療と福祉を一体として取り組むその後の人生の目標を立てた。目標は誰でも立てられるがそれを実際にやり遂げたのだから凄いと思った。大学院終了後5年目に22床の「希望が丘病院」という小さな病院を開業した。開業から7年後には 地域の要請に答えて「希望ケ丘保育園」を開設した。さらに要望に答える形で特別養護老人ホーム「横川緑風園、老健施設「ろうけん姶良(あいら)」、認知症向けのグループホーム「ぽっぽえん」、「重富の里」、住宅型有料老人ホーム「きぼうのおか」等を次々に開設した。様々な施設を開設した理由は一つのタイプの施設では国の定めた細かな入所基準によりこぼれ落ちる人が必ず出てくるので様々なタイプの施設を用意する必要があったとのことである。大久保さんの信念は「誰一人取り残さない」で、高齢者だけでなく小児にも手を差し伸べて発達障害外来を設けたり、保育園では病児保育も行って保護者の支えになっている。総ては地域の人のために全身全霊で生きている姿が浮かんできた。今回の受賞について「何かのまちがいかと思った」としたうえで、ここまでこれたのは妻の協力があったからで、妻の協力がなかったら決して実現出来なかったと述べていたのが印象に残った。
2023.06.16
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白いバラ牧野富太郎が88歳の時書いた「植物知識」の「あとがき」に人々が植物に興味を持てば3徳があることを主張している。すなわち①咲き誇る草花を見れば誰も自然の美に打たれて和やかな心になり人間の本性が良くなる。②植物に興味を持って山野を歩けば自然に運動が足り、日光浴が出来て健康増進できる。➂もしも世界中の人間が我に背くとも悲観しないでいられる。なぜなら周囲の草木は永遠の恋人として我に優しく笑みかけてくれるからである。また次のようにも書いていた。「植物は自然の宗教でこの宗教に浸りながら日々愉快に過ごしている。なんら不平の気持ちなく、心はいつも平々坦々である。」富太郎の植物への愛は尋常でなく宗教にまで昇華していた。「もしも私が日蓮ほどの偉物であったなら草木を本尊とする宗教を樹立したであろう」とまで言っており、富太郎にとっては草木は恋人であり、信仰の対象でもあったようだ。「草木を愛する人には悪人はいない」と言われるが富太郎の本を読んだら本当かも知れないと思われた。
2023.06.03
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トラノオノキ人にはそれぞれ夢がある。その夢は達成できることもあるが達成できないことが圧倒的に多い。だから最初から夢など見ない方がよいという人もいる。WBCで優勝した日本チームのヌートバー選手は日本に憧れ、日本チームの一員になれることを夢見ていたが見事それを叶え、大活躍して優勝の立役者の一人になった。孫がアメリカの中学校で教わっている女性教師が日本の中学校の見学に来るということで3日前に来日した孫や娘や妻などがずっとお迎えするための準備をしてきた。そして本日6月1日にその先生ご一家、夫、先生、息子2人の4人をお迎えし我が家で食事を食べた後孫が体験入学させて頂く中学校に見学に行ってきた。その後ラザウォークに友好のためのゲーム遊びなどに行ってつい先ほど帰ってきた。妻も娘も孫達も疲れたと言ってぐったりしていた。客人を迎え入れることが如何に大変なことなのか、私は当事者でなく買い物に行く時の運転手位で傍で見ていた立場だが、どんなに大変なのか身に染みて分かった。夏休みに日本の学校に体験入学する生徒の家や学校に、アメリカからわざわざ来なくてもいいのにと思ったが、それには次のような理由があったのである。先生の旦那さんが日本を大好きだったとのことである。生涯で一度でいいから日本に行きたいという夢をもっていたのだ。それを奥さんである私の孫の先生が孫が夏休みに日本に帰っている時にその家庭にお邪魔して日本人の生活の一端をみせてもらおうと思って計画した旅だったのである。その旦那さんはなぜ日本を好きになったのか知らないが何故か好きでたまらず一度日本に来てみたかったのである。接待した人達はくたくたに疲れてしまったがその旦那さんは心から喜んでくれたとのことである。彼の夢が叶ったのは奥さんの援助が大きかったが、夢の実現には本人の努力と周りの援助や運が関係すると思う。私の夢はアフリカに行くことだった。好きだからというより、アフリカの人達に対する医療をするために行かなければと思っていた。本気でそれを願いそれなりの努力をしてきたが家族の猛反対でそれは実現することはできなかった。しかしその夢の実現のために努力してきたことは無駄ではなかった。おかげで医師にもなれたしいくつかの病院でそれなりの役割をはたすことも出来た。夢を持って良かったと思っている。叶う叶わないにかかわらず、夢を持ってもらいたいと特に若者達に強く訴えたい。
2023.06.01
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ホタルブクロ庭を眺めると昔、妻が植えたであろう花、或いはは植えたこともないような花が芽を出し、花を咲かせていく。そしてやがて枯れていく。人の世もまた同じだと思う。生まれて一花咲かせてそしてやがて死んでいく。ところが近年長命化して、見回してみると一花咲かせ終わって枯れかけているがまだ枯れない人達がいっぱいいる。歯が悪くなったり目や耳が悪くなったり、腰が痛かったり、歩くのも大変な状態になったりしているがそれでも元気に長らえている人達が大勢いるのである。私は今日の午後リハビリ往診に行く。殆どの方が脳卒中後、腰部脊柱管狭窄症、心臓病、パーキンソン病などで体が思うように動かないご高齢の方々である。その方々を往診する私も高齢である。老々介護という言葉があるが、私達の場合は老々訪問リハビリと言ってもいいかも知れない。一生懸命歩く練習している人や手の上げ下げの練習をしている人たちを励ましに行くのである。お互いにその昔一花咲かせたことがある人達である。その昔の想い出や今後の希望等を話して帰ってくる。同じ訪問診療している仲間医師に30歳台半ばの女性医師がいる。声が大きくバイタリティがあり、ご老人患者さん達に活力が注入されるのではないかと思い良い老若訪問リハビリだと思っている。活性化という意味で大変よいと思うが、我が老々リハビリもそれ程捨てたものでないと自認して数分後には町の中に出ていく。人生を花と比べてみたがよくにているところもあれば、最近の長命化であまり似ていない経過も出てきた。花は咲き終わったら枯れて翌年春にまた芽を出してくる。人は咲き終わったら老化して衰弱して死んでいく。その後、草花のように生まれ変わって来るだろうか?生まれ変わると信じている人達は老年になってもじたばたしない。しかし生まれ変わりはなく、死んだら全て終わりと考えている人達は、死期が近づくと、生きてるうちにあれをやっておかなくては、これもやっておかなくてはと焦りまくる。どちらがいいのであろうか?私は後者に近い考えなので焦りまくっている。いつ死ぬか分からないので生きているうちにあれもこれもと思っているがそれが出来るわけがない。完全に信じている訳ではないが生まれ変わるかも知れないと思ってもっと悠々と生きようかなとも思っている。
2023.05.23
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赤いバラ(アルテシモ)勝負事は自分でやる勝負事とサッカー、野球、相撲などのフアンになってその勝負に一喜一憂する場合がある。自分でやる勝負事には囲碁や将棋、スポーツ、バクチなどがある。バクチで身上つぶしたり勝ち負けの争いで殺し合いになることもあり、私の父は勝負事はやってはいけないと常に言っていた。将棋を姉としていて、待ったを認める認めないで喧嘩になると父はこんな勝負事をするからだと怒って板の将棋盤を割ってしまったことがある。父は野球とかサッカーとかは分からなかったからフアンになって一喜一憂することはなかったが相撲は勝った負けたか一目瞭然なのでよくテレビ観ていたが、各取り組みの一戦一戦を楽しんでいたが後腐れはなかった。ところが息子の私はフアン力士が勝てば喜び、負けるとがっかりしてその原因を考えたり、負け数が増えると落ち込んで生活にまで影響する。野球についてはもっと酷い。贔屓チームが負け続けると眠れなくなったり食事も食べられなくなってしまう。父と子でどうしてこんなにも違うのかと思う。「勝負ごとはするな」と子供に言い自分もしなかった父は、野球や相撲で好きな方が負けたら落ち込むなどということは全くなかった。時代の違いもあるかもしれないが、今の時代でも勝敗にこだわらない人はいる。どちらのチームや力士が勝とうが負けようが影響されないのだ。野球、サッカー、バスケ、相撲などのスポーツは楽しむが勝ち負けの結果に心をかきむしられないのである。スポーツに限らず世の中には勝ち負けの場面がたくさんある。その勝負に勝ち抜いていくのが人生だと教える人もいる。人生の勝負に負ける人は落伍者であるとも言われる。父のことを思い出してみた。ただひたすら働いていただけで勝負していた場面は思い出すことが出来ない。それでも父は落伍者ではなかった。「勝負事はしたり観たりするな」の父の教えを思い出し、少なくとも野球や相撲で一喜一憂しないように心に歯止めをかけようと思う。
2023.05.18
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白シラン紫シランこのブログの名前は「今が生死」である。万物はこの宇宙空間の中で流転し、死んで生きるを繰り返している。「今が生死」とは今がその生死の瞬間であると言う意味だがそれは自分の生死であると同時に万人、万物の生死であり、今が万物の生死の瞬間であると言う意味である。人間について言えば、その生死の瞬間を如何に生きるかが問題になる。一般的には真善美、つまり、真実で善で、美しく生きなさいと言うのが理想とされてきた。所が教育者の牧口常三郎氏は真善利つまり、真実と善と利益が大切だと唱えた。中でも価値を創造する生き方が大切だと訴えた。価値を創造する生き方とは具体的にはどのような生き方であろうか?自分が利益を得る生き方は他者から利益を奪い取り他者を不幸にする生き方ではないのかだろうか。牧口氏は自分が利益を得て幸せになり、他人も同じように幸せになる道を説いた。自分が人間革命して幸せになり、周りの人も幸せにする。自分が幸せになると言うことは金銭的に恵まれ社会的にも満たされる外面的なことと心つまり、内面的な幸せがある。内面的な幸せは自分がこの宇宙空間で役立っていると感じられることだが、炭酸ガスを発生して地球温暖化に加勢したり、自分より弱い動物を殺して食べていることは心苦しい。しかし100%の幸せを望んでも得られるものではない。次善の幸福行動はある。周りの人、苦しんでいる人のために少しでも役立っていると感じられることは幸せ感につながる。「今が生死」には人々が幸せになるようにとの願いが込められている。瞬間、瞬間に真実とは何か、善とは何か、万人に利をもたらす生き方とは何かを追求しながら生きる道である。人種、性別、年齢、貧富など一切関係ない。男だから女だからとか、幼いからとか老齢だからとか関係なく総ての人が瞬間、瞬間、幸せに生きることを願ったブログがこの「今が生死」である。今の瞬間を大切に生きていきたいと思っている。
2023.05.11
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昨日の夕方家に帰ってきたら東方の隣家の上に満月が見えた家の庭のつつじ(躑躅)作日はゴルフに行ってきた。午前はまあまあだったが午後は途中から脱力感で全然力が入らず散々な成績だった。体調最悪、それにつれて心も最悪の状態になってしまい、終了後帰る時、体調、心とも最悪なので交通事故だけは起こさないようにとすごく慎重に運転して帰ってきた。身体の調子は心に影響を及ぼし、心の状態は体に影響を及ぼす。体と心が別々に存在するのではなく、体と心は相互に影響を及ぼしあっている。この関係をある人を例に挙げて考えてみたい。身体の方は歯が抜けてしまって部分入れ歯を作ってもらったがうまく合っていないのか痛くなったり噛みずらくなったりして辛い思いをしている。高齢になり足元がおぼつかず庭木を剪定しようとして位置を変えただけでもすぐ倒れそうになる。階段を上ったりすると直ぐ息が切れる。朝起きる時脱力感でやっとのこと立ち上がれる。朝起きると暫くの間くしゃみと鼻水が頻回に出てつらい、尿漏れが頻回にあり、運転していて家に着くまで我慢できなくて漏らしてしまう。重い病気にも罹っていて体調が悪いと心の方も病んでしまう。逆に心の方では記憶力が落ちてしまい人名など中々思い出せないことが多い。ひいき野球チームやひいき力士が負けてばかりいるとその原因を考えて悔しがる。習い事、読書などが中々順調に進まなくて自分は駄目なのだと気力をなくす。これらのことは体にも影響を及ぼし、体調不良になることが多い。身体と心は互いに影響しあっており、どちらかが悪くなるとその人全体の影が薄くなり、どちらかが良くなると互いに影響しあって活力が出てくる。体も心もそのまま成り行きに任せていたらいい方にはいかない。水は低き方に流れるので安易な方向に流れる。例えば、歯が痛い、胃が痛い→食事が食べられない、痩せてきた→気分が落ち込んでしまう→持病をさらに悪化させてみじめな最期を迎える。というような流れになるかもしれない。そこに登場するのが精神力である。頭のてっぺんにあり全体を統括している精なる神である。身体と心が安易な方向に流れようとするときそれらをキャッチして統括しているのが精神力である。その精神力の強さ弱さでその人間が決まると言っても過言ではない。冒頭のゴルフの話では午後の途中から脱力感で全然力が入らずスコアが最悪の成績になってしまったがそれは自然の成り行きに任せてしまった結果である。精神力が働いていない。甘やかされて育った人にありがちなことだが、成り行きに任せてしまい自分で建て直そうという内的知力がわいてこないのである。心の問題でも自分の失敗やひいきチームの失敗ををいつまでもくよくよしたり、老化現象におびえてずるずると心を萎ませてしまう。精神力が弱い証拠である。人間強く生きるためには精神力を強くする必要がある。そこで精神力を強くする方法として様々な生活法や健康法、宗教がある。宗教ではオウム真理教のように自分や社会を破滅に導くものもある。宗教の自由は憲法で保障されており、誰もがどの宗教を信じてもよいが、宗教とはどういうものか分かっていない人も多い。宗教とはどういうものかについて学校できちんと教えるべきだと思う。
2023.05.05
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庭のイキシアJAFの春季号の「幸せって何だろう」のコーナーに上記小川さんの文章が載っていて目に留まった。小川さんは森の中の小さな山小屋に住んでいるが、太陽が東の空から顔を出す少し前に起きて鉄瓶でお湯を沸かして朝日が昇るのを見ながらお茶を飲む。そんな時小川さんは「自分がものすごく幸せだと感じる」とのことだ。「朝焼けの色は毎日同じではなく曇りの日は期待したほどでなく雨の日はなおさらだ。でも毎朝同じように完璧な美しい茜色の太陽を拝めたら逆につまらないかもしれない。今日はどんな空の色と巡り合えるだろうかとワクワクする時間こそが人生の御馳走だ」「空だけを見上げても沢山のご褒美がある。見事なまでの星空と地面に大の字に寝転がって対面する。何という幸せなのだろう。」「日々は淡々と同じように過ぎていくけれど少しずつ色や形を変えながら私に宝物を与えてくれる。人生は宝物を探す旅だ」こんなように考えながら生きていけたら幸せだなと思った。小川さんは幸せな人生を歩んでいるが私達凡人(もしかしたら私だけかもしれないが)は毎日辛い苦しい楽しくない日々を送っている。野球の贔屓チームは毎日負け続けて7連敗、自分は疲れやすくて足元もふらついて体調は最低だ、ネットサーフィンで時間をつぶしてやらなければならないことを何もしてない。落ち込んでいる。これを小川さん風に考えてみたらどうなるかと思った。「野球は負けることもある。晴ればかりではつまらない。曇りや雨の時があるから晴れた時の茜色の美しさに幸せを感ずるのだ。負けていて勝つ時があるから幸せが感じられるのだ。」「体調が悪く足元がふらつくけれど夜は眠れるし食事もほどほどに食べられる。それは幸せでなことではないか。」「ネットサーフィンで時間を浪費するというがサーフィンして寄り道を歩いた時に様々な情報を得ていた筈だ。それだけ情報を得られたことは幸せではないのか」、と小川さんなら考えるかもしれないと思った。宝物に出会えて幸せな日々と考えるか、いやなことばかり起こって人生は楽しくないと考えるかは心の問題だと思った。小川さんみたいな人もいるのだから、自分も「今の人生が宝物にふれあいながらの人生なのだ」と考え直して強く生きていこうと思った。
2023.04.30
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庭のスパラクシス幕末に土佐の造り酒屋の嫡男として生まれ、幼い頃から植物が好きで、筆と帳面を持って野山を駆け回り、学制改革に伴って入学した小学校も植物の勉強に集中したくて退学して独学で植物の研究を続けた牧野富太郎。その後、東京で植物学の研究者たちと出会い、東大の植物学教室への出入りを許されて5万冊ともいわれる蔵書を持ち、植物学の草分けと言われた牧野富太郎の生涯を朝井まかてさんが描いたボタニカという本が最近出版された。本年4月からは富太郎の生涯を描いた朝ドラ「らんまん」が放映されている。植物学に夢中で6代続いた造り酒屋をつぶしてしまい高地に妻がいるのに東京で知り合った女性と所帯を持ち生活費は実家の奥さんに送ってもらうという破天荒な生活で子供は13人生まれ94歳の天寿を全うした。現在ではちょっと考えらえない位自分勝手に自分の好きな道を歩んでおり、純粋さと自由を体現した生き方だったと思われる。造り酒屋の当主として生まれたがそれに縛られることなく植物の研究に没頭して生涯を終えている。その研究も世の中の役に立つとかお金が儲かるとかとは全く関係なく、好きだから莫大な本を買い、各地の植物を探したり、標本を作ったり、本を書いたりして自由に生きた生涯は、閉塞した現在を突き破る光明のように見える。学校より植物の方が好きで小学校を中途退学しているが理学博士になっている。学歴がなくたって理学博士にもなれるし植物学の本を出版して大家にもなれるのだ。何かに夢中になってそれをやり遂げることは容易ではない。昆虫に夢中になる子供や車や、宇宙、星に夢中になる子供もいる。現実問題ではそれらに夢中になってもそれでは食べていけない。いつしか社会の荒波の中でそれら夢中になったことは忘れ去られていく。富太郎は実家が裕福だったので生活のことは考えないで自分の好きな道を思う存分生きられたので、環境に恵まれていたからとも言えるが、それでも自分の好きな道を一生生ききれたということは稀有なことで、物語になったのだなと思う。「雑草という草はない」というのはどのような草にも特徴があり、生まれてきた理由や価値がある。愛しいし大切にしたいという気持ちだと思う。雑人間という人間がないのも同じことでどの人間も等しく大切だが雑人間とみなして容赦なく殺戮する悪人もいる。殺戮が続く、ロシア・ウクライナ戦争やスーダンの内紛が早く終わってもらいたいと願う。
2023.04.29
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今年は花も大きく長く咲いている紫モクレン本日は4月3日月曜日、新年度が始まった。3月末でお辞めになった先生に変わって本日から循環器が専門の新しい先生が新任で加わった。病棟は看護師の入れ替わりが行われており、リハビリ室もセラピストがかなり入れ替わっていた。学校は新学期が始まり会社は新年度で春の草木も花開き出し新たな季節が始まった。節目というと新年があり、その年の目標を立てたり、抱負を述べたりすることが多いが、今日は新年度のはじめなので年度初めの抱負を述べたいと思う。①朝6.25かテレビでラジオ体操をしているが時間に遅れることが多い。もっと素早く起きて時間に遅れないようにしたい。②体操は只しているだけで身が入っていない。きちんと身を入れて行う。夜寝る前も簡単な自己流体操をしているがこちらもぐにゃぐなしないできちんと行う。➂仕事は新年度ということで気持ちを入れ替えフレッシュな気持ちで対応する。カルテの字は丁寧に書くよう心掛ける。④寝るのがいつも12時過ぎになっているが11時頃寝るように習慣つける。今迄計画を立てても実行できないことが多かったが、今回は心を強くしてズルズルした生活を改め、キリリとした生活に切り替えていこうと思う。
2023.04.03
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今夜は1昨日亡くなった従兄のお通夜に行く予定である。従兄弟でも70歳代や80歳で亡くなった人もいるが本日通夜の方は89歳だった。一般的に急激に長命化が進んで100歳以上でもお元気な方もおられるが、80歳を過ぎるといつお迎えが来るのかと不安に思うことがある。大学の同級生も既に3分の1近くが亡くなっている。ほとんどすべてが80歳以下で亡くなっている。医者の不養生とはよく言ったものである。いつ自分の順番がくるのかと思う。従兄弟や同級生の死、そして近い将来回ってくるであろう自分の死について考えてみた。生まれたからには必ず死を迎えなければならないことは分かっていても、それがいつになるかは分からないだけに人々は不安に駆られることがある。今まで何もしてこなかったと思って、焦って業績を上げようと思う人もいるかもしれない。自分が去った後に残された人たちが困らないように思考している人もいるかもしれない。そもそも自分が死んだ後はどうなってしまうのかと考えている人もいるかもしれない。灰になって終わり。それだけであろうか?生命は永遠でいつかまたどこかに生まれ変わって生まれてくると信じている人もいる。死んだ生命は宇宙の中に溶け込みいつかまた何らかの生命体として地球上に現れるとする生命量保存の法則を唱えている人達もいる。いずれにしても死後の生命についての推察は想像に過ぎず、誰も確かなことは知らない。確かなことは灰になることだけである。その時がいつになるかは知らないが、それまでは少しでも自分を高められるなら高めていきたいと思っている。
2023.01.09
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今朝咲いた祖先の霊が彼岸の頃に赤い花として出現するとされる彼岸花本日は敬老の日である。敬老の日の起源は昭和22年、兵庫県多可郡野間谷村(現:多可町)で9月15日を「としよりの日」として敬老会を催すことにしたのが始まりである。それが全国に広がり昭和41年には9月15日を「敬老の日」として国民の祝日と定められた。年寄りを敬う日ということだが年寄りとは何歳以上をいうのかは時代によっても市町村によっても違うのではないかと思う。一般的には65歳以上だったと思われるが、今のような長寿社会では75歳以上が普通かも知れない。市町村の財政事情にもよるが、70歳以上、75歳以上、80歳以上、90歳以上、100歳以上などにお祝いの品を渡していたが、今は100歳以上だけかもしれない。とりあえず75歳以上を敬老の対象とするならその人口は1,880万人で総人口の15%に当たる。この数字は年々上昇している。この人たちが果たして尊敬の対象になるかと言う問題がある。確かにこれまで様々な困難に遭遇しながらそれを乗り越えてこの年まで生きながらえてきたことには敬意を表するが今はどうかということも考える必要があると思う。過去の事が素晴らしくても今が駄目なら尊敬に値しない場合もある。若い世代に迷惑をかけていないかを考える必要がある。健康に気を付けて体操や歩行など健康維持に努力しているか、地域社会で必要な役職は積極的に引き受けて地域のために尽くしているか、若い世代からの相談相手になれるように日頃から本や新聞を読んで知力を磨いているか、趣味の園芸や音楽(歌うことや楽器)、スポーツ(グランドゴルフ、ダンス等)、読書などで向上心を保ち続けているか?など敬老されるからには今もしっかり前を向いて努力する必要があると思う。元より皆さん同じ75歳でも境遇は違うし体調も様々だと思う。体操や散歩などもってのほかだと言う人もいるかもしれない。でも気持ちだけは誰にも同じように備わっている。「若い人たちには迷惑をかけない」「いつお迎えがくるかもしれないが、人生の最後の道をしっかり歩んでいきたい」そのような気持ちをしっかり持って日々を歩んでいく必要があると思う。
2022.09.19
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今日の新聞に、引きこもりの人々のために奔走しているNPO法人SSF(スチューデント・サポート・フェイス)代表の谷口仁史さんのインタビュー記事が載っていた。引きこもりと言うのは学校や仕事に行けなくて家に引きこもり、家族以外と殆ど交流がない状態が6か月以上続いている状態とされている。2018年12月の調査では15~39歳の引きこもりが54万1千人、40~64歳の引きこもりが61万3千人で40歳以上の方が多い数字が示されていた。引きこもりというと学校に行かない子供を連想しがちだが実際には40歳以上で仕事に行けない大人もかなりいるのだなと思った。問「引きこもりは本人にとっても家族にとっても大変辛いものですが、私達に何かしてやれることがありますか?」谷口「まず『つなげる』ということだと思います。本人も家族も傷つき疲弊して窓口とつながることが困難になっていることが多いので、周囲の人が力が貸せる状況であればその状況を専門機関につないで欲しいです。しかし引きこもり自体、他人に知られたくないと思っている当事者が多く、自分の悩みを簡単にうちあけてくれないので、押しつけがましいアプローチでなく、少しずつ関係性を作って行くことが必要だと思います」問「何処につなげればよいのでしょうか?」谷口「全国の都道府県や指定都市にある『引きこもり地域支援センター』という公的な窓口につなげていくのがよいと思いますが、私達のような民間機関につなげて頂いてもよいと思います。支援する側は皆その人のためと思って行動していると思いますが、相手のニーズに合っていないことが結構多いと思います。一人一人悩みも違えば、環境も違う、個性も違うので、それを弁えて行動することが大切だと思います。」谷口さん達は引きこもりの家庭に入って何とか立ち上がって歩き出して貰いたいと願って行動するが、その際最も重要な心構えは、相手を否定しないことだと言っていた。例えば引きこもってゲームに依存しているケースが多いが、この場合「ゲームばかりしていては駄目ですよ、家族がどんなに心配しているか考えて見て下さい」と忠告するだけでは効果は期待できない。谷口さんはその人がのめり込んでいるものを自分達も共有して、そのゲームの世界に入ってみて、ゲームの世界で彼らがどんな立ち回りをして何を目指しているかを理解することが大切だと述べていた。谷口さん達が行っている訪問指導ではまず話しやすい関係性を作り、単なる答えありきの支援ではなく、相手のニーズに寄り添いながら支援しているとのことだ。引きこもりで何十万人も仕事に就けない人がいることは日本経済にとって大きな損失であり、当事者やその家族にとっても楽しみを奪われた苦しい生活だと思う。その人達を何とか救ってやりたいと、NPO法人を立ち上げた谷口さん達の努力と実践は素晴らしいと思う。相手の立場を尊重しながらのアプローチで、一人でも二人でも職場復帰できるように指導して頂けたらと願っている。
2022.09.17
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16年前の2006年に放映された朝ドラ、田辺聖子の自伝的ドラマ「芋たこなんきん」のBSプレミアムでの再放送が明日で終了する。今の朝ドラ「ちむどんどん」は30日まで放送とのことでその2週間はひときわ寂しさがつのると思う。30才台の事務員花岡町子が妻を亡くした開業医で5人の子持ちの徳永健次郎と再婚するところから始まるドラマで様々な人生模様が芸達者な俳優達によって見事に演じられており、毎回楽しく観てきた。ここ数日は医師である健次郎が進行肺がんで亡くなるところが描かれており町子はじめ周囲の者たちの心の動きが描かれていた。一人での孤独死もあるが、一般的には死には自分の死とその死が周囲にもたらす影響の二つがあると思う。自分さえ死ねばそれで終わりだと言うものではないように思えた。健次郎は医師としてだけでなく地域の人達から友人として慕われており、家族は町子や子供達皆から慕われており、亡くなったことは寂しいが、周囲の皆さんに見守られながらあの世に行けたのは幸せだったのだろうなと思った。昨日私が受け持っていて3月に退院した83才の男性の方が独り住まいの家で亡くなっていたのが発見されたとの情報を貰った。その方はずっと親戚、縁者との交流を拒んでおり、孤独死で寂しさを感じた。人にはそれぞれの生き方や死に方があるのだと思う。日ごろの生き方が結局死に方につながるのだと思うが、日ごろから周りの人々を大切にして死ぬ時も周りの人々の中から旅立っていきたいものだと思った。
2022.09.16
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昨日の新聞にアインシュタインのことが載っていた。相対性理論でノーベル物理学賞をもらい、来日して慶応義塾大学で講演したこともある人である。偉い人で我々とは違い過ぎて同じレベルでは考えられない人だと思っていたが、新聞を読んでみたら人間みな同じで努力するかしないか、何を目標に生きるかによって違ってくるのだと言うことがよく分かった。「私には特別な才能などありません。ただ好奇心が激しく強いだけです」科学に興味を抱くきっかけになったのは幼少期に手にした方位磁石。どの方向に向けても北を指し続ける磁針、物体に作用する目に見えない不思議な力の存在を知り、科学のとりこになった。しかし生活は苦しく、父の工場経営の不振を機に、中等学校を中退しなければならず、その後大学入学資格検定試験を経て志望大学の入学試験を受けるも失敗。それでも何とか他の大学に入学して卒業するもいい就職口が見つからなかった。やむなく臨時の教師をしながら研究生活を続けて友人の助けもあってスイスの特許局に就職した。ここまでの話を読むと全く我々と同じだなと思った。ここからが我々と違っていくが人生に対する基本的な考えが違ったのだなと思った。論文を書いても無名な青年の論説は容赦なく誹謗され、ユダヤ人ということで中傷もされた。その頃の彼の言葉がある。「人間としての真の偉大さに至る道はひとつしかない。何度も酷い目に遇うと言う試練の道だ」彼の信念はその11年後精密な天体観測で証明され、一般相対性理論として完成し、その功績ににより、1921年度にノーベル賞を贈られた。アインシュタインは後年「他人のために生きる人生だけが生き甲斐のある人生だ」「他の人の喜びを喜び、他の人と共に苦しむこと。これが人間にとって一番の指針です」と記しているがこの『何のための科学か』を問い続けた姿こそ【20世紀最大の物理学者】と称される由縁と思われた。
2022.09.12
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マンデビラ本年8/24に90歳でお亡くなりになった稲盛和夫さんの生前インタビューを今朝衛星放送で観た。稲盛さんは京セラやKDDIを創業し日本航空を再建した人である。創業時の苦労や日本航空再建時の心境などを語っていた。その中で人生の結果についての方程式が示され人生結果=能力X熱意X考え方だと述べていた。人生結果は掛け算で決まるので自分は能力は程々で60点くらいと思っていたが熱意は90点くらいあった。ある人は能力が高くて90点くらいあってもその能力に溺れて熱意は40点くらいだったとすると考え方は同点で50点とすると掛け算の結果は私は27万点、能力の高い人は18万点で大きな差が出てしまう。ここで考え方を同じとしたが、世のため人のために事業をすると考えるのを100点として自分だけが儲けるため、あるいは不正をしてでも儲けようと考える場合は零点とすると掛け算だから零点の人はいくら能力があっても熱意があっても零点になってしまう。場合によっては泥棒をしたりするとマイナス点になってしまう。人生の結果を良くしたかったら考え方と熱意が大切だとの話をしていた。以前私は氏の「生き方」という本を読んだが、大方忘れてしまったので再度本棚から取り出して読みなおしてみようと思った。
2022.09.10
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今日の新聞に瀬戸内寂聴さんの本の広告で「人は愛するために生まれてきたのです」と書いてあった。古今東西人はなんの為に生まれてきたのかが論じられてきた。自分がこの世に生まれることを願って生まれてきたことが分かっている人もいるようだが殆どは願わなかったが生まれてきたと思っている。そのような人に「何のために生まれてきたのですか」と尋ねても答えに窮するのではないかと思う。しかし瀬戸内寂聴さんは「人というものは愛するために生まれてきたのですよ」と自信を持って答えていた。ある人は「楽しむために生まれてきた」というかも知れない。ある人は金持ちになるため、有名になるため、子孫を残し育てるため、人のために尽くすため生まれてきたと思っている。それぞれの人はその出生環境や人生体験を通じて何のために生まれてきたのかの答えは漠然と掴んでいるのではないかと思う。総理大臣になるため、野球選手になるために生まれてきたと思っている人もいるかもしれない。生まれてきた目的は人によってそれぞれ違うのだと思う。しばらく我が家にいて7/26にアメリカに帰った孫が「おじいちゃんはピアノの練習すごく努力していた」と言っていたとのことだが、私がもし「何のために生まれてきたか」と聞かれたら「努力するため」と答えるかもしれないと思った。「そんなの詰らないではないか、恋をするためとか、楽しむためとか、人々の幸せに役立つため、信念を貫くため、等もっとカッコ良い生まれてきた理由はないのかね?」と聞かれるかもしれない。人生に対する価値観は10人いれば10人違うと思う。それぞれの人がそれぞれの目的をもって生きるのが大切で自分なりの目標を持って生きるのが良いと思われる
2022.08.01
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感染力の強いオミクロン株BA5の出現で世界中で感染者が急増している。日本でもその例にもれずPCR陽性者が爆発的に増えており、野球界ではヤクルトに続いて他球団でも増えており巨人も60人以上陽性で本日からの中日との3連戦は中止になってしまったが、相撲界でも陽性者が激増している。集団免疫の考え方からすると一般的には感染者が5~60%を超えたら収束すると言われているが、新型コロナではそれもまだはっきりしていない。感染爆発でどこの職場も戦々恐々の状態だと思う。我々の病院でも同じことで注意していれば感染しないと言う保証はなく、大変つらい時節である。個人的にも気分が落ち込んでしまう。このような時にはどのように生き抜いたら良いのであろうか。人生はコロナだけでなくその他にも様々な心配事や恐れなどがある。今朝新聞を広げてみたら「自分の偏桃体に感謝するだけで人生が変わる」と言う本の広告が載っていた。霊能者と脳外科医の共著とのことだった。何やら宗教臭いが宗教だと献金というお金が必要になってくるが、この本ではお金は要求しないで自分の名前を唱えて○○さんに感謝するもしくは○○さんの偏桃体ありがとうと一日数度言えばよいとのことだった。偏桃体というのは両側頭葉の内側に海馬に隣接して存在しており、1.5センチ位の大きさで恐怖や不安を感ずる部分である。その偏桃体に「ありがとう」と言えとのことだが不安を感ずる器官に「ありがとう」と言えば不安がなくなる理由はよく分からないが、それを実践体験した人が「それで不安が消失して幸せになった」と何人も感想を述べているので効果があるのかもしれない。不安や恐怖ばかり感じていたらお隣の海馬を萎縮させてしまい不幸になったり認知症になったりしてしまうが偏桃体に「ありがとう」と言って過度の緊張や不安を起させないようにすることでその人を幸せな人生に導くのかも知れない。それでコロナの蔓延状態やその他の災難が消えるわけではないが、自分の考え方が変り、不安や恐怖にばかり駆られていないたくましい生き方が出来る人間に変わるのかもしれない。私も「楽天星さんの偏桃体さんありがとう」の偏桃体を省略して「楽天星さんありがとう」と一日数回唱えてみようかなと思った。
2022.07.22
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チェリーセージ今日の新聞に私が大フアンだった高見盛(本名 加藤精彦)さん(45才)の事が載っていた。現役時代、最後の仕切り前に顔や胸を叩いて胸を張る独特のパフォーマンスがトレードマークだったがあれは緊張でゾワッとする恐怖を取り除くためだったとのことだ。運動神経は良くなく争いごとが嫌いで何度も相撲をやめようと思ったとのことだ。2019年東関親方が急逝した後2020年からその部屋を引き継いできたが、弟子は育てられないし新弟子も中々入ってこない、金銭的な問題もあって親方が続けられず昨年東関部屋を閉じて弟子といっよに八角部屋に移籍した。気がいいばかりの方だったので親方として部屋を切り盛りしていくのが大変だったのだと思う。現役時代も辛かったが、正直今が一番しんどいとのことである。支えにしてきた言葉は「あと一日頑張ろう」「あと一歩進んでみよう」でそれをを心に言い聞かせて辛い日々を乗り切ってこられたとのことである。現役時代取り組みが終わると勝っても負けても「生きていてよかった」と思ったが今も同じだとのことである。辛い時こそ自分に逃げ道を作って「生きているだけで幸せ」と思うようにしようと結んでいた。世の中には楽天的に生きている人と高見盛さんのようにまわりの人の事を気にしすぎて自分を苦しめる生き方をしている人もいるのだなと思った。きっと今まで辛い思いを一杯してきたのだと思った。でも「生きてるだけで丸儲け」と言える高見盛さんは今後もきっと今まで通り欲張らずに素晴らしい人生道を歩んで行くのではないかと思った。
2022.05.04
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庭のスズランスイセン(スノーフレーク)人の性格は遺伝子と環境要因によって決まる。遺伝子は両親から半分ずつの遺伝子を受け継ぐがその両親はさらにその両親から表面に現れていない遺伝子を含め様々な遺伝子を受け継いでいる。従って一人の人を見る時その両親を見るだけではその人物像を知ることは出来ない。先祖の先祖、江戸時代、いやもっともっと昔の先祖の形質を受け継いでいるので簡単にこの人は親があの程度だからこの程度だろうと推察することは出来ない。要するに一人の人間は先祖代々昔々から様々な遺伝子を受け継いでいるのでいい遺伝子もあれば悪い遺伝子もあり必ずいい所と悪い所があるのである。恋愛している時はいい所ばかり目について結婚するが結婚した後は何かのきっかけで悪い所が目について次第に悪い所ばかりが気になって「こんな人とは思わなかった」と離婚する人が多い。職場の同僚や友人についても同様だ。「最初はいい人だと思ったが知れば知るほど悪い人だと分かった」と言う場合もあるし、逆に「横柄で偉ぶっていてずる賢こそうだと思っていたが付き合ってみたら優しくていい人だった」と言う場合もある。意外と遺伝の原理を知らない人が多く、この世にはいい人と悪い人しかいないと思っている人が結構いる。最初はいい人だと思ったが本当は悪い人だったのだと決めつけてしまうことがあるが、いい人と悪い人が別々にいるのではなく一人の人間の中に、いい所と悪い所があり、状況に応じていい所もしくは悪い所が表れてくるのである。「こんな人と結婚して間違いだった。一刻も早く離婚して自由になりたい」と言う前に昔あんなに好きだった時のことを思ひ出して貰いたい。同じ人なのだ。どちらが本当の人間性でどちらが見せかけで嘘の人間性ということはなく両方ともその人の心の中にあるのである。人間を善人か悪人かで峻別してみる癖は改めた方が良いと思う。誰でも善人にも悪人にもなりうるのである。そのことをよく弁えて人と付き合えば大きな失敗もしないし後悔もしなくて済むと思う。他人のいい所をみて敬意を払いながら生きるのが良悪の遺伝子を持っている人間の生き方だと思っている。
2022.03.29
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