Zero Areas

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2004.06.11
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カテゴリ: 取り敢えずの記
私の中学時代の恩師はまっこと卓越した「視点」の持ち主だった。
「教師たるもの、世間を知らずに出来ん。」
なぜか?
「生徒の家庭は色々だ。親御さんの事情も色々だ。」
という。

当然といえば当然だが、言葉だけでなく四半世紀前の当時、
本当に実践していたという意味で凄いと思う。

その恩師がふともらしたことがある。
「超能力、超能力といったって、
 俺からすれば100mを10秒で走る超能力の方がよっぽど驚きだ(笑)。」

確かにその通りだと思う。
世に「超能力」は多い。
その有無について語る気はないが、
「超能力」があったとして、だからなんなのであろう?

超能力論議の重要な点の一つはここにあるのではないか?
本当に世に寄与する超能力なら批判をものとせず、
淡々と世に寄与するように使えばいい。

しかし役に立たない「見世物」超能力など、
仮に持っていたとして、あったとしてどうなんだろう?
スプーンが曲がると何か役に立つのだろうか??

別に「物欲的」観点から言っているわけではない。
その人の人柄や様々な能力によって、
人を心身ともに癒す能力に長けている人がいる。

話すだけで心安らぐような人だ。
そのような「能力」は、目立たないかもしれないが、
私は本当に貴重な「超能力」だと思う。
だって、普通「そんな能力」って極めて乏しいもの。

「文章」もしかり。
人の心に響く文章を紡ぐことが出来る。
それって、実は凄い「超能力」だと思う。

超能力は不思議な現象だけに宿るわけではないのではないか・・・
そんなことをツラツラと考えたのでした。





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Last updated  2004.06.11 12:12:25
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まっく  @ Re[1]:昨日が春分の日だったのですねw(02/05) 【亞】2さん >まっくさん、ご無沙汰して…
【亞】2 @ Re:昨日が春分の日だったのですねw(02/05) まっくさん、ご無沙汰してます。 亞です。…
まっく  @ Re[1]:立体八卦(02/25) 【亞】2さん、こんにちは。 >千変万化…

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