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16時、西の空は真っ黒な雲に覆われていて夕立が来そうな気配だが風は東風.東の空は青空が広がっている。日暮れまではもちそうだなと思い近くのスーパーで、釣り餌として北海道産甘エビ1パック300円と養殖鮎1匹158円を買って船着き場へ。今日は雨の用心として係留した船の上から投げ釣りをしようと考えた。干潮から2時間なのでそろそろ潮が満ち始める時刻である。逆流が始まると本流の濁流が遡上してくるので食いは止まるかもしれない。濁り始めるまであまり時間がない。エサにはまず甘エビを3等分して3本の竿で釣る。1本を投げて2本目の仕掛けを作り始めた矢先に大きな当たり。がっちりかかって強い引きがありキビレに違いなし。釣れたのは25センチのキビレ。1投目で釣れるとは幸先がよい。ところがその後はエサ取りばかりで大きな当たりは一向こなかった。釣り始めから1時間のしないうちに本流からの濁りが押し寄せてきて泥濁りになったとたん、ぱたりと当たりがなくなった。今更船を動かして上流へ向かうのもおっくうなのでそのまま18時半まで漫然と竿を並べていたが何回か小さい当りがあっただけで釣り終了19時半には帰宅。釣れた25センチのキビレは川で捌いて持ち帰った。塩焼きにすれば丁度のサイズである。夕食はうな丼だった。城の駅で買って冷凍しておいたもの。義理買いのウナギ(一尾2,200円)がまだ数匹は冷凍室に入って居るはず。家内がプロから作り方を習った、たれがあるので我が家のウナギが一番うまい。ウナギとタレの美味さの相乗効果がかば焼き20時半から夏祭りの宵宮見物に出かけた。21時からだんじり喧嘩の模擬戦があるので写真を撮ろうと思う。中心の交差点まで歩いて10分ほど。着いたとき丁度模擬戦が始まった。見物人は大勢いたが、本戦に比べると迫力はない。威勢がいいのは太鼓だけである。時間的にも10分程度だった。本町交差点はだんじりを担ぎ押し合う熱気でヒートアップその足で、お旅所で舞われている巨田神楽を見に行った。場所は本町筋の神社拝殿。最後の2番だけを見て写真にもとり、お神酒もいただいた。最後に立ち寄ったのは佐土原五月会の企画展示「だんじり歴史館」?、郷土の日本画家「根井南華」の戯画風「夏祭りスケッチ」の写真展と過去のだんじり喧嘩の写真展示。自分や知人、家族の若かりし姿を探しに立ち寄る人も多い。22時ごろ帰宅。タジカラオの舞いが神楽のフィナーレであった
Jul 23, 2016
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1時GB、6時15分GU、30分間ストレッチ。6時50分から菜園作業、リュウノヒゲ植込みとドクダミ根茎除去。ラッパ水仙植え込み。8時20分朝食。8時50分から再び菜園作業。北側花壇整備。10時半から出かける準備。本日敬老会。11時直前公民館へ。13時半お開き。2時次会は、自治会役員宅18時過ぎまで、Tさんと二人でお邪魔、小学生だったご子息に会えたのが良かった。3次会は行きつけのスナックへ。まだ若いHIさんを誘って3人で出かけた。22時ぐらいまでいたのかな。ここで二人とは別れて、新たに加わったZU君と二人でもう一軒のスナックへ。ここで24時まで。結局11時から24時まで13時間のみ続けていたことになるが大して飲まなかったらしくてあまりよってはいなかったし。二日酔いのなかった。子ども会の歌とダンスで盛り上がった自治会長をやめたので後片付けにも参加せず気楽だった。
Sep 21, 2015
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1時半GB、6時半GU、40分からレタス収穫洗浄袋詰め。花苗ポットの洗浄など。7時50分ごろ朝食。マレを視た後城の駅駐車場へ。9時から16時過ぎまで地域づくり協議会主催軽トラ市へ参加。愚利公ファームは、旧知のY商店の軽トラデッキを間借りして店開き出品品目はジャンボニンニク、赤タマネギ、レタス、ルドベキア・インパチェンス、イソギク、小菊の苗、雲南百薬の苗。完売しても4,000円ほど。値段は着けずに最初に来た客に「何ぼでなら買うね?」ということで初値を決めてあとはその値段で売るというシステムにした。ほとんどがこちらの希望価格と同じ値段であったが、ガクアジサイ・ダンスパーティー苗だけが200円となり思惑より100円安となった。で、愚利公ファームの売上総額は2.300円。一方お買い上げは、マンゴウ1,000円、トマト200円、きゃべう50円、ジャガイモ、400円、城の駅で落雁950円計2,600円だった。間借り先のY商店は、マンゴウ、スーとコーン、ジャガイモ3点3万円ほどを完売だったが収支はいいとこトントンということだった。Yさんは佐土原小学校区地域づくり協議会のまちおこし部副部長で製菓業ということで毎回出店してもらっている。 昨年と比べ、客足は半減の中、スタンプラリーだけは子供たちの参加が多くて150人ほどの参加でにぎわった。16時前30分ほど時間15ミリ程度の強い雨となったためテントの撤収が出来ず16時半ごろ帰宅。17時から映画「狼の挽歌」を居眠りしながら視た。チャールズブロンソンがかっこいいプロの殺し屋。夕食後、発芽しているジャンボニンニクの刻みをベースに豚肉と古味噌を味醂で溶いたものに砂糖を加えてハバネロオリーブオイルで炒めた「ブタ味噌ニンニク風味」を作った。隠し味は「焙煎発酵ハバネロパウダー」これでひとアジコクのある「ご飯の友」が出来上がった。
May 30, 2015
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16時から月末回覧板を班長宅へ届けたついでに潜水橋へ。釣り人一人、見物人一人、マイボート健在を確認し30分ぐらい橋上鼎談。16時50分帰宅。17時からの焼き肉大会参加を予定にしていたので、大急ぎで準備して出発。地元選出県議会議員後援会主催の毎年恒例会員懇親会。今にも降り出しそうな雲行きの中でのスタート。円形テーブルとイス、バイキング方式の野外パーティーで300人くらいは集まっていたのかなあ?知人友人の同窓会風で盛り上がっていった。焼き肉各種、焼きそば、野菜炒め、おにぎりなどと飲みものは発泡酒と焼酎。お開きは8時半、最後まで残っていた我らのテーブルが引き上げたのは9時ぐらいだった。2次会は近くのスナックで24時まで。久し振りに参加したので懐かしい人たちに沢山出会えて久闊を叙することができて非常に楽しかった。最後まで降り出さずに良かった。食べるのも飲むのも控えたので酔っぱらうこともなく無事帰還できた。0時10分帰宅、9時過ぎ頃から小雨が降り始め、帰宅時も小雨だった。焼きそばと味付カルビー?が美味しかった。
Aug 31, 2014
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佐土原島上田島は、旧佐土原島津藩の城下町なので珍しい地名が残っており、その一つが「曼荼羅十文字」。お寺が集中していたからついた地名だろうが、今ではこの地名の範囲にはお寺は3軒しかない。その中の1軒「松巌寺」の夏祭りが今夜開かれ檀家や近隣の人手でにぎわった。目玉は何と言っても「古月禅師のいろは口説き盆踊り」、年期に入った音頭取りが見えていて佐土原ならではの余韻とさびが効いた声で踊り手ものびのびとして耳と目を楽しませてくれた。踊り手も地元の上手な人たちがかなり来ていた。
Aug 24, 2014
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我が佐土原町には。初盆のお宅を回り、伝統芸能古月禅師のいろは口説き盆踊りを舞う風習が残っている。わが東十自治会でも、数年前に同好会が発足して毎年お盆の初日に初盆のお宅に出張って供養の踊りを奉納する。もちろん事前に遺族と相談して日取り時間などを摺合せして実施する。8月13日の今日がその日に当たり、19時から初盆のお宅2軒の前庭で踊った。チームは音頭取り2名踊り子13名の15人編成。1軒当たり20分位かけていろは口説きのエキス部分6曲ほどを踊る。初盆のお宅なの故人の一族が集まり、近所からの見物人も来る賑やかな催しである。18時45分自治公民館前で出陣記念撮影1軒目、19時から20分間踊り、最後は遺族も含めて全員で記念撮影をして終わり。2軒目は、移動は徒歩なので19時40分から20時まで。20時半から、頂いたお礼と酒肴でダレヤミ(打ち上げ)、22時半お開き。
Aug 13, 2014
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おととい個人で見学に行ったのだが、今日が正式な見学会の日だった。小生も修復奉賛会の副委員長なので神官さんへ敬意を表して出かけた。神官はじめ氏子総代会役員も出てきていたので顔を出しておいて良かった。今日は施工業者側も5人ほど見えていてヤリガンナ、チョウナの実演なども企画されていた。今回新たな知識として加わったのは軒の厚みは飾りで実際に屋根に葺くトチ板は3枚重ねでせいぜい3センチ程度。ただし、一番下に杉材の薄板がべた張りされているのは初めて知ったことであった。吹き方は先ず鉄釘で仮止めしておき竹釘を打った後に鉄釘は抜き取る。見学会、赤板は下敷きの杉材上の白いのがコウヤマキのトチ板。宮崎市佐土原町上田島巨田地区では巨田神社と古式狩猟の鴨網が有名。巨田神社全景、境内もさして広くはないが中世以降の棟札22枚が現存している。中央本殿は、三間社流造トチ葺。昭和53年に国の重要文化財(建造物)に指定された。現存の建物は、昭和56年の大改修に伴い発見された棟札により、天文19年(1550)の建築であると考えられいる。残された棟札によって後世の修理の歴史が分かるということで、22枚の棟札も国の重要文化財となってる。むき出しになった野地板全部に「昭和56年度修補」の焼印が押されている。現場脇で宮大工用チョウナの実技披露が準備されていた。こちらは、ヤリガンナの実技披露。最後にもう一度屋根周りに上り1周した。これは裏側の屋根、3枚重ねが良くわかる。
Jul 27, 2014
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昨日19時半からのNHKスペシャルは特番「中継 京都 祇園祭 千年の謎」だった。ニュースの後たまたま遭遇したのでなんとなく見たいたが。飾り物(懸装品)が江戸期舶来の「タペストリー」だとの説明で目が皿になった。流石は京都、何百年も前から、さりげなく山車の飾りに世界の果てから届いた宝物をぶら下げて大衆の目を楽しませていたのである。ヤンステーンの「アントニオとクレオパトラ宴」に描かれている絨毯を躍起になって探し求めていたところに、メトロポリタン美術館職員(日本人女性)が写真に撮ったものを見せたら「探しちょったんはこれじゃが」となったとか。つまりは今のところ世界に1枚しか残っていない絨毯(タペストリかも?)が最果ての日本の京都にあったという感動の発見ドラマとかモンゴル帝国時代の作品とおぼしきアラブと中国様式が合わさったチベットカモシカの毛で織った絨毯、5枚組で渡来したタペストリの所在など33鉾それぞれに秘められた歴史があるとのレポート。聞き飽きないお話しばかりで楽しめた。ただ、ヤン・ステーンの「アントニオとクレオパトラ宴」の画像を見つけることができなかった。
Jul 24, 2014
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15時からの夏祭りイベント見物に備えて昼間はゆっくり過ごした。やったことはブログアップくらい。子ども会対抗綱引き大会、15時から旧JR妻線佐土原駅跡広場で予選トーナメントの一戦17時半から同じ場所でダンジリ喧嘩。本町通りは歩行者天国で露店もたくさん出て例年より人出も多かった。
Jul 20, 2014
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1:00GB、7:50GU、雨が上がりすっかり晴れた朝、さくらまつりへGO。即朝食、そのあと菜園からケールとスイスチャード15束(60枚)ほど採取。水洗いして生葉4枚ずつを結索して、発泡スチロールケースに収納、水を張る。加えて、花と野菜苗24ポット(R・デージー、タマスダレ、ケール、アシタバ)9時半、宝塔山公園へ。出店者と実行委員はすでに集結して開会準備中。我々は、抽選会場の半分にかんきつ類とイチゴの売り場を設営。10時から販売開始。合わせて子ども相手の「ストラックアウト」も開店。先ずイチゴが完売し、かんきつ類も14時ぐらいには完売、我が家の野菜と苗はほとんど売れなかったけれど最後は知人に無料で配布。野菜はこれまでもあまり売れていない。持ち帰るまでに萎れてしまうし、花苗は重く、帰宅後植える手間がかかるのであまり売れない。ストラックアウトは、ねべ50人ほどの子どもたちが挑戦、半分くらいは女の子だった。15時ごろせんぐまきがあって行事終了。後片付けのあとしばらく知人と時間つぶしの談話会。帰宅したのは16時半であった。さくらまつりのスナップ画像を何枚かご紹介。宝塔山公園の中央広場がメイン会場同じテントの向こう側半分にドンと佐土原まちおこし隊は出店した。アトラクションは歌と踊りが中心で楽しそうだったが、終わりの方は訳が分からない酔っぱらた人たちがしゃべったり歌ったりしていた。酔っぱらいを公のステージに上げるのはやめた方がいい。トラブルの原因になりかねない。これは子供たちのチアリーダーダンス?のリハーサル12時半、全店舗激励中の戸敷正宮崎市長の訪問があった。写っているのは我輩ではなく副理事長のY・Yさん。16時半、帰宅後すぐに菜園直行。懸案のコマツナ定植30株。コマツナ苗、ここには20株、あと一か所へ10株を定植
Mar 30, 2014
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0時半GB、6時10分WU、6時50分GU、7時からケール、コマツナ出品準備。コマツナ10株、ケール生葉40枚ほど収穫。コマツナは1株ずつ結束バンドで茎を縛り付けた。ケールは3~5葉を1束に結束バンドで括って10束作った。全部売れても2,000円でしかない。水洗いで手は冷たいし、農業の大変さが身に染みた。7時45分朝食、8時15分助っ人のS君を迎えに行き、二人で会場の鶴松館へ。無農薬栽培のケールとコマツナ売れるかなあ?結果的に青汁は普及していない。コマツナ6株、ケールは2束が売れただけ。既に数人が先着しテント設営中、2張のテントと商品の陳列などで開店ギリギリの10時までかかった。8:45、2張り目のテント設営にかかった。9:54、出店設営、販売準備完了子どもたちはゲーム世代、クラシカルゲームの代表射的は大人気18:42、ほぼテントの撤収終了。来場者の出足は好天にも恵まれてこれまでになく好調、釣られて売り上げもまずまず。12時半に予定通り垂水市と宮崎市混成の武者行列による入城行進と入城式典が13時まで。12:49、鶴松館への正面階段上で入城式典実施。このあと、来場者が一斉に買い物へ動いたので市場は大賑わいとなった。14時からあとはぼつぼつ、17時には日が陰り寒くなったので客足は一段と細った。17時、テント1張り撤収、18時過ぎ花火が仕掛け花火3発と100発くらいの打ち花火が上げられて行事終了。18:18、日没して、寒さが増した薄暮、待ちかねる人が見守る中、花火スタート19時半には、全出店の撤収作業完了。自分は一度帰宅して自転車で行ったので、荷物があり、ライトなしなので自転車を押して帰った。19時45分帰宅。12時間にわたるお付き合いなので結構疲れた。足はムクミパンパンである。腰も重い。
Feb 11, 2014
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秋分の日、お彼岸の中日、その昔は「秋季皇霊祭」と称して学校では「式典」があった?我が家では、月見団子の代わりに「おはぎ」をつくってご先祖様よりも現存様がご馳走になる。オリンピックの年の9月23日が結婚記念日でもあるのであれから49年になる。とすると来年は金婚式。日本男子の平均寿命は79.55歳、75歳の平均余命は11.45と案外長い。と言うことは平均でも86.45歳まで生きられるわけだから、足腰がしっかりして脳細胞が今迄通り働けばあとひと働き出来るかも。最近だんだん消極的になりつつあるが「憎まれっ子世にはばかる」で出しゃばることも必要かもしれない。
Sep 23, 2013
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巨田神社は文安5年(1448年)11月8日に本殿が建立され、その際の棟札が残っている。現本殿は天文16年(1547年)の建立で1,596、1613年それぞれ修造が行なわれている。本殿は三間社流造栃葺(当初は板葺)、木部は朱色に塗られており、昭和53年(1978年)に国の重要文化財(建造物)に指定された。栃葺きは板葺の中では一番厚いものだそうで1~3センチ。大体30数年が寿命のようである。我が巨田神社は僕がこの地に住み着いた翌年に葺き替え費用負担各戸3,000円が要請されて、訳が分からなかったけれど「郷に入れば」の精神で拠出した記憶がある。それから33年、巡り巡って自分が「修復奉賛会」の副会長になろうとは夢にも思わなんだ。しかし、なったからには率先して協力しないといけないので自治会長会では「自治会長は全員1万円寄付」決定し、地域住民には自治会長から説明して寄付を集めることに相成った次第。で、敬老会で「かくかく云々で、所要経費3千万円中150万円を地元14自治会住民で負担する必要があります。私は自治会長として1万円寄付しますから、皆さんも、特に神道の方はこぞって寄付してください。一口2,000円ですが役職がある人(副会長、民生委員)は3,000は出してください」と、演説したら、あっという間に18,000円集まった。祝金を貰ったところを急襲した形でばっちり。自分の分を合わせて28,000円、自治会分担金35,000(3年間で105,000円)計63,000円を本日、奉賛会事務局がある地域づくり協議会へ納入しに行った。帰りに領収書を配って回ったので13時帰宅。
Sep 19, 2013
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10時15分出発で地元内水面漁協主催「アユつかみ取り大会」へ向かった。10キロほど北東の新富町流れるプール付設子どもプールで11時から開催との通知があった。10時40分ごろ着いたが既に数百人が集合していた。駐車場は奥の方が開いていた。「子どもの部」「夫人の部」「男性の部2分割」4千匹とのことだったので一人8匹平均?婦人の部の参加者も多かった。5匹も採れればと思っていたので予定よりはわずかに多い7匹と貰った2匹。結果的に自分はなんとか7匹ゲット、2匹を貰ったので都合9匹、塩焼きできるような大物は4匹。5匹はチヌ釣り用のエサにするために、1匹ずつラップして冷凍庫に貯蔵した。
Sep 8, 2013
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17時20分、すぐ近くの旧JR妻線西佐土原駅跡広場でのダンジリ喧嘩の写真撮影へ。17:30試合開始、序盤は赤団優勢。45分に膠着状態になったので、歩行者天国の方に移動した。最終的には「逆転で青団が勝った」と聞いた。お祭り広場(歩行者天国の路面)はダンジリ喧嘩の方に人が集中していていたって閑散としていた。で、祭り本部に顔をだし、抽選会に登録を済ませてストラックアウト会場へ。18時以降は子供たちが次々とやってきてストラックアウトに挑戦。2日間で140人ほど。1回100円で6球投げるシステム。ビンゴ方式で賞品をゲットできる。ビンゴが成立しないときは、参加賞だけ。トータル的にはトントンで骨折り損のくたびれもうけというところ。残った商品分は赤字かな?21時過ぎに抽選会も終わり、テントたたみを除き会場の後片付けに着手。22時帰宅。明日9時にはテントと机椅子の返却これが済んで今回のイベントは完了。
Jul 28, 2013
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18時に家を出て「まちおこし隊」のテントへ。佐土原の特産品として力を入れている生姜をベースにした「生姜うどん」を隣接地域のまちおこし団体とタイアップして販売することにしたので特設テントを設営したのである。自分もこれまで食べたことがなかったので、知人と食べてみた。300円は安いが量的にはそこそこ。冷やしうどん仕立てで、ほのかに生姜の味がするが特段、味覚をくすぐるとまではいかない。かけ汁の味はまずまず。食感はうどんというより小麦粉が多い「ソバ」の感じで腰がない。細切りのハムとか卵焼きなどを載せて甘酢仕立ての冷麺風にするとかひと工夫必要かなあ?子どもたちが喜ぶと思った「ストラックアウト」ほ利用者は50人程度で低調だった。祭りの客は好天に恵まれてかなりの人出、といっても2,000人もいたのだろうか。感想は、テント張り、机椅子運びで疲れてしまい腰痛がぶり返さないかが気になるところ。明日も、18時から10時まではそこそこ頑張るか。今宵の呼び物はダンジリ喧嘩の模擬戦。模擬戦に向けていったん休憩所へ向かう赤ダンジリ。ダンジリは神輿ではなく、若者のレクリエーションで呼び物の喧嘩ダンジリは明日夕方5時半から旧JR妻線、西佐土原駅跡広場で実施され、見物用の桟敷席も設けられている。御神輿の先駆け「獅子2頭」1頭は向こう側にいる。<li>
Jul 27, 2013
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0時GB、4時WU・SS、5時WU、5時50分GU、6時から菜園作業。灌水に次ぐ灌水で水道代が気になる毎朝だが枯らすわけにはまいらぬ。7時10分まで灌水作業と収穫。オクラが今日はたくさん採れた。ニガウリいまいち。ナスはずいぶん若どりしているけれど皮が固い。9時、夏祭りのイベント用テントを2張り設営することにしていたので自治公民館倉庫へ。9時半過ぎまで付近の田んぼの稲刈りを見物しながら世間話。今年の買い入れ価格は7月中は籾1俵35キロで6,500円だという。安すぎる?5反百姓では残るのは自家用米ぐらいだと嘆いていた。TPPで稲作は壊滅する?10時からテント張り作業。人手が足りずSEK君やら、Gスタンドに勤めているSAT君にも助けてもらった。11時半過ぎに帰宅。午後は、ずいぶん暑くなって室温34.5度、気温は35.4℃。扇風機で我慢して寝っころがり、テレビ映画「扉をたたく人」アメリカへ逃亡してくる人、アラブ人というだけで強制送還される人、ドラムを通じて心を通わせあった老学者と不法入国のシリア青年との邂逅と別離を描いた佳作?15時半から、今夜のイベントに使う資料を作成して地域づくり協議会へ送信。18時から出店へ。イベントは「生姜うどん、ストラックアウト、まちおこし資料配布」
Jul 27, 2013
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12時から12時半までNPO法人認証申請書関係書類取りまとめ。昼食中からテレビ録画鑑賞韓ドラ「名家の娘ソヒ」、映画「深夜まで」は面白かった。夕方、「チヌを3枚におろして」と声がかかったのでまずは包丁研ぎから。片刃薄手の出刃包丁を10分以上研いで三枚おろし、刺身にするのは家内の担当。1日半経っていたのでこりこり感はなかったが甘味がってとてもおいしかった。余り刺身を食べない僕が美味しいと言ってかなり食べた。19時半から22時まで地区公民館で夏まつり実行委員会。ドンと佐土原まちおこし隊も「組織と城の駅の宣伝ブース」を設営し、アトラクションとしてストラックアウトを実施することにした。警察からの出席もあって、夏祭りのスムースな運営について熱心に協議がされた。「喧嘩ダンジリ」が売り物の佐土原夏祭りは参院選挙のあおりで7月27、28日実施。2011.7.24佐土原愛宕神社夏祭りダンジリ喧嘩
Jun 24, 2013
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2時半就寝、8時起床、大急ぎで朝食をとり、宝塔山公園へ。何という決まった役割はないが、さくら祭りと軽トラ市の連絡調整係みたいなもの。スケジュールは、ウォーキング大会、軽トラ市、桜祭りオープニングセレモニー、芸能大会、アトラクションとして、宝探し大会、川柳大会、最後にセング撒きで2時半には終了。自分は、年度最終の回覧板調製作業があって12時半には山を下りた。凄い量の回覧文書、各戸配布文書があって、仕分け作業、通知入力作業に時間がかかり、班長宅に届け終えたのが18時であった。以下桜まつりのスナップ画像集。軽トラ市開店準備完了9時28分ウォーキング大会開会式8時40分桜は、この滝桜と御衣黄の幼木数本のみが咲いていた。お楽しみ抽選会場は大忙しの様子だった。軽トラ市出店車両は10台だったが多くの人出でにぎわった。開会式には旧町時代の町長で戸敷正現宮崎市長の来訪もあった。市長が飲まされているのは、試飲用の大麦茶かな?佐土原伝統芸能保存会の「さどわら音頭」、場所は野外ステージ。太極拳愛好会の演武
Mar 31, 2013
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暖かな好天の割には人出は今一だった。日向三大春祭り(生目神社、宇納間神社、鬼子母神)の掉尾を飾る祭りなのに買ったのは、500円のたこ焼き、餅は神社の役員の方から頂いた。
Mar 10, 2013
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19時20分自転車で駅跡広場へだんじり喧嘩見物兼取材。ハッタさん宅の玄関先へ駐輪して、鼻先の観覧席へ。しかしアングルを考えるとやはり下の方が迫力ありそう、と思い直して最前列へ。17時半試合開始、前半の20分間、押し合い圧し合いしたがたいした見せ場もなく終了。5分間の休憩後、後半の20分開始。途中、返りそうな場面もあったが結局引き分け。 見物人は2,000人ほど?
Jul 24, 2011
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宮崎市佐土原町は人口3万3千人の旧佐土原島津藩の城下町。旧藩時代の建造物で現存するのは神社仏閣くらい。仏閣で著名なのがわが家から東へ数百メートルにある大光寺。建武2年(1335年)創建というからかの後醍醐天皇の「建武の中興」と同じ時期。大光寺は臨済宗妙心寺派のいわゆる禅寺で、重文2点を所蔵する県内屈指の古刹である。江戸時代、この寺の中興の人といわれる第42世住職古月禅師(1667~1751 85歳没)がいた。古月和尚はお寺のすぐ近くの「佐賀利村」で生まれ、10歳で仏門に入り長じて諸国遊行。「東に白隠あり西に古月あり」といわれる程に、全国に広くその名が知れわたる名僧となった。この古月和尚がいろは48文字託した人生訓が「いろは口説き」多分、諸国遊行の際身につけた盆踊りに自作の口説きを組み合わせて住民に伝授したのでは?佐土原地域には伝統民俗芸能として「いろは口説き」が伝承されている。この盆踊りは、盆踊り大会でも踊るが、本来は総勢20ぐらいのグループで初盆の家々をめぐって供養の踊りをする仕組み。昔は、青年男女のレクリエーションを兼ねて行われていたお盆行事であった。いろは口説きは盆踊りにしてはかなりアップテンポなリズムでスポーティーな踊りである。YOU TUBEにも「村上三弦道」バージョンでアップされていいる。これまでは前置き。前置きが長すぎると書く方もだれてくるので詠む方はもっとだろう。本題は、わが自治会の有志がこの盆踊りを練習して「初盆」の5軒を回ろうという試み。わが地区ではもう20年くらい途絶えていた盆踊りなので踊った経験者はわずかしかいない。で、町内の名手を招いて毎週土曜日に練習している。総勢は応援も含めて20人ほど。我が家は、毎回家内が応援団として出会している。自治会としては関与していない。発起人が公民館を使って練習したいと言ってきた。「どうぞどうぞ、ただし区として予算は計上していないのでお金は出せないよ」「ただし、打ち上げはせんといかんじゃろうから1万円は寄付しましょう」8月7日が最終の練習日となり、13日にいよいよ本番を迎える。暑いさなか、夕方6時ごろから接待のビールを飲みながらの踊り、終わったところで打ち上げ。平均年齢は多分60以上、大丈夫かなあ、が僕の本音である。
Aug 1, 2010
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佐土原鬼子母神大祭は、歴史のある伝統的な祭りで昔から近郷近在の人が集まり賑わう。今年は、金、土、日で天気も良く多数の人出で賑わっていた。名古屋国際女子マラソンを見た後、自転車で500m離れた鬼子母神祭りを覗きに行った。ところがうっかりと「財布」を持っていかなかったのでお賽銭も上げられない。賑わいの写真だけ撮って、お参りも出来ず、何も買えずで、帰宅した。拝殿のすぐそばに祭礼役員詰め所があり、知人だらけなので賽銭なしではお参りし難い。最終日の夕方なのに人出も多く、露店もたくさん出ていて賑やかだった。
Mar 14, 2010
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2時就寝、9時起床。朝食時にお隣の菜園オーナーさんから「七草粥」が届いた。昨年暮れに1ヶ月間心臓発作で救急車で入院をされた老婦人手作り「おこわ七草ご飯」。お昼にご馳走になったが初めて食べる食味で美味しかった。こちらは、腰痛治療の帰りに買って帰った「七草セット」JA 佐賀富士町とあった。佐賀県はわが本籍地懐かしい気がして買った。280円はややお高い。
Jan 7, 2010
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1時就寝、7時50分起床。朝食、サンデーモーニング9時まで。それから菜園へ。今朝はすることもないので専ら菊の切り出し。外も菊だらけになった。壷、花瓶など総動員。お隣さんたくの菜園管理は、中耕のし上げ。わがやのもついでの中耕。10時から出かける準備。11時から「巨田神社秋の例大祭」氏子総代の一員として祭礼に出る。神楽奉納終了後「せんぐまき」があるので、注文していた「せんぐ餅」を取りに行く。10時半神社着、せんぐを奉納して、来客の面々と歓談、政治家、自治会長、神社役員等。11時から11時半まで拝殿で例大祭の「祝詞奏上」それから直会、12時半まで。これでひとまず巨田神社から失礼して「宝塔山公園」へと向かった。次の仕事が待っている。
Nov 15, 2009
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今日は10時から巨田神社夏の例大祭、大祭といっても出席者は総代ほか15人程度。この建物が国指定重要文化財祭礼が終わり、直会となったが、車で来た人たちは帰り、残ったのは7人だけ。自分も車だったが居残ってお茶と弁当のおかずで正午過ぎまで付き合い。
Jul 27, 2009
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19時過ぎ、昨日亡くなったYさんのお通夜へ、外はまだ明るい。中心街は、祭りで通行止め、迂回して葬祭場へ。最近はお通夜も早仕舞い。既に人はまばら。明るいうちにお通夜が終わるなんて余り経験がない。地区から出ていた受付もいなかった。おかげさまで、お参りだけ済ませて早々に引き取り、帰宅したのが19時40分。即着替えて、夏祭り前夜祭へ。いろは口説き総踊りは大方終了していた。本部で、団扇を貰い、自治会員のH君がいたので「ビール缶」を頂戴し、記念撮影。背の高い方が自分だが、ストロボが弱く殆ど定かではない。まちおこしグループが作った青森ねぶたの模擬作品、絵は美術教師退職者が担当。そのあとは、ぶらぶらして御神輿のお旅所で焼酎をいただきながら神楽見物。舞い終わったとき左手に持った房付きの棒を何故か僕にくれた。ダンジリ喧嘩の予備戦は、明日の本戦があるとの思いもあってとうとう見なかった。ステージでは、日本舞踊が掛けられていたが視ている人は少なかった。21時15分頃祭りは終了。20分過ぎには帰宅。今夜の戦利品は神楽の小道具と祭りの団扇。
Jul 18, 2009
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梅雨明けして、この土日は県下いたるところで夏祭りが繰り広げられる。佐土原町上田島「愛宕神社夏祭り」の呼び物はフィナーレを飾る「ダンジリ喧嘩」。 昨年のダンジリ喧嘩10秒足らずで赤ダンジリがひっくり返されてしまった。祭りは、18時からまず御神輿行列が町中を練り歩き、中心地のお旅所へ到着。本町交差点を中心に、東西数百メートルが歩行者天国となり、前夜祭が繰り広げられる。伝承盆踊り「いろは口説き」の総踊りにはチームを組んで参加、毎年17、8チームが参加。もう一つの伝承踊り「佐土原音頭」、子どもひょっとこ踊り、子ども会対抗綱引き大会、そして、交差点中央で「ダンジリ喧嘩模擬戦」ひっくり返すまではやらないが迫力がる。トラックステージでの演芸大会、歩道上には大小の屋台が立ち並び人混みで溢れる。お旅所では「巨田神楽」が奉納される。前夜祭のフィナーレはお楽しみ抽選会。2日目のお昼は、「ダンジリ喧嘩決戦」に向けて赤団、青団が士気を高めながら町中を練る。17時半からの本戦は消防自動車のサイレンで試合開始、どちらかがひっくり返されるまでやる。しかし、双方疲れ果て、だれてしまったら審判が引き分けを宣言して終了。長くて1時間。長いときは何度も別れてはぶつかり合って、最後には力尽きて動けなくなる。今夜は前夜祭、飲みがてら、激励がてら、写真撮影がてら出かけなければね。
Jul 18, 2009
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毎年2月、宮崎三大春祭の一つと称される「佐土原鬼子母神大祭(旧1月27日)」が開かれる。因みに他の二つは旧1月16日の生目神社大祭、旧1月24日の宇納間地蔵尊大祭である。その「さどわら鬼子母神大祭」、期間は今日から23日までの3日間。道路はその間、完全に自動車の進入禁止となり、約2万人の人出が見込まれているとか。「地域づくり推進大会」の帰路、慌しく祭り見物を楽しんできた。出会った知人は5人。見えている露店は、たい焼き、いか焼き、たこ焼き。アメがた、芋かりんとう、焼きりんご、射的、金魚すくい、焼きとうもろこし、串焼き、焼きそば、植木、刃物、竹かご、桶のふた、まだまだたくさん並んでいた。さどわら人形、くじら羊羹は地元の特産品、ほか様々な昔懐かしい露店が100店くらい。昔の縁日の賑わいそのままで、子どもでなくても心躍るものがある。買ったのは、縁起物のさどわら人形「干支の鈴」600円。伝統民芸玩具佐土原人形工房「ますや」、我が家から500mほどのところにある。お賽銭は、奮発して100円、買い物600円、例年は数千円買うのにケチった?例年になく財布の紐が固かったのは、ミゾウユウの大不況が心の隅にあったのかもしれない。明日、明後日は雨模様で、折角の店開きをしている人には気の毒。ご利益は当てにならない。
Feb 21, 2009
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巨田の大池は県内では1、2を争う大きな水田灌漑用溜池。全国2箇所しか残っていない鴨網猟の池としても有名。この池の「池干し」が今日の13時から同池の水利組合主催で開かれた。10年ぶりくらいで、しかも無料だからさぞかし大勢の人が集まるだろうとみんな思っていた。自分は、葬儀参列で、池についたのは14時過ぎ、軽トラックが50台は止まっていない。すでに大きな魚を持ち帰る人もいた。獲れている鯉はみんな8キロから10キロ。次の画像は、右の子どもがこの網ですくいとったとか。これでも5キロクラスかな。池に入っている人はまばら。岸近くの水溜りには80センチ級の鯉と草魚の背びれがいくつも。顔見知りが数人いたので「何で獲らんとね」「もう獲った残りで獲り手は居らん」岸には生きた大鯉が何本も転がっている。「持って行っていいよ」。大きすぎて貰う気がしない。みんな、何をしているか。ウナギが浮いてくるのを待っている。ウナギしか獲らんというわけ。潜水橋船着場仲間のSさん、ウナギを掛けたのでハイパチリ。僕も車には、ルアー用のオオタモが積んである。1匹くらい持って帰ろうと思う。2キロくらいの鯉がいないか探すがそん小さなやつはいない。すぐ先に、横になってぱくついているやや小さめのこいを見つけた。膝まで使っている中学生に「おい、あれを掬ってきてくれ」と頼む。長い竿なので数メートル入って掬ってくれた。やはり60センチ5キロはある。しばらく見物して、エビを掬いだしたが小さいのとごみ混じりでどうにもならない。諦めて、鯉だけ肥料袋に入れ、2キロ離れた船着場へ。舟の生簀に入れて包丁を取りに帰る。1時間ほどして戻ってみると鯉は、ほぼ生き返り、元気に泳ぎだす姿勢。1週間くらい生かしておいて食べた方が臭みが抜けて美味しいのだが死んだら生簀が大変。70センチ5キロかな。捌くのが大変だった。ナタとゾーリンゲンの長いやつでやっと。結局は、舟の上でさばいて頭と身の部分だけ持ち帰った。頭は鯉こくに入れる。洗いはやはり、少しだけ泥臭さがする。洗い方が足りなかった。鯉こくは一度湯がいて灰汁抜きをしたので非常の美味しかった。まだ身の部分が2キロくらい残っている。二人では食べきれない。獲った以上は食べないと罰が当たる。これが漁師の信条である。鯉は、洗いの他は、天婦羅にしてあんかけ、生姜を入れてウロコつきでの甘煮もいける。
Sep 6, 2008
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佐土原夏祭りもいよいよ2日目で最終日。呼び物は赤団(士族子弟組)青団(商家子弟組)に分かれてのだんじり喧嘩。ダンジリとダンジリをぶっ付け合ってひっくり返すか捻り倒した方が勝ちというもの。今日は、気温32度をこす暑さのなかでの押し合いなのでかなりヒートアップすると思う。場所はJR妻線旧西佐土原駅跡広場で行われる。駅あと広場、夏休みラジオ体操もここで行われる。一瞬の内に勝負あった。赤軍ダンジリは後ろへひっくり返って完敗。18時半からはまた本町筋の歩行者天国で21時まで各種イベントが行われた。呼び物は、小学校域8子ども会対抗綱引き大会。親を交えての大応援合戦が繰り広げられた。応援団も多くて大変盛り上がった。組織的に練習してきたチームが強く完勝であった。19時15分からは特設ステージでの演芸大会。10時過ぎには夏の夜の夢も終わった。自分は今夜もカメラマンとしてダンジリ本戦から出動し、ステージを覗いて仕事終了した。特記事項は、9時から行われたお楽しみ抽選会で何んと米を3キロゲット。帰りに、2箇所でひっかかり帰宅したのは23時であった。
Jul 20, 2008
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愛宕神社の夏祭りは旧佐土原藩時代から続く近郊では賑やかな伝統行事である。今夕18時、佐土原獅子舞の露払いでお神輿が1時間半かけて街中を練り、お旅所の本町公民館へ。到着後、同公民館で「巨田神楽」が奉納される。本町商店街筋を歩行者天国にして行われるその他の行事を時系列的に羅列すると、18時半から「子供ダンジリ」「地元伝承いろは口説き踊り」「幼稚園児ひょっとこ踊り」総踊りのあと、特定自治会に保存されている「伝承いろは口説き」の模範演技。佐土原幼稚園児による「日向ひょっとこ踊り」19時15分からカラオケ・芸能ステージ。21時から本町交差点で「ダンジリ喧嘩模擬戦」17時半から20時40分まで写真撮影。うだるような暑さであった。参った参った。本日の宮崎地方の最高気温は35.4℃、18時の気温31.6℃、湿度70%、酷い暑さだった。
Jul 19, 2008
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8時半出勤。午後の「5小学校区地域づくり地域づくり協議会会長・事務局長連絡会議」準備。11時半から公民館講座「血液さらさら料理教室」の試食会へご招待、ありがたく「イタダキマス」12時には川へ「S寺檀家初盆精霊流し行事」の写真撮影に。トラックに積んできた船から提灯、卒塔婆下ろし焼却する。意味は知らない。遺族が精霊舟を川面へ運び下ろす。干潮で水が引いている。紐がついたショウロサンが乗った舟を潜水橋の上から引っ張る。この時間は干潮から満ち潮に変わった頃でしかも東風が強く川下へは全く流れない。しかし、海は東であり、舟の幟には「西方丸」とあるので川上の方向が西。結局川幅を往復して精霊舟は回収された。精霊は西方浄土へ行き着けたかな? 昔と随分変わったお盆の伝統行事。昔は16日の夜に提灯に蝋燭を灯した舟を大川へ流した。13時半から15時40分まで同上会議。司会は事務局長の自分が担当した。議論百出し、予定時間を15分オーバーして閉会、次回は8月20日(水)那珂小学校区で。夕方、再び川へ出向いて生簀の中の肴を上げに行ったが満潮で中止。19時半から、隣接自治会主催の「下之川水神宮」夏祭りを覗きに行った。ところが、19時過ぎ降ったにわか雨のために人手が殆ど絶えていたし、8時で終了とのこと。6時に始まって8時に終了という小さな神社の小さな夏祭り。メインイベントの子ども相撲大会の土俵も撤収中であった。写真に撮れずに残念。浦安の舞奉納の少女の姿が祭りの余韻を残していただけの境内。社殿には神官、お囃子方、肝いりさんがまだ静座していた。昇神の儀を待っている様子。
Jul 16, 2008
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社日講は、かつて日本全国の農村で行われていた伝統行事。春分・秋分に近い戊の日を社日と呼び、この日は、地神農神を祀る日とされているとか。当地で苗代前のひと時を「豊作の祈り」と慰労懇親を兼ねて講中が集い小宴を張った。その伝統が今も引きつがれ、自治公民館で今日開催された。11時半から14時半まで。講中と呼ばれる20戸から15戸19人が参加。地域社会が高齢化し、伝統行事が廃れる一方の現在、何時まで続けられるか心もとない。
Mar 20, 2008
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