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今週13日放送のNHK「映像の世紀」のタイトルは「華僑 世界最大の移民集団」でした。2003年から20年間シンガポールに滞在した私にとって「華僑の国」と言えば真っ先に上げるのがシンガポールです。現在も人口(約600万人)の7割が中華系で祖先は主に中国広東省からの移民です。。
宋(960-1279)の時代に既に海外への移民が始まっていたらしい中国で集団での移民のきっかけになったのはイギリスとの「アヘン戦争(1840-1842)」に敗れた事で当時既にイギリスの植民地だったシンガポールへはアフリカ人奴隷に代わる労働者と住居を中国に残しながら移り住んだようです(華僑)。その後もロシア革命、日中戦争、太平洋戦争、文化大革命等の戦争や事件がきっかけとなり多数の移民がアジアだけでなくアメリカ、ヨーロッパ大陸へと渡りました。番組内で現在6千万人と言われる華僑移民は「世界を我が家とし、したたかに生き豊かさへの夢を持つ」集団と位置づけていました。正にシンガポールで実感した事です。
そして特に驚いたのはシンガポールで富を得た「開運王(リム・ホープア)」や「ゴム王(ディン・インホック)」等と「孫文」「鄧小平」「周恩来」との華僑移民という共通のルーツを持つ政治家との繋がりです。彼らの革命を推し進めるための多額の資金援助を行っていた事は私は知りませんでした。

リー・カンユー(1923-2015)1959年~1990年までシンガポール首相を務める
時は第二次世界大戦に移り、日本軍がシンガポールを占領した際に華人に協力する人々への粛清が強まる中、間一髪で生き延びたたリー・カンユー(華僑4世の初代シンガポール首相)の映像がいくつか流れました。戦後、1963年にマレーシアと共にイギリスから独立し「マレーシア連邦」が結成され、リー・カンユーはシンガポール自治州の首相でしたがマレーシアの「マレー人優遇政策」や産業育成に対する意見の相違でマレーシアから一方的に分離され1965年にシンガポールは独立国家となります。20年間のシンガポール滞在中に何度も聞いた記者会見でリー・カンユーが流した涙というのをこの番組で初めて見る事が出来ました。「食料も水もマレーシアに頼らなければならないシンガポールで200万人の国民をどう守っていくのか・・よろしければ最後にシンガポール国民に申し上げさせて下さい。マレーシアでは多民族主義を実現させられなかったがシンガポールでは実現する」
少なくても私の目にはシンガポールは多民族主義を実現させているように見えました。そして「富の追求(国ではなく国民が豊かになるという意味で)も着実に実現させています。つくづく「資源の多さ」「国土の広さ」「人口の多さ」と「豊かさ」とは比例するものではないと実感します。
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