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「私」が歴史の賜物というとちょっと大げさですが、まんざら間違いではないと思えてならない昨今です。昔の人のことは「私」が一番良く知っているとのちょっと欲張りの思いで、楽天ブログ「小説 東田代村」号の処女航海に船出をしました。
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2005年03月04日
カテゴリ： 東田代村
18ー消えたイルマンー
東庵はミステリアスな人物だ。
東庵は、沼田藩内に移住して来るまで、下野国足尾銅山で金堀をしていた。その道の師匠は彼の採掘能力をかなり評価した。
元和四年（一六一八年）、師匠と一緒に戸神山（現在の沼田市戸神町）と師山（現在の利根郡月夜野町師）の金山に働きに来た。養女ひゃくを連れてだ。住処はとなりの川場村だった。バテレン追放令を徳川家康が発布して五年後のことだ。
東庵が金掘りで名を上げた背景には、宣教師が海外から持ち込んだ採掘技術が少なからずあった。
彼が仲間や村人から重宝がられてのは、簡単な治療なら可能な医術を持っていたことだ。
沼田と足尾をつなぐ道路は根利を通るか、あるいは遠回りだが赤城山の裏側を大間々に抜けて行くルートがあるが、人目を避けるなら、東田代村を通って足尾銅山に抜ける道だった。
東庵は、川場村で大工の娘・てこと結婚し、しばらくして足尾に家族で移り住んだ。川場に戻ってきたときには、新たに実娘で、次女のおまと三女の満里を伴っていた。
十二年後の寛永七年（一六三〇年）、東庵は姿を消した。妻子を川場に置き去りにしたままだ。
潜伏する切支丹への容赦のない摘発の嵐が吹いた時期だ。踏み絵も取り入れられた。寺を抱き込んでの住民全員の宗門改め、そしてお隣監視制度とも云うべき五人組連座制など、これなら効き目があるというものなら何でも投入した。
幕府は切支丹の浸透を恐れたのだった。
幕府が東庵を重要人物として指名手配したのは、それから十四年後の正保元年（一六四四年）だった。その時は、全くもぬけの殻だった。以後、どこにも現れず、行方知れずとなった。
明暦四年（一六五八年）、幕府大目付宗門奉行、井上筑後守政重は「吉利支丹出申国所之覚」に、こう記した。
「真田伊賀守領分、沼田ヨリ宗門多ク出申候、東庵ト申スイルマン同前ノ宗門御座候……」
東庵を、日本人であっても、イルマン（修道士）と同格と見なし、警戒を強めるだけでなく、なんとしても捕まえろと意気込んだ。
東庵が姿を消したあと、娘三人の面倒を肩代わりしたのが、川場村門田の名主・八右衛門だった。皆、養女としたからだ。嫁ぎ先は、次女・おまは弟の半三郎で、三女・満里は懇意にしている戸鹿村の四郎右衛門だった。
追手は、政府がゆえ、容赦ない行動に出た。家族の吊るし上げだ。彼女たちが迫害の矢面に立ち、牢獄に追いやられた。
獄中生活は、ひゃくが二十五年間、おまと満里はそれぞれ二十九年間という長期間となった。そして初めて釈免となった。
ひゃくは足尾に移り住み、その後所在が途切れてしまった。
おまは、延宝四年（一六七六年）五月十七日に死んだ。
満里は、出獄で夫・四郎右衛門が再婚していたことがわかって、一人暮らしを余儀なくされた。戸鹿野村に住んだが、監視つきだった。元禄十一年（一六九八年）二月十七日、七十三歳で一生を終えた。
当の東庵は、“自分が居たがゆえに”このような運命を辿った娘たちをどこでどう見守っていたのか。良心の働く親であるなら即刻出てきて、こう言っただろうに。
「この私をお縄にかけて下され！」
「娘たちには罪はないから、ただちに解放して下され！」
東庵は、娘たちのいずれの死に水も取ってあげられなかった。遠くから祈っているとの、便りも届かなかった。
東庵の本当の姿ならびに心のうちを、家族はもちろん、周囲誰にも把握し切れなかった。まさに薄情な親に成り下がってしまったが、しょせん世間体など気にする人ではなかった。気にしていたら、こんな非凡な人生行路を歩むはずがなかった。
彼の生年月日も死亡日も死亡場所も、とうとう分からず終いとなった。
元禄十六年五月の川場村門前組切支丹類族帳には、こうあった。
「古切支丹 東庵 行衛不知 …」
その通りである。
古切支丹とは、「切支丹宗門ヲ一生相タモチ果候ヲ古切支丹ト申ス」（切支丹宗門吟味覚書）ということで、東庵のように転ばない切支丹のことだ。
煙に包まれているのは、東庵本人には留まらなかった。彼の父母の名も伏せて、記録に残さなかった。
記録に残っているといえば、おまと満里は川場村の（禅宗寺院清龍山）吉祥寺に土葬されたということだ。彼女らの心のうちは如何に？ 満理は聖母マリアから来ている。
お墓は、あまり人目につかないところに控えめに佇（たたず）んでいる。近くには、ヒメ小松がひときわ目立ち（県内まれな巨木）、境内に足を踏み入れた者を誘っている。
東庵はミステリアスな人物だ。
東庵は、沼田藩内に移住して来るまで、下野国足尾銅山で金堀をしていた。その道の師匠は彼の採掘能力をかなり評価した。
元和四年（一六一八年）、師匠と一緒に戸神山（現在の沼田市戸神町）と師山（現在の利根郡月夜野町師）の金山に働きに来た。養女ひゃくを連れてだ。住処はとなりの川場村だった。バテレン追放令を徳川家康が発布して五年後のことだ。
東庵が金掘りで名を上げた背景には、宣教師が海外から持ち込んだ採掘技術が少なからずあった。
彼が仲間や村人から重宝がられてのは、簡単な治療なら可能な医術を持っていたことだ。
沼田と足尾をつなぐ道路は根利を通るか、あるいは遠回りだが赤城山の裏側を大間々に抜けて行くルートがあるが、人目を避けるなら、東田代村を通って足尾銅山に抜ける道だった。
東庵は、川場村で大工の娘・てこと結婚し、しばらくして足尾に家族で移り住んだ。川場に戻ってきたときには、新たに実娘で、次女のおまと三女の満里を伴っていた。
十二年後の寛永七年（一六三〇年）、東庵は姿を消した。妻子を川場に置き去りにしたままだ。
潜伏する切支丹への容赦のない摘発の嵐が吹いた時期だ。踏み絵も取り入れられた。寺を抱き込んでの住民全員の宗門改め、そしてお隣監視制度とも云うべき五人組連座制など、これなら効き目があるというものなら何でも投入した。
幕府は切支丹の浸透を恐れたのだった。
幕府が東庵を重要人物として指名手配したのは、それから十四年後の正保元年（一六四四年）だった。その時は、全くもぬけの殻だった。以後、どこにも現れず、行方知れずとなった。
明暦四年（一六五八年）、幕府大目付宗門奉行、井上筑後守政重は「吉利支丹出申国所之覚」に、こう記した。
「真田伊賀守領分、沼田ヨリ宗門多ク出申候、東庵ト申スイルマン同前ノ宗門御座候……」
東庵を、日本人であっても、イルマン（修道士）と同格と見なし、警戒を強めるだけでなく、なんとしても捕まえろと意気込んだ。
東庵が姿を消したあと、娘三人の面倒を肩代わりしたのが、川場村門田の名主・八右衛門だった。皆、養女としたからだ。嫁ぎ先は、次女・おまは弟の半三郎で、三女・満里は懇意にしている戸鹿村の四郎右衛門だった。
追手は、政府がゆえ、容赦ない行動に出た。家族の吊るし上げだ。彼女たちが迫害の矢面に立ち、牢獄に追いやられた。
獄中生活は、ひゃくが二十五年間、おまと満里はそれぞれ二十九年間という長期間となった。そして初めて釈免となった。
ひゃくは足尾に移り住み、その後所在が途切れてしまった。
おまは、延宝四年（一六七六年）五月十七日に死んだ。
満里は、出獄で夫・四郎右衛門が再婚していたことがわかって、一人暮らしを余儀なくされた。戸鹿野村に住んだが、監視つきだった。元禄十一年（一六九八年）二月十七日、七十三歳で一生を終えた。
当の東庵は、“自分が居たがゆえに”このような運命を辿った娘たちをどこでどう見守っていたのか。良心の働く親であるなら即刻出てきて、こう言っただろうに。
「この私をお縄にかけて下され！」
「娘たちには罪はないから、ただちに解放して下され！」
東庵は、娘たちのいずれの死に水も取ってあげられなかった。遠くから祈っているとの、便りも届かなかった。
東庵の本当の姿ならびに心のうちを、家族はもちろん、周囲誰にも把握し切れなかった。まさに薄情な親に成り下がってしまったが、しょせん世間体など気にする人ではなかった。気にしていたら、こんな非凡な人生行路を歩むはずがなかった。
彼の生年月日も死亡日も死亡場所も、とうとう分からず終いとなった。
元禄十六年五月の川場村門前組切支丹類族帳には、こうあった。
「古切支丹 東庵 行衛不知 …」
その通りである。
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