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November 11, 2023
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カテゴリ: 書評

ウクライナ出身の作家

アレクシエーヴィッチを読む

日本大学特任教授  安本 隆子

名も無き人々の証言から真実を描く

私たちがこれまで生きてきた 20 世紀とは、戦争、科学技術の進歩、そして、社会主義・共産主義の生成と衰退の時代であった。まさにセヴェトラ―ナ・アレクシエーヴィッチはこのような 20 世紀を描いた作家である。

すなわち、『戦争は女の顔をしていない』ではソ連の様々な女性兵士の証言を通して、そして、『最後の証言者たち』(邦題『ボタン穴から見た戦争』)では当時子どもであった人々の証言を通して独ソ戦の実態を描いた。

また、『亜鉛の少女たち』(邦題『アフガン帰還兵の証言」』では、勝利無きソ連のアフガニスタン侵攻の真実を描いている。『チェルノブイリの祈り』では、科学の粋を凝らしたはずのチェルノブイリ原子力発電所の事故に遭遇した人々の戸惑いを、そして、『死に魅了された人々』『セカンドハンドの時代』では、ソ連邦崩壊後のロシア人の姿を描いて社会主義・共戦主義とは何であったのかを問うた。いずれも名もなき小さき人々の声を集め、多声的叙述の中にこの時代を生きた人々の苦難と精神の軌跡を浮き彫りにしている。

『戦争は女の顔をしていない」では、男たちが語る「事実」としての戦争、つまり、戦車が何台投入され死者が何名といったことではなく、純粋な愛国心や戦場でも忘れることのなかった女性としての感性など……女性兵士たちの「気持ち」が描かれている。では、この女たちの捉えた戦争は私たちに何を教えるだろうか。

言うまでもなくナチスドイツの残虐な行為への憎悪は彼女たちを戦闘に駆り立てたが、アレクシエーヴィッチが伝えたかったのはそれだけではない。内なる葛藤を抱えながら傷ついたドイツ兵の治療をしたり、飢えたドイツ人捕虜にパンを与えた自分に人間らしさが喜ぶ声がある。

敵味方を超えた「人類愛」が通低音

また、ソ連兵に暴行されたドイツ人女性はこれ以上血を見たくないと犯人を告発せず許すことを選んだ。戦争の醜さだけでなく、このような「人を愛すること」、敵味方を超えた「人類愛」というテーマがあることを忘れてはならない。そして、これはアレクシエーヴィッチの文学に通低音として流れているものでもある。

アレクシエーヴィッチはかつて「ロシアは重篤な状態で、世界にとって危険です。プーチンは『力』で解決しようとし、核の使用の可能性も口にしました。」と、ロシアの「意識の軍国化」を指摘し、「いずれロシアは戦争をするでしょう(略)ウクライナと戦争し、征服すべきだと言っている。」語った( 2016 12 16 日『朝日新聞』)。この危機は現実となり、今年 2 月、独善的な「ネオナチ殲滅」の大義名分を掲げロシアはウクライナに侵攻した。

今も行方の見えない激しい戦闘にはウクライナの女性兵士も加わっている。その数は兵士の約 15 %、 3 万人とされる。

戦時か、女性は「感情の動員」利用されがちである。「女性なのに」「女性さえ」戦う状況に人々は感情を揺さぶられる。それを為政者は利用するのだ。

しかし、私たちは武器を執る女性兵士たちの真実の気持ちをアレクシエーヴィッチの著書を通して知ることができる。ウクライナの女性兵士たちも思っているはずだ。「私たちは敵を倒すためではなく、『戦争を殺すため』に戦っている」と。

(やすもと・たかこ)

2022.6.27






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Last updated  November 11, 2023 06:19:13 AM
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