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4月の終わりの日ですね。去年のこの日は、「平成最後の日」でしたね。美しかった令和最初の桜も、散ってしまいました。お正月の頃は、4ヶ月後の春の日が、こんなことになろうとは思いもしませんでした。どなたさまもが、きっとそうでしたね。このワンピースにいちばん似合うバッグは「買い出しかごバッグ」だ!と、気付いちゃった。 ***************************************おとーさんの連休が長すぎて一人の時間が足りない!足りないよー! ヽ(;▽;)ノ と、いつもなら、毎年、ぶーぶーぶーぶー言ってる頃です。同じおとーさんの連休を「こんな時に休ませてもらえて、本当にありがたいこと(;_;)」と、今は思えるのだから、同じことが起こっていても。 捉え方しだいで、人の心って、こんなに穏やかになれるんだなあ、と知りました。このワンピースを選ぶ時には思いもしなかった。こんなに「買い出し」が似合う柄、買い出しファッションだったなんて(笑)!スーパーカゴ F-101 ライトグレー AKG203 ***************************************今日は本当はブログを書くのをお休みしようと思っていたんですけれどね、さっき撮ったこの画像が、あまりにも気に入ってしまって、眺めているだけでも嬉しくなってしまって、短い日記を、思わず書きました ( ´▽`)ノ 短く書くことも・・・・ できるんだよ(笑)! おわり短い日記に気づいてくださって、ありがとう。↓ 4月最後のポチッと、ありがとう。今月もたくさん読みにきてくれたこと、ありがとう。にほんブログ村ゆうこちゃんの息子さんとウチのおとーさんは、もしかしたらお誕生日が同じなのかな?息子さんの15歳おめでとうございます。ゆうこちゃんの「お母さん15歳」も!今日も読者さまが、そして読者さまの大切な人が、お健やかであられますように・・・
2020.04.30

自由に生きなきゃ 幸せになれないよ 斉藤一人さん大人になってしまったら。そう簡単に自由になど生きられるわけない。そんな夢みたいな話、と。真面目な人ほど、きっとそう。真面目すぎた人が真面目すぎる自分の生きづらさに気づいて、ちょっと自分をゆるめようとしたり、ちょっと「自由」に生きようとし始めると・・・真面目をやめられないままでいる人が、すごく怒ってくることってありますね。そんなんじゃ生きていかれないぞ!と めっちゃ脅かす。そういうお節介な人には、真面目なあなたは、じゃあどのくらい成功したんですかと言いたいですね。と、一人さん。そういう嫌なヤツの脅かしは無視するに限るよ。と、一人さん。最後の1着のワンピースが揃いました。 5月以降の「ワンピース暮らし」に向けて。 *************************************「脅かし」の正体って、実は「恐怖」なのだそうです。失敗しちゃいけない、とか間違っちゃいけない、とか舐められたくないとか、自分よりも幸せになってほしくない、自分よりも成功してもらいたくない、という「恐怖」。自由に楽しく生きること。それが「成功」。幸せになりたかったら・・・ 自由にいなきゃ。おしゃれが大好きな人は、誰かから「無駄遣いばかりしないで、もっと有効なお金の使い方をしたら?」なんて脅かされても無視するんだよ。もしあなたが脅かしに負けて、突然「世界平和のために洋服代を節約して、そのぶん寄付をします!」みたいな真面目なことを言い出したら、あっという間に不幸になっちゃうからね。あなたは、自由に好きな事をしていいんです。楽しめば楽しむほど豊かで幸せに満ちた人生になるし、それが周りの人のためでもあるんだ。 (こちらも一人さんのお言葉) ****************************************自分のやりたくないことをしている人ほど、それと同じことを他人にも強要するところがありますね。たとえば 本当は働きたくないのに働いている人は、働いていない人のことを馬鹿にしたりします。たとえば、読書なんて好きじゃないのに親から「本を読め!」とものすごく強要されてきた人は、すごく嫌々本を読まされてきているから、本を読まない人のことを やたら見下したりします。それをしないでこられた人のことが許せない気持ち。大人になってからもずっとその「恨み」みたいなものが心の奥底にあって、自分の教養を自慢したり、読書しない人を小馬鹿にしないではおられない。本当に本が大好きで読んでいた人なら、絶対にそんなことしないのです。「したくない苦労をさせられてきた人」もそう。同じ苦労を味わせようとしてきたり、苦労していない人のことを理不尽に責めたり、そうかと思ったら めっちゃ不幸自慢してきたりします。自分が不自由だったから、自由な人が許せないんですね。そういう「闇」って、誰の心の中にも、必ずあるのだろうと思う。なぜなら。この国で、本当に「自由」に生きてこられた人なんて、きっと ほんの1%もいないでしょう?これ以上首が開くと、家事ができません。 ちょっとのことなんだけれど、わたしのこだわり。 うるさいことや お節介なことを言ってくるのは大抵は「他人さま」や「世間さま」であって。こんな風に「世間」と切り離されている時間が増えた今、ある意味、わたしたちは、とても「自由」だ。こんな長いお休みは、就職して以来初めてだ! とはいえ外出もできないし、一体何したらいいのか、さっぱりわからない。というような「真面目」な社会人さんも・・・たくさんたくさんいるのだろう。急に大量の時間をもらっても、困ってしまうよ、というような気持ち。今、やりたいことをやれなくてとても苦しい思いをされている人がたくさんあることはわかっているんだけれど・・・やりたくないことをやらずに済んでいる人も、きっと、ものすごく多い。やりたくないことや、今までとても無理して頑張っていたんだ・・・ということにこのたびのことではっきりと気づいてしまって、戸惑ってしまうような。今の感じが、なんか自分にはちょうどいい。自粛が解除されちゃうことの方が今度はなんだか怖いよ、恐ろしいよ、という人も きっと「一定数」、いるんじゃないのかな。このままでも困るけれど。全くの「コロナ前」の元どおりの戻るのも、もう嫌だよ、御免だよ、みたいな気持ち。うまくいえないのだけれど。 昨日、ZOZOTOWNさんを退会しました。長いことお世話になりました。ありがとう。 ***************************************自由に生きるだなんて。この制約だらけの世の中で、一体どうしろと?無理だよ!どうにもならないよ!と 放棄してしまっていた思考が。一斉に動き出している時なのかもしれない。自分と向き合う「時間」が、あまりにも足らなすぎた日本人。ゆっくり自分と向き合われたりなんかすると、みんなが「自分らしさ」とか「自由」とか「人生」について いろいろ考え始めちゃうからそうなると 人を束ねたり統率してゆくことが難しくなるから、始業時間。 終業時間。 開店時間。 閉店時間。 登校時間。 下校時間。時間、時間、時間。 ああ、時間。世間から私達がいちばんに奪われていたものは、「時間」だったのかもしれませんね。ワンピース。今シーズンは1着手放して3着買いました。今年はワンピース当たりの年。133.5cmの着丈!迷いなき「ミニマリスト的爆買い」でした。ASTRAET <ASTRAET(アストラット)>ウエストギャザースクエアネックワンピース ユナイテッドアローズ ワンピース シャツワンピース ブラック ブラウン【送料無料】 ****************************************今日は、結婚記念日です。わたしたち夫婦の結婚生活は、今日から「25年目」です。25年は、あっという間です。すごく長かったんだけれど、あっという間でした。時間って、いつもそういうもの。 実際の長さと 感じられ方が、とっても「矛盾」したもの。あっという間に過ぎてしまうのなら、幸せにいたいですね。その気持ちは、結婚何周年であっても、これまでも、これからも。そして 何歳であっても、小さなお子さんでも、お年寄りでも、どの国で生きる人であっても。きっとみんな同じ、なのでしょうね。 おわり今日もお読みくださって、ありがとう。 そして、おとーさん、お誕生日おめでとう!にほんブログ村夏を暮らすワンピース4着のお話は・・・ また 後日、あらためて。今日はとてもいいお天気。 張り切って撮影をしようと思っています ( ´▽`)ノ 今日も1日、読者さまと 読者さまの大切な方が。 どうかお健やかでありますように。↓ 今年の母の日はこれ!と、羽生くんの本! お母さん、どうか無事でいてね ヽ(;▽;)ノ 母の日ギフト 進物 ギフト記念品 ギフト うなぎ【朝じめ活鰻 蒲焼き 2尾 約280〜300g】発送日当日に焼き上げ発送![2人前] 送料無料 うなぎ ウナギ 国内産 国産 土用丑の日 国産うなぎ 誕生日 御中元↓ 25年目の結婚記念日&おとーさん生誕祭ケーキは・・・こちらでした ( ´▽`)ノ 【北海道 沖縄以外 送料無料】フルーツロールケーキ2本入り母の日 誕生日ケーキ パーティー ギフト プレゼント 御祝 手土産 バースデーケーキ のし対応 お誕生日カード 生クリーム
2020.04.29

しいたけ.さんの先週の「水瓶座」の占いのなかに。今、多くの人々が。窓から見える、いつも通りの春の景色のうららかさと、その一方でメディアから流れる、世界中の、そして日本中で起こっている現実とのギャップに。その明るさと暗さの織りなす「矛盾」に参ってしまう人々がとても多い中で、水瓶座だけは、そのダメージに強いです。 とありました。なぜか。この「矛盾した世界」こそ、間違いなく水瓶座がいつも持っている、もともと持っている世界観だから、なのだそうです。だから、あなたは淡々と、今ある二面性の世界を生きてみてほしいです。と。水瓶座自体、もともと「二面性人間」だからね!ということなのかな?水瓶座って、レコードみたいに「A面とB面を持った人たち」とも以前おっしゃってた。明るい明るいA面のシングルカット曲と、やたら暗ーいB面の曲。(時に名曲が潜むことも)そうか! そうかもしれん!! というなんだかちょっと勇気をもらえたような気持ちになりました。今回のタオル総入れ替えは、とっても心が元気になりました!効果絶大!でした ヽ( ´▽`)ノ このたびの事態に見舞われてから。身近な人の「本性」みたいなものを目の当たりにし、「あああ・・・」とか「ええっ!?」と思うような何らかのことがどなたさまにおかれましても おありだったのでは、と想像するのですが、それは「他の人に対して」に限ったことではなく、自分の本性にも。本性、というより、本当の「自分らしさ」の輪郭がえらくはっきりとしてきて、本当の私ってこんなことを考えてたの!?望んでたの!?と自分でも知らなかったような自分が顕在化してしまって、戸惑ったりびっくりしたりする方もあったかもしれません。人は、社会的な生き物です。対社会、対他人で生きることを求められます。常に、常に、求められてきました。ところが。今、こうして一時的に、多くの人と接触してはならない、という「家族以外との断交」みたいなことが起こって。服とか、靴とか、バッグとか、お皿とか、あらゆる持ち物とか、職業とか、キャリアとか、住まいとか、趣味とか、人間関係とか。こんなもの要らなかったや、と はたと気づいてしまったものがあるとすれば・・・それはきっと、たぶん。これまでは「自分のため」「自分の意思」だと信じていたものごとが、本当のところは「他人の目」「周りの目」を意識していたがため、だったのかもしれません。わたしたちの暮らしは、他人や周りの目に翻弄されない、とても自由なものになってゆくのかもしれない。届いた時にはこんな感じのバスタオル。 1回お洗濯をいたしますと・・・ ***************************************失言は本音だ、という言葉を聞いたことがあります。失言(本音)をうっかり漏らしてしまうことに対し、ふだんは多くの人が気をつけているのは、それは「こんなこと言ったら嫌われてしまう」という「対他人モード」の自制のブレーキが、いつも強めに発動しているから、なのだと思う。他者からのジャッジを怖れている、というような。ちょっと仮面をかぶっているような。今、自分だけと向き合うような時間を、急にたっぷりと与えられたことで、自分の中の「大量の本音」が漏れだすのが止まらない!!という方も、もしかすると多くいらっしゃるかもしれませんね ( ´▽`)そういう発信を読むのは・・・とても興味深いです。本音って、ふだんは本当にうまく「隠されて」いるでしょう?自分でもなかなか気づけないままでいるようなことも沢山ありますから。本音は、尊い。長年「外なるもの」に対し取り繕ってきたかもしれないことに次々と気づき、今、「内なる声」にだけ、自分の心の奥にだけ耳を傾けてみたら・・・本当の自分って、こんな人だったよぉ (´;Д;`) ! というような 大発見。仮面を脱ぎ捨てる時。こんなにふんわりになります。まっ白で、とっても嬉しいよー 眩しいよー ヽ(;▽;)ノ ****************************************くらためちゃんの先日の日記に。今も服を買う。今だからこそ買う。それは誰かに見られるからではなく 自分のために、だ。(人と会うことのなくなった)今も服を買おうとする人は、どうやら、もともとずっと「自分のため」だけに買っていた人のようだ、と。他人の目を意識して服を買っていたんじゃなくて、誰に会うことがなくとも、自分のためにそうする人。そうしていたい人。そういう人が、どうやら一定数あるようだ、と。そんな、くらためちゃんの「大発見」の日記を拝読しました。この「一定数」という 彼女の言葉の選択に、グッときた。すなわち「みんなみんな」ではない、ということ。こちらのちょうどいい厚みのフェイスタオルは240匁。「匁」は(もんめ)と読むのですね。 ***************************************みんながみんな おしゃれや服が「本当に好き」 なわけではない。これまでは、みんな、みんな、みんなそうだった、そう見えていた、というようなことから、ほんの一定数だけ、を残して「さよなら」のときが訪れたのかもしれない。人目を意識しての装い、誰かと似た身なり、だったのかもしれない人々が・・・ どんどん「さよなら」をしてゆく。本心に気づいて、本音に出会って・・・ 旧の世界から「さよなら」をしてゆく。 *****************************************そう思うと。ものすごいことが起こっているんだなあ。どちらがどうだ、ということなのではなくて、「みんなちがう」ということ。ただそれだけのこと。ただそれだけのことなのに、これまでは、それがとても難しかった。これまでは、なるだけ「みんなと同じ」でいなきゃ叱られそうで、この国は、とても。みんなと同じでないと、とても とても とても とても 生きにくかった。そうじゃない「新しい世界」が、おそらく、もう 始まろうとしている。それぞれの家庭の中では、もう、おそらく すでに始まっている。みんなちがう。 みんなみんなちがう。それでよかったはずなのに。人目が気になってしまって、これまではどうしても自由に振る舞えなかったことや、実は無理をしていた、というようなことが次々と取っ払われ、手放され、排除され、「さよなら」して・・・人々は。いよいよ「自分に正直に」生きられるようになるのかもしれない。 **************************************こうなったことで手放せることは、たぶん「偽りの自分」だった部分。こうなっても手放せないことだけが、それでも残ったものこそが「本当の自分の姿」なのかもしれないですね。 ****************************************「進化論」のダーウィンは。ご自分の娘さんを、わずか10歳ほどで(おそらく結核で)亡くされていて、なぜ自分の娘が亡くなったのかを必死に考え、苦しんだことが・・・進化論を説明する上での核心となる「自然選択(自然淘汰)説」の思想・見解に至ったのだ、と言われているのだそうです。生物の「死」は、「神」や「罪」とは何の関係もなく、自然の過程のひとつにすぎないのだという、ダーウィンの秘めたる信念。厳しい自然環境こそが、生物の進化に方向性を与えるのだ、という説。1851年ごろの出来事なのだそうですが。淘汰の先にしかたどり着くことのできない思想や方向性、というこの考え方は、今起こっていることにも、もしかすると共通するのかもしれません。 *************************************情報が多すぎて頭がぱんぱんになってしまった現代人のための「現代版進化論」。選択と淘汰。今こそ 自分らしい生き方を「選択」し、そして 自分らしくなかった物事を「淘汰」してゆく時。一見 不自由極まりなく感じてしまう自粛生活の中でこそ。わたしたちは。周りの目を気にしない「本当の自由」を、ようやく 手に入れることができるのかもしれません。 おわり ↓ 更新をお休みさせていただいた日にも、 訪れてくださった方、バナーを押してくださった方、ありがとう。にほんブログ村タオルの総入れ替えがこんなに気持ちがよかったなんて。小さな感動を、こんなにも大きく感じられるのは・・・自粛生活のおかげ、なのかな。皆さまが、今日も1日、どうかお健やかにお過ごしいただけますように・・・
2020.04.28

もうすぐ結婚記念日がやってきます。「24年」です。今年、いよいよ「25年目」に突入するのであります。感無量 ヽ(;▽;)ノ なんと申しますか、25年目、という響きに憧れていた、というか、すごく目標みたいに思っていたところがあるのです。25歳で結婚をしましたから、ようやく「結婚前の人生」と「結婚した後の人生」の長さが並ぶ、と申しますか、昼と夜の長さが同じになると言われる・・・そう、春分の日。人生における「春分の日」みたいな、そんな気持ちがして。今日の日記は。最後に、旦那さんの。 わたしは「おとーさんのどこが1番好きか」、という発表?告白??? もあります(笑)基本的には、わたしは何やっても長続きはしないタイプ、なのです。好きでないことは全く続かないですし、好きすぎることも、夢中になって没頭しすぎるせいで、短期間で極めてしまって、飽きる。そんな自分のことをよく知っていましたから、25歳の時、結婚する時、そりゃあもう怖かったですよ。わたしは「結婚生活」を、果たして続けることができるんだろうか、と。「今日も はなまるな1日をお過ごしくださーい」と、とびきりの笑顔と、最後の挨拶。あの朝の番組は、確かちょうどその頃始まったのでは、と記憶しているのです。あの頃は、まだ実家暮らしの名残で、テレビを朝から晩まで1日中ずっと付けているような習慣が、わたしにはありました。そしてあの頃はまだ「ふりふり」の服が大好きでしたから、確か火曜日メンバーだった「森尾由美ちゃん」の衣装を見るのがもうね、何よりの楽しみで。当時の森尾由美ちゃんは、テレビに出演するときは、いつもピンクハウス系の服でのフルコーディネートでしたね。こういうやつですよ(笑)こういうのね(笑) #七五三 #すずひ茶髪 ************************************ちょっとこんな話をさせてください。亡くなった方の身体に「触れたこと」は、読者さまは、おありになりますか?もうこの年齢なので、わたしには何回かその経験があります。とても「冷たい」のです。ただ体温が失われただけ、とは思えない、それはそれは「とてつもない冷たさ」なのです。氷じゃないのに、凍ってないのに、あんなに「冷たい温度」があるなんて。本当に亡くなってしまったんだ、ということを、こちら側が、残された者が、 それを受け入れざるを得ないくらいに、冷たい。新型ウイルスで亡くなると。遺族には、それが許されないのだそうですね。入院中も会えなくて、最期の時にも会えなくて、厳重に管理されて、火葬されて、小さな小さな遺骨になってしまってからしか愛する人に触れられないのだ、会えないのだ、と。 **********************************あの「冷たさ」に触れないままでのお別れは。亡くなったことを信じることができないだろうなあ、と。実感を感じることが難しくなるだろうなあ、と、想像しました。まだどこかで生きていてくれるような。長い旅に出てしまっただけで、ある日ひょっこり元気な姿で「ただいまーっ!!」帰ってきてくれるような。それは、遺族にとって、心の「救い」となるのでしょうか。それとも、現実を受け入れられない長い長い「苦しみ」、となるのでしょうか。わからないです。 *************************************年齢を3で割ると、自分の今いる「人生時間」がわかるんですって。するとわたしの場合は 49÷3で・・・ 約「16」。わたしは今、人生の16時。 つまり「夕方4時」なんだな。なんか、納得。ハツラツな午前中じゃなくって、昼下がりのお楽しみ時間、でもなくて、夕方の、なんとなく 日が西に傾き始めたような・・・そんな時間を、今、わたしは生きている。おとーさんと一緒に、生きている。結婚した時は、だから 25÷3で・・・ 朝の「8時」(!)だったんだ。起きたばっか、か! そりゃあ元気なはずだよ(笑)*****************************************ウチのおとーさんってね、よく「冷たくなるなる詐欺」というのをはたらくんですよ。たとえば長い連休などで、わたしがひとりになる時間が足りないことにだんだん疲れてきて、おとーさんのことを、ちょっと邪険に扱ったりするじゃないですか。そうすると、出かけ間際とか、去り際などに、「冷たくなって帰ってくるかもしれないよ!」と言うのです。とてもタチの悪い冗談のようでいて。これは本当だな、真実だなって、いま、思います。家族が今日も無事に居てくれて、「ただいま−」と言って「温かな体温」で家に帰ってきてくれることは・・・今は。いいえ、これまでだってずっと、本当は「当たり前」では、なかった。ありがたい ありがたい ありがた過ぎるほどの幸運、だったんだなあ。 **************************************:わたしが、おとーさんの好きなところは・・・・1番好きなところは・・・・・実は。 実は。実は 「顔」 なのです。 (わ、言っちゃった!)そんな! 顔だなんて!! もっと内面を見なさいよ!この馬鹿が!と 思われますでしょうか。いやいやいやいやいやいや。夫婦として赤の他人の男女が長年連れ添おうと思った時・・・ 「顔を好きなこと」は、めっちゃ大事です。(キッパリ!!)同じ「腹の立つこと」が起こったときも、顔を好きだと許せちゃうことってないですか?(笑)理屈じゃなくて、そういう単純なところって、人間にはありませんか?おとーさんも、もしかしたらそうなのかもしれない。わたしの一番好きなところって「顔」なのかもしれない。それは美人とか、イケメンとか、そう言うことではなくて・・・とにかく「好きな顔」であった、ということ。「自分にとって1番好みの顔である」 ということ。 *****************************************これまでの人生で、一番長く続いたことが「結婚」だなんて、なんか、ちょっとすごいな。何にも続かなかったわたしなのに、ね。家事に全く興味がなかったなら、続かなかったのかもしれない。それに「楽しいことばっかり」だったなら、没頭した挙句、早々に飽きたのかもしれない。楽しいことがあって。 苦しいこともあって。そして とにかく「顔」が好きで(笑)それで続いたのかもしれないですね。最期の時に。「あなたのおかげで、とてもいい人生だったよ。」と お互いがそう思えたら・・・・そんな「はなまる」なことって、ないですね。 おわり読者さまは、旦那さんやパートナーさんの どこが1番お好きですか?↓ 今日もお読みくださって、ありがとう。 今日も書けたよー ( ´▽`)ノにほんブログ村1つだけ持っているネックレスは、エンゲージリングをリモデルしたものです。一生持っていようと思っています。今日も「はなまる」な1日を、お過ごしください。 なんだかもう、涙が出ちゃいます。
2020.04.26

現在の、ご自身のクローゼットの様子をご覧になって。ああ、こんなにたくさんの服は私には必要なかったよなあ、と今、まさにリアルに実感されておられる方は・・・・沢山沢山おられるのでは、と、ふと想像するのです。お出かけのため用だけの服はなるだけ持たない暮らし、をしています。自粛する暮らしになる前も。自粛する暮らしとなった今も。わたしにとって必要な服の枚数は、だから、変わらなかった。トイレロールの備蓄は「少なすぎた」と学んだけれど。ああ、服は。わたしにとっての服の適正数は、世の中がどうあってもこの「少なさ」で、このくらいの数でちょうど良かったんだなあ、と。再確認することができました。首の形、理想通り。これより大きく開いてしまうと、「生活しにくい服」になります。 ***************************************出かけなくても、誰もが服は、必ず着る。けれどもバッグは・・・ すっかり使ってないです ヽ(;▽;)ノ お財布ポシェットと、 買い出し用のマイバスケットしか、ここのところずっと出番がないです。バッグ買ってない記録は1年以上を更新中!だけれど、バッグ持ち歩いていない記録、というのも これから絶賛更新し続けることになりそう。バッグこそ、ああ、「お出かけ用品」以外のなにものでもなかったんだなあ (;_;)バッグは 家の外でしか持たないけれど。家の中でも、服は着ます。外出の有無にかかわらず必要なのは、やはり「服」でした。わたしの服の全ては「お出かけ着」なのではなく「生活衣料」。毎日を暮らす服。 家事をする服。今回のような事態に見舞われて。出かけられないから服はいらない!! とは わたしの場合は、だから全くならなかったのです。大きなポケット、理想通り。肘の隠れる袖丈、とても理想通り。 くたっとし過ぎない生地感も、超・理想通り。なんて家事しやすそうな袖丈なんだ! そして、肘が隠れるのに、とても涼しそう!DRESSTERIOR 【洗える】タックボリュームワンピース ドレステリア ワンピース ワンピースその他 ホワイト カーキ ネイビー【送料無料】透けにくい「ネイビー」と、ちょっと迷いましたが、ネイビーは、はげしく繰り返されるお洗濯に、多分、染料が耐えられないかなあ・・・と、「白」に。白い服には「透け問題」が伴いますが、透けてもいいのです。1枚で着ることはしません。モデルさんのように「全身まっ白」ではなくて、今日の1枚目の画像のように、黒いレギンスを合わせ、シャツワンピのようにカジュアルに着る予定です。別サイトのモデルさんの着画の中には ウエストのリボンを絞めて太いパンツと合わせた写真がありましたが、それをわたしがしたら・・・「邪馬台国の装束」になりそうだ(笑)ウエストの紐は、これ、多分使わないなあ。そのままふんわりスモックみたいに着る感じが好きだなあ ( ´▽`)帽子とも とても似合います。[Rakuten Fashion]【SALE/15%OFF】【別注】<AthenaNewYork(アシーナニューヨーク)>SHIHOTANBODYハット UNITED ARROWS ユナイテッドアローズ 帽子/ヘア小物 ハット ブラック【RBA_E】【送料無料】何もかも、本当に、理想通り ヽ( ´▽`)ノ **************************************年間通して必要だと思い込んでいた「服の枚数」は、毎日外出したり、週に何度か友人と会ったり、週末にもお出かけしたり。そういう生活を基準にして「必要だった」数、である可能性が高いです。外出自粛生活は。これまでの平時では どうしてもどうしても どうしても服を減らせなかった方が、「服を減らすハードル」を超えられなかったタイプの方が。ごっそり減らすことのできる またとないチャンス、かもしれません。こっちの世界で、すずひは、待ってますね。「少ない服」のすっきりした世界で・・・あなたのお越しを・・・ 待ってますよ (笑) おわりこんな時に服の話なんて! と 不快な感情を抱かれてしまわれるかなあ、と恐る恐る不安な気持ちで書いた昨日の日記でした。 今日はその「続き」でした。昨日、沢山ポチッとしていただけて、胸を撫で下ろしました。 みなさん、ありがとう。こんな時だからこそ、わたしらしく。 「服のお話」・・・ 心を込めて、 これからも、書きますね ( ´▽`)ノ ほんとの おわり自粛生活は、ものの持ち方を見直す最大のチャンスなのかもしれないですね。↓ 今日もお読みくださって 本当にありがとう。にほんブログ村テコでも動かなかったような「長年の価値観」や「屈強な思い込み」。そういうものを、今こそ「ふわり」と手放すことができるのかもしれません。本当なら、今日は、楽しい楽しい連休の始まりでしたね。今年はこんなことになってしまいましたが、どうかみなさま、どうか、どうか お健やかにいらしてください。
2020.04.25

予定通り、ワンピースを買いました。こんなことになってしまったのだから もう服はいらない。少しでも手元に現金を残そう (;_;)ではなく。いつも通りのことをしよう、と わたしは 余計にそう思いました。いつも通りでないことが起こっているから。いつも通りにできることの存在のありがたみを痛感するような気持ち。いつものお店で、いつもの気持ちで、こうして必要なものを買えたことの、ありがたさ。当たり前じゃない、ということ。いつも通り、いつも通り、と言いながら。今日は朝から、わたしは失敗をしてしまいました。おとーさんのリュックに、朝食用のコーヒーポットを入れるのを忘れました。こんなことは、コーヒー持ってゆくシステムを始めてから、初めてだ。おとーさん、リュックの中をめっちゃ探したことでしょう。 ごめんね (;_;) *************************************今は。 「お金」を使うなら。この先の未来の日本に。本当に残ってほしい、決して失われて欲しくない、大好きなお店の、大好きなものにだけ、お金を払いたい。そう思うのです。そう。 せっかくお金を払うなら。こんな時だし、選んでいられないし、とか、手っ取り早く買えること優先、とかもう贅沢言ってられない! 食べられたら、着られたらなんでもいい!じゃなくて、こんな時なんだから、もういいわ、ではなくて。もちろん、この先の世の中の情勢にもよりますが。こんな時だからこそ、本当に大好きなものにだけお金を使いたい、と、すごくわたしは思うわけです。滅多に外に出られないのなら、なおさら なのです。そんな時の「せっかくのお買い物」を、どうでもいいものを買う時間にはしたくない。そんなことしてしまったら、誰のためにもならないと思うからです。こういう感じのお金の使い方は、この事態になる前にも 自分自身では まあまあできているような気持ちでいましたが・・・いやいやいやいや。いつでもどこにでも出かけられて買い物できた時には。やっぱりそういう自制は甘々だったな、と、否応無しに気づくのです。そこまで好きでもないお店や、とっても美味しいというわけではない、と感じているお店や、なんでこんなテキトーなことやってるんだ!!というようないい加減に感じるお店であっても、なんとなく出かけたついでにお金を落としてしまうことがあった。あるブロガーさんが。どこにお金を落とすかは、何を買うのかは。消費者がお店を、または商品を選ぶ 大切な大切な「選挙」なのだ。「清き1票」なのだ。というようなお話しをされていたことを思い出します。だから、迂闊に、考えなしに投票してしまってはいけませんよ!と。 ほんと、そうですね。ものだけでなく「サービス」もまた同様なのだと思います。 ************************************ならば、今こそ、選びたい。この事態に見舞われてみて。どなたさまにも「守りたいお店」みたいなものがあると思う。自分にとってとても大切なお店はどこであったのか、初めてはっきりした、目が覚めたぞ! 開眼! という方ももしかしたら多いのではないのかな。 **************************************わたしはもともとあまり出かけない人間だったけれど。わたしの「行き先」や「お出かけ先」、そして「お金の落とし先」は・・・これからますますミニマルになってゆくことだろう。あっちでもこっちでも、どこでもいいからなんでも買う、ということはますますなくなってゆくだろう。本当に好きなカフェは、正直「2つ」だ。本当に好きなイタリアンも、2つ。好きなフレンチとケーキ屋さんは、もともとそれぞれ1つしかない。好きな焼肉屋さんは、今はない。 わたしはもしかすると、焼肉をもうそんなに好きではなくなったのかもしれない。あいてるから。やってるから行っていただけなのかもしれない。好きなラーメン屋さんは2つあるけれど・・・それも どうしてもどうしても どうしても食べたいのか!!!! と詰め寄られたなら、多分そこまでではないような気もする。好きなパン屋さんは4つある。うれしい。好きなサンドイッチ屋さんは1つ。その世界の中だけ生きてゆけたら 十分に満足だったんだ。もっと、もっと新たなお店を開拓!とかは、今までの話、だ。どんなにたくさんのお店があったって、本当に好きなお店は、実はとっても少なかった。ああ。これは「服」に対する考え方と同じです。本当に好きな服。 それは本当に少ない。本当に似合う服。 それは もっともっと少ない。そして、服作りに対し、サスティナブルを意識したり、雇用と環境面の両方において真摯に向き合っている企業も・・・実は、少ない。 ものすごく、少ない。 少ないものごと中に喜びを見いだすことが もともと好きだから。外に出かけられる機会が すごく少なくなっても、だからこそ、好きな服を着ていたいですし、好きな友達と自由に逢えるときがついにやって来たのなら、そんな日は、とびきり好きな服を着て逢いたいです。こんな表現は不謹慎かもしれないけれど、なんか、人生が濃縮?凝縮?されたような心地よさが、わたしには、ある。これまでは、きっと。なんでもでき過ぎた。お出かけもし過ぎた。人々は働き過ぎていたし、経済活動に邁進し過ぎたんだ。もっと。 もっと。 もっと豊かに!! と。もう十分に豊かだったのです。それでも、もっと、もっと、と思えば、それはきりがなくて。本来そうあるべきだった経済活動のレベルに、新しい時代には、それぞれが、それぞれの判断で「還って」ゆくような・・・インテリアや装飾は最小限でいい。 これはこれまで通り。非常時に、部屋の装飾品は、悲しいほどなんの役にも立たない(泣)だからこれまで通り。お米や消耗品は、もう少しだけ余裕を持って備蓄してゆこう。これは今回の新たな気づき。そのためには 管理しやすい備蓄のスペースが要りますね。 だから収納は「がらーん 」の方がいい。 これも、これまで通り。服はもともと少ないから、どこにも出かけなくても、必要数は、もともとのまま。これもこれまで通り。わたしの暮らしは、ほとんど変わらない。ものをたくさん持っていた頃にこの事態に見舞われていたなら、人生の楽しみを全て奪われたようなとてつもない虚無感に 打ちひしがれていたかもしれない。↓ DEAL還元とクーポンがすごい。今日買えばよかった(;_;) ←こんなんばっかよDRESSTERIOR 【洗える】タックボリュームワンピース ドレステリア ワンピース ワンピースその他 ホワイト カーキ ネイビー【送料無料】詳しくは書けないのですが。先週。 とても大切な人に対し。命さえあれば。 どうか生きていて!という切実な気持ちをリアルに感じる怖い出来事がありました。その時には「コロナ」のことなんて、頭から完全にすっ飛んでいました。コロナに注目して悩んでいられるのは、「もっとしんどいことがないこと前提」だったのか、と知ったのでした。このウイルスのことを軽く見ている、という意味ではありません。コロナに悩むこと、怯えること、しんどい、しんどい、しんどい・・・って思っていたんだけれど、今、この事態の中においても、コロナどころではない!!という出来事が、 人間には、個人には、 それでもこうして容赦なく起こりうるのだ、という瞬間を経験し・・・ちょっと、考えが変わりました。ウイルスのことは、もちろんとてもしんどいのだけれど。先週に感じたあの「極めて個人的な恐ろしい気持ち」と比べたら、わたしはこの試練に耐えられる、と、初めて思ったの。怖がりながら、こもりながら、逃げながら。それでも逃げきれないのかもしれないけれど。新型ウイルスに向き合うことは、日本中の、いいえ世界中の人々とともに、なのだから。ひとりきりではないのだから。 *************************************お子の大学では、いよいよオンラインの講義が始まるのだそうです。すごい時代になってゆくかのもしれません。オンラインで学ぶことが、もしもこれを出発に「当たり前」になったなら。例えば東京の大学に合格して通うのに、北海道の大学に通うのに、その土地に部屋を借りてそこに移り住んで、というこれまでの常識はなんだったのだ!?というようなことも起こりうる。体が不自由だったり長期入院などでこれまでの世の中では毎日通学することが絶対に叶わなかった子どもたちにも、平等な教育を受けることのできる可能性が、ぐっとますのかもしれない。みんな、それを願っていたかもしれない。オンライン授業になることで、不登校気味だった子や その子のお母さんが元気になれたり、学校を大好きだった子の方が、逆に元気を失ってしまったり、環境は、突然変わる。世の中が、大きく変わる。教育のお金だって、これからはどう落とすべきなのか。ついこないだまでの常識や情報なんて、もはや もう。 なんの役にも立たないのかもしれません。 **************************************この夏は ワンピース4枚で暮らそう。そう決めていました。揃いました。いつも通りに、買う気持ち。そして、流通が無事なうちに買いたい、という気持ちも、生まれて初めて、ありました。もう少ししたら、いつも通りに買うこともできなくなるのこともあるかもしれない、と。そんな気持ちで買い揃えたワンピースのお話は、また今度、ゆっくり、ね ( ´▽`)ノ おわり今日もお読みくださって、ありがとう。↓ いつもポチッと「来たよ」と知らせてくださること、とても嬉しいです。にほんブログ村家族みんなが元気でいてくれることは、決して、決して、当たり前ではないことなのですね。今週は寒の戻りでしょうか、とても寒いですね。どうかみなさま、暖かくして、お健やかな1日を お過ごしくださいね。
2020.04.24

心だけは、別の場所に 持っておこう。そう思った。心の中までウイルスに侵食されてしまわないように。ある楽天ブロガーさんのお話が、とても心に沁みました。「寄り添うことは黙ること」だ、と。誰かに寄り添いたいのなら、言葉を尽くすんじゃなくって。声をあげ続けるんじゃなくて。正義語ってるふりをするのはやめたほうがいい。ちょっと黙ろ? と。 *************************************ああ、本当に、その通りだ。「元気だそう!」という言葉も、「一緒に乗り越えよう!」という言葉も、「一緒に頑張ろう!」という 励まし合うような言葉も、これらは一見「寄り添うような言葉」に見えて、それは、そういう元気を持てない気持ちの時に言われたなら、とてもしんどい言葉だろう。そうなれない自分を責められているような、もう放っておいてくれ!と。 頼むからちょっと黙ってくれ! と叫びたくなるような言葉だろう。正義は、人を、悪意なく、残酷に、傷つける。使い捨てマスクを、こんなに大切に思ったり使ったことなんて、人生で1度もなかったなあ。 **************************************思春期外来を専門にされていた、ある心療内科の先生のお話が好きでずっと心の支えに読んでいた時期があります。(先生のお名前は「北島晴夫先生」とおっしゃいます)先生はとても悲しいことに、もう他界されてしまわれたのですが、先生の教えは、今もわたしの心の深いところに。ご存命中の先生のブログでは、思春期の子育てに悩む親に対し、子ではなく親が変わることの大切さ、というか、それが「全て」なのですよ、と。 決して子をいじくり回して「自分好み」に変えようとしないで、という・・・S D K S + CS= 信じるD= 黙るK = 聴くS = 全て任せる+C =(親自身が)変わる変わるべきは「親」なの ですよ、どうか気づいて、と。子を「信じる」ことをせず、良かれと思って口出しすることにばかり必死で「黙る」ことをせず、子の話や心の声に耳を傾けること、「聴く」ことをせず、任せてはおけない、とばかりに何もかもを親の価値観でもって先回りして仕切り倒し・・・支配する。それらの行為は全て、子のエネルギーを奪う。その子がその子らしく生きる力を奪う。子どもの心のエネルギーを奪い尽くし、支配しやすくし、パンパンに膨らんでいたはずの心のエネルギーの風船をしぼませているのは、他でもない「親」なのだ、と。子を一番いじめているのは「親」なのですよ、と。黙ってみてください。もう今までに、嫌というほど口出しはしてきたでしょう?もう充分ではありませんか?だからお母さんは、とにかく黙って。と。ひたすら、ひたすら、ひたすらに提唱されておられた先生でした。変わるのは、「親」の方ですよ、と。 親が「黙る」ことの大切さ。 *************************************「黙ること」を、簡単だと思われますか?わたしは、冗談抜きで頭がおかしくなりそうなくらいに難しかったです。口出しせずにいられないことを大変だ!ああ大変だ!と思っていたのに、実際には 全くの逆で。「黙る」ということの・・・なんと、なんという難しく苦しいことか。経験したこともないほどの忍耐と辛抱と冷静さが必要でした。いちいち口出ししている方が、どれほど「お気楽」だったのかを知ったのです。口出ししている方が安心なんですね。自分が。 そう「親」が。「あなたのためを思って」の全ては、本当は「自分が安心したいため」だった。自分が、どれほど愚かで幼稚で、楽な方を選んで、子を信じることのできていない親であったかのを、思い知ったのです。好きな香りのバームでハンドマッサージ。 好きな香りは、心を優しく鎮めてくれますね。ナプラ エヌドット ナチュラルバーム 45g / スタイリング ヘアケア napla *************************************人は、心配や不安があると、何かしないといられない性質があるそうです。こんな事態の時には、現代人は、 SNS を、そのはけ口にしてしまいやすい。黙っていられない想いや不安を、喋りたくなってしまう そして自分が不安だから、自分が安心したいから、「一緒に乗り越えましょう!」と言いたくなってしまう ← わたしですね文章に書くと気持ちが落ち着くのは、可視化することで頭が整理されてゆくのと同時に「吐き出して」いるから、なのですね。ああ。 少し、黙ってみよう。ブログで黙ってしまったら ブログの意味をなさないのですけれど、黙る、と言うのは 喋らない、という意味なのではなくて、感じたことを何もかもだだ漏れにしてしまわないで、ちゃんと自分の中で、一旦、黙ってみよう。そして、それでもお話しさせていただきたいことだけを、ちゃんと、話そう。何でもかんでも、じゃなくて、「不要なこと」を ちゃんと黙りながら話すことも、できるはず。 ***************************************少し前にお話しさせていただいた「知的」の話とこれはとてもよく似ていますね。知的である、というのは頭脳が明晰であるかどうか、という話ではなく、自分自身の弱さとどれだけ向き合えるか、ということであり、大変な忍耐と冷静さを必要とするものです。ああ、知的であることに求められる「忍耐と冷静さ」。黙ることにも求められる「忍耐と冷静さ」。「忍耐と冷静さ」が・・・わたしには とにかく足りていないんだ。人生において、ずっとずっと欠落しっぱなしなんだ。子育てで気づかされ。 新型ウイルスに気づかされ。それでもまだぜんぜん身についていないから、卒業できていないから、なんども 気づかされるようなことが起こるんだ。いや違う。「黙る」を学ぶ チャンスなのかもしれない。今、この新型ウイルスによって、わたしは「学ぶチャンス」を、もう一度、与えられたのかもしれない。ずっとこもっていて、表情が変わらないので、顔がこる。 顔が四角くなりそう(笑)顔のマッサージがこんなに気持ちがいいことも・・・今回の出来事で、改めて知りました。【数量限定特典付き】 リファエスカラット ReFa S CARAT リファ リファカラット リファsカラット MTG 美顔器 美顔ローラー フェイス マイクロカレント 公式 remo0420今、世の中は。思うようにならないことが起こっています。文句を言うのも、批判するのも、怒りをぶちまけるのも、簡単なことです。不安だー、こんなの嫌だー 。・゜・(ノД`)・゜・。 と感情のままにわめき散らすことも。黙って、耐える。ことの成り行きを、静観する。こんなことが起こってしまった「意味」を わたしはどうしても知りたいから。そうか、 自粛! 自粛! と やかましく騒ぎたてるんじゃなくて・・・・今は、黙って、耐えてみよう。 **************************************S D K S + C この国の未来を信じて(S)ちゃんと黙って(D)デマに流されず、信頼できる話をよく聴いて(K) そして今は 全てを任せて(S)+C の「C」は・・・「CHANGE」の「C」。世の中が、どんな風に「チェンジ」してゆくのか・・・どんな風に変わってゆくのか、この目で見てみたい。S D K S + C は、きっと、子育てにおける課題、なんかじゃない。自分を育てるための課題だったんだ。忍耐強く、冷静に・・・ 1日1日、もう一度、わたしを。自分で自分を、今こそ。 根気強く「育て直して」みよう。 おわり「+C」は「チェンジ」なのですけれど、もしかしたら「チャンス(chance)」の「+C」、でもあるのかもしれないですね。わたしのブログを、今日もお読みくださって、ありがとう。にほんブログ村読者さまが、読者さまの大切な人が、今日もどうかお健やかであってくださいますように。
2020.04.22

「お前は自粛貴族だ。」と、誰かから罵られたわけではないのですが。これ・・・ わたしのことだ・・・ という気持ちになりました。・十分な貯えがあり、仕事を休んだり、また辞めたりすることができる人。 またはリモートワークで働くことが可能で、外出自粛することの叶いうる条件にある人。・そういう人が、「うちで過ごそう」だとか「外出自粛しよう」などと、 まるで正義のように声高に叫ぶこと。十分な貯えがあるかどうか、は別として。自粛格差というのが根底にあって、の、揶揄。貴族いいわね! 素敵ね! という言葉じゃなくって、怒りや蔑視から生まれた言葉。わたしの発信させていただいている「#うちで過ごそう」は、うちで過ごせるんなら、私だってそうしてるわ! という今、うちで過ごすわけにはゆかないお立場にある方々の逆鱗に触れてしまうこともあるのだろう。4月は雨が多いですね。 次の晴れ間を狙って洗おうかな。 こんな気持ちの、こんな時こそ・・・「タオルの総入れ替え」で、気持ちを上げてゆこう! ****************************************「#うちで過ごそう」 は、どうしても出かけなければならない方を。「#ソーシャルディスタンス」は、それが、叶わないお仕事に従事されておられる方を。とても傷つけ、悲しいお気持ちにさせる、無神経で軽率な言葉となりうるのですね。もともとは「自粛貴族」というのは。今回のことで在宅勤務になった旦那さんに向けての揶揄、として生まれた言葉のようです。新型コロナは。一部のご家庭で、夫婦関係や家族関係に暗い影を落としているとも言われます。お子は休校、夫婦ともに在宅勤務になるなどして、期せずして「家族がともにする時間」が増え過ぎてしまったがゆえ、に。絆を深めているご家族も、もちろんあると思います。このあいだのくらためちゃんの日記「【短いブログ】あの人の別の顔。」は、本当に素敵だったなあ。 なんだかキュンとなって、涙が出ちゃった。くらためちゃん、どうか、どうか、どうか お元気でいてください (´;Д;`)しかしネット上には「悲痛な声」の方が、実際には断然多い。女性たちから発せられるのは、仕事、子育て、家事の三重苦についての SOS。それなのに夫は食事の準備すらせず、自由にテレビを見たり、ジョギングに出かけたり。お前は貴族か!!!「自粛貴族か!!!」 と。その感情が、次第に「対・同性」にも。 女性にも、そしてあかの他人に対しても向けられるようになった言葉、というのが、「自粛貴族」なのですね。 ***************************************「#うちで過ごそう」 も「#ソーシャルディスタンス」も。不要不急で遊び歩こうとすることや、今おかれている状況を鑑みることなく大勢で集まり感染拡大につなげてしまうようなことや、そういう方向に向けて発せられている言葉であって。わたしもその一心で、「どうかご無事でいてほしい」という一心で発信している気持ちでいても。それであっても。お立場が変われば、よくもまあそんなことが言えますね! この自粛貴族めが! と言われても仕方のないことなのでしょう。気をつけて、悩みながら、言葉を選んで発信できるよう努めても、ムカつく言葉になってしまうことは避けられないのでありましょう。悲しくても、仕方ないのでありましょう。それがわたしの力、なのだから。 わたしの文章力の及ばなさ、なのだから。ミニマリストのお楽しみ。全捨てからの総入れ替え。旧タオル、今回は1年以上使っちゃった!フェイスタオル 10枚セット 日本製 260匁 | まとめ買い タオルセット タオル 白 泉州タオル 白タオル 業務用タオル 粗品 ご挨拶 御挨拶バスタオル 日本製 バスタオルセット 泉州タオル 3枚セット今だけポイント3倍 バスタオル 白色 ホテル 業務用 60cm×120cm「貴族」のことを、調べてみました。平安時代の貴族は、蹴鞠(けまり)したり、和歌を嗜んで、好きなように暮らし、1日中お気楽に遊んでいたように見えて。貴族の朝は、めっちゃ早かったのだそうです (午前3時起床) Σ(゚д゚lll)そしてそれらの「遊び」の全ては、お遊びのように見えて、実は全ては「自分磨き」であったのだ、と。「自粛生活」も、そういう側面があるのかもしれない。だらだらと寝過ごし、不規則に暮らし、堕落してしまうのではなくて、その中でどれだけ自分を「律すること」「磨くこと」ができるか、ということ。そうか、それならば。もういっそ「貴族」を、わたしは本気で目指そう。まっすぐに、素直に「貴族」の心意気を、目指してしまおう。規則正しく暮らし、遊んでいるように見えて、自分磨きを忘れない。「自粛貴族」が揶揄の言葉でなく・・・ いつか「いい言葉」に、「誇らしい言葉」となるように。どんなときも、どう捉えるかは。どう生きるかは、いつも、自分次第なんだ。 おわり発信することをしばらくお休みしようかな、と、ときどき考えます。↓ わたしは、更新を続けていてもいいのでしょうか。どうか教えてください。にほんブログ村わたしの日記を楽しみにしてくださる方がいてくれる。 自粛生活の中での、楽しみな時間に思ってくださっているかもしれない。そう思って書いていますが・・・それも間違っているのかもしれない、と、ふと感じてしまうことがあるのです。今日もお読みくださって、ありがとう。
2020.04.20

医療崩壊が起きてるのは ICU で、ほとんどの病院は 3割減はザラで 経営危機になっている。みんなが出歩かなくなって 交通事故とかも減ってるようだ。これはこれで 危機なんだよね。 堀江貴文氏のTwitterよりもしもわたしがこのあいだ 病院に行っていなかったら、このツイートを見ても、信じられなかったかもしれない。わたしがこのあいだ 垣間見たのは、医療の現場の、こちらよりの側面だったような気がする。普通病棟は。面会を禁止にされている関係で、フロアには、患者さんと、看護師さんしかいない。とても「静か」だった。わたしがこれまでに見たことのある あらゆる病院のシーンの中で、もっとも静かで、とにかく「人」が少なかった気がする。つまりは、空いて(すいて)いたのです。 がらーん としていたのです。サングラスの季節がやってきました。角膜からの感染を避けるためにも、今年は積極的に装着! ***************************************感染症病棟や、ICUの最前線の凄まじい様子を、わたしは知ることができません。入院してその目で見た患者さんと、必死で働いてくださっておられる方々しか、現実や事態を知ることは、難しい。わたしの見た病院は、とても空いていた。いつもは3時間待ちのような人気の耳鼻科さんであっても、今はガラガラなのだそうです。「病院関係の全てが忙しい」というのは、実際にはやや異なるのかもしれない、という事実。今はよほど緊急でもない限り、おそらく誰もわざわざ病院には行かないです。行きたくないです。「経営支援」が必要なのは、自粛要請されたお店だけでなく「病院」もまたそうなのだ、と聞こえ始めてきている事実。よほどのことでない限り、今はみんな病院へは行かないでしょう?病院に通うのが日課になっていたかもしれないお年寄りたちが、まず行かない。この時期混んでいそうなイメージの小児科であっても5割減などはザラなのだそうです。交通事故や部活動によるケガも減っているので、整形外科もまた、そうだとか。大きな病院では手術の数も軒並み減ってしまっている、と。こういう報道って、あまりなされないですね。報道って・・・偏っていますよね (;_;)家にいて報道を見ていると、あらゆる病院の全てがICUのようなことになっているような恐怖をイメージしてしまいます。もちろん、無症状の感染者さんだってあるわけですからふつうの病院たりとて、いつ急にどうなってしまうかわからない状況なのですから危険と背中合わせの中で命がけで診察をしてくださっていることが同じなのは、疑いようもありません。それなのに。かたや忙しすぎて崩壊。かたや閑散としすぎて崩壊。そんな両極端なことが、今、起ころうとしているの・・・(;_;)? 不景気になると、人は白い服を手に取りたくなるのだそうです。 なんだかわかる気がします。 ***************************************下世話なワイドショーならともかく、まともなニュース番組であってもこの度のことで窮地に陥っておられる職業として取材する先は、いつも決まって居酒屋さんとか外食産業とか、スパ施設、カラオケやスナック、そういう切り口ばかりで。患者さんが減ってお医者さんが困っている、という想像を、わたしはしたことがなかった。病院は今、どこもかしこもひっくり返ってしまうほど慌ただしいことになっている、というイメージでいたわたしは、このあいだ見た、あまりにふつうな様子の病院に、心底面食らってしまったのです。わたしの思ってたのと、覚悟してたのと、違うぞ。と。この方々にご迷惑をかけないために、元気でいよう!と強く思った。けれどそれも行きすぎると、病院の経営そのものが立ち行かなくなることもある、だなんて・・・【SALE/15%OFF】UNITED ARROWS 【別注】<AthenaNewYork(アシーナニューヨーク)>SHIHOTANBODYハット ユナイテッドアローズ 帽子/ヘア小物 ハット ブラック【送料無料】↑ セールで15%OFF。3000円クーポン&3000ポイントになってた! 今日買えばよかった (;_;) ***************************************交通事故が減ったり、病気で苦しむ患者さんの数が減るのは、日本という国にとって とても良い事なはずなのに、それによって病院の経営が傾く事態の可能性の深刻さについてはほとんど報道がなされない。ある意味、これも医療崩壊だ!と。 お医者さまの立場の方がおっしゃっておられました。需要と供給というのは。楽しいお買い物や レジャーやサービスや 飲食店だけじゃなくて。たとえ「医療」であってもそういう側面があるのだ、と気づかされました。詳しいことを知ってもいないのに、とんちんかんなことを書いてしまっていたら、ごめんなさい。患者さんあっての医療、ということなんだなあ・・・と。患者さんが減りすぎることもまた「医療崩壊」なのか、と。子育て期、わたしの知っている「病院」は、いつも混んでいた。 待合室はいつも悲しいくらいにいっぱいで、わたしはお子を膝に乗せ、待ってばかりだった。こんなこと、だから考えたこともなかった。コロナの患者さん、もうこれ以上増えないでほしい。減ってほしい。どうか亡くならないでいて欲しい。病気になってしまう方も 事故に遭われる方も、部活でケガをするお子さんも、減ってほしい。けれど、それも「医療崩壊」だなんて。みんな同時には叶わないなんて。こっち側から考えたことは、なかった。わたしが病院で肌で感じた 不思議な気持ち、異様な気持ちの正体って・・・ これだ。こんな時には。家族の誰にも病院だけには行ってもらいたくない、と誰もがそう思っていると思います。そうすることが、医療の現場を守ることに繋がるのだし、わたしが今回のことで唯一「医療」に貢献できること、というような気さえしていました。そうじゃない側面がある。気づかなかった。 知らなかった。だからもっと病院へゆきましょう!と申し上げたいのでは決してなくて、そちら側の側面に考え及ばなかった「己の無知さ」にわたしは、ショックを受けたのです。たとえばお仕事がテレワークになって。「通勤」がなくなって。それをすごく嬉しい! 通勤なんて無駄だった!と感じる方と、通勤時間があったからこそ、帰りに買い物によることもできたし、スムーズに ON ・OFF の切り替えができていたのになあ、と気づいた、という方もある。通勤というあれは、あれはあれで、必要な「無駄」だったのだ、と。交通事故が減って。 手洗いやうがいが徹底されたことで、風邪の患者さんが減って。経済活動が制限されたおかげで 空気や水がきれいになって。これらは「いいこと」なのに。いいことのせいで、今度はそれでバランスが崩れることもあるのだ・・・という。 *************************************コンビニよりもたくさんある歯医者さんなんて、もう この先 一体どうなるのだろう。来月の予定の「歯科検診」も、わたしは迷っています。歯科定期検診、みなさまは、いかれますか?わたしは、見送ろうと思っています。世の中が落ち着くまで、自分でできる限りのケアしようと思います。虫歯があったり、急なことでないのに歯医者へ行くのは、今は怖いです。歯科検診。 あんな「密」なことってないです。「ディスタンス・ゼロ」ですもの。 (´;Д;`)けれど。そういう自粛が。同時に何かを「崩壊」させて行ってしまうのかと思うと・・・とても罪深いことのように感じてしまうのは、きっと わたしだけではないですね (;_;)これは。 きっと、今。心の底で、それぞれの方が それぞれに感じている、言葉にできない「罪悪感」と「苦しさ」なのでしょうね。 おわり今日もお読みくださって ありがとう。 ↓ 一緒に考えよう。一緒に乗り越えよう。のポチッと、ありがとう。にほんブログ村雨が上がりました。 とても空気のきれいな日曜日の朝、です。今日も、家族揃って、うちで過ごします。 うちで過ごそうね ( ´▽`)ノ
2020.04.19

緊急事態宣言が、対全国に拡大されましたね。<今回の事態を受けて、わたしがすごく変わったところ> ・トイレロールの備蓄は以前より多めに。 ・お米の備蓄も、以前よりも早めに。 ・常温保存できる食材(缶詰・レトルト・乾麺など)を多めに。 ・ドラッグストアに行く回数は少なめに。<今回の事態を受けて、わたしがほとんど変わっていないところ> ・それ以外のほとんど全て。今年は諦めたこの季節のシーズンドリンク。来年の春にはいけるかな?(ショップのH.P より) ****************************************この間 どうしても病院へ行かなければならない用事があって、そこで、はっと気づいたことがあります。何に気づいたのかと申しますと。至極当たり前のことなのですが。人間が罹る病気は「コロナによる新型肺炎だけではない」ということです。それとは全く別の病気で入院されておられる方もたくさんおられること。ケガによる入院を余儀なくされておられる方も同様であること。受付では検温があったり、出入り口を1箇所にしたりされていますが、普通病棟の内部は、とてもいつの通りの落ち着いた様子であった、ということ。 *****************************************家にいて、報道を見ていると。今はとにかく「コロナ」で。いちばん気をつけなければならないのはもちろん疑いようもなき事実、なのですが、あまりにも コロナ「だけ」に気を取られ過ぎてしまっていると、他のことに目がいかなくなって、別のことがおざなりになってしまったり、他の「日常的な危険」をうっかり見落としてしまうようなことがあれば・・・それはすごく怖いな、と感じたのです。フローズン的なおやつを求め焼き芋を凍らしてます。薄くスライスして凍ったままいただきます。丸ごと1本一気に食べてしまう あの危険を防げます ( ´▽`)ノ *****************************************昨日の日記でも少し触れさせていただきましたが、わたしがわたしに、自分で自分に課している「自粛目標」は、 ・食品の買い出し 週1回 ・ドラッグストアの買い出し 2週に1回です。例えば食品の買い出しを、もっと間隔をあけて10日に1回にしてみようか、とかいいやこんな時なのだから、食品が尽きたら怖いのだから、絶えず充実させるために3日に1回買いに行くことにしよう!とかこの事態だから買い方を変えよう、とは、今のところは思っていないのです。これまで通りのやり方で十分だ、と、むしろ感じ始めている。自粛生活に慣れ始めた頃から、そう感じ始めている。生鮮食品のまとめ買いの限界は、やはり「7日間」なのです。1週間が限度だ、と。 わたしはそう思っています。そして、今までどおり、週に1回は冷蔵庫をほぼ空っぽにして、庫内を掃除する。清潔を保つ。管理を徹底する。これなくしては、我が家の食品衛生は保てないぞ、と。ここだけ「白化」は健在中。ミニマリストさんに習い、わたしも、ここの卵ケースは捨てました。保存容器 お弁当箱 レンジ対応 【あす楽14時まで】フロイド ラベルド デリカップ FL20Floyd LABELED DELI CUP ≪Lサイズ≫おしゃれ かわいい カフェ ランチボックス お弁当箱 プレゼント ギフト 贈り物◇スタッキング お花見 運動会スクエアタイプで効率よく収納ができる調味料入れ[セット販売●b2c スパイスコンテナ【3個入り】] #SALE_KT ***************************************新型コロナウイルスがどんなに猛威を振るおうとも、家庭内での死亡理由の1位は「事故」なのだと聞きます。家庭内の事故による死亡は、交通事故よりも多いのだ、と。ある年の人口動態調査によりますと、学校や公共施設での事故が3.5%ほどなのに対して、「交通事故」以外の不慮の事故が起こる場所としては「家や庭」が42.7%と最も多く、家庭内での事故の多さに驚かされます。非常事態宣言は、いよいよ全国に向けてのものになりました。ふだんは学校へ行っていたはずのお子さんが「家」に。家庭に長時間滞在するわけです。お留守番をする賢い子もたくさんいると思う。少し大きいお子さんなら、自分で何か「料理」をすることもあるのかもしれない。そのため用に、便利なレトルトやチルド食品を用意されている親御さんも多いかもしれない。このおやつも活躍中。ずいぶん前にまとめ買いをしました。メール便が嬉しかった。楽天年間ランキング受賞!選べる12種類! OH!オサカーナリピーター殺到の健康骨育 アーモンド小魚|カルシウム ナッツ 小魚アーモンド アーモンドフィッシュ オメガ3 EPA DHA 送料無料自分のうちの冷蔵庫の中にあるものは安全だと、子どもは無条件に信じているところがあります。今日買ってきたばかりの新鮮な卵と、先週の残りの、もう生食には適さない卵との区別が、大人は感覚的にわかっていても、子供には それがわからないこともある。ウイルスもとても怖いけれど、そういう「コロナ前」からあった、日頃から、昔からずっと怖かったことを、コロナが怖すぎるあまりに、すっかり忘れてしまいそうで。食中毒は、本当に怖い病気です。これから気温は一気に上がります。昨日常温で大丈夫だったものが、たった1日のことを境にそうでなくなったりもします。どんなに不安でも。 冷蔵庫に、限度を超えて「詰め込みすぎること」は だからとても危険です。保存性が失われます。 冷蔵庫は万能ではないのです。レトルトとチルドの勘違いによる食中毒も、命を落とすことがあるくらいに怖いもの。常温保存が可能な「レトルト」。要冷蔵な「チルド」。子どもでは見間違えてしまうほど、区別しにくい商品もあります。大人がしっかり管理しなければ。 家庭の「食品」だけは。 買い出ししたばかりの野菜室はこんな風ですが。買い出しの前日には、いつも通りまた空っぽになります。この騒動になった直後は、それが恐ろしいような気がしたのですが、常温の備蓄さえ整えておけば・・・やっぱり冷蔵庫は、この使い方が、一番いい。変えてしまったら、わたしはコロナウイルス ではなく食中毒に倒れるのかもしれない。食中毒は、初期の症状が倦怠感だったり発熱だったりするものもあります。今病院に行けば、まず当然のようにコロナを真っ先にうたがわれ、「食中毒」であることの発見が、大幅に遅れてしまうのかもしれない。 ***************************************脅かすような話を書きたいわけではないのです。ふだんまとめ買いをしたことがなかった方が、この度のことで急に買い込んでしまうようになると、食品の管理を行き届かせるのは、とても難しいのではないかと想像するのです。食品の買い方には それぞれの「習慣」があるから。習慣は急には変わらないです。生鮮食品の買い方は、わたしは変えません。1週間に1回 7日分をまとめて買う。何を買うのか教えて欲しい、と、切望されたことがあるのですが、それはできませんでした。必要なものや数量は、そのご家庭ごとに 驚くほどに異なるものです。わたしのうちの7日間が、そのまま他のご家庭に役立つということはまずあり得ないのです。あれが足らない! これが余った! すずひどうしてくれる!って。 絶対にそうなります(笑) *************************************わたしにとって、自粛生活の日々は。ミニマルな暮らしの良さを再確認するような日々なのです。この事態を受けて、もうミニマリストを捨てる! とおっしゃるミニマリストさんがいらっしゃることを、一人で勝手にちょっとさみしくなっています。お願い、ミニマリストをやめないで (´;Д;`) ! って、さみしくなっちゃう。もちろん、ライフスタイルにしがみつくことは賢明ではありません。変化は素晴らしいことです。 引き留めることなどできません。わたしも、変わるべき時がきたなら、変化を恐れず果敢に変わっていきたい。そう思っているのに、わたし自身が、この度の事態の中でほとんど変わらないでいられるのは・・・わたしにとっての「ミニマルライフ」は、もうライフスタイルを超えた もっとすごい何か、になってしまったのかもしれない。世の中が不安な状態であればあるほど、ものの少ない暮らしの良さを 噛み締めている。自分の持ち物すべて把握できている安心を、噛み締めている。もしも、いま大きな災害が起こったら。もう、避難することも叶わないかもしれないです。避難所がクラスターと化してしまうでしょう? ***************************************ものが少ない暮らしは、やはりどう考えて見ましても「安全」なのです。先述の家庭内事故の話だってそうですし、先日の大騒動だって、少ないもので暮らすミニマリストだけが慌てて買い込んだくらいでは、日本中のトイレロールがなくなるという、あんな事態にはならなかったはずです。ものが少ない暮らしをしている人だけが足らなかった、のではなくて、ものが多い人であっても、トイレロールを買ったのです。ものが少なくても、多くても、そういうときに取りたくなる行動は、同じなのです。ものを多くもっていたら買い占めない人間に必ずなれるわけではない。 *************************************ならば、わたしは、ふんわりと このままでいよう。がらーんと安全で、ものの少ない、掃除のゆきとどいた清潔なこの部屋で、週に1回の買い出しで適正な量の食材を調達し、新しい食品と古い食品とが決して混在することのないよう、完璧に管理する。わたしにとって、これ以上の「安全な備蓄方法」はないと思っています。 ****************************************どんなに精一杯気をつけていても、罹るときには罹ってしまうのが このたびのウイルスの恐ろしさなのだと思います。外出自粛。手洗い。うがい。毎日の掃除。自分にできる限りの対策をしたのなら。これからの季節、同じくらいに気をつけなくてはならないのは「食中毒」だと思うのです。ストレスで、みんながどこかしら弱っている今年は・・・特に気をつけたいのです。給食は、しばらく再開されないことでしょう。そうであれば、こどもたちの食事は、朝も、昼も、夜も、これからも各ご家庭で担うことになります。ウイルスと同じで。「ボツリヌス菌」も「サルモネラ菌」も「ブドウ球菌」も 目には見えないのだけれど・・・それぞれのご家庭の食品衛生意識次第で防げるのが「食中毒」。給食や外食での悲劇は避けようもないのかもしれませんが、むしろ家庭料理であればこそ、多くの場合は防げるもの、なのです。同じ「目に見えない」でも。こちらは「自力」で家族を守れる可能性がうんとうんと高いものですから、ね ( ´▽`)ノ おわり食品のまとめ買いは、最初慣れるのには、わたしはやはりとても長くかかりました。週のおしまいの頃には、何かを傷ませてしまったことが、なんどもありました。↓ うちで過ごそう!食の安全にも気をつけよう!のポチッと、ありがとう。にほんブログ村自粛のお疲れが、どなたさまにも出てくる頃かと思います。短距離走のように飛ばしてしまうことなく・・・マラソンペースで、ともに前進しましょう。どうか、みなさま。 ご家族そろってご無事でいらしてください。
2020.04.17

読者さまは、4億円、持ってますか?わたしは持ってないです。では 4000円なら、どうでしょう。4000円なら、わたし、持っています。「4000円」というのは。お手元にある時、みなさまは、どんな風に感じる金額でしょうか。また、それが手元から離れた時には、どのくらいの「使った感」というのを感じる金額でありましょうか。お皿を準備。 ああ、もう1年くらいは食べられないのかな、と諦めかけていました。 ***************************************4000円というのは。普通預金に「4億円」を預けた時の利息(税引き前)にあたります。 (そんな預け方する人はまずいないと思いますが・笑)お金を貯めるだけでは増えない時代であることは、重々承知しておりますが、4000円もらうには、4億円預けなきゃならないとは・・・ (゚д゚lll)1990年代の初頭、日本中がバブル経済に湧きかえり、株価や不動産価格が高騰をし続けていた頃・・・定期預金の1年ものであっても年利6%、とかでした。年利6%とは、約12年でお金が 「倍」になる水準です。この利回りを、ほぼほぼノーリスクの定期預金で実現できたなんて、当時を知らないお若い方にとっては、にわかには信じがたいことかもしれませんね。本当だったんだよー ヽ(;▽;)ノ そんな「4000円」を、わたしは、昨日、こう使いました。この人の作ったものを食べたい。この人の力になりたい。という一心で漕ぐ。すずひ1号。デリバリーのようなサービスも、もう、今は、気軽に利用してもいいものかどうかをためらいます。配達をしてくれる人がもしも自分の身内だったなら、というような気持ちになってきているからです。もう、これ以上配達をさせたくない、というか・・・(;_;)それでは応援にはならないのだけれど、ほら、台風だったり大雪だったりするときも同じなのですが、たとえばピザ、です。台風に備えて休業するお店と、休業をしないお店とがなぜかあって、お客さんからの需要を思っての善意の「台風の中での営業」であっても、それは、従業員やアルバイト、暴雨風の中を原付でデリバリーする人の、その日働くことになる人の身の安全は、まるで置き去りで。台風の日にピザ食べたい人の欲望と、アルバイトの子の「命」と。経営者が人として守るべきものはどっちだと思ってるんだ! という話で。台風や大雪の日のデリバリーを頼むのは、いくらお店が営業していようとも、それはとても「残酷」なことだと思います。わたしたちが頼まないことでしか、デリバリー担当の従業員さんの安全を守ること、救うことはできない。今の状況も、同じです。しかし「頼まない」ということは、せっかく営業したのにも関わらず売上が発生しないわけですから、お店を苦しめることにもなる。頼んでも、苦しめる。頼まなくても、苦しめる。今の状況と・・・ 同じです。何をどう応援をしたらいいのか、わからなくなってきています。このまん丸はなんだと思う? ああ、ありがたいなあ。自宅でこの味がいただけるなんて。 ****************************************わたしは「デリバリー」を頼むことは もう、しばらくやめようと自分の中で思っています。こう言ってはアレですが、そこまでして食べたいか、と改めて問われたなら、そうでもないような、ものすごく美味しいのか、と訊かれたら ちょっと言葉を濁したくなるような、どちらだっていいようなものを、これまでは、いつも「気軽に」注文していました。ついこの間までは、それをしてもOKな世の中でしたが、今は違う。どうしても注文しなければならない方が、そのサービスに頼らなくてはならない方が、今はきっといるはずです。わたしは、そうではないのだから。これまでも、本当はそうではなかったのだから。それがわかったから。もう、今は。 だから わたし一人でも、やめようと思う。アランチーニ。イタリアの「ライスコロッケ」です。チーズあっつあつ!とろーり ( ´▽`)! ***************************************この人の作ったものを食べたい。この人の力になりたい。この人を助けたい。わたしは 今は、食品の買い出し 週に1回。ドラッグストアへの買い出し 2週に1回、を自分の中での「自粛目標」にしています。出かける回数を増やさないように。週に1回出かける日に、そういうお店に、自力で買いに行く。ドラッグストアに買い物に出た日に、一人で、自転車で。誰とも会わずに、誰とも喋らずに。誰も誘わずに。本当は、お店で、店内で食べたい。友達とおしゃべりしながら。 家族で笑い合いながら。アラカルトのお料理をあれこれ選んで頼んで、冷え冷えのビールで。辛口のスパークリングワインで。応援したくても、どうすることもできなくて、このままあのお店のお料理が食べられなくなったら本当に悲しい。けれど、どうすることもできない。わたしが毎日行くことも、大挙して押し寄せることも、今はできない。そうしょんぼりしていたところへ、「今日からテイクアウトを始めます!」という嬉しいメールが届きました。こちらは自家製フォカッチャのパニーニ。たっぷりのモッツァレラチーズとルッコラと・・・ *************************************デリバリーじゃない。誰かの手を煩わせることなく、自分で買いに行くことができる。わざわざ買いに行くことは、コロナ以前なら面倒に感じたのかもしれない。今は、違う。自力で、このお店を応援することができるんだ。どこにも寄らず。まっしぐらに向かって、お店の外で待ち、疾風のように帰ってきた。デリバリーよりも、ずっと早いぞ!何もできないから。一人でしか行けないから。わたしがもしもお友達と2人でランチに来たらそうなるであろう売上を、想像してみた。パスタコース のときもある。メインもついた もう1つ上のコースのときもある。2人でこのお店にきたときになら、このくらいは支払っただろうという金額は、おそらく「4000円」 くらいだと思った。4000円分ほどの「テイクアウト」を、だから してきました。こんなとき、わたし一人で行って、一人分しか買わなかったとすれば、利益なんてきっと全く出ない。家庭料理でもそうです。一人分だけを作るのって、食材も、ガス代も、一番高くつくでしょう?微力だけれど。応援を続けよう。この人のお店が好きだから。なんかこれじゃまるで 4000円ごとき支払って救世主気取りかよ w、と笑われてしまうのかもしれないけれど、助けたいんじゃない。純粋に、このサンドイッチが食べたかった。この人たちの作るお料理が 大好きだから。久しぶりにこの味を味わえて、嬉しいのは、わたしの方だ。ありがとうございます、って いつもとは違った重みで なんどもなんども わたしにそう言ってくれた。ありがとうって言いたいのは、わたしの方。今回の事態で、お客さんが減ってしまって、「どうしようもないから」と あきらめてしまうことなく、ただ嘆き、コロナを呪い、世の中のせいにして歩みを止めてしまうことなく、動き出してくれて、ありがとう。新たな1歩を踏み出してくれて、ありがとう。この事態の中でも新しいことを始める勇気ってすごい。なんてかっこいいのだろう。わたしが応援することのできる「新しいこと」を始めてくれて、ありがとう。お客さんは、きっと、ずっと、待ってる。友達で。 夫婦で。 仲間で。 ここにまた、集まれることを。店主のあなたがたよりも、もっともっと 待ち焦がれているのかもしれません。挟まれている「もち豚の自家製ハム」は、もうハムを超えた「肉」! ポークソテーみたい! ***************************************経営者のご夫婦のお子さんは、まだ小学生。今日、宿題の課題プリントを学校の下駄箱に取りに行くんだ、と話して下さいました。手渡しによる接触を減らすため、子供たちそれぞれの下駄箱が「連絡箱」のように、今、使われているのだそうです。息子の大学の再開のことも心配してくださって、「オンライン講義が始まると決まったみたいです」とお伝えすることができました。このお店はね。まだお子を産む前から わたしは一人で足しげく通いつめていて、まだお子が一人で座れないくらい小さな頃には、膝に乗せてでも食べたくて、どんなに食べにくくても、顎への頭突きを幾度喰らおうとも、それでも月に1回はここにきたくて。この人の作るパスタを食べたくて。もう少しすると、お子用に小さな取り皿を出してくださるようになって、1人分のパスタを 幼いお子に取り分けているわたしを見て、特別に小さなフォカッチャをもう一つサービスしてくださったりして・・・まだこの時点ではおとーさんを連れて行ったことがなく、おとーさんとお子と、家族3人で一緒に初めて行ったのは、10年くらい前かな。運動会の日の夜の外食も決まってここ。家族の記念日の食事にも、数えきれないくらい訪れました。もう25年くらい通い続けている、大好きなお店なんです。行き帰りに通った道に咲いていた満開のモッコウバラ。桜の次のお楽しみは、この淡い黄色。 ***************************************そんなことを思い出しながら、膝に乗せたお子の愛おしい重みを思い出しながら、漕ぐ、漕ぐ、自転車。進め、自転車! すずひ1号!今は、電車にもバスにも乗るのは怖い。わたしは運転もできない。けれど、自転車がある!また必ず買いに来るからね! ここを乗り越えることができたなら、店主も、お客さんも、どんな嬉しい乾杯ができるだろう。みんなこの店を愛している。わたしの作る「うにクリームパスタ」のお手本も、このお店。この店の味がわたしの目標です。 *************************************胃袋を掴まれた人は、離れません。 あなたがたご夫婦が今日までに培ってきた、わし摑みに掴んできた、たくさんのたくさんのお客さんの胃袋を、どうか今こそ信じて・・・どうか、どうか、乗り越えて欲しいです。 ***************************************あれ? 何に使ったっけ? というような。お財布から、何の気なくなくなってしまうこともある「4000円」というお金は、4億円という超大金を普通預金に預けてようやくもらえる利息であり、大好きなお店を応援することもできる「4000円」であり、どう使うか。 4000円ほどのお金を支払った経験は、これまで何千回とあったのだろうに。こんなに心を込めて支払った「4000円」は、昨日が初めてだったように感じました。言葉にできない思いを託すような。 祈るような。熱い熱い・・・ 熱い「4000円」だったのでした。 おわり最新は「自宅以外のトイレには入らない」ということにも 実は密かに取り組んでいます。帰巣本能が刺激されるのか、外出時間が自ずと短くなるという効果が わたしにはあります。↓ 長い日記を読んでくださってありがとう。 こんな時にも、いつもポチッとありがとう。にほんブログ村飛沫とか、ドアの取っ手とか、レジかごやカートの持ち手とか、お金とか・・・そういうものからの感染が怖い、怖いとばかり思っていましたが、結局は、そういうものを触ったことによる自分の「手」こそが、自分に対する1番の感染源なような気がしてきました。だから 手を洗う。 ひたすらに。 丁寧に、洗いましょうね。 手で顔を触るのを気をつけましょうね ヽ(;▽;)ノ
2020.04.16

「補償」がどうなるのかわからないままだと、「要請」を受け入れることは、難しい。要請と補償が一人歩きで、特に補償の方はどっかに彷徨ってしまって。国の補償などもはや信じられないから。 あてにできないから。おめおめ自粛などできるものか!と。今のままですと。「自粛し損」みたいな気持ちになるのも、無理もない。損、というより・・・ 怖くて休めない。要請だけを受け入れて自粛してしまったなら終わってしまう、というような。精神論になってしまうけれど、たとえば 安心して休業できるだけの補償をまず先に発動してくれたなら、国はこれだけのことをしてくれた!その思いに応えなければ! よし、ちゃんと約束守って自粛しよう!というような、「受けたご恩をかえす」みたいな意識を感じやすいのは、日本人の素晴らしい国民性であり特徴のような気がするのです。お金だけもらっといて自粛しない人をみれば、世間は相当厳しいはずです。卑怯だぞ!と。 恥ずかしくないのか! と。馬鹿なのか!と。 今年の桜は・・・とっても長い間咲いていてくれたような気がしませんでしたか? *************************************わたしたちは「頭が悪い」とか「馬鹿」だとか、「卑怯者」とか「恥ずかしい人」だとか言われることを極端に嫌うところがあります。ちゃんとした人に見られたい、責任を果たそうとする人、ルールを守れる人だと見られたい、卑怯者や恥ずかしい人にはなりたくないと、多かれ少なかれ、そう思っている。つまりは、できれば「知的」でありたいと。それが人間そのものの優劣を決めるかどうかは別として、知的であることは、多くの場合、世の中においてはたいそう有利であるし、「知的」と言われて気を悪くする人、怒り出す人も・・・ 恐らくは、いない。では、「知的」って、一体なんなのかな。どのような人物を知的とするか、という判断には個々の「好み」みたいなものも大きく関係すると思います。「知的」のものさしは、とても混沌としている。 **************************************** 「知的」とは。 ある大学の先生がなさったお話を、このようにまとめておられるとても含蓄深いコラムに出会いました。人間の属性と知性との相関は いまだよくわかりませんが、その人が「知的」であるかどうか、について、少なくとも私が判断をするときは5つの態度を見ています、というお話。 *************************************** その「5つの態度」とは。1)異なる意見に対する態度知的な人は、異なる意見を尊重できるが、そうでない人は、異なる意見を「自分への攻撃」とみなす。 2)自分の知らないことに対する態度知的な人は、知らないことの存在を喜び、怖れない。また、それについて学ぼうする。そうでない人は、知らないことがあることを恥だと思う。それを隠し、学ぼうとはしない。 3)人に物を教えるときの態度知的な人は、教えたことが伝わらない場合、「自分の教える力の無さ」ゆえ、と思っている。そうでない人は、「相手に理解する力が無い」と思っている。 4)知識に関する態度知的な人は、知識全般を尊重する。そうでない人は、自分にとって役に立たない知識を蔑視する。馬鹿にする。 5)人を批判するときの態度知的な人は、相手の持っている知恵を高めるための、「より良くなるための批判」をする。そうでない人は、「相手の持っている知恵をおとしめるための批判」をする。 知的である、というのは頭脳が明晰であるかどうか、という話ではなく、自分自身の弱さとどれだけ向き合えるか、ということであり、大変な忍耐と冷静さを必要とするものです。 そういった態度の全てが、「知性のバロメーター」になると私は考えます。 と。まるでわたしたち人間を励ますように咲いていてくれた。芽吹き始めた新緑の葉桜は美しいなあ。 **************************************偏差値って、なにかね。そういう気持ちにさせられるコラムでした。わたしの中での知的の象徴というは、「山中伸弥教授」なのですが。知的な人は、話し方が静か、という印象があります。決して やかましく話さない。世界中がウイルスと戦い、なんとか制圧しようと敵視しているときに、教授は、もう、制圧は困難です。と。今はもう「ゆっくりと受け入れる時です」と。正しく畏れ敬いながら、ゆっくりと受け入れる時。 と。こんなこと、あの時点で言っている専門家・・・ 誰もいなかったと思う。 ***************************************ウイルスに、もしも「意思」があるのなら。敵視し続けられれば、攻撃の手を決して緩めないのかもしれない。制圧しようとするものに対しては、ますます攻撃しようとしてくるのかもしれない。甘くみればみるほど、容赦しないのかもしれない。一方、畏れながらも受け入れる、という感覚。とても悲しいことですが、こうなってしまった以上、もうそうするしかないというような。まさに、1)異なる意見に対する態度 を、ウイルスから試されているような。人類の「知性」を 試されているような。知的な人は こうなってしまったことを尊重する(受け入れる)ことができる。そうでない人は、こうなってしまったことを「全人類への攻撃」とみなす。敵視し、制圧しようとする。ああ・・・5月の新緑の下を、帽子をかぶって散歩できたらいいなあ。 季節は流れる。 必ず、過ぎる。 *************************************「ウイルスを尊重する」だなんて。そんな高尚な精神は、残念ながら、このとおり持ち合わせてはいない「愚」丸出しなのが わたしです。毎日悲しいですし、どうか収束してほしいと 身勝手に祈るばかりなのです。受け入れるのは、とても、とても、むずかしい。けれど。この自粛生活に、わたしは だんだん「慣れて」きました。自粛させられている、という 受身的な、被害者的な気持ちではなく、自分の意思で今は自粛しているのだ、という・・・自主的で能動的な気持ち。自分にできることは 悲しいくらいに小さいし、本当に、何もできないのだけれど。だったら、そのまま、何もしないでいよう。 大人しくしていよう。怒ったり、イライラしたり、ウイルスを恨んだり呪ったりするよりも。そのまま を 見ていよう。 生きてみよう。この世の中に従おう。 そんな気持ち。なんだかうまくかけませんが、ちょっと「あきらめた」ような・・・そうしたら 心が楽になったような・・・早くこうなってほしい、早くああなってほしい、と考え続けることは思いのほかツラく、それが余計にストレスになってしまうことを知った。それなら今は。 ただ、ここに、こうして居よう。季節が巡るように。 いつか必ず過ぎてゆく。 きっとなにか 意味がある。それが何なのか わたしは知りたいから。自分自身の弱さとどれだけ向き合えるか、ということであり、大変な忍耐と冷静さを必要とするものです。忍耐。 そして、冷静でいること。そのとおりですね。わたしはここで、待っていたい。マスクを外して桜の木の下を歩ける日を。 思いきり深呼吸できる日を。ウイルスを畏れながら。 何もできない自分の弱さと向き合いながら。おとなしく、そして、忍耐強く、冷静に。 待っているよ。 おわり昨日は、この事態になってから、初めて「医療の現場」に触れる機会がありました。↓「私も待つよ!」「 家で過ごそう!」のポチッと。いつもたくさん、ありがとうね。にほんブログ村わたしにできることは、娘のような年齢の、ここで働く方々をこれ以上困らせることなく、とにかく元気でいること、家にいることなんだ、という強い気持ちを・・・新たにしました。お読みくださって、ありがとう。「ようせい(要請)」って打つと、しつこくしつこく「妖精」って出て、全く覚えようとしないわたしのパソコンなんとかして・笑
2020.04.14

「こんな時でも、みなさん、おしゃれ心を忘れずにいましょうねー!」 そんなことを申し上げたいのではないのです。 発信の意図はそんなところにはない、ということを、 どうしたら伝わるだろうか、と 悩みながら 悩みながら、書いています。 ************************************** 今、美容院に行こうかどうしようかと迷っている方がいらしたとして。 迷いながら、たまたまわたしのブログを読んでくださったとしたなら、 そのかたを 止めたい。 止められるかも知れない。 そう願って、この日記を書いています。 髪が伸びて、伸びて伸びて伸びてしまって、どうにも収拾がつかなくなったとしても。 「帽子」があれば、隠すことができる。 わたしには「帽子に隠れて生きていた時期」というのがあるのです。 ずっとずっと昔の日記にも、少しだけ書いた記憶があります。 謎のめまいに襲われて、 なかなか外出がままならなくなり、長時間の一人での外出が怖くなり、 丸1年以上美容院に行けなかったことが、わたしにはありました。 40代のはじめ頃のことでした。 伸びきってバサバサの髪になってしまったわたしの 心の支えは「帽子」でした。 帽子があれば、髪を隠すことができる。 前髪を上げてしまって、毛先さえそれらしくどうにかすれば、ちゃんと見える。 それを思い出したのです。 あの時と、かぶる理由は異なりますが。 だたそれだけのことが、「髪ボサボサのままの自分」や、 美容院に行けない時期の心を、とてもを支えてくたことを思い出したのです。 帽子があってくれるだけで、「安心」だった。 美容院に行けないストレスを救ってくれた。 ************************************** 今、ちょうど美容院にすごく行きたい時期に差し掛かっていたとして。 他でもない わたし自身が まさにそうなのですが。 福岡で発生したクラスターの報道で、 どうするべきか、と 迷っておられる方が、 もしかしたらいらっしゃるのかも知れない。 行きたいけれど、なんだかちょっと怖いなあ。と。 だったら、どうか。 どうか行かないでほしい。 そう伝えたい。 こんなことを言ったら、 美容院の人に恨まれてしまうのかも知れない。 けれど、今は、今だけは。 あなたのために。 美容師さんやスタッフさんのために。 みんなのために。 そうか、確かに帽子があれば、 もうちょっとこのままでも、秋くらいまでカットしなくても大丈夫かもしれない。 そう思って、どうか今は思い留まってほしい。 堪えてほしい、と、思った。 わたしは今日も「大五郎」だ。 帽子は、大五郎を隠すこともできる。 嬉しく出かけて行って、どこかでお茶をするために脱ぐ、ということも、 この夏は、きっと叶わないだろう。 かぶったままでかけ、かぶったまま帰ってくる。 スーパーとか、ドラッグストアとか、健康のために近所を歩く、とか。 そういう外出しか、わたしには、ないだろう。 わたしが大五郎であることは、 だから、わたしと、家族(と読者さま)しか、知らない。 UNITED ARROWS 【別注】<AthenaNewYork(アシーナニューヨーク)>SHIHOTANBODYハット ユナイテッドアローズ 帽子/ヘア小物 ハット ブラック【送料無料】 選ぶ帽子は、とにかく「覆う」面責の大きいものにしようと思いました。 ドクター中松?さんの開発なさった、 顔全体を覆ってしまう、まるでサンバイザーみたいなフェイスシールド的なマスクが、 コロナの対策に実はとてもいいのだというニュースを見て、 つばのなるだけ大きな帽子を深くかぶり、 さらにマスクをすることで、 少しだけ似たようなの効果を期待できるのではないか、と。 たとえ樹脂でなくとも、 頭および顔面を覆い隠すことには意味があるのではないか、と ドクターすず松は、勝手に想像を膨らませたのです。 しっかり被れば、アゴしか見えないのが この帽子です。 *************************************** ウイルス防御をしながら、 紫外線を同時に防ぎながら、 ボサボサに伸びてゆく髪も隠す。 美容院で使うはずだったお金で、わたしは「帽子」を買いました。 ************************************** 読者さんに、感染してもらいたくない。 美容院に行こうと思っていたけれど、思い止まろう。 その代わりに「帽子」を持つことも、 それもひとつの考え方かもしれない。 美容院は、今は自分のために、 そしてみんなのために、我慢しよう。 今日は、うちで過ごそう。 そう思ってくださる方が、 もしかしたら1人でもいてくださったなら。 そう願って、書いています。 写真もたくさん撮りました。 鬱々とした気持ちでの「我慢」ではなくて、 自粛中だけれど、少しでも元気だしてこ! 帽子も楽しそう! って、そう思っていただけるように。 そういう気持ちになっていただけるような写真を、心を込めて撮ろう。 そう思いました。 ************************************** どんな風にを思われるかな、なんて気にしていたら、 こんな日記を書くことはできません。 どう思われてもいい。 発信の意図を、思いを、 ちゃんと汲んでくださる方だけに届いてくれたら、それでいい。 わたしの読者さんは、そういう人ばかりだ。 意図を読み取ってくださる「感性」と「素養」をお持ちの素敵な方ばかりだ。 そういう読者さまのことしか、今はもう、わたしは考えていません。 何かを発信してわたしがどう思われるか、なんてこと、 今 世界中で闘っている方々のご心労に比べたら、まるでとるに足らないこと。 だから。 わたしは、わたしの思いを発信する。 美容院に、今だけは、どうか行かないで。 大好きなサロンに行ける日は、きっとまたやってくる。 その時は、マスクなしで行けるのかもしれない。 「うわー、伸びちゃいましたねー」なんて、楽しくお話しできるのかもしれない。 顧客からちゃんと愛されているサロンなら、 ずっと待っていたお客さんからの予約がいっぱいで、 3ヶ月待ち、半年待ちとかに、きっとなっちゃうのかもしれない。 わたしは待とうと思います。 何ヶ月先になっても。 その美容院が、好きだから。 わたしだけでなく、多くの方が、きっとそうなのではないかな、と思う。 好きな美容院って、そうそう変われるものではないでしょう? そのお店を好きならば。 愛していたら。 お客さんは、離れない。 美容院だけに限らず、 飲食店でも、アパレルでも、カフェでも、きっとその「愛」は、同じなのだと思う。 お客さんを、どうか信じてみてほしい。 美容院に行くことを反対するだけでは、説得力がない。 行けない間だけ、帽子はどうかな? という わたしなりの打開策。 髪がたとえどんなことになっても、この先、きっとあなたを助けてくれる。 そうお伝えしたかった。 こんな時でも、みなさん、おしゃれ心を忘れずにいましょうねー! そんなことを申し上げたいのではないのです。 あなたに、生きていてほしい。 今はどうか、何か理由をつけて出かけたい気持ちをこらえて、家にいてほしい。 そう願って、書きました。 どうか、わかってください。 おわり お読みくださって、ありがとう。 にほんブログ村 どうか、家にいてほしい。 どうか、感染しないでいてほしい。 読者さま、ご家族みなさん心を合わせて。 ご家族の誰ひとりとして欠けることなく・・・ どうか、みんな、元気でいてください。
2020.04.13

昔は結構、その行為を頻繁にやっていて。けれども、うまくいったためしは 2% くらいしかなくて。ある時、それまででいちばんと言えるような失敗をして。鏡を見るたびに自分で吹くようなものが仕上がって。もう、自分でこれをすることは、2度としまい。 と誓ったのです。その行為とは、何か。「自分で自分の前髪を切ること」です。ご自分の前髪を切ることって・・・みなさま、上手にできますか? ( ;∀;) ****************************************読者さまは。 ここ最近、直近の最後は、いつごろ美容院へお出かけになられましたか?わたしは、2019年の年末に美容院へ行きましたので、次回は、本来なら2月の終わりか3月のはじめ頃に行きたかったのですが、そう思った時は、すでに世の中がこうなり始めていました。まだその時には「営業自粛要請」というような動きもなく、どういった業種がそれに当たるのか、と 深く考えることもなく、イタリアのコンテ首相の「スーパーとドラッグストア以外は営業禁止」という決断に、わあ、そんな決定するんだ・・・と、「遠い国で起こった特別な措置の話」として、びっくりしていた頃でした。日本にも同様の脅威が押し寄せる現実、など、あの時はまだ、実感として にわかには感じられなくて。 ***************************************けれど、なんとなく「美容院は怖い」という気がしました。自分が感染することが怖い、というよりも、 気づかないままに感染の一端を担って拡散してしまうことが怖い、という気持ち。とにかくなんだか今は、美容院へは行かない方が安心なような気がして、そうこうしているうちに、日本を取り巻く状況はますます厳しくなってきて、こんな時に髪型なんて気にしている場合じゃない!という気持ちにもなってきてしまって、とうとう、そのまま行かなかったのです。 ***************************************東京都の小池知事が、都の自粛要請の業種に「理美容」をあげていたところ、国が「その必要はない。まだ理美容からの感染は出ていないから!」とその判断にストップをかけたのだそうです。その直後に。福岡でしたでしょうか。美容院から発生してしまった「美容院クラスター」というニュースが 日本中を駆け巡りました。 神からの警鐘のようなタイミングでした。80代や90代ではなく「100代の女性」という言葉を、その時、初めて聞いた気がします。経営者の女性と、お客さん合わせて5人ほどの方の感染が確認されたようでしたが、こんな時に美容院なんて!というのではなく、不要不急を無視した、というのでもなく、ずっとお世話になってきた大好きな美容院を応援したい気持ちでもしかすると、出かけられたのかもしれません。 (;_;)わからないです。 *************************************美容業界の方々にとっては営業するにしても、自粛するにしても、もはや同様に死活問題なのだろうと想像します。お店を応援する気持ちで伺うことも、今となっては もはや逆効果となってしまう可能性を否めない。自分が感染していない、という証拠は、どこにもないのだから。美容院には行かない、と、だからわたしは決めました。いいえ、「行けない」ですね。自分のために。 そしてみんなのために。大好きなお店だからこそ・・・ 今は、行けない。ツラいです。 *************************************大好きな美容院には、世の中が落ち着いた「コロナ後」の未来に、行く。必ず行きます。どうかその時まで、頑張っていてほしい。休業を余儀なくされることもあるのかもしれないけれど、どうか、ただただ元気でいてほしい。 そして復活してほしい。その「未来」がいつ頃なのかは、もう、誰にもわからないです。自粛要請の難しさは、発動、よりも解除のタイミングにあるのだろうと思う。早すぎても無意味だ。 遅すぎては、経済が死ぬ。「解除」という発表を、その時本当に信じてしまっていいのか、ということも。 ****************************************次にいつ美容院へ行けるか、もう、わからない。今お店を開けておられる美容院さんは、お客さんが来ることが、嬉しいのだろうか。それとも「怖い」のだろうか。それさえも、もう、わからないです。ネットの声では、その両方でした。お店は閉めたくない。 けれどお客さんが来るのは、とても怖い。と。誰が感染しているかわからない。 家に帰れば子供がいる。無理もないことだと思います。 ***********************************わたしの髪型など、誰も見てはいないことは、わかっています。見た目がどうとかそういう問題ではなく、「前髪」のうっとうしさに限界がきました。「前髪」が伸びてしまって、物理的にツラい。目に入る。顔に当たる髪が不愉快で、顔や目の周りをやたら触ってしまう。これが一番良くない気がしました。接触感染の防止には「手で顔を触らないこと」がとても大切だと聞きましたから。で、もう限界です!となって、いにしえの誓いを破り、自分で前髪切ったのが、先週のはじめのこと。ぶ厚めの直毛の前髪のカットには、一見なんでもないように見えて、わたしにはわからないような「プロの小技」がたくさん隠されていたらしく、伸びた分の毛先をただちょきちょき切ったら、なんか、とってもおかしなことになりました。つまりは、失敗しました。大失敗をしました ( ;∀;)あれからずっと「大五郎」みたいなちょんまげ結いにしています。誰にも会わないで家の中にいますから、もう今は、大五郎でいいのです。これからのしばらく、美容院のこと、どうなさろうと みなさまはいま、お考えなのでありましょうか。こうなってしまったらもう「伸ばしっぱなし」の一択でしょうか。サイドやバックの髪は、わたしはこれからしばらく「伸ばしっぱなし」になるのだと思います。もう、それでいいです。そうするしかないです。昨年施した「デジタルパーマ」が若干残っていてくれることが・・・せめてもの救いです。 *********************************前髪なしのボブとかロングのヘアスタイルは、こんな時、素晴らしいですね。ひっつめておでこ丸出しで結わうことの似合う美人さんも、羨ましい。わたしのような、「巧みなカット技術で作り込まれたレイヤー入りのミディアムヘア」みたいな髪型が、美容院に行けなくなった場合、最も手に負えない髪型だったのだ、という気が今、ひしひしと致しております。このままですと、もうすぐわたしはエレファントカシマシみたいになってゆく。宮本さんはかっこいいですが、わたしはただのボサボサ頭となるでしょう。男性なら、坊主が最強なのでしょうね。散髪に行けなくなったら、ニット帽で覆い隠してしまってもいい。ニット帽で覆い隠してしまえば・・・・いい?そうか。 帽子。わたしもそれで行こう。 それでしのいでみよう。夏の帽子をどうするか、とても悩んでいましたが、もうそんなことはどうだってよくなっていたのですが、此処へ来て。この先どのくらい美容院に行けないのか、誰にもわからないから。わからないからこそ。半年行けなくても、1年行けなくても、2年行けなくても。カシマシ期を超え、原始人期を超え、果ては落ち武者期に突入することがあってもなんとか社会生活に対応してゆくために。髪型がボロボロになっても、そんなことくらいで今の世の中を恨めしく思うことなく心が沈み込むこともなく、もっと大切なことに思いを向けていられるように。今年は。 いいえ、今年だからこそ。 「美容院にずっと行けなくなる事態を乗り越えるツール」として、武器として、帽子を買うことにしました。再び「帽子」を持つ決定を、わたしはわたしに 下したのです。 つづく帽子は、できれば、もう本当は「持ちたくない気持ち」に、実は傾いていたのです。 ↓ 懐かしい、大好きだったニット帽。 これを捨てずに持っていても、今のわたしにはもう似合わなかっただろうなあ。にほんブログ村帽子のお話は、次回に続きます。 この日記を公開すれば、なんだかんだ言って帽子買いたいだけじゃん!と言われてしまうのかな、ということも覚悟で書きました。それでも構わない、と思っています。美容院にずっと行けなくなる事態の打開策の一つとして、考え方の一つとしてお伝えしたい、と思い、勇気を出しました。発信の意図のありかを、どうか汲んでいただけたなら・・・と、祈る気持ちで書きました。今日も読んでくださってありがとう。 今日もみんなで、家で過ごしましょう。 どうかみなさま、どうか お元気でいてください。
2020.04.12

PCの、google の検索のウィジェットの下に。昨日、「家にいよう。みんなのために。」という言葉がありました。感染予防って、どうしてもはじめは「自分のために」という気が先行してしまうけれど、みんなのために。本当にその通りですね。わたしはわたしなのだが。みんなから見れば、わたしも「みんな」だ。わたしはれっきとした その他大勢の「みんな」の中のひとり、だ。スーパーやドラッグストアに人が多いと、うわ、怖いな、って足がすくんでしまうけれど、他のみなさんから見たなら、わたしだって、その人混みを形成する「ひとり」。レジに並ぶ、ひとり。「できればそこに居ないでほしい、ひとり」なんだ。家で食器を洗い、片付ける。そういう時間の尊さは、コロナが改めて気づかせてくれたこと。 *****************************************みんなの中で、生きている という自覚。ひとりだけ元気でも、嬉しくなんかないです。「みんな元気」でなければ・・・笑顔だって不自然になるし、心は小さく縮こまる。仲間だって。 家族だって。ひとりだけ無事、なんてことは、もう、難しいのかもしれない。みんなが無事でなければ。 **************************************不況に強い職業、というのはそういうコラムを何度も目にしたこともあるし、ふつうに論ぜられてきたことだけれど。「ウイルスに強い職業」って何があるんだろう、って今、初めて日本中が、いいえ世界中が考え始めているのかもしれない。不況は、これまでにもあった。だから経験があるし、データだってあるし、考察のとっかかりやソースは、たくさんあるんだけれど、こと「対ウイルス」に関しては。 初めてのことです。不景気で業績や売上が・・・というのはこれまではたいていの場合「企業」とか「小売」とか「飲食店」とか「サービス」とか限定された業種だけがその煽りをモロに受ける、というようなイメージでしたけれど、ウイルスだけは、違った。エンタテイメントや芸能界・・・ドラマの撮影やロケができない、なんて話は生まれて初めて聞きましたし、安定の中の安定とされる「公務員」だって、ひとたびウイルスの脅威に晒されたなら、ひとたまりもないことを知る。人と接するお仕事の全てに、感染のリスクがある。 ということ。 ***************************************じゃあ、「ウイルスに強い仕事」というのは。人と直接接することのないお仕事だけ、ということになる。何がある?ユーチューバーや インフルエンサーや ヘッジファンドなどが・・・ 最強? わたしは、ずっとずっと専業主婦なのだけれど。去年は「収入」が、あったのです。ここでブログを書かせていただいたことが全ての始まりでした。去年、思いがけず「本」を出版させていただけて、わたしは今年「納税」をすることができたのです。本の出版にあたっては 打ち合わせがあったり、撮影があったり、と、「人と接する機会」は避けられないのだけど、それでも とても最少限だった、というか・・・やりとりのほとんどはPCでした。それでも、「お仕事」をさせていただいているのだ、というとてつもない怖さと覚悟が、わたしには あった。 ****************************************ブログは日記です。ブログを発信することは、誰とも会わずにできる行為です。ブログ書いて必ず本を出すぞ! いつか稼いで見せるぞ! なんて、全く思っていなかった。けれど、こういうことが、小さな日記が。こんな「奇跡」を招くことが、実際に、ありうる。周りの人もすごく驚いていたけれど、誰よりも一番驚いているのは、ほかでもない「わたし自身」なのです。あの日、ドキドキしながら始めたブログが。まさかこんなことに繋がろうとは。 ****************************************本の出版のお話をいただいた時。嬉しいんだけど、やっぱり怖くて、逃げてしまおうか、と何度も思った。やめたほうがいい、という人も もちろんいた。「夢だったんでしょ?やってみなよ。母ちゃんなら、絶対にやれるよ。」背中を押してくれた、おとーさんの言葉。 **************************************一体何が申し上げたいのかというと。わたしはここで これまでも「ぜひブログを始めてみて欲しい」というようなお話をたびたびさせていただいたことがあるんですけれど、今こそ、始めてみてほしい。 そう思うのです。家で過ごす。 人に会えない。 けれど時間はある。誰かと会えたなら話していただろうことを、思っていること、気づいたこと、今感じていることを、文章で、あなたの言葉で、綴る。ただそれだけでも、誰かと繋がることのできる可能性がある。可能性・・・?違う。 これは「実感」だ。 一方的な実感。発信する時に、最後の「記事を公開する」というところをクリックする時にとてもドキドキするです。ドキドキするのは・・・その瞬間に「繋がる」からだ。自分の文章が放たれて、誰かに、あなたに、届くかもしれない。 そういう実感を伴うからだ。あなたに直接会うのと変わらないくらいの強い気持ち、が わたしには、ある。書いたり、消したりしながら、わたしはおそらく千数百の日記を、これまで公開させていただいてきたんですけれど、その1回ごとに、同じように ドキドキするのです。今もそうです。 これに「慣れる」なんてこと、きっとないのだと思う。 ***************************************満員電車に揺られて通勤し、オフィスで集まる。それが、これまでのお仕事の常識だった。駅や都心に近い土地や物件が高価なのも、その常識があるからこそ、だった。出勤しなくてもできるお仕事が増えたなら、その常識も、不動産の価値も、丸ごとひっくりかえるのかもしれない。空気の良い、人の少ない郊外での暮らしを、人々は求めるようになるのかもしれない。何がどうなるか、わからないです。今回の不況は、リーマンの時のようなただの「経済不況」じゃなくて。 「ウイルス」によってもたらされた、先の見えない不況、初めてのパターンの不況、なのだから。今、わたしのこの日記を読んでくださるあなたさまが、「発信する側」にシフトしてくださることがもしもあったなら、わたしは嬉しい。わたしのブログを読んでくださって「ものの少ない暮らしを目指そう!」と思ってくださるのは本当に嬉しいことです。わたしのブログを読んでくださって「ブロガー目指そう!」って もしも思ってくださる方がいらしてくださったら、そんなブロガー冥利につきることはありません。ブログはオワコン(終わったコンテンツ)なんて言われ始めて幾久しいですが、わたしはそうは思わないです。動画にはない素晴らしい世界が、ブログにはあります。音声のないところが、とくに、いい。「声が苦手」で見られないユーチューバーが、実はわたしにはあります(ごめん・汗)苦手な声、苦手な話し方、話のスピード感、って・・・ どなたにもあるでしょう?動画にはない世界。言葉と写真だけの、とても「静寂な世界」が、ここにはある。読みにきてくださって、ありがとう。わたしが本を出版させていただけたのは、読みにいらしてくださるあなたのおかげでした。わたしだけにそのチャンスがあった、と思われますか?そんなこと ありえない。チャンスは、誰にでもある。動き始めるか。 始めないか。ただそれだけのこと、なのだ、と。 わたしは思っています。 おわり大好きなイタリアンのお店が、この事態を乗り切るため「テイクアウト」を始めるそうです。動き出す人はどんな時も動き出す、ということを知りました。とても勇気づけられました。 ↓ 家にいよう。みんなのために。 いつもポチッと。「繋がること」をわたしに教えてくださったこと、ありがとう。にほんブログ村もしもこの度のことでお店がもたなくなっても。屋台からでも始めるさ!と。必ずお客さんは帰ってくるさ!と。 なんて強くてかっこいいのだろう。ご自分のお仕事に、作り出すお料理に、誇りを持っている人しか言えない言葉だと感じました。今日もお読みくださって ありがとう。
2020.04.11

今日は、服の手放しのお話です。読者さまのご記憶にもまだ新しいかと想像いたします。この間、せっせと荷造りして送り出したお品物のお話、です。この度の事態は、日を追うごと、ますます長期化を避けられない様相を呈しており・・・それならば。 ただただ嘆いてばかりいないで。ブログこそ。こうしてメリハリをつけて、元気出してゆこう!と わたしは思うのです。 ***************************************「買取査定額」の連絡がきました!荷物を発送して間もなく、東京都は「非常事態宣言」に突入してしまいましたが、いつもと変わることなく、きちんと荷物は無事に届き、いつもお願いしている担当さんに、査定をしていただくことができました。まことありがたいことでした (;_;) ※ 2020・最新の少数精鋭ワードローブの一覧はこちらです → ★さあ、気になる査定額の発表の時がやってまいりましたですよ ( ´▽`)ノ まずは、こちら! merlette(マーレット)の ギャザーたっぷりなワンピース。その 査定額は・・・・・どこどこどこどこどこどこ・・・・・・ じゃん!「13200円」 でありました ヽ( ´▽`)ノ やったー!読者さまのみなさまは、どのくらいの価格を予想されておられましたでしょうか。わたしは、そうだなあ・・・8000円くらいあったらめっちゃ嬉しいなぁ、と 予想。けれどもこんなに着たし、とっても満足したし、査定額が仮にもっともっと低くても、それでも買い取ってもらえるなら、それだけで十分にありがたいです、と。わたしに この服を捨てさせないでくださって、ありがとう。ただただもう、そういう気持ちで、託しています。だから。13200円という、こんなびっくりするような査定額をいただけたりすると、嬉しいというより、どこか、「じーん(;_;)」となってしまう。 そう。 「感動的」なのです。大切に着てきてよかったなあ。あのワンピースは、次の持ち主になってくださる方に、また着てもらえるんだなあ。喜ばせてくれたのは、わたしの人生だけじゃなくって、あのワンピースには、まだまだ続きの物語が、次なる人生が待ち受けているんだなあ。どこかの国の縫製工場で、同じワンピースが何百枚も生産されて。そのうちの何十枚かが日本に輸入されて。そのうちの1枚を、わたしが、買った。一緒の縫製ファクトリーで誕生した何百枚の中で、1番幸せなワンピースであってほしい。この人のところに来られてラッキーだったわあ!って、服にもしも心があるのなら、そう思ってもらえたら嬉しい。わたしはわたしの買った服を、いつもそういう気持ちで、着ています。買った服の全て。 大切に、着ています。よかったね。 マーレット。次の持ち主さんも、きっとあなたを大切にしてくれる。感動の査定物語、でした。あ!そうだ。 一緒にてなばした、黒いパンプス。こちらの査定額は・・・・どこどこどこどこどこどこ・・・・・どこどこどこどこどこどこ・・・・・220円、だったよっ (*゚▽゚)ノ たい焼き、もしくは 焼き芋 1個ね(笑)100円くらいになったら嬉しいぞ。そう思っていたから・・・ なんと! 2.2倍、だよっ!!!わたしに靴を捨てさせないでくださって ありがとう。わたしに服を、靴を、バッグを捨てさせないでくださって ありがとう。そういう気持ちでいると、査定額に対する 卑しい「欲」は、不思議と消えます。もう、もともと自分の中では十分すぎるほどの「減価償却」がなされた上で手放していますから、高ければ高いで それはもちろんそれはとっても嬉しく光栄なことですれど、たとえそうじゃなくても・・・ それだから、むかっ腹たったりとか、しないです。ああ、そういう価値だったんだな、と、知る。そう。 知る。 そして笑う。 それだけ、です。 **************************************一生懸命考えて選んで。大切に着て。 気に入って履いて。 思い出たくさん作って。(何よりこのブログにたくさん登場してくれて・笑)やがて自分の中で満足したなら、できうる限り丁寧にお手入れして、手放す。わたしは自分のしていることを「価値あるうちに手放す行為」だと思っていたのだけれど、本当は、手放してようやく初めて価値を知られる、という順番なんですよね。自分の思っている価値と世間的な価値には大きな隔たりがあって当然ですから、自分の思っていた価値を上回る査定額をいただけた時は、だったら手放さなけりゃ良かった ヽ(;▽;)ノ とかいう気持ちではなくって、ああ、本当に嬉しいなって、そう思います。嬉しいな、って、純粋に、思う。 *****************************************わたしにとっては。服でも靴でも、買うときよりも、手放すときのほうが・・・お別れの時の方が、いつも印象深いです。学校にお勤めしていた時もそうだったなあ。 入学式よりも卒業式のことを覚えてる。入学式は初々しい「ご対面」だけれど。 卒業式のお別れは「一緒に過ごした月日の思い出」がセット、ですから、ね。「卒業証書、授与。」の合図で。お勤めしていた間、わたしは、卒業生全員分の証書の乗ったお盆みたいなのを 壇上の学長先生まで恭しく運ぶ「典礼」の役、だったので・・・シーンとした中でコケないように。 お辞儀を間違えないように。 いつもめっちゃ緊張していました。 **************************************昔は、服でも靴でもなんでも。買うときにだけ色めき立って、損とか得とかお値引きとか、いかに安く買うか、とか、セコくて、そのくせ手放す時には「ゴミ同然」の扱いで。持っている服は、ただ買っただけで大して着てもいない「新品同様」の服ばかりで、だから「さぞかしいい査定額が出るだろうよ!」と卑しく期待して。全然期待に届かないような額を告げられて、ムカついて椅子蹴ってるような人間だった。 ****************************************買った服をボロボロになるまで着尽くして、自分の手で、納得して捨てる。 それもとても素敵な手放し方です。文句なしの堅実な捨て方だと思います。 着尽くされてもらったことを、服はきっと、とても喜んでいると思う。わたしはどうしてもそれが苦手で、服をボロボロにすることができなくて、もうずっと長いこと この方法で手放しています。これが、わたしの見つけた、わたしにとって最も心地の良い手放し方。わたしにとって win で、 リサイクルショップさんにとって win で、 次の持ち主さんにとっても、きっと win だ。win - win - win だな、って感じてる。ワンピース本人も喜んでいてくれたなら win - win - win + win ! だね ( ´▽`)ノ ****************************************もしもなんらかの理由で、わたしとおとーさんが、今のそれぞれの手持ちの服と靴とバッグを全て手放して売却したら・・・当面は暮らせるくらいの生活費になるのでは? という気が。いざとなったらそうしましょう(笑)なんか、そう思ったら。たとえ服といえど、靴といえど、バッグと言えど。 このご時世です。何が起こるかわからない事態です。なかなか心強いものがあります。投資や株のことはよくわからないけれど。1番底、2番底、3番底・・・とあって、本当の底は、もっともっと先にあるのでは、という終わりの見えない思い。新規参入者を根こそぎ食い尽くすところまでは、ずっと続くような。ちょっと持ち上げては叩き落とす、ヘッドロック? バックドロップ?みたいな。相手をリングに沈ませる、確実に息の根をとめさせる「効く」落とし方は、いつも「ちょっと持ち上げてから」なのだ、というのが・・・怖い。自国の通貨を、コツコツと貯金する。怖がりのわたしには、もう、最初からきっと、それが1番だ。EUなどは、あんな風に補償を大盤振る舞いしてしまって、どこからあんなお金が湧いて出てくるんだろ。通貨の価値、どうなるんだろ。ほんと怖い。日本はケチだと笑われているけれど・・・世界でいちばん慎重な国なのかもしれないな、と このごろは 思えてきました。 おわり東京の宅配買取のお店、担当者さんもスタッフさんも周りの方もご無事だそう。よかった。「すずひさんの愛知県もどうかお気をつけて」、とお優しいメッセージをくださいました。↓ 更新をお休みさせていただいた昨日も、 1017名もの読者さまがポチッとしてくださった。ありがとう。 ヽ(;▽;)ノ にほんブログ村みんな、みんな、日本のどこかで頑張っている。なんて心強いことなんだろう (;_;)どうか今日も、みなさまがご無事で、お元気でいてくださいますように。 愛知県もいよいよアレですけれど、気をつけてまいります。 できることを頑張る!みんなで心を合わせて、1日1日、乗り越えようね。 うちで過ごそうね。 **** すずひ お買い物マラソン計画 ****↓これまでは1本か2本ずつ買っていましたが、初めて3本セット買おうと思います。 必ず使うものならば、配達の回数を1回に。 1年くらいもつかもしれません。【公式】オールインワンゲル メディプラスゲル3本セット |玉造温泉水使用!|ランキング第1位 美容液 乳液 化粧水 オールインワンジェル 乾燥肌 敏感肌 保湿 無添加 時短 化粧品↓ 4月のフレーバー「香ばしほうじ茶」キタコレー ♪───O(*゚▽゚*)O────♪卒業祝 入学祝 母の日 プレゼント ギフト お菓子【白砂糖不使用チーズケーキお試し4種セット 春】低糖質 プレゼント スイーツ ランキング 送料無料 誕生日ケーキ 大人 レア 2020 内祝い 贈り物 糖質制限 ローカーボ ヘルシー 砂糖不使用【あす楽】 たぶん おわり。2歩(笑)
2020.04.10

ミニマルな暮らしをしていると、大切なものは少ない、ということに気づきます。捨てて気づいて。 気づいて捨てて。それを、毎日くりかえす。今、世の中がこんなことになってしまって。台風も、地震も。紛争や戦争も。 不慮の事故も。 みんなみんな とても恐ろしいのだけれど。 このような「目に見えない脅威」というのは、今までは。SF小説や映画の中だけの世界、のような気がしていて。「放射能」とか「集団食中毒」とか、目に見えないものは恐ろしいのだけれど 今までは「地域限定」というような認識で。日本のどこかには、「安全な場所」というのが 必ず残されていて。そこに逃げることが、わたしたちには、可能だった。もう、そうじゃないのですね。大切なものは 少ない。それは ふつうの暮らしの中で わたしが気づけたことだけれど。大切なものは「すごく」少ない。これは 非常時だからこそ、気づけたこと。今しか気づけないことが、たくさんある。今だから気づけることって、実はとてもたくさんあるのです。 *************************************「体温計」が売っていないのだそうです。今、とても手に入りにくいのだそうです。そんなことが起こるんですね。「もともと一家に1本は必ず常備されているもの」という常識はわたしの中だけでの常識だったのかもしれない。わたしのブログを読んでくださる読者さまは。今、どんなブログを求めておられるのでしょうか。「明るいブログ」を 求めておられるのでしょうか。それとも 不安な気持ちを共有できるような、そんなブログを求めておられるのでしょうか。わたしは わたしの書けることしか書けなくて、今はこんなの読みたくないよ!!ということを書いてしまっているのかもしれません。どうか許してくださいね。何度も読み直して、心を込めて書いています。家の中にいて、誰にも会わずに、こうして「発信」できること。日本中の、さまざまな都道府県にお住いの読者さまと、もしかしたら 外国にお住いの読者さまとも、つながることができる。いま それぞれの方々がおかれている状況は。 それぞれに大きく大きく異なるから。あなたさまのおかれている状況とズレたことをわたしが書いているときには、どうか。 どうか許してください。外出自粛の毎日の中で。わたしのブログを読んでくださる時間がちょっとでも楽しみになってくださったら嬉しいなあ、と思うのに。明るい気持ちになれるようなブログを書くことは いま、とてもむずかしくて。でも、これが 人として自然なことだと、わたしは思っています。「さて、今日は どんなことを書こうかな」と思うその前に、いつも これだけのことが頭の中をぐるぐると駆け巡ります。こんな時に「服がー」とか「靴がー」とか、バカじゃないの!? ということもあるのだと思います。自分でも、そう思いながら書いています。覚悟して、書いています。だから、こんな時であっても、読者さまが。これまでと変わることなく読みにいらしてくださることが、余計に、とても嬉しくて、ああ、発信できてよかったなあ、って ものすごくホッとするのです。ありがとう。結局いちごジャムは作れないままでいるのです。そんなわくわくする気持ちが湧いてこなくて。わたし、1月31日の日記に、こんなことを書いていました。(★)外で働く皆さんは。とくに接客するお仕事に従事されておられる方々は、まさに今、どれほどの不安を抱えておられることでしょう。時給と命を天秤にかけることなんて、ふだんそこまで考えることはないのかもしれないけれど、今は、世の中全体がそういう雰囲気に陥っています。とても不安だと思います。送り出す方も、見送る方も、やはり不安で。それでも働いてくれている人の尊さを、こんな時にしか気づけない自分に、改めて、気づく。「時給と命を天秤にかける」だなんて。1月末のあの時点では、まだ「またまたそんな、大げさな www」と わたしは思われて、笑われていたかもしれません。けれど、今は。 もう、そうは思われないのかもしれません。その時に思ったことを発信していると、その時にはちょっとズレていても、しばらくした頃にピタッとくるようなことも、これからはあるのかもしれない。そう思って。その時に感じたことを、これからも勇気持って発信したい、ってわたしは思っています。 ***************************************ライフスタイル系のブログは。本来なら なんだか楽しかったり、美味しそうだったり、お出かけやお買い物のお話だったり、服だったり、バッグだったり、収納やインテリアのお話だったり、そういう役割り、というか、多分そうなのです。何を発信したらいいかわからなくなっておられるブロガーさんは、今、たくさんいらっしゃるのかもしれません。いつもどおりのブログを発信されている方であっても、きっとものすごく葛藤があるんだろうなあ・・・って「行間の気持ち」を読む癖のあるわたしは、すごくそう感じます。 ***************************************好きなブロガーさんが、いつも通りの日記でも。 非常時に関することの日記でも。楽しい日記でも、悩んだ日記でも、何かを発信してくださることが、わたしは ただただ 嬉しい。日本の国のどこかで、無事にいてくださることがわかるから。みんなみんな、先の見えない不安の中で、頑張っていることがわかるから。ひとりじゃない、って思えるから。だから。発信してくださって ありがとう。みんな、ありがとう。そして読んでくださって、ありがとう。わたしもそんなひとりであれるよう、心を込めて読むし、発信します。どうか、読ませてくださいね。 どうか、発信させてくださいね。 おわり今の気持ちを、正直に書きました。にほんブログ村お読みくださって、ありがとう。 みんな、どうか、ご無事でいてください。
2020.04.07

「note 」という SNS が ありますね。読者さまは、note の「有料記事」というのを購読されたことはありますか?わたしは1回だけあります。有料の記事をカード決済で購入して読む、というのは初めてのことでした。初めてだったため、購入して届いた記事メールの開き方をしくじり、一文字も読む前になぜか「削除」をしてしまい、慌てふためいてゴミ箱から探り出し、あたふたと復元し、無事、読むことができた次第です。「がらーん」が自慢の玄関ですのに、ちょっとだけモノが増えてしまいました。 ***************************************購入したのは しいたけ.さんの 記事でした。「お金持ちが持つ“潔癖”の感覚」というタイトルの記事でした。「潔癖」の感覚とリンクする「金運」の話と、しいたけ.さんが占いを通して出逢った「お金持ち」に見出した共通点。「お金持ちは、ある程度 “潔癖の感覚” を 持っている」 というお話。こ・・・ これは興味深いよっ!しいたけ.さんの見つけたお金持ちの共通点というのは、それは「黄色の財布」だとか「財テク」とかそういうのとはどうやらあまり関係がなくて、とても納得と合点のゆくお話ばかりだったのですが、中でも「これは!」と感じた「お金持ち」の共通点。 (1)どこかみんなと距離を取っている(2)潔癖の感覚を強く持っているうわぁ・・・わたしが わたしの知りうる世界で初めて出逢ったいわゆる「お金持ちの人」というのは中学生の時に同級生だった女の子だったのですが。その子、まさにそうだったです。 なぜ公立中に来たんだろう、という「姫」みたいな子で。 同じクラスになれることはなかったのですが (1学年13クラスあったからね・笑)透き通るような白い肌をした、髪さらっさらの美しい女の子でした。叶わなかったけれど、仲良くなりたかったです。委員会とかで一緒になることはあったのだけれど、同級生なのに、なんだか話すのすごく緊張しちゃってね ( ← 庶民 )以前は玄関掃除の後には「塩」をふっていました。 今はこの「ミントの精油」です。 ****************************************さあ、「お金持ちの2つの条件」について、しいたけ.さんのお言葉を大いに拝借しながら、さらに掘り下げてみたいと思います。(1)どこかみんなと距離を取っているお金持ちや金運の良い人たちは、多くの場合。すごく仲の良い人達以外は「社交辞令で合わせるけど、親友は少ない」みたいな感じで、どこかみんなと「距離」を取っている。おお!「距離を取る」! これは!感染リスクを高めると言われる「3つの密(密閉)(密集)(密接)」をもともとからして避けているような 独特な生き方をうかがわせます。(2)潔癖の感覚を強く持っている「汚れ」。それは「汚れた空気」とか「汚れた環境」も含むのですが、自分が大切にしてきている環境を、汚れたものによって汚染されることがものすごく嫌。「しいたけ.カラー占い」で言えば、それはずばり「白」のひと。わたしは「白」だ。 しいたけ.カラー占いは、いつ占っても「白」だ。 許容範囲の狭さは思春期並み。ネバーランドの住人。永遠の中二病。それが「白」。白の人が持つ潔癖のイメージ = お金持ちのイメージ。白の人が持つ潔癖は・・・ すごいのだそう。自分にとって興味のない人から興味を持たれることも嫌。自分に汚染の空気が近づいてくるだけで嫌。強烈な潔癖感覚を持っている。って(笑)けれども、その潔癖ゆえ、面倒な事や仕事を、バンバン片づけていける人だ、って。放置された食べ物が、やがて「腐っていく」ように、ものごとを放置することに対しても、まるで「ものごと」が腐敗していくような「病原菌と化すような生理的な恐怖感」と直結しているところがある。だからこそ、色々なものごとをできるだけさっさと片づけるし、後回しにしない。ちゃんと片付けて「安心して暮らしたい」という思いを強く抱いている。お金持ちの人はみな、この「白」の感覚を持っています。 と。 ***************************************手をつけないで放っておくことが自分の中でふつうになることが、嫌。やるからにはやる。やるからにはスピーディーに済ませる。ああ、わたし。片付けも、掃除も、頼まれたことも、期限のないものでも、締め切りのある申請とかも、ほんと、この感覚だ。 Σ(゚д゚lll)書類が溜まる。という種類の悩みを理解できないところがあるのです。溜めたことがないからです。「書類〜 書類の管理は一体どうすれば〜 ・゜・(ノД`)・゜・。」と、書類が鬼門の Eちゃんから何度も何度も相談されるんだけれど・・・ちゃんとお答えできた試しが、ないの ( ;∀;) ****************************************潔癖の気持ちを持つからこそ、「腐敗」とか「余計な人情」に巻き込まれずに、自分の安全と幸せを守る。孤高の覚悟がある人達。余計な関係性みたいなものも、本当に自分の記憶の中から消しちゃうのだそうです。汚れたものを自分の中に残しておかないという残酷さは「白」特有のもの、と。 ***************************************孤高の覚悟って、とてもいい言葉ですね。今、「外出自粛要請」を守ろうとするとき、最も大切になる覚悟かもしれない。友達に会いたい気持ちを自分が我慢していると、ふつうに出かけちゃってる人を見て、気になってしまうことがあります。自粛要請どうして守らないの!? などと思ってしまう。錯綜する情報。 それぞれの正義のぶつかり合い。批判する人。 批判する人を批判する人。 批判する人を批判する人、を、批判する人。 批判する人を批判する人を批判する人、を、批判する人。 あ、批判しない人を批判する人、というパターンもありますね。「なぜ批判しないんだ!」というような。批判の土俵の広さは・・・果てしない。誰の意見が正しいのか。 自治体や教委ごとにまちまちで混乱するばかりの登校の開始や、休校の延長措置。子の通う大学は、とても早い段階で延期の発表がなされました。 この状況ですと、もっともっと延びるのかもしれません。まだわかりません。自治体や学長の決めたことに、ただ黙って従っていて良いものか否か、誰もが悩む。初めてのことだから。一人で悩んで答えが出ないと、「みんなはどうするんだろう」って、やっぱり気になってしまう。ひとりで決断するのは不安。 とても自然なことだと思います。日本にとっても初めてのことなのだから。ああ、孤高の覚悟、よ。後悔しない選択を、自分でするための覚悟。玄関をしっかり拭き上げたあと。 することが、1つ増えました。 **************************************とても勇気がいるけれど、今こそ それが求められる時なのかもしれません。覚悟なきままで生きていると、人はつい、多数派の意見に、声の大きい方に流れされてしまう。 気弱になって、自分を見失ってしまう。流されたあと、その判断が「誤り」であったと感じたときには・・・◯◯のせいだ!! って 恨んでしまう。流されたことも「自己決定」だったはずなのに。流されない決定も、影響されない決定も、自由にできたはずなのに。 ああ・・・ 「生活水準」という言葉がありますが。それは「清潔水準」と とてもよく似ているな、と思うことがあります。「その国の生活水準を知るにはトイレの清潔さを見よ」というのは、本当にそうなのだろうと思う。「その国」を「その家」に。「トイレ」を「玄関」に、「部屋」に、「キッチン」に置き換えても、きっとそうなんだろうと思う。一番最後。 水気を拭き取って乾燥させる前に・・・ アルコールを噴射。トイレもそうしています。 水を流すレバーやドアノブ、手の触れるところは全て除菌。 *****************************************相手が 「見えないウイルス」ならば。わたしも「見えない結界」で 臨もう。清潔の結界を張ろう。個人の力でできることは、こんなちっぽけなことばかりです。入国制限や入国規制で国を守る!なんて、どう頑張ったってできないのだから。ならば。 うちを守ろう。自分の家の中だけでも、精一杯守ろう。玄関は、外界と家庭を結ぶ・・・ 唯一の通用門だ。 もはや手遅れなほどに広がりきってしまったウイルスですが、それを運んでいるのは やはり「人」で、この家に入ってくるのなら「玄関から」なのです。玄関掃除には、自ずと力がこもります。外にいる間に感染してしまうリスクの方が圧倒的に高いのだからこんなことをしたって意味などないのかもしれない。けれど わたしは、掃除する! 「潔癖」の名にかけて! お金持ちの感覚と 潔癖の感覚は共通してる。そんな嬉しいことを知ってしまったのなら・・・なおさら!今こそ「潔癖」の本領発揮だ! めんどくさい、とか 無駄だ、なんて思わずに。外出自粛のおかげで・・・ 時間はほら、こんなにもたっぷりとある。不平不満が出そうになったら・・・掃除しよう!明るく掃除しよう!わたしにできることをやろう! って。毎朝、ここに立ち、そう思うのです。 おわり今日もお読みくださって、ありがとう ( ´▽`)ノ ↓ まるで「結界」が見えるようだよ!のポチッと、ありがとう。にほんブログ村3密対策。すずひ家は、家族同士でもなるだけ密集しないよう気をつけています。なるだけ散らばって、よそよそしく過ごしています(笑)私は元気だよ!と知らせてくださるような読者さまのクリックに毎日励まされています。みなさんと一緒に、1日1日乗り越えたいです。 どうかご無事でいてほしいです。
2020.04.06

5月ころ、と思っていた手放しの荷造りをもう、今日、始めようと思います。出かけることが激減し、5月まで待つこと、持っていることの必要はないと判断しました。わたしが信頼している宅配買取りのお店の所在地は「東京」です。今なら通常の営業をしてくださっている。やがて封鎖が起こるようなことがあれば、それも難しいことになるのかもしれません。ならば、早め。 早めに。わかっていることなら。 自分の中で決まっていることなら。ワンピースと一緒に、4.5cmヒールのパンプスも送り出すことにしました。 出番を待っていた「2cm ヒール」のパンプスと入れ替えましょう ( ´▽`)ノ 【SALE/10%OFF】Odette e Odile OIDベーシックポインテッドFLT20↑ オデット エ オディール シューズ フラット ネイビー シルバー ブラック ベージュ ブラウン【送料無料】 *************************************わたしが我が家のマスクの「備蓄」をしたのは 1月でした。もともと災害用にかなり多めに蓄えてはいましたが、1月の中頃でしょうか、中国の武漢の様子がだんだんわかってきて、まさかこんなことになるとは予想だにしませんでしたが、なんとなく嫌な胸騒ぎがして、今マスクを買っておかないと「あの時」のようになるのでは、という危機感を感じました。新型インフルエンザ(2009年)の時です。あの時も、マスクは、店頭から一気にすっかり姿を消しましたね。確か、まず関西のマスクがなくなってしまって。けれど、それでも今回ほどの事態ではなかったと記憶しています。トイレロールパニックの予想は全くできなくて、家のストックがなくなりそうになって、お店には売っていなくて、あの時はとても焦ってしまいました。「マスク2枚」の話題で、今 たくさんの感じ方があるのは。もしもあの時、トイレロールを誰かから2個もらえるとしたら、わたしはどんなに有り難かっただろう、と。たとえば、ちゃんと備蓄がなされていて、その時点でトイレロールを「50個」持っている人にとっては2個のロールをもらうことは「?」かもしれない。 足りてるよ? と。マスクも、きっと同様で。「手元にあるマスクの在庫の量」で、その「2枚」に対する感じ方に 埋められない温度差が 生じてしまうのかもしれません。終戦間際。 ラウバル島など南方の島々で命を落とされた若い兵隊さんの多くは、戦闘による戦死よりも、むしろ「餓死」や「病死」だったのだ、と、ある本で読みました。武器や弾薬は次々と届くのに、「食料」や「医薬品」は届かなかった。 支給する側と、求める側の、ああ、なんという・・・・必要なものが、足りなかった。足りないものが、ほしい。 それは人間の・・・普遍的な欲求なのだろうと思います。最前線で闘う人々や、民衆の求めるものと、政府が想像するそれとに 大きな隔たりがあることも・・・普遍的なこと、なのかもれません。 ***************************************わたしは今、早め、早めに。平素から愛用している漢方薬なども、今、かなり多めに備蓄し始めています。数量制限がなされたり、手に入らなくなってしまうその前に。必ず要ることになるものを、自分で、早めに揃えておくこと。自分の行動にかかっている。買い占めにならないよう、流通が正常なうちに、そっと準備すること。 ***************************************アルコール除菌シートは、9月にマンションの水が突然止まった時、備蓄しました(★)靴底をキレイに拭きます。気持ちよく査定していただけるように。ずっと頼りにしてきた「宅配買取り事業」だって、この先どうなるか、本当に、もう わからないです。今回の事態は。「中古市場」にこそ大きな影響の出そうなケースなのでは、とわたしは切実に感じていますから。買取りはしばらく休止します、とか。 そういう未来もあるかもな、と。ならば。もう決まっていることなら。 すぐに。もたもたしていたら、世の中は変わってしまうかもしれない。 まさか!ということが、今は、どんどん起こる。 トイレロールのように。こんな発想・・・おかしいかな。 大げさかな?荷物の流通だって、いつまで正常であってくれるのか、わからないです。予告なき封鎖が起こるかもしれない。そしてそれ以前に、運んでくださっているのは「人」なのです。「宅配」にすごく頼りすぎているところがわたしにはあるから。もう、そういう考え方や「宅配依存量」について 考えを改めてゆかなければならないときが来た。そう感じています。 ***************************************荷物を届けてもらえることは、決して当たり前のことではなかった。送料払ってるんだから当然のサービス!とさえ、今までは心のどこかで思っていたけれど。間違っていましたね。 とても傲慢でしたね。それは、とてもとても「ありがたいこと」だった。ワンピース、ありがとう。心を込めて、できる限りのお手入れをして、送り出します。 **************************************査定額が出ましたら。またここで お話しさせてくださいね。これまでなんどもうれしく発表させていただいてきたけれど。世の中が正常な時には、それは「ふつう」のことだったんだけれど・・・それもとても「ありがたいこと」だったんだなあって、今、すごく 感じてる。もうこれが、もしかしたら「最後の荷造り」ということだってあるかもしれないのです。ちょうどいい大きさのダンボールを再利用できました。いつもは「ダンボールの取り寄せ」からスタートしますが、配送の過程を、一つでも少なく。 **************************************きっと、みんな怖いのに。怖くてたまらないのに。レジで働いてくれている人に、ありがとう、って思う。郵便を届けてくれる人にも。こんな気持ちになったのは、生まれて初めてだ。ライフラインだって、ウイルスのせいでどこかが水没したり電柱が倒れて電線が切れたりすることはないのだから「お水や電気は大丈夫!」って今は思っていても、そこで働く人は、みんなみんな「人間」なんだ。人がいなければ 成り立たないのだから。蛇口をひねって水が出る向こう側で。スイッチをONすれば灯る明かりの向こう側で。いつもいつも人間が。 「人」が 働いてくれている。 みんなに、大切な家族がいる。 ***************************************そういうことに、いっぱい気づきますね。「当たり前」じゃなかったこと。傲慢になりすぎた人間の経済活動を、ウイルスはまるで怒っているかのよう。知るべき真実が 次々と暴かれているかのよう。もしもそうならば。制圧するんじゃなくて、やっつけるんじゃなくて、恨むんじゃなくて、山中伸弥教授がおっしゃるように、今はもう「ゆっくりと受け入れるとき」。このウイルスから「人間が学ぶとき」、なのかもしれないですね。 そんな気がしてなりません。 おわり ↓ 今日も読みにいらしてくださって、ありがとう。にほんブログ村一緒に乗り越えよう! みんなで乗り越えよう!のお気持ち。 いつも、ありがとうね。穏やかな日和の週末ですが、街は今、とても静かです。みなさまの街の様子はいかがですか?読者さま、そしてご家族さま、みんな、どうか無事でいてほしいです。↓ 母は、とても喜んでくれました。「これ食べて生きる!」「必ず家にいるね!」と。【翌日発送できます!】■送料無料■【吉備高原農家の野菜】大盛り15品野菜セット【税込】3580円【クール便】【西日本】【吉備高原野菜】【岡山】★大人気!無添加★【送料無料】愛媛県 ゆうぼく ハム・ベーコンセット / 安心・安全・大人気 お取り寄せ 通販 お土産 お祝い プレゼント ギフト 母の日 おすすめ / 新鮮な野菜を届けてくださった岡山のお店。 無添加ベーコンの愛媛のお店。 そしてヤマト運輸さん、佐川急便さん、本当にありがとう。
2020.04.04

あした「封鎖」と言われても、慌てなくていいように。暮らしの全てを、整える。食器を洗う洗剤も、いつものお洗濯洗剤も、いつもよりも多めに備蓄しました。ファーファ フリー&(フリーアンド) コンパクト液体洗剤 無香料 大容量 超特大 詰め替え4.5kg 業務用サイズ【 無香料 すすぎ1回 中性の洗濯用洗剤】香料・着色料・けい光剤・漂白剤 無添加【送料無料】「封鎖」という言葉の持つ インパクトに。もちろん心は、きっと慌ててしまうと思うけれど、パニック買いに走るような慌て方だけはしなくていいように。そこで感染が広がってしまわないように。野菜室(別名 パン室)もいつもはすっからかんの 納戸の下段も。外出回数を減らすこと。3回行くところを1回で。 4回行くところを2回で済ますことができたなら。感染リスクはもちろんですが、自分自身が「人混み」の一員を担ってしまう回数も、同時に減らすことができます。新鮮さがとっても長持ちする「フリルレタス」は野菜備蓄の強い味方! ****************************************米国8州のスーパーで「エコバッグ」の使用が禁止となった、というWEB NEWSを読みました。汚染されたエコバッグを介してレジの従業員が感染し、次のお客さんに感染し、どんどん感染し、という連鎖を避けるための措置、なのだそうです。首都封鎖が起こっても、不要不急の外出自粛要請を真面目に守りながらでも、食料品を買い求めるためのスーパーだけは、誰もが利用することになると思うのです。そうなった時には、最終的には、その最後の砦であるところの「スーパー」こそが、感染拡大の拠点となってしまうことも、ありうるのかもしれません。エコバッグに詰める前に、「スーパーのかご」こそがもうアウトなようにわたしは感じていて、いつも入り口のアルコール消毒を、かごの持ち手にしっかり擦りこんでから入店するのですが(これは昔からです)この間。乾麺か何かの商品を手に持ってじっと見ていた年配の男性が、その乾麺に向かって思いっ切りしぶきが飛ぶような「くしゃみ」をし、買うのかな?と思って見ていたら、どうやら買うのをやめたらしく、それを棚に戻して立ち去るところを、見ました。 見てしまいました。もう、そういうことがある限り、何をしてもだめだ、と思いました。今わたしのカートに入っているお味噌も、バナナも、お豆腐も。無事とは限らない。もう、こうなってまいりますと、個人でできることには「限界」がありますね。どこで何をしていても もはや「運だのみ」だな、とさえ思う。かごの持ち手がどうこうという次元の問題ではありません(;_;)気にしすぎても仕方ないですけれど、本当に甘く見てはならなウイルスなんだよ、と。今、自粛に飽きたり、疲れている場合じゃない。ここからが、きっと本番なんだ。もともとわたしには 自分の家庭を守ることくらいしかできないのだけれど。みんながそれをすれば、町を、市を、県を。 ひいては国全体を。一人一人が外出を控えることが、日本という国全体に対する大きな貢献となる今。冷蔵庫の大きさが ありがたい。自家用車の存在が、ありがたい。納戸の余裕が、ありがたい。やたら外出したがらない家族の性格が ありがたい。価値観は、一瞬で変わる。 非常時には、変える必要がある。こんな時にまでライフスタイルを貫くことにこだわるのだとすれば、それは、愚かだ。 (「おしりセレブ」は、もう、あきらめた。)ミニマルライフに「車」はいるのかな。 なんて考えたこともあった。今は、いる。 家族にとって、一番安心な移動手段だ。大勢の仲間で集まったり、街でいつもウェイウェイしている人たちこそが「陽キャ」でなんだか幸せなそうな人に見えていたけれど、もともと自室で一人で静かに楽しめるような、いわゆる「陰キャ」の人こそ、この事態においては、もはやクールだ。 それが苦なくできる若者は、今、とてつもなく かっこいい。大人だって、同じ。 ****************************************昨日は買い出しの日でしたから。わたしは7日間、いいえもっとそれ以上、籠城できる自信がある。封鎖なんて、起こらないのかもしれない。でも、起こっても、闇雲には慌てない。あした起こっても、大丈夫だ。 そういう準備をできるのは、今。未来ある子どもを「買い出し」に・・・ 人混みに放り込むことは、今は避けたい。きっと、どのご家庭でも、その役割を担うのは、やはり「お母さん」なのだろうと思う。だから。 だからこそ。お母さん、がんばろうね。日本中のお母さん。 一緒に笑顔でいようね。 無事でいてね。うんとうんと気をつけて、みんな、みんな、元気でいようね。 おわり↓ 一緒に乗り越えようね!のポチッと。ありがとう。離れていても、心はいつも一緒!にほんブログ村ひとりひとり。 そしてみんな。 どうか 元気でいてほしい。玄関入ったら、どこにも触らず、誰とも喋らず、バンザイしたまま洗面所に向かい・・・ まずは手洗い&うがい! ですね ( ´▽`)ノ
2020.04.01
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