うたのおけいこ 短歌の領分

うたのおけいこ 短歌の領分

2009年01月29日
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直木賞受賞者で、原作が続々映画化されている人気作家・坂東眞砂子氏が、日本経済新聞の2006年8月18日(金)付夕刊コラムに発表した、「子猫殺し」をモチーフとするエッセイが、轟々たる反発を招き知識人の発言も相次いでいる。

発端となった坂東氏の文章をはじめ、数度に亘る弁明の全文、全経緯、知識人らの反応についてはネット掲示板「鬼畜 子猫殺し・坂東眞砂子」(すでに削除)に詳細にまとめられている。いかにもネット掲示板らしく、一部ガラの悪い表現も散見されるが、反対意見や擁護する意見も含め、非常によくまとまっており、これを一読すれば問題の全体像がほぼ完璧に掴める。大変な労作だと思う。

私は、動物好き、わけても猫好きにかけては人後に落ちない。祖母・母が猫好きであったため、物心ついてからずっと、家には猫がいた。現在幼い3人娘の養育中のため猫は飼えないが、今でも野良猫を馴らす名人であると自負している。

「捨て猫」が昔からあり、現在も後を絶たないことはもちろん承知しており、(怪しからぬことではあるが)中にはやむにやまれず捨てるという例もあるかも知れない。捨てることは、結果として死なせることが多く、ほぼ同じだという意見もあるが、やはり直接の意思を以って投げ捨て、殺すこととは天と地の差があるだろう。
猫好きの感情論で言えば、言語道断の非道であり、“許されざる者”であり、ありえない話だ。品悪く言えば、胸くそ悪く、虫唾が走るが、しかしこれでは大人の議論にならない。この際個人的な感情の偏移(バイアス)は極力排除すべきであろう。

この問題に関する私くまごろうのスタンスは、オウム追及で知られるジャーナリスト・ 江川紹子さんの長文のブログ記事 が、さすがに命というものへの洞察に溢れ、情理を尽くして見事であり、これに尽きる。100%同感といってもいい。

この問題と直接の関係はないが、私は坂東氏と同世代であり、同時代(コンテンポラリー)の空気を呼吸して生きてきた者である。彼女の言っていることに違和感を覚えながらも、そういう方向に捻じ曲げられ、偏った主張と感性を持つに至った背景にあるものは、多少なりとも朧気ながら腑に落ちるものがあるのも事実である。僕たち(と言わせてもらうが)の多感な思春期だった1970年代は、政治にも社会状況にも文学にも演劇・映画にも、暴力と恐怖(テロル)、憎悪(ルサンチマン)と退廃(デカダンス)、無秩序とアナーキズムの嵐が吹き荒れていた。鋭敏・繊細な感受性を持つ者ほど、多少気が変にならない方がどうかしていたといってもいいだろう。

こうした時代に埋没しそうな(大げさに言えば)魂の危機と救済を、僕らより6~7歳上の世代の東京のお兄ちゃんで、おそろしくオシャベリな東大受験生の視点から、“饒舌体”と呼ばれた独特の文体で描ききった清冽な青春小説の名作に、庄司薫「 赤頭巾ちゃん気をつけて 」をはじめとする“薫くん4部作”がある。中学3年生の僕はこの小説を熟読玩味して栃木県の読書感想文コンクールで上位入賞するとともに、完全に人生を狂わされた(笑)。

――さて、問題の“告白”は、避妊手術を受けさせずに飼っている3匹の雌猫に次々と生まれる子猫を、在住しているフランス領タヒチの森の崖から、ことごとく投げ捨てて殺しているという。
このことを自ら公表して非難を浴びると、「死の意識が生を充実させる」というような、実存主義的な論理を以って応じている。
また、子猫を殺すことで自分も死ぬような苦しみを味わっているという、分かったような分からないような、一種の弁明(?)をしている。
さらに、避妊手術はナチスドイツや昔の日本政府がハンセン病患者に強制した断種手術と同じだという。フランスの動物愛護関係の法律が適用されそうなことについては、「言論弾圧」という強い言葉を用いて反駁している。

完全な、確乎たる“思想犯・確信犯”である。

なお、この“行為”は弁明文などから見て事実のようであるが、仮にフィクションだとしても、有力な作家として一つの“fact”を公に呈示した責任は全く変わらず、問題の本質に影響しない。

・・・ところで、なるほど彼女も知識人らしく、読書好きから見ると現代思想として一部、全く分からないでもない論理が含まれてはいる。

人間だけがアクセスできる“死の意識(人間である自分は、有限な時間の中に生きており、死に向かっているという意識)”が、実存(目覚めた人間・意識)の胚珠であり、前提条件であるとする実存主義思想は、キュルケゴ-ルに始まり、マルティン・ハイデガーによって大成され、ジャン・ポール・サルトルによって“おフランス軟派芸術論”風に展開され、フロイト、ユングの深層心理学、果てはマルクス共産主義も加えて、20世紀後半の先進諸国の思潮を支配した。

現代の芸術は、分野を問わずこれに著しい影響を受けており、それをさらに一ひねりして展開したのが哲学や小説におけるポストモダーンの構造主義であったろう(過去形)。

いずれも、生(性)と死のコンセプトは避けて通れず、それがない作品は「星菫派(せいきんは。星よ菫よ)」の少女趣味“学芸会”か、人畜無害の「花鳥風月」道楽と見なされ、フフンと鼻で笑われるのが落ちである。現代芸術家は、偽悪を気取ってさえこうしたテーマやディテイルを追求せざるを得ない。

ついでに言えば、太平洋の離れ小島タヒチは、印象派の中でも特に自然回帰派の画家ポール・ゴーガン(ゴーギャン)がフランスの文明社会から逃れるように移り棲んで思索に励み、大作「われわれはどこから来てどこへゆくのか」などを描き上げた島である。この世の楽園とも称されるが、何ほどか、生や死にかかわる根源的な問いに直面するような風土なのかも知れない。

例えばそのコンセプトを描ききった典型は、現代日本文学が到達した一極北と評される、桐野夏生 グロテスク(上) グロテスク(下) である。
最近文庫版になった。興味がある方は、このアフィリエイトでどうぞウィンク

グロテスク(上) グロテスク(下)

・・・というわけだが、だからといって、“子猫を殺して生の充実を図る”云々の論理(?)が通るはずもない。似て非なる事柄である。全く牽強付会、我田引水、支離滅裂な植草、いや言い草の詭弁と言わざるを得ないだろう。実存主義が言っているのは現存在(人間)プロパーの意識についてだからだ。

さらに、そもそも思想・論理のために生き物を殺すということが成立しうるのか。日本人の感性では、ハナから違和感を感じることである。
こうしたことに思いを至すと、きわめて多くのことが頭に浮かび、こりゃキチンと書こうとしたら大変なことになるわいと、いささか後悔し始めている(笑)。

――Nothing to kill or die for.(そのために殺したり死んだりする何物もない)  ジョン・レノン「イマジン」

宗教を含む思想信条、国家などを含む制度のための殺人を言い出したら、宗教戦争、テロリズムの歴史からおさらいしなければならない。いくらなんでもそんな悠長なことをしている暇はない。

近年の思想・宗教のための殺人で真っ先に脳裏をよぎるのは、言うまでもなく9.11ニューヨーク同時多発テロであり、オウムによる大量殺人事件であり、それ以前で言えば共産主義過激派による一連の内ゲバリンチ殺人事件などである。

これらについて総括的に捉えた名著としては、探偵小説作家で世界的な哲学者・笠井潔の テロルの現象学 がある(あんまり興味のある人もいないと思うが)。

要するにテロリズムとは、思想(本人の意識では「正義」)のために行う、必中必殺の殺人である。またその他の(戦争状態などでの)組織的殺人も同様である。

――何の話をしてるんだ、子猫殺しの話題ではないのか?とツッコまれるかも知れないが、たぶん混乱しているのは私ではなく坂東氏の方である。彼女の精神構造の中では、まさにこうしたことがゴッチャになっているのだ。子猫を殺すことによって、思想を実践している。ある種の意識の変革を遂行しようとしている。ダシに使われている子猫が哀れである。


つづく To be continued.





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最終更新日  2009年07月24日 16時45分32秒
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