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検証 安倍政権
アジア・パシフィック・イニシアティブ 著
慶応義塾大学名誉教授 小林 良彰 評
ヒアリングに基づく貴重な記録
本書は、日本の憲政史上、最長の 7 年 8 カ月にわたった安倍政権の関係者である安倍首相や菅官房長官をはじめ主要閣僚や官邸官僚やなど 54 名に対するヒアリングに基づいて、何故、長期政権を維持できたのか、安倍政権が何を成し得て何が課題として残されたのかを明らかにしたものである。ヒアリング対象が政権関係者に限定されているために、ヒアリング内容をどのように咀嚼して公正中立にまとまるのかという点で、各章の執筆者の力量が試される一冊でもある。
9つの興味ある章の中で特筆すべきは、まず「第 1 章 アベノミクス 首相に支配された財務省と日本銀行」(上川龍之進)で、金融安定化を最優先する日本銀行や財政健全化を最優先とする財務省に対して、アベノミクスとして経済成長を最優先とする財政金融政策を実施していく際の関係者間の葛藤を筆者の視点で見事に描いている。そして、大規模な国債発行に積極的なリフレ派により限界ギリギリまで金融緩和策を行ったにもかかわらず物価上昇率 2% を実現できなかったことを指摘することを忘れていない。
また「第 4 章 外交・安全保障 戦略性の追求」(神保謙)では、台頭する中国を意識して大きな議論となった安保法制の成立や日米同盟切り離しを阻止したことを評価しつつ、ロシアとの平和条約交渉挫折や北朝鮮の核ミサイル開発を止めることができなかったことを課題として指摘している。
さらに「第 5 章 TPP ・通商 世界でも有数の FTA 国家に」(寺田貴)は、トランプ政権で米国が離脱したために消滅しかかった TPP について米国を除く加盟国 11 カ国による TPP11 実現に主導的役割を果たす一方、米国が TPP11 に反対しないための交渉を並行して進めた戦略性を詳細に紹介している。また、国内農業自由化反対に対して TPP 対策委員長に農林族を起用して抑えるなど、「族をもって族を制す」人事の妙を評価している。
そして「第 7 章 与党統制 「首相支配」の浸透」(竹中治堅)では、自民党内人事について信頼する特定の政治化(麻生太郎、菅義偉、加藤勝信、世耕弘成など)を重要な職に起用し続けた一方で、派閥の規模と閣僚数の間の相関(関連の度合い)があまり高くないことから、安倍首相が派閥にそれほど配慮せずに閣僚人事を行ったことを示している。その一方、副大臣や政務官については衆参それぞれの方法で各派閥に一定の配慮をした手法を詳しく説明している。なお、公明党との関係については消費税の軽減税率をめぐり両党の税制調査会長の意見が異なった際に、安倍首相が自民党税制調査会長を後退して消費税の軽減税率導入を支持した経緯を明らかにしている。
全体に、関係者のヒアリングに基づく記述だけに安倍政権に対するイデオロギー的な評価とは無縁であり、記録として残すべき貴重な一冊となっている。敢えて言えば、後手後手になりがちであったコロナ感染対策についても一つの章を設けてもらいたかった。
◇
アジア・パシフィック・イニシアティブ 福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)をプロヂュースした日本再建イニシアティブを前身とするシンクタンク。 2017 年 7 月設立。理事長は舟橋洋一元朝日新聞社主筆。
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