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私
: ペリーズ
の マヤ人
の カカオ豆
に目をつけたのは チョコレート大手企業のハーシー
が早かった。
アメリカに近いし、政治も安定している。
1980年代後半
、 ハーシー社とベリー政府
は共同で「 カカオ促進プロジェクト
」を推進する。
カカオ生産促進のために、農民は 農薬
が必要となり、農薬の負担とともに 環境問題
を起こす。
1990年代
初め ハーシー社による交配種
が収穫時期を迎えたとき、 カカオ豆の相場は急落
した。
農民は債務
を抱えることになった。
マヤ人
は 他の農産物の収穫
で借金を返さざるを得なくなった。
マヤ人の祖先が2000年前に育てた 奇跡の作物カカオ
で貧困を脱するという夢は崩れたかにみえた。
私: クレイグ・サムズ
は 1960年代
、アメリカ生まれのイギリス人で、 環境意識の高い消費者に売れる新商品を模索
していた。
サムズ
の妻、 フェアリー
は「 オーガニックチョコレート
」を考案し、ブランド名称を「 グリーン&ブラック
」とした。
「 オーガニックチョコレート
」の原料探しは難航した。
最初は、 アフリカ
からカカオ豆を入れて、環境にやさしい高級チョコを作って売り出した。
しかし、アフリカの政治情勢の不安定から、 1993年に材料供給が停止
した。
A氏
:そこで 供給が安定しているマヤ人のカカオ豆
が登場するわけか。
そして、マヤ人側には、 昨日の ブログ
でふれた ハーググローブ
が登場するわけか。
私
: グリーン&ブラック社
は「 マヤ・ゴールド
」というブランド名で売り出す。
そして、 児童労働
、 奴隷制
が使われていない「 フェアトレードの認証スタンプ
」が商品に表示される。
「 マヤ・ゴールド
」は 1994年3月に発売
された。
「 オーガニックチョコレート
」であるばかりでなく、 イギリスで最初の「 フェアトレード基金」のロゴ
がついた製品
となった。
マヤ人
は 伝統的な栽培方法
に戻り、 化学薬品を使わずに栽培
した。
こういう「 緑
」の商品を大手企業は軽視していたが、多くの消費者が大量生産品に代わるものをもとめるようになってきたことを知って、大手企業は動き出す。
2005年
、 多国籍企業キャドバリー・シュウェプス社はグリーン&ブラック社の株式の過半数を取得
する。
A氏
: グリーン&ブラック社の今後
はどうなるだろうかね。
それは マヤ人の生活
にもかかっている。
殺虫剤
を使わず、子どもたちを学校へやれるというのは以前の経験よりはいいが、後、どのくらい続くだろうかね。
多国籍企業の市場原理の餌食
にならないだろうかね。
私 :著者は最後にこう言っているね。
「著者が取材であった アフリカのマリー人少年
は仕事と冒険をもとめて隣国の コートジボワール
に行き、人生の一部を カカオ農園の強制労働
に費やした。
何百人という子どもを奴隷にするというコストが チョコレート
に含まれている。
しかし、 彼らは、チョコレートの味を知らず、これからも知ることはないであろう。
チョコレートの歴史
は、何世代にもわたって、多かれ少なかれ、彼らのような人々の血と汗で書かれてきた。
未来を見通してみるとすれば、ずっと昔から続くこの不公正が正される見込みはほとんどない。」
この本を読んで、俺たちも「 甘い 」チョコレートを食べるとき、そのカカオ豆はどこから来たのか、児童が働くカカオ農園の「 苦い 」イメージを想像することになるね。
「ポスト戦後社会」吉見俊哉著・シリーズ… 2009.09.01
「イスラムの怒り」内藤正典著・集英社新… 2009.08.24