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2009.02.08
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鷺沢萠『ありがとう。』
~角川文庫、2005年~

 2000年に刊行された『ナグネ・旅の途中 場所とモノと人のエッセイ集』に、単行本未収録エッセイを追加して文庫化された一冊です。『待っていてくれる人』『かわいい子には旅をさせるな』の2冊のエッセイを紹介しましたが、本書はその2冊に比べると厚いです(文庫で320頁弱)。その分、いろんな話にふれられますし、未収録エッセイの部も嬉しいです。

 本書は、第1章が「場所」、第2章が「モノ」、第3章が「人」、第4章が「単行本未収録エッセイ」となっています。
 ここでは、読みながら付箋を貼った箇所を中心に、興味深かったところについていくつか書いておきます。

「砂壁のアパートで」 鷺沢さんの、お父様にまつわる思い出です。印象的だった言葉があるので、これは記事の末尾に引用します。

「風呂桶の許容量」 怒りを爆発させるまでのキャパシティについての話ですが、こちらもふむふむと頷きながら読みました。けっこう、人に注意をするのは気が引けてしまうものですが、我慢しすぎると変な爆発をしてしまうかもしれませんし、上手に注意したり怒りを発散させるのも大事だなぁ、と思います。そうなれば、悲しい事件も減るかもしれませんね。

「手鏡事件」 鷺沢さんが「手鏡事件」と名付けている、あるオソロシイ話です。…たしかにオソロシイ…。

「ケロヨン人形」 鷺沢さんのお友達が幼い頃に経験した、ケロヨン人形をめぐる思い出話が中心ですが、「あきらめること」の意味も、それも大事な意味を伝えてくれるエッセイです。こちらも印象深い言葉があるので、記事の末尾で引用します。

「長野五輪に思う」 長野五輪で活躍した、日本生まれでアメリカ育ちのキョウコ・イナ選手への日本人の反応を見て、これが韓国人と日本人との間だったらまたずいぶん変わっているだろう…と、鷺沢さんが考察されるお話です。米国の在り方と日本の在り方の違いももちろんですが(日本は血統的日本人が大多数ですが、米国は違います)、国どうしの間にある他国への感情などなど…。日本がこれからもきちんと向かい合って、より良い方向にもっていくべき課題の一つですね。

「鵄が見守る島」 対馬の位置(それは地理的な位置でもあれば、歴史的な位置でもあります)についての考察、興味深く読みました。同時に、ここでは地理的な「壁」、国境などの人為的な要素も含む「壁」、そして人間の心の中の「壁」という風に、いろんな壁についても語られます。じっくり読みたい一編です。

「塩と砂糖と魔法の国」 先日読んだ 『かわいい子には旅をさせるな』 所収の 「マースーの話」 にも記されていたことですが、日本で最近まで塩が専売されていたことと、沖縄は粟国の塩との問題について、この話でも描かれています。不勉強にして私は塩の専売のことを知らず、その質の悪い塩が沖縄の良質の塩を禁じて流通させられたがために起こった問題についても、知りませんでした。「マースーの話」によれば、 1997年まで、(劣悪な)塩の専売は続いた、ということで…。あらためてこの国はどうかしているなぁ、と思います。あ、もちろんいまの政治家の方々が国民のことを考えた政治を行っていてくだされば、現在形で「どうかしている」ではなく「どうかしていた」と書きますが、素人の私から見れば、どうも政治家の方々は自分たちの利権を守ることに必死のようですので…。

「寂しい価値観」 鷺沢さんの中学校の先生がたが、どうもちょっと寂しい価値観をお持ちだ(った)、という話については、別のエッセイ集でも読んだ覚えもありますが、この話もそうです。自分の学校から偏差値の高い大学へ行く生徒を増やすことばかり考えてしまう、そんな寂しい価値観についての話です。

「負け犬のススメ」 雑誌編集者やライターも交えながらの、酒井順子さんとの対談です。Lesson1からLesson3まで、そして「負け犬たちの午後」の4編があります。楽しく読みました。

 そして、酒井順子さんによる解説。鷺沢さんにとっての旅の意味を書いたあたりなど、そして最後の部分など、涙なしには読めませんでした。酒井さんは、こう書いています(文字色反転)。
ホームにいれば見ずに済むような、と言うよりホームにい続ける人達は見て見ぬフリをし続けるような事実も、アウェイにおいて彼女は直視していました。ですから彼女の旅は決して、楽しいだけのものではなかったはずです 」( 315 頁)
 私自身は、インドア派で、めったに旅をしませんし、海外旅行も一度だけ、しかも観光地をふらりとするだけで、なにもその地について分からなかったように思います(日本を新しい目で見ることも、その旅行では特に得られなかったような)。
 けれど、たとえばこうして鷺沢さんのエッセイを読み、日本にある問題を知る。それも、一つの勉強になっているのでは、と感じています。

 それでは、上でふれていました、印象的だった部分を引用しておきます(文字色反転)。

[前略]忘却というやさしい機能がなければ人が生きていくのはひどく難しくなるのだろう。
 けれどそれでも、人は、我慢して、努力して、唇に血と滲ませながら「忘れない」ようにしなければならない出来事にときどきぶちあたる。
 いろんな「別れ」を経験したけど、すべてキレイな「別れ」だったわ、というようなことを言う人を私は信用しない。血膿のしたたるような思いをどこかに包み隠しながら、それでも平穏に生きようとつとめている人を私は好きだ。

 ―「砂壁のアパートで」より

「あきらめる」ことは、実は「あきらめない」ことよりずっと辛いことなのではないか、と。「信じずにいる」のも「信じる」よりずっと難しいことなのではないか、と。「あきらめる」や「信じない」選択は、その逆の選択の、何倍もの苦渋を強いられるのではないか、と。
[中略]
 最後まであきらめるな、あきらめさえしなければ必ず望みは叶うものだ、というようなことを本気で口にする人は、きっと、奥歯を噛みしめて、額に血管を浮かばせながら、それでも「あきらめる」を選択するしかなかった、信じたいのに、信じられればそれほど楽なことはないのに、それでも「信じない」を選択するしかなかった、そういう経験のない人なのではないかと思う。

 ―「ケロヨン人形」より

(2009/02/04読了)





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Last updated  2009.02.08 08:03:40
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のぽねこ @ シモンさんへ コメントありがとうございます。 久々の再…
シモン@ Re:石田かおり『化粧せずには生きられない人間の歴史』(12/23) 年の瀬に、興味深い新書のご紹介有難うご…
のぽねこ @ corpusさんへ ご丁寧にコメントありがとうございました…

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